この物語には、オリジナルの食材が登場します。
レシピ通りの味わいでないことをご了承ください。
風だってたまには歩きたい日もあると思うの。
だっていつも急いでばかりだと目が回ってしまうもの。知らない? そういうことを急がば回れって言うんでしょ。私、ちゃんと知っているんだから。
それなのに、お姉さんはいじわるね。そんなに足元をふらつかせてさ、待ち焦がれなくてもいいんじゃない? わざとらしい。いくら暑いからって言ってもね。
それとも、迷子になってしまったとでも言うのかしら。
ええ? そう、違うの。そうよね。そうに決まっているわ。私、わかっていたもの。
じゃあ、どうしてそんなにふらふらしているの。もしかしておいしいお水を飲んだから? それなら、私のお父さんと同じね。
ええ、そうなの。私のお父さん、お水をたくさん飲むとふらふらになってしまうのよ。それでお顔はお日さまみたいに真っ赤に燃えるのだけれど、お口はまぁるくなっていてお月さまのようだったわ。
きっとそのお水が特別おいしいものだからでしょうね。私も飲んでみたいってお願いしたのだけれど、お母さんが許してくれなかったわ。あなたにはまだ早いって。
大人ってずるいと思わない? あまりにもおいしいお水だから、お父さんもお母さんも私に飲ませたくなかったのよ。ずるいわ。本当にずるい。
だからね、お姉さん。私がお友達になったばかりのお姉さんに声をかけたのはつまりそういうことなのよ。
ねえ、持っているんでしょう? おいしいお水。私にも飲ませてよ。ねえ、お願い。一口でいいの。お願いったら。
あっ……ご、ごめんなさい。引っ張りすぎてしまったわ。
怒ってしまったの? ごめんなさい。私、本当に飲んでみたかったのよ、そのお水を。
お父さんのとっても疲れたお顔を安らかな寝顔にしてしまうあのお水を、どうしても味わってみたかっただけなの。本当に、それだけよ。
オサケ? ええ、あれはお水ではないの?
うん、うん、そう。オサケって言うの。ふぅん。私、またひとつかしこくなったわ。ありがとう、お姉さん。
あのお水……オサケが飲めないのは残念だけど、持っていないのなら仕方ないわよね。私、我慢するわ。ないものをねだっていいのは神さまだけだってお母さんも言っていたもの。
ところで、お姉さん。私、お姉さんにひとつお話をしてあげたいの。お服のしわのお詫びと、おいしいお水の名前を教えてくれたお礼にね。
もうっ、笑わないでよ。お姉さんの考えていることは分かるわ。私みたいな子供の話なんてつまらないって思っているんでしょう。私、ちゃんと知っているんだからね。
でもねえ、そんな心配は捨ててしまって結構よ、お姉さん。これでもお話をするのは上手なのよ。お母さんもほめてくれたんだから。
どんなお話かって?
それはねぇ、作り話よ。博麗の巫女さまを材料にしたお話。
一度だけ見たことがあるのよ、私。巫女さまがいろんな妖怪たちと楽しそうに騒いでいたのを。それを見て、ひとつ思いついたの。
ね、ね、聞きたくない? 面白そうだと思わない? 私のお話、きっとお姉さんを楽しませてあげられると思うわ。
ええ、大丈夫。短いお話だから。
うん、ありがとう。じゃあ、私のお話を聞かせてあげる。途中で寝てしまったりしたらいやぁよ。
ええとねぇ。宴をしているときの話でね。まず、最初に言ったのは巫女さまよ。
「この中で、いつも一番に美味しいものを食べているのは誰かしら」
そう言ったの。巫女さまの言葉は、好き勝手に騒ぐ周囲の関心をいっぺんに引き寄せたわ。
どうして、巫女さまがそんなことを言ったのかって?
やだなあ、お姉さん。私のお話、ちゃんと聞いていたの? 作り話だって言ったじゃない。お話の中の人は決まったことしか喋られないのよ。
だからね、そういうことを気にしてはだめなの。わかった?
わかった、そう。それにしてはずいぶん眉毛が動いているけれど。
ねえ、お姉さんは気になったことがない? ここにはいろんな人たちが住んでいるわ。その人たちの中で一番の舌を持っているのが一体誰なのかって考えたことはないのかしら。一度くらい……ほんのちょっぴりでも、考えたことはないの?
そう、そうよねぇ。私もあるわ。ふふっ、私とお姉さん、おそろいね。
でもね、私がお姉さんと違うのはその答えを出したこともあるってところなの。驚いた?
答え? それはねぇ、お話の最後にわかることなの。だから、今は教えてあげられないのよ。私のこと、けちんぼだって思わないでね。
さて、どこまで話したかしら。ええと……そうそう、それで次に言ったのが亡霊のお姫様。
「幻想郷一の美食家と言えば他に誰がいるのかしら。いいえ、私しかいないのよ」
それこそが正解だと言わんばかりの口調で言ったの。でも、お姫様だから仕方ないわよね。
亡霊に味なんて? さあ、わからないんじゃないかしら。私、知らないわ。
でも、亡霊って足がないのよね。綿みたいにふわふわ泳いでさぁ。だから、風が吹いてそのままどこかへ行ってしまわないように、たくさん食べて重くならないとだめなんじゃないかな。お姉さんもそうは思わない?
そうよねぇ、亡霊は大変そう。もし私が亡霊になっても上手にやっていけるとは思うけれどね。
だって私、最近お肉が少し増えてきたんだもの。胸のところもちょっとだけ痛むの。うぅん、お姉さんほどじゃあないんだけれど。
ああ、うん。それでね。そのお姫様に食ってかかったのが吸血鬼の女の子。
「お前はただ大ざっぱなだけだよ。美食というのはね、私のように高貴な舌でないと付き合ってはくれないのさ。
私の血液に極上のワインが流れているのは、まさにその証明よ」
あまりに自信たっぷりに言うものだから、みんな黙ってしまったの。一瞬だけどね。
だって、吸血鬼が一番に美味しいものを食べているわけないじゃない。血を飲むのよ、吸血鬼って。
知ってるの? なら、わかるでしょう。あんな生臭いものを好む舌が一番のはずないじゃない!
ああ、前にお友達で転んじゃった子がいてね。
その子、お鼻の下が真っ赤になってしまったのよ。すぐに拭いてあげようと思ったのだけれど、私もいっしょに遊んでいたからお服は汚れていて……仕方ないから舐めてきれいにしてあげたの。
そのときの味と言ったら、まったく、砂のかたまりでもしゃぶっているような気分だったわ!
え? ううん、そういえばその子ったらせっかくきれいにしてあげたのにまた真っ赤にしてしまったの。
今度はお顔全部だったけれど。
それも、舐めてもきれいにならなかったわ。不思議よねぇ。なんだったのかしら。
あ、ごめんなさい。私のことばかりで。今、お話の続きを聞かせてあげるわ。
吸血鬼の女の子に真っ先に言葉をぶつけたのが魔法使いだったの。
魔法使いはね、やわらかそうな金色の髪をゆらして、お顔を赤くさせていたわ。
「なに、ワインを飲めば偉いのか。違うね!
美味しい食事には気持ちがこもっていなきゃあいけないんだ。たとえば、そう、私が丹精込めて育てたキノコを使った料理がある」
そう言って、ほのかに肌を焦がしたキノコの香りを辺りの空気にたっぷり染み込ませようとしたの。みんなにもわかるようにね。
でもねぇ、結局我慢できなくて自分で食べてしまったのよ。
魔法使いはキノコに目がないんだから。
あれ、お姉さん。もしかして、知らない? 魔法使いとキノコってとても仲がいいのよ。たぶん、私のお父さんとお母さんの次くらいに仲がいいんじゃないかしら。
ええ、どうして? だって、そっくりなところばかりじゃない。暗くてじめじめしたところが好みでさ。お服だって地味なものばかりよ。
そんなことないかしら。ふぅん。そうねえ、そういえば私もこの前、魔法使いが夜空にきれいな色の魔法を描いているのを見かけたわ。
でもね、キノコだって目に痛いくらいに色の明るいものもあるのよ。私、ちゃんと知っているんだからね。
前にお父さんと山菜を採りに、森に入ったときに見つけたの。まぶしい赤色の上に白い点を散らした美味しそうなキノコをね。まるでちぎれた雲をのせた夕日のようだったわ。
それで思わず手にとってそのまま食べようとしたのだけど、お父さんに止められたの。
毒キノコなんですって。あんなにきれいな色なのに!
そうなの、人を見かけで判断してはいけないってお父さんに教えられたけど、キノコにも同じことは言えるのよね。だからそのとき、もう二度と見かけにだまされないようにしようって心に決めたわ。
でも、これが思っていたよりむずかしくてね。見た目どおりの人だっているわけじゃない? だから、なかなか上手にはできないのよ。
そういえば……お姉さんはどちらなのかしら。
あはは、やだあ、お姉さん。そんなに本気にしないでよ。
ごめんなさいね。私ったらお話するのは好きだけど、お口はあまり上手でないのかもしれないわ。
さあ、続きにしましょう。お腹を満足させた魔法使いに、あきれたように言ったのがお医者さまよ。
「あらあら、どれだけの手間隙をかけたとしてもあなたのような素人が作り手だと最高とは言えないんじゃない?」
お医者さまの言葉を聞いて、魔法使いは頭の上に煙をあげたのよ。まるで、お山のてっぺんみたいにね。それに、ちょっとつついてやれば爆発するかもしれないくらいに、お顔をもっと赤くしたの。
それでね、暴れる舌が落ち着くのも待たずに彼女は声を出したわ。
「おい、おい! 今、なんて言ったんだ。
こいつは香りもばつぐんで味もいい、ついでに栄養もたっぷりだ。他になにが足りないって言うんだよ」
魔法使いは水しぶきのように言葉を次々に飛ばしたの。
あら、物足りない? そうかもしれないわ。私ならつばだって飛ばすところだもの。
でもね、お医者さまは不出来な生徒を前にした先生みたいに、にっこり笑って言ったのよ。
「もちろん、なにもかもよ。
だって、あなたの食事はそれだけなんだもの。料理は素材と素材がそれぞれを支えあってはじめて完成するのよ」
わかる? 私もね、お母さんに言われたことがあるの。好き嫌いをしてはいけませんって。
お米を食べるばかりじゃだめなの。お肉でもお魚でもお野菜でも、そればっかりを好きになってもね。それぞれを少しくらいずつ食べるのが体に一番いいのよ。
あら、なあに。これは本当のことなのよ。私、今までに体を悪くしたことがないんだから。
ところで、お姉さん。ここまで話してしまったけれど、もうわかってしまったかしら、お話の答え。
そう? でも、もう喉のところまで手をかけているのかもしれないわ。私としては、お姉さんが答えを出してしまうまでに話し終わってしまいたいのだけれどね。人の驚く顔って、見ていて楽しいと思わない?
そうよね。そのとおりよね。じゃあ、早く終わりまで話してしまおうかしら。
「じゃあ、誰が一番だって言うんだよ。お前のところの姫さんか」
魔法使いはそう、言い返したの。
けれど、お医者さまは首をふったわ。横にね。
「姫はお肉を好まないの。だからここはあなたに譲るわ」
お医者さまの向いた先にはね、誰がいたと思う?
巫女さまよ。博麗の巫女さま。でも、巫女さまにはどうして自分が一番なのかわからなかったの。
だから、お医者さまは教えてあげたのよ。
「あなた、と言うよりはあなたたち、と答えるのが正解だけれど。
人間は毒には弱いくせになんでも口に入れようとするんだから、ね。だから、食材を自分たちで作ってしまおうと考える。手間隙をたっぷりとかけた最高の、第一級の食材を。
その考えは私たちにはとても真似できないわ」
お医者さまの言葉は、巫女さまだけでなく周りにいる妖怪たちの頭も大きく上下させたの。
けれどね……ああ、お姉さん。まだ終わりじゃないのよ。ええ、人間こそが正解だと思ったの?
ざぁんねん、もったいないわ。お話の終わりはもう少しなのよ。ちょっとだけよ。だから、聞いていてね。
うん。けれどね、その様子を見ていたルーミアは思ったのよ。
なるほど。自分こそが、自分たちこそが、幻想郷で一番に美味しい食事をしているんだってね!
ふふ、どうだった。私のお話、面白かった? 面白かったわよね? 自信作だもの。
あら、どうしたの。
お姉さん、もしかしてルーミアって妖怪を知らないの? 最近、そこの森の辺りによく出てくる人喰いなのよ。
怖いわよねぇ。一体、どんな化物なのかしら。きっとお服も髪も真っ黒なのよ。宵闇の妖怪って言われているくらいだもの。
でも、そのせいで森で遊ぶこともできないんだから困ったものよね。お父さんと山菜を採りに行くこともできないし。つまらないわ。本当につまらない。
ええ、なぁに? 森に……今から?
本当に! いいのかしら、お姉さん。私、うれしいわ。とってもうれしい。
ああ、けれど……お父さんからもお母さんからも森に入ってはいけないって言いつけられているの。だから、でも、うぅん。
驚かせる?
そうね、それはとてもいい考えね。いつも疲れたお顔をしたお父さんにオサケの代わりに山菜をあげれば、またあの安らかなお顔が見られるんだから!
わかったわ、お姉さん。一緒に森に遊びに行きましょう?
それにお姉さんの髪の色、お日様みたいにまぶしくてきれいな金色を見れば、宵闇も逃げてしまうんじゃないかしら。そうよ、きっとそうに違いないわ。
ああ、私、声をかけたのがお姉さんでよかったわ。本当に。ありがとう、お姉さん。
さあ、早く森へ行きましょう。
私、今日がこんなにも楽しくなるなんて思いもしなかったわ。ふふ、森ではどんなすてきなことが待っているのかしら。
楽しみね。私、本当に楽しみよ。
そしてあとがき自重w
雑食の極地ですからねえ人間てやつは。