1
しゃっ、しゃっ、しゃっ、
境内に箒が踊る音が鳴っている。
まだ太陽は昇り始めたばかり。肌寒さを感じながら、東風谷早苗は、箒を手に持ってい
た。
今日は強い風が断続的に吹いている。掃いても大して綺麗にならないが、やらないより
良いし、何よりも日課だった。
ところで、今日の朝ごはんは何だろう。今日は諏訪子様のはず。また新しい料理に挑戦
してそうだったから、少し不安がある。味見して下さいとお願いしても、今度は大丈夫だ
からと言われるし……。
不意に、木の葉が視界に入った。くるくる、と回っている。木の葉と正面から吹きつけ
る風に思考を釣られ、ふと空を見ると、妖精がはしゃいでいた。三人、いや、四人だろう
か。風に身を任せては、所定の位置に戻ることを繰り返しているようだ。
目が自然と細くなる。
楽しそうだ。
……私は何を見ているのだろう。
何が気になるのだろう。
「わぷっ」
突風により舞い上がった砂埃を浴び、早苗は顔の前で手を振る。同時に我に返り、掃除
を再開した。
妖精を見ながら何を考えていたんだろう。そんなしっかりとしない感情も、道が比較的
綺麗になるにつれ消えていった。
2
机に朝食が並ぶ時間。
彼女は、慌しく服の砂埃を払った。
「早苗ー、まだー?」
「すいません!」早苗はいつもより乱暴に障子を開け、いつもの席に正座る(すわる)。
「お待たせしました」
「その前に、落ち着きなさい」右向かいに座る八坂神奈子が、謝礼を静止する。
隣に座る洩矢諏訪子も頷き同意する。
身体は食事を急かしていた。呼吸は荒く、食べるという命令のみを信じているかのよう
だった。早苗は何とか自制を試みる。
冷えていた身体に熱が感じられる。諏訪子と神奈子がじっと待っている。それを見るだ
けで、彼女は自然と落ち着きが戻ってくるのを感じた。気持ちが落ち着くと、次は身体が
弛緩していくのを感じる。
すぐに呼吸は静かになり、若干の火照りだけを感じるようになった。
「はい、落ち着きました」笑顔で答えると、
「うむ」と神奈子様が笑顔を返し、
「はいっ」諏訪子様が軽い音と共に合掌する。
「「「いただきます」」」
二人が食事を始める。
慌てて卓についていた早苗は、改めて並べられている料理を見る。目の前に広がるのは、
皿に盛られたきのこたち。様々な漬け物、揚げ物、肉や野菜と絡めたもの、など全部きの
こが主役のようだ。米まできのこの炊き込みご飯である。
「きのこと何か縁が合ったんですか?」普段と違う光景に、早苗は疑問を発した。
「幻想郷に慣れるためにはきのこから、らしいよ」諏訪子の口にきのこの束が消えていく。
幻想郷の食はきのこで保たれているのか、と早苗は思った。もしかすると、災害時の救
荒食なのかもしれない。
「ここのきのこはすごいよ。形で言えばパイナップルみたいなのがあったし、色で言えば
……」言いながら諏訪子はきのこを摘む。「これ、黒っぽい色してるけど、焼く前は緑色
だったの。匂いは、数が多くてちょっと判らなかったのが残念ね。ああ、あとね、身体に
良いらしいよ。一週間きのこだけで生活しても大丈夫だぜって言ってたぐらいだから」
「はぁ~。幻想郷のきのこはすごいんですね」早苗は素直に感心する。
「ところで、どうしてあんなに慌ててたんだい?」揚げ物ばかり食べている神奈子が、早
苗に声をかけた。
あんなに、というのは、さっきの早苗の慌て具合だろう。
「あ、はい。掃除に夢中になってました」早苗は諏訪子を見ると、すぐに視線を神奈子に
戻した。「今日は風が強くて、あまり綺麗にならなかったんです。せめて汚れた感じがな
くなるよう、しようと思ったんですが、つい夢中になってしまいました」
掃除には人を惹きつける力、惑わす力がある。それは、掃除をする人にも及ぶ恐ろしい
力だ。放っておいたらどこまでも続けてしまう。それに今日の早苗ははまってしまった。
「なるほどね」それを知っているのかは判らないが、神奈子は納得したようだ。
「私が呼んだらすごい驚いてたみたいだねぇ」諏訪子が漬け物を少しずつ食べている。
「いつもより遅いから、様子を見て良かったわ」
「はい……。ありがとうございました」早苗が微笑む。
「ふぅん」神奈子が少し思案し、思い出したかのように言った。「諏訪子と遊んだのが駄
目だったんじゃないの」
「それなら、私は桶屋と親身になれるわねぇ。あははは」諏訪子が楽しそうに笑いながら
答える。
昨日。守矢神社の本殿に霊夢と魔理沙が侵入した。理由は判らないが、諏訪子を一目見
るために来たようだ。そして暇を持て余していた諏訪子と一戦を交えた。二人の人間は諏
訪子を負かし、他には特に何をするわけでもなく帰っていった。
この出来事は、早苗に少なからず衝撃を与えた。人間と強大な神が同等にやり合える。
つまり、神と人間に、大した差はないのだ。
既に判っていたことではある。
しかし、ならば、
この幻想郷において、神とはいったい何なのか。
人間とは何なのか。
「あ、早苗は今日どうするの?」不意に、早苗の意識に諏訪子の声が届いた。「私たちは
特に用事ないし、好きにできるわよ」とても機嫌が良さそうに、二人の神が告げる。
「え、えっと。里に行きたいと思います」心臓の鼓動を感じながら早苗は続けた。「妖怪
についてまとめた本があるみたいです。妖怪のことが判れば、幻想郷のことも少しは判る
と思います」
天狗から聞いた話だ。里にある稗田という屋敷が定期的に出している妖怪図鑑らしい。
幻想郷のことを、里の視点から見た資料となる。信仰を得るために少なからず役立つだろ
う。
「住所録みたいなものかしら」諏訪子が思ったことを口に出す。
「いくら幻想郷だからって、人間に捕捉されているのが妖怪と言えるの?」神奈子が苦笑
いで疑問をぶつける。
「神だって人間と一緒に住んでるわ」さらり、と諏訪子が流す。
「え?」早苗が諏訪子の言葉に反応する。
「それもそうか。って、いや、話が違うでしょ」
「そう? あはははは」諏訪子は相変わらず機嫌が良さそうだ。
3
誰かに仕組まれていたかのように、事はスムーズに進んだ。早苗が里に着くと、稗田の
屋敷に案内され、客として稗田阿求と話をした。幻想郷縁起はもちろん、幻想郷の今、こ
れからどうなるのか、また、山や守矢神社、外の世界についても情報は共有された。もち
ろん初対面なのだから、他愛も無い会話で互いを知ることもした。価値観のずれは多々あ
れど、その話題については次回とすることにした。近いうちに再訪する約束をして、早苗
は稗田の屋敷を、里を出た。
幻想郷縁起を借りることはできなかった。まだ未完成らしく、貸すに値しないというこ
とらしい。理由はそれだけではないと思うが、早苗は大人しく引き下がった。一度に全て
を求めることでもないからだ。
また、早苗は面白い情報を一つ教えてもらった。幻想郷縁起の妖怪欄の最初に書かれて
いる妖怪、ルーミア。そのルーミアが、今日、目撃された、ということだ。会いたいとき
に会える妖怪ではないから、会ってみてはどうか、というのが阿求の言葉だった。断る理
由もなく、だいたいの場所を教えてもらい、早苗は今、ルーミアを探している。
ルーミアは闇を操る妖怪らしい。そして、日が昇っているうちは、常に自分の周りが
真っ暗になっている。
早苗はある程度あたりをつけ、地上から探すことにした。空からでは、木々が邪魔をし
て発見できないかもしれない、と考えたからだ。
ほどなくして、広場のような場所に出た。木による影もあり、人間が五人ぐらいなら、
余裕で昼寝できそうだ。そして、そこに闇が、動いていた。
闇は広場の周りを回っている。地面を踏む音が聴こえることから、歩いているらしい。
しかし闇の軌道は、歩いているとは思えないほどに完璧な弧を描いていた。
「ルーミアさんですか?」闇は止まる気配をみせない。「私は風祝の早苗。現人神の末裔
です」
「私は妖怪よ」止まることない闇の中から、少女の声が発せられる。
「あの……。少しでも良いのでお話できませんか?」
「こんな時間からやるのー?」
「えっ?」
「面倒くさいから、一枚ね」
「何の用?」
当てる気がなさそうな弾幕を避け、あっさりと勝利した早苗の前には、やる気のなさそ
うな闇があった。
「まず、姿を見せてはもらえないでしょうか?」
「はいはい。ああ、マシだけど眩しいわ。慣れるまで待って」早苗が言い終わるより早く
闇を消し、ルーミアは手で目を隠した。
「話がしたいのです」早苗が言っても、目の前の少女は黙っている。待っていろ、という
ことだろう。
早苗はルーミアを見る。幻想郷縁起は白黒だったが、黄色い髪に、赤いリボンが結って
ある。他は描かれた格好ほぼそのままである。つまり、白と黒という、色だけでいえばシ
ンプルな服装だ。夏なのに暑くないのは、きっと、闇の効力だろう。
広場を見る。弾幕ごっこで少し暴れたせいで、どことなく印象が変わっていた。見渡し
てみても、どこから自分が来たのか判らない。上に行けば良いのだから、迷子にはならな
いだろうが、なんとなく、少しの恐怖を感じた。
「あー、それで、何だっけ? えーっと、末裔さん?」
姿勢を戻し、早苗はルーミアと対峙する。呂律が回っていない。眩しそうに細められた
眼からは、赤が覗いている。
「早苗です。話がしたいのです」
「そうね、良いよ、話しても」ルーミアは地面を軽く蹴り、早苗と目線を合わせた。首を
傾げる早苗に、「上を見ると眩しいの」と気だるそうに言った。しかし、さっきよりは発
声がはっきりしている。
しかし、早苗が口を開き喋ろうとすると、ルーミアは欠伸をしていた。なんとなく、話
がしにくい雰囲気である。
「あ、ごめん。どうぞ末裔さん」涙目だが、どこかすっきりした顔でルーミアが言う。
「私は早苗です!」語気が荒くなる。早苗は、自分でその荒さに驚いた。
「あんた、さっき現人神の末裔って言ったじゃない」ルーミアはそ知らぬ顔で、笑ってい
る。
「風祝の早苗とも言いました」
「どっちなのよ?」
「……は?」
早苗は呆気にとられる。
目の前の少女が、何を言っているのかが、判らない。
いや、判りたくないのか。
「あんたは、風祝の早苗なのか、現人神の末裔なのか、どっち?」今度は、なぜか怒った
ような顔でルーミアが聞く。
「どっち……、って」早苗が口を開く。「それは……」
赤い瞳が、早苗を、早苗の眼を見つめている。
吸い込まれる。
判らない。
なぜ、
私はこの少女と話しているのだろう。
信仰のため?
神のため?
幻想郷のため?
私のため?
「私は……、なに?」
少女が笑う。
声は聞こえない。
音を出しているのは自分だけ。
呼吸が乱れる。
赤と白。
もう一人の巫女を思う。
彼女は、何なのだろうか。
人間か、
巫女か、
神か、
「あなたはなに?」
「私は妖怪」流れるように少女が応える。
「私はなに?」
「あなたはあなた」
「私は……」
4
雪が舞う山。
弾幕の音が、妖精の活気が、招かれざる来訪客の存在を教える。
見えるのは、紅白の衣装と、白黒の陰陽玉。
ためらうことなく立ちはだかる。
「あら、この寒い中参拝に来たのですか?うふふ、私もここでの挨拶の仕方を学びました。
この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!」
ネガティブな一言で、全てが台無しになることもありますから、あまり書かないほうが・・・。
少し、内容が浅い気がします。あと、改行もところどころ見づらいかも。