「ん……あっ……ん、そこ……気持ちいい、わ……んっ」
サラサラと髪を掻き分け、僕は彼女……蓬莱山輝夜さんの体を確かめる。
輝夜さんには服を脱いでもらい、全裸の上体だ。
首筋から肩を伝い、腕、背中、腰、尻、膝、ふくらはぎ、足へと、ゆっくりと手で確認していく。
スルリと滑る様な肌。
僕はそんな綺麗な肌を楽しんでいった。
輝夜さんのお気に入りは、どうやら腰の辺りらしい。
僕はもう一度、足から頭の方へ手を動かし、腰の辺りを重点的に攻める事にした。
「ふあっ……なにそれっ」
悲鳴にも似た輝夜さんの声に、僕はニコリと笑顔を浮かべた。
いや、どうだろう。
ちゃんと笑顔になっているか、少し心配だ。
もっとも、彼女には僕の笑顔を見る暇なんて無いだろうけど。
グイグイと攻め続けると、やがて彼女は声も出なくなり、安らかな寝息が聞こえてきた。
「うわ、姫様寝ちゃったんですか?」
鈴仙さんの声に、僕は輝夜さんへのマッサージを中止して、そちらの方向へ顔を向ける。
僕の隣には鈴仙・優曇華院・イナバさんがいた。
見よう見まねで、鈴仙さんもマッサージを行っているはず。
「いたたたたた! 鈴仙、痛いよ!」
「あぁ、ごめんごめん」
他に気を取られたからだろうか。
鈴仙さんからマッサージを受けていた因幡てゐさんが悲鳴をあげた。
僕は輝夜さんに毛布をかけてあげてから、鈴仙さんの方へと向かう。
「てゐさんはそんなにこっていない性質なのでしょうから、これくらいでいいですよ」
僕はてゐさんの体を確認すると、肩から背中にかけて軽くマッサージをしてみせる。
「これくらいの力加減で、どうですか?」
「あ~、うん、鈴仙と違って気持ちいいよ」
てゐさんのお気に入りは、どうやら背中の真ん中辺りのようだ。
そこをクイクイっと押してやると、てゐさんも声を押し殺して喜んでくれた。
「ん~、やっぱり難しいですね」
「すぐに出来る様になるなら、僕は職を失っちゃいますよ」
そう、僕はマッサージ師として、お金を稼いでいる。
不思議と、その才能があったらしく、他人の気持ちいい所や悪い箇所などを言い当てれる。
相手の体を触ると、自然と伝わってくるのだ。
どういう風に分かるのか、と聞かれた事があるのだが、残念ながら上手く説明できない。
なんとなく、としか言い様がなかった。
また、正直に言えば、マッサージはそんなに儲からない。
お金に余裕のある比較的裕福な人間や、酔狂な妖怪が来る程度なのだ。
だから、いつもの様に呆っとしていた本日の午後、突然に団体さんとして輝夜さん達が来た。
なんでも、鈴仙さんにマッサージを教えて欲しいとの事。
「師匠の命令なんです」
詳しく聞いてみると、彼女達は永遠亭の人達だった。
永遠亭といえば、凄腕の医者がいると聞いている。
そんな人達がマッサージまで創めるとなれば、僕の仕事が無くなってしまう。
僕は慌てて断ったが、鈴仙さんは頭を下げた様子で言った。
「いえ、師匠が最近肩こりが酷いから、覚えて来いっていうんですよ」
「長生きしてるもんね」
「私より」
輝夜さんとてゐさんも茶化す様に続ける。
個人的に習いたいのならば、いいかな、と僕は思った。
もっとも、その師匠さんが来てくれたら一番良いのだが、お医者さんみたいだし、患者さんを放っておく訳にもいかないのだろう。
そういう訳で、僕は、輝夜さんを例にマッサージの実演する事となったのだ。
「ねぇ、もう服着ていい? やっぱり知らない人の前じゃ恥ずかしいよ」
「えぇ、ダメよ。もうちょっと我慢して」
てゐさんが静かに呟く。
僕に聞こえない様に言ったつもりなのだろうけど、生憎と僕は耳がいい。
だから、僕はてゐさんへと顔を近づけて、また笑ってみせる。
「大丈夫ですよ、てゐさん。この下、見てみます?」
僕は自分の目を指差す。
そこには鉢巻みたいに布が巻かれている。
何重にも巻かれた布は、光を通さない。
「本当は私や姫様の裸を見て、喜んでるんじゃないの。その布も実は見えてるとか」
てゐさんが文句を言うのも無理はない。
人間や妖怪を裸にして、無条件で触りまくる仕事なんて、普通は有りもしない。
変態さんが喜んで成りたがる職業だろう。
痴漢や痴女が多いとか、不当な噂も流れた事がある。
もちろん、僕は違う。
それに、布を目に巻いているのには、理由があった。
「見えてませんよ。証拠はこれです」
僕は布をゆっくりと外す。
その瞬間、鈴仙さんとてゐさんの驚く声が聞こえ、僕は笑顔を浮かべた。
説明するまでもなく、分かってくれた様だ。
「目がない」
「眼球が無いんですね……」
その通りです、と僕は笑った。
いや、実際に笑顔を浮かべているのかどうか、分からない。
生まれつき、世界を見た事がない僕は、笑顔の浮かべ方がこれで合っているのかどうかが判断できないのだ。
それでも誰からも指摘がないから、きっと笑顔だと思う。
「ふ~ん……座頭という名前はそのままの意味だったのね」
いつの間に起きたのだろう。
僕の真後ろから急に言葉が聞こえて、僕は慌てて振り返った。
「ほら、私のマッサージ代は払うんだから、ちゃんと最後までしなさい」
「は、はい」
どうやら輝夜さんが目を覚ました様だ。
何か有無を言わさない言葉に、僕は自然と返事をしてしまった。
流石は、『姫様』と呼ばれるだけはあるのかな?
「座頭、下の名前は?」
「……メナシです」
「酷い名前ね」
座頭というのは、盲人の階級らしい。
その時点で、すでに僕は盲目という意味を与えられている。
だけど、それに加えて僕にはメナシという名前を付けられた。
もちろん、本名ではない。
ここで働く時に貰った名前だ。
元の名前は、奪われたと言ってもいい。
「二重に盲目と名乗らされている訳ね。ふ~ん……」
輝夜さんの気配が、顔の近くに来るのを感じる。
僕は思わず仰け反った。
「あ~ぁ、姫様、また気に入っちゃったね」
てゐさんがクスクスと笑っている。
気に入られた?
僕がお姫様に?
それは、とても光栄な事だけど、僕には彼女にしてあげれる事なんてない。
「あるわよ。マッサージ」
あぁ、そうか。
彼女はマッサージを求めている訳で、僕という存在はどうでもいいのだろう。
「あなた、背中しかマッサージできないの?」
「いえ、頭の上から足の裏までどこでもいけますよ」
輝夜さんが寝転んだ気配がした。
「じゃ、こっちもお願い」
声の感じから、僕は感じ取る。
輝夜さんは仰向けに寝転んだのだ。
「ちょ、ちょっと、それは……」
「あら、あなた大人の女性の体に触った事ないの?」
「……背中ばっかりですよ。さすがに、その、そんな大胆な女性はいません」
僕の言葉に輝夜さんはクスクスと笑う。
う~、なんだろう。
凄く馬鹿にされている気がする。
「ほら、いいから。あ、別の意味で気持ちよくしたら、本気で殺すわよ」
「……僕はまだ、死にたくないです」
僕は輝夜さんに上体を起こしてもらうと、その後ろ側に座りまずは腕を後ろ側に反らせる。
次いで、おっかなびっくりと彼女の体を伝い、胸のすぐ上をマッサージしていく。
「ん……そういえば、あなた年齢は?」
「14歳です」
「そう……羨ましいわ」
「何がですか?」
「何でもないわ」
それっきり彼女は喋らない。
僕は黙って、彼女の体をマッサージを施し続けた。
できるだけ、触らない様に。
「んひゃぅ! ……って、鈴仙どこ触ってんのよ!」
「ご、ごめん、てゐ。この辺り?」
「ちが、あ、……ん、もう!」
鈴仙さん、才能ないのかなぁ。
なんて思いながら、僕は輝夜さんにマッサージを続けた。
~☆~
スルリと、僕の傍を風が駆け抜けていく。
風には色が無いらしい。
肌に触れていくので、僕にはどうしても風が物質の様に感じる。
もしかしたら妖怪の仕業かもしれない、と以前は恐怖した事もあった。
目の見えない僕を、皆でからかっている可能性もあるけど。
僕は今、迷いの竹林を歩いている。
手に持つ杖に全神経を集中して、真っ暗な闇の中をゆっくりゆっくりと進む。
僕にとって、ここは初めての場所だ。
人間の里ならば、ほぼ全ての情報があり、杖なしでも難なく歩ける自信がある。
でも、滅多に出ない人間の里の外。
僕の頭の中には、まだその情報がない。
竹が何処にどの用に生えているのかなんて、全然分からない。
それ故に、怖い。
もし転んでしまって、杖を落としてしまったりしたら、きっと一気にパニックになるだろう。
それぐらいの負の方向に自信がある。
さっきから僕の顔を撫でていく風も、やっぱり妖怪の手じゃないのか、なんて思える。
「それにしても……」
それにしても、無謀だな、と思う。
ただでさえ、迷ってしまうから『迷いの竹林』と呼ばれているのに。
そんな所に目が見えない僕がいる事が、無謀という以外に言葉はない。
まぁ、妖怪に襲われても食べられる事はないと思うけど。
「てゐさん、早く迎えに来てください」
自然とため息と一緒に、言葉が漏れた。
僕がここにいる理由は勿論、永遠亭に行く為だ。
どうやら、本格的に輝夜さんに気に入られたみたいで、是非、遊びに来て欲しいと言われた。
僕は、こんな眼球の無い落ち窪んだ顔をしているから、人や妖怪から好かれた経験がない。
そして、友達もいない。
そんな僕を招待してくれたのは、輝夜さんが初めてだった。
勿論、僕は招待を受けた。
もしかしたら、友達になってくれるかもしれない。
そんな淡い期待。
ただ、僕と対等に付き合ってくれる存在が欲しかった。
それが例え、妖怪でも構わない。
例えそれが、お姫様でも構わない。
だから、僕は、今日、お休みをもらって、ここにいるのだ。
「あ、いたいた。幸せはいらない?」
風に流れてきた言葉。
てゐさんの声。
何処から聞こえてきたかのか分からなくて、キョロキョロと辺りを見渡した。
「お賽銭ちょうだい」
次に聞こえてきた声は、目の前だった。
いつの間に現れたのか、はたまたずっと目の前にいたのか、てゐさんが目の前にいるのが分かった。
「お賽銭?」
「そうそう、ここにお金を入れると、ささやかな幸せがあなたに訪れます」
「てゐさんは博麗神社の人……兎なの?」
博麗神社には妖怪が集まるという噂を聞いた事がある。
てゐさんがお賽銭を集めても、不思議じゃない。
ものは試し、とばかりに僕はてゐさんの持つ賽銭箱に硬貨を一枚放り込んだ。
「ありがとね。これであなたに幸せが訪れるでしょう」
「神社に御参りに行かなくてもいいのは便利だね」
でしょう? とてゐさんは僕に同意を求める。
博麗神社は妖怪が集まると言うし、人間の里から離れており、何かと行く切欠がない。
でも、こうして来てくれるとありがたい。
僕はパンパンと二回手を打って、神様にお祈りした。
ん?
そう言えば何の神様なんだろう?
「てゐさん、この神様は何の神様ですか?」
「大国主さまだよ。何でも聞いてくれるよ」
「へ~、凄い神様ですね」
学問の神様、縁結びの神様、みたいに神様には専門分野があると思っていた。
でも、万能の神様もいるんだ。
「それじゃ、永遠亭に案内するから付いて来て……って、見えないか」
「すいません」
ふわっと、僕の手に柔らかい物が触れた。
てゐさんの手だ。
杖を持つ方とは逆の手を、握ってくれた。
他人の体に触れる事はあっても、手を握った事はない。
なんだか、そう、凄く、照れくさい。
「あれ、顔が赤いよ。もしかして、照れてるの」
「あはは……恥ずかしながら」
子供ね~、とてゐさんが言う。
まぁ、14年間しか生きてきてないし、他人よりよっぽど経験が乏しいとは自分でも思ってる。
それにしても、僕より身長が小さいてゐさんは一体何歳なんだろう。
妖怪兎っていうのは、耳に触れて分かっている。
あぁ、でも女性に年齢を聞くのは失礼だな。
きっと僕の何十倍と生きているに違いない。
「てゐさんは永遠亭の案内役なんですか?」
「う~ん、どっちかって言うと、迷っている人を助ける方かな? ここは私の縄張りなの」
「へ~。お賽銭の回収もやってて、忙しそうですね」
「そうでもないよ。最近は滅多に迷う人もいないし、健康マニアの焼鳥屋さんもいるしね」
健康マニアの焼鳥屋さん?
あぁ、噂で聞いた事がある。
「たしか、藤原妹紅っていう人でしたっけ?」
以前、お客さんから聞いた事がある。
迷いの竹林で、人間を妖怪から守る女の子がいるっていう話だ。
その子は何でも不老不死らしく、迷っている人や妖怪に襲われている人を助けるそうだ。
その際、見返りは何も求めないみたいで、忍者の末裔だと思われていたとか。
彼女に何者だ、と聞くと、必ず健康マニアの焼鳥屋と応えるらしい。
名前以外は何も分かってない、正体不明の人間の味方だとか。
「そうそう、それそれ。私の商売敵」
「商売敵って?」
「妹紅が人間を助けるから、私の出番がないのよ」
「なるほど、それは死活問題ですね」
「私には、人間を幸せにする程度の能力があるのよ。このままじゃ宝の持ち腐れになっちゃう」
「それは勿体無いですよ」
なるほど。
だから、僕は今、てゐさんと手を繋いでいるのかな?
ほんのちょっとの、ささやかな幸せ。
たぶん、誰に話しても鼻で笑われそうだけど。
「人間を幸せにする程度の能力……妖怪らしくないですけど、てゐさんらしい能力ですね」
「ほんと?」
「えぇ、なんだか可愛らしい感じがします」
「そう言ってもらえると嬉しいな~。もう一個、お賽銭しとく?」
「幸せになれるのなら」
僕は再び硬貨を一個いれた。
そして柏手を打つ。
「ところで、永遠亭にはあとどの位ですか?」
てゐさんと話しながらも結構歩いた気がする。
僕としては、闇の中を歩いている様な気分なので、せめてゴール位置を把握していたい。
まだそれなりに距離があるのなら、ちょっと休憩させて欲しいくらいだ。
「あと何週したい?」
「は?」
てゐさんの言葉に僕は思わず妙な声をあげてしまった。
質問したのに、質問が返ってきたのだ。
どういう意味だろう。
「ちょっと、てゐ~。はやく迎えに行きなさいよ……って、あら」
ふと聞こえてくる鈴仙さんの声。
ん?
もしかして?
「ふひひひひ、永遠亭周回旅行、ご苦労さまです」
パっと僕の手からてゐさんが逃げる。
あぁ、そういう事か。
どうやら、僕は永遠亭の周りをグルグルと廻っていたらしい。
「こらー! てゐー!」
それに気づいたのだろう。
鈴仙さんがてゐさんを追いかけていったのが声で分かった。
騙されていたのか。
騙されていたのは別にいい。
いいのだけれど……
「一人にされると、とても困るんだけど……」
果たして、呟いた声に気づいてくれる人は誰もいなかった。
~☆~
「こんにちは」
初めて聞く声。
初めて感じる部屋の匂い。
今まで生きてきたけど、初めての感覚。
これが、病院というヤツだろうか。
鈴仙さんに通されたのは、永琳さんの部屋だった。
何でも輝夜さんの命令で、僕を診察してくれるそうだ。
「こんにちは。あの、僕は何処か悪いのでしょうか?」
「あぁ、病気じゃなくて、あなたの目よ」
綺麗な声だなぁ、と思う。
永琳さんが僕の手を取って、椅子へと導いてくれた。
僕はゆっくりと確かめながら座ると、永琳さんも椅子に座った様だ。
「お姫様からの命令で、あなたの目を診なさいと言われたわ」
「輝夜さんから? でも、そんなお金用意してませんので―――」
「もちろん無料よ」
「無料……タダですか」
「えぇ」
永琳さんはそういいながら、僕の目を覆う布を取り外した。
落ち窪んだ僕の目。
まるで幽霊みたいだ、と言われた事もある。
髑髏を想像させる僕の顔を見て、永琳さんは何て言うのだろう。
「本当に眼球が無いのね……これ、何か分かる?」
「目の前で何かされてるのは分かりますが……何かまでは分かりません」
「なるほどね、じゃ、これは?」
「いえ、さっぱり」
残念ながら永琳さんが何をしているのか、さっぱり分からなかった。
いくら腕のいい医者でも、僕の目を治す事なんて出来ない。
そこに有るはずの物が無いのだから。
歯が無くなっても代用品は存在するけど、目の代わりは存在しない。
僕の目は、治る訳がない。
「あなたのそれは、生まれつき? それとも事故?」
「生まれつき……です。僕は一度も世界を見た事がないです」
生まれつき無かった物は、壊れる事はない。
その代わり、修理する事も出来ない。
それでも、世界には形があって、手でちゃんと触れるから、思い描く事は出来る。
例えば、林檎。
丸みを帯びていて、上と下の方が窪んでいて、色は赤色で。
他人から聞いた情報で、世界を思い描く。
ゆっくりと時間をかければ、生活するスペースくらいは自由に動ける様になれる。
「そう。痛かったら、言ってね」
永琳さんが僕の顔に触れて、目蓋を押し上げる。
だけど、無駄だ。
僕の目は開かない。
上下がぴったりとくっ付いてしまっていて、開かない。
「……なるほどね。えいっ!」
「あいた!」
おでこにいきなりの衝撃。
何も身構えていなかったから、かなり痛い。
思わず悲鳴をあげてしまう位。
「いたたた、何をするんですか~」
「涙は出る、と」
「いや、聞いてくれたら答えますよ」
「実際に見てみたいのよ」
「でも、酷いです」
「じゃ、仕返ししていいわよ」
「……卑怯です、永琳さん」
そこで、ようやく、彼女が笑った気がする。
きっと永琳さんは美人なんだろうと思う。
輝夜さんや鈴仙さんと比べて大人っぽい雰囲気。
僕は永琳さんのイメージを作り出そうとして、失敗した。
そういえば、まだ永琳さんに触れてもいない。
輝夜さんや鈴仙さん、あとてゐさんもイメージは出来ている。
永遠亭の人達は可愛いし美人だ、という言葉に従って、イメージを固めた。
「先天的に眼球がない訳ね。事故で失ったのならまだしも、先天的だとどうしようもないわね」
「でしょうね。期待はしてませんでした」
「あなた、絶望の方が多そうね」
「でも、生きていく希望はありますよ。目が見えなくても、こうして良くしてくれる人にも出会えましたし」
「それが気まぐれでも?」
「縁が合った、訳でしょう」
僕と永遠亭の人達とに縁が合った。
縁結びじゃないけれど、生きていく長い人生で彼女達と道が交わった。
それだけでも、僕は、何となく、嬉しい。
「ふふ、そうね。良かったら、肩でも揉んでくれないかしら」
「えぇ、診てもらったお礼に」
僕は立ち上がって、永琳さんの手に触れる。
そこから彼女の後ろに回り、肩に触れた。
「あ、永琳さんも髪が長いですね。永遠亭の人達ってみんな長いのですか?」
「てゐ以外は長いわね。邪魔?」
「いいえ、綺麗な髪に触れると、何となく嬉しいですから」
「あら、何かイヤらしいわね」
「えぇ! そうなんですか!?」
永琳さんは笑うばっかりで答えてくれない。
もしかして、女性の髪に触れる事は、何か、卑猥な意味でも合ったのだろうか。
これから気をつけよう。
「う~、失礼します」
僕は断りを入れてから、首、肩と触れていく。
どうやら、永琳さんの疲れは首からきている様なので、首を重点的に攻める。
「ん……凄い、的確にコリを突いてくるのね……ん、ん」
さすがは医者なのだろうか、僕の動きを心得ているかの様な気がする。
う~む、だったらなぜ鈴仙さんを僕の所へ来させたのだろう?
「自分で自分をマッサージできないじゃない」
「あぁ、そう言えばそうですね」
「あ、ん~……気持ちいい~。鈴仙にもこれぐらい出来たらなぁ~」
「あ~、鈴仙さん、才能なさそうですよ」
「でしょう。変なとこばっかり揉むのよ、あのエロ兎」
鈴仙さんも一生懸命やってるみたいだけど、上手くいかないものは上手くいかない。
僕の目が見えないのと同じ様に。
見たいと思っても、見れないし、視れないし、観れない。
僕にはマッサージとして、人や妖怪の体を診て、看るだけ。
きっと、世界がそういう風に作ったのだから。
「あなたはそれで完成してるという訳ね」
「えぇ、もし見える様になるんだったら、それは付属品みたいなものですね」
「じゃ、あたしが永遠に生きているのも、それで完成してると思う?」
「永遠……ですか」
「そう、永遠」
藤原妹紅みたいに、永琳さんも不老不死?
「輝夜は、罰だと言っているわ」
「輝夜さんが?」
「そう、私達が背負うべき罰。永遠に生きて、永遠に償い続けるのよ」
「罰したのは、誰ですか?」
「さぁ、忘れたわ」
「許されないのですか?」
「許されないわ」
だったら、背中に大きい物を背負って生きていくしかないのだろうか。
「僕のこの目は、罰だと思いますか?」
「ううん、思わないわ」
「これと同じ様に思う事は……出来ませんよね」
「ふふ、そうね。そんな簡単な問題ではないわね」
簡単か。
永遠に生き続ける事を思うと、目が見えない事など小さな事なのだろうか。
「比べる事は出来ないわ。だって、二つとも、とても大きなものだもの。一人が背負っていくには重すぎる、誰かに手伝ってもらう位が丁度いい位の荷物よ」
「……そうですね。そうやって生きてきましたし、そうやって僕は死んでいくのでしょうね」
「えぇ、私達はそうやって永遠を生きていくわ」
パンパンと二回程、永琳さんの肩を叩く。
これでお終いという合図。
それを受けて、永琳さんは気持ち良さそうに首と肩をまわした。
「どうですか?」
「凄い楽になったわ。今夜は泊まっていくでしょう?」
「いいのですか?」
「えぇ。今頃、姫が夕飯の支度をしているでしょう」
輝夜さんが料理を作っているのか。
僕のイメージでは、輝夜さんは家事をしないと思っていた。
だって、お姫様だもの。
だけど、そんなお姫様が作ってくれる料理。
楽しみだな。
~☆~
「うぅ、食べ過ぎたかも……」
湯船に浸かりながら、僕はお腹をさする。
心なしか、ぷっくりと膨らんでいる気がする。
少し、みっともないかなぁ。
輝夜さんの料理があまりに美味しすぎた結果がこれだ。
遠慮なく、と言われて、本当に遠慮なく食べてしまった。
今まで僕が食べてきたご飯の中で、今日のが一番美味しかった。
米粒一つにしても、上回っている気がする。
出してもらったお茶にしてもそうだし、何より、複数人での食事など久しぶりだった。
輝夜さんに食べさせて貰う、というのはかなり恥ずかしかったけど。
「なんか……幸せすぎるな……」
幸せすぎる。
こうなると、何か、裏がある様な気がする。
「いや、今までが不幸すぎたのかな?」
どうだろう?
判断が出来ない。
僕が首を捻っていると、風呂場に誰か入ってきた気配がした。
「だ、誰!?」
「あ、私です」
この声は……鈴仙さん?
「どうしたんですか?」
「一人でお風呂は危ないかと思いまして。まぁ、師匠の命令なんですけど」
「いや、で、でも、あの、その」
「あ、大丈夫です。私は裸じゃないので」
いや、問題はこっちが裸な事なんだけど。
鈴仙さんは人間の裸なんか見慣れているという事だろうか。
まぁ、彼女は妖怪だし、人間には興味が無いか。
「背中、流しますよ」
「あ~……はい、お願いします」
ちょっぴり迷ったけど、観念した。
どうせ、目の見えない僕には、石鹸の場所なんかはさっぱり分からない。
浴室もかなり広いし。
湯船から上がるのを手伝ってもらい、洗い場まで手を取ってもらう。
「痛かったら言ってくださいね」
「は~い」
物心ついてから、他人に体など洗ってもらった事がない。
背中の隅々まで洗ってもらえるのは、何だか新鮮で気持ちいい。
だけど、なんだかちょっと、くすぐったい感じ。
「ねぇ、鈴仙さん」
「何ですか?」
「いつもあんなに美味しい食事なんですか?」
「姫様の料理は、いつも美味しいですよ。しかも時間があるものだから、手が込んだ料理が多いですね」
「あぁ、やっぱりそうなんですね」
「どうかしたんですか?」
鈴仙さんが背中から左腕へと泡だった布を動かす。
「今日があまりにも幸せだから、何か、気持ち悪い感じがしたのです」
「幸せ、ですか。私には日常としか感じられませんけど?」
「そうですね。日常といえば、日常なのかもしれません」
これが当たり前になれば、日常になる。
まぁ、毎日鈴仙さんに体を洗ってもらいたい訳じゃないけど。
左腕から、わき腹になった。
かなりくすぐったいけど、我慢我慢。
「鈴仙さんは、何か罰を受けていますか?」
「罰?」
「はい……永琳さんが言ってました。罰を受けているって」
「罰かぁ。私は逃げ出したから、掴まったら罰になるかもね」
「逃げたんですか?」
「そう。怖いから逃げちゃった」
えへへ、と鈴仙さんが笑う。
逃げるっていう選択肢を選んだ事を明るく笑う。
それは、ある意味、とても強そうに思えた。
「僕は逃げられませんね」
「逃げないんだ」
「逃げる方法がないです。何せ、前が見えないので」
「後ろ向きに全力疾走してみたら、どうです?」
「どちらが前が分かりません」
「分かってる癖に」
え? と思った時には、反対側のわき腹を攻められた。
「ひゃうっ」
「ちょっと、何て声をあげるんですか」
クスクスと鈴仙さんが笑う。
そんな事言われても、不意打ちな上に容赦なく攻め立てれば声も出てしまう。
尚も続く、鈴仙さんの絶妙な指使い。
うぅ、鈴仙さんにはマッサージの才能は絶対にない。
他人のくすぐったい所ばっかり理解している。
「ちょ、ちょっと、あひゃ、う、ま、まって、いにゃ」
「あははは、ここ? こことか? あ、この辺りも?」
やばい。
死ぬ。
何故か声をあげちゃいけない気がして、僕は全力で口を真一文字に結んだ。
それでも、真一文字は引き裂かれる。
女性相手に暴れる訳にもいかない。
体をぎゅっと縮めて、ひたすらに耐える。
耐える。
耐えるんだけど……やっぱり、無理。
「やめてやめて、鈴仙さん、限界です、もうダメです、いや、あ、うあ、ちょっと、そんな、うそ、うそうそうそ~~~!!!」
今まで我慢してた分が一気に爆発しちゃったみたいに、僕は笑った。
それが楽しかったのだろう、鈴仙さんも遠慮なく僕の体に指を這わせていった。
気がつけば、ぜぇぜぇはぁはぁと全力で息をしていた。
もう、四肢を動かす気力も何もかも奪われた。
どうにでもなれ。
この妖怪兎、僕を笑い死にさせる気か。
「あはははは~……はぁ、面白かった。いたずらって楽しいね」
「……された方は楽しくないです」
「うん、知ってる。てゐが酷いのよ」
「僕には、鈴仙さんの方が酷く感じます」
ぜぇぜぇ、と荒い息をする僕を、鈴仙さんは笑う。
これが幸せなのかどうか。
どう考えても、幸せからは懸け離れていた。
はぁ、と大きく息を漏らす。
とりあえず、不幸じゃないのは、確かだけれど。
~☆~
深、と静まり返る縁側で、僕は火照った体を冷やしていた。
半分のぼせてしまった様だ。
鈴仙さんとふざけ過ぎた気がする。
お風呂であんなにはしゃいだのは初めてだ。
ほとんどやられっ放しだったけど、最後には仕返し出来たので良しとしよう。
「ふぅ~……」
僕の体を撫でていく風が気持ちよくて、心地よいため息が零れた。
ふと、その風が乱れる。
誰か来たのだろうか?
「ご機嫌な様ね」
「あ、輝夜さん?」
えぇ、と輝夜さんは短く答え、僕の隣に腰を降ろした様だ。
「今日はお招きして頂いて、ありがとうございます」
「感謝しなさいよ。私の手料理はそう簡単に食べられないんだから」
「はい、凄く美味しかったですよ」
あんなに美味しい料理を食べてしまったら、明日からの食事が少々心配だ。
今まで僕が食べてきた物と比べると、雲泥の差があるんじゃないかな?
まぁ、泥を食べてた訳じゃないけど。
「ありがと。ねぇ、あなたの世界ってどうなってるの?」
「僕の世界?」
「そう、あなたが視ている世界よ」
輝夜さんが僕の目に触れる。
「ここじゃなくて、」
それから、頭を撫でてくれる。
「こっちで視てる世界」
輝夜さんの手が頭に触れると、凄く心地よかった。
頭を撫でられたのなんて、いつ以来だろう。
こんなにも気持ちの良いものだったっけ?
「あ……えっと、基本的には真っ暗な世界です。けど、良く知っている場所なら、全部記憶しました」
「創りあげたの?」
「はい。仕事場なら完璧に動けますよ。どこに何があるのか、全て分かります。それから、物の形なんかは手で触って確かめて、覚えました」
「色はどう?」
「それは他人から聞いて想像するしかありませんでした。空は青いって聞いたから、空を青くしました。林檎は赤いと聞いて、林檎を赤くしました」
もっとも、青林檎の存在に僕は四苦八苦したけれど。
青林檎という名前だけど、実際は黄緑だとか。
その話をすると、輝夜さんが笑ってくれた。
なんだか、嬉しい。
「じゃ、人間や妖怪は?」
「それは、触って確かめる訳にはいきませんから、声で想像するだけです」
「触ってみる?」
輝夜さんの声に、僕の心臓が、一度だけ大きく高鳴った気がした。
「い、いいのですか?」
「いいわよ」
そう言って、輝夜さんが僕の手を取る。
そして、手が輝夜さんの、頭に触れた。
「ここが頭の上。どう私の髪は?」
「サラサラで心地よいです……」
「ここが、おでこ」
「はい……」
「これが眉で、ここが目」
「はい……」
「で、これが耳。一人一人、形が違うみたいよ」
「そ、そうなんですか……」
「ここが鼻。鼻が高いと美人なのよ。私は低いけど」
「は、はぁ……」
「そして、唇」
僕の指が輝夜さんの唇に触れた。
ぷっくりと柔らかい。
不思議な感触。
なんだろう。
凄くドキドキする。
僕の中で、輝夜さんを再構成していく。
僕が考えられる最高の可愛い女性に。
頭の中が、なんだかおかしい。
何だか良く分からない。
良く分からなくなったから、自然と、涙が零れた。
きっと、布からも零れたと思う。
「どうしたの?」
「……輝夜さんはどうして僕を?」
「気まぐれよ。永遠に続く暇潰し」
「罰ですか?」
「罪よ」
「永遠に?」
「永遠に、罪を償うの」
「僕の目は、罪ですか?」
「あなたの目は、罪とか罰ではないわ。もっと別の問題」
僕は頬を伝う涙を拭った。
泣いている場合じゃない。
なんで涙が出るのか、理由が分からないんだ。
だから、泣いている場合じゃない。
「人が泣いているところ、久しぶりに見たわ」
「すみません……」
「いいわ。ねぇ、目が見える様になりたい?」
「え?」
「もし、あなたの目が治ると言われたら、本当の世界を見てみたい?」
治るならば。
本当の世界。
僕が描く偽者の世界じゃない。
本物の世界。
「……見て視たいです。本当の世界」
「そう。後悔する事になってもいい?」
「……はい」
輝夜さんは、そこで笑った。
なんだか、不敵に笑った気がする。
少し、怖かった。
それでも、優しく頭を撫でてくれた。
輝夜さんの手は安心する。
人を落ち着かせる程度の能力があるみたい。
「じゃ、永琳にお願いしてみるわ。少しくらいお金がかかってもいいわね?」
「治るんですか?」
もしも、の話じゃなかったのだろうか。
でも、僕には眼球がない。
そんな僕が、どうやって目が見える様になるというんだろう。
「ど、どうやって?」
「私の―――」
輝夜さんがニヤリと笑う。
そんな気がした。
「私の目をあげるわ、座頭メナシ」
~☆~
僕は薬で眠らされたそうだ。
だから、今は夢の中だろうか。
いつもの真っ暗な世界。
僕が再び永遠亭を訪れた時、輝夜さんの目はすでに取り出されていた。
僕と同じ様に、目に布を巻いていたみたい。
輝夜さんも不老不死で、目は再生するらしい。
痛かったですか、と聞いたら、
「慣れっこよ」
と、返ってきた。
何度か体を失った事もあるらしい。
凄いお姫様だ。
それを笑って言えるなんて。
「手術の内容を説明するわね」
永琳さんからは手術の説明を聞いたけど、さっぱり分からなかった。
とりあえず分かったのは、輝夜さんの目を僕の目にする事。
視神経がどうのこうのと説明はあったけれど、成功する確率は95%だそうだ。
蓬莱の薬がどうとかも言っていた。
「残りの5%は何なんですか?」
「不慮の事故ね。例えば、手術中に地震が起こり、あなたの脳味噌にメスを突き刺してしまう可能性もある」
「うぇっ……」
「大丈夫、脳味噌に痛覚な無いわ」
要するに、よっぽど運が悪くない限り、大丈夫という事だ。
「はい、お賽銭」
てゐさんは再び賽銭箱を持ってきてくれた。
手術代はかなり高額だった。
そこまで出したのだから、あと硬貨の一枚など大した額じゃない。
僕は賽銭箱に一枚放り込むと、柏手を打ち、どこかの神様に祈った。
「手が震えてるよ」
「あはは、正直、怖いです」
てゐさんにはしっかりしなさいとお尻を叩かれた。
なんだか一番幼いはずのてゐさんが一番年上に思えた。
そう、なんだかお母さんみたいな感じ。
言ったら怒られそうなので、黙っていた。
「助手を務めさせて頂きます、鈴仙・優曇華院・イナバです」
鈴仙さんは永琳さんのお手伝いをするそうだ。
僕をベッドに案内してくれた。
僕も震えていたが、鈴仙さんも震えていた。
それが何だかおかしくて、僕の緊張はそれで取れてしまった。
「頑張ってください」
「鈴仙さんも、頑張ってください」
お互いに、震える手で握手した。
そして、僕は薬で眠らされた。
暗い暗い真っ暗な世界。
それが本当に、真っ暗だったと知覚したのは、次の瞬間だった。
黒じゃなくなった。
僕の世界に、黒じゃない部分が出来た。
初めて視る色。
それはどんどん黒を侵食していく。
僕の世界は次々に変えられていく。
それが何だか怖くて。
それが何だか恐ろしくて。
それが何だか悲しくて。
それが何だか愚かで。
それが何だか最後な気がして。
僕は、また、泣いてしまった。
~★~
目の奥が痛い。
ズキズキと痛むのではなく、ギュッと目を閉じてしまう様な、何か目が拒絶している様な感覚。
あぁ、そうか。
これが、眩しいっていうヤツだ。
この白く見えるのが、光、かな?
僕はゆっくりと目を開けた。
目を開けた?
今まで開けた事もないのに、自然と目を開ける事が出来た。
僕は今、寝ている。
じゃ、今見えているのは、天井だろうか。
なんだあれ。
変なの。
眼球を動かしてみる。
凄い、視線が動く。
動かす度に、世界が変わっていく。
一続きになっている不思議な映像だ。
その時、視界の端に何か映った。
僕は首を起こし、それを見て―――
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――
~★~
「化物、バケモノ、ばけもの! 来るな、来ないで、なんだこれ、なんで繋がれてるんだ、なんだ、なんだよ、やめてよ、どうなってるの、なんだお前ら、永琳さんはどこ!? 鈴仙さんは!? てゐさん! どこ、どこだ、お前らじゃない! 来るな、妖怪! お前らが妖怪だな! 放せ! なんで!? 輝夜さんは!? みんなを何処にやった! 助けて! やめて! 来るな! バケモノ、ここは何処なんだ!? 僕が寝ている間に何をした! いや、やめて! 殺さないで! せっかく見える様になったのに! なんだよこれ、なんで繋がれてるんだ!? 動けない動けない! うわああああ! なんだお前! 見るな! 近づくな! 助けてよ! 誰か助けて! 助けてよ!!!」
メナシの叫び声に、永琳は、やっぱりね、と息を吐いた。
鈴仙は彼が暴れない様にと、彼が傷つかない様にと頭を抑え付ける。
メナシの体は拘束されていた。
足も手も体もガチガチにベッドに縛り付けてある。
動かせるのは頭だけだった。
「ど、どういう事ですか、師匠」
尚も暴れ続けるメナシの頭を抑えながら、鈴仙は質問する。
「先天的に盲目の人はね、自分の想像で世界をつくるの。でも、それはあくまで想像の世界。現実とは懸け離れているわ。赤と聞いて赤を想像出来る訳ないじゃない。見たこと無いのに、正確に想像できる訳ないじゃない。想像した物は全て幻。全て嘘ばかりの世界よ。そんな人間が、夢から醒めちゃったら、現実を見ちゃったら、どうなるかは一目瞭然ね」
「ふふふ、取り乱しちゃって。きっと私って理解出来てないわね」
輝夜はメナシを覗き込む。
ぎゃあぎゃあと叫ぶメナシの姿が、まるで分かっていたかの様に、ニヤリと笑った。
「姫も趣味が悪いわ」
「何言ってるの。メナシが望んだ事よ。私は背中を押しただけ」
「崖に立っている人間の背中を押してどうするんですか……」
輝夜は笑う。
本当に楽しそうに、輝夜は笑った。
「あ、いけない。舌を噛み切る気だわ。鈴仙、眠らせて」
「は、はいぃ!」
~☆~
「う、うぅ~ん……あれ……?」
気がついたら、僕は布団で寝ていた。
起き上がって目に触れる。
そこには、確かに眼球の気配がした。
自分に新しく器官が付いた様な感覚がする。
事実、自分で眼球を動かせた。
目蓋の下でギロギロと動いているのが分かる。
なんだか酷い夢を見た様な気がしたけど、僕はおっかなびっくりと目を開けてみた。
そこは和室であり、布団は真っ白で、僕はボロボロの服を着ていた。
自分の手を見てみる。
それは想像通りの自分の手。
部屋を見渡すと、色々と綻びはあるけれど、およそ想像通りの世界が広がっていた。
ふと、枕元に置いてある物に気づいた。
世界を反射する板。
これが……鏡。
僕はそれを、覗き込んだ。
「これが僕の顔……輝夜さんの目……僕の目?」
鏡の中の僕の目は……空に浮かぶ月の様に、赤かった。
~☆~
目が見える様になって、分かった事がある。
僕の服はかなりボロボロでみすぼらしかった事。
給料がかなり安かった事。
用意してもらっていた食事が粗末な物だった事。
「そりゃ、輝夜さんの料理が凄くおいしい訳だ」
僕は自分でつくった晩御飯を食べながら、満月を眺める。
永琳さんの言いつけで、必ず満月を見る様にと言われている。
なんでも満月は、目にいいそうだ。
綺麗な満月を見るのは、全然苦痛じゃない。
それと、毎日のお薬。
これは鈴仙さんが定期的に届けてくれた。
料金は手術代に含まれているそうなので、僕としては大助かりだ。
「あはは……それにしても、八百屋さんったら綺麗になったなぁ、だなんて」
僕は自分の服装を見る。
妥当な給料を貰える様になったから、ボロボロの服を着なくてよくなった。
ちょっと奮発して、可愛らしい服を買ってみた。
そうしたら、やっと僕を女の子と見てくれる様になった。
前は汚い女は男でいい、なんて言ってた癖に。
今は髪を伸ばし始めた。
もちろん、輝夜さんみたいに綺麗になる為に。
「いつか、輝夜さんに告白できる様にならないと」
僕の心は、輝夜さんに奪われたと言っていい。
優しくしてくれて、僕の頭を撫でてくれて、僕に目をくれた、素敵なお姫様。
僕は、彼女に、心底惚れた。
今でもたまにマッサージに来てくれる。
僕としては、彼女の綺麗な体を見れるだけで満足なのだけれど。
いつか、輝夜さんに思いを伝えたいなぁ。
「あぁ、まずは僕っていうのを止めないと……わたし、わたし、私……」
早く、輝夜さんみたいな素敵な女性になれます様に。
僕……私は、お空にぽっかり浮かぶ赤い月を見ながら、にっこりと笑顔の練習をした。
故意に盲目、おしまい。
どうしてもこの人間が浮いてる感じがあったので。
最後で脈絡無くいきなり女にした理由は、男だと叩かれると思ったからかな。
あなたの実力はこんなものではないはずだ。
と、今までのあなたの作品が好きな僕は言ってみます。
ご馳走様です。
こんな幻想郷の日常もありかもですよね?
正直、好みが別れると思うんですよ。
キャラの設定だとか…
青を知らない人に「空は青い」と伝えるにはどうすればいいんでしょうね。
とにかく姫様は残酷なような優しいような、まぁ結局は単なる気まぐれなんですね
主人公女の子だったんですねw俺の想像も砕かれましたww
道理でウドンゲが恥ずかしがらんわけだ。
予想の通り好みのオチではなかったですが、お話は面白かったです。
まぁ、オリキャラが男のままで終わろうが、実は女だったって結末だろうが、個人的には全く受け付けない話だけど…
例えば、涙ってのは、涙腺から出るので、当然眼球とは関係なく出ます。同時に、第一に眼球の保護を目的としたものなので、眼球がない場合、涙は出にくくなります、目が無くとも、そこに最近が繁殖すれば病気の元となるので、医者は当然その人間に涙の成分の入った目薬を出します。
ですが、この作品では永琳が「涙は出る、と」と言っている描写などから考えても、そのあたりを把握しているように見えません。――目の構造や治療に必要な物を把握していない人間に目の手術を受けたいと思いますか?
盲目の描写はもう少し突き詰めて書いた方が良かった気がします。
あとは一人称。それ自体は面白いのですが、伏線があまりなく、自分を僕と呼ぶ理由がわからず、唐突な印象が強い、あとは単純にこれは男性でも問題なく成立する話なんじゃないかなと。
最も世間のボク少女の大半にそれはないでしょうし、記号としてならいいのですが……
評価が分かれて当然のストーリーだと思うけど、こういうのわりと好き。
性別の件については、もっと伏線を張っておいたほうが納得できる展開になるはず。
どんでん返しとは違ってなんか肩透かしというか
文章は大好きです
青という言葉は理解できても色というものじゃ理解できないと思うんですよね。途中でメナシが色を理解していた事には首を捻らざるをえませんでした。