※「交代日記」シリーズのパチェ、レミィと続く話の区切りとなっております。
ですが、読んでいなくても気にせずこの話をお読みください。そして、この話の後に二人の話もどうぞ。
『 9月24日 天気:はれ 』
わたしの名前は、フランドール・スカーレット。
紅魔館と呼ばれる館に住む吸血鬼。
わたしが今、書いているのは一冊の日記帳。
「フラン。この日記帳をあげるわ。貴方もこれを書いて御覧なさい。
一日に起きた出来事、貴方の思ったこと、なんでもいいわ」
昨日の夜、そう言ってお姉様はこの日記帳を渡してきた。
「この日記帳はね、誰か知らない人が読んでいて、返事を返してくれるのよ」
聞いてみたら、どうやらお姉様もこの日記を書いていたみたい。
どんなことを書いたのって聞いたら、秘密って言われちゃった。
勝手に読んだら怒られるかなぁ……。ま、後でこっそりみちゃおっと。
何を書いていいかわかんないから、今日一日のことを書いていこうと思う。
誰だか知らないけど、あなたが読んで面白いかどうかわからないから、おこらないでね。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
いつもわたしが目覚めるのは、お昼過ぎ。
みんなに比べれば遅い方なんだろうけど、吸血鬼にしては早い方かな。
わたしが居る地下の部屋は、陽が入らないように真っ暗になっている。
部屋にあるのは、なんにもない。理由は、わたしが壊してしまうから。
あるのは、眠るためのベッドと、数冊の本。そして、お人形だけ。
洋服とかは別の専用の部屋に用意してある。
お姉様も、パチェも、色々と用意してくれるとは言っているけど、わたしは断った。
だって、せっかく貰ったものを壊しちゃ悪いし、495年も暮らしていれば寂しいのにも慣れてしまった。
く~
わたしのお腹が鳴き声をあげる。
「よしっ!」
わたしは勢いよく飛び起きて、部屋を出ていった。
「お早う御座います、フランお嬢様」
「おはよっ」
廊下を歩いていると、すれ違うメイド達があいさつをしてくる。
わたしはそれに、軽いあいさつを返す。
前まではわたしを見ると、怯えて逃げるだけだったのに。
最近は、おずおずとだけれども話しかけてきてくれるようになった。
なんでだろう? ま、そっちの方がうれしいからいいけどね。
「咲夜~、ごはんー」
わたしは食堂へ入るなり叫ぶ。
咲夜はわたしが起きる時間には、いつも待機してくれている。
「はしたないですよ、フランお嬢様」
「おはよう、咲夜。いいじゃない、誰もいないんだし」
「お早う御座います。ダメですよ、私が居ます」
「もー、言うことがいちいちカタいんだから」
目の前に居るのは、この館のメイド達を取り仕切るメイド長、十六夜咲夜。
メイド長って聞いた時に、じゃぁ長老なんだって言ったら怒られた。なんでだろう?
「あれ、お姉様は?」
「レミリアお嬢様はまだご就寝中で御座います」
「えー、まだ寝てるのー」
「遅くまで起きていらしたご様子でしたから、まだしばらくはお休みかと」
「そんなー」
お姉様ったら、いつもわたしには早く寝なさいって言うのに。
自分ばっかり朝更かしするんだから、ずるい。
せっかく一緒に食事をとってくれるようになったのに……。
やっぱり食事は一人よりもみんなと一緒の方がおいしい。
「わっ」
わたしが席に着いた途端に、目の前に現れる食事。
咲夜が時を止めて用意してくれているのだけど、何度見ても驚く。
「フランお嬢様、前を失礼します」
そう言って咲夜は、わたしの首に前掛けをかける。
「むー。お姉様じゃないんだから、こぼしたりしないのに」
「ダメですよ。せっかくのお召し物が汚れてはいけませんから」
お姉様ったら、いつも前掛けを真っ赤にしてるんだから。
少しはわたしを見習ってほしいものよ。
「いただきまーす」
目の前にあるのは、トースト、スクランブルエッグ、サラダにヨーグルト。
見た目だけなら人間達が食べる朝食と変わらないのだろうけど。これは吸血鬼用の食事。
ジャムを始め、ソースやドレッシングなどには血が混ぜ込んである。
「お味の方は、如何ですか?」
「おいしーっ」
「ふふふ、光栄で御座います」
わたしが食事をしている間、咲夜ずっとニコニコしている。
なんだか子供扱いをされているみたいで悔しいけど、食事がおいしいから許してあげる。
「ごちそーさまー」
「お粗末さまです」
と、言った瞬間には食器は片付けられている。
食事前にも一度驚いているのに、毎回毎回驚いてしまうのが悔しい。
「フランお嬢様は、今日はどうなさるのですか?」
「んー、どうしよっかなぁ。お姉様もまだ寝てるし。パチェの所でも行こうかな」
「そういえば、先ほどアリス様がいらしてましたよ。恐らく図書館にいるかと」
「本当? じゃぁ図書館で決まり!」
聞くなり、わたしは席を立って走り出す。
「走ると危ないですよー」
「だいじょぶー」
飛んでいくもん。
◇ ◆ ◇
「パチェー、あそぼー」
わたしは飛んできた勢いそのままに図書館の扉を開ける。
「あれ、フランドール様。お早う御座います」
「おはよう、小悪魔。パチェはー?」
出迎えたのは、図書館の住人、小悪魔。
悪魔なんて言ってるけど見た目からは迫力の欠片もない。
「パチュリー様なら、ほら。奥にいらっしゃいますよ」
「ほんとだー、パチェー」
奥に座っている紫色の姿は、紛れも無くパチェだ。
反対に座っている金髪はアリスだろうな。
「おはよー。パチェー、アリスー」
「あら、フランじゃない。おはよう」
アリスが微笑みながらあいさつを返してくる。あれ、パチェからは返事が無い?
なんか手元の紙を見つめて、ぶつぶつ言ってる。
「あぁ、今ちょっと、面白い実験をしようと思ってね。熱中しちゃっているみたい」
「……から……この式…組み替えて…。ちょっと、アリス。聞いてるの?」
「あー、はいはい。ちゃんと聞いているわよ」
パチェ気づいてないのかな?
「ごめんなさいね。また後で遊んであげるわ」
「えー、つまんないのー」
せっかく遊ぼうと思ったのに。
カチャ
「どうぞ、フランドール様」
「ありがと、小悪魔」
二人から少し離れて、わたしが暇そうにしていると小悪魔が紅茶を持ってきてくれた。
小悪魔の紅茶は咲夜のに比べると味は落ちるけど、うんと甘くしてくれるから大好き。
「お二人の邪魔をしちゃいけませんよ」
「はーい」
小悪魔はそう言って行ってしまう。つまんないなー。
二人はまだ難しい話をしているし……。
わたしが足をぶらぶらさせてボーっとしていると、二人の方から一体の人形が歩いてきた。
あれはアリスの人形の……上海か蓬莱かどっちだったけな?
「シャンハーイ」
あ、上海だ。わかりやすいな。
手に何かもってる、なんだろう?
「ホラーイ」
もう一度声を出して、それをわたしの前に置く。え、蓬莱? どっち!?
あ、クッキーだ。
アリスの方を見ると、こっちを見て手を振っている。
ありがとう。こっちからも軽く手を振ってお礼をする。
「あなたも、ありがとね」
頭を撫でてあげると、くすぐったそうな動作をする。
こんな反応までするなんて、人形なのにすごいなー。
この子も、喋れたらいいのに。
甘い紅茶に、クッキー。お姉様に見つかったら怒られちゃいそうだな。
私も混ぜなさいよ!って言って。お姉様もまだまだ子供ね。
カリッ
うーん、おいしい。
でも一人で食べててもいまいちだなー。
かと言って二人とも魔法の研究に夢中になってるし……。
「う~ん……そうだ!」
美鈴のところに遊びに行こう!
クッキーも持っていってあげれば、きっと喜んでくれるよね。
でも、わたしの目の前にあるクッキーは残り4枚。
これだけじゃ足りないかな? まだわたしも食べたいしなぁ。
アリスに言えばもうちょっとくれるかな……あれ?
よく見れば、パチェの前のお皿のクッキーはたくさん残っている。
あれなら、とってもばれないかな?
わたしのあいさつを無視したんだから、そのお返しね。
そーっと そーっと
「こら!!」
「きゃっ」
「ダメでしょ、フラン! 人のを勝手に取っては――あらフラン、いたの」
残念、ばれちゃった。
「パチェったらひどーい。ずっといたのに」
「それは悪いことしたわね。ちょっと夢中になってたから」
「じゃ、罰としてこのクッキーはぼっしゅーね」
「ダメよ、貴方の分は貰ったんでしょう?」
「うん。けど美鈴の分が無いの」
「美鈴の? あぁ、そういうこと。それなら半分もっていって良いわよ」
「本当!? ありがとう、パチェ!」
「どういたしまして」
やさしく微笑んでクッキーを差し出してくれる。
普段は無愛想だけど、やっぱりパチェはやさしいから大好き。
「元々は私のなんだけどなー」
アリスがわざとふてくされた声を出す。
「アリスも! ありがとう!」
「ふふ、どうしたしまして」
肩をすくめて笑って見せるアリス。二人ともやさしいから大好き。
「あ、フラン。しばらくしたらまた来なさい。面白い物が見れると思うわよ」
「面白いもの?」
「アリス、喋っちゃだめよ」
「判ってるわよ、後でのお楽しみってことよね」
「わかった、後でまたくるね。それじゃ、行ってくるねー!」
「走ると危ないわよー」
「だいじょぶー」
飛んでいくもん。
◇ ◆ ◇
館の入り口までは来たけど、ここからが大変。
何しろ、外はいい天気。でも吸血鬼にとっては天敵。
木陰やら茂みやら、門の所まで隠れながら行かないとだから大変だ。
こんなことなら咲夜に日傘を用意して貰えばよかったかな。
そんなこんなで、苦労してやっと門までたどり着く。
門の前には、何者も通さぬとばかりに仁王立ちしている美鈴の姿。
「おーい、めーりーん――あれ?」
「……むにゃむにゃ……やった、初ゼリフ…Zzz…」
美鈴ったらまた寝てるし。それにしても変な寝言。
こんなところ咲夜に見られたら、どうなることやら。
よーし、こうなったら。
「こら、美鈴! また仕事をさぼって居眠りしてたわね!」
「はいぃっ! いやいや、寝ていませんよ! これは睡拳と言いまして、中国古来より伝わる……って誰が中国ですか!!
いえ! 咲夜さんに言ったわけじゃないないですよ。寝ていませんって! しっかりと門番を勤めさせて――」
びくっと飛び起きて、誰も居ない方に向かってぺこぺことお辞儀をしだす美鈴。
あははっ、美鈴ったら慌てすぎよ。
「えへへー、似てた?」
「え、あ、フランお嬢様? あっ! もしかして今の……」
「うん、わたし」
「はぁ~、驚かせないでくださいよ~」
ほっとした様子で胸をなでおろす美鈴。むぅ……大きい。
「いつも居眠りしているからそんな風になっちゃんだよ」
「返す言葉もありません……。それでフランお嬢様はこんな所で何を」
「暇だったから遊びに来ちゃった。はい、差し入れ」
差し出したクッキーを見て、目を輝かせる美鈴。ちょっと喜びすぎじゃない?
「うわぁ、有難う御座います! 朝から何も食べてなかったんですよ!」
「え、朝から? なんで?」
「いやー、居眠りしていたら咲夜さんに見つかっちゃいまして。食事抜きにされちゃいました」
「それでまた居眠りしてたってわけ? 見つけたのが咲夜じゃなくて良かったね」
「ははは、面目ありません……」
乾いた笑いを見せた後に肩を落とす美鈴。
「ほら、おいしいクッキーでも食べて元気出してよ」
「はい! 頂きます」
うわっ、すごい勢いで食べてる……。わたしの分もあるんだけどなー。
ま、いっか。こんなにおいしそうに食べてるんだし。
「いやー、生き返りましたよ。私にとって、フランお嬢様は神様です」
「あははっ、言いすぎだよ」
どちらかって言うと悪魔、だしね。
「じゃぁ、元気になったところで。あそぼー」
「え、遊びですか? しかし私は仕事中でして……」
「えー、つまんなーい」
「そう言われましても、私は門の外に居ないといけませんし、フランお嬢様は門の陰にいないといけませんし」
むー、そうだけどさー。
「もっと曇っていれば良かったのですが……」
「そうだねー」
「――あ」
急に、美鈴の空気が一変する。
「お嬢様。いい遊びを思いつきましたよ」
「え、ほんと?」
「ええ、だから……とりあえず、門から体を出さないようにしてください」
「出ちゃいけないの? って言っても、どうせ出れないけど」
「それで、今から私はある人と弾幕戦をいたします。そこでお嬢様はこっそりとその人を驚かすのです」
「おどかすだけ? 誰が来るの?」
「それは直ぐに判りますよ」
そう言って美鈴は少し腰を落として、構えを取る。
真面目な顔をして、そうやって構えているとカッコいいんだけどな。
「来ましたよ」
美鈴の言葉どおり、すごい勢いで飛んでくる黒い点が一つ。
あれは魔理沙かな? なんで美鈴にはわかるんだろう、すごいなぁ。
「性懲りもなく、また来ましたね」
「ふん。性懲りもなく、また止めようって言うのか?」
対峙した途端に挑発するように互いの顔を見て言い合う二人。
横から見ていると、今にも殺し合いでも始めそうな雰囲気。
でも内心は本気でやる気なんてないんだろうなぁ。どうせいつものことだし。
本気でやってるんだか、いつも美鈴はいいところで負けちゃうらしい。
でも今日は違うよ。なぜなら、わたしがいるんだから。
ま、本気でやったら悪いから驚かすていどだけどね。
「そろそろ諦めるってことを覚えたらどうだっ!」
「そちらこそ、素直になることを覚えたらどうですかっ!」
軽口を言い合いながらも弾幕ごっこを開始する二人。
魔理沙が放つのは、星の形をした魔力弾。対する美鈴は、虹色の気弾を放つ。
うっわー、二人とも派手だなぁ。目がチカチカしてきちゃう。
魔理沙は圧倒的なスピードで逃げ回り、美鈴は流れるような動きでかわしていく。
互いの弾幕は掠りすらしない。
「これでも……喰らいなさいっ!!」
先に痺れを切らした美鈴が、一枚のカードを出して読み上げる。
虹色……、なんとか! 残念、聞き取れなかった。っていうかまた虹色なの。
うわっ、まぶしっ! 避けられてるし!!
美鈴の周りをくるくると回りながら避け続ける魔理沙。
結局、掠りもせずに弾切れとなってしまった。
「残念だったな。今度はこっちの番だぜ」
魔理沙が取り出したカードは……見覚えがある。
えー、いきなりマスタースパーク? ちょっとは手加減しなよねー。
よし、今がチャンスかな? ちょうど魔理沙もこっちを背にしているし。
えぃっ!
「おわっ! なんだ!?」
わたしの放った小さい魔力弾は、魔理沙の箒を掠める。
ダメージにもならない小さな弾。でも突然のことに魔理沙はびっくりしている。
「余所見していると、あぶないですよっ」
「おっと!」
その隙に美鈴が近づいて、攻撃を加える。
けれど本気は出していない。わたしが手を出したことで手加減をしたんだろうな。
「今のはなんだ。お前の新しい技か」
「さぁ。なんことでしょうね?」
うって変わって余裕を見せる美鈴。
ちょーしいいんだから。
「ほらほらっ、どんどん行きますよ!」
「ちょっ、タンマタンマ!」
流れるような動きで連続技を繰り出す美鈴。一度型にはまると強いんだなぁ。
魔理沙はもう混乱しちゃってる。よーし、それじゃーもっと驚かせてやろっと。
美鈴の攻撃パターンを良く見て。攻撃がやむ瞬間……。
3、2、1、――いまだっ!!
わたしは門の影から、飛び出して。
魔理沙の目の前までの距離を一瞬にして縮めた。
「えっ!?」
そこには、予想通り、魔理沙の驚いた顔があって、そして――
じゅ~
「痛っ……」
体中に走る痛み、何コレ
痛い、いたい、痛い、熱い、あつい、痛ィ、アツッ、嫌――
「おっ、おい! フラン!」
「お嬢様っ!!」
ドンッ!
ぶつかる衝撃と叩きつけられる衝撃、引きずられる浮遊感。
「お嬢様、大丈夫ですか!」
気づけば心配そうな表情の美鈴が目の前にいる。
「日陰から出ちゃダメじゃないですか!」
「え……あ、つい」
「つい、じゃないですよ! 灰になったらどうするんですか」
そっか、魔理沙を近づこうとして、つい日向に出ちゃったみたい。
うー。だって、驚かそうと思って。
「そんな表情してもダメですよ!」
そんなこと言われても。
「おいおい、大丈夫か?」
「……体がヒリヒリする」
「いきなり出てきたと思ったら、何やってんだよ」
「本当ですよ。驚かすって言ったってやりすぎです」
「……ごめんなさい」
二人してこんな表情されちゃったら、あやまるしかないよね。
「ったく、仕方ないな」
魔理沙は文句を言いながら、帽子に手をつっこんで、取り出した物をわたしの口に放り込んでくる。
コロン
あ、甘い。飴玉だ。
「えへへ、ありがと」
「これに懲りて、もう馬鹿なマネはするなよ」
「……うん」
「さ、フランお嬢様。医務室に行きましょう」
「ん? それじゃ、私は勝手に通らせてもらうとするか」
「好きにしてください。もう止める気もありませんし」
「そうさせてもらうぜ。お大事にな、フラン」
言うが早いが魔理沙は飛んでいってしまった。
本当、来るのも早いし、消えるのも早いんだから。
「それでは、失礼します」
「わっ。ちょっと美鈴。歩けるよー」
「ダメですよー、怪我人は安静第一ですから」
「怪我人じゃないってー」
◇ ◆ ◇
あー、気持ちいいー。
「そろそろ、大丈夫ですか?」
「うん。まだちょっとヒリヒリするけど、平気」
「判りました」
そう言って美鈴はわたしに気を流し込むのをやめる。
医務室と言っても、吸血鬼が太陽を浴びた時の薬なんてあるわけじゃない。
することは、氷で冷やすのと美鈴の気による治療。
美鈴が言うには、気を落ち着かせてるだけらしいだけど、よくわかんない。
パチェが使う魔法とはちがうんだよなー、不思議。
「私はまた、仕事に戻りますけど。フランお嬢様はどうしますか?」
「んー、今日はもう外はいいや……」
どうしよっかなー、太陽はもう見たくないし。魔理沙は行っちゃったしなー。
そういえばパチェが後でまた来なさいって言ってたよね。あれから結構時間経ったし、行ってみようかな。
「よし、図書館行ってくるー」
「あ、走っちゃダメですよー」
「はーい」
◇ ◆ ◇
ようやく図書館の入り口が見えてきた。歩くと結構かかるなー。
パチェが言ってた面白い物ってなんだろう? 楽しみ。
無駄にでかい図書館の扉に手をかけて、開ける。
ギイィィ シュッ
「きゃっ」
扉の隙間から黒い物が飛び出してきた。何コレ……猫?
「フラン! その猫を捕まえて!」
叫びながらパチェが走ってくる。うわ、パチェが走ってるの初めて見た!
……じゃなくて、この子を捕まえればいいのかな。
「フーッ!」
毛を逆立ててこっちを威嚇している黒猫。大人しく捕まる気は無さそうね。
でも残念、わたしのスピードなら猫なんか簡単に捕まえてやる。
「えいっ!」
「にゃっ!」
飛び掛るわたしの手をあっさりとすり抜ける黒猫。
うそっ、この猫すばやい。
「えいっ! やぁっ!」
「にゃにゃっ!」
またも避けたあげくに、わたしの足元をくぐり抜ける。
くっそー、遊ばれている気がする。こうなったら……。
じり じり
少しずつすり足で黒猫を廊下の角に追い詰める。
両手と両足を大きく広げて、徐々に距離を詰めて……。
「えいっ!」
わたしがとびかかるふりをすると、黒猫はわたしの足元を――
バシン!!
「ふにゃ!?」
くぐり抜けることはできなかった。
「へへーん。必殺かにばさみー」
「にゃぁ……」
わたしの足の間でぐったりする黒猫を、今度は両手でしっかり掴む。
「あれ、やりすぎたかな? パチェー、捕まえたよー」
「はぁはぁ……、よくやったわ、フラン」
ちょっと、パチェ。ちょっとも走ってないのに息があがってるじゃん。
たまには運動しないとダメだよー。
「この猫、どうすればいいの?」
「取りあえず図書館に連れてきて頂戴」
「うん、わかった」
◇ ◆ ◇
「あら、フランが捕まえてくれたのね」
図書館へ戻るとアリスが誰かの服を畳んでいた。
あれは、魔理沙の服?
「あれ、その服どうしたの?」
「え? あぁ、えっと……」
「魔理沙が汗をかいたって言ってね、今着替えてるのよ」
アリスよりも先にパチェが答えてくれる。
着替え? さっき動いたからかなぁ。
「ふーん。で、この猫はなんなの?」
観念したのか、黒猫はわたしの腕の中で大人しくしている。
「実はね、フラン……。さっきまでアリスと研究していたのは、使い魔についてなのよ」
「使い魔?」
使い魔って、こうもりとか鳥とか、猫……。
「あ、この子が使い魔なの?」
「そうよ、ついさっき召還したのよ」
「へぇー、すごーい。見たかったなー」
あれ? でもパチェには小悪魔がいるし、アリスには人形がいるし。
なんで使い魔なんか呼んだんだろう?
「その子はね、フラン。貴方のために呼んだのよ」
「え!? わたしの?」
わたしの驚きに反応したのか、再び腕の中で暴れだす黒猫。
「そうよ。貴方もそろそろ育てるということを学んだ方が良いと思うのよ」
「この子を……?」
「大変なことよ、育てるって言うのは。食事の世話に、トイレの始末、お風呂にも入れてあげなきゃダメよ」
この子を……わたしが?
「ねぇ、パチェ。やっぱり小悪魔も始めはそうだったの?」
「え……えぇ、そうね。あの子は大変だったわ。夜泣きするわ、そこら中に排泄物を撒き散らすわ、すぐ泣くわで――」
「してません!!」
「……あら、小悪魔。居たの」
「居ましたよ。聞いてないと思って適当なこと言わないでください!!」
「適当? 本当のことじゃない」
「本当なの、小悪魔?」
「違いますよ! 私は成長してる状態で召還されましたから」
「おかしいわね。私の記憶では貴方はいつも泣いていたけど?」
「それは、泣きはしましたけど。そこら中に……とかはしてませんよ!」
「嫌ぁねぇ、下品だわ」
「パチュリー様が言ったんじゃないですか!」
うーん、どうやら小悪魔は育てられてはいないみたい。
「ねぇ、パチェ」
「どうしたの、フラン」
「わたし、やるよ。食事もあげるし、トイレの始末もする」
「それだけじゃないわ。お風呂に一緒に入ったり、子守唄を聞かせてあげたり、ご飯を口移しで食べさせたり」
「お風呂もいれる、子守唄も歌う。ご飯も口移しで――え、口移し?」
「できないの?」
口移しじゃないとダメなの? この子と?
「にゃ?」
わたしは、黒猫を目の高さまで持ち上げてじっと見つめてみる。
じー
あ、目逸らした。こいつ生意気ー。
「ダメよ、フラン。そこまでしなくては主従の愛と言う物は生まれないわ」
「え、じゃぁパチェと小悪魔も――」
「してませんよ!」
「あぁ、ひどい。私と小悪魔の間には、愛なんて存在しないのね」
よよよ、と派手に泣き崩れるパチェ。
「いえ! そういう意味ではなくてですね……」
「きっとそうよ! 貴方は私のことなんて主人として見ていないんだわ」
なんだか今日のパチェはノリノリだなー。
「ぷっ、くくっ……。あははっ」
突然、おかしくてたまらないと言った様子でお腹を抱えるアリス。
えっ? なんで急に笑い出すの。
「どうしたの? なんで笑ってるの?」
「あはっ……ごめんなさい。ねぇ、パチェ。もう言ってもいいわよね」
「あら、もう辞めちゃうの? 残念ねぇ」
「え、どういうこと?」
アリスにつられて、パチェも笑い出した。
「実はね。その黒猫、魔理沙なのよ」
「え?」
この子が、魔理沙? あ、また目逸らした。
「でも、だって……なんで?」
「さっき研究していた魔法は、本当は人を猫に変える魔法よ。いつも本を返さない魔理沙をこらしめてやろうと思って」
「パチュリーったら、ネズミを退治するのだから、猫がいいって言ってね」
「本当に、魔理沙?」
「……にゃっ」
嫌々ながらも、返事をする黒猫。うわ、本当みたい。
「へー。魔理沙、猫になっちゃったんだ。かわいいー」
「にゃーっ!」
わたしが撫でてあげると、必死に逃げようとする魔理沙。
でもしっかりと掴んでいるお陰で、逃げられない。
「え? じゃぁ魔理沙がわたしの使い魔になるの?」
「あら、それはいいわね。魔理沙が賛成すればだけどね」
「にゃ!? にゃにゃんにゃにゃー」
「なになに……。私は構わないぜ、フランのためなら猫にだってなってやる!だそうよ」
「うわ、パチェすごーい。猫の言葉わかるんだ」
にゃにゃーと魔理沙に向かって喋りかけるパチェ。
会話してる! すごいなー。
「信じちゃダメよ、フラン。パチュリーのは適当だろうから」
「え、そうなんだ。残念」
猫と話せたら面白いのになー。
「じゃぁ使い魔の話は?」
「パチュリーの悪ノリよ。ごめんなさいね、騙したりして」
「そっかー、残念」
こんなに可愛いのになー。
「あ、あなたメスね」
「そりゃそうでしょ。これでオスだったら怖いわよ」
「にゃにゃにゃぁー!」
「あ、こら。暴れないの」
「そりゃそんなこと言われたらね……。私たちから見たら猫だけどさ」
「あっ!」
ついにわたしの手の中から逃げ出す魔理沙。
ちぇー。もっと抱いてたかったのに。
「魔理沙、もう逃げちゃダメよ。ちゃんと戻してあげるから」
「にゃー」
アリスの言葉に大人しくなる魔理沙。うーん、なんだか見てるとからかいたくなるなー。
ふりふり
わたしは魔理沙の目の前にリボンをたらして、揺らしてみる。
「にゃっ!」
さっ
案の定、じゃれてきた魔理沙の手を避ける。
ふりふり にゃっ! さっ
ふりふり にゃっ! さっ
ふりふり にゃっ! さっ
「あはは、魔理沙おもしろーい」
「いいわ、今の貴方。猫度高いわよ」
「いや、猫だし」
「にゃっーー!!」
「あ、怒った」
「あはは、ごめんごめん」
ぷいっ
そっぽを向いてしまう魔理沙。あぁ、もう可愛いなぁ。
「そろそろ戻してあげましょうよ、パチュリー」
「そうね、不本意だけどそうしましょうか」
不本意って、パチェ……。
「魔理沙。これに懲りたらもう本を勝手にもってっちゃダメよ?」
「にゃー、にゃっ」
「え? うるさい黙れ紫もやし、ですって?」
「にゃにゃにゃー!」
「ワレワレハ ウチュウジンダ、ですって? 何を言ってるのか判らないわ、魔理沙」
「いや、判らないなら適当に言わないでよ……」
パチェったらまた遊んでる。
あ、さすがの魔理沙もしょんぼりしてる。
「ほら、魔理沙。早くこの魔方陣に乗りなさいよ。何モタモタしてるのよ」
「パチュリーが遊んでたんじゃん」
もう抵抗しないで大人しく魔方陣に乗る魔理沙。
「……失敗したら御免なさい。恨むならアリスを恨んでね」
「なんで私!?」
パチェ楽しそうだなぁ。
「七曜を司る魔女、パチュリー・ノーレッジの名の元に告げる――」
パチェが目を閉じ、片手に本を開き、片手を魔理沙の上にかざして呪文を唱え始める。
ぶつぶつと何か言ってるけど、わたしにはよく意味はわからない。
魔方陣が輝き始め、風が舞い起きる。何度か見たことがあるけど、この瞬間はパチェがかっこよく見える。
前にパチェに、目を閉じてるのに本を開いてどうするの?って聞いたら。
こういうのは形から入るものよ、って言われた。そんなものなのかなぁ。
「――この者にかけられし、悪しき人形遣いの呪いを解きせしたまえ!」
呪文が唱え終わると輝きがいっそう増して、図書館中に光が溢れる。
もう目を開けていられない……。
真っ白な景色から逃れようと、目を閉じた後に。
「しまった」
パチェの、そんな声が聞こえた。
……光が、収まっていく。
目を開けると、そこには人の姿に戻った魔理沙の姿があった。
「おぉ! やっと人に戻れたぜ――!?」
そう、人に戻った、生まれたままの姿の魔理沙がそこにいた。
アリスが服を持っていたのはこういう訳だったのか。
「あぁぁっ!!!」
慌てて前を押さえてしゃがみこむ魔理沙。
顔を真っ赤にして、もう涙目になってしまっている。
「う……ぁ……、見たな?」
周りを睨みつけながら問いかける魔理沙。
「見た」
「見たわ」
「見ました」
立て続けに追い討ちをかける二人の魔女と小悪魔。
「……」
涙目でわたしの方を見てくる魔理沙。
どうしよう、なんか言ってなぐさめなきゃ。
「えっと……、お姉様よりは大きかったよ?」
「チクショオォォォォォ! 覚えてろー!」
一瞬で服を奪い取り、裸で走り去る魔理沙。
変なこと言ったかなぁ……?
「ナイスよ、フラン!」
パチェがグッと親指を立ててる。うわー、いい笑顔。
「ちょっとやりすぎたかしらね」
「これくらい、たまには良い薬よ」
ちょっと可哀想かなぁ……。
「ねぇ、パチェ。呪文を唱えた後に、しまった、って言ったけど。何か失敗したの?」
「言ってみただけよ。残念ながら魔理沙には聞こえてなかったみたいだけど」
「……そうなんだ」
「そういえばパチュリー。悪しき人形遣いの呪い、って聞こえたのだけど気のせいかしら?」
「気のせいよ!」
「……そう」
私も聞こえたけどなー。もしかして本どころか、呪文も要らないんじゃない?
「ま、これで少しは懲りてくれることを祈るわ」
「果たしてどうなるやら」
「魔理沙のことだから、ダメかもねー」
そうしたら、また猫にしちゃえばいいかな?
魔理沙の黒猫、可愛かったしなー。
「あーぁ、使い魔ほしかったなー」
「……そうね、また今度ね」
「さて、と。用も済んだし、そろそろ私は帰るわ」
アリスが人形に指示を出して、帰る準備を始める。
「えー、もう帰るのー」
「そろそろ外も暗くなっている頃だし。お腹も空いてきちゃったしね」
残念だなー。結局今日はあんまり遊んでないし。
「じゃぁじゃぁ、一緒に晩御飯食べてけば?」
「ん、遠慮しておくわ」
「えーなんでー」
「何か用事でもあるのかしら? いつもならゆっくりしていくのに」
パチェも疑問に思ったのだろう、意外とでも言いたげな顔だ。
「魔理沙が、可哀想かと思ってね。ちょっと家に寄って慰めて来るわ」
「えっ……慰めるって……色んな意味で?」
「一つの意味よ!」
「そう、やらしぃ」
「やらしく無い方の意味よ!!」
どういう意味だろう? わかんないや。
「じゃね、二人とも」
うんざりしながらも、アリスは帰ろうとする。
「またいつでも来なさい」
「また明日ねー」
「え? 明日も来なきゃダメ?」
「ダメ」
「……ふふ、わかったわよ。また明日ね」
「やったー」
手を振りながら、アリスは出て行ってしまった。
「あー、わたしもお腹すいてきたなー」
「そろそろ夕食の時間でしょう? 行って来なさい」
「え、パチェは行かないの?」
「私は今日の研究をまとめてからにするわ」
「そっかー。じゃ、わたしは行くね」
「えぇ、行ってらっしゃい」
「うん、じゃぁねー」
「走っちゃダメよ」
「わかってるよー」
もう、みんなして子供扱いするんだから。
◇ ◆ ◇
「さっくやー、ごはん~」
わたしは食堂へ入るなり叫ぶ。
咲夜なら夕食の時も、わたしより早く待機してくれている。
「はしたないわよ、フラン」
「え……あ、お姉様」
声をかけてきたのは、咲夜じゃなくてお姉様。
この紅魔館の当主である吸血鬼、レミリア・スカーレット。
「こんばんは、お姉様」
「こんばんは、フラン」
わたしは姿勢を正して、丁寧に挨拶をする。お姉様は礼儀に厳しくて、ちゃんとしないと怒られる。
ずっと地下室で過ごしていたわたしには、なかなか大変。
「それでは、食事の用意を致しますね」
横にいた咲夜が声をかけてくる。
「あ、ごめんなさい。お姉様を待たせちゃって」
「そんなことないわ、私も来たばっかりよ」
ほっ、良かった。
「そんなこと言って、フランお嬢様が来るまで食べない!って言っていたのは誰でしたか」
「よ、余計なことは言わなくていいわ! 早く準備をしなさい」
「畏まりました」
笑いながら姿を消す咲夜。便利だなー、あの能力。
ガタッ
わたしはお姉様とは反対側の席に着く。
メイド達とは一緒に食事をとらないから、パチェが居ない時はいつも二人きりで食事をする。
「それでフラン、今日は何をしていたの?」
「えっとね、まず図書館に行ってね――」
この、夕食前のひと時。お姉様はいつも同じこと聞いてくる。
今日は何をしていたの、どうだった、って感じに。
それにわたしは一日の話をするんだけど、わたしの話はちぐはぐ。
時間がいったり来たりしたり、うまく説明できなかったり。きっと、わかりにくい話し方だと思う。
でも、お姉様は文句も言わずに聞いて、あいづちを打ったり、質問してきたり。
お姉様が感想を返してくれることが嬉しくて、わたしは一生懸命話して。
「ふふっ、今日も楽しそうな一日だったわね」
「うん!」
最後はいつも、この言葉で終わる。
短いけれど、わたしの大好きな夕食前のひと時。
「それでは、失礼します」
わたしたちの会話が途切れると、咲夜が現れて食事を用意してくれる。
会話が長引いても、短くても。終わった瞬間にできたての料理が目の前に現れる。
「「有難う、咲夜」」
自然と重なってしまう言葉に、なんだか二人で照れてしまう。
「それでは、本日の前菜から――」
夕食の場合は、大体がコース形式で出てくる。
わたしはまとめて出てきてくれたほうがうれしいんだけどなー。
「ほら、フラン。食器を鳴らさないの」
「ほら、フラン。スープをすすっちゃダメよ」
「ほら、フラン。音を立てて噛まないの」
お姉様は、行儀にも厳しくて、一つ一つ丁寧に注意してくる。
うー、これだからコース料理って苦手なの。
カチャリ
最後にナイフとフォークを置いて、食事を終える。
「ごちそーさまー」
「ご馳走様、咲夜。美味しかったわよ」
お姉様は上品に口元を拭いている。その姿が、すごく似合っていてかっこいい。
でも、あんなに行儀にうるさいのに、なんで前掛けはベトベトに汚れているんだろう。不思議だ。
わたしのは別に汚れてないんだけどなぁ……。
「それでは、デザートの用意をしてきますね」
テーブル上の食器と共に姿を消す咲夜。
「デザートデザート、きょーはなんだろなー」
「ふふっ、子供なんだから」
はしゃぐわたしに対し、冷静なお姉様。そんなこと言って、内心はわくわくしてるくせに。
あーもう、どきどきする。なんだろなー。
ガラガラガラ
台車の音が聞こえてくる。この時だけは、咲夜は時を止めずに運んでくる。
絶対に咲夜は、わたしたちの反応を見て楽しんでる。
「お待たせ致しました」
咲夜はテーブルの前に台車を止める。乗っているデザートは銀のフタが乗っていて、中は見えない。
うー、いつもいつもじらすんだからー。
「本日のデザートは――」
咲夜はゆっくりと言葉を溜めて喋る。
ごくり
誰かが息を呑む音が聞こえる。
ゆっくりとフタが取られ、その下から現れたのは――
「咲夜さん特製の、ふわとろプリンでーす」
「わーい★」「わーい☆」
わたしたちは思わず両手をあげて喜ぶ。
……あれ、わたしたち?
「ふふふ、フランったら子供なんだから」
お姉様の方を見ても、頬杖をついて余裕の笑みを見せている。
うっわ、ごまかしてるよー。
「あら、お姉様の方から子供っぽい声が聞こえましたわよ?」
「気のせいじゃないかしら。ここには子供は一人しかいないわよ」
絶対うそだ。だってお姉様の口元はもう、喜びが隠せなくてヒクヒクしているもん。
「ねぇ、お姉様。カリスマがこぼれていませんこと?」
「おかしなことを言うのね。抑えきれない私の中のカリスマがあふれ出たかしら?」
もう、お姉様ったら意地っ張りなんだからー。
それにしても、あふれ出るカリスマってなんだか怖いよ。
「……そうね。お姉様はカリスマのかたまりだものね」
「ふふふ。そうよ、私はカリスマ。カリスマは私」
お姉様は自分に言い聞かせるように呟く。
そういうのって自分で言うことじゃないと思うだけどなー。
「アイ アム カリスマ。I'm Christmas」
えっ、くりすます?
「さぁ、お嬢様方。準備ができましたよ」
気づけば目の前には、真っ白でふんわりしたプリン。
咲夜はそこに、カラメルの代わりの紅いソースをたらしていく。
あぁっ、もう我慢できない。咲夜大好きー。
「「いっただっきまーす」」
目の前にプリンが来てしまえば、お姉様もこぼれるカリスマを抑えきれない。
二人で仲良く、咲夜のプリンを食べた。
やっぱりお姉様は口元をべたべたにしてた。
◇ ◆ ◇
ぽふっ
「あー、お腹いっぱーい」
行儀わるく音を立てて、わたしは自室のベッドに倒れこむ。
やっぱり咲夜が作る食事はおいしくて、ついついわたしは食べ過ぎちゃう。
ううん、それだけじゃない。きっとお姉様と一緒だからおいしいんだろうな。
にぎやかな食事の後のせいか、この時間に一人でいる部屋は、とても寂しく感じる。
「キミがお喋りできたらいいんだけどなー」
わたしは枕の側に置いてあるお人形に声をかける。
……もちろん、返事はない。
「さてと、今日は何を読もうかな」
わたしはベッドの下から、数冊の本を取り出す。そこから出てくるのは、パチェに選んでもらったもの。
小説だったり、魔道書だったり、子供向けの教科書だったり。
要するに、お勉強の時間。長い間、一人で過ごしてきたわたしにとっては重要な時間だ。
「使い魔ほしかったなー」
誰にともなく、一人呟く。
わたしも小悪魔とか、アリスの人形みたいなのが欲しいなー。
そしたらもう一人で過ごす時間なんてなくなるのに。
ぱたん
「ふぅ……」
わたしは開いていた魔道書を閉じて、一息つく。もうそろそろ日が変わる時間かな?
いつもわたしが眠る時間は朝日が昇る前だから、後数時間といったところ。
一日が、もっと長ければいいのにな。そうすればもっと皆と遊べるし、お勉強だってはかどるのに。
咲夜みたいに時間が止められたら、もっと一日が長くなるのかな?
……でも、止まった時間の中ってどんな感じなんだろう? わたしたちは動けないから、結局一人なのかな。
わたしたちにとっては一緒なのに、咲夜だけが一人ぼっち。そう考えると、なんだか寂しい能力だな……。
「明日は咲夜と遊ぼうっと」
今日はもう遅いから、咲夜は寝ちゃってると思うしね。
吸血鬼にとって一番過ごし易いこの時間が、みんなにとっては寝る時間。
わたしはまだまだ遊び足りないのにな……。
この時間に起きているといえば、一人だけ。わたしと同じ、吸血鬼。
「行って、みようかな」
きっともう一人も、一人ぼっちで寂しいはずだよね。
◇ ◆ ◇
屋外のテラスに出ると、満天の星空と綺麗な満月。
その月明かりの下で一人、お姉様はグラスを傾けている。
「……こんばんは、お姉様」
「あら、フラン。こんな時間にどうしたの?」
お姉様はたいして驚いた様子もなく答える。
きっとわたしが来ることなんかお見通しなんだろうな。
こうやって見ると、さすがに貫禄があってカッコいいんだけどな。
なんで夕食の時はあんな風になっちゃうんだろう。
「なんだか部屋にいるのが退屈で、来ちゃった」
「ふふ、一人が寂しいんだなんて子供ね」
そういうお姉様も、なんだか嬉しそうで。その表情を見ていると、わたしも嬉しくなってきちゃって。
「ねぇ、お姉様。遊びましょうよ」
「いいわよ。でも何して遊ぶのかしら?」
「あら、お姉様ったらおかしな事を聞くのね」
そう、答えなんて決まっている。お姉様だってわかって聞いている。
「こんなにも月が綺麗なんだから、決まってるじゃないの」
「それもそうね、悪かったわ」
わたしたちは、お互いに手をさしのべて言う。
「さぁ、お姉様」「さぁ、フラン」
「「一緒に、踊りましょう」」
◇ ◆ ◇
星空の浮かぶ湖の上で、二つの影が飛び回る。
お姉様は、その体には不釣合いなほどに大きな翼を広げ、わたしは、この心には不似合いな色に輝く翼を広げて。
周りには、誰も邪魔をするものはいない。ここはもう、わたしたち二人だけの世界。
飛び交っているのは、わたしたちが放つ弾幕の光のみ。
わたしが放つ弾を、お姉様は優雅に避けてみせ。
お姉様が放つ光を、わたしは無様に叩き落す。
じゃれているだけの軽い弾幕ごっこ。お互いに本気なんて微塵も見せない。
弾幕にこめる想いは、遊び心と少しの悪意。
「どうしたの、フラン。全然当たらないじゃない」
「お姉様こそ。弾幕にカルシウムが不足しているんじゃなくて?」
もちろん、言葉の弾幕も忘れない。まぁこっちの方は、瀟洒なメイドや図書館の魔女の方が上手なんだけどね。
わたしたちは、一発も当たらない弾幕ごっこをひたすらに続ける。
まるで、終わってしまうことがもったいないかのように。
「……ふぅ」
「あら、フラン。もう息があがったの?」
わたしはお姉様を見下ろす位置で静止している。
ずっと地下にいたせいか、ついつい高いところを目指して飛んじゃうみたい。
「まさか、まだまだこれからよ!」
わたしは打ち下ろす形で、お姉様は打ち上げる形で打ち合いを続ける。
お姉様が避ければ、わたしの弾幕は水面に浮かぶ月を歪ませる。
わたしが避ければ、お姉様の弾幕は夜空に浮かぶ月へと向かって飛んでいく。
星も、月も、全て巻き込んでわたしたちは踊り続ける。
いつまでもいつまでも、ずっと……。
それでもいつか終わりは来てしまう。朝日が昇ればわたしたちの時間は終わり。
だったら、このまま軽い弾幕だけで終わるのはもったいない。もっと思いっきり、お姉様と話したい。
わたしは突然、飛び回るのを止め、お姉様もそれに合わせて動きを止める。
そして、わたしは一枚のカードを取り出し、読み上げる。
わたしの口から語られるのは、孤独な495年間の想い。
その一つ一つに、数え切れない想いをこめて、わたしは光の弾幕を作り上げる。
「さぁ、お姉様。避けられるかしら?」
わたしのかけ声と共に、光の弾は一斉にお姉様に向かって飛んでいく。
きっとお姉様でも、本気を出さないと避けきれないほどの弾幕。
「避ける? 冗談じゃないわ」
目の前に迫る弾幕、それでもお姉様は避けるそぶりも見せずに、悠々と構えていて。
そして、お姉様は一枚のカードを取り出し、読み上げる。
お姉様の口から語られるのは、幼き吸血鬼の描く幻想。
全てを包み込むような、淡い光の弾が次々とお姉様の周りに浮かび上がる。
「――全部、受け止めてあげるわ!」
そして、放たれる光の群れが、わたしの弾幕を片っ端から相殺する。
お姉様は一つも避けようともせず、ただひたすらにわたしの想いを打ち消していく。
時々、相殺しきれなかった弾幕が体に当たろうとも、その目はわたしだけを見つめている。
だからわたしも、それに答える。何が来ようとも、決して顔を背けたりはしない。
わたしたちは、不器用だから。全てを語り合えるほどに、賢くはないから。
だから、この力に想いをこめて、言葉では語れない、語り尽せない想いをこめて語り合う。
再び、辺りは夜の静けさを取り戻す。
お互いの弾幕が尽きるころには、二人ともぼろぼろ。
それでも二人ともとても満足そうで、なぜか勝ち誇っていて。
一人ぼっちで不安だった時間も、辛くて目を背けてきた嫌なことも、嘘の様にすっきりと消えてしまって。
「ふっ……ふふっ……」
「あはっ、あはははっ!」
そして、二人とも笑い出してしまう。何がおかしいのかわからないけど、なぜか楽しくて。
ほっぺたが痛くなるほどに、お腹を抱えるほどに笑ってしまう。
「――最高よ、お姉様」
「貴方もよ、フラン」
いつもそう、どこかで二人とも笑い出してしまう。
「さぁ、フラン。そろそろお休みの時間よ」
「そうね、お姉様。子供は寝る時間だものね」
そして、遊びの時間はここで終わり。笑ってしまって、気が抜けたら終わり。
「楽しかったわよ、フラン」
「わたしもよ、お姉様」
後はもう、お休みのあいさつをして、おしまい。
寂しいけれど、またいつでも会えるから。わたしたちの時間は、始まったばかりだから。
わたしたちは、それぞれ一枚ずつのカードを取り出し、言葉にする
それが、わたしたちのお休みのあいさつ。
「さぁ、フラン」 「えぇ、お姉様」
――わたしの手には、背後の館の様に紅い、剣
――お姉様の手には、頭上の月の様に紅い、槍
「「 おやすみなさい! 」」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はぁ~、疲れたー」
さすがに吸血鬼のわたしでも、これだけ遊べば疲れてしまう。
ま、一番の原因は最後のお姉様なんだけどね。
え? どっちが勝ったのかって?
決まってるじゃない、わたし"たち"の勝ちよ!
こうやって日記に書いてみると、短いような一日でも色々なことがあったなぁ。
明日は何をして遊ぼうかな。ふふふ、今から楽しみだなー。
これで、わたしの一日はおしまい。
わたしはとっても楽しかったけど、どうだったかな。
ねぇ、この日記を読んでいる人。
今度は、あなたたちも、一緒に遊ばない?
この日記シリーズが楽しみでなりません、次はだれかな~
前回がすこし憂鬱な感じだったので、それとくらべて明るく楽しくてよかったです。
このシリーズぅー、神綺様の存在がどんどん薄くなってきちゃっててぇー
でもそのくせアリスはちゃっかり出ててぇー
要するにぃー
大好きです。
次は誰のターンかな。楽しみにしてます。
彼女を抱くフランの姿など可愛かったです。
食後にプリンが出てきて二人で喜ぶ姿も微笑ましかったですし、レミリアが誤魔化そうと
していたりと三人の会話や雰囲気が暖かく、フランの一日の楽しさを感じられる面白いお話でした。
さりげなくとどめを刺すなよwwwww
けど交代日記=紅魔館無双になりつつありますね。
でも面白いからいいや。
食事中、お嬢様から出てたのは絶対カリスマでは無い! かりちゅま?
……それとあれはしっぽではなく杖の柄かと。
読めてとても幸せっす。
段々交換日記?という感じになってきてはいるものの、ストーリーは大変素晴らしいので
このまま突っ走ってほしいです。
色々とボロがではじめてますけど、色々な感想をくださって、有難う御座います。
> 27 名前が無い程度の能力 様
うん……しっぽなんか無いですよね……。冷静にならないで見ても杖?でした。お恥ずかしいです。
とてもよかったです
それにしてもこのパチュリー、ノリノリである。
こんばんは
これはもう恥ずかしいを通り越して情けないですね……。ご指摘感謝します。
意図的ですらなく間違って使ってました。片っ端から直して出直してきます。
とても良いもの見せてもらえました。
なによりフランちゃんが大好きなので終始和みっぱなしでした。
ところで、神綺様、完全に赤ペン先生ですね。
誤字脱字が多数見受けられたのでそこだけが少し残念です。
続編も期待
前作を読んでから来たので穏やかな心で読めました
ごちそうさまです
また続編を書いてくれる事を期待しています。良作をありがとうございました
いやあ、面白かった
まとめみたいな感じで神綺様視点の幻想郷みたいなのがあったら読んでみたかったなと思いました
いやあ、フランが幸せになって良かったです。
前話からこの状態になるまでの姉妹の交流をもう少し丁寧に見たかったなあという思いはありますが、
全編通して面白かったです。