Coolier - 新生・東方創想話

三途の河を彼女が渡る日

2009/08/03 07:18:49
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 その日の朝、小野塚小町は実にやる気に充ち溢れていた。

 何に対してのやる気なのか、それは当人である彼女にも上手く説明することは出来ないが、
彼女の身体中から気力とか生気とか(死神なのに)世間一般ではそのように呼ばれるようなモノが
これ以上ない程に漲っていたのだ。例えるなら最高にハイという状況だった。
 早朝に床から出る瞬間の何という清々しさか。外から聞こえる小鳥の囀りのなんと心地良いことか。
 いつもなら『朝を迎える=仕事に向かわねばならない=超だるい』という、彼岸の向こうで
ラグランジュやオイラーといった面々が咽び泣きそうな程に完璧な方程式を成立させる彼女が、
今日は何故か実に素晴らしい目覚めを遂げてしまったのだ。恐らく、否、間違いなく二度目はないであろうという完璧な朝を。
 そんな朝を迎え、彼女は目覚めのテンションそのままに仕事へと向かった。三途の河へと向かう道すがら、鼻歌を口ずさみながら、だ。
 いつもの彼女なら朝はそれこそこの世の終わりのようにテンションが駄々下がりで、
そんな姿を見ては同僚達に苦笑されたりするのだが、今日は普段の彼女からは想像出来ない程にスーパーテンションだった。
 通勤途中、同僚に会い、元気な声で挨拶をする小町を見て、まるでオバケでも見たかのように目をぱちくりとさせる同僚達。
 いや、オバケなら普段から見てるのでここは少し訂正したい。とにかく、在り得ないモノを見てしまったかのような
表情を浮かべ、小町とすれ違った周囲の人達は誰もが己が目を疑ったくらいだ。
 何度も言うが、今日の小町は絶好調だった。彼女にとってやまだ(誤字。未だ)かつてない最高の目覚めは、
彼女の心に仕事に対するやる気すらも灯してしまったのだ。あの万年氷土とも謳われた小町のやる気精神に、だ。
 三途の河に浮かべている己が相棒に腰を下ろし、大きな背伸びを一つして、小町はとんでもない言葉を紡ぐ。

「さ~って。折角こんなに気分が良いんだ。今日は少しばかり気合い入れてお勤めを果たすとしようかい」

 恐らく、彼女の上司がこの台詞を聞けば咽び泣いて喜んだに違いないだろう。先ほどの言葉は
小野塚小町にとってはこれ以上ない程に『アリエナイ』台詞だったのだ。
 そんな異常ともいえるべき台詞を発した彼女。くどいようだが、もう一度言わせてもらいたい。

 今日の小野塚小町は実にやる気に充ち溢れていた。


















「は~い、一丁上がりっと。短旅ごくろうさん」

 船に乗った幽霊をまた一人彼岸まで送り届け、小町はにかっと笑って船客を見送った。
 そして船頭を対岸へと向け直し、三途の河を再び渡り始める。先ほどの客で本日さばいた人数は十人になる。
 仕事を始めてまた二時間と経っていないのに、これだけの数の幽霊を彼岸まで送り届けるのは彼女にとって新記録の数値で
あった。否、それどころか三途の河で働く死神達の新記録ですらあった。(運んだ魂が皆多くの財を持っていたという理由も多分にあるが)
 しかし、そんなことを小町は気にしたりしない。今の小町は絶好調、仕事が楽しくて楽しくて仕方がないのだ。
 だから彼女は時間を忘れて次の客、また次の客と送り続ける。今の彼女はまさしくドライバーズ・ハイ、
…少しばかり違う気もするが、とにかく今の彼女はサボろうなどという思考は微塵も存在していなかった。
 単純計算で、この二時間だけで小町は普段の三日分の仕事をこなしたことになる。だが、そんなことも彼女は気にしない。
 何故なら今、彼女は仕事が楽しくて楽しくて仕方がないのだ。ビバ労働、ビバ勤労。本当にそんな状態なのである。


 そんな彼女の仕事のペースが今更止まる訳がない。訳がない。その筈だった。そうなる筈だった。
 対岸、すなわち元の岸にたどり着き、小町は再び船頭の向きを変えながら次に自分の船に乗ろうとしている
客に気さくに話しかける。無論、船の操舵をしている為、彼女は客の方を見てはいない。

「はい、いらっしゃい。お客さん、どちらまでだい?」
「知らないわよ。私はこれに乗れって言われただけだし」
「そうかいそうかい、行先は風の向くまま気の向くままにってか。いいねえ、そういう生き方は格好良いねえ。
私もこう三途の河の船頭なんてやってるが、実はぶらりぶらりと旅するのが好きな方でね。
時々ふらっと幻想郷に足を運んでみたりなんかする訳さ。ああ、お客さんは幻想郷出身かい?」
「生まれも育ちも幻想郷よ。というかアンタ、そういうことしてるからいつも閻魔に怒られてるんじゃないの?
風来坊に憧れるのは勝手だけど、アンタは地に根を下ろすくらいの方がいいんじゃない」
「ははっ、キツイこと言うねえ。しかし、今回のお客さんは実に御喋りさんだな。嬉しいね。
仕事上こうしていつも幽霊を運んでるんだけど、まあ当り前の話なんだけど幽霊は話してくれない訳さ。
だから私は一方的にお客さんに話しかけるしかないって訳。その点アンタは良いねえ。会話はやっぱりキャッチボールじゃないと」

 そこまで話して、小町は一瞬『あれ?』と首を傾げる。そう言えば何でお客さんは普通に返事を返してるんだろう、と。
 先ほどの小町の説明通り、幽霊は言葉を話せない。だからこそ小町がいつも一方的に話をしている訳なのだが、
ならば先ほどの会話はなんだろうか。

「ふーん。まあ、アンタの仕事の愚痴なんかどうでもいいけど。
ところでこの船は客に対してお茶も出さないの? サービスが悪いわね、魔理沙の家だってお茶くらいでるわよ?」

 背後から聞こえる声に、小町は少しばかり眉を顰める。あれ、というかこの声何処かで聞いたことあるような…
 幽霊が会話をしている? しかもその声は聞きなれた声? はてさて、これはどういうことか。
 んー、と少しばかり首を傾げながら、小町は船頭の向きを変える作業を止め、ゆっくりと視線を客の方へと向ける。

「…なんだこりゃ」

 本日十一人目の客を見て、小町は気付けば思ったままの感想を口から漏らしてしまっていた。
 彼女のお客、それはすなわち幽霊に他ならない。幽霊とは亡霊とは違い、人の形を形成せず、人魂となった存在。
 だからこそ、その客は彼女がいつも見慣れた霊魂に他ならない筈なのだが…その霊魂には何故か『リボン』と『手足』がついていた。

「…なんでまた魂に手足とリボンが。霊魂がオタマジャクシみたいに手足が生えてるなんて初めて見たなあ」
「何を訳の分からない事を言ってんのよ。いいから茶を出しなさい茶を。欲を言えば緑茶が良いわね」
「しかも茶を出せと要求してきた。魂の形容が気持悪いうえに、ふてぶてしい。
誰の魂かは知らんが、よっぽど顕界で悪さをしたんだろうねえ…いいさいいさ、小町さんは胸も懐も大きいんだ。
どんな悪人だろうと無事向こう岸まで送り届けてやるさね。無論、お代はお前さんの全財産で」
「帰れ。アンタにやる金なんかびた一円もないわ。むしろ私に金を寄こせ」
「ほほう?他の死神ならまだしも、この小町さんに恐喝たあ良い度胸だ…って、ちょっと待て。
さっきから気になってたんだけどさ。私、何処かでアンタの声を聞いたことがあるんだよね。
それも一度や二度じゃなくて…う~ん、喉元まで出かかってるんだけどなあ…」
「…アンタ、それ本気で言ってるの? もし本気なら一度永琳のところで眼を診てもらった方がいいんじゃない?」

 一を放てば十の矢が返ってくるこの応対。そして歯に衣を着せぬサッパリとした物言い。
 小町は必死に己の記憶を辿り、この霊魂に当てはまる人物を探してゆく。あいつでもない、こいつでもない。
 う~むと眉を寄せて思考していた小町だが、ふと霊魂の頭にあるリボンに目が向かう。あの赤色のリボンは見たことがある。
 では何処で?無論幻想郷で。幻想郷の何処で?どこだっけなあ…宴会の時とかにしょっちゅう…
 何処の宴会?そりゃ決まってる。自分達が人妖霊神混じり合って宴会をする場所など一つしかない。
 ――博麗神社。ああ、そう言えば博麗神社在住のあのやる気皆無アンド無愛想巫女があんなリボンを…

「…は?いやいや、そんな訳がないだろう。このキモイ魂が博麗霊夢な訳がない。
 博麗の巫女が死んだとなったら、それこそ幻想郷も地獄も関係無しに大問題になる筈だ。これが霊夢な訳が…」
「あ、そういえばアンタ、この前遊びに来た時に勝手に食べてった煎餅の代金払いなさいよ。きっちり三枚分」
「は、博麗霊夢が本当に死んでるうううううううーーーーーーーーー!!!!!」
「勝手に人を殺すな死神っ!」
「あうちっ!!キモイ手なのに地味に痛い!!」

 霊夢(?)の魂から延びた手が鞭のようにしなり、小町の右頬をスパンと良い音を立てて引っぱたいた。
 衝撃の事実を知ったせいか、人魂のキモイ右手が地味に痛い事に驚いたせいか、小町さん若干涙目。多分後者。
 そんな小町を霊夢(?)の魂は両手を組み、腰をつけている小町を見下ろすようにその場に立ち上がって言葉をぶつける。

「いいから煎餅三枚返すか金払うかお茶出すかしなさいよ。ほらさっさとする」
「いやアンタ飲み食い出来ないだろ、口ないし…じゃなくて!!
おい!お前さんは本当に博麗霊夢なのか!?本当に博麗霊夢なのかい!?」
「何で二回言う必要があったのかは気になるけど…私が博麗霊夢以外に何に見えるって言うのよ。
…まさか早苗か!?あんなぽっと出のパチモンキャラと私を間違えたとでもいう気か!?人里のガキに続いてお前もかブルータス!?」
「いや間違えないけど…というかアンタ、ずっと博麗の巫女として働いてるくせに
人里で山の巫女と間違えられたのか…そいつはまあ…なんというかまあ…」
「止めろっ!私をそんな憐れむような目で私を見ないで頂戴っ!頼まれても奇跡なんか起こせるかハゲ!」
「うわっ!?頼むから船の上で暴れないでくれ!!痛い!!魂に生えたキモイ手足が私に当たって地味に痛い!!」

 うがーと乱舞する霊夢(確定)の魂の手足がぺちんぺちんと小町の身体に当たり、きゃんきゃんと小町は悲鳴をあげる。
 ちなみに霊夢の怒りが収まるまでの二分と十三秒、小町さんはキモイ手足の嵐に歯を食い縛って耐えたそうです。
 そんなこんなでようやく落ち着きを取り戻した霊夢に、小町(満身創痍)は溜息をつきつつも訊ねかける。

「まさか本当に博麗霊夢とはね…アンタ、一体何があったのさ。
アンタがここに来るのはまだまだ先のことだと思ってたんだけど…」
「むしろ私が教えて欲しいくらいよ。何があったも何も、気付いたらここにいたのよ。
さっきまで魔理沙や萃香達と団子食べながらのんびりしてたんだけど…何?アンタ距離でも操った?」
「馬鹿を言うでないよ。何が悲しくて私がお前さんを呼び出したり…」

 そこまで口にし、小町はハッとあることに気がついた。
 小町は先ほど霊夢に『何があったのか』と訊ねた。それはつまり、『お前はどうやって死んだのか』ということ。
 その質問に対し、返ってきた答えは『私が教えて欲しいくらいだ』であった。そして『気付いたらここにいた』。
 この答えから、今の霊夢が現状を把握していない事は容易に理解出来た。つまり、霊夢は…

「…お前さん、自分の『今』をまだ理解していないのか」
「今?今って何よ。この場所くらいは理解してるわよ?アンタのいつもぐーたらダラダラ務めてる仕事場じゃない」
「そうさね、ここは私の仕事場だ。私の仕事場にアンタは来た。来てしまったんだ。
…その言葉の意味、分かるだろう?アンタは気付けば『この場所』に来てしまったんだ」
「――あ」

 そこまで小町が説明をした時、霊夢は言葉を失った。
 それはつまり、彼女が理解したということ。自身がどうしてこの場所に、『三途の河』にやってきたのかということを。
 若干の静寂が二人を包む。しかし、それはあくまで若干。少しして、霊夢ははぁと大きく息をついてぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「…そっか。私、死んじゃったか」
「それ以外、考えられないからね。突然この場所に現れた上に、アンタの身体は霊魂と化しているんだ」
「え、本当?…うわ、本当だ。何このキモイ手足、自分の身体のことなのに全く気付かなかった」
「いやそこは気付いておくれよ…いや、それは置いておくとして」

 軽く言葉を切って、小町は少し考える素振りを見せた後に再び口を開く。
 それは、死を迎えた者に対して船頭役を務めている彼女がいつも客に送る言葉。

「永い旅路、お疲れさん」
「ん。ありがと。別段永くもなんともなかったけどね」
「…やけに落ち着いてるね。理由も分からずにいきなり『死』を突き付けられたんだよ?
もっと慌てたり激高したりすればいい。この場は終点、終わりを迎える安寧の聖域。誰もお前さんを怒らないし笑わない」
「ん~、そうでもないわよ。意外と動揺してるなって自分で分かるから。
ただまあ、慌てたり小町どついたりしたところで生き返ることが出来る訳でもないんでしょ?」
「まあねえ」
「だったらやるだけ時間の無駄だわ。私はそういう徒労ってのが一番嫌いなの。大好きなのは楽すること。
まあ、確かに短い人生だったなとは思うけど、それも私の人生かなって思うし。まあ、仕方無いんじゃない?」
「…参ったね、実に男前な回答だ。これだけ覚悟決められたら、迷える魂を導く私の仕事が無くなっちゃうよ」
「アンタの仕事って一方的に魂に無駄話するだけでしょう?無くても別に誰も困らないわ」
「そいつは勘弁、私の仕事は趣味も兼ねてるんだ。無駄話を取り上げられると私は船の上で生きていけなくなるよ」
「アンタ本当に死神?働く気あるわけ?」
「その言葉そっくりお前さんに返させてもらおう。あんだけぐーたらして、本当に巫女かい?」
「巫女よ。元、ね」
「…そうだな。元、だ」

 苦笑しながら、小町はその場に立ち上がり、一番岸に近い船の最後尾まで歩いていく。
 そして片足を岸にかけ、霊夢の方に顔を向けて確認するように訊ねかける。

「さてお客様、本日は鈍速小野塚小町号をご利用頂きまことにありがとうございます」
「鈍速って何よ鈍速って。どうせなら快速とか特急とかそういうのにしなさいよ」
「いえいえ、本来ならばそのように運航するご予定でしたが、お客様は特別でございます。
知ったる顔、それも酒を酌み交わして笑い合った奴が新しい旅立ちを迎えようっていうんだ。
祝いの意味も兼ねて、最後くらい、お姉さんの長話にゆっくりと付き合ってくれても罰はあたりゃしないと私は思うがね」
「…仕方ないわね。いいわ、付き合ってあげる」

 霊夢の言葉に、小町はただ柔らかく笑ってみせる。今のはきっと、霊夢なりの精いっぱいのありがとう。
 ならば自分は彼女の為にしっかりと業務をこなすことにしよう。良き酒友達、良き喧嘩仲間との最期の別れ。
 少女の綴った物語、そのラストを導く為に。小町は船を岸から離す為に、力いっぱい片足で岸を蹴り、彼岸への旅路に…

「って待てコラ。何勝手に出発しようとしてんのよ。出る前にお茶を出せっつってんでしょーが」
「きゃん!!…ってこら!そのキモイ手で人のケツを叩くなケツを!!」
「キモイ言うな。確かにキモイけど」
「ひぃん!!だから叩くなっつーとんじゃー!!!つーか魂がお茶なんか飲めるかっ!!」

 …出ることが出来なかったりした。後ろからぺちんぺちんと小町の豊かなお尻をびしばしと叩くキモイ魂が一つ。
 さっさと行けと顎で支持する(魂に顎など存在しないなど気にしてはいけない)霊夢に、
小町は大きな溜息をついて『へえへえ』と適当な返事と共に岸に上がってゆく。『他の死神がコレ送ってくれないかね』などと考えながら。













「…あたしゃ、これでも結構長いこと三途の河の渡し守をやってるが、
魂が飲み食いをするとこなんざ初めて見たよ。本当、世の中にはまだまだ知らない事で埋まってるもんさね」
「んぐっんぐっ…あ?何か言った?」
「いーえ、何も。言葉は喋るわ飲み食いはするわ手足はキモイわ…何だか頭痛くなってきたよ」

 霊夢の要望通り、小町は休憩所に置いてあったお茶とお茶請けを用意してようやくのことで船出へと相成った。
 ちなみに小町の用意したお茶とお茶請けは当然のように小町の物ではなく、同僚のモノを勝手に持ってきている。
 その事に微塵も罪悪感を抱くこともなく、小町はそれらを霊夢に渡して一人櫂を漕いでいた。
 まあ、漕ぎながらも小町の視線は当然のように霊夢の方に釘付けだった訳ではあるのだが。その理由は勿論、
口の無い霊魂が一体どうやって飲み食いを行うのかが知りたかった為だ。その答えはまあ…手足に続いて口が出来たりした訳で。

「キモイ手足どころか口まで生えるとか…もう何でもありだね、アンタ」
「人間死ぬ気でやれば何とでもなるもんよ。あとキモイって形容詞つけんな」
「…突っ込みどころ満載の返答ありがとさん。最早突っ込む気力も私にゃないけどさ」
「何よ、元気ないわね。この『私の』煎餅分けてあげましょうか?」
「いや、いいよ…って今差し出した手引っ込めるの凄い早かったなオイ!!」

 突っ込む気力もないと言いつつもしっかり突っ込んでる辺り、小町も実に芸人である。本人は認めないだろうが。
 本日四枚目となる煎餅をバリバリと食べている霊夢を見ながら、小町はふと疑問に思ったことを訊ねかける。

「そういえばお前さん、もうすぐ閻魔様…まあ、幻想郷出身だから担当は四季様か。
もうすぐ四季様がお前さんを裁きにかけて、冥界やら天国やら地獄やらに振り分けられる訳だが」
「四季?…ああ、あの説教臭い閻魔様。まあなるようになるでしょ。何処行きになろうがどうでも良いし」
「どうでも良いって…いやいやお前さん、いくら死んじまったからって、そんな自暴自棄になっちゃいけないよ。
四季様は実に慈悲深いお方だ。そしてお前さんは博麗の巫女として沢山の徳を積んだ」
「その辺の迷惑な妖怪を容赦なくぶん殴ったりしてたら行けるもんなの、天国って」
「…ああ、いやいや、うん、この話は止めようか」

 苦笑を浮かべる小町に、興味無いと言わんばかりに霊夢は大きな欠伸を一つ。
 その様子を見ながら、小町は内心一人思う。本当、博麗霊夢の肝は鋼鉄か何かで出来てるんじゃないかと。
 自分が死んだという現状に、彼女は何一つ慌てたりしない。ありのままの現状を受け入れ、流れのままに身を委ねている。
 それは素晴らしい反面、とても悲しい事だ。齢が二十にも数えられぬ少女なのに、霊夢はあまりに達観し過ぎている。
 もっと年相応に振舞っても良いのではないか。幻想郷で霊夢に会う度に小町は何度もそう考えた事がある。
 けれど、それはきっと許されない事だ。博麗の巫女としての役目を生まれながらに与えられた少女には、
きっとそのような権利など許されなかったのだろう。世界を管理するバランサー、それが博麗の巫女の仕事だ。
 どんなに大変な仕事かは彼女の生を辿ることで誰でも理解が出来るだろう。人間の身でありながら、
一体どれほどの数の人間が吸血鬼と相対することが出来よう。一体どれほどの人間が冥界に単身で乗り込むことが出来よう。
 異変を解決するという任務、それは決して成人に満たぬ少女が簡単にこなせるモノではない。けれど、霊夢は
異変を全て解決してきた。淡々と自分の受け持った仕事をこなすように、単純作業であるかのように。
 悪い言い方をすれば、きっと霊夢は壊れている。人として壊れていなければ、このような在り方が務まる訳がない。
 だから彼女は受け入れる。この世の全ての物事を、自分にとって所詮『その程度』でしかないと。異変も、妖怪退治も、そして己の死も。

「…悲しいね。それは実に悲しく腑に落ちぬ生き方さ。例えそれが自分で納得した道だとしても」
「…いや、急に何訳の分からないこと言ってんの?ちょっと本気で気持ち悪いんだけど…
お願いだから私の半径十メートル以内近寄らないでくれる?小町菌が移りそうだから」
「おまっ!?今、人が明らかに良い話を切り出そうとした空気あっただろ!?シリアスな空気だっただろ!?
というか半径十メートルも離れたら船か落ちるわっ!!というか小町菌って何さ!?」
「あーもう、というかというかってイチイチ喧しいわね。アンタはというか村の村人かっつーの」
「こ、こいつ本気で腹立つっ!って、おおいっ!?食い終わった煎餅のカスを三途の河に捨てるなああ!!!」

 小町の制止を耳に入れることなく、霊夢は『うっさいわね』という感じで空になった
皿をブンブンと河の上で上下させる。そのカスを目当てに三途の河の霊魚達が船の周に集まってゆく。
 その光景を見ながら『焼き魚食いたいなあ』などと呟いてる巫女に対して、小町は呆れる以外になかった。

「はぁ…何で魂一つ送るだけでこんなに疲れなきゃいけないのさ」
「仕事だからでしょ。うだうだ愚痴零してないで私をちゃんと向こう岸まで運びなさいよ。
メイドが吸血鬼にワインと納豆をサービスするようにね」
「何その嫌過ぎる組み合わせのサービス!?ワインと納豆なんか一緒に飲み食いしないだろ!?嫌がらせ!?」
「世の中には納豆を肴にワインを嗜むような輩も居るのよ。ほら、ウダウダ言ってないでさっさと私を運ぶ!」
「キモっ!!だからそのキモイ手を振り回すなって言ってるでしょうが!無駄にしなるところとか滅茶苦茶キモイ!」
「だから人の手足にキモイって形容詞つけんな!いや確かにキモイけど!」

 小さい船上でぎゃあぎゃあと口論し合う二人。恐らくこの光景を閻魔が見たら怒りどころでは済まないかもしれない。
 霊夢の理不尽な発言に不満げな表情を浮かべて櫂を漕ぐ小町だが、霊夢にあることを説明し忘れていたことに気づく。

「なあ、霊夢。そういえばすっかり説明するのを忘れてたんだけどさ」
「何?面倒な話ならパスよ」
「ああ、別に面倒でもなんでもないさ。実に簡単かつ手短に終わらせるよ。
私の説明ってのは、ずばりこの三途の河の渡し賃のことなんだけd「ボディがガラ空きだぜぇ!!」おぅふっ!?」

 三途の河の渡し賃の説明を始めようとした小町の脇腹を襲った霊夢のショートフック。
 その鋭いパンチは見事小町のリバーに突き刺さり、小町は苦悶の表情を浮かべて船上に転がりまわる。
 あまりの痛みに小町は声すら発せずにただただ悶えるばかりだ。そんな小町を見下ろして、霊夢の一言。

「危ないわねえ…私に対して迂闊に金の要求なんかするんじゃないわよ。死ぬわよ?」
「あぐ…がは…お、お前は一体何処のスナイパーだ…」
「振込なら博麗神社賽銭箱に。それじゃ要件を聞こうか」
「死ね…一度死んでしまえ…」
「残念、私、もう死んだ身だから」

 てへり、そう笑って告げる博麗の巫女相手に小町は軽く殺意が湧いたりした。訂正、重く深く殺意が湧いたりした。
 これより二十分程、小町は脇腹の痛みが引くまで船上で寝転がることになる。ちなみに加害者である霊夢は、
苦痛に悶える小町に対して『三途の河の魚って食えんの?』とか『あんた月幾らくらい給料貰ってんの?』とか
すんごいどうでもいい事を訊ねていたりした。また、小町が自分の給与を霊夢に話した刹那、霊夢は思いっきり舌打ちしたりした。
 そんなこんなで、小町の脇腹の痛みが治まり、ようやくのことで小町は先ほどの話の続きに移る。

「この三途の河を渡るには、船頭に対して渡し賃を支払わなければならない、それが三途の河のシステムさ。
その肝心の運賃だが、お代は霊夢、お前さんの全財産がそれに相当する訳だ」
「はあ?何そのぼったくりシステム。今どき人里の花街だってそんなあくどい商売しないわよ?」
「ちょっと待て、何でお前さんが人里の花街の相場を知って…いや、いい。やっぱりいい。訊かないでおく。
とにかく、お代が全財産っていうのは変えられない決まりでね。ここで文句をいくら言ってもどうしようもない訳さ。
その全財産が高ければ高いほど三途の河幅の距離は短くなり、すなわち早く渡ることが出来るって訳」
「む~…仕方ないわね。で、どう支払えばいいわけ?私の全財産って何?博麗神社?」

 あんな妖怪の集まるボロ神社に高値なんかつく訳ないでしょ、などとぶつくさ言っている霊夢に、
小町は『違うんだな』と笑みを浮かべて説明を続ける。ちなみに小町の得意顔に少し霊夢はイラっとした。

「ここでの全財産とはアンタの持つ資本一切という意味じゃあない。そんなもの貰っても私達は仕方ないしね」
「はあ?それこそ訳が分かんない。じゃあ私の全財産って何よ?」
「いいかい、ここで言う全財産とはアンタが自分の為に得たお金じゃなくて、他の人間が『博麗霊夢』の為に
使ってきたお金のことを指すんだ。他人がアンタの為に使ったお金、それが博麗霊夢の全財産となるって寸法さ」

 小町の説明に、霊夢は少しの間ふーんと聞いていたものの、やがて結論に至ったのか、
興味なさげに小町から顔をそむけてコロンとその場に横になる。
 その予想外に薄い反応に、小町は幾分不満そうな表情で横になった霊夢に話しかける。

「おいおい、お前さん、折角人が懇切丁寧に説明してやったのにだね…」
「いや、だって結局聞くだけ無駄だったじゃない。つまり、アンタは私を無料で向こう岸まで
連れてってくれるってことでしょ?だったらさっさとそう言いなさいよ、真面目に聞いて損した」
「…はあ?いやいやいや、だから、渡し賃は他人がアンタの為に使ったお金分だって…」
「つまりゼロじゃない。私、生まれてから死ぬまで仕事や賽銭以外で他人にお金を恵んでもらったことなんてないし」
「…ああ、そういうことか。いやいや、霊夢、お前さんは勘違いしてる。
他人がアンタの為に使ったお金=他人がアンタに渡したお金じゃない。文字通り、アンタの為に使ったお金のことさ。
例えばアンタの為に何を買ってくれた、労を行ってくれた等、アンタの為に行ってくれたこと全てがそのお金になる。
逆にアンタの為に何かを『させられた』っていうのはマイナスになる。そのプラマイの評価があんたの全財産って訳」
「マイナスになるとどうなるの?」
「三途の河の藻屑さね。運が良けりゃ霊魚が岸まで運んでくれるだろうさ」
「血も涙もないわね」
「それが死神のお勤めだからね。そんじゃ、さっそく霊夢の全財産を確かめさせて貰おうかね」
「ん。さっさとやってちょうだい。ちなみに船から落としたらアンタを呪い殺す」

 恐喝に苦笑しながら小町は手に持った櫂をその場に置き、霊夢の頭(魂の上部、リボンが乗ってるあたり)に手を置き、軽く瞳を閉じる。
 死後の世界において、魂が財を持ち運んでくる訳が無い。ましてや他人が自分の為に使った金など持ちようがない。
 故に、そこから先は死神の仕事となる。霊に触れ、その霊魂がどれほどの財産を持っているのかを確かめる能力を
彼女達三途の河の船頭達は所持しているのだ。そしてその財産の多寡に応じて三途の河の河幅を変える。
 さてはて、霊夢は一体どのくらいで河を渡れるだろう。そんなことを考えながら小町は霊夢の財を確認する。そして、一言。

「………嘘」
「は?」

 驚きによるもんか、思いっきり固まってる小町に、霊夢は思わず感じたままの声をそのまま言葉にする。
 けれど、小町は霊夢の言葉に応えない。『無視かこらあ』と霊夢が小町をキモイ手で引っぱたこうとしたその時、ようやく再起動する。

「え、え、えええええ!?いやいやいや、落ち着け小町さん、まだ慌てるような時間じゃない」
「いや意味が分からんから。何?そんなに三途の河が長くなりそうな訳?
もし財産がマイナスになり過ぎてて云々とか言ったらアンタも道連れにして迷うことなく三途の河にダイブするけど」
「あ、いや…違うんだ。そうじゃなくて…いや、うん、在り得ない」
「小町のくせに在り得ないとはこれ如何に。いいからさっさと私に分かる国の言語で説明しなさいよ」

 霊夢の追及に、小町は信じられないといった表情を未だに浮かべているものの、たどたどしくも説明を始める。
 その返答は霊夢にとっては実に予想外に予想外過ぎるもので。

「いや、アンタの財産を確認したんだけどさ…多いんだわ、財産」
「ああ、そうなの。というか何?アンタは私の財産が想像より多かったから呆然としてた訳?
『博麗霊夢なんて人望無いから一ギタンくらいだろ、ハハン』なんて思ってた訳?OK、殺す」
「ぐえええええ!!ち、違うって!!私が驚いたのはそういう理由じゃなくて…
ひいいい!!頼むから身体を私に擦り寄せないでくれええ!!温い!霊魂なのに人肌みたいに温くてキモイ!!!」
「乙女に向かってキモイキモイと連呼するな!!確かにキモイけど!!この身体はキモイけど!!」

 否定する小町にコブラツイストというまあ、お前何処で覚えたんだというような技を展開する霊夢。
 必死で霊夢の技から逃れた小町は、ゼーハーと息を乱しながらも、霊夢に向かってなんとか説明を続ける。

「いいかい、霊夢。私が驚いたのはアンタの全財産の多さだよ」
「ほほう、やっぱりアンタは『博麗霊夢だからどーせ一マルクくらいだろ、はは、フ○ック』って思って確認したら、
実は三ルピーくらいあって驚いたってことね。OK、殺す。これから一か月は離乳食以外食えないようにしてやる」
「だから話を聞けってば!あと金の単位が訳分からんし、離乳食じゃなくて流動食の間違いだ!
さっき確認したアンタの財産はね、ハッキリ言って異常に多過ぎるんだ。多いという表現すら不似合いな程に、だ」
「あら、そうなの?おかしいわね…私は誰かから一財産築けるようなモノを貰った記憶なんかないんだけどね。
むしろ生きてる間は程ほどに金欠に悩まされていた気がするわ」

 一体何時貰った何かとか、それを質に入れれば一生楽して過ごせたのかもとか一人考えている霊夢を余所に、
小町は霊夢を眺めながらその莫大な財の理由を考える。博麗霊夢はどうしてそこまでの財を持っているのか。
 小町が驚くのも無理はない。何故なら霊夢が所持していた財産は常人の魂のゆうに百倍はあったのだ。
 それほどの財を一体誰が霊夢の為に…そこまで考えたとき、小町はあることに気がついた。

 博麗の巫女、博麗霊夢。彼女の周りには、一体どのような人物達が集っているのかを。

 彼女、博麗霊夢は数多の人妖に愛されている人物である。吸血鬼やら隙間妖怪やら
地底の主やらそれはそれは多岐に渡る。そんな妖怪達に霊夢は少しも恐れることなく宴会に呼んだり呼ばれたりしては
共に酒を酌み交わしている。その酒は妖怪達が霊夢と共に楽しい時を送る為に用意したお酒だ。
 そして、宴会の場も霊夢と共に楽しく時を共有する為に用意された場である。ならばそれらの費用は『霊夢に使われたお金』だ。
 それならば霊夢の持つ財の幾らかには説明はつくが、小町はそれでも納得が出来ない。それも当然のことで、
宴会や酒のお金にしては、そう考えても多過ぎるのだ。これはもう、誰かが『いつか来る霊夢の死』の時の為に大金を事前に
用意していたとしか考えられない程に。それは誰か、そのようなことまで小町が検討付けられる筈もなく。
 結局、結論としては『霊夢は過去にない程に多くの財産を持っている』ということだ。それはつまり、彼女の旅の終焉を意味する。

「で、結局どうなる訳?私は多くのお金を持ってたんでしょ?」
「あ、ああ…アンタは確かに多くの財産を持っていた。つまり。こうなるってことさ」

 手に持ち直した櫂を軽く一回転させ、小町はその櫂でコツンと小さく船をノックする。
 その刹那、霊夢の視界に広がったのは船上ではいくら目を細めても見えなかった対岸の地。
 まるで瞬間移動でもしたかのように、二人が乗っていた船は三途の河の向こう岸、彼岸へと辿り着いていた。
 これこそが彼女達死神の有する能力、『距離を操る程度の能力』である。

「アンタの全財産、しかと受け取ったよ。長い旅路、お疲れさん」
「いや一瞬で着いたし。全然長くなかったから」

 陸地に足をつけながら言い放つ霊夢に、小町は違いないと笑いながら言葉を返した。
 軽く息をつき、小町は霊夢の背中を見つめる。霊夢は振り返らない。恐らく彼女も気付いているのだろう。
 対岸にたどり着いたということ、それは即ち小町と霊夢の永遠の別れであるということに。
 先ほどまでの軽い空気とは明らかに違う空気が流れ、二人の言葉が途切れる。そんな中、小町はポリポリと
頬を掻きながら言葉を紡ぐ。ああ、今の自分は実にらしくないなと思いながら。

「…それじゃ博麗霊夢、短い付き合いだったけれどこれでお別れだ。
アンタとは六十年周期の大結界異変以来の付き合いになるかね。ハハッ、本当に短い付き合いになっちまったね」
「…本当にね。アンタの顔もこれで見納めか。まあ、何だかんだでアンタと話してる時は退屈しなかったわよ」
「素直に小町さんと話してる時間は楽しかったって言えないもんかね。
まあ、なんだ。博麗霊夢、アンタと出会えて馬鹿騒ぎ出来て私は本当に良かったと思ってる。ありがとうな」
「本当に職務怠慢だこと。死神が死者に後ろ髪を引かれさせるような発言をする事態最悪ね」
「そう言ってくれるなよ。それにアンタのことだ。私が何を言おうと…違うな、他の誰が何を言おうと、
アンタは立ち止まらずに自分の道を行くだろう?ましてや最期の道なんだ。女々しいのは小町さんに任せて最後まで男らしく行っとくれ」
「だから私は乙女だって言ってるでしょうに。本当、重ね重ね失礼な奴」

 クスリと笑い、霊夢は小町の方を振り返らないまま足を一歩ずつ進めて行く。
 その後姿を小町は眼を逸らさずにじっと見つめ続ける。それが死神の務めだと理解しているから。
 見送る相手が親しい相手であっても、ましてやその死を認めたくない相手であっても、小町は目を逸らさずに最後まで見送る。
 博麗霊夢。何処までも自由で、何処までも縛られた幻想郷の護り人。そんな彼女と知り合えて、
友人となれて本当に良かったと小町は誇る。彼女と過ごした時間を、思い出を。
 別れは出会い以上に唐突だったけれど、これはこれで良かったのかもしれないと小町は思う。
大切な友人の最期を見送るという大役を、他の誰でもなく自分が務めることが出来たのだから。
 楽園の素敵な巫女、博麗霊夢に感謝を。そして惜別を。それ以上に祝福を。貴女の終りと始まりに祝福を。

 霊夢の背中を見届けていた小町だが、足を進めていた霊夢が突如としてその場に立ち止まったのに気づく。
 どうしたのかという小町の疑問だが、それはすぐに解消することになる。霊夢はその場で一度小町の方を振り返り、
小町に対して大声で言葉を紡ぐ。それは彼女なりの精いっぱいの別れの言葉。

「今度会う時はちゃんと長話を聞かせなさいよーーー!!!!!!」
「…は?長話?」
「船に乗る前に言ってたでしょうがーーーー!!!博麗の巫女との約束はちゃんと守りなさいよねーーーー!!!!」

 その言葉に、小町は自身の感情が揺さぶられるのを感じた。
 確かに三途の河を渡る前、小町は霊夢に『長話に付き合ってくれ』と頼み、了承を得た。
 けれど、その長話をすることは叶わなかった。霊夢の持つ財産が、長旅を無くしてしまったから。
 だから、小町はそんな話の事は完全に頭から消え去っていた。それなのに、霊夢は今、長話をしろと約束をした。
 いつか聞かせろと。お前の長話を聞かせろと。それは不器用な彼女らしい、本当に拙い再会の約束。
 また会おうと、そう霊夢は言っているのだ。これは別れなんかじゃないと。またいつか絶対に会う、と。
 らしくないと思う。他人なんかどうでもいい、興味ないが生き方だった博麗霊夢らしくないと小町は思う。
 だから彼女は思うのだ。まあ、向こうが先にらしくないことをしてきたんだ。だから、私も少しくらいらしくないことをしようと。

「ああっ、ああ!!勿論さ!!次に会ったその時は四季様の説教以上に長い話をしてやるともさ!!!」

 頬を伝う涙も気にせず、小町は子供のような大声で博麗霊夢に言葉を返す。
 ああ、実にらしくない。死神のくせに魂の見送りに涙するなんて。こんな子供のように涙を流すだなんて。
 本当にらしくはないが、悪くはない。友との別れに、涙を流すことは悪くない。だって、それは悲しみをちゃんと
表すことが出来ている立派な証しだから。この別れの時を悲しんでいると自分自身を理解させることが出来るから。

「博麗霊夢…本当に馬鹿みたいな話だけどさ、私って自分で思ったよりアンタの事をちゃんと好きだったみたいだね。
フフッ、こんなことをアンタが聞いたらキモイって一言で切り捨てるんだろうし、私もキモイとは思うけどね」

 遠く離れた霊夢には聞こえない程度の声で、小町は一人言葉を紡ぐ。
 小町の大声の返答を受け取った霊夢は、最早用事は済んだとばかりに前を向き直して足を再び進め出す。
 それでいい、そう小町は思う。それでこそ博麗霊夢、いつまでも別れに悲しがるようなそんな弱い女じゃない。
 その歩みはもう立ち止まらない。それはきっと、彼女が別の生を受けてもなお変わらない事だろう。
 博麗霊夢はきっと、何処までも真っ直ぐな少女のままで、誰よりも強い少女のままで生きていくだろう。
 恐らく彼女の先に待つ転生後も、その生涯を終えた後の転生後も。そのまた先も、きっと彼女は最強だ。
 そう、彼女はそれでいい。弱いのは彼女の強さに惹かれ、彼女の周囲に集う自分達だけでいい。
 霊夢の後姿を、小町は最後まで見つめ続ける。この光景を、絶対に忘れたりしない為に。
 霊夢の力強い後姿を、歩み続ける霊夢の隣に大きな隙間が生まれた瞬間を、その隙間から二本の手が生えて
霊夢をクレーンキャッチャーのように掴み隙間の中に引き摺り込む姿を。小町は絶対に忘れたりしないだろう。
 最早小町の視線の先に霊夢の姿はない。最期の見送りを終え、小町は船に腰を下ろし、服の袖で顔を拭う。
 こんな風に子供のように泣きじゃくったのは何時以来だろう。けれど、この涙には沢山の価値がある。
 だから誇ろう、霊夢との別れを。霊夢の最期を見送れた事を。霊夢が隙間に引き摺り込まれた最後を見ることが出来た…

「…隙間?」

 ちょっと待て。自身のモノローグに突っ込みを入れ、小町は一つおかしな点に気づく。
 霊夢は先ほど四季映姫の待つ場所へと向かった筈だ。どうやって?無論歩いてだ。それ以外の方法などない。
 ならば先ほど霊夢はどうやって消えた?答えは簡単、隙間から生じた手に引き摺り込まれるように隙間の中へ。
 そのような移動手段があったか?いやいやいや、ある訳がない。そんな方法で移動するなど、小町の知る限りたった一人しか…

「はあい、おはこんばんちは」
「うひゃあ!!!!!?」
「あら、失礼ね。こんな美少女相手にお化けでも見たかのような悲鳴をあげるなんて」

 そう、隙間で移動する人物など、今しがた突如として小町の目の前に文字通り『現れた』人物――八雲紫だけだ。
 突然の出現に目をぱちくりとさせる小町に、紫は気にする様子もなく淡々と話を始める。

「ところで死神さん、先ほどまで霊夢の魂を運んでくれていたのは貴女で間違いないかしら?」
「へ?あ、ああ、そうだけど」
「そう。霊夢の魂が迷惑をかけてごめんなさいね。貴女に余計なお仕事を増やしてしまったわ。
ちゃんと霊夢の魂は先ほど私が確保しましたから。本当、重ね重ねごめんなさいね」
「……え?ど、どういうことだい?霊夢の魂を確保って、四季様達に断りなく勝手にそんなこと許される訳が…」
「あら、閻魔様にはちゃんと許可を取りましたわよ?だって霊夢、まだ死んでないんですもの」
「…はああああああああ????」

 紫の話に全くついていけないという小町だが、紫の説明を聞いてその表情はどんどん強張ったものになってゆく。
 彼女の話によると、まず霊夢は幻想郷で死を迎えていないらしい。というのも彼女、ここに来た理由というものが
なんと喉に団子を詰めて意識不明になっていたというものらしい。確かに一大事ではあるが、別段誰かに殺されたり
とか巫女の仕事で下手を打ったとかではなく、ただただ団子に負けたらしい。
 それで、魔理沙や萃香の手当により、なんとか喉の団子は取り出せたものの、待てど暮らせど肝心の霊夢の
意識が戻ってこない。そこで萃香が紫を呼び出し、紫は霊夢の魂が先走ってここに来てしまってるのではないかと
当たりをつけていたらしい。それで三途の河に来てみれば案の定という訳だ。
 つまり、霊夢の魂は勘違いをしてここに来たものの、霊夢自体は生きている訳だから成仏のしようがない。
 三途の河を渡っても無駄だし四季映姫のところへ行っても裁判は受けられない。つまり、先ほどまで小町が
苦労したり泣いたりしたことは何の意味も無かったという訳だ。説明を終えた紫に、小町はただただ呆然とするしかなかった。
 もはや言葉も出ないという小町に、紫はそんな様子を気にかけることもなく言葉を続ける。

「そんな訳で私は霊夢を叩き起こして博麗神社の宴会に参加してくるけど、貴女もどう?」
「あ、あはは…あははははははは…」

 結局、今日の苦労はなんだったのか。あれだけやる気を出して、苦労して、泣いて、その結果がこれかと。
 そう結論づいたとき、小町の行動は早かった。櫂を投げ捨て、船を放置し、彼女は迷うことなく
紫の用意した隙間へと飛び込んだ。仕事?四季様の説教?そんなことは知ったことか。
 とにかく今の彼女は酒が飲みたかった。浴びるような酒、全てを忘れさせてくれるような酒。
すくなくとも十分くらい前の霊夢相手に涙を流していた自分の過去を消し去ってくれるような酒を。











 こうして小町の奇跡的にやる気に満ちた一日は業務の途中リタイアという形で幕を閉じる。
 後に小野塚小町はこう語る。『やる気を出したら負けかなと思ってる』、と。
 その言葉は何処ぞの紅館の門番や竹林のお姫様の心を酷く打ったとか打たなかったとか。
 ちなみに霊夢と小町が宴会での再開時に長話をしたかどうかは定かではない。
 ただ霊夢と小町が顔を真っ赤にしてお互いに『いっそ殺してくれ』と恥で悶え合っていた姿を
霧雨魔理沙他数名の人物が目撃したとかなんとか。どうやら博麗の巫女が三途の河を渡る日が来るのはまだまだ遠い未来のようである。









 
 
霊夢さんは不器用格好良い。小町さんは大人格好良い。それが私のイメージです。
もし霊夢が本当にこんな時を迎えたら、そのときは小町さんがお送りしてくれればいいなと思います。
そして向こう岸までの旅路の中で沢山のお話をしていたら…それはきっと素敵なことだと思います。


それはさておきまして、長文、最後までお読み下さり本当にありがとうございました。
このお話をお読み頂いて、少しでも楽しい時間をお過ごし頂けたなら嬉しく思います。
余談ですが霊夢さんの魂はキモくないです。ただちょっと手足が生えてるだけなんです。おお、キモくないキモくない。
にゃお
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コメント



0.6120簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
霊夢かっこいいなぁ…。自分の死に関してまで中立中庸、まさに無重力の巫女ですね。







おおきもくないきもくない
9.100煉獄削除
霊魂に手足と口が付いててリボンですか……なんというか凄いですね。
財産云々の二人の会話とか煎餅の欠片を三途の川に捨てたときの小町の反応が良いですね。
魂の状態でも強い霊夢なども面白かったです。
11.100名前が無い程度の能力削除
霊夢の持つ三途の川の渡し賃が多すぎて川が一瞬で消えてしまうという部分で
某動画サイトの某動画を思い出しました。あの作品も凄かった。

それはさておき、霊夢の魂がひどいことにww
霊夢と小町の掛け合いが面白すぎて、それでも堪えていたのにしなる腕でもうダメでした。そいつはキモ…くないよ、キモくない。うん。
死後も霊夢らしくていいなあとしんみり思っていたらまさかのオチで小町と同じ気持ちになってしまいましたw
面白かったです。ありがとうございました。
12.100名前が無い程度の能力削除
お久しぶりです。面白かったです。
またらんみょんやらんれいむの話が見たいです。
27.100名前が無い程度の能力削除
サボりの泰斗ww

次回「復活!きもれーむ!!」ですねww
29.100名前が無い程度の能力削除
だんごの話がでてきた時点でオチは予想ついたww
予想ついてたのに途中しんみりさせられたがな!
33.100名前が無い程度の能力削除
手足に口が生えたリボンつきの人魂って・・・
楽しかったです。
43.100名前が無い程度の能力削除
この霊夢最高ですっ!
いえ、絶対オチがあるだろうとは思っていたのですけど、最後の方では幻想郷の人妖にとっての霊夢の存在の大きさについ感じ入ってしまって‥小町と一緒に何の疑問も持たず隙間から出てきた手に回収される霊夢をぼんやりと見送ってました。
何だか色々負けたような気がしますが、
素敵なお話をありがとうございます。

きもれいむ‥想像するとやっぱりきもいかm<夢想封印!
51.90名前が無い程度の能力削除
おお、キモイキモイ
……霊夢さんのことじゃありませんよ?ホントウダヨ?
54.100名前が無い程度の能力削除
ごく自然に隙間に吸収される霊夢を見送る小町がシュール過ぎるwwww
62.60名前が無い程度の能力削除
コメディとシリアス、どっちつかず感が。
感情移入がすんなりといかなかったかな。
64.100名前が無い程度の能力削除
最後いいね。
67.100謳魚削除
『夢想天生拳!』とか『陰陽龍殺覇!』などを小町っちゃんの腹にカマすどっかの聖闘士顔負けな小宇宙(おとこぎ)溢れる人魂を想像して惚れかけました。

ここからめくるめく『こまれい』ワールドに入っちまえば良いのにそうは閻魔が許さないんですよねぇ…………。
79.100名前が無い程度の能力削除
さすがの巫女は魂のキモさも違ったww
83.100名前が無い程度の能力削除
あぁ、せっかく別れの場面でしんみりきてたというのにオチwww
84.100名前が無い程度の能力削除
普通に泣けてたのにオチで笑ってしまったww
そりゃ恥ずかしいわw

私の勘違いだったらすみません。
>ハッキリ言って以上に多過ぎるんだ。
異常に、ではないですか?
86.無評価にゃお削除
沢山のご感想本当にありがとうございます!
初めてのこまっちゃんメインで色々と楽しみながら書かせて頂きました。小町さん、慧音と同じくらい突っ込み役として
書いてて楽しかったです。本当はえーき様も出したかったんですがネタが思いつかず…残念無念、です。


>6様 霊夢かっこいいなぁ~
 霊夢ってなんていうか、格好良いイメージなんですよね。在り方といいますか、立ち位置といいますか。
 格好良い霊夢を書こうとしたら、まあ…何故かキモイ魂とかになっちゃったんですけど(マテ

>煉獄様 霊魂に手足と口が付いててリボン~
 イメージ的にはみょんの半霊に手足が…おお、怖い怖い。なんというか今回は霊夢さんにごめんなさいですね。

>11様 霊夢と小町の掛け合いが面白すぎて~
 ありがとうございます~!今回はとにかく『死んでるけど悲しくない!とにかくコメディで!』って感じで
 ガンガン書いたので、少しでもクスリと笑って頂けると感無量ですよ~!

>12様 またらんみょんやらんれいむの話が~
 書きたいですね~。藍と妖夢と霊夢のトリプルデートとか滅茶苦茶書きたいですよ!
 えっと、先の投稿予定なんですが、最近少しずつ時間がようやく取れてきまして。ちょこちょこSSを書いてたりします。
 恐らくもうすぐ幽香の過去話の中編と変態紅魔館の新作がUP出来ると思います。その後にまた藍ハーレムの話とか
 書きたいなあ…本当、時間は作るもの、ですねっ!

>27様 次回「復活!きもれーむ!!」~
 幻想郷に戻ってきた霊夢、しかし何故か実体に戻ることはなく、霊魂のまま日々の生活を送る羽目に。
 そんなキモ魂が送るドタバタ霊魂コメディ!昇天一発、霊夢ちゃん!乞うご期待!(書けません

>29様 だんごの話がでてきた時点でオチは予想ついた~
 落ちはお約束王道真っ直ぐでいこうと決めていたので、最初から最後まで寄り道せずに楽しく書けました!
 本当は小町と霊夢の別れのシーンも書く予定はなかったんですが気づけば…まあ、いっか!(寄り道しまくり

>33様 手足に口が生えたリボンつきの人魂って~
 きっと人里の子供たちが直視すると泣き出しちゃうんじゃないかってくらいのキモさを想像して頂けると!

>43様 きもれいむ‥想像するとやっぱりきもいかm<夢想封印!~
 お、乙女に向かってキモイなんて言っちゃダメですよっ!(マテこら
 最初は普通に幽々子みたいな人型幽霊にしてたんですが、全然面白くならないかなあって…手足は正直やり過ぎましたねえ…

>51様 おお、キモイキモイ~
 レイムサンハキモクナイデスヨ?レイムサンハステキナラクエンノミコデスヨ?

>54様 ごく自然に隙間に吸収される霊夢を見送る小町がシュール過ぎるwwww ~
 小町さんの反応を書いてるときは本当に楽しかったです!小町主役にして本当に良かったですよ!

>62様 コメディとシリアス、どっちつかず感が~
 あうう…申し訳ありません。それは偏に私の実力不足だと痛感しています…
 今回はコメディとして読んで頂けるようにしたかったのですが、上手く表現出来ませんでした。まだまだ道のりは険しいです、はい。
 タイトルも直球勝負で『三途の河になんかキモイ魂が来た訳だが』にすれば良かったかもしれません(本当に最後まで迷った題

>64様 最後いいね~
 きっと宴会の席では霊夢と小町が殴り合いに発展してる気がします。お互い照れ隠しで『忘れろぉ!!』とか言い合って。

>謳魚様 ここからめくるめく『こまれい』ワールドに入っちまえば~
 こまれいとは何という新開拓カップリング!いえ、らんれい書いてる奴が言うセリフではないんですが…
 こまれいは面白そうですね~。なんというか思いっきりだらけきったカップルで想像すると面白いですね!

>79様 さすがの巫女は魂のキモさも違ったww ~
 こんなキモ魂に誰がした。みんな大好きキモ魂。本当、何処からこんな発想したんだろう…(マテ

>83様 あぁ、せっかく別れの場面でしんみりきてたというのにオチwww ~
 人を泣かせちゃいけませんってけーね先生が…
 今回は短編ということもあり、スパッと話を終えられたことは良かったと思います。
 オチ担当は二作品続けてゆかりんですね、本当にスキマはネタに困らないぜフゥハハー。

>84様 >ハッキリ言って以上に多過ぎるんだ。~
 おおお、確かに誤字が…ご報告本当にありがとうございます!
 もう何度投稿しても自分では気付けなくて…本当に助かりました!

 
88.100名前が無い程度の能力削除
霊夢は霊魂は一味違ったw
91.100名前が無い程度の能力削除
霊夢のキモイ霊魂は面白かったですがそこで笑いを取らない方がオチが際立ったかも、とは思いました。
でも面白かったです。
95.100名前が無い程度の能力削除
おおキモくないキモくない
98.100名前が無い程度の能力削除
シリアスだと思ったらほのぼの(?)だった。
あえてタグを付けなかったのはそういう意図があったからでしょうか?
113.100名前が無い程度の能力削除
全くキモくない
135.90名前が無い程度の能力削除
シリアス路線まっしぐらなこれも見てみたいもんだな
136.100名前が無い程度の能力削除
おお、キモくないキモくない。
むしろ、可愛い気がしますw
140.100名前が無い程度の能力削除
こまっちゃんはコメディもシリアスも何でも似合うなー。
きゃんきゃん悲鳴を上げる小町大好きです。しかしその役目は本来映姫様のものだ!