Coolier - 新生・東方創想話

ドキッ! 少女だらけの怖い話大会!

2009/08/04 04:17:30
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 草木も眠る丑三つ時、人は寝静まり、世界は妖怪の蔓延る場所になる。

 神、鬼、妖怪、妖精、幽霊、魔女、魔法使い、人間……。
 多種多様な種族が存在する幻想郷。そして彼女らが集まる博麗神社だが、このような真夜中に集まることなどめったにない。であるから、彼女らの宴会にもよく使われる神社の本殿の中は、囁くような声に包まれて一種異様な雰囲気が漂っていた。
 季節は夏。真夜中独特の生ぬるく、湿った空気が明け放たれた障子張りの引き戸から入り、真昼の名残ともいえる風鈴をねっとりと揺らす。どこか湿り気を帯びた音が鳴り、蝋燭によってぼんやりと浮かぶ空気を震わせた。
 
 その中で、おもむろに立ち上がったのは通常、こういった集いの中では少数である人間の霧雨魔理沙。左手に燭台を持ち、右手は頭の上の帽子に添えている。彼女は自らを囲むように座っている面々を見渡し、満足げに微笑んだ。

「あー、まずは礼を。急の呼び出しに応じてくれたこと、感謝します、だぜ」

 そう言うと、帽子をとってぺこりと頭を下げる。それに応じるようにひとつ、小さな手が挙げられた。

「おう、どうしたレミリア」

 それは夜の王ともいわれる吸血鬼、レミリア=スカーレットの手。彼女はその言葉を受けて、憮然とした表情を隠そうともせず口を開く。

「これから何するのよ。月も出ていない、こんな夜に呼び出すからにはそれなりの理由があるのよね? 正直、あまり力が出なくて嫌なんだけど」

 そう言いながらも上機嫌に羽が動いている。おそらく、楽しみではあるのだが、それを表すには矜持が邪魔するのだろう。
 しかし、今宵は朔の日。月光に力が左右される彼女には最も外に出たくない日である。あまり力が出ないというのは本当だろう、どこか眠そうにも見える。

「何をするかについては、これから霊夢に説明を、と思ってたところだ。朔の日を選んだのは……ただ単に暗い方がいいっていう雰囲気作りだ。あまり気にしないでくれ」

 それだけ言うと、手に持っていた帽子を霊夢に放る。それはちょうどよく頭の上に乗り、少しずり落ちたところで安定した。
 霊夢はそれを直しもせずに、ぼりぼりと頭をかきながら立ち上がって前に出る。それによってまた帽子がずり落ちたが、気にした様子は微塵もない。そして彼女もぐるりとあたりを見渡し、面倒くさそうに口を開いた。

「……なんで私が説明しなきゃなのかよくわかんないけど」

 それだけ言うと一旦言葉を区切り、ため息をついた。

「あー、この場所を提供している博麗霊夢です。どうも」

 そう言ってぺこりと頭を下げる。しってるぞー、とどこからかすでに酔っぱらったような声が聞こえた。

「うっさいわよ萃香。黙って聞いてなさいこんにゃろ。……で、最近暑いわよね?」
「そーでっすねー!」
「だから静かにしてなさいよ、萃香。合いの手なんか期待してないっての」

 霊夢がそう返すと、けらけらと明るく笑う声が響いた。

「まぁ、みんな暑いということは思ってるでしょう。とそこで、そこの暑苦しい白黒が暑いなら怪談だぜ、とか言い出してね。こんなことになったというわけ」
「怪談? そんなんで涼しくなるの?」
「その辺は気分の問題よ、レミリア。あんただって被弾しそうな時、ヒヤッとするでしょ? それと同じ、怖い思いをすると涼しくなるって言うのよ。人間の知恵よね」

 レミリアは横に控える従者に視線で問いかける。彼女が頷くと、興味もなさそうにふーん、とだけ返し、黙った。

「はいはいはーい!」
「はい文、どうぞ」
「つまり、今日の集まりは『ドキッ! 少女だらけの怖い話大会~ポロリもあるよ!~』ということでいいんですかね?」
「ポロリなんかあるわけないけどね。まぁ、それでいいんじゃない?」
「わかりましたー、明日の一面はそれで行かせていただきますっ」
「勝手にしなさい。……で、もういいかしら?」

 矢継ぎ早に質問をさばき、ぐるりと一同を見渡す。手の上がらない、声も上がらないことを確認すると、帽子をとって後ろに立っていた魔理沙の方に投げ返し、魔理沙と入れ替わりに後ろに下がり、腰を下ろす。魔理沙は右手でそれを受け取り、中心に手を突っ込んでくるくると回しながら口を開く。

「とまぁ、そういうわけだ。みんな、これで何をするかはわかってくれたと思う。話す内容は人から聞いたもの、実体験の怖かったことでもいい。……それと、聞いている方は余計な茶々を入れないこと、これだけは守ってくれ。ある程度ならいいが、それ以上だとさすがにこの人数だと収拾がつかなくなりそうだしな。……じゃあ、始めよう。最初は勝手のわからないやつもいると思うから、私から話させてもらうぜ」

 そう言って帽子の回転を止め、その鍔を手に持って恭しく一礼する。
 拍手も何も起きなかったが、それだけで場の雰囲気は一変した。
 実際、今までは何をするのか分からない不安と期待で囁きのような微かな声は絶えなかったのだが、魔理沙が話そうとしている現在、その一文一句聞き落とすまいと水を打ったように静寂が広まった。
 魔理沙はゆっくりと顔をあげて帽子を深くかぶり直した。

「さて、霧雨魔理沙の怪談『恐怖のたこ焼き』、ご堪能あれ」

 魔理沙は腰をおろした。多少俯き気味になっているので、表情はほとんど窺えない。

「……あれは、私がまだ人里にいたころの話だ」
「あれー? 魔理沙、昔は人里にいたのー?」
「萃香、茶々を入れるなと言ったろう」
「あーそっかー、ごめんごめん」

 そう言ってけらけらと笑う。魔理沙はひとつ息を吐き、続きを話す。

「私がまだ人里にいたころ、一件のたこ焼き屋があったんだ。そこは珍しく、竹の皮ではなく木箱に入れて渡してくれていたんだ。持ち運びしやすいようにな。こんな風に上が開くやつ」

 そう言って、上蓋をとる仕草をする。

「それで、外で遊んだ帰り。小腹が空いた私は、そこの店でたこ焼きを一箱買ったんだ。家に帰って、ゆっくり食べようと思って、な」

 一度帽子をかぶり直す。先ほどまでも十分深くかぶっていたのだが、さらに深く、深く。表情は全く見えなくなった。左手に持っていた燭台も床に置いた。

「そして家への帰り道。何か、冷たいものが背中を走った。その次に、その箱に違和感を感じたんだ。少し軽くなったような……そんな感じだな。
 その違和感を払拭できなかった私は、人家の明かりが洩れているところで箱を開けて確認した。そしたら……なんと、箱の中身が一個減っていたんだ」

 その最後の言葉を聞いた途端、視線が一か所に集中する。その先にいた紫色のドレスを着た八雲紫が、いきなり向けられた多くの視線に戸惑ったように口を開く。

「……私じゃないわよ?」
「紫様。たこ焼きぐらい言ってくだされば、私が何とかしましたのに……」
「だから、私じゃないって」
「いえいえそんな隠されることもないですよ。海のない幻想郷では、確かにたこ焼きは珍味にも数えられるもの。恥ずかしがることはないのです」
「……私じゃないってばぁ」

 自らの式にすら信じてもらえない幻想郷の賢者に注がれる憐れみの視線。その渦中の賢者は肩を落とし、続きを促す。

「……もういいわよ。ほら魔理沙、続き」
「くくっ、悪いな紫。……その時はまだ、確信は持てなかったんだ。おっちゃんが一つ入れ忘れただけかもしれないってな。だから私は、違和感も気のせいだと思って、そう自分に言い聞かせてしばらく歩いていたんだが、それは気のせいなんかじゃなかった。なぜなら、次の人家の前で確認したら、半分にまで減っていたからだ」

 魔理沙は自分の肩を抱く。それは、震えを止めようとしている風にも見えた。

「私は怖くなった。今は食料を持っているから助かっているが、それがなくなったら私自身も食べられてしまうんじゃないか、と。……そう考えたら、いてもたってもいられなくなったんだ。
 私は走った。ただひたすらに、背中についてくる悪寒を振り払うように」

 次は頭を抱え込んでしまう。その様子をじっと見ていた霊夢だったが、おもむろに立ち上がり、魔理沙のすぐ後ろの座ると温もりを伝えるように背中に手を添えた。

「ありがとな、霊夢。……それで、走り続けて、走り続けて。息が上がり、膝が笑い始めたところで、もう一回箱をあけたんだ。
 そこには、もう、一つのたこ焼きしか残っていなかった」

 その時のことを思い出しているのだろうか、段々と息の荒くなっている魔理沙。霊夢は、それをじっと後ろから無表情の中にも優しさの垣間見える目で、静かに見つめていた。

「私はすぐにふたを閉め、また走り出した。追ってくる気配は全く離れてなんかいなかったが、それでも走らずにはいられなかったんだ。
 そして、家の前について、もう大丈夫だと思ってもう一度開けてみると、もうそこには一つのたこ焼きも残っていなかった。私は恐怖に囚われ、たこ焼きの箱なんて放り出して再び走り出そうとした。そこで、ふ、と。ふたの方を目を遣ると―――」

 魔理沙は顔を上げた。その顔には、先ほどまでの震えなどとは全く関係ないような満面の笑みが浮かんでいた。

「そこに、たこ焼きが全部くっついていたんだ」

 音が消えた。虫の音すら聞こえてこない。
 その静寂はしばらく後の鬼の笑い声によって打ち消され、やがてそれは笑いの渦になった。
 そんな中、話し声が聞こえる。八雲紫とその式、藍だ。

「紫様、機嫌を直してくださいよ」
「ふんだ、いいのよ、藍。どうせあなたの私の評価は食い意地の張ったババアなんでしょう。この一件でよくわかったわよ。これからはその評価通り、道行く人の手に持っているたこ焼きを食いつくしてやるわ」
「またそんな意地張って……」
「意地張るだなんてそんな若者っぽいものやってないわ、ババアだもの」
「いえ、ですから―――」

 落ち込んで、捻くれてしまった紫を困ったように慰めるその式。さらにその周りでおろおろしながら成り行きを見守る式の式。膝を抱えて座る紫というのもなかなか見れない。魔理沙はその光景をニヤニヤと眺め、霊夢に話しかける。

「うわっはは、まさか紫に疑いが行くとはな。これは予想外だったわー」
「アンタも大概ひどいわね、魔理沙」
「それにしても、うまくいったぜ。計画通り、いいタイミングで演出してくれたな。さすが霊夢だぜ」
「あんたがやれって言うからやったけど、こういうことだったのね……でもこれじゃ、私が勘違いした痛い子みたいじゃない」
「まぁ、そこは否定しない」
「否定しろよ」

 びし、と手刀を入れるが魔理沙は気にした様子もなく、にししと笑って立ち上がり、手を打って注目を集める。

「と、こんな感じだ。怖い話とは言ったが、実際のところさっきみたいななんちゃって怖い話、気持ち悪かった話でもいい。さっきはああ言ったが、暗すぎる雰囲気、というのもあまり好きじゃないからな」

 そしてかぶっていた帽子をとり、その鍔を持った。

「んじゃま、適当にこれを放るから、受け取った人が次に話す、ということで。いくぞー」

 その宣言通り、帽子を放った。それはしばらく飛んだあと、重力に逆らうこともなくふわりふわりと落ち、緑色の髪、緑色の巫女服を着た少女の膝の上にぽすりと着地した。

「おー、早苗か。じゃあ、いっちょ頼むわ」
「あ、う、私ですか」

 それを受け取った、受け取ってしまったのは守矢神社の風祝、東風谷早苗。早苗は、受け取った帽子を両手で持っていじくりまわしながらあー、だのうー、だのと唸っている。 
 しかし、そんなこととは関係なしに神たちは囃したてる。

「そうだよ早苗。アンタ、外にいたときそういう話好きだったじゃない。話してやんなさいよ」
「怖い話をさせたら日本一! 近所の子にトラウマを植え付けた実力を今見せてやるんだ!」
「……早苗、それホント?」
「いえいえ、そんなことしてないですよ、神奈子様。諏訪子様も、変なこと言わないでくださいよ」

 苦笑しながら返す早苗。そんなやり取りでも多少は効果があったのか、落ち着いた様子で立ち上がり、二神の視線を背に受けて、前に歩み出る。
 先ほどまで魔理沙の座っていた座布団は、現在彼女が後ろに下がっているために当然、空座になっている。早苗は、そこに腰をおろした。もともとその座を囲むように集まっていたのだから、そこに座れば当然全員の注目を浴びることになる。一瞬気圧されたような仕草を見せたが、帽子を脇に置いて深呼吸をするとまっすぐに前を向き、指を床について礼をする。
 
「それでは、東風谷早苗、話をさせていただきます。聞き苦しい点、多々あることでしょうがどうぞお聞きください」

 口上を述べ、再び前を見据える。その時には、静寂が戻っていた。

「私が外にいたときの話です。私の知り合いに、ネコを飼った女性がいました。彼女は、ストーカー……男性が女性をしつこく追いかけるて交際を迫ることですね。それの被害にあっていて、変な手紙を度々受けていたんです。」

 無表情で、あくまで淡々と話を進める。その様子に、だれもが引き込まれていた。

「それである日、変な内容の手紙が届いたんです。……赤い文字で、あとさんぼん、とだけ書いてある手紙です。
 彼女はそれもいつものいたずらだと思って気にしていなかったのですが、ある日、飼い猫が変な歩き方をしていることに気づいてふと、その猫の足を見たら……」

 そこで区切り、溜めを作る。その表情には何の変化も見られず、それが余計に不気味さを醸し出している。

「足が一本、ちょん切られていたんです」

 その最後の言葉に反応して、小さく悲鳴が上がった。視線が一気にそちらを向く。その先にいたのは、八雲の式の式、橙。
 猫又であり、さらに精神の幼い彼女には刺激が強かったのだろう、親代わりである藍の胸にしがみつき、震えている。
 藍は橙の頭を撫でながら、多少非難の色も混じる視線を早苗に向けた。

「あー、守矢の巫女よ。悪気がないのは分かっているんだが、できれば他の話にしてほしかったかな」
「うぁ、すみません……じゃあ、もう一つ話を」

 早苗は、こほん、と咳払いをひとつ。藍は、撫でる手を休めることなく早苗の言葉に耳を傾ける。

「皆さん、かちかち山、という話はご存知でしょうか」
「ええ、もちろん。地上の童話、ということで読んだことがあるわ」

 返事を返したのは今までただ静かに話を聞いていた永遠亭の主、蓬莱山輝夜。頬笑みを絶やさずにそう言った。
 早苗はそれを受けて、続ける。

「そのかちかち山なんですけど、もともとの話とは大きく違うんです。あの話に出てくる狐……でしたか。その狐、童話ではただおばあさんを殺した、と書かれていましたが、実際はもっと酷いこと……おばあさんを殺した後、そのおばあさんに化けて殺したおばあさんの肉を鍋にし、おじいさんに食べさせたんです」

 おじいさんに食べさせた。この言葉が響くと、先ほどまで藍の胸にしがみついていた橙が飛び上がるように立ち上がり、信じられない物を見たような目で藍を見つめる。その相貌には涙が溜まり、今にもこぼれそうだった。

「そんな……藍様が、そんな……」
「ち、ちがうぞ、橙。それは私ではないし……」

 そんな藍の言葉も動揺した橙には届かず、ついに涙がこぼれ、外へ駆けだしてしまった。

「くそっ、恨むぞ守矢の巫女! 橙、ちぇぇぇぇぇん!」

 対してその保護者である藍は一つ悪態をつくと、橙の名を呼びながら後を追って外に飛び出した。
 嵐のような出来事を、一同はぽかんと、あるいは苦笑しながら見守るしかなかった。そんな中、呆然と成り行きを見守った早苗の肩に手が載せられる。
 早苗は後ろを振り向き、その手が誰のものか分かるや否や、両手をわたわたと振ったりと慌てた様子を見せる。

「あう、紫さん……すみません、このような事になってしまって」
「いいのよ、早苗。藍も、甘やかして育てるからこんなことになるの。それに……」

 そこで、早苗の肩から手を離し、扇子で口元を隠すとウィンクを一つ投げた。先ほどまでの落ち込んだ様子は微塵も見られない。

「私も仕返しができてせいせいしたし、ね。本当に気にしないで」
「……それでも、いつか必ず、謝罪に行きますとお伝えください」
「そう? 真面目ねぇ。……まぁ、伝えておくわ。じゃ、私はあの子たちを見に行くから」

 普段なら大丈夫だろうが、橙も藍も動転している今、安心はできない。そう考えた紫は、早苗との会話もそこそこに足元にスキマをあけそこに身を投じ、スキマを閉じた。
 と思いきや再び開き、ひょこりと紫が首だけを出す。

「そうそう、言い忘れてたけど、かちかち山の話は狐じゃなくて狸よ」

 それだけ言うと、今度こそ完璧にスキマを閉じた。
 早苗はその言葉を聞くと、頭を抱え込んでしまった。後ろに控えていた魔理沙が言葉を選び、助け船を出す。

「あー、なんだ。早苗、ありがとな。以上、早苗でしたー」

 そう言って拍手を送る。それに応じて、まばらに拍手が起きた。
 その中を立ち上がり、早苗は先ほどまで座っていた、苦笑しながら待つ二神のところに戻っていった。

「……さてさて。なんだかいろいろ騒がしかったが、こんなのもアリだろう。ってことで、次いくぜっ」

 座布団の脇に置いてあった帽子をとり、放る。すると、両脇に生えた鬼の角に引っ掛かった。

「ありゃ、萃香か。いけるか?」
「いけるいけるー、大丈夫だってー」

 そう言って小さな鬼、伊吹萃香はからからと笑う。
 そしてふらふらと立ちあがると、角に引っ掛かった帽子をとることもせずに歩を進め、皆の前に出た。その様子に、魔理沙が心配して声をかける。

「おいおい、大丈夫か? いつも酔っぱらってはいるが、ここまでふらふらなのも珍しいだろう」
「あー、そうかもね。確かにちょっと気持ち悪い……うぷ」
「ちょっと、吐かないでよね。今日は汚されなくて済みそうなんだから。……まったく、いっつも飲んでばっかだからよ」

 不吉な音を聞いて寄ってくる霊夢。そこで、その言葉を聞いて思いつたように魔理沙が口を開く。

「そう言えば、素面の萃香って見たことないな。どんなだ?」
「そうだねぇ……怖いって言われたことがあったかな? あ、じゃあ怖い話はそれでいこう」

 そう言って、スカートを漁って取り出したるは一枚のカード。
 それを見て、慌てて霊夢が止めに入る。

「ちょ、ちょっと萃香。こんなところで何するのよ」
「大丈夫、弾幕まき散らしたりしないから」
「……ならいいけど」
「あと、火は消しといてね。危ないから」

 結局、霊夢は萃香の言葉を信じることにしたようだ。一言だけ返し、後ろに下がる。魔理沙もそれに続いた。
 その後の萃香の言葉によって全ての蝋燭の火は消され、外からの星光のみによって青白く辺りが映し出される。
 そしてついに、萃香がスペルカード宣言を行う。

「それじゃ、行くよ! 素面『アルコール雲散霧消』!」

 宣言が為され、そのカードに力が通ると彼女の体から白い靄が勢いよく発生し、部屋全体を包み、視界を遮る。

「なんだこの霧……って臭ッ! 酒臭い!」
「本当に臭いわね。まったく、萃香のやつ。臭いついちゃったらどうすんのよ」
「うわわ、師匠? しっぽ触らないでくださいよ……てゐもさりげなくボタン外すとか地味ないたずらしない!」
「早苗ー! 大丈夫かぁー!」
「神奈子は落ち着け」
「下品な匂いだわ……うげ」
「お嬢様、それでは私の匂いで胸を満たしてください、さあ!」

 ただでさえ暗いのにこの霧。一同が混乱に陥るのも無理はない。
 その様子を聞いていた霊夢が、ため息をひとつ吐いて解決のために声を発する。

「あーも―埒が明かないわ。文、風」
「はいはいただいまー」

 そして一陣の風が通り抜け、酒の匂いがしなくなったところで蝋燭に再び火が灯された。
 浮かび上がる皆の姿。その様子にほっとする者もいれば、疲れたような表情を浮かべる者もいた。だが、この騒ぎの元凶、伊吹萃香は違った。先ほどまで角に引っ掛かっていた帽子を胸の前に持って口元を隠し、忙しなくあたりをきょろきょろと見回している。

「ちょっと萃香ー? なにしてくれんのよ、一歩間違えば大爆発だったじゃない」

 霊夢から不機嫌な声がかかる。その声を受けた小さな鬼は、びくりと肩を跳ね上げて霊夢に向きなおる。その表情には、はっきりと怯えの色が浮かんでいた。

「ご……」
「ご?」
「ごめんなさい!」
「はぇ?」
「まさかこんなことになるとは思わなくて……本当にごめんね、霊夢」
「いやまぁ、いいけどさ。……ああほら、泣くな」

 帽子を落として泣きじゃくり始めてしまった萃香を戸惑いながらも胸に抱く。萃香も霊夢の背中に手を回し、胸に顔を押し付ける。
 その様子を今まで呆、と眺めていた一同は近くにいる者と囁きあい、確認を始めた。あの可愛い生物は本当に伊吹萃香か、と。
 その中で、魔理沙だけは霊夢に直接話しかけた。

「あー、霊夢? それ、本当に萃香か?」
「でしょうねぇ。これが素面の萃香なんじゃない? あのスペカ宣言から察するに」

 萃香の背を撫でながら首だけ魔理沙の方に向け、霊夢が返す。萃香は、まだ霊夢の腕の中に収まっている。

「……でもこれ、全然怖くないよな。むしろ可愛いだろ」
「そうね、こんな萃香も悪くないわ。というかこっちの方が迷惑かかんなくていいわ。……ん、萃香? どうしたの?」

 腕の中にいる萃香が震えだしたことに違和感を感じ、霊夢が前を向き直って萃香の頭上に声を投げる。しかし、全く反応せず、震えはどんどん大きくなっていく。

「ちょっと萃香!?」
「お、おいおい、どうしたんだ」

 自分の胸から引き離し、目を合わせる。だが、先ほどまで胸に顔を押し付けていた彼女の目の焦点はあっていない。そのことに戸惑って霊夢が何も言えなくなっている間にも震えは大きくなり、息も荒くなっていく。ついには膝から崩れ落ち、霊夢が慌ててそれを抱き止めた。

「ちょっと失礼するわよ」

 そこで近寄って来たのは薬師、八意永琳。萃香のすぐ傍に座ると、慣れた手つきで一本、二本と注射を打ち、様子を見る。すると、萃香の震えは見る間に収まった。
 永琳の横に座り、成り行きを見守るしかなかった魔理沙が問いかける。

「なに打ったんだ?」
「ちょっとアルコールを、ね。人間なら致死量だけど、鬼にはドンピシャだったみたい」
「じゃあなにか? さっきのは酒の禁断症状か?」
「でしょうねぇ。それしか思い当たらないわ。……それにしても鬼がアルコール依存になるなんて、この子今までどんな生き方して来たのかしらね」

 永琳は安らかな寝顔で眠る萃香を一瞥すると、立ち上がって彼女は戻っていった。
 それを見送ると、次は霊夢が口を開く。

「……もしかして、怖いってこれのことかしら?」
「だろうな。確かにあの震え方はトラウマもんだぜ。……求聞史紀にも載らないわけだ、思い出したくもない」

 魔理沙は苦虫をかみつぶしたような表情を作り、そう言った。顔も少々青ざめているように見える。
 それを吹き飛ばすようにひとつ息を短く吐いて気合を入れると、勢いよく立ちあがった。

「さて、色々と大騒ぎになっちまったが再開するぜ! ……あ、霊夢、ちょっと下がってくれな。萃香も連れて。おし、じゃあ次は誰だっ!」

 帽子を拾って、放り投げる。それは飛んでいき、金髪に赤いカチューシャをつけた頭に乗ろうか、というところで人形がキャッチした。

「ありゃ、アリス来てたのか。じゃあ、よろしく頼む」

 その少女は七色の魔法使い、アリス=マーガトロイド。彼女は人形に一言礼を言って帽子を受け取り、魔理沙に言葉を返す。

「えっと、何をすればいいのかしら? なんか、大騒ぎになってる間に潜りこむ、みたいな形になっちゃったから良くわからないんだけど」
「ああ、怖い話、体験談をしてくれればそれでいい。簡単だろ?」

 そう言って歯を見せ、にかっと笑った。対してアリスはため息を吐きつつ、立ち上がって魔理沙に近づいてゆく。

「聞いてないわよそんなこと」
「そりゃ、言わなかったからな。でもお前、人形劇とかするんだろ? ならそういう話の一つや二つ、持ってないのか?」
「いつもはちゃんと台本を書くから即興は難しいわ。……まぁ、やってみるわよ」

 そう言って差し出された座布団に正座する。観衆の目にさらされることには慣れているからだろうか、一同を前にしても全く気圧された様子は見られず、言葉を紡ぎだす。

「それではアリスの人形劇、ご堪能あれ」

 アリス自身は視線をずらすこともせずにじっと前を見据えているが、彼女の前にいる人形、上海人形はスカートの裾をちょこんと摘まみ、小さくお辞儀した。

「……あれは私が人里での人形劇を始めたころでした」

 彼女の眼前では上海人形が忙しく踊りまわっている。人形劇を再現しているつもりなのだろう、そのかわいらしい仕草に頬が緩んでいる者の姿も見受けられた。

「うわっ、うわっ。師匠、かわいいですよほら! あ、転んだ。あーも―かわいいなぁ」
「うどんげ、静かになさい」
「……永遠亭でも一回やってもらおうかしらね」

 頬が緩むどころで済まずに興奮してしまい、師に手刀をもらう者もいたようだが、そんなこととは関係なしにアリスは淡々と語り進めてゆく。

「当時は金銭の受け取りは断っていたんです。ある一件があった後、受け取るようにしましたが。そして、これはその金銭による報酬を受け入れるきっかけになった話です」

 人形が動き回る。何かを断るように手をわたわたと振ったかと思えば、今度は逆にぺこぺこと頭を下げて受け取る仕草を見せる。

「米、芋などの野菜、肉、果ては生活雑貨まで。様々なものをお礼として渡してくれました。……そんなある日渡されたのが綿、です。人形を作る際に必要不可欠なので、頼んでみたのです」

 人形が動き回る。どこからか出した綿を楽しそうにちぎっては投げ、ちぎっては投げていたがアリスに頭をはたかれ、慌てて袋に拾い集め始めた。その様子が可笑しくて、笑いが起きた。
 その笑いが収まるまで待ち、アリスは続いて口を開く。

「その日は確か梅雨の時期だったかと思います。何日も雨が降り続き、じめじめとした日。そんな日に、麻袋に入れた綿を渡されました」

 人形が動き回る。先ほど集め終わった袋を一旦置くと、少し離れた場所から戻ってきて、もう一度手にする。そして、何度も頭を下げた。
 その後、人形は歩きだし、ぐるぐるとアリスの目の前を回っている。

「それを受け取った私は、喜び勇んで家に帰りました。そして、早速袋を開けてみたのです。……しかし、その袋は恐ろしいものだったのです」

 人形が動き回る。歩みを止めると、くるくると踊りながらその袋を開け……覗き込んだところでビシリと動きを止めて袋を放りだし、走ってアリスの後ろに逃げ込んだ。
 今まで何の感情も見せずに話してきたアリスだったが、ここで自分の腕を抱き、身を震わせた。

「袋を開けると、そこからは大量のまっくろくろすけが!」
「まっくろくろすけ?」
「……失礼。子供相手に話をすることが多いから……ゴキブリのことよ」

 ゴキブリという言葉を聞いた途端、ある者はすでに眠ってしまった主に膝枕しながらナイフを取り出しじっと見つめ、ある者は再び頭を抱え、そしてある者は涙目になり、師に縋りつく。とはいえ、大部分は身震いをしただけだったが。
 そんな中、身震いもせずに自分の弟子にくっつかれていた永遠亭の薬師が、何かに納得したように手を合わせた。

「ああ、あの時の強力殺虫剤の依頼はそれだったのね。効果はどうだったかしら?」
「抜群だったわ。さすがね、まったく寄りつかなくなったわ。ありがとう」
「あら、どういたしまして」

 目を合わせてにこりと微笑を返し、礼を言いあう。
 そして、視線を前に戻すと後ろに隠れていた上海人形が再び姿を現し、始まった時と同じようにスカートの裾をつまみ、上品に礼をした。

「アリスの人形劇、お楽しみいただけたでしょうか。それではこれで閉幕とさせていただきます。ご傾聴、ありがとうございました」

 立ち上がって脇に置いてあった帽子をとり、悪寒を必死に抑えるように肩を抱いている魔理沙に近寄る。

「……こんなもんでよかったのかしら?」
「あ、ああ。さすがだぜ。怖気の走る素晴らしい話をありがとう」
「なんだか誉められてる気がしないけど……まぁいいわ。そこ、いいかしら? さっきの場所、周りに話し相手がいなくてね」

 そう聞いて、魔理沙の肯定の返事を受け取ると上海人形がふらふらと持ってきた座布団を敷き、そこに座った。
 そこで、霊夢から声がかかった。眼前ではたった今帽子が放られ、永遠亭の月兎、鈴仙=優曇華院=イナバが受け取ったところだ。

「お疲れさま」
「あら霊夢、どうも。……ねぇ、それどうしたの?」

 そのさした指の先は霊夢の膝枕で眠る小さな鬼の姿。夢の中でも宴会をしているのだろうか、明るい笑顔を時折見せている。

「ああ、これ。いやまぁ、さっきの騒ぎの原因なんだけど……あまり気にしないで、というか思い出させないで」
「……そう」

 アリスは何か聞いてはいけないような気がして、そこで追及をやめた。視線を前に戻すと、月兎がちょうど話し始めるところだったので、そちらに意識を集中させた。

「えと。じゃあですね、私の実体験を。私、月にいた時はこう見えても軍人だったんです。……なんですか皆さんその疑いの目は。本当ですよ? 本当ですってば」

 普段のドジなイメージと軍人、というものが結びつかず、大部分は疑いの視線を向ける。彼女は何度か本当だと言い張ったが、いくら言っても信じてもらえないので諦めたようだ。肩を落としながら続ける。

「はぁ、もういいですよ……。とにかく、軍人であるからには当然戦争に駆り出されます。当時は結構劣勢で、敵に囲まれちゃったんですよ。そんな中、補給が途切れちゃった時は本当に怖かったなぁ」

 しみじみと、しかしどこか辛そうに言葉を結んだ。一同は沈黙をもって続きを促したが、一向に語りを再開する様子もないので、魔理沙が声をかけた。

「おい、鈴仙。それで終わりか?」
「え? 終わりだよ? 怖かったでしょ?」
「いや……何が怖いのかさっぱりなんだが」
「やだなぁ、何言ってるの魔理沙。包囲戦の時に補給が途切れることほど怖いことはないわよ?」
「ごめん、私もわからなかったわ」
「……霊夢も?」

 鈴仙はあたりを見回したが、皆一様に曖昧な笑みを浮かべているか、視線を合わせないようにあさっての方向を向いている。

「あぅぁ……ごめんなさい」

 彼女は、理解されなかったことを悟ると一段と肩を落とし、耳をへにょらせて元いた場所へ帰っていった。
 鈴仙が腰をおろし、永琳に頭を撫でられていることを認めると、魔理沙は帽子を手に取って立ち上がる。

「はい、鈴仙でしたー。拍手ー。……じゃあ、さくさく次いくぜ」
「すみません、遅れましわぷっ」

 労いの拍手も済み、魔理沙が再び帽子を放ると、ちょうど引き戸が開き、入ろうとしていた者の顔面に当たった。

「おー、妖夢か。遅かったな」
「ああ、ごめんなさい。準備に手間取ってしまって」
「全くもう、そんなんだからいつまでも半人前だの言われるのよぅ」
「いざ出立するという段階になってからおなかが空いたと駄々をこねたのは誰ですか」
「……妖夢?」
「幽々子さまでしょうが」
「そうだったかしら?」

 けらけらと笑う西行寺幽々子と対照的に疲れたように肩を落とす魂魄妖夢。入って来たのはこの二人だった。その様子を見、苦笑しながら魔理沙が言葉を放つ。

「いきなりですまんが、妖夢、お前の番だ。怖い話、実体験でもいいぞ。いっちょ頼む」
「えっと、そういう流れなの?」
「そうそう、今回は怖い話大会、ってことで皆に集まってもらってるからな。怖気の走る……いや、普通に怖い話を頼む」
「いいじゃない、妖夢。話してあげれば」
「いやまぁ、別にいいですけど……怖いかどうかは保証しかねるよ?」

 魔理沙が首肯を返すと、妖夢は皆の前に歩み出る。幽々子は途中まで付いていくと、最前列に陣取った。
 妖夢は魔理沙に促されて差し出された座布団に座り、腰に佩いた刀と背に負った刀を丁寧に脇に置くと、一つ息を吐き深々と礼をした。

「それでは不肖魂魄妖夢、拙いながらも怪談を披露させていただきます。ご傾聴のほど、よろしくお願いいたします」

 そして顔を上げる。少しの緊張の混じった、真剣な色に彩られていた。

「あれは確か……三か月ほど前の事ですね。ある日私は朝起きて日課の掃除をしていると、門の前に落ちている一通の西洋風の手紙が目に入ったんです。内容は……確か、最初は『私、花子。今、あなたの家の前にいるの』でしたね。その時はやたら手の込んだ悪戯だと思ったんですよ。わざわざこんなところまでこのような手紙を置きに来るなんてご苦労なことだ、と。その手紙も破り捨ててしまいました」

 そこまで一息に言いきると、胸に手をあてて一度息を吐いた。辺りは静寂に包まれている。

「しかし、その翌日も同じような手紙が来たのです。その翌日も、その次も。しかも、その手紙の置き場所はだんだんと私の寝室に近づいているようでした。
 内容も毎日変わっていましたね、『私、花子。今、○○にいるの』から始まるのは同じなのですが、その後は全て前日に私がやったことが事細かく書かれていました。……何を食べたかに始まり、果ては、その……厠に行った回数まで」

 顔を赤らめながらも、自分の存在を確かめるように胸にあてられた手が強く握られている。

「そしてある日。手紙は既に自室の周りに置かれるようになっていました。
 それでも、白玉楼にいる霊魂たちに聞いても侵入者などいないと言われ、幽々子さまに聞いても何も知らないと言われました。打つ手のなくなった私は、今日は枕元かと恐々として目を覚ましたのですが、その時には何もありませんでした。自室にも、その周りにも。その日は何事もなく一日が終わり、妙な手紙とは縁が切れたのだと安心して、さて寝ようとしたときに……あったのですよ。枕元に。その手紙が」

 荒くなりそうな呼吸を抑えるように、二度、三度深呼吸をする。そこで、幽々子が立ち上がって妖夢の後ろに回り、手をまわした。
 妖夢はその手に自分のそれを重ねて、続きを話す。

「その日の内容は、こうでした。『私、花子。今、あなたの布団の中にいるの』
 ……それを読んだ後、しばらく記憶がありません。気づいたら両手には刀を持ち、足元にはズタボロになった布団があって、後ろから幽々子さまに抱きとめられていました。
 それ以来、例の手紙が来ることはなくなりました。花子とやらが本当に布団の中にいたのかは今となってはわかりませんが、ね」

 妖夢は以上です、と締めた。振り返り、自分の肩に乗っている幽々子の顔を見つめる。

「ありがとうございます、幽々子さま。おかげで落ち着いて話すことができました」
「良いのよぅ、妖夢。あの時の妖夢、とってもかわいかったんだから。お返しよぅ」
「お、かわいかったって何だ? 気になるぜ」

 二人の後ろから近付いてきた魔理沙が問いかける。それを受けて、幽々子の目がきらりと光る。それを見た妖夢は顔を真っ赤にして暴れ始めるが、幽々子が左手で口を押さえ、右手でがっちりと体を押さえているために効果はない。

「あの時ねぇ? その最後の手紙が来た後、しばらく1人じゃ寝れなくなっちゃって。真っ赤になりながら私の布団に潜りこんでくるのよぅ。寝ぼけたふりをしながら、ね? もう、食べちゃいたいぐらいに可愛かったわよぉ」
「お前が食べちゃいたいとか言うと、いろんな意味に聞こえて怖いんだがな」
「いろんな意味って何よぅ、失礼ね」

 悪い悪いと苦笑しながら返す魔理沙。そのまま妖夢に礼を言い、皆に拍手を送らせた。
 幽々子は、抑えていた手を離すや否や喚き始める妖夢を受け流し、後ろに下がってアリスの隣に腰をおろした。妖夢はそれに従い、ぶつぶつ言いながらも幽々子の隣、アリスとは逆側に座った。

「お疲れさま、妖夢、幽々子」
「あら、アリスじゃない。お疲れさまぁ」
「幽々子さま、話したのは私です」

 三人の前では、魔理沙が帽子を拾い、放ったところだった。それはすでに眠っているレミリアの頭に落ちる直前に、膝枕をしている従者によって受け取られた。
 悪魔のメイド、十六夜咲夜は主が膝の上にいるから、という理由でその場所に座ったまま話し始めた。その話にしばらく耳を傾け、アリスはおもむろに、囁くように幽々子に話しかける。

「……ねぇ、幽々子」
「なぁに、アリス?」
「さっきの話、犯人は貴女でしょ?」
「あらぁ、やっぱりわかるぅ?」

 そこで幽々子は自らの右側に座る妖夢を一瞥する。妖夢が咲夜の話……紅魔館七不思議に聞き入っていることを認めると、扇を開いて口元を隠した。

「どうしてわかったのかしら?」
「そりゃあね、バレバレよ。いくら西洋風の手紙と言っても、あなたが全く書けないわけないじゃない? ……それに、最終的に得をしているのは貴女だけ。それ以外にもあるけど……まぁ、細かいからいいわ」

 アリスは苦笑を洩らした。咲夜の話も五つ目の『恐怖! 変わる門番の帽子の字』に入っている。もうすぐ終わりだ。

「まったく、何やってんだか。あんまり苛めちゃかわいそうじゃない」
「わかってないわねぇ、アリス。これは愛情表現よぉ」
「迷惑な愛情表現ね」
「お二人とも、お静かにお願いします」

 二人で囁きあい、くすくす笑っていると妖夢から注意を受けた。完璧に話にのめり込んでいるようで、怖がったり、真剣な表情をしたり。ころころと表情が変わる。
 咲夜の話より、その表情の変化を眺めていると、紅魔館七不思議は終わってしまったようで、拍手が起こっていた。

「おーし、あんがとな、咲夜。なかなか面白かったぜ」
「まぁ、この程度ならね。妖精メイドの教育にも使ってる話だし」

 そう言うと、帽子を投げ返し、魔理沙が受け取る。

「さーて、次はだれになるかな?」

 帽子が放られた。









 その後はつつがなく進んでいった。永琳の本当にいた患者シリーズから始まり、しばらく後に目覚めたレミリアの怖かった敵の話、諏訪子の子育て恐怖体験、文による恐怖新聞、戻ってきた藍の古今東西の怪談、輝夜の正統派昔話まで。
 そして、東の方の空も白み始めたころ、魔理沙がこう切り出した。

「はい、蓬莱山輝夜でしたー、拍手ー。……さてさて、残念ながらもう夜明けになっちまった。怪談は暗い中でやるもんと相場が決まってる。だから、残念ながら今回はこれでお開きにするぜ」

 そう言って、帽子を霊夢の方に放る。霊夢はそれを右手でキャッチし、魔理沙に問い返す。

「で? お開きにすればいいじゃない。なんなのこれは?」
「いや、シメくらいお前に任せようと思ってな。仮にもここの会場提供はお前なんだし」
「そんなこと言っても、怖い話なんて……あ、あったわ」
「おう、それじゃ頼むわ。はい、拍手ー」

 魔理沙が促すと、パラパラと拍手が起きる。それに応えるようにいまだ眠っている萃香の頭の下に座布団を敷き、立ち上がってぐるりとあたりを一周見渡す。そして深呼吸した後、自分の肩を抱くようにして、いかにも怖がっている演出をして、口を開く。












「怖い、怖い。賽銭怖い」

 

                                  End.
 後日。
 レミリア宛てに一通の手紙が紅魔館に届いた。内容はこうだ。

「私マリー。今、あなたの家の前にいるの」

 レミリアが咲夜のベッドに忍び込む日も近い―――

――――――――――――――――――――――――――

 東方で怖い話したらどうなるか。いつの間にか笑い話になっている気がします。

 東方作品7作目、らすぼすです。ここまで読んでくださりありがとうございます。もしよろしければ、ご意見、ご感想お願いいたします。
8/8誤字修正
9/2追記
 たくさんの評価、コメントありがとうございます。追記が遅くなってしまって申し訳ありません。
 萃香がかわいそうだったという件については私も猛省するところであると思いました。せめてもの救い、というか理由を書くべきであった、と。
 登場人物が多すぎて、散漫な印象になってしまったということについて。
 そのことに関しては私の作戦ミス……とでも言いましょうか、あまりにも長くすると引かれると思い、いくつかエピソードを削ったのです。それが思いっきり裏目に出ました。残念。
 オリジナルのエピソードがなかったということについて。
 ひとえに私の力量不足です。これからも精進いたします。

 最後に、もう一度コメントを下さった方、評価していただいた方、ただ読んでくださった方に感謝を。ありがとうございました。
9/7誤字修正
らすぼす
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コメント



0.2340簡易評価
3.60名前が無い程度の能力削除
妖夢は怪談が苦手なんだがな、まぁ面白かったけど。
5.80名前が無い程度の能力削除
オチ吹いたwwwww
8.90名前が無い程度の能力削除
オチいいね。
萃香だけ真面目に可哀相だったのが、少し嫌かな。
11.90名前が無い程度の能力削除
私にも身も凍るような恐怖体験があります。
「作品を読み始めたと思ったら読み終わっていた」
……一体何が起きたのだろう?
20.100奇声を発する程度の能力削除
妖夢の怪談が一番怖かった・・・
あの、追い込まれる感じが苦手。

オチがwwww
21.100名前が無い程度の能力削除
怪談話というよりかは、みんなで集まってわいわいやってるのが読んでて楽しかった。
26.100名前が無い程度の能力削除
オチが秀逸すぎる(笑)(笑)
紅魔館七不思議…気になりますな…
28.50名前が無い程度の能力削除
面白かったのですが…
鈴仙の話、あれブラックラグーンのネタですよね
29.80名前が無い程度の能力削除
鈴仙の怪談が、どっかのアフガン還りのロシアンマフィアそのまんまな件w
30.50名前が無い程度の能力削除
登場人物が多くて散漫に見えたのが残念。私は絞った方がよかったと思いました。
33.90名前が無い程度の能力削除
落とし所がお見事でしたwww
元ネタが色々あって面白い話でした。

同じ某漫画から二つも話をひっぱってきたのはちょっと…と最初は思ったんですが、見返せば一つ目はそこを軸に話を転がすという、ひねりのきいたいいものだと思いました。しっかし「猫の足斬り」なんて猫がベースの妖怪には鬼門ですよ早苗さんwww
38.100名前が無い程度の能力削除
妖夢の話こぇぇええええ
オチが秀逸すぎる
39.無評価名前が無い程度の能力削除
気づいたら読み終わってたwww
ここで書かれなかった怪談が気になる・・・
41.50名前が無い程度の能力削除
本当に怖いのを期待してきた自分には…
ひとつくらい怖いのが欲しかった。オリジナルの話もなかったし
43.80名前が無い程度の能力削除
翠香可愛かったけど可哀相だった。
46.100名前が無い程度の能力削除
妖夢が可愛すぎでしょう。
そして咲夜さんアンタ…。
47.100名前が無い程度の能力削除
オチwww
饅頭怖いwww
怖いけど怖くない怪談話ってのもありですなww
50.80名前が無い程度の能力削除
GTOの話をパクるとは流石魔理沙w

平和な幻想郷らしい愉快なお話でした
67.100名前が無い程度の能力削除
まあ、補給の途切れた戦場もある種のホラーですよ。割とマジで。実際、怪談より怖い話も聞いたことあります。