1.
黄金のひるひなかが終わって、一日がはや追憶に変わる、夕方。
私はいつもみたいに本を読んでいた。
あいつに借りた魔法書だ。長い時間の流れを閉じ込めたような分厚い本だった。
すえたカビの匂いがしていた。それに混じって、沈丁花の香り。
それで私はあいつを思い出したんだ。
あいつを乗せて飛んだ月の夜に、そんな香りがしたから。
「魔理沙ー、魔理沙。いるかしら」
どーんどーん、と、ノックの音。
………思い出した途端にコレだった。
なんであいつは私の名前をいちいち呼びたがるんだろう。
あの月の夜にしたってそうで、注意を引くものがあるたびに私を呼んで。
私だって二つの眼で世界を見てるんだ、そう自慢げに注意をうながさなくったって、見える
ものは大体いっしょだって言うのに。
「魔理沙ったらいないの? いたら開けなさいよ」
はいはい。
「あー、今はいないぜ」
クラシックなことを言ってみた。
「そう、それは残念ね」
………クラシックにノって来てくれた。
「ああ、本当に残念だぜ」
「それじゃあ言伝を頼めるかしら」
「構わないぜ」
「込み入った話だから上がって話しても良い?」
そう来たか。
「………まあ、いいんじゃないか」
「そう。それじゃあ鍵を開けて頂戴」
「実はとっくに開いてるんだよなコレが」
「それは無用心ね。鍵もかけずに出かけるなんて、留守中に泥棒が入るかもしれないわ」
そう言うと、きぃぃ、と音を立てて、我が家の玄関が開く。
アリス・マーガトロイド。
魔法の森の人形遣い。
大雑把にいえば、私のライバルみたいなやつ。
「あらびっくり。扉を開けたらやっぱり泥棒がいた」私を一目見るなり、これだった。
「酷いぜ。しょっぴくつもりか? 今から紅茶を淹れようと思ってたんだが」
―――この通り、アリスと私の会話はほとんどが言葉遊びみたいなものだ。
霊夢には親愛の情の表れとか言われた。
私は、これでうまく距離を取ってるつもりなんだけど。
色々あって距離を急に詰めたり詰められたりは、あんまり得意じゃないし。
アリスは玄関の扉を閉めて、家の中へと入ってくる。
窓からさしこむ西日がアリスの輪郭を蜜色に塗らしていた。
「親切な泥棒ね」
「隣人を愛せよ」
「その教義は私が思うにちょっと古い。隣人のそのまた隣人を愛する程度のひねりは必要」
「隣人の隣人って一体誰だよ」
私がそう質問すると、アリスはふふん、と得意そうに微笑んで、私が座っているソファに
どかりと座り込んだ。
すぐ横から私の顔を覗き込んだアリスと眼が合う。
少しだけどきりとする。
「私の左隣の魔理沙の右隣の人のことよ」
「………けっきょく自己愛かよ。 アクロバティックなようで軟着陸だな」
とりつくろうように返事を返してから、私は席を立った。
ちょうど紅茶を飲もうと思っていたから、お湯は沸かしてある。「98度」に設定した
八卦路の火をとめて、横目でアリスを見ながら紅茶の用意をはじめる。
「あら、ただの自己愛と、いっぺん隣人愛を経た自己愛とじゃ、厚みや奥行きが違うわ」
「わざわざ横に回って確認しないと分からないよな、厚みや奥行きの違いなんて」
「魔理沙は口が減らないわね」
「お前の口が足らないんじゃないか?」
「足らないのは口に入れるものの方。実はおなかが空いているのよ」
「捨食の法はどうした。捨てたはずがうっかり戻ってきたのか」
「呪い人形みたいな言い方しない! よりにもよって私の前で」
そう言うとアリスは、何か後ろめたいことがあるように髪を書き上げた。
照れているようにも見える。
「………体を満たす為の食事と精神を満たす為の食事じゃ意味がちがう。悩みごとのあとは
甘いものとか食べたくなるのよ」
「アリスは悩み事がないのが自慢じゃなかったのか? アイデンティティの危機だな」
「やめなさい。悩み事がたった今二つに増えたわ」
「大丈夫。まだまだ少ない少ない」
「そういう魔理沙のほうこそ。なんだか悩みなんてなさそうじゃない」
「さしあたり山積みと言った感じだぜ」
「例えば?」
「例えば………紅茶に入れる砂糖があとひとつしかない事とか」
「ああ………」
「………ま、いいぜ。お前にくれてやるよ」
そう言いながら、二人分の紅茶をトレイにのっけて、アリスのところへ運んでやった。
しゃべりながら「悩み事」とやらを思い出したみたいで、なんだかアリスの表情は
くもりの日の花みたいにしょぼんとしている。
資料の山をとげて、テーブルの上に紅茶を置く。
アリスは「ありがとう」と小さく呟くと、両手でカップを持ってちびちびと啜った。
「深刻そうじゃないか」
「まぁね」
「茶飲み話に聞かせろよ」
「うん………」
そういうと、アリスは部屋じゅうに視線をさまよわせる。どう話を切り出すか考えてる
みたいだった。
本当に込み入った話かもしれない。
長話になりそうだな―――と思いながら、私もアリスのとなりに腰を下ろす。
そうして私も紅茶に手をつけた所で、アリスが話し始めた。
「魔理沙」
一拍置いて、
「私の恋人になって」
紅茶吹いた。
2.
西日はとっくのとうに沈んでいて、夏の夜が降りていた。
涼しい風がなんとか気分を落ち着けてくれる。濡れて台なしになってしまった資料と、
濡れていない資料をひととおり取り分けたあとで、私はあらためてアリスに切り出した。
「アリス。永琳のところへ行こう」
「違うの! 話を聞きなさい!」
「いいから。これはホントにやばいぜ」
「私はぜんぜん大丈夫よ!」
「私が大丈夫じゃないんだよ!」
だって、いきなり恋人だなんて、ありえない。
私たち仲良しでもなんでもないし。
女どうしだし。
いやいちいち性別を気にする妖怪の方が少ないとは聞くけど、少なくとも私とアリスが
犬猿の仲なのはたしかだ。異変のときにいっしょに出かければ口げんかばかりだし、
魔法にキノコを使う使わないでモメたことさえある。
ほら見ろ。私とアリスは仲が悪い。
それにだいいち、恋人だなんて、ろくな思い出が、
「お母さまなのよ」
私の思考を打ち切るみたいに、唐突にアリスはそう言った。
「あ?」
「だから、お母さまなのよ」
「お母さまがどうした。お母さまはいないぜ。もしくは母親とも恋人になる気か」
「どうしたらそうなるのよ! ………兎に角お母さまが言い出したの、恋人を作れって」
「へぇ?」
話の流れが変わってきた。
これはあんがい、納得できるところに落ち着くかもしれないと思う。
………でも、すごいイヤな予感もする。
「お母さまが………神綺お母さまが、私に友達ができないことを心配してるんだって」
「そりゃ心配だろうな」
「アリスちゃん、幻想郷に馴染めてないんじゃないの? とか言われて」
「いや、実際馴染めてないんじゃないか?」
「いちいち話の腰を折らない!」
「あんまり気にするなよ。幻想郷じゃ話の腰なんていつも骨折り損のくたびれ儲けだ」
「心を閉ざしたくなる郷よね」
「閉じたり塞いだりはおおむね妹の特権だ」
「ネガティブな方向にエリートなのね。だから妹ってどいつもこいつも変人なのかしら」
「まぁ、話をもどして」
「うん」
新しく淹れた無糖の紅茶を啜りながら、ことばを返す。
「だいたいこんな所だろ? 恋人のひとりでも作って、自分が幻想郷に馴染んでるところを
見せてくれとか」
「………作れなかったら、魔界に帰れとまで言われたわ」
「やばいな………」
「やばいわよ………私も。魔理沙に貸した本まで含めて強制徴収ね」
「それは困る」
「まったくよ」
私たちは夜のくらがりに沈む部屋の中で、問題点を確認しあった。
………。
それで、どうするんだろう。
「それで、どうするんだ?」ラチが開かないから、声に出して聞いてみた。
「どうするもこうするも、魔理沙と恋人になるしかないわよ」聞かなければよかった。
「いや………っていうか、なんで私なんだ?」
「正直に言って、貴方以外に普段しゃべる相手がいないのよ」
「パチュリーは」
「たまには喋るけど、そもそも部屋から出ない生き物と恋人になるのはムリよ」
「人間の里の、人形劇の観客とかは………」
「そんなのどんな相手だったかも覚えてないわよ………」
「霊夢とかは………」
「あいつが恋愛なんて似合わないって言うのは、神綺お母さまだって知ってるわよ」
よく考えれば考えるほど、ひどい事態であることが明らかになっていく。
だいいちに話し相手自体があんまりにも少ない。そしてその話し相手の中に、「恋人」の
最低条件を満たしているやつは、どうやら私しかいない。
正直、色々とへこみそうだった。
それにしても。
アリスって、本当に友達が少ないんだな。
これじゃあ魔界に帰れって言われるのもわかる。私が身内でも似たような事を言うだろう。
そもそもこんな暮らしで、アリスは寂しくないんだろうか。
(―――寂しくないんだろうな)
アリス・マーガトロイド。
魔法で作られた少女。
良く笑うし良く怒るけど、なんだか時々、こいつは私たちとは全然違うモノの考え方を
しているみたいに見える。仕草も大人っぽくて垢抜けてるけど、どこかアリスは子供っぽい。
必死に他人を求める事がない。
それによって傷を受けたことがない。
そんな印象。
純真な人形の糸を手繰りすぎて。
心まで人形のそれを映し取ってしまったみたいに。
「………ああ、わかった」
「え?」
「わかったよ。やるよ。恋人になればいいんだろ」
「本当? 魔理沙、本当?」
「ああ」
私がそう言うと、アリスの顔がぱぁぁ、と明るくなる。
分かりやすい奴だと思う。普段はやたらと理屈っぽく構えてるくせに、肝心なところで
自分の喜怒哀楽を隠し切れていない。
けれどまぁ、私も悪い気はしない。
綺麗な笑顔は嫌いじゃないから。
「良かった………。これで幻想郷を離れずに済むわ」
「ここのこと、そんなに気に入ってたのか?」
「ええ。正直人形作りをする上で最適な環境とはとても言えないけど、なんだかこの場所の
景色や風情はとても気に入っていたのよ」
「旅行代理店の売り文句みたいな事を言うんだな」
「《何をするにも最適な環境とはとても言えないけど、風情は最高、幻想郷!》」
「誰も来ないぞ、それ多分」
「風情だけが命綱ね」
「お前もう魔界に帰れ」
「そしたら、私が担ってる分の風情がなくなっちゃうじゃない」
「いやインドアで担ってる分の風情なんて、なくなってもいいんじゃないか?」
「いつも心に余裕を。そう言ったあれこれが一人の時間を充実させるのよ」
「そういや、幻想郷のひきこもりってどいつもこいつも充実してるよな………」
「あ、でも」
「?」
「これからは一人の時間はあんまり無くなるわね。魔理沙と恋人になるわけだから」
「おいおい、さすがにそこまで時間を削る必要はないんじゃないか? 恋人ごっこに」
私がそういうと、急にアリスは目をぱちくりさせた。
そしてなにやら考え込んでる感じでこちらを見遣りつつ。
「………恋人ごっこ?」
「いや、そうだろ? つまり私とアリスで恋人になった演技をするわけだから」
「………演技なんて通じないわ。相手はいちおう魔界神なのよ」
「は? いや聴いてないぞそんな話は」
「それなら今言ってあげる」
「いや、今言われても………」
「相手は魔界神なのよ。正面の敵は見逃してもけっして演技を見逃しはしない!」
「自慢げに母虐ネタに走るなー!」
「とにかく、ごっこ遊びで通そうなんて無駄よ。私たちは恋人になるしかないの」
何だろう。
何か話がおかしい気がする。
私はすっかり冷めた琥珀色の紅茶を飲み干すと、頭を整理しながら問いかけた。
「アリス、恋人どうしって何するのか分かってるのか?」
そう。
恋はしようと思ってするものじゃなく、気が付いたらはじまっているもの。
当事者のつごうなんて容赦なく無視するもの。
だと言うのにアリスは、いっせーのーせで恋愛を始めようとしている。という事は、
たぶん恋に対するこいつの考えは相当ズレてるんじゃないか。
ありえることだ。
種族・魔法使いだし。
魔界人だし。
すごく無垢というか、ロマンチックな考えを抱いているのかもしれない。
「そうね。恋は難しい概念だから、たとえ話でいい?」
「ああ、いいぜ」
「むかしむかしあるところに、お姫さまと王子さまがいました」
想像より斜め上にロマンチックらしかった。
「―――お姫さまと王子さまの仲を引き裂こうと多くの困難がふりかかりましたが、
二人は勇気と知恵を振り絞り、悪い大臣をやっつけ、魔女の罠をのがれ、対外戦争に
ついやしたお金を民への課税で取り戻し、豪華な宮殿をたて、民衆の蜂起をしずめ、
たくさんの祝祭をひらきながら二人でなかよく暮らしました―――おしまい―――」
駄目だ。
無駄に長い話だった上に、答えになってない。
「アリス」
「何」
「今の悪政エピソードのどのあたりが恋なんだ?」
「そういう細かいところにつっこんじゃ駄目じゃないの」なぜか怒られた。「とにかく、
全体的な雰囲気としてはおおむね合っているはずよ。だいたい今のみたいなのが
恋愛なんだと思うわ」
「あやふやすぎてよくわからん。サトリスティックなものか」
「そう。ワビサビの世界ね」
「もしくは地霊殿の世界だな。あそこって愛の宮だったんだな」
―――頭が痛くなってきた。
私が思うに、こうだ。
アリスは恋愛がどういうもの全く分からない状況で、神綺から恋人を作りなさいと言われ、
予習のために古典的な王子さまとお姫さまストーリーを立て続けに読んだんだと思う。
その結果。
登場人物の感情とかはまったく考えず、ただシュチュエーションだけを追っていたら、
《王子さまとお姫さまが困難に立ち向かう》のがデフォルトだと思い込んだんだろう、多分。
すごい重心のズレた読み方だ。
「アリス、お前の考えはかなり違うぞ」
「えー!?」
「恋愛っていうのはなんていうか、まず恋人ふたりどうしの感情みたいなものだぜ」
「そうなんだ………」
「感情だぜ? 行動とはちがう。だから二人で恋人になろうって取り決めても、どうしようも
ないんじゃないか?」
「そういうものかしら」
「そうそう。心は不自由だぜ」
「よく意味が分からないわね………」
うーん、と悩みこむアリス。
色々なものが振り出しにもどった感じなんだろう。
とにかく無理なものは無理だと気付いてくれたらそれでいい。この場合いちばんいいのは、
たぶん神綺を説得して、魔界に帰らなくても済むようにしてもらうことだ。神綺のことだし
アリスが本当にイヤがることはしないと思う。
それでいい。
こいつは恋愛になんて関わらないほうがいいと思う。
………と、私は安心しかけたんだけど。
「わかったわ」
アリスは唐突に大きくうなずいて、まんぞくげな笑顔を浮かべた。
「敵対行動をとってればしぜんと仲はわるくなるし、ヘコヘコと頭を下げてればしぜんと
忠誠心もわいてくる。つまり恋人らしい行動をとっていれば、しぜんと恋愛感情がわいて
くるのよ」
「なんだか軍隊の洗脳みたいでロマンチックだな」
「そうと決まれば善は急げね」
いやいやいや。
待て待て待て。
ためらう私の話なんて聞いてくれそうにもなかった。アリスは席を立つなり私の手をつかんで、
玄関めがけて引っぱった。
「ちょ、」
「はやく恋人らしい行動をとるしかないわよ魔理沙。本に書いてあったこと全部試さないと」
「話を聞けよ!」
「どうしたのよ魔理沙! いつもの常時強行軍な霧雨魔理沙はどこへ行ったの?」
「異変のときのテンションと一緒にするなよ! 私だって夕方くらいダウナーになるぜ」
「それは良いことを聞いたわ。《気落ちした恋人をなぐさめる為に町にデート》イベントを
いますぐ消化しないと………って言っても里の商店しか行くところないけど………」
「逆に聞くけど、なんでお前は完全に異変のときのテンションなんだよ」
「異変も恋愛もたぶん一緒! 二人で困難をのりこえることで絆は深まる。本に描かれていた
恋人たちは、みんなそんな調子でステップアップしていったわ。
―――と言うことは、さっきの私のたとえ話も、おおむね合っていたっていうことね!」
私は大きく溜息をつく。
………まあ、たまにはこういうこともあるかもしれない。
考えればいつも私は他人を振り回してきたような気がする。ときどきは帳尻あわせに、他の
やつのわがままに付き合ってやらないと、三途の川向こうで杓子定規な閻魔に怒られるかも
知れない。
「………分かったよ。付き合ってやるから離せ。箒取ってくるから」
「二人乗りよね?」
「あー。分かったよ。しっかり掴まらざるを得ないように飛ばしまくってやるぜ」
「えへ」
そんなこんなで。
後先考えない私と何もわかってないアリスは、いつかの夜みたく二人で空へと飛び出した。
後悔の予感だけはうっすらとしていたけど、出来るだけ気にしないようにして、ほんとうに
飛ばせるだけ飛ばした。
初夏の風。
少しだけ沈丁花の匂いがした。
3.
思い出したくないことを思い出した。
いつものことだ。
―――あの。
―――ごめんなさい、
―――今すごく緊張していて。
―――うまく話せないかもしれません。
―――でもどうか、お願いだから最後まできいて。
―――いま言えなかったら次にいつ話せるかわからないし。
―――魔理沙さんって、里にくるタイミング、まちまちですよね。
―――ときどき通りなんかで見かけた時は、ずっと魔理沙さんのこと見てました。
―――ええと、へんな子だって思わないで下さ………ぁ、声上ずっちゃった、ごめんなさい。
クロッカスが咲いて、雪が解けて。
けれども春は遠くて、そんな季節だったと思う。
薬草と香辛料と春物の服をまとめて買いにいった帰りだった。大荷物を抱えて通りを歩き、
ひとつ小路にそれた所で話しかけられた。
女の子。
背丈からして、歳は二つくらい下だったと思う。
見覚えがあるようなないような子だった。店先でなんどかすれ違ったのかも知れないけど、
その位で覚えられるような目立つ容姿じゃない。
ソツなく小奇麗な、すみれの花みたいな女の子だった。
震えてた。
―――ごめいわくだったら申し訳ありません。
―――わたしはあなたのことが。
初めて知った。
冷水で心を掻きみだされる感覚。
断り文句がどんなだったかは覚えていない。相手を傷つけないように必死に立ち回ったけど、
ひょっとしたら逆にとても酷いことを言ったのかもしれない。
その時のことは、出来るかぎり思い出さないようにしている。
けれどもあの子は今でも、この人間の里のどこかにいるはずだ。狭い商店街のなかでふいに
古傷にでくわさないように、私は里では物陰をえらんで歩くようになった。
今でもよくわからない。
私はどうすればよかったんだろう。こんなに窮屈な思いをするくらいなら、いっそのこと
あのとき頷いていれば良かったのかもしれない。妖怪とかは性別なんてあんまり気にしない
らしいし、そもそも、あんなに私が慌てる理由なんてなかったはずで。
(………いけないな)
夕方、こういう方向に思考がかたむくと、寝るまで暗いままだ。
深呼吸して、おいしいもの食べて、お酒飲んで、忘れてしまおう。
そう思って俯いた顔を上げると、
「これはあれね。《一緒にいる時に私いがいのことを考えないで!》と怒る場面」
「………」
「ほら、《ち、違うぜバーロー!》って照れないと」
「………」
「《またまた貴方の嘘はまるっとお見通し!》ホラ魔理沙どうしたの、科白が一周遅れよ」
「いや」
「どうしたのよ」
「なんか結構救われたぜ。ありがと」
「えっ? 何、なんなのよ」
―――アリスの声で、ゆるやかに現実が戻ってきた。
今は初夏だ。
あやめが咲いて、葉桜が路にかげを落として。
けれどもまだ夏は遠くて、そんな季節なんだ。
人間の里はにぎわっていた。
とくに由来はないけれどなんとなく商店を活気付けたいとき、適当な理由をかこつけて
里は小さなお祭めいたことをやる。
今夜がそんな日だった。
通りの両側にならんだ出店の列は、売れ残りの品を揃えてあこぎな値段で売っている。
それでも客がつくのはお祭りの楽しげな雰囲気のおかげ。だれもかれもが浮かれていた。
―――私のとなりにいるこいつも。
「………魔理沙はどうしてそんなに楽しげじゃないのかしら」
「別に楽しくないわけじゃないぜ。そう見えるだけだ」
「そう? なんだかこの話を切り出してから魔理沙、テンション低いわよ」
「………気のせいだろ」
「迷惑?」
「べつに」
「そう」
アリスは少し納得いかないようすで、右手の焼きトウモロコシをひとくち齧った。
ちなみに、この前に焼き鳥串と焼きそばも食べている。
そんなに食べて太らないのかと、からかうつもりで訊ねたら、捨食の法のおかげで
基本的に食事からの影響は受けないの、と言うすごい返事が返ってきた。初耳だった。
そんな利得があるのなら、いっそ種族・魔法使いになるのも悪くないかも、と本気で
考えかけたが、たんにアリスの冗談かもしれない。
と。
………急に、アリスが、空いている左腕を絡めてきた。
「ふふ」
「何だ。どんな奇特な風の吹き回しだ」
「もちろん恋の嵐よ。魔理沙、いまちょっとどきっとしたでしょ」
「は、はぁ!? え、えぇと」
「《魔理沙、いまちょっとどきっとしたでしょ》と言う場面。そういうイベント」
「何だそりゃ。台本を見せろ。どんな筋立てだ」
「私たちも里では有名人だし、薄暗くなかったら人に指さされてる。つまりお忍び」
「お忍びデートだと腕を組むのか?」
「大体そんなセオリーじゃない?」
「お忍びにセオリーが出来たら意味が無いけどな。それで私はどうすればいいんだ」
「魔理沙は《図星を突かれて、照れ隠しに下を向く》場面ね」
「誰の図星か知らないけどそうしてやる。それでアリスは何をするんだよ」
「次は《恋人と腕を組んでいるのが、幸せで微笑む》場面かしら」
「笑顔ひとつなんてお手軽だぜ。それからどうなるんだ」
「《どぎまぎしながら何言っていいかわからず、黙ったまま二人で歩く》場面ね」
「無言でか………省エネすぎると、間がもたなくなって気まずいだろ」
「大丈夫! 元の小説ではモノローグでテンポ良く間を持たせてたわ。さぁ魔理沙、
心の中で私との思い出を振り返って」
「心の中の動きまで指示を出されるとは思わなかった」
「心ひとつよ。笑顔よりお手軽」
「そんなお手軽な心の持ち合わせがないんだよ」
なんて皮肉を返すけど、そう言われたら自然とこいつとの思い出が浮かんでくる。
終わらない冬の日。
雪空で弾幕ごっこ。
終わらない夏の夜。
二人で飛んだ記憶。
最近だと二人で地下に潜ったりした。もっともあの時アリスは、声と人形だけしか
ついてこなかったけど。
そういえば、百鬼夜行とか、神社が倒壊した地震の前後にも何度か会ってる。
インドアのわりにちょくちょく外に出てる。なんだか中途半端なやつだ。
「どう魔理沙? 《やっぱりアリスの笑顔が好きだ》までモノローグは進んだ?」
「あー、まだ《なんだか中途半端なやつだ》までだな」
「そんなネガティブな方向にモノローグを進めてどうするのよ!」
「《なんだか中途半端なアリスの笑顔が好きだ》。よしノルマ達成」
「やっつけ仕事になっちゃ駄目!」
「アリスさ」
「何」
「何で私たちって、けっこうちょくちょく逢ってたんだろうな」
自分でもピンと来ない質問だった。
逢ってるものは、ただ逢ってるんだ。
たんなる偶然かもしれないし、運命かもしれないけど、いちいち大げさな意味づけを
行うのは馬鹿げたことだ。それが判っているのに、こんな質問が口からこぼれてしまう。
何だか―――今の自分は、うさんくさい占いだとかにあっさり引っ掛かりそうだ。
そんな事をぼんやり思った。
「………そう言われると不思議ね。お互いメリットがあるからじゃない?」
「もしくは、追っかけてるものがいつも似てたのかもしれないな」
「ああ、そうかもしれないわ。その説明は説得力があるわね」
「アリスが追っかけてたものって何だっけ」
「自律人形。完全な人の似姿。正確には意志の似姿って言ったほうが良いかも」
「ふぅん」
「そういう魔理沙は」
「なんだろうな。私にはずっとそれが良く判らない」
「それで良く追っかけられるわねぇ」
「それでも追っかけてる感じはハッキリあったんだ、前は」
「過去形?」
「今は、なんだか何かに追いかけられてるような気がするな」
「………」
「………ごめん、変なこと言ったな」
どうしよう。
だんだん、人と一緒にいられるテンションじゃなくなってきた。
食べ歩きばっかりで疲れたからかもしれないし、人間の里なんかに降りてきた
からかもしれない。食べ歩きで疲れた心に人間の里が沁みた、と言うのがじっさいの
ところだと思う。
本当に、ここには良い思い出はひとつもないんだ。
私を勘当した実家。
私が拒絶した少女。
私をはじめて突き放した相手と。
私がはじめて突き放した相手と。
たくさんの人の営みがある場所だから、ここは人と人が結ばれることも、その結び目が
絶たれることも毎日のように起きる。千切れた絆の迷路。だっていうのに皆めげることなく、
他人との関わりを諦めないのはどういうわけなんだろう。
私にはそういうのは無理だ。
………無理だけど。
人間以外となら、ちゃんと上手く距離がとれる。霊夢や咲夜は人間だけど、あの二人も
人間より妖怪にちかい価値観を持っているから、なんだかんだ言って付き合える。でも
一番そばにいて心地がいいのは、やっぱりアリスかもしれない。
皮肉で出来た距離が好きだった。
省略された逆説のひびきが消えずに聞き取れる―――そういう距離が。
「追っかけているうちに周回遅れになったんじゃないの? 魔理沙は」
アリスは悪びれずに、そんなことを言う。
「………よく言うぜ、私よりずっと飛ぶの遅いくせに」
涙声にならないように発音を作って、私はそう答えを返す。
「何を追いかけてるか判らないで飛んでたから、ふらふら迷ったのよ」
「仕方ないだろ。迷ってるうちに見つかると思ったんだ」
「ふぅん。じゃあ魔理沙が何を探しているのか教えてあげる」
そういうとアリスは食べ終わった焼きトウモロコシの芯を片付けて、両手を自由にする。
イタズラっぽい仕草。
はにかんだ表情で私の正面に回るアリスは、屋台が照らすたくさんの灯に照らされて、
あんまりにもキラキラしていた。品の良さそうな顔をしているくせに、なんでアリスは
俗っぽい祭の輝きがこんなに似合うんだろう。
光のひとひらがアリスの髪に絡まって、毛先で水のように弾けた。
物語のはじまりを告げるみたいに。
「眼を閉じて」
そう囁いた。
「ああ」
私はそう呟いた。
縁日色の残光に染まったまぶたの裏の夜。
首に絡まる腕の重みと。
くちびるにくちびるの体温。
―――何をするつもりかは、大体わかっていた。
けれども感傷と頬の火照りは、あとになってやってきた。
落下する夢から覚める時みたいに、私は慌てて目を開ける。
「………っ」
「ほら、だいたいこんなものなんじゃないの?」
「………こんなもの、って………なんなんだよ」
「キス程度のロマン」
「馬鹿」
「魔理沙って肩、細いわよね」
「離せよいいから」
「いいって。誰も見てないわよ」
「誰が見てるとか見てないとかの問題じゃないだろ」
「あ。なんだか魔理沙が恋する乙女みたいな表情になってる」
耐えられなくなる。
抱きついた体を無理矢理に引き剥がした。
急に支えを失ったアリスがふらふらとよろける。私も後によろけて三歩の距離が出来る。
これが心ひとつ分の距離なのかもしれない。今これ以上アリスに近づいたら、私はきっと
潰れて呼吸もできなくなる。
心臓が高く鳴っている。祭囃子が耳のうらで絡まって羽音に変わり、頭を揺すっている。
涙が出ているのかもしれないし、出ていないのかもしれない。自分で自分がどんな表情を
しているのかが分からない。
自分の体からも引き離されそうなくらい、現実感がないくせに。
くちびるの感触だけが離れない―――強い毒みたいに。
ああ。
キスなんて許さなかったら良かった。
どうしてさっき私は、あんなにも簡単に明け渡してしまったんだろう。
踵を返して、走り出した。
「あ、ちょっと魔理沙!」
後からアリスの声が追いかけてくる。
私の体はアリスよりも小さい。運動が苦手なアリスでも箒抜きの私相手ならすぐに
追いつけるに決まってる。
それでも走りたかった。
夜の空気を頬に当てて、少しでも心を冷やさないと。
はじけて消えそうだった。
人ごみを縫って走っていく。
二つくらいの誰かの手荷物を巻き込んだような気がする。
大通りをそれて、ものかげに飛び込む。そのまま近くの森まで走ろうと思ったけど
蹴っつまづいて、思い切り転んだ。
それでアリスにおいつかれる。
私はうずくまったまま、来し方に向かって顔を上げた。
「―――はぁ、は………やっと、おい、ついた………」
私の前に立ったアリスは死にそうなくらい息が乱れていた。
「アリス………お前、すっごい息切れてるぞ」
「死なばもろともよ。魔理沙こそ膝から血が出てる」
いっぱいいっぱいなままで、二人でかるく笑った。
それでどうにか。
話ができる程度に、落ち着いた。
4.
「さっきはごめんね」
そう言ってきたアリスの声は、落ち着いている。
場所は人間の里の裏手。夜の空気にろ過された祭囃子が、不思議な距離で耳に
届く。二人で落ちついて話ができるように、世界が声をひそめているみたいだ。
「謝ることはないだろ」
「いや。謝る」
「断言されても………」
「私、何だか浮かれてた」
風に木々がささめく。
アリスは話をつづける。
「お母さまから恋をしろなんて言われて、とまどう反面ちょっと嬉しかったのよ。
恋なんてしたこともなかったし、どんなものかも知らないけど、みんな恋の話を
するときは、とても輝かしいもののように語っていたから」
「でも、相手がよりにもよって私だぜ。それも消去法で私だ」
「魔理沙で良かったのよ」
「魔法の森の仇どうしみたいなものじゃないか」
「つまり、同じ場所で、同じものをめぐって争ってる」
「だから仲良くなれる?」
「そうは思わなかったけど、私と魔理沙の心はとても似てるんじゃないかと思った」
「価値観が同じならうまくやれるって考えか………」
「でも今じゃ―――ぜんぜん違うんじゃないかと思う」
アリスはうつむいて、地面に目を落として。
さっきまでのはしゃぎ方が嘘みたいに落ちこんでた。
「一生懸命本に書いてあったことをなぞったけど、それでも私には恋ってなんだか
よく判らないの。なのに魔理沙にキスなんてしちゃって、魔理沙がなんであんな
慌てたのかは分からないけど………あんなに軽々しくしていい行為じゃなかった
事だけは、今は良く分かった」
「たぶん私が逃げた理由は、アリスが思ってるのと違うぜ」
「そうなの? ………本当に恋って複雑。どんな数式で書かれているのかしら」
はぁ、と二人分のため息がこぼれて。
「そんなに複雑なものだったら、最初から私が理解できるわけがなかったのかも。
………もうどうしようもないのかも知れないわね。これ以上やっても、たぶん
この恋人ごっこは本当の恋にはならないと思うわ」
それはそうだろう。
アリスの心はたぶん、人間とは少し違っている。
喜び、怒り、悲しみ、楽しむけど、自分の心の一部を切り売りするようにして
誰かに入れ込む感情は、アリスにはない。
今日痛いくらいに分かった事だった。
それは永遠の少女であるための欠落なのかもしれないし、精密な人形師であるための
配慮なのかもしれない。でも、アリスが作られた存在だからそうなったのは確かだと
おもう。
そんな相手との恋愛なんて成り立つわけがない。
そして。
もしも、もしも、これ以上アリスに踏み込んだら、私はたぶん―――。
うやむやにしたかった。
それが終わったのかどうかも分からないくらいに。
「―――だったらもう、全部あきらめて魔界に帰ったほうが良いのかも」
なのに。
アリスの言葉が、何ひとつとしてうやむやには出来ないことを告げてきた。
そうだった。
もしも私がアリスの恋人になれなかったら、アリスは魔界に帰ってしまうんだ。
すごく分かりやすい終りがそこには転がっている。
かりに神綺を説得できても。
今のアリスは、自分が幻想郷に馴染めない存在だと納得しはじめている。
それじゃあ、アリスをここに繋ぎとめるものなんて、何もなくなるじゃないか。
「待てよ」
私は思わず声をかけた。
「まだ最後までやってないのにあきらめるのは、ちょっと勿体ないと思う」
「でも………」
「それに泣かせた女の子相手に町の裏手で愚痴って恋が終わりなんて、そんな話は
なかっただろ」
「そうだけど」
「………お前が読んだ話だと、こんなことがあったら、どうしてたんだ?」
「………《二人で笑いあって、デートの続きを始める》場面」
「だったら、そうしようぜ」
私がそう言うと、アリスの表情が霧が晴れたみたいに軽くなった。
くすりと笑うと、私のほうに向き直って。
「ごめんなさい、中途半端なところで投げ出すなんて、駄目なふるまいだったわね」
「そうだ。もっと丁寧に扱えよ」
「魔理沙を?」
「落とすと割れちゃうぜ」
「それじゃあお姫さま抱っことかは、丁寧な扱いじゃないのかしら」
「やる気だったのか」
「いえ、魔理沙にしてもらおうと」
「いくらなんでも自分より背の高い相手は無理だぜ………」
「じゃあ、普通にね」
私に向かって、手を差し出すアリス。
「エスコートします」
「よろしくお願いするぜ、します」
「………魔理沙ったらこんな口調なんだもの。たまには昔に戻れば?」
「流石にきゃははとかうふふとか言い出すのは」
そして私たちはまた歩き出す。
打ち切られたデートの時間を取り戻すために、祭気分に暮れる里をあっちに行ったり
こっちに行ったりした。美味しいのかどうか良く判らない軽食。うさん臭い出しもの。
宝物はどこにもなかったけど、二人で歩いて、二人ではしゃいで、楽しくて、嬉しくて、
ふとした拍子に覗き込んだアリスの横顔があんまりにも綺麗で、どきどきした。
―――そのお祭り騒ぎの皮一枚下に、冷たい氷があった。
われを忘れて二人の時間を楽しんでいるのに、それを妙に冷静に見ている自分もいて、
そいつは低い声で、裁きが下ったんだ、と言っていた。
―――お前はあの冬の終りに、他人の大切な気持ちをどうしようもなく踏みにじった。
―――そのツケが回ってきたんだ。覚えておけ、次はお前の順番なんだよ。
―――自分の気持ちだけが報われると思ったら大きな間違いだ。
―――精々両手いっぱいに想いをあつめるといい。
―――でもそれは叶わない。実らない。
―――どんなに願っても。
―――アリスは。
頭を振って、その思考を追い出す。
どんなに難しくてもやらないといけない。実らせないといけない。
そうじゃないとアリスは、ずっと遠くに行ってしまう。
なんていう皮肉だろう、恋人ごっこを本当の恋にしないといけないのは、いまや私の
方になってしまった。
恋人らしい行動をとっていれば、好きになってくれるかも、と言う期待。
あいつがそう言い出したときには呆れたけど、今の私がすがれるものと言えば、
それ位しかないのも事実で。
望み薄だった。とても。
―――いっそ、それなら全てをあきらめたほうが、
「えい」
「いたっ」
思考がイヤな方向に煮詰まりそうなところで、アリスにツッコまれた。
さっきもそうだったけど、今もアリスに救われた。あのままうじうじ悩んでいたら、
せっかくの二人の時間なのに、落ち込んで無駄にしてしまったかもしれない。
「魔理沙ったら、またも恋する乙女の顔になってたわよ」
「………そんなのになってたのか。っていうかそれは、いいことなんじゃないのか」
「問題はそれが、恋する乙女の顔・懊悩編になっていたことなの」
「なんか暑苦しいな、それ」
「暑苦しいのは吹き飛ばさないとね」
「暑苦しいって認定された………」
「あまり暑苦しくない、いいところに案内してあげる」
好きな人に暑苦しいって思われるのはイヤだな、と思った。
その瞬間に、アリスを好きだと普通に思えている自分に気付く。
小さく立ち止まって、驚きをかみ殺す。
―――私の前を歩くアリスは、それに気が付かなかった。
5.
月が照らすちいさな丘の頂まで続く道の上を、二人で歩いている。
魔法の森の片すみにある開けた場所だ。
丘のふもとまでは空を飛んできたけど、てっぺんまでは歩いていくことにした。二人で
空を飛んだことはたくさんあるけど、二人で一緒に歩いた日はなかったな、と思う。
「なんだか、今日一日でえらく疲れたわね」
「歩き詰めだったから」
「空を飛べない人間って、みんなこれくらい疲れるのかしら」
「アリスがちょっとインドア過ぎるんだよ」
「でも歩くことで得られた発見もけっこうあったわ。歩くのも重要なのかもね」
草むらに虫の声。
道のかげに花々。
仰ぎみる満天の星々は、誰かが大きな手で空を叩けばいっせいに降ってきそうだった。
それを胸いっぱいに受け止めるシーンを空想しながら、歩みを進める。
ここで結婚式をやろうと、アリスは言った。
「何かを誓いあうことって、どれくらいの意義があるんでしょうね」
「むしろ何かを誓いあうこと以外に、意義のよりどころってあるのかな」
「でもロマンチックなのは確かかしら」
「それを口に出すとロマンチックじゃなくなるけど」
「………あ、なんか魔理沙の口調がちょっと柔らかくなってる」
「何だよ」
「可愛い」
「うるさいな。単に疲れたんだよ」
丘の頂上には大きな樫の木が生えていて、私たちはそこで腰を下ろした。
葉末にかかる月の光が千切れて揺れている。
大きく息を吸うと、今日一日分の疲労が胸の奥でこころよく溶けて、甘いけだるさが
からだを包んだ。丘を渡る湿った風が、幼い夏草の香りを巻き込んで空へと昇っていく。
アリスは辺りからシロツメグサを集めて、手早く花冠を作っていた。
「もしも」
「ん」
「もしも私が誰かを好きになれる日が来たらね」
「うん」
「相手は魔理沙がいいと思う」
「………」
「ごめんね。なんだか困らせるような事を言っちゃった」
「………」
「出来た」
作った花冠を手渡された。
シロツメグサを束ねただけじゃなくて、棘を抜いた木薔薇の花が混ぜてある。
同じような冠をアリスも持っていた。
「指輪交換じゃなくて、花冠交換」
「こっちのほうが綺麗だな」
「価値も希少よ。幻想郷で一番器用な指が作ったものだもの」
「ん。じゃあ、アリス」
「はい、魔理沙」
そういうと私たちは、冠をお互いの頭に架けて。
「キス、しよっか」
「………うん」
「さっきは私からだったから、今度は魔理沙から」
「分かった」
「ええと………病めるときも健やかなときも」
「死が二人を分かつまで、だっけ」
「他になにか言う事は無いかしら」
「さぁ。覚えてない」
「………」
「………」
短い沈黙。
アリスが話し出す。
「大丈夫? ひょっとしてまた私、魔理沙を傷つけるようなことを、」
その言葉を。
私はくちびるで封じた。
「ふぁ、」
さっきは驚いてたから分からなかった。
今は分かる。
アリスのくちびるが生まれてから触れてきた、どんなものより柔らかいって。
緊張はない。落ち着いている。なのに胸の底がとても暖かくて、満たされた心地。
風に色がついたみたいだった。時間が蜜みたいに流れた。
一度、お互いのからだを離す。
すぐ傍にアリスの顔、透ける金のまつげが瞳に影を落としていて、すこしだけ
照れてるみたいだった。
桃色の花のようなくちびるを、もういちど、吸った。
―――心に夜が落ちてくる。
それは初夏のこと。
虫の音と風の声にみたされた静かな晩のこと。
私は、だれかを好きな気持ちから、逃れられないことを知った。
それはとても綺麗な呪い。
色のあせた星の海に月がしずむまで、二人で手を繋いで、空を見ていた。
(後編に続く)
けしからん、もっとやれ
妖怪だからなのか、少しずれた価値観のアリスと理知的であるが故に悩む魔理沙が最高に可愛かった。
新しい形のマリアリを発見できた。
後編も期待です。
素晴らしい・・・一瞬で夏Hateな気分です。
この後に続く展開を心待ちにします!
続きを正座して待ってるぜ!
これに加えてフィニッシュ(後半)が来るんだから死んでしまうかもしれない。
誰も彼も調和を考えず露骨に生クリームのっけまくったケーキばっか出すんでこれくらいの甘さがちょうどいい
まぁ、常識的に考えてこれでも十分甘い、腹に虫がわくくらいなんだけども
だがこれは面白い。いいぞもっとやれ
いつもはお姉さんっぽく振る舞っているんだけど子供のままなところもあって……
そんなアリスが大好きです。
最近良く読んでた、普通にキャッキャウフフしてるやつよりずっと百合百合しい。
>>35の人が言ってる、真っ向な百合話ってのがしっくりくる。
全裸で正座して続きを待つしかないですコレは。
このまま続きをまとう。
流れるような文章、素晴らしい。
この話は面白い
恋愛小説はやっぱこうでなくちゃな
続きをwktkしながら待ってます。
2828しながら読んでたら
「相手は魔界神なのよ。正面の敵は見逃してもけっして演技を見逃しはしない!」
で思いっきり腹筋もってかれましたが!
と、気持ち悪い鼻息が漏れましたww
二人の掛け合いが素敵すぎる。
魔理沙が悶々としているところがまた…!
ゆっくり書いてくださいね。
後編楽しみにしてます!!
続きが気になりますね。
続きを楽しみにしています~
もう辛抱たまらんです。
比喩表現が美しく、文の流れも心地よい。素晴らしい筆力をお持ちです。
時間を置いての続編は、期待が集まりすぎて
作者の腰が砕けてしまうのが一番怖いです
続きに全力で期待です
後半は神綺様登場かな?全力で期待して待ってます。
うーん凄いな。真似できない。
続きを全力で期待してます。
頬がヤバいぜ
だがそれでも悔いはない…
続きが楽しみです
後編楽しみにしています。
砂糖吐きそうだ……。
この雰囲気
本当にすばらしい
数あるマリアリの中でもこれは・・・すごくいい・・・
いいねえ。
読んでて面白い