○
―― 光の欠片も差さない私のお部屋。静かで、穏やかで、とっても暗い。私だけのお部屋。そこに居れば幸せ?うん。幸せ。お茶も、ケーキも、沢山のおもちゃも揃ってるから。お星様があればもっと幸せかな?ううん、だけど私は幸せ。だからお姉様にはいつも感謝するの。こんな幸せをくれてありがとうって。
○
「ねえ咲夜。フランの様子はどう?」
レミリアは咲夜に問いかける。咲夜はレミリアに一つの古ぼけた鍵を渡しながら答えた。
「はい、とても落ち着いてるご様子でした。ですが鍵までかけることはないのでは……」
「でも、しかたないでしょう?」
咲夜は一瞬、微かな疑問を顔に出したが、すぐに従順なメイドの顔に戻り
「そうですね、いずれにしても私の雇い主はお嬢様です。お嬢様の命令であればいかなる事でも従うのみです」
と答えると、レミリアは微笑を浮かべながらレミリアに話した。
「あなたはいつでもそうだったわね。ありがとう、咲夜。今はあの子を出すわけにはいかないの、サンタクロースが来る前のプレゼントのようにね。わかってくれるわよね、咲夜?」
「はい、お嬢様」
微笑を浮かべながらも、ほんの少しレミリアが目を反らしながら話したように見えたのは咲夜の見間違いだったのだろうか?
○
――咲夜は今日もケーキと新しいおもちゃを持ってきてくれた。いつもの注意も忘れなかったけど。今日も外からはうるさい足音が聞こえる。だけど、私のお部屋だけはいつもと変わらないの。お部屋の中だけはとっても静かで、暗くて、何も変わらずにいられる場所。お姉様と、メイドさん達のおかげ。今度みんなにお返ししたいな。
○
夜の庭園、美鈴がいつものように手入れをしていると、珍しくレミリアの姿が現れた。
「あ、お嬢様、こんばんは、珍しいですね、庭園まで訪れるのは」
「ええ、ちゃんと整備されてるか確認したかったの」
「その点はご安心ください、お客様に粗相の無いよう、この紅美鈴が責任を持って整えましたよ」
確かに目の前に広がる庭園は、雑草の影も、余計な枝葉も見えなかった。中でも薔薇庭園では中心で鮮やかな赤い薔薇が咲き、それを囲むように、紅魔館でしか見られない蒼い薔薇。そして黄や白の薔薇も咲き乱れ、館から漏れる薄暗い光の中でも美しく輝いていた。
その美しい庭園を見ながら、レミリアは満足気な様子を浮かべながら美鈴に話しかけた。
「美鈴もやれば出来るのね」
「え~と、そうですよ、私だって基本的にはしっかり仕事をしますから」
「その調子で今後も頼みたいわね、今後は仕事中に昼寝なんてせずに頑張ってね?」
褒められた嬉しさと、自分が昼寝をしていたことを知られていた、という気恥ずかしさがない交ぜになったような表情を浮かべる美鈴に、レミリアは続けて二つの命令を下した。
「それで、美鈴、お願いしてもいいかしら」
「もちろんですよ、お嬢様」
「まずは花束を作って貰えるかしら、客間に飾りたいの。赤の花束と白の花束、細かいことは美鈴にまかせるわ」
「はい、お任せください、それでもう一つは?」
そう美鈴が問いかけると、一瞬レミリアは間を空け、美鈴に答えた。
「ええとね、門番は妖精に任せてもいいから、少しの間、フランの部屋の警備をしてもらえるかしら。地下の部屋の」
美鈴はフランの警備と聞いて違和感を覚えたが、主人の命に従い、レミリアに答えた。
「わかりました、私の警備などは必要ないとは思いますけれど……」
「何か変わったことがあれば、私か咲夜に報告してくれるだけでいいのよ」
「それはフラン様が何かをしたらと報告せよ、と考えていいのですか?」
「そうね、お願いするわ」
そう答えた矢先に、美鈴の返事を聞く間も無くレミリアは姿を館に向けて翻し、美鈴には、離れていくレミリアの影に返事を返すことしかできなかった。
○
――今日は美鈴が遊びに来てくれた。このお部屋にいるだけで幸せ。とっても落ち着くお部屋だから。素敵なお洋服も、素敵なお菓子も、素敵なお友達もここには揃ってる。楽しく遊んでいたけど、美鈴はお仕事に戻らなくちゃいけないから戻っていった。この素敵なお部屋がいつまでも幸せでいられるように、しっかりと鍵をかけてくれた。そしてしっかりと紅魔館を守ってくれてる。みんなのおかげ。そうだ、今度みんなにお手紙を書いてあげよう。みんなにありがとうって伝えなきゃ。
○
「咲夜。パーティーは明日だけど、もう準備は終わってる?」
「はいお嬢様、もう手はずは全て整ってますよ、料理も、飾り付けも、全て準備を終えてます、あと残るのは当日にすることだけですね。」
「ドレスの準備もいい?」
「もちろん出来てますよ、こちらですね」
咲夜の指した先には赤と白、二着のドレスが見えた。
「お化粧の方も任せてください、道具も揃えてありますから」
「ありがとう、私も、この家の人はみんな苦手だからね、普段しないもの。あなたに任せるわ。
「招待状の返事はどう?」
「ええ、殆ど皆さんから戴いてますよ、リストはこちらになります」
「ええと、大分集まったわね。人間も妖怪もその他も」
レミリアは目の前の名簿を見る。多くの人々の名前で埋まっている。だが、レミリアには一つの名前がどうしても見つけることが出来ない。
「ねえ咲夜、パチュリーは?」
「我々にはお返事を頂けませんでした。他の方からは皆出席か否かの連絡は戴いているのですが、パチュリー様だけは……」
「私が直に聞きに行けと?」
レミリアの問いに、少し困惑しながら咲夜は答える。
「そうではないかと思います。お嬢様が直にパチュリー様の元へ行かれた方がよろしいかと」
「わかったわ、それと咲夜、私がいいと言うまでフランを絶対に外に出しちゃ駄目よ。もちろんパーティに気づかれても駄目、いいわね?」
「お嬢様がお望みならばそのように致します」
咲夜は静かに答え、レミリアはそれを聞くと、一人図書館へと向かっていった。
○
今日はみんな来てくれなかった。お手紙を渡してあげたいのに。外は相変わらずうるさい。それとも賑やかなのかな。どっちにしても私には苦手。でも。本当に苦手なのかな?昔は苦手だった。うん、それは確か。いつも外から眺めてた。それで十分だった。その輪に入ろうとも、入りたいとも思えなかった。……今はどうなんだろう?時々……本当に時々だけど、触れてもいいかなって思える。お姉様にも、咲夜にも、美鈴にも止められるけど、私のためなのはわかってるけど、時々……
○
レミリアは図書館へとやって来た。薄暗い、静かな図書館。その中では少女が静かに本をめくっていた。
「ねえパチェ。どうして返事をくれないの」
「あらレミィ、そうね、あなたに直接伝えようと思ってたのよ、ごめんなさい。明日は欠席させてもらうわ」
パチュリーはレミリアを一瞥しようともせず、静かに目を手元に本に走らせながら、そうレミリアに告げた。
「どうして? 明日はみんな来るのよ?」
「どうしてって?私はここで一人本を読むのが一番幸せなの。それだけよ」
「でもいつもはパーティーに来てくれるじゃない?なんで明日に限って……」
レミリアはパチュリーの不機嫌な様子に困惑していた、そんなレミリアを感じると、パチュリーは手元の本を閉じ、レミリアの目を見ながら話しかけた。
「そうね、じゃあ言い直すわ、"今は"ここで本を読むのが一番幸せ。だからここに居る、明日もきっとそうね、だから私はここに居るのよ。自分の意志でね」
「なんで今日に限って……どうしたのよパチェ……」
「わからないの?今日はそんな気分だから、私はここに居るの、明日もね。それは私の意志、誰にも縛られる必要はないわ。このあいだのパーティーの時は違ったけどね」
「楽しかったでしょう?」
「ええ、そう思えたから、私は自分の意志でここを出て、レミィのパーティーへと出席したわ」
パチュリーの不機嫌の理由がわからず、レミリアも思わず不機嫌な様子で、半ば怒りながら激しい口調でパチュリーに問いかける。
「もう! 回りくどいわね! パチェは! 何が言いたいのよ?みんなで計画したパーティーでしょ?なにがパチェは嫌なの?」
レミリアが激しくパチュリーに問いかける中、パチュリーは淡々と、そして不機嫌な様子でレミリアに答えた。
「みんなじゃないでしょう? フランは? あの子はパーティーがあることも知らないのよ。鍵をかけた部屋に閉じ込めて。そうね、私も途中からは何もしてないけどね、あなたと、使用人が作るパーティーには私は邪魔でしょ?」
レミリアはしばらく返すことが出来なかったが、少しの間を置いて、パチュリーに答えた。
「鍵っていうけど……そもそもあの子に鍵なんて意味ないでしょう?あんなのその気になればパチェでも壊せるじゃない?」
「そうね、物としての鍵、それや扉ならね。でも鍵ってそういう物なの?」
そうパチュリーに問われると、レミリアは沈黙することしか出来なかった。
「鍵ってのは約束。契約なのよ、レミィが鍵をかけたのは扉じゃないわ、フランの心でしょう?どうしてフランをいつまでも閉じ込めようとするの?あの子の意志はどこにあるの?」
レミリアはようやく口を開くとパチュリーに返す。
「あの子とみんなを驚かせたかっただけなのよ……言ったでしょう?」
「いいわ、レミィ、パーティには出席するわ。フランのためにもね、だけどお願い、明日までにもう一度考えてみて、フランのことを」
「だけど……何を考えればいいの……」
レミリアは呆然としながらパチュリーに返すが、パチュリーはもう答えを返すことは無く、再び本に目を走らせるだけだった。
○
――咲夜が迎えに来た、久々に部屋から出てみる。少し疲れるかな?そして咲夜に連れられて部屋に入る。なんだろう?不思議な物がいっぱいあるよ。咲夜に勧められるまま椅子に座る、紅いものが私に塗られて……ああ、なんだろう?私が私で無くなるみたい。不思議な姿をした生き物になるみたい。鏡を見てみる。やっぱり私なんだけど、不思議な私。見たこともない私。半分はなんだか気持ち悪い、けど半分はとても素敵かな。
○
パーティーの当日、開始時間の迫る中で、レミリアは部屋で一人考えを巡らせていた。未だにパチュリーの言葉の意味が分からない様子で。
「私はみんなのためにやっただけなのに……」
顔をうつむけながらレミリアは考える。
今日の主役はフランのつもりだった。フランはいつもパーティーには参加しなかった。だけど、私たちも幻想郷に慣れてきたし、みんなでパーティーを楽しみたかった。
「フランも……一度参加すれば変わるはずなのよ」
だから、パーティーってことも、沢山の人が来ることも隠して連れて行く。
「そうすれば、フランだってパーティーの楽しさがわかるわ」
そうすればふたりで、みんなで楽しいパーティーが楽しめるの。二人で綺麗に着飾って、綺麗にお化粧して。
「みんなもフランがパーティーに来れば、子供がクリスマスの朝、プレゼントを貰ったみたいに驚くわよ」
クリスマスプレゼントのようにフランを隠して、みんなを驚かせたい。綺麗なフランを見せて
「フランだってもっと社交的にならないと」
スカーレット家の吸血鬼としての作法もいつかは身につけないと。
「外に出て……」
ああ、誰だっけ?フランをずっと閉じ込めてきたのは。
「私」
でも、それがフランのためだったのよ、あの子は閉じ込められてても楽しく暮らしてたわ。私の事もお姉様って慕ってくれてた。
「誰の都合で外に出たり、逆に閉じ込められたりするんだろう?」
私の都合。
「フランの気持ちがわかるのは?」
フランだけ。
「今まで閉じ込めてきたのは誰の意志?」
私の意志。
「今日パーティーに呼ぼうとしているのは誰の意志?」
私の意志。
「閉じ込めたときのフランの意志は?」
部屋の中は楽しいって行ってくれた。外になんて行きたくないって。でも、フランに他の事は言えたのかな?
「今日のフランの意志は?」
フランに聞いた?いや……
そしてレミリアは495年間の事を思い出し続け――パーティーの当日となった。
○
お嬢様の言いつけに従ってフラン様を連れてきた。そして言いつけ通りにフラン様に化粧を施す。とても綺麗なかんばせ。人形のような肌。
コンシーラーは……いらない、陰り一つない、新雪のように白い肌には。ポットからルースパウダーを取り出し、薄く塗っていく。そしてノーズシャドーを乗せ、ブラシで赤茶色のハイライトを付ける。あどけない顔が華やいでくる。
そして微かにアイラインを描くと、大きな目が、より大きく、目を引くものとなる。、瞼の上にボルドーのアイシャドーを乗せ、薄く延ばして、ぼかしていく。フラン様は言われたとおりに、ただ静かに佇んでいる。その様は人形のようにも見える。下瞼にも細くボルドーを乗せ、それが終わり、ボルドーにパープルでグラデーションを付ける。最後にパールを乗せ、きらびやかな目が生まれる。少女の顔が華やいでくる様子に、美しさと不釣り合いさを覚えながら。
ビューラーでカールさせた睫にマスカラを乗せる。大きな目が一層くっきりし、少女の顔に不釣り合いな華やかさに、より妖しく、美しい印象が加わる。アイメイクが終わり、紅色のチークを頬に塗る。相変わらず静かに、動かずにいる白い人形に魂が入った。そんな印象を持ちながら。最後に薔薇色のルージュを水気のある唇へと塗り、グロスを塗る。少女であり、女であるようなフラン様がいる。
終わりましたよ、と声をかけるとフラン様は不思議そうな表情で鏡を見つめて、はしゃぎ出す。少女ですらない、子供がそこには見え、それがより妖しく、美しい印象を私に持たせた。その瞬間、後ろで走る音が聞こえた。後ろを振り向くとお嬢様が見えた。
○
レミリアは何かに気づいた様子で、図書館へと走って行った。そこには昨日と変わらず、静かに本を読むパチュリーの姿があった。
「ねえ、パチェ」
「レミィ、何か思ったことがあった?」
パチュリーの問いに、今度は迷いも、淀みもなくレミリアは答えた。パチュリーは直ぐに本を置き、レミリアの目を見ていた。
「フランはどう思うのかしら?パーティーのことを」
「私にはわからないわ。それはあなたたちと、そしてフランの問題」
「昔は嫌がってたわ」
「でも今回は?」
「そうよ、聞いてもいないの」
そして昨日のパチュリーの態度に納得できた様子で、レミリアは続ける。
「そうね、私はずっと私の都合でフランを動かしてきたわ、勝手に館の中に閉じ込めてきたりして……」
「フランは物じゃないの、勝手に他人が動かせる物じゃないわ、フランはクリスマスプレゼントじゃないのよ。感情も、意志も勿論あるの、それがどこかずれててもね。」
そしてレミリアは話し続ける。
「そうよね。いつからだろう、私がフランの事をこんな風に扱ってきたのは?わかってたのに、いつの間にかこれが当たり前になってたわ。フランを物みたいに閉じ込めたり、自分の都合で動かしたり、おまけに昨日までそれに違和感を感じてもいなかった。慣れてたのね、恐ろしいことかも知れないけど」
それに対してパチュリーは考えた末に、答えとならないことを短く返すことしかできなかった。
「私にはわからないわ、私はたかが100年しか生きていない。貴方たちの過去はわからないの」
「そうよね」
「でもね、レミィ、過去の事にはもう私は手助けできない。だけど、これからの事は手助けできるわ」
パチュリーはゆっくりと、しかし昨日の不機嫌さは微塵も感じられない口調でレミリアに話す。
「あなたたちに何があったのか私は知らない。自分からは知る気もないわ。だから、フランを閉じ込めていたことも意味があったのかもしれない」
「うん……少なくとも昔はそれがあの子のためだと思ってたわ」
「それはあなたたちのこと、だけどね、レミィ、みんな変わっていくでしょう?昔のあなたがフランをパーティーに出席させたいって思った?」
「最近は。いや、大昔にパーティーであの子の気がふれちゃってからずっと思わなかったわ」
「でも、今は思うのでしょう」
「ええ、今のあの子ならって思うの」
幻想郷に来てから、特に最近のフランの落ち着いた様子を見て、レミリアは心底そう思っていた。
「でも、あなたはフランの変化に気づいていても、フランをわかろうとしていなかったと思うわ」
「そうよね、昔のように閉じ込め続けて」
そして悔いるように、レミリアはパチュリーに話しかける。
「今のあの子は閉じ込められることをどう思うのかしら」
「あとでフランに聞いてみましょう?もしフランが不愉快と思っていたのなら謝りましょう。私も一緒に謝るわ。……私だって黙って見てたの。確かにフランはとても不安定で危険に見えた、だけど、それはただの印象で、フランの気持ちも何も考えも、確認もしなかったわ。」
そして、パチュリーは言葉に精一杯の思いを込めてこうレミリアに話す。
「レミィ。過去のことは変えられなくても、未来の関係は変えられるの」
○
フラン様のメイクが終わり、私はフラン様のドレスを着付ける。繻子織りの白いドレス。その上品な光沢を小さなフラン様がまとう。このドレスもやはり不釣り合いな印象は感じられた、しかし、それ以上に清楚な華やかさを感じられた。しかし、そんな華やかなフラン様は、何故着ているのかもわかっていないようだ。新しいおもちゃを手に入れたときのように喜んではいたけれど、そのあどけなさが少し悲しくも見えた。
もう一着のドレスを着るはずのお嬢様はまだ見えない。フラン様はまま事とでも思っているかのようにはしゃいでいる。私はフラン様に何も告げられない歯がゆさを覚えながらも、お嬢様を待っていた。そして少しすると、再び走り音が聞こえた。今度は二人分の。お嬢様と、傍らにはパチュリー様が見えた。
「ねえフラン。今日はパーティーなの。フラン、パーティーに参加したいと思う?」
私はお嬢様のその言葉に驚きを隠せなかった。お嬢様にも、来客にも隠して、パーティー嫌いのお嬢様を無理にでも一度参加させるという計画だと聞いていたからだ。
「う~ん。人が沢山いるんだよね?」
「そうね、人も沢山いるし、とっても気をつかうの、だから、無理に参加しなくてもいいのよ」
そんなお嬢様の問いに対して、フラン様はとても朗らかな声で答えていた。
「うん、だけど出てみたいな、最近はそんな気もするの、人が一杯の楽しさも、一人の楽しさもあるんじゃないかなって。だから一度体験して見たかったんだ」
「そう、それと……実はね、あなたってパーティーが嫌いだってでしょ?だから今日は、本当は無理しても参加させるつもりだったのよ。このまま騙してでも会場まであなたを運んでね」
「そうなんだ……そうだなあ。私のためを思ってやってくれたんでしょ?お姉様はいつもそうだしね。でも、今度から隠さないで言って欲しいな」
「そうよね、ごめんなさい、フラン」
そうやって姉妹が話す様を私も、パチュリー様も静かに見ていた。しかし、私が懐中時計を見ると、もう開場の時間が迫っていた。無粋だと思いながらも、私はその事をお嬢様に告げ、大急ぎでお嬢様の着付けをした。お嬢様は赤のドレス。フラン様と並ぶと、とても華やかで、そしてめでたい様子に見えた、そして、お嬢様には薔薇の、フラン様には鈴蘭の香りのパルファンを付ける。時計を見て、ほんの少しだけ時間を操る。ノートが開演時にちょうどミドルへと移るように。そうしているうちに、小悪魔が私を呼びに来た。最後の準備で少しだけ手間取っているらしい、私はお嬢様達にそれを告げ、先に会場へと向かっていた。
○
「ねえフラン」
とても華やかな姿なのに、重い顔をしてレミリアはフランに話しかける。
「なあに? お姉様」
「ずっと私はあなたを閉じ込めていたけど……ねえ、あなたはどう思ったの」
「お姉様は私のためにそうしてくれたんでしょ?確かに反省することは多い気がするよ。でもね、部屋の中も館の中は楽しいことは一杯あったし、別に退屈じゃなかったかな?」
「本当に?」
「そうだよ、まあこれからはもっと色々外も見てみたいかな、外にも知らないこともいっぱいあるしね」
「そうね、今日のパーティーが終わったら二人でゆっくり話しましょう、色々教えてあげるわ」
それからもフランは屈託の無い表情で話し続け、レミリアはそれでもまだ重い顔をしていた。その重い顔を見てか、見ないでか、フランは久々に外に出たのだから庭園へ行くと言い、後にはレミリアとパチュリーが残された。
「これで……よかったのかしら?」
とレミリアが問いかけると、二人の会話を静かに聞いていたパチュリーは
「最初の一歩かもね」
「そうね、でも、これでもまだお姉様って呼んでくれるのね」
「フランは本当にあなただけが頼りだったのでしょうね……おかしな例えならごめんなさい。ストックホルム症候群って言葉知ってる?」
「何なの? それは?」
「ええとね、簡単に言えば、被害者が誘拐犯なんかに特別な思い入れを持ってしまうこと、加害者以外に頼りがいない、自分の命も握られている、そんな状況だと、被害者が加害者に共感したり、同情したり、依存したりってのがあるのよ」
それが自分とフランを指していると思えば、恐ろしく辛辣な表現に聞こえた。だが、レミリアは怒ることもなく、パチュリーに答えた
「私とフランもそうかもね。今考えればおかしいわね、何で閉じ込めたりしたんでしょう」
「私も疑問に思わなかったわ」
「あの子を変えようともしないで閉じ込めて」
「そうね、紅魔館のみんながそうだったの」
そして、パチュリーもまた重い顔をして続ける
「でもね、使用人にはそれが当然だわ。使用人は主人の言うことに従うのが仕事であり義務だから、だから使用人たちはレミィの影でしかないの」
「そうよね。結局私の問題だわ」
「いいえ、私もよ。私は使用人じゃない、ちゃんと自分の意志を持った、ただの友人よ、なのに私は何もしなかった、……雨まで降らせてフランを閉じ込めたの」
「その友人が私に気づかせてくれたのよ、そうね、いつかフランがこのことを恨むときも来るのかもしれない、だけどね、その時はまた、ちゃんと謝りましょう、二人でね」
ようやくレミリアは明るさを取り戻して、パチュリーにそう告げた。
「ええ、その時は私も一緒よ、ありがとう。レミィ」
「これからも私が間違えたことをしたら指摘してね。友人なんだから」
「そうね、私にもしてね、レミィ」
「勿論よ、じゃあまずは――」
「わかってるわよ、今度は私の番ね」
○
二人は夕焼け空の庭園へとやってきた。パチュリーはフランを見つけると、レミリアのよう謝罪の言葉をかける、そしてフランはまた、屈託なくパチュリーに話しかける。
久々に、あるいは初めて見る草花のことを、フランはパチュリーに問い続け、レミリアは笑顔を浮かべながらそれを見つめる。門の方を見れば、遠くで美鈴が受付を始めようとしていた。その前の穏やかな夕暮れの時間。まだ日差しは強く、ほんの少し体に刺すように感じた、それでも、茜色の空の下の草花と、それを三人で見つめる景色はとても美しい物のようにレミリアには思えた。
○
「ローストビーフとカルパッチョとフライドチキンとシーザーサラダに……」
「幽々子様、もう少し行儀良く取られた方がよいのでは……」
「大トロと大トロと大トロと、あと雲丹もっと」
「なあ霊夢。いくらレミリアのおごりって言ってももう少し空気読んで取ろうぜ」
「ええ~油揚げがないんですか!」
「こんな場には普通ないでしょうね。後で買ってあげるからここは静かにしてなさい」
「まあ私は我慢できますけど、橙が……」
「式神くらいちゃんとコントロールしなさいよ……」
「油揚げがないと気力が出なくて……」
人も妖怪も悪魔も、その他も関係なく入り交じったパーティーは、賑やかに行われていた。
美しいドレスで着飾ったフランが姿を見せたときは、知らない物はもとより、その姿を知る霊夢たちですら思わず目を見張る物があった。
その姿に似合わない子供らしい振る舞いも、皆にはとても微笑ましいように見えていた。
レミリアは、ホストとして、しっかりとした貫禄ある、抜かりない振る舞いをしていた。フランの様子にも目を細めつつ。
咲夜も抜かりのない給仕を務めていた。メイドたちはそこそこに。
○
そうしてパーティーも終わり、再び紅魔館はいつもの光景を取り戻した、いや、一つだけ違うことがあった。
レミリアとフランは、何百年かぶりに、姉妹で一つのベッドに入り、とりとめの無い話しを続けていた。そんな中で、フランは一つの手紙の存在を思い出すと、手紙を取り、レミリアに手渡した。
「ねえお姉様、そういえばみんなにお手紙を書いたの、お姉様のはこれね」
「ねえ、今読んでもいい?」
「う~ん、目の前はちょっと恥ずかしいかな、後で読んでよ」
そうして話しを続ける中、フランはいつの間にか眠りへと落ちていた。レミリアは机へと向かうと、ライトを付け、手紙を読み始めた
" レミリアお姉様へ
いつも楽しいおもちゃや美味しいケーキをくれてありがとう。毎日とても楽しいよ。だけどね、ちょっとだけ寂しいの。最近はお姉様と話すことも少なくなっちゃったね。たまには二人でゆっくり話したいな。うん、私のために頑張ってくれてるのはわかってるの。わがままいってごめんなさい。でもね、このお手紙を読んでくれたら、時間があるときでいいんだ。もっとお話しようね。そして毎日ありがとう。私のお部屋もお姉様のおかげであるんだよね。毎日幸せだよ。隣にお姉様がいればもっと幸せ。次に会えるときを楽しみにしてるね。
親愛なるお姉様へ フランドール・スカーレットより"
レミリアは手紙を濡らし、窓辺で、フランから目を背け、空を見ながらしばらくの間、罪に震えていた。空には滲んだ月が浮かんでいた。そして、自分達にはまだ途方も無い時間が残されていることに救いを覚えていた。吸血鬼であることに初めて感謝したのかもしれない。
手紙を読み終わると、レミリアは寝息を立てているフランを見た。自分とよく似たその顔と、その指を見ると、レミリアは机を空け、色鮮やかな宝石箱を取り出した。そこから一つの、レミリアが大事にしていた指輪を取り出した。代わりに濡れた手紙を丁寧にたたみ、宝石箱の中へと納めた。
そして、レミリアは自らの手紙も濡らしながら、一通の手紙を書き上げると、指輪と共に封筒に入れ、そっとフランの枕元へと置いた。そして、明日何を話そうか?などと考えながら、レミリアはいつのまにか夢へと落ちていた。とても幸せな、そしてこれから現実になるだろう夢の中に。
凄く良い話でした。
とはいえ単純に心温まる話でないのが上手いですね。
手紙で涙腺崩壊しました。過ちに気付いたお嬢様なら必ずフランちゃんと一緒に幸せになれるでしょうね。フランちゃんのことを本当に大切に思ってるんですから