「はあああぁぁぁぁぁぁ!」
足を肩幅に開き、肘は直角に曲げ、肩の力は全て抜く。
拳は作らず、軽く握る程度。
余分な力はどこにも入れず、ただただ自然体で集中力を高めていく。
自分の内なる場所に、純粋なる力を集めていくイメージ。
力の色は白色よりも青く。
空の中に雲が浮かぶ様に。
自然の流れに逆らわず、ただ流れるが如く、ただ風が吹く如く。
呼吸を整え、呼気と共に、余計な物を対外へと排除していく。
「まだまだ足りない! もっと気を高めて!」
同じ様なポーズで、大陸風の衣装を身に纏った女が叫ぶ。
その女が練りこむ力はもっともっと強大だ。
明らかに実力が違う。
少女のそれが空と比喩するなら、女のそれは宇宙だ。
ただただ実力が月と鼈だった。
それでも、少女は返事をせず、ただひたすらに集中力を高めていった。
世界から音を排除するかの様に。
世界から色を排除するかの様に。
空と海を内包するかの様に。
しかし、それでも隣の女は満足しないかった。
「全然足りない!」
叱咤と共に、鞭の如くしなった足が側頭部を捉えた。
本気の蹴りだったのだろう。
遠慮なく、人間という枠組みを離れた、純粋に妖怪らしい女の一撃は、簡単に体を吹き飛ばした。
長く綺麗な髪をまとめたゴムが衝撃で切れる。
青い空に、振り乱れた髪が栄えるかの様に、蓬莱山輝夜はその顔を地面へと叩きつけられた。
「……あ、すいません、輝夜さん」
「……私じゃなかったら、死んでいるわ」
遠慮なく蹴りを放った姿のまま、紅美鈴は謝った。
なまじ手本として気を練っていたのが災いとなったのだろう。
歯止めも遠慮も躊躇もない、純粋に蹴るという動作を完了させてしまった様だ。
対して輝夜は、人間では有り得ない首の角度のまま悪態をついた。
震える体のまま何とか立ち上がると、自分で顔を支える。
二度か三度、首を確かめる様に頭を動かすと何事も無かった様にそこに収まった。
陥没していた頭蓋骨もすでに修復しているのだろう。
流石は不死者と言った所だろうか。
「不老不死って言って頂戴。不死者じゃ吸血鬼みたいじゃない」
「あはは。ですが、まだまだクンフーが足りません。基礎を疎かにしてはいけませんよ」
「は~い、師匠」
もっとも、不意打ちを喰らってはいかな妖怪といえ、ただではすまないだろう。
美鈴は手加減できなかった事を棚にあげ、誤魔化す様に笑った。
~☆~
いつもの様に門番という退屈な日常を過ごしていた美鈴の所へ輝夜が来たのは、一ヶ月前の事だった。
なにやら酷く不機嫌な表情をしていたが、美鈴に対しては表情を一転して頭を下げた。
そして一言、体を鍛えて欲しい、と願い出た。
困ったのは美鈴だった。
自分には門番という仕事がある。
あなたの願いは聞き入れたいが、私には時間がない、と答えるしかなかった。
それでも輝夜の気は納まらなかったらしい。
ただひたすらに頭を下げる輝夜にほとほと美鈴は困った時だった。
「私が許可しよう」
門の上に、音もなく立っていたレミリア・スカーレットはニヤリと笑った。
紅魔館の主が現れたのは、輝夜にとって幸運だったのか美鈴にとって幸運だったのか。
どちらにしろ、輝夜は喜びの声をあげ、美鈴は少しだけ困った表情を浮かべた。
「永遠亭のお姫様が頭を下げているんだ。受け入れないと神罰が下るぞ、門番」
「は、はぁ……ですが、その間の門番は誰が?」
「私が変わってやる」
「えぇ~!?」
という話から、とんでもない一ヶ月が過ぎた。
太陽の下、腕を組んで仁王立ちしている紅魔館の主がいる前で、輝夜の修行は始まったのだった。
長い髪は邪魔になるので、ポニーテールにした。
いつもの着物は運動には向いていないので、香霖堂から体操着とブルマとかいう運動着を買ってきた。
香霖堂の店主曰く、
「これは非常に貴重な物だが……輝夜が履くというならば、譲るよ」
と、何だか妙に含みのある言葉だったが、輝夜は気にしない事にした。
妙に背中がゾクゾクと感じる事もあるが、その分は汗として流す。
集中していない証拠だ、と美鈴に叱られる事もあった。
そんな風に始まった輝夜の修行も、今日で一ヶ月。
師である美鈴の予想以上に輝夜は体を作り上げてきた。
最初は湖の周りを一周しただけで根を上げていた輝夜だが、今ではそれが準備運動になっている。
基礎的な筋力はまだまだ劣っている物の、技だけは覚えが早い。
力を主とした剛の拳。
技を主とした柔の拳。
輝夜には柔の技が向いていると美鈴は思ったが、輝夜が求めたのは剛だった。
「めーりんめーりん、もう無理、めーりーん」
「まだまだです。はいもう一度」
にににににぃ~~~っと歯を食い縛って、輝夜は腕立て伏せをする。
背中に美鈴を乗せたまま。
回数はこれで5回目だが、まぁ褒められた方だろう。
普通の女性なら、腕立て伏せの体制を取る事も出来ない。
「ほら、もうちょっとです。起き上がれたら休憩にしましょう」
「ん~~~~~~!!!」
休憩という言葉に反応するかの様に、輝夜は最後の力を振り絞った。
ギシギシと骨が軋む様な感覚。
筋肉は悲鳴をあげるし、それこそ断裂していくのが理解できる。
それでも何とか腕を伸ばしきった。
ポタポタと汗が流れる。
四つん這いのまま、ぜぇぜぇはぁはぁと荒い息を吐いた。
汗でぐっしょりとなった体操着は肌にはりつき、その体を浮き彫りにしていく。
仰向けに寝転がったから、余計だろう。
「ふむ。輝夜さん、だいぶ立派な体になりましたね」
「ぜぇぜぇ……セクハラよ、師匠。それに胸が痩せたわ」
「えぇ、胸も脂肪ですからね。聞く所によると、人間は胸から痩せていくそうです」
その言葉に、輝夜は美鈴の胸を睨みつけた。
まるで説得力の無い様な見本が目の間にいる。
重力に負けそうな大きさなのに、全然負けている様子がない。
「人間は……ですよ。私はこれでも妖怪です」
ニヤリと美鈴は笑う。
それなりにプロポーションには自信があるらしい。
輝夜としては羨ましい限りだった。
「さ、お昼にしましょう」
「は~い……ふぅ~」
汗で滲んだ上着を脱ぎ、輝夜は汗を拭う。
すぐに持ってきた鞄から新しいシャツを取り出すと、体を隠す様にしてすぐに着た。
それから鞄を持って、美鈴を追いかける様にフラフラと歩いていく。
門の前にはパラソルと机付きのベンチが置かれていた。
レミリアが門番となってから、咲夜が香霖堂でそろえたアウトドアグッズだ。
輝夜の修行は、普段は門の前で行っているのだが、今日は移動していたらしい。
美鈴と輝夜が門の前に戻った時、レミリアはすでに食事中だった。
「先に頂いてるぞ」
「あ、はい、失礼します」
美鈴は断りを入れてからレミリアの隣に座る。
輝夜はレミリアの向かい側に座ると、コップに注がれていた麦茶を一気に飲み干した。
「はぁ~……美味しい~」
今日の昼食はサンドウィッチの様だ。
毎日、咲夜が作ってくれる昼食は、輝夜も認める中々のお味。
輝夜と美鈴は、頂きますと手を合わせてから食事を始めた。
「どうだ、お姫様。まだ納得できないのか?」
手に付いたマヨネーズをぺロリと舐めて、レミリアが質問する。
口いっぱいにサンドウィッチを放り込んだ輝夜は、言葉で答える訳にもいかず、首を横に振って示した。
「くくく、段々と気品が無くなってきたな、お姫様」
「―――ぷはっ。そういうお嬢様こそ日焼けしてるじゃない、似合ってるわよ、門番」
ニヤリと輝夜も笑う。
すぐさま次のサンドウィッチを手に取った。
「確かに門番は楽しいな。美鈴が昼間に寝ている訳が分かったよ」
「いやぁ、それほどでも~」
「褒めてないぞ、門番。貴様は昼寝をしているが、私は寝てない。馬鹿にするなよ、格下が」
「うぅ~、申し訳ないです」
美鈴は落ち込みながらも次のサンドウィッチに手を伸ばした。
「なに、門番は夜が本番なの?」
「馬鹿な雑魚共がウヨウヨいるよ。どうやらヴァンパイアという存在を知らないらしい。こちらの言葉では吸血鬼だったか。知らずに鬼に挑むとは、程度が知れる。私の体が小さいからと馬鹿にする輩もいたよ」
「永遠に幼き赤い月、とは良く言ったものね」
「五月蝿いよ、永遠なるお姫様」
「はいはい、ごめんなさいね」
初めの内は、この二人の会話に美鈴も肝を冷やしたものだが、今は慣れたもの。
にっこりと笑いながら麦茶を飲み干した。
「そう言えば、なぜこのパンに挟んだ簡易な料理を、『サンドウィッチ』というのだ?」
レミリアはトマトとレタスのサンドウィッチを見ながら疑問を口にする。
「初めは魔法使いでも挟んでいたのか? さぞかし美味かっただろうな」
やはり吸血鬼は吸血鬼という訳だろうか。
人間の味でも思い出したかの様に、ニヤニヤと牙を覗かせた。
「そんな料理、妖怪しか喜ばないじゃない。サンドウィッチさんが作ったからサンドウィッチっていう名前になったそうよ。後は、砂と魔法使い以外なら何を入れても美味しいから、とかね」
「魔法使いは不味いのか?」
「パチュリーに聞いてみなさいよ。それか人形使い」
「ふ~ん……相変わらず博識だな、お姫様」
「ふふっ。これも暇潰しの一つよ」
チキンサンドをパクリと口に頬張ると、今度は卵サンドに手を伸ばす輝夜。
欠食児童の様な姿に、レミリアはクスリと笑みを漏らした。
「それで、お姫様よ。そろそろ理由を教えてくれないか?」
「あ、それは私も聞きたいですね」
鍛え始めて一ヶ月。
輝夜は未だに、その理由を語ろうとはしなかった。
だが、そこまで隠し通す様な理由ではないらしい。
輝夜は、ポツリと口を開いた。
「自分より格下だと思っている者に文句を言われて、お嬢様は耐えられる?」
「耐えられないな。とりあえず殴りつけるよ」
「野蛮なお嬢様ね。私は暴力に訴えない。だからこうして力を付けているのよ」
「ほう。では、暴力が必要ないのに、暴力を身につける訳か。それは興味深いぞ」
レミリアや笑う。
それこそ豪快に、笑った。
幼い顔には決して似合わない牙とその笑みを見て、輝夜は微笑んだ。
「まぁ、大した理由じゃないの。軽く笑われる様な事だから、あまり言いたくないわ」
それだとしょうがないか、とレミリアは血液の代わりに紅茶で我慢する事にした。
~☆~
それから二ヵ月後。
昼夜を問わず、毎日の様に体を鍛え続けた輝夜は、ゆっくりと美鈴に礼をした。
「ありがとう、師匠。そろそろ満足のいく体になったわ」
ひとまずは満足したらしい。
見た目には何も変わらないが、その引き締まった体に美鈴は満足そうに頷いた。
普通の人間では、服の上からでは分からないし、恐らく裸になっても分からないだろう。
しかし、輝夜の体には確実に必要な分だけの筋肉がついた。
美鈴からすれば、それは女性にとって理想的な体だった。
思わず、抱きしめたい位に。
「それでは、最後にとっておきの技を伝授します」
「え、本当?」
奥儀だろうか、秘儀だろうか。
何だかそういう響きに憧れるのか、輝夜は目を輝かせた。
「いきますっ!」
美鈴はゆっくりと気を練り始めた。
ゆらりと動く空気は、やがて美鈴の気によって色づきはじめる。
「わ、すごい。目に見える」
「気を操る程度の能力ですから。きっと輝夜さんにも出来ます」
いや、たぶん無理だろう。
と、輝夜は脳内でツッコミをいれた。
「で、ここからこうして、これをこうして、それで、ハイヤー!」
ユラユラと揺らめいていた気はぐにゃりと曲がると、龍の姿になる。
そして、その龍が、がおーって吼えた。
「はい、これぞ気を操って出来る美鈴流威嚇奥儀『龍の咆哮』です」
「……そんなのいらない」
「え~~~……これ、凄く難しいのに……」
美鈴は落ち込む様に息を吐いた。
このへんが気さくな妖怪と言われる所以だろうと、輝夜は笑った。
それが美鈴の魅力でもある。
彼女のお陰で、あのお嬢様の凶悪さも薄れているのだろう。
もっとも、お嬢様はお嬢様で優しい面もたくさんあるのだが。
いかんせん自己顕示欲が強く、自分を格好良く見せようとする節がある。
それも親しみが沸くと言えば沸くのだが。
「ふ~ん……良い体になったじゃない」
と、そこで門の上でぼ~っとしてたレミリアが声をかけてきた。
なにやら思いついたらしい。
ニヤニヤと輝夜を見る。
「どうだ、一つ手合わせをしないか?」
チョイチョイと人差し指を挑発する様に動かした。
「冗談でしょ。私が吸血鬼に敵う訳ないじゃない」
「ふむ、それもそうだな……では、ハンデだ」
レミリアは立ったまま、左足の靴とソックスを脱いだ。
片足でピョンピョンと飛び跳ねて、門から飛び降りると、そこに靴とソックスを置く。
それから、またピョンピョンと跳ねて輝夜の前に片足で立った。
「これでどう?」
「ふ~ん……手加減してよ?」
「手加減? 死なない人間に対して必要なものか?」
「酷いお嬢様……ねっ!」
輝夜は素早くレミリアの右側に回りこむ。
そのまま殴りかかろうとするが、頬の横の空気が根こそぎ持っていかれ、思わず後ろへ退いた。
頬を、ゆっくりと血が滴った。
どうやら、抜き手で威嚇されたらしい。
「こ、殺す気?」
「あら、死なないのでしょ?」
むす、と輝夜は頬を膨らませた。
一度だけ大きく呼吸をすると、静かに集中する。
そのまま三歩すすみ、レミリアの射程内に侵入した。
レミリアの攻撃は見えなかった。
つまり、相手の意を感じるしかない。
刹那、半身を捻って避けた。
レミリアの攻撃が空を斬ったのが分かる。
しかし。
しかし、だ。
肉弾戦の素人が次の攻撃まで避けれる訳がない。
気がつけば、左腕が反対側に折れ曲がった。
だが、それを気にする事なく、レミリアの右足に渾身の力で蹴りをいれた。
転んでくれたらこっちのもの。
後はマウントポジションを取って、ひたすらに殴り続ければいい。
そう思っての渾身の蹴りだが、逆に痛みが走ったのは自分の方だった。
「いっ!?」
生きている速度も、体の構造もまるで違う。
声をあげる暇もなく、次の刹那には顔面に拳を叩き込まれて、吹き飛んでしまった。
起き上がり、鼻を拭うと、べったりと赤い液体が付く。
鼻でも折れただろうか。
しかし、それもすぐに収まる。
「いい顔だな、お姫様」
「ぶっ殺すわよ、お嬢様」
永遠と須臾を操る程度の能力。
須臾の時間を引き延ばす。
相手が刹那で動くなら、こっちは須臾で動くしかない。
それでも劣っているというのが、何とも悔しいが、輝夜はニヤリと笑った。
ゆっくりとした時間の中で輝夜は走り、思いっきりレミリアの顔面に膝を叩き込んだ。
不意打ちだったのだろう。
無様に鼻血を出しながら、レミリアは仰向けに倒れた。
「ぐっ……くくく、もう我慢できないってか、人間!」
叫び、起き上がり、笑い、駆けた。
最初の約束などすでに忘れたのだろうか、レミリアは両足で駆け抜ける。
その爪が、光を反射する前に、振りぬかれた。
引き伸ばされた時間の中で、輝夜はそれを紙一重で避けた。
避けたつもりだった。
だが、実際には、顔面を掴まれ、地面へと這いつくばっている。
「はい、運命通り! 私から逃れようなど一那由他年早いわ!」
「こんにゃろっ!」
輝夜はレミリアの髪を掴むと、思いっきり引っ張る。
さすがのレミリアも、これには堪らないと、素直に力の方向に転がった。
そこへ輝夜は馬乗りになり、思いっきり拳を振り落とした。
「千年も生きてないヴァンパイアが! 生意気な口を! 私を傷つけるなど、一不可思議年足りないわね!」
一撃一撃を、丁寧に叩き込んでいく。
顎を殴られては脳味噌が揺すられ、人中を叩かれては激痛が走り、鼻を殴られては血が吹き出した。
しかし、無限には殴る続ける事ができない。
呼吸を、息を吸わなければ、体は動かない。
酸素を吸い込むタイミングを見計らって、レミリアは足を振り上げ、輝夜の後頭部を蹴り上げた。
たまらず輝夜はレミリアから距離を取る。
「ふぅ~、はぁ~、あ~、やるじゃない、レミリアお嬢様」
「ぜぇ~、はぁ~、あ~、お前もな、輝夜姫」
対峙したまま二人は笑みを浮かべる。
すでに二人の傷は治っていた。
肩で息をしていなかったら、殴りあった後だとは思えないだろう。
「はい、そこまでです」
二人の間に美鈴が割って入った。
輝夜とレミリアがギラリと睨むが、美鈴は怯まずに、ただ苦笑するだけだった。
「こうなったら仕合いじゃありません。ただの私闘です。なにキレてるんですか、二人とも」
「……そうね。ごめんなさいレミリア」
「……こっちも悪かったわ、輝夜」
美鈴の笑顔に気が削がれたのだろうか、お互いに苦笑した。
美鈴だけは、少しだけ安堵する様に息を吐く。
永遠を歩む者と悠久を歩む者のケンカなど見たくはない。
そこに、決着など無いだろうから。
「はい、お茶でも飲んで落ち着きましょう。咲夜さんに頼んできますね」
美鈴が走っていく様子を見て、輝夜は息を零した。
「よく出来た門番ね。さすがは紅魔館ね」
「あれで一番格下だ。永遠亭とは違うよ」
うふふ、と笑いながら輝夜はレミリアの顔面に右ストレートを叩き込んだ。
あはは、と笑いながらレミリアは輝夜の足を掴んでドラゴンスクリューを決めた。
えへへ、と笑いながら戻って来た美鈴は二人の喉に地獄突きを喰らわせたのだった。
~☆~
「よしっ、頑張りますか~」
永遠亭の厨房。
体操着にブルマではなく、いつもの豪奢な着物に身を包んだ輝夜は袖をまくりあげた。
まずは塩水を用意する。
ぺロリと舐めて、塩加減を確認。
そして、ボールに小麦粉を入れ、塩水を注ぎながらまとめていく。
ある程度丸く固まったら、それを取り出してまな板の上へと置いた。
そこで一旦、作業を止める。
そして、静かに呼吸をすると、気を練っていった。
「はあああぁぁぁぁぁぁ!」
指先に気を集中し、腕を硬くしならせる。
そしてそのまま腕をまな板の上の小麦粉の塊に叩きつけた。
中国拳法は剛の拳、烏龍盤打と呼ばれる技だ。
それを何度か繰り返し、まな板が割れる所まで繰り返した。
だが、割れてしまっても止めない。
次のまな板を用意して、今度はひたすらに手刀と正拳突きを繰り出す。
「ハイヤー!」
紅美鈴よろしく、構えと気合いを入れて、幾度となく繰り返す。
厨房から異様な声が響く永遠亭。
住人がどう思おうが関係はない。
輝夜は汗が流れるのをそのままに、歯を食い縛りながら繰り返す。
反復作業は苦にならない。
悠久なる時を引きこもっていた彼女は、何もしていない時間が苦行となる。
怠け者と呼ぶなかれ。
怠惰者と呼ぶなかれ。
月の姫は、生に構えてこそ美しい。
生きている姿こそ、姫の姿であり、存在している証なのだ。
滑稽だと笑いたければ笑うがいい。
ダメ人間だと笑いたければ笑うがいい。
それでも尚、姫は笑うだろう。
生きている自分を笑い、死んでいく者を悲しみ、産まれてきた者を祝福するだろう。
「うりゃー!」
半月斬よろしく、空中前転してから踵を思いっきり叩きつけた。
もちろん布を被せてから。
ぐにゅりと生地はゆがみ、ひたすらに形を変えていく。
打たれて打たれて、コシを強くしていく。
「ぜぇぜぇ……待ってなさいよ、てゐ。もう姫様のうどんはコシが無い、なんて言わせないわ」
不敵に笑う。
なかば憎しみを浮かべて笑う。
この三ヶ月を思い浮かべて笑う。
なかばてゐに憎しみを込める様に……輝夜は笑った。
「そこで和気藹々と笑っているがいい。だがしかし、勝つのは私よ。この蓬莱山輝夜よ。たかが兎の分際で、私を怒らせた事を後悔するがいい。そして平伏すのよ。あぁ、姫様のうどんってこんなに美味しかったのね、と泣いて喜ぶがいい。私の努力は無限よ。私の根性は永遠よ。さぁ、待っていなさい。さぁ、待ち焦がれなさい。さぁ、さぁ、さぁさぁさぁさぁさぁ!!!」
最後の一撃。
衝撃は生地を貫き、まな板を粉砕し、竈が揺れた。
これで、後は生地を寝かせればいい。
その間に汁を作れば充分だ。
「ふ、ふふ、うふふ、うふふふふふふふふふふふふ」
不気味にも永遠亭に輝夜の笑い声が響いていった。
お客様は、お世話になった美鈴とレミリアと咲夜だ。
永琳と鈴仙とてゐを加えて、今日は賑やかで楽しい食事となりそうだ。
輝夜は狂気と狂喜と驚喜を織り交ぜた、とてもとても素敵で可愛くて美しい笑顔を浮かべた。
その日の永遠亭の夕飯は、とてもとても美味しい素うどんとなりました。
問題は幻想郷ではカツオ出汁もコンブ出汁も手に入らないってことだけだ。
まな板涙目www
このAMENとか言いそうな姫様いいなwww
めーりん師匠・・・流派東方不敗ですね、わかりますw
ところどころに出てくる便利屋香霖堂に某大型量販店のCMを思い出してしまった。
いいぞもっとやれ!
姫様はアグレッシブな方が似合ってますな。実に面白かったです。
とりあえず心配なのは、完成したうどんにまな板の欠片が入っていないかどうか。
姫様の頑張り、美鈴やレミリアのキャラ付け、そして最後のオチまでお見事でした。
お見事でした。