・本当に怖いモノ
何時の頃だったろうか。
守矢の二柱が幻想郷に来たのは。
何時の頃だったろうか。
守矢の巫女が、人里で信仰を集め始めたのは。
何時の頃だったろうか。
人々が挙って守矢の二柱を崇める様になったのは。
何時の頃だったろうか。
穣子の力が妖精並に落ちてしまったのは。
1、
春が終わった。
夏が始まった。
つまり、秋が近づいている。
静葉は井戸から水を汲み、両手に大きな桶を抱え、家に戻っていった。
自分だけなら、何もこれほどの水を汲んで持ち帰らなくともよい。
なんてことは無い、井戸は家の目の前にあるのだ。 気が向いた時に汲みに行けばよい。
しかし、妹はそうは行かない。
もう直ぐ、もう直ぐ本格的な夏が来る。
それが終われば、秋が来る。
秋こそ、妹が真価を発揮できる頃だ。
そうすれば、穣子の体の調子も上がってくる筈だ。
上がってくる、筈だ・・・
「・・・決まってるじゃない」
静葉は、自分に言い聞かせるように呟いた。
数年前なら、もう直ぐ秋だね、という会話を交わしながら、穣子と軽食を楽しんでいる時期だ。
果実酒を飲みながら。 瑞々しい葡萄や、揚げナスを食べながら。
しかし、今の穣子は・・・
コンコン。
静葉は穣子の部屋の扉をノックした。
手に持つ盆には、水の入ったコップと、干し芋が置かれている。
「・・・入るわよ? 穣子」
「いいよー。 お姉ちゃん」
扉を開けると、穣子がベッドから上半身を起こしていた。
「どう? 体の調子は良くなってきた?」
「良くなってきたよ」
「本当に?」
「うん。 夏が始まったからね!
もうそろそろ秋だと思うとワクワクしちゃってさぁ・・・」
笑顔で話す穣子。 その表情は確かに明るい。
しかし、静葉は分かっている。
「じゃあ今度の人里での夏祭りは、はりきっちゃう?」
「当然じゃん! ようやく今年の秋穣子が始動するんだからね!」
碌に空を飛べず、弾幕も出せず、あまつさえ食物の鮮度を保つことさえ難しくなった神に、
何が出来るというのだ。
そんな神を、人間が信仰するものか。
だが敢えて口には出さず、静葉は
「じゃあその時には、私も連れて行ってね?」
と返した。
一週間後。 人里。
本格的な収穫の時期である秋の前に、収穫を願う小祭りが行われている。
祭りといってもそれは、出店が出るような【祭り】ではない。
人里の人々や一部の妖怪たちが、秋の豊作を祈り、神々を招く【祭り】だ。
神々を各テーブルの中心に招き、それを囲むように人々が座る。
神や人々は席を移り机を移り、様々な交流をするわけだ。
・・・まあ、その形式は去年崩れたわけだが。
大宴会部屋に入った静葉と穣子は、里の長に挨拶に向かった。
静葉達に気がついた里長は、それまで大テーブルに座って神や人妖と談笑をしていたが、
二名の神に丁寧に断った上で、話を中断して姉妹の元にやってきた。
「今日は、里長」
「よくぞ来られました。 穣子様、静葉様」
穏やかに笑う里長。
「ささ、こちらへ・・・」
机に案内される二人。
先頃、里長が座っていたテーブルではない。
・・・座れても精々8名程度だろうか? 小さなテーブルだった。
当たり前だが、誰も座っていない。
「ささ、お座りになられてくだされ」
里長がコップを二人の前に置き、中に芋焼酎を注いでいく。
「ありがとう、里長」
注ぎ終わった里長に、今度は静葉が彼のコップに焼酎を入れた。
「いやいや、恐縮ですな。 静葉様にお酌をしていただけるとは」
それより暫く、談笑する3名。
旧知の仲である3名の会話は弾んだ。
2,30分経っただろうか。
テーブルに座っている計3名は断続的に対話をしていたが、そこに別の神が宴会場に現れた。
「お、来られましたな。
・・・お迎えをしてまいります。 どうかご承知を・・・」
「構わないよ。 案内して差し上げて」
里長に穣子が応えた。
では、と言って里長は立ち上がり、神の元に向かった。
テーブルは、秋姉妹の2名きりになった。
「お姉ちゃん。 グラス、空いてるよ。 ホイホイっと」
「・・・あ、ありがとう。 穣子」
静葉はじーっと、少し離れた場所にあるテーブルを見ていた。
彼女達が宴会場に来る前から盛況だったそのテーブルは、相変わらずだった。
いや、少し人数が増えただろうか?
今の静葉たちが座るテーブルとは、対照的だった。
━━━ 威厳たっぷりの神奈子に、上機嫌で微笑んでいる諏訪子。
鏡が無いので自分の表情は確認できないが、きっとそれすらも対照的なんだろうなと、
静葉は考えていた。
2、
簡単なことだ。
どんな生き物も、強者に頼り、憧れる。
いつの時代も、強者は敬われ、畏れられ、頼られる。
豊穣の神である穣子と、そもそも根本的に農耕、気候を操れる二柱とでは、勝負にならない。
二柱がその気になれば、作物の一つも作らせないような気候にすることも可能だし、
逆に凶作を予測して、天候をいじることでそれを回避することも可能だ。
天候さえしっかりしていれば、あとは作物を作る人々が怠けなければ、害虫、病気の
大量発生でもしない限り、問題はない。
つまるところ、二柱と作物を作る者たちがうまく機能すれば、穣子は不要なのだ。
彼女がいた方が作物の実りは良くなるのだから、いた方が良いには決まってるのだが。
・・・しかし、二人で来てよかった。
守矢の二柱と秋姉妹の他にも何名か神が来ているが、神によっては自身を除き、誰も
テーブルに着いていなかったりしている。
里長と副里長、それに緑髪の巫女が気を利かせて各テーブルを回っているが、完全に
フォローは出来ていない模様だ。
何か揉め事でも重なったのだろうか、人里の人々の参加人数が少なめなのも理由の一つだが、
それにしても特に若い衆の、守矢の二柱への信仰度は異様と言える程に高い。
疎らに宴会場に姿を現す若者は、ほぼ例外なく守矢の二柱のいるテーブルに座る。
「お席の方、ご一緒してもよろしいですか?」
守矢の巫女、東風谷早苗だ。
米焼酎の入った酒瓶を抱え、静葉達のいるテーブルにやってきた。
「うん、歓迎するよー」
早苗を手招きする穣子。
二人は並んで座り、早苗が先ずは穣子にお酌をする。
「どうぞ」
「あー・・・ と、ちょっと待ってね」
満杯近いグラスに注ぐことは出来ないので、コップの芋焼酎を一気飲みする穣子。
「見事な飲みっぷりですね。 さすが穣子様です」
「よーし、じゃあお酌のお願いをしちゃおうかな?」
そう言ってグラスを差し出す穣子に、応対する早苗。
━━━ 妹に寄るな。 卑劣な風祝め。
お前が人里で布教を始めた事が、穣子の現状の事態を招いたのだ。
お前の里での信仰集めの際の、宣伝文句はこうだったな。
「八坂様と洩矢様は、偉大な力と、聡明な頭脳を併せ持った方々です」
「八坂様と洩矢様を信仰すれば、農作物は盛大に実ります。 妖怪から身を守る知恵や
力も手に入れられるかもしれません。
・・・信じられませんか? ならば、一度お二方に会われてみては如何でしょうか・・・」
あの二名がとてつもない力の持ち主だって事は、どんな察しの悪い人間だって理解できる。
何せ、気候の安定や、不徳を働いた際の神罰等、非常に分かりやすい形でリターンが
返ってくるのだから。
その上、守矢神社を信仰すれば、同じく守矢神社を信仰している天狗や河童との繋がりが
できるかもしれない。 そうすれば、戦闘力の面でも、経済的な面でも、人間は強く、
豊かになれるだろう。
また、博麗神社とは決して対立関係には無いと言う事は、守矢神社側だけでなく、何より
霊夢が認めている。 でなければ、分社を自分の神社に置いたり、祭事に早苗と共に
舞を踊ったりしないだろう。
二柱を信仰しない理由は、無いわけだ。
「静葉様もどうでしょう?」
米焼酎の入った酒瓶を、静葉の方に向ける早苗。
「・・・大丈夫よ。 お気遣いありがとう」
7分近く芋焼酎の入ったコップを、早苗の方には向けない静葉。
「そうですか・・・」
少し残念そうな早苗。
━━━ お前なんかの為に、コップを開けてたまるか。
さっさと眼前から消えろ。
別のテーブルに行ってしまえ。
「あれ~? お姉ひゃんもう飲めないの? だめだなぁ~。 酒に飲まれちゃ~」
顔を真っ赤にして、呂律の回らない貴方が何を言う、穣子。
数年前なら、この程度で酔わなかったのに。
3、
1週間後。
少しずつ調子が良くなってきた穣子と、彼女の部屋で談笑を楽しむため、静葉は干し葡萄に
冷水を用意していた。
コンコン。
突然、玄関の扉がノックされた。
誰だろう? 来客の予定はなかったはずだ。
穣子に用がある人間か?
それにしても時期違いだろう。 まだ初夏である。
静葉にいたっては、晩秋が適頃である。
首を捻った静葉だが、玄関の扉に向かい、戸を開けた。
「や、今日は」
「・・・洩矢様!?」
洩矢諏訪子が、土産を片手に扉の前に立っているではないか。
「穣子は元気?」
「え?」
「この前の祭りの時、調子悪そうだったからさ。
ちょっと様子を見に来たの」
流石は土着神の頂点、洩矢諏訪子。
穣子の体調が芳しくないことなど、一目で分かっていたらしい。
「あ! いらっしゃいませ、洩矢様」
「ああ、寝たまんまでいいよ、穣子」
静葉に案内された諏訪子が、穣子の部屋に姿を現した。
「土産を持ってきたんだ。 一緒に食べない?」
「おー、煎餅と饅頭ですか」
上半身を起こし、目を輝かせる穣子。
「お姉ちゃん。 悪いけど、包丁とお皿と、お茶を用意してくれない?」
「包丁?」
「お饅頭を、手ごろな大きさに切ろうと思って」
成程。
確かに、下半身はベッドに入ったままの穣子や、体型もあってか、口の小さい諏訪子が
食べるのなら、一口サイズの方がいい。
「分かったわ。 ちょっと待っててね」
「うん。 ごめんね、お願いしまーす」
スタスタ、ガチャ、パタン。
静葉が部屋を出て行くと、穣子と諏訪子の会話が聞こえてきた。
「お姉ちゃんの入れるお茶は美味しいんですよ。 是非お召し上がりを」
「ふーん。 じゃあ、期待して待ってみようかな」
他愛もない会話をする二名。
しかし、静葉の心境は、穏やかではなかった。
お茶を適当に入れる。 二名分。
適当な皿を2枚、用意する。
なぜ二人分かって?
だって、もう直ぐ一人は消えるのだから。
「だから、二人分あれば十分でしょ?
・・・私と、穣子の分」
静葉は包丁を持つ手に力を込め、ニタリと笑った。
盆に、お茶とお皿を乗せる。
包丁は、敢えて手持ちで持っていく。
なぜかって?
━━━ 直ぐに、刺せるからに決まってるじゃない
アイツさえ、洩矢様さえいなくなれば。
穣子は、以前のように、多くの人々から、信仰を得られるに違いない。
そうすれば、以前と同じはおろか、それを上回る力を得られるかもしれない。
消してやる。 殺してやる。
包丁で奇襲の先制攻撃を仕掛け、ありったけの力を込めてスペルカードを連発すれば、
何とかなるかもしれない。
いや、何とかしてみせる。
これは、愛する妹の為の、聖戦だ。
━━━ 気合を入れろ、秋静葉。
意を決して、穣子の部屋の扉を開ける静葉。
話をしていた穣子と諏訪子が、同時にこちらに向いた。
「あ、お姉ちゃん。 遅かったね、どうしたの?」
「・・・なんでもないわ」
大丈夫よ、穣子。
「火を起こすのに、時間がかかってしまっただけだから」
「ふ~ん」
もう直ぐ、お姉ちゃんが、
「おー。 ほうじ茶か。
いやー、美味しいって話だから、ちょっと楽しみだよ」
こいつを、殺してあげるから。
「洩矢様って、実は結構食いしん坊ですよねー。
でも、全然太らないでうらやましいなぁ。 私は直ぐ太っちゃうから・・・」
「・・・正確には、食べても栄養が体に回らないんだよ・・・
あーあ、神奈子程まで行かなくとも、もうちょっとグラマーになりたいなぁ」
死ね。
静葉は、包丁に力を込め、諏訪子に向かって突進した。
その瞬間。
「ぐぎゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
静葉の頭は燃え出し、静葉の両目には鉄製の針が刺さり、静葉の鼻は削がれ、静葉の歯は全て折られ、
静葉の首の頚動脈は血管ごと抜き取られ、静葉の乳房は両方とも握りつぶされ、静葉の心臓は
右心室と右心房と左心房と左心室の境目が無くなり、静葉の肝臓は肝硬変を起こし、静葉の
小腸と大腸には溶けた鉄が流し込まれ、静葉の秘所には刃渡り30cmを超える鉄製ナイフが
5本刺さり、静葉の両足は根元から断面が良く分かるくらいに切り取られた。
という、幻覚を見た。
「お、お姉ちゃん、どうしたの?」
手に持っていた盆と包丁を落とし、ガクガクと震えだす静葉。
顔は真っ青。 震えが止まらない。
何十年、いや、何百年ぶりだろうか? 小便を漏らしてしまった。
・・・とても、穣子に応答できるような状態じゃない。
「ちょ、お姉ちゃん!」
「・・・待って、穣子」
立ち上がろうとする穣子を、諏訪子が制した。
「で、でも、お姉ちゃんが・・・」
「私が、静葉を介抱するよ。 穣子は休んでいて?」
「・・・」
「・・・」
「・・・わかりました。 お願いします」
穣子は、諏訪子に素直に従った。
「・・・立てる? 静葉」
心配そうに、静葉に問う諏訪子。
静葉は、真っ青な顔のまま、何とか頷いた。
「・・・じゃあ、まずは服を変えてこようか。 穣子、ちょっと行ってくるから」
「・・・はい」
穣子に声をかけた後、諏訪子は静葉を抱え、部屋の外に出た。
「う、ゴホッ! ウ、ウプ・・・」
静葉は、嘔吐しながら、土下座していた。
「お、お許しを・・・・・・」
怖い。
「わ、私が、まちが、だめ、でした」
怖い怖い怖い。
「後生ですから・・・・・・」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「どうか、ご慈悲を・・・・・・」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
居間にて。
静葉が、諏訪子に向かって、土下座をしていた。
震えながら、泣きながら、ひたすら諏訪子へ謝罪する静葉。
「・・・・・・」
それを無感情の目で見下す、諏訪子。
並みの生き物なら、それだけでショック死してしまいそうな迫力があった。
元々、神として数段格の違った静葉と諏訪子だが、諏訪子が幻想郷に来て多くの信仰を
得た結果、最早完全に静葉などは敵ではない段階まで、力を獲得したのだ。
・・・おそらく、静葉が1000人いたところで、諏訪子の敵ではないだろう。
数分経っただろうか。
「静葉」
不意に、諏訪子が口を開いた。
「は、はひ! 何でござい゛まじょうか!」
涙を、鼻水を、吐瀉物を垂れ流しながら。
静葉は顔を上げ、慌てて諏訪子に返事をした。
その静葉の顔を、持参していたんだろうか、タオルで拭く諏訪子。
「泣かないで・・・ 私が悪者みたいじゃないか・・・」
「も、も゛りや゛さま・・・」
諏訪子の顔には、一切の怒り、悪意は無かった。
静葉の顔を、丁寧に拭く諏訪子。
静葉は段々と震えが止まっていった。
「・・・落ち着いた?」
「は、はい・・・」
タオルを濯ぐ事、数回。
諏訪子は、静葉の顔のみならず、床も掃除していた。
途中から静葉も加わり、清掃は思ったよりスムーズに終わった。
「・・・妹が大事だったんだよね?」
「・・・」
諏訪子に問われ、頷く静葉。
何てことは無い。
洩矢諏訪子は、全てお見通しだったのだ。
穣子の現状も、静葉の思惑も。
「・・・・・・」
「お、お願いです。 私はどうなってもいいから・・・
妹は、殺さないで下さい・・・」
「そんな事、しないよ」
再び土下座しそうな静葉の勢いを感じた諏訪子は、そうはさせない為に即答した。
「・・・ごめん、無神経だったね、私。 ズカズカ上がりこんでさ」
静葉に頭を下げる諏訪子。
「め、滅相もございません!! 頭を上げてくださいませ!!」
目を白黒させ、慌てて諏訪子を制する静葉。
「ねえ、静葉」
頭を上げた諏訪子が、口を開いた。
「は、はい?」
静葉が返答した。
「・・・」
「・・・?」
「・・・煎餅も、饅頭もさ。
美味しい物だから、穣子と二人で食べてくれないかな・・・」
「・・・え? は、はあ・・・」
拍子抜けした感じの、静葉。
「・・・帰るよ。 後は任せていいかな?」
諏訪子は若干申し訳なさそうに、静葉に言った。
「は、はい。 大丈夫です」
「じゃあ、お願いね?
・・・それと、1週間後の人里での宴会。
是非来て欲しいんだけど、いいかな?」
「え、えと・・・」
若干口ごもる静葉。
「・・・いやかい?」
「・・・あ、いえ! ぜひ、伺わせていただきます!」
そう言って、勢いよく頭を下げる静葉。
「(やめてよ、それ・・・)」
内心諏訪子はそう思っていたが、もう口には出さなかった。
諏訪子が去ってからも、静葉は頭を上げなかった。
それは、日が暮れ、完全に暗くなるまで続いた。
4、
1週間後、人里の宴会会場にて。
会場には、神奈子、早苗の守矢神社勢。 穣子等の諸派神々。 人里の人々。
以上3つのグループが、1つの集団を形成していた。
・・・しかし、どうも若干雰囲気が険悪のようだ。
人里の住人の多くが、あからさまにガッカリした様な顔をしている。
人によっては、額に青筋を浮かべているものもいる。
「どういうことですか? 早苗さん」
「いや、本当に申し訳ないんですけど・・・」
気まずそうに、里の人々に対応する早苗。
今日の宴会は、守矢神社が主催側となって、開かれる筈の宴会だった。
里の人々も非常に乗り気で、さぞかし盛大な宴会となるはずだったのだが・・・
「諏訪子様は大変ですね。
宴会当日になって、急に体調を崩されるとは」
「諏訪子様ほどの神様でも、体調を壊すのですか・・・」
嫌味を言う者。 本当に残念そうに、肩を落とす者。
反応は様々だったが、皆諏訪子の欠席を残念がっているのは、共通点といえる。
「んー、何だい?」
ふと、早苗の隣にいた神奈子が、言葉を発した。
「私と、穣子たちやその他の神々じゃ、役不足って事なのかい?」
「・・・!」
形容し難い威圧感を発する神奈子。
人々は、それに肩を震わせた。
「い、いえ! そんな訳では・・・」
「・・・あーいや、申し訳ないとは思っているんだ。
でも、皆がこうして盛大な宴会をする為の準備をしたことを、無駄にはしたくないんだよ」
そうだろ? と人里の人々と、穣子を始めとする神々の両方を見る神奈子。
「・・・私は、洩矢様には及ばないけど・・・
皆と楽しく喋りがしたいな。 私はそれで十分だから」
穣子が、僅かに微笑みながら言った。
「・・・私も。 皆さんはどう思います?」
穣子の隣にいた静葉が、諸派神々の方へ振り返った。
彼らも同様のようで、皆一斉に頷いた。
「・・・そういえば、この前の祭りでは、あまり穣子様とは話せなかったなぁ・・・」
里の青年が、呟くように言った。
「・・・俺も、今年はまだ静葉様にお酌が出来てないな」
「私も、梅雨の神様とお喋りしたいなぁ・・・」
里の人々も、神々の意見に同意のようだ。
「諏訪子様が来られなかった事を残念がるくらい、楽しい宴会にしましょうか」
里長の発言が決め手だった。
人々は「そうしましょうか!」と言って、乗り気で神々を各机に案内していった。
それから宴会は、壮大なものとなった。
主役は神奈子だが、彼女で対応しきれないところを、早苗や神々、特に穣子がカバーし、
神々と人々が戯れを楽しんだ、とても雰囲気のよい宴会となった。
その宴会から1週間後には、穣子は殆ど以前と同じような力を取り戻していた。
5、
宴会から、10日後。
正午ごろ、守矢神社にて。
「お。 穣子じゃないかい」
「今日は、八坂様」
穣子が、守矢神社に飛んでやってきた。
手には土産を持ってきているようだ。 どうも、芋焼酎らしい。
「・・・この前の宴会では、本当にありがとうございました」
神奈子に向かって、土下座をする穣子。
「いいんだよ。 顔を上げてくれ、穣子」
私たちは、幻想郷に信仰を得に来たんだ。 神々を滅ぼすために、来たんじゃない。
神奈子はそう言った。
「して、洩矢様はどちらに?」
「神社の中にいるよ。
丁度いい、それで諏訪子と一杯やっていってくれないかな?」
「・・・姉は、ちょっと誤解している所があるんです」
諏訪子と穣子が、穣子の芋焼酎と少々のお摘まみを傍らに、話をしている。
穣子は神奈子も誘ったが、神奈子は断った。
諏訪子と穣子、二人で話をして欲しかったらしい。
「姉の得ている信仰心って、ブレ難いんです。
紅葉の美しさって、殆ど全ての人間が感じ、求めるものですから」
季節ごとに差はあるが、年間を通しては安定した信仰心を得ている、と穣子は言いたいわけだ。
「私も、ここ数十年はすごく安定してました。 低い次元ではありますけどね。
あ、姉よりは信仰心も多くもらっているから、力は私のほうが上なんですよ?」
すごいでしょ! といった感じで胸を張る穣子。
「つまり、姉の中では、信仰心は常に安定しているものなんですよ。
実際は、そんなことは無いんですけどね」
「だね。 そんなことは、ないよ」
諏訪子が相槌を打った。
「・・・だからこそ、今回のように、他に強力な力を持つ神が現れた場合。
私の信仰が、その神の方へ移動してしまった場合。
その神に対する敵愾心が、何よりも優先で出てきてしまうんです」
「・・・それで、あの凶行に出ようとしたわけだ」
半ば分かっていた諏訪子だが、穣子の話で、それは確信に変わった。
どうやら穣子は、あの時の事の顛末を、ほぼ全て把握しているようだ。
「・・・そういうことです。
あんな手段で洩矢様を殺すことなど、出来るはずは無いって事さえ、忘れてしまっていた。
私の信仰心を取り戻す。 これしか頭に無かったんだと思います」
穣子は、一旦間をおくためか、焼酎を口に運んだ。
もう10杯程度飲んでいるが、全く酔う気配は無い。
「洩矢様には、非常に申し訳ない事を承知で言うと、姉のそういう行為に、感謝は
しているんです。
そこまで私を思ってくれているんだな、って」
「アハハ、アンタも結構言うね」
「相手が洩矢様だから、ですよ。
いないから言うってもんじゃありませんが、八坂様の前では、とてもとても・・・」
穣子がそういうと、諏訪子はケロケロと笑った。
「・・・でも、本当に怖いのは、八坂様ではないんですけどね。
そこが、姉の誤解しているポイントなんです」
「・・・そう、だね」
6、
守矢神社、境内。
「いやー、強か飲んじゃいましたね~」
「何いってるのさ、穣子。 まだまだ余裕そうじゃない」
穣子と諏訪子が、境内を歩いている。
二人の飲み会が終了する頃には、夕日が沈み始めていた。
「あら? 諏訪子と穣子じゃない」
境内には、霊夢と魔理沙、早苗がいた。
「どうしたんだい? 早苗」
「諏訪子様。 これなんですが・・・」
早苗の手には、サツマイモが5本ある。
・・・但し、どれも小さい。
「ちっちゃいねぇ・・・」
「ええ。 里の子供達がくれた物なんですが・・・
若干季節はずれって言うのも相まって、ちょっと食べるには未熟なんですよ」
早苗がため息をついた。
「けど、貰ったものを捨てるのも勿体無いし」
「何とか有効活用する方法は無いかって、考えていたところなんだ」
霊夢と魔理沙が言った。
「食べ物を大事に扱う、その精神はいいね。
・・・しっかし、確かにどうしようかね・・・」
「諏訪子、お前の力で熟れさす事は出来ないのか?」
「無理無理」
魔理沙の問いに、即答する諏訪子。
「・・・じゃあ、万事休す、かしらねぇ・・・」
霊夢が残念そうに呟いた。
「ちょっといい?」
穣子が、早苗に声をかけた。
「はい? 何でしょうか?」
早苗が、訝しげに穣子に尋ねた。
「その芋、貸してくれないかな?」
「は、はあ・・・」
早苗が穣子に、袋から1本サツマイモを取り出し、穣子に渡した。
「よっと!」
「・・・・・・!!」
「おお?! すごいな!!」
穣子が力を込めると、サツマイモは見る見るうちに熟れていった。
「こんなもんでいいかな?」
すっかり熟れたサツマイモを、早苗に手渡す穣子。
「やるじゃないか、穣子!
伊達に神ってわけじゃないな!」
「へ~。 なんか、手品見ている気分だったわね」
魔理沙と霊夢が、感心したように言った。
「すごいですね、穣子様!」
早苗の驚きは、その二名を凌駕している感がある。
「じゃあ、残りも全てお願いします!」
早苗は、今度は袋ごと穣子に手渡した。
穣子は1本ずつ袋から取り出しては、それを熟れさせ、早苗に手渡していった。
結局、袋にあった5本のサツマイモは、全て立派に熟れたサツマイモになった。
「よーし! 焼き芋にしようぜ、焼き芋!」
すっかり熟れたサツマイモを目の前に、興奮する人間3名。
「諏訪子様と穣子様の分も焼きますからねー!!」
早苗が、諏訪子と穣子の方を向いて言った。
「うん、頼むよー」
笑顔の人間たちに、笑顔で対応する神、諏訪子と穣子だった。
「やっぱり、怖いですね。 これは。 そして、彼らは。」
「・・・そう、だね」
fin
私は初詣の神社を変えた事が無いですが友人達はあっちこち変えてるなー
勝手なものです。
魅魔様は……(苦笑w
チャッチャと人間を含めた地球上の生態系を、壊滅状態に追いやる事だって出来る…
パラレルワールドによっては、模造された神そのものを粉砕する事だって出来る…
確かに、人間って怖い生き物です
質問の回答としてはズレている事を承知の上で言えば、日本は多神教の文化を持つので、信仰の対象はもともと複数です。
自分勝手で都合が良くて、一神教と比べて大らかなのが良い所なのかなー、と私は思いますよ。
こんな場所で花開くには惜しい才能です。是非我々の元へいらして下さい
じいちゃんの仏壇に線香上げたくらい。
今年は行くか。
で、質問の答え。になっているのかはわかりませんが。
日本の信仰って、海外とは違う意味で一神教なのかな、と思います。漠然とした『人知を超えた何か』に対する信仰という意味で。
手を合わせようと念仏を唱えようと、多分祈りをささげているのは神でも仏でもなく、その向こう側にいる『何か』であって、神社も寺も教会も
その『何か』につながる窓にすぎない。だからお寺で葬式をした人が神社で初詣をするようなことが起きるんだと思います。
白薔薇の人でしたか!!
私、あなたの大ファンでしてね。
こんな所でお目にかかれるとはwww
どうぞ、これからも素晴らしい作品を沢山書いて下さい。
凄く楽しみにしています!!
今回の話は、静葉姉さんの妹に対する愛が素晴らしかったっす。
まさに愛のある虐め!!
三月精でも山は遠すぎて誰も行かないと霊夢が言ってる上に
非想天則の諏訪子の勝ち台詞で早苗に「麓の者に畏れられるぐらい強くなると良いわ」
と吹き込んでいたりと、恩恵を与えるつもりはほとんどないようですし。
人間って言うものはとにかく即物的ですものね。
真新しいものや目に見えて効果のあるものには、ついつい目移りしてしまう。
そう考えると、信仰心って不安定なもんだ。