気がつけば、目の前で尻尾がぴょこぴょこ跳ねていた。
「……一つ聞こう。君は何をしているんだ?」
「見れば分かるじゃないか。宝探しだよ」
今日も今日とて読書に勤しむ。客などたまにしか来ない。だから、ついつい夢中になり過ぎてしまう。
ふとした拍子にその状態が数時間続いていることに気付き、顔を上げてみれば何やら妙な鼠がいた。
両手には黒光りする、細く大きな鉄の棒。曲がっている部分を伸ばせば彼女の背丈ぐらいはあるだろうか。何やら大きく左右に揺れ動いていた。
「成程、所謂ダウジングというやつか。それなら知っている」
「だろうね。香霖堂の店主がある程度博識だという情報は既に掴んであったから驚きはしないよ」
「それはどうも。……で? なんだって僕の店で“宝探し”なんかしているんだ?」
「決まっているだろう。そこに宝があるからさ」
「冷やかしなら帰って貰うよ」
ただでさえ知り合いに日頃からたかられているのだ。別に拾って来たものだから持って行かれようが盗まれようが大して痛くもないのだが、こうして堂々と目の前で行われていれば止めないわけがない。
それに何より――これは直感だが――多分、この少女は物事の本質を見抜く力がある。宝を宝と見抜けるだけの鑑識眼が、確かにある。
有り体に言えば、自分と同じような匂いがしたのだ。
そんな奴が“宝探し”をしているのを見れば、やはり止めないわけにはいかない。
「第一、君のやっていることは窃盗以外の何でもない。見たところ頭が悪いわけでもなさそうだ。泥棒呼ばわりされるのは心外なんじゃないのかい?」
「ああ、心外だよ。だけど私はそれ以上に、自分の職業に誇りを持っている。だから他の誰に何をどう思われようとも構わない。尤も、これは仕事じゃなくて趣味だけどね」
「趣味?」
「コレクターというやつだよ。君もそうだろう?」
間違ってはいないが。
だがそうだとすれば尚更性質が悪い。ダウジングは地中に埋まっている宝ですら見つけ出す、奇跡の簡易宝捜索方法だ。僕の持っている宝など、すぐに見つけ出されてしまうだろう。ましてや、僕の素性は粗方調べられているようなのだから。
今すぐお帰り願いたいな。
「今すぐお帰り願いたいな」
「いきなり何を言うんだ君は。失礼じゃないのか? せめてお茶でも出したまえよ」
「失礼なのはそっちの方だろう。さっきも言った通り、僕は君のことをただの泥棒だと思っている。なのにその泥棒は、見つかっても逃げようとしないばかりかお茶まで催促するんだぞ。そもそも隠れようともしていない辺り、僕のことを侮っているのが見え見えだ」
「それはそうだよ。半人半妖の君が、純粋な妖怪である私に勝てるとは思えないからね。まぁ、どちらにしろ常に毅然としようとするのが私のポリシー、だが」
「…………。まぁそれはいい。なら、せめて名前ぐらいは名乗るのが筋じゃないのか? 自分の素性も明かさずに茶を出せだなんて傲慢甚だしい。僕はそんな礼儀のなっていない奴は、今すぐ蹴ってでもここから追い出すつもりだが」
正攻法が通じないのなら、少し外れたところから攻める。
話し振りからすれば礼儀がなっていないこともない。若干傍若無人なところはあるが、それでも寧ろ礼儀正しい方だろう。
だから、今の指摘は何よりも恥ずかしい筈だ。僕はそう考えていた。
ところがその目論見は予想以上に当たってしまったようで、彼女は目を大きく見開ききょとんとした表情であ、と小さく呟いた。
「……確かに。そうだね、こればかりは私のミスだ。うっかりしていた。謝ろう」
「いや、謝らなくてもいいからさっさと出て行って――」
「それでは改めて。私はナズーリン。ナズーリン探偵事務所の所長を務めている。君も何か探し物があれば、いつでも依頼するといいよ。勿論報酬も頂くけどね」
「そんなことはいいから早く帰ってくれないか?」
何故不思議そうな顔をする。
本職が探偵だった、というのはやや意外だったが、持ち物から推測すればそれも頷ける。手に握り締めた鉄の棒はロッドダウジングに用い、首に掛けた青い八面体の水晶はペンデュラムダウジングに使うことができる。何かを探すことにおいては万全の装備だろう。
だからいけないのだ。僕の予想では、彼女はここにある緋々色金――つまり、天叢雲剣を求めてきたのだろう。ダウジングで金属を探すことなど造作もない筈だ。あれ程の稀少品なら見つかれば間違いなく持って行かれるだろうし、僕に取り返す手段などないことも明白だった。
僕は席を立ち、ナズーリンと自らを呼んだ少女の背後に立って華奢な肩にぽんと手を置いた。
そしてくるりと反対側を向かせる。
「ほら、出口はあっちだ。またお金を持って来てくれ」
「……帰る気はないが?」
「客でもないんだろう?」
「一般的な言葉を用いるのならそういう風に形容することもできるね」
「帰れ」
ぐいぐいと体重を掛けて押し出そうとするが、踏ん張っているのかなかなか動かない。というか逆に押され返されている気配すらある。改めて自分の非力具合を情けなく思うが、今それを嘆いても仕方がない。
息を吸ってもう一度、と視線をやや下方に向けた時、ふと彼女の胸元にあるペンデュラムが目に入った。
青く澄んで混じり気のない、まるで宝石のような輝き。彼女の体の動きに合わせてふらふらと揺れる様は、振り子の名に違わない。しかし煌びやかでなくとも静かに自らの存在を誇張させる青の深みは、僕を含めた見る者全てを魅了する美しさを秘めていた。
普通身に着ける装飾品は、自分の好みに合わせたものだ。無論服装などの兼ね合いもあるしそれに応じて小物を変更するものだが、時に思い入れが深いが故に常に身に着けていることもないわけではない。そして彼女の首に下がったペンデュラムからは、その籠められた“思い入れ”がこうして見てるだけでもひしひしと伝わって感じ取れた。
不思議な道具だ。そう思った時には、既に彼女の正面に回っていた。
何も考えないままに手を伸ばし、冷たく硬い青の振り子に触れ、顔を近付けゆっくりまじまじと隅から隅まで余すところなく観察を始める。
「なっななな何をやっているんだ君は!? 早く私から離れたまえ! 痛い目を見ることに……」
「……ふむ。ナズーリンペンデュラム、か」
「へ?」
間抜けた声が頭上から聞こえてきたので顔を上げた。
ナズーリンは真っ赤な顔をして、僕のことを困惑した表情で見ていた。
「用途は主にダウジング。振り子の振れ方によって自分の求めているものがどこにあるかを探る。稀少な鉱石を研磨して作った特注品であり、同じものはこの世に二つとない……か。
また、他にも非常時には自分の身を守ることにも使える。例えば弾幕勝負時には、相手のスペルカードはこのペンデュラムに無効化されてしまう、等々……見た目以上に便利そうだな。僕も一つ欲しいくらいだ」
「……凄いな。正解だよ。どうして分かったんだ?」
「僕の能力だよ。“未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力”。見ただけで名前が分かり、それを口にすれば使い道も分かる。ただ、使い方だけは自分で調べるしかないが」
「へぇ……それは便利な能力だね。聞き込みだけではどういう能力なのかいまいち判然としなかったが、成程、それだから道具屋なんてやってるんだな」
「お陰様でね」
僕の受け答えに、彼女はふむと腕組みをして何やら考え始めた。
僕も僕で考え込む。このナズーリンペンデュラムとやら、なかなかの珍品のようだ。特にスペルカードを無効化できる、というところが良い。是非とも一つ欲しいところだ。
何か取引でも持ち掛けて、何とかして譲っては貰えないだろうか――と計画を立てていたところ、つんつんと背中を突かれた。
「――決めた。君、私と組んでみる気はないか?」
「何をだい? 乱暴なことは僕にはできないが」
「ははっ、そんなことは君には期待してないよ。もっと簡単なことだ。
……つまり、一緒に仕事をやってみないか、ということさ」
口角を上げ、人差し指を立ててまるで秘密の相談でもするかのように声を顰める。
成程、と僕は納得する。つまり僕の能力を利用したいわけだ。幾ら貴重な何かを発見したとしても、その本来の価値を理解していなければゴミ同然。まさに宝の持ち腐れとなるのだ。そのリスクも、僕の能力を使えば最小限に留めることができるという魂胆だろう。
だけど、僕は利用されるだけの立場は嫌だ。
「そんな怪訝そうな顔をするな。勿論そちらにも報酬は渡すよ。どちらがどれだけ貢献しても、得られた報酬はきっちり等分だ。それなら文句ないだろう?」
「それ以前の問題だよ。情報が少な過ぎる。宝探しといったって漠然としているし、どんなものを探すのか、どんな依頼が来るのかの説明も何もない。そんな状態で誰が請け負う?」
「早まるな。まだ最初の誘いを掛けただけじゃないか。それは脈があればおいおい話して行こうと思っていたんだよ。それとも何か? やけに焦っているように見えるが、それは私がここにいると何かまずいことでもあるのかな?」
「そりゃあ、ね。店には知り合いのトラブルメイカーたちが頻繁に訪れる。あいつらと君とが出会えば、僕と店が巻き添えを食らうのは必然だろうね」
「確かに。気が気でないわけだ」
くつくつとナズーリンは笑う。同じように僕も笑みを零すが、実際内心はそれどころではなかった。半ば勘付かれてしまっているのだ。ここは上手に煙に巻かないといけない。
そう、できれば帰って貰う。それが一番なのだが、あまりそれは期待できないだろう。
適当に受け流すか。
「なら詳細を話すよ。決めるのはそれからでも遅くない、というのは月並みな台詞だがね。
探偵事務所を謳ってはいても、所長の私の道具の性質上主な依頼は物の探索。日常の落とし物から埋蔵金まで何でもござれ、どんな物でも探してみせよう――なんてね。流石に誇張し過ぎかな」
「腕は良いのかい? 幾ら請け負う範囲が広くとも、成功できないのなら意味がない」
「自慢ではないが、これまでの依頼の完遂率は95%を超えているよ。まぁ、こういっては何だが、我々には少々役不足な依頼ばかりだったが」
やや自慢げに語る。素直に凄いと思った。まぁ、そんなことは実際どうでもいいことなのだが。
結局、僕は面倒事に巻き込まれたくないだけなのだ。
「……悪いが、僕には何もできないと思うよ。確かに道具の名称、そして使い道は分かる。でもそれだけだ。きっと君の思っているより、僕は役に立たないだろう」
「その“それだけ”が重要なんだ。私だって何が良いもので何が悪いものかぐらいの判別は付く。一応それなりの経験はあるわけだからね。その私の勘が言っているんだ、“この男と組め”と。
……それに、君はなかなか理知的だ。物事を知っている奴と話す時は心地良い。パートナーを選ぶ際には、その心地良さが大切だと思わないか?」
「思うよ。でも、そればかりを見ていては足元をすくわれる。見ての通り僕は非力だ。争いも好まない。もし誰かに襲われたりすれば、足手纏いになるに決まってる」
「なんだ。そんなことを気にしていたのか? ふふ、ばっかみたいだなぁ。承知の上で誘っているんだよ。そこを汲み取って貰いたいね。
君には宝の鑑定を任せるだけだ。面倒事は全て私に任せて貰って構わない。私に情報を与えてくれれば、それで関係は成立だよ。何も心配はいらない」
「心配しかないよ。宝は常に強者と共にある。僕も君も欲しい宝なんて、そんな危険な場所にしかない筈だ。高々鼠の妖怪でしかない君に、一体どんな――」
喋っている最中に、突然ナズーリンはスカートをゆさりゆさりと揺らし始めた。
何をしているのだろう、と疑問に思って間もなく、そこからぼとりと何か小さいものが彼女の足元に落ちる。
ぼとり、ぼとり、ぼとり。次々に落ち、一向に止まる気配がない。いつしか蠢き犇めくその謎の物体は、そこが見えなくなるくらいその身で床を埋め尽くしていた。
おいおい、床を汚すのはやめてくれよ、と注意しようとして視線を下に向けて気付く。
「鼠……?」
「仕事の手伝いをしてくれて、いざという時には外敵の排除もしてくれる、私の可愛い子鼠たちだ。好物は肉。それも人間の、ね。
さて、“高々鼠”なわけだが……どうだい、一戦交えてみるかい? 言っておくが、鼠を甘く見ると死ぬよ」
「遠慮しておくよ。僕には勝てそうもない。さっきのは失言だった、謝るよ」
「ふん。口には気を付けることだね」
そう言って彼女は口を尖らせた。
全く、口は災いの元とはこのことだな。余計なことを言えば痛い目に遭いそうだ。くわばらくわばら。
「で? どうするんだ、やるのか? やらないのか?」
「やらない、と言えばその鼠たちをけしかけるんだろう?」
「時にはそういうこともあるだろうね」
「……全く、厄介な奴に目を付けられたものだよ。今日は災難だ。
分かったよ。協力しよう」
観念して、肩を竦ませながら言う。
ナズーリンは軽く握った拳を口元に当ててくつくつと笑っていた。
「そうそう。最初からそう言えば良かったんだよ。私だって君のことを少なからず好ましく思っているからこそ、こんな取引を持ち出したんだよ。それを蹴ろうなんて、男の風上にも置けないね」
「取引?」
「緋々色金。持ってるんだろう?」
「……知っていたのか」
「私の情報網も侮らない方が良い。子鼠たちはどんな小さな隙間からでも、そこから必要なものを得る。情報も同様に。誰か一人でもその情報を知っているのならば、その情報が漏れないことは決してないと思いたまえ」
「隠しごとも同様に、か」
「当然」
ふぅ、と軽く息を吐く。
彼女の狡猾さは味方につければ心強いが、同時に敵も多くなる。
厄介事に巻き込まれなければ良いが。
機嫌の良さそうなナズーリンとは対照的に、僕の表情は不安で曇っていた、と思う。
彼女が再び店を訪れたのは、それから三日後のことだった。
「お邪魔するよ」
「なんだ君か。……何の用だい?」
「依頼だよ。これを鑑定してほしいんだ」
カウンターの上に、どさどさと物を置いていくナズーリン。スカートの中から取り出すのは些か見た目の印象が良くないから風呂敷にでも包んではくれないだろうか。
台の上に並べられたのは数体の人形。素人目にも丁寧に作られていると分かる精巧さだったが、どれもこれも黒く煤けて汚い。
いったいなんだってこんなものを、と思いつつ僕はその内の一つを手に取ってあらゆる角度から眺め回した。
「今回は仕事ではなく、道端に落ちているのを見つけてね。
見ての通り人形だ。その上汚い。普通なら誰かが遊んだ後にいらなくなって捨てた、とこう考えるだろうな」
「じゃあ、君はどう考えたんだ」
「何、私だって最初はそう思ったよ。しかし見逃さなかったのさ。その人形から幽かに漂う、染み着いた火薬の臭いをね」
言われて鼻を近付け、すんすんと臭いを嗅ぐ。確かに僅かにだが、燃えて残った焦げ滓のような臭いがした。
とはいえ臭いなんかより、見れば一目でそれが一度焼けたものだと分かるのだが。
まぁ、ここでは重箱の隅を突くような真似をするより素直に嗅覚を誉めておいた方が正解だろう。
「火薬の臭いがする人形なんてそうはない。普通じゃないんだ。そう思うと、無性に拾わずにはいられなくてね」
「……個人の趣味嗜好に口を挟む気はないが、一応忠告しておくとあまり落ちているものは拾わない方が良い。ゴミ拾いをしていると好意的に解釈してくれる人もいるかもしれないが、殆どはそう考えないだろうから」
「大きなお世話だよ。全て承知でやっているさ。
それより鑑定結果はどうなんだ? 何か面白いものだったら嬉しいんだが」
「期待する程のことでもないよ。用途は相手を攻撃するためのもの。まぁ、本体が残る程度の威力ならせいぜい弾幕用なんだろう」
「なんだ。期待して損した」
期待する方が悪いと思うが。
しかしまぁ、それなりに面白い事実がないわけでもない。
「ただ面白いことが一つあってね……この人形、名称が『爆弾』なんだ」
「……人形、じゃなくて?」
「ああ。どうやら爆発させることは前提だったようだ。市販されているものにも見えないし、恐らくは手作りか特注品だな」
「解せないな……なら、どうしてここまで精巧に作るんだ? 使い捨てだし、爆弾だし……この出来ならただの玩具としてでもいいじゃないか」
「僕は知らないよ。そういうのはそっちの得意分野じゃないのか? 自分で調べれば良いじゃないか」
「それもそうだな。優先事項に加えておこう。
……で、分配のことだが――」
「いらないよ。全部持って行ってくれ」
「ん、そうか。悪いね」
というか、そんなゴミを置いて行かれても困るのだが。
それにそんな下らないことを優先するなんて、彼女の仕事はいったいどういうことになっているのだろうか。不思議でならない。
人形爆弾もといゴミを嬉々としてまたスカートの中に詰め込む(目の前でやるなと言った方がいいのだろうか)様を眺めながら、僕はそんなどうでもいいことをぼんやりと考えていた。
更にその翌々日、ナズーリンはよっせ、よっせと汗を垂らしながら店にやってきた。
流石にそんな様子を黙って見ているわけにもいかない。慌てて駆け寄り、彼女の持っているとても重そうな数冊の本を代わりにカウンターまで運んだ。実際重たかった。
「はぁ、はぁ……なんだかんだ言っても、やっぱり君は男なんだね。あんなに軽々と持ち上げて……助かったよ。ありがとう」
「軽々と、じゃなかったけどね……にしても、やけに非力だな。純妖ならもっと力が強くてもいいんじゃないのか?」
「見た目通り、ってことだよ。自分でも気にしてることなんだ、放っといて貰えるかな」
「ああ、悪いね」
いつも飄々としている彼女にも、欠点はあるということか。欠点という程の欠点でもない気がするが。
……そういえば、初対面の時に脅された気がするが……あれは嘘だったのか。騙されていた。
まぁ、身体面を除いても無数の小鼠たちには敵わなかっただろうが。
本を運んだせいで砂埃だらけになった服を払った後に、ナズーリンはさて、と話を切り出した。
「今回もたまたま道端で拾ってね。しかし生憎こちらの方面にあまり造詣はない。そこで君の出番だ。価値がある本なんかも分かるんだろう?」
「一応は、ね。期待されても困るが」
そもそも持参してきた本が貴重ではないものばかりなのだ。何度か見掛けたことのあるものもある。里では流通していなくてある程度貴重と呼べるものもあるが、僕は既に所持しているからいらないし……さて、どうしたものか。
と、二冊程見たことのない英字のタイトルが見えたので、その二冊だけ本の山から抜き取りページをぱらぱらとめくる。
さっぱりだ。
何故か内容は英字でなく、これまで見たことのない言語で書かれていた。ところどころ簡単なイラストも挿入されていたが、一貫性がなくどう関連しているのかが見えてこない。何の本なのかは分かっているのだが。
この本の元の持ち主は大凡予測できる。恐らく――
「ほら、早くしたまえよ。私も暇じゃないんだ」
「ん? そうだね、それ程珍しい本はこの中にはないよ。少なくとも僕は殆どこれらを持っている」
「そうなのか? 見たところ外界のもののようだから、ある程度は期待できるかと思っていたんだが……」
「まぁ、僕はその“外界のもの”専門だからね。里に持って行けば、ある程度高値で売れると思うよ」
「ふーん……なら、この中で面白かった本は?」
「……これとこれ、それに……これ、くらいかな。どうしてだい?」
「ふふ、ならそれを持って行くよ。後は君に全て譲る。
どうせなら、これを機会に本を読み始めようと思ったんだよ。早速今日から読み始めるとしよう」
三冊の本を両手に抱えると、止める暇もなく彼女は店から去って行った。
うーむ、表現規制の限界に挑戦している、という意味で面白かったのだが。あれで二度と本を読まない、なんて言われないことを祈ろう。折角こちらの世界に入ろうとしているのだから。
まぁ、入門書としては些か厳しいかもしれない。
……ところで、手元に残った数冊の本と、この二冊のワケの分からない本。
この二冊は魔術書だ。以前魔理沙が店に落としたものを見たことがあるし、何より僕の能力がそう教えてくれた。
大方、どこかから持ち出してきたものを帰る途中で落としたのだろう。借り物だか何だか知らないが、せめて大切に扱ってほしい。
さて……これは、僕が預かっておこうかな。じっくりゆっくり解読してみるとしよう。
それから幾日か毎にナズーリンは必ず僕の店に来た。
時には小物を、時には大物を。綺麗な状態のものもあれば汚くて触りたくもないものだってある。どこにでもある石ころみたいなものを持ってきたと思えば、まるで宝の山かと錯覚するぐらいの貴重なものまで持ってくることもある。戦利品にはムラがあった。
内容を一部並べてみると、ボロボロのお守り、カメラ、紫色の瓢箪、桃(これが一番意味が分からなかった)、鏡等々。まるで子供が散歩の途中で見つけたものを手当たり次第拾ってきたかのようなラインナップだ。せめて本当に価値のありそうなものを持ってきてほしい。なんだ桃って。それはただの果物だろうが。
それどころか何も持って来ないで店に来たこともある。いや、本来ならそれが当然なのだが、彼女だけは何故か不自然に思えてしまうのだ。
その時のナズーリンは、手に大きめの黒い帽子を持っていた。
「やぁ店主。今日も来たよ」
「またか。で? 今日は何を?」
「いや、今日は何も。帽子を拾っただけだしね」
珍しいこともあるものだ。
帽子をよく見てみる。ツバは反り返って丸まっており、上部も妙に丸っこく綺麗な曲線を描いていた。麦藁帽子を思い浮かべて貰えば近いだろうか。
黄色いリボンが一周して、両端を合わせてきゅっと結ばれている。黒い中での黄色は対照的でよく映えていた。アクセントのための装飾だろう。
ふと思い立ったように、ナズーリンはそれを頭に被せる。
「ほら、丁度サイズも合うんだ。ここ最近の収穫では一番だよ。
どう? 似合う?」
「……まぁ、良いんじゃないか? 僕にはよく分からないが」
「なんだつまらない奴だな。お世辞でも良いから褒めればいいのに」
と言っているが顔はにこにことしていて締まりがない。余程その帽子が気に入ったのだろう、いつもとは違った見た目通りの子供らしい態度だった。少し新鮮だ。
それから少し雑談をして、それじゃと彼女は帰って行った。はて、雑談をしに来ただけか。それとも帽子を自慢したかったのか?
あの日は何がしたかったのか、未だによく分からない。
そんな感じの付き合いを何ヶ月か続けていたが、ある日を境にぴたりと来なくなった。
彼女にだって自分の生活がある。それに仕事だってあるのだ。忙しくて自分の趣味に時間を割けないことだって少なくないだろう。
代わりに僕は、久し振りに静かに本が読める毎日を満喫できた。少し物足りない感じもしたが、それは今までが騒がし過ぎたせいだろう。霊夢や魔理沙たちより頻繁にここを訪れるのだ。ゆっくりと本が読める日なんて殆どないに等しかった。
のんびりとした日常が、一月ばかり続いた頃だろうか。
久し振りに店先から覗く、ナズーリンの不敵な笑みを見たのは。
「今日持ってきたのはこれだよ」
ごとんごとんと音を立てながら、台の上に持参して来た“宝”を置いて行く。いつだったか彼女に進言してからは、尻尾に持っているバスケットに物を入れてくるようになったので安心して見ていられる。
置かれたのは簡単に言えば、鉢、枝、布、貝、玉の五品。こりゃまた何を、と思いきや、一目見て僕は絶句した。
「ナズーリン、君、これをどこで手に入れた?」
「先日の依頼でちょっとね。時間もあったんで私の個人的な探索もさせて貰った」
「……盗んだな?」
「違うよ。依頼主からこの部屋の中から好きなものを好きなだけ持っていけ、と言われたんだ。勿論好きなだけといったって持てる数にも限界があるから、高級そうなその五品だけしか持ってこれなかったけどね」
「本当か?」
「本当だ。妙な言い回しをした私も悪かったが……君は疑い深い人間だね、そんなことでは女の子に嫌われるよ?」
「……分かった。見てみよう」
盗んでない、というのだから仕方がない。信じるしかないだろう。信じるには些か、これらの品は稀少品過ぎる気がするが。
一つずつ、慎重に優しく手に取って眺める。万が一のことがあれば、僕がその責任を問われてもおかしくはない。
その心配は杞憂だったが。
「まず先に結論だけ言っておこう。本物だとするならば――これは紛れもない宝だ」
「へぇ。どの程度の?」
「それこそ、二度と世には出てこないぐらいの宝だな。何しろこれは世にも珍しい、“かぐや姫の難題”に出てきた五つの宝なのだから」
「かぐや姫の難題? すまないな、詳しく教えてくれないか?」
「そうだな、簡単に言えば――」
かぐや姫の五つの難題。
仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の頸の玉、燕の子安貝。
これらは全て竹取物語に出てくる、かぐや姫が五人の公達に持ってくるように言った珍宝だ。そして見事持ってくることができた者は、晴れてかぐや姫と結婚することができる。
しかしこの宝、まず手に入らないのだ。結婚したくがないためにでっち上げたといっても過言ではない程の貴重な品。だからこその“難題”なのだ。
だが今僕たちの目の前には、確かにその五つの宝が並んでいる。少なくとも見た目は本物そのものだ。もしこれが本当に本物の“五つの難題”の宝なのだとしたら、これはとんでもない大事になる。
……しかし、なぁ。
幻想郷でも五指に入るだろう秘宝(つまり上位五宝、というわけなのだが)を手に入れてご満悦の彼女に、僕はこの事実を伝えるべきかどうか迷っていた。
言えば怒りはしないまでも、落胆することは間違いない。もしかすれば泣き出す可能性だってある。いや、それなら見てみたい気がしないでもない、と思ったが、まぁそんなことはまずないだろうと思い直した。
……嘘を吐いても仕方がない。それより彼女は真実を知りたいと思う筈だろう。そういう性格なのは何となく分かっていた。割り切るしかあるまい。
喜びをもう抑え切れないといった様子のナズーリンに向き直って、僕は極めて淡々と驚愕すべき真実を告げた。
「悪いが、これは贋物だよ」
「……なんだって?」
「名称はどれも本物と同じだ。一言一句違わない。更に言えば、用途だって“なよ竹のかぐや姫に求婚する際に用いる”と出ている。そこだけ見れば確かに本物だよ」
「……? 見た目だって本物だし、名称も用途も間違っていない。そこまで符合しているなら本物以外の何物でもないじゃないか。何がおかしいんだ?」
「そうだね、分かりやすい例を挙げよう。例えばこの火鼠の皮衣、火に燃えないという特性を持っている。なのに用途は“かぐや姫に求婚するための道具”。確かに間違ってはいないが、何かずれてるとは思わないか?」
「思わないが」
「なら……あぁそうだ。先程言った竹取物語ではこれら五宝は実際には集まっていなくてね、それぞれ持って来ようとはしたものの手に入れることができなかったり、持って来てもそれが贋物だったりしている。これらが全て本物で実際にかぐや姫に献上されたのならまだしも、何一つとして本物は彼女の手には渡っていないんだ。だから」
「“求婚するための道具”ではおかしい、ということか。成程ね、分かりやすい説明をありがとう。……どうやら今回のおまけの探索は徒労に終わった、ということなのかな」
「そもそも彼女の手にはこれらの宝は渡っていない。本当に持っているのかも確かじゃないんだ。僕たちのような泥棒を欺くための罠だったんだろうが、もしかしたら本物も持っていない、ということもあるかもしれないね」
長い説明を終えると、彼女は何やら脱力したような表情で肩を落としていた。仕事でどんな大変な思いをしたかは分からないが、それなりの苦労はしたのだろう。その結果がこれだ。脱力したくなる気持ちも分からないでもない。
それこそ余計なお世話、かもしれないが。
「仕方ない。報酬として、その贋物五つまとめて君に譲るよ」
「……報酬は等分、じゃなかったのか?」
「今までだって等分じゃなかっただろう? それに贋物なんて私はいらないからね。君もいらないかもしれないが、インテリア程度に店に置いておいたらどうだろう? 運が良ければ誰かが買ってくれるかもしれない」
「元々は君の報酬なんだろう? それを僕が売るとして、もし元の持ち主が来たら僕は何と言えばいい?」
「どこで手に入れたかを尋ねられたらいつも通り拾ったと答えれば良いだろう。疑う奴なんて誰もいない筈だ。
まぁどう扱おうと君の自由だ。好きにすると良い。それはもう君のもの、なんだからね」
と言われても、実際贋物と分かっていて店に並べたくはない。イミテーションとして置いてあっても、誰かが勘違いすることだってある。余計な心配事は増やしたくはない。
……やはり彼女に面倒を押し付けられたようにしか思えない。
上手く厄介払いはできないものか、と考えていると、ふと閃いた。
それじゃあ、と告げて店から去ろうとしているナズーリンに声を掛ける。
「贋物というのは僕の推測だ。さっきの推論だって穴だらけ。そもそも僕が本当のことを言っている証拠もない。もしかしたら本物なのに、嘘を吐いて僕が不当に安い条件でそれらを得ようとしているとは思わないのか?」
「……あぁ、そういう可能性もあったか。気付かなかったよ。すっかり君のことを信用していたからね。
しかしその確率は限りなく低い、と私は考える。君の性格から推測すると、それ程嘘を吐くのは得意とは思えないからだ」
「さて、どうだろうね」
「どうであれ私の選択は変わらないよ。……もういいかな? そろそろお暇したいんだが」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。こっちに来てくれないか?」
手招きすると、耳をぴくぴくさせながらナズーリンが寄ってくる。
カウンターの前で立ち止まり、如何にも何の用なのだろう、といった様子だ。
そんな彼女に、僕はカウンターに置かれた五つの宝具を手渡した。
「……何の真似だい?」
「僕の自由にしていいんだろう? なら、それは君へのプレゼントだ。返品は受け付けないよ」
「なっ……」
そう。これこそが僕の閃いた方法、プレゼントだ。
会話している途中から、頻りにナズーリンはカウンターの上に並べられたそれらにちらちらと視線を送っていた。後ろ髪を引かれている証拠だ。元々僕に譲るのは惜しかったが、道理は通そうと考えていたのだろう。
しかし肝心な僕はこれを必要としていなかった。だから、欲しがっている彼女に渡す。何もおかしいことはない。完璧な作戦じゃないか。自分で自分を褒めたいくらいだ。
ふふん、と自分の閃きにやや陶酔しながら顔を上げると、どうしてかナズーリンは耳まで真っ赤になっていた。
「……何故赤面する」
「いや、だって、それは、その」
「なんだ、急にどもったりして。はっきり言いたまえ」
「……私なんかでいいのか? その、あー、本気にしてしまうが」
「何を」
「だって、その、……わ、私に求婚しているんだだだだろう?」
「いや、そのつもりは全くないが」
なんだ球根って。
と思ったのも束の間、ふと思い出す。この五宝の用途を、かぐや姫に求婚するための道具だと説明したことを。成程、自分をかぐや姫に見立てたわけか。合点が行った。
しかし生憎、僕にそのつもりは欠片もなかった。
悪いが、君は勘違いをしている――そう言おうと顔を上げると、ロッドを構えて満面に笑みを湛えたナズーリンがいた。
「どうやら君は、私の子鼠たちの餌になりたいようだね?」
「できることならなりたくはないな」
「乙女の心を弄んだりして……全く、悪い人だよ。半人半妖の肉ははたして美味しいのかな?」
「いや、待て、僕が悪かった。その、なんだ、全くそんなことは頭に残っていなかったんだが――」
「言い訳は無用。さぁ行け子鼠たち! プレゼントのお返しだっ!」
ああ。
この期に及んで、漸く理解したよ。
やはり、口は災いの元ということか――
ところで五つの難題は輝夜のもっているもの?それとも普通の偽物?
なずりんかわいいよなずりん。
ナズ霖でした! ここがエルドラドだったんだね!
ナズ霖ゴチでした。
誤字
「だって、その、……わ、私に求婚しているんだだだだろう?」
↓
「だって、その、……わ、私にきゅっ、求婚しているんだだだだだだだろう?」
手玉に取られてる感じの店主が面白かったです。
最後に一矢報いた?感じなのもまた。
新作つながりで次は小傘ですね、わかりますん
GJ。実にGJ。
もっとやり取りが見たいです……
帽子の件もそうだが鈍すぎだろ
ありがとうございました。
GJ!
とりあえず、表現規制の限界について詳しく
ところで、物凄く今更ですが
>盗まれようが対して痛くもないのだが、
大して、ですかね
喜ばせていただきました。
その後の香霖堂には盗難にあった人妖神が押しかけるわけですね。
霖之助の災難はまだまだ続きそうです。嗚呼
いや、まぁ…GJとしか言いようがないよ
霖之助は二次創作によって「あらゆる恋愛フラグを叩き折る程度の能力」に目覚めている気がしてならない。
ナズー霖じゃないか!
2828が止まらないw