始まりは己が主の言葉だった。
「妖夢・・・・・・飽きたわ」
「・・・はい?」
夕餉の時間、並べられた料理を前にして幽々子はそう言い放った。
「だから飽きちゃったのよ」
「はぁ・・・」
幽々子の突然の言葉に妖夢は少し戸惑ったが、食卓に並べられた料理をみて『これか』と思った。
「なるほど・・・確かに一週間続けて和食でしたね。食欲魔人の癖に無駄にグルメな幽々子様が飽きてしまうのもわかりますが・・・今日の分は作ってしまいましたから我慢してください」
大体、作る前に言ってくれれば良かったじゃないですか――――と続けようとした妖夢であったが、いまさら言っても仕方ないと思い口にはださなかった。
「違うわよ!!第一、食欲魔人ってなによ?」
「違うんですか?あぁ魔“人”ではありませんでしたね。幽々子様なら魔“亡人”と言った方が正確でしたか?」
「魔亡人ってなによ!?」
「良くないですか?未亡人みたいで」
「・・・・・・昔はあんなに可愛かったのに」
「幽々子様に鍛えられましたから」
幽々子はまだブツブツ言っている。時折「反抗期かしら?」との声が聞こえてくるが、妖夢は気のせいだと判断した。こんなにも従順に使えている自分に対して反抗期は無いだろう。
「まぁいいわ、あなたの再教育は後でするとして・・・」
「再教育ですか?なにか卑猥ですね」
「お願いだから黙って聞いて頂戴!!・・・私が飽きたのは妖夢、あなたの服装のことよ」
「・・・・・・はぃ!?」
予想外の言葉に今度は唖然としてしまう。
「だからね?あなたいつも同じ服じゃない?とても似合ってるんだけど・・・流石に毎日だとねぇ・・・」
「いや・・・そんなこと言われましても・・・。大体そんなことおっしゃるなら、幽々子様だって同じような服を着ているじゃないですか?」
「あら?妖夢は私のこと飽きちゃったのかしら?・・・ひどいわ~」
ヨヨヨ、と泣き崩れる幽々子。
「違いますよ!?それに先におっしゃったのは幽々子様じゃないですか!!」
「そうだったかしら~?」
ニヤニヤしながらとぼける幽々子を見て妖夢は漸く気が付いた。
――――あぁ・・・いつもの戯れか・・・・・・
「わかりました。つまり私が新しい服を着て幽々子様にお使えすればいいわけですね?」
「そういうことよ。明日一日お休みにしてあげるから、里にでも行って探してきなさい。」
「わかりました。衣装の類は余り詳しくありませんが・・・精一杯探してきます」
「フフッ――本当にいい子に育ったわね・・・楽しみにしているわ」
「はいっ!!それでは今日のうちに明日の仕事を片付けて来ます!!」
そのまま妖夢は部屋を飛び出して行き―――
「あらあら・・・」
その背中を幽々子は微笑みながら見送っていた。先程まで妖夢がいた場所には、まだ手付かずの夕飯が残っている。
「成長したかと思えば・・・こういうところはまだまだね。―――そこのあなた。少しいいかしら?」
そばにいた幽霊に妖夢を呼びにいかせ、一人きりになった部屋で苦笑する。
「美味しそうな料理を目の前にして我慢するのはつらいけど・・・やっぱりご飯は一緒に食べなきゃね」
慌てて帰ってくる彼女を想像しながら、幽々子はどうからかってやろうかと考えるのであった。
翌日―――
日も高く上り、その熱が大地を焼き付ける中。一人の店主が店先に打ち水をしていた。
一時間おきに外に出ては水をまいているその姿から察するに、おそらく暇なのであろう。
「水を撒いている間は涼しいんだが・・・しかしこれも焼け石に水かな?」
そう独りごちながら、香霖堂の店主森近霖之助は水を汲みに井戸に向かった。
「しかし暑い、本当に暑いな・・・紫が言っていた“えあこん”があれば少しでも楽に成りそうなんだが・・・まぁ無いものねだりをしてもしょうがないか」
裏の井戸から帰ってきた霖之助は水を撒く。撒いた端から乾いていくから果たして意味があるのかわからないが、やることが無いのでひたすら撒く。
「ふぅ・・・これくらいでいいかな?」
気付けば撒きすぎではないかと思えるほどに、あたり一面水浸しになっていた。ものの一時間で乾いてしまうわけだが・・・
「しかしこう日照り続きだと井戸の水も涸れてしまいそうだ・・・守矢の神に直談判でもしにいこうか?」
道具を片付けながら、妖怪の山を上って守矢神社へと上っていく自分の姿を想像する霖之助。
「やめよう・・・生きて帰って来れる気がしない・・・」
そう結論付けた霖之助。店内にに戻って一息つくと、暑さを少しでも紛らわすために先程まで読んでいた本に手を伸ばし―――
「ごめんくださーい!」
突然の来客に打ち切られた。
「いらっしゃい・・・あぁ君か。生憎だが人魂灯はおいてないよ?それとも他の落し物かい?」
「違いますよ!!大体それが客に対する態度ですか?」
「なんと、今日の君はお客様だったのか?」
「前回もそのつもりで来たんですが・・・」
「商品の対価に当たる物を持ってこない者は、お客様とは呼べないよ?」
「うぐ・・・でっ、でも今回はちゃんと客としてきたんです!!」
「そうかい?」
そう呟くと、霖之助は営業用の笑顔を貼り付け・・・
「いらっしゃいませ。ようこそ香霖堂へお越しくださいました・・・さて、何をお探しかな?妖夢」
「吃驚するほど胡散臭い笑顔ですね、霖之助さん」
「うるさいよ・・・」
即否定された。ここ一週間鏡の前で練習してきたのは何だったのだろうか?と落ち込む霖之助。
「・・・まぁいい。それで?何しに来たんだい?」
少し恥ずかしかったのか、若干頬を染めながら話を元に戻す。妖夢はそれに触れることなく来店の理由を告げた。
「実はですね・・・」
そして妖夢はこれまでの経緯を話し始めた。
朝食を終え、白玉楼を出た妖夢は人間の里へと向かっていた。
里へは食材を買いにちょくちょく来ているため、勝手は知っている。そのため妖夢は服くらいすぐ買えるだろうと、そう思っていた。
・・・実際に店に入ってみるまではだが。
何時も買い物している八百屋の主人に場所を聞いて、里で一番大きいとされている服飾店の入った妖夢。そこで彼女を待ち受けていたものは!?
「モノが多すぎて選び切れなかったんだろう?」
「なっ!?なんでわかったんですか!?いや、他にもあるんですけど・・・」
霖之助に己が失態を言い当てられたことに驚愕する妖夢。
「いや、顔に書いてあるからね」
「えっ!?」
慌てて店内の鏡に顔を向ける、そこには何時も道理の自分の顔がある。
「驚かせないでくださいよ!!」
「・・・誰がどう聞いても冗談の類だよあれは」
―――そういえばこういう娘だったな
妖夢の素直すぎる反応に笑いを堪えながら、霖之助は妖夢のことを再認識していた。
「とっ、とにかく。私は何か新しい服を買って帰らなければいけないんです!!」
「今更ながら・・・うちは服屋じゃないんだけどね」
「うっ・・・で、でも何かしらはあるんでしょう?私はもうあの店には行きたくないんです!!」
「そこまで嫌なのかい?」
「嫌と言うか・・・もちろんお店は綺麗でしたし・・・品揃えも豊富だったんですが・・・」
「ですが?」
「店員が・・・」
「店員?」
店に入ってからのやり取りを思い出す妖夢。言っていることがまったく理解できずにただ唖然とするしかなかった。特に最後の『ガイアが貴女にもっと輝けと囁いている』とは何なんだろう?帰ったら幽々子様に聞いてみよう。
「まぁよく分からないが・・・うちで買い物してくれると言うなら歓迎しよう。しかしまいったね・・・」
「どうかしたんですか?」
「いや・・・生憎衣装の類の在庫が余り無くてね・・・四着ほどしか残ってなかった気がするな・・・」
「そうなんですか?でも沢山あっても選びきれませんから・・・とりあえず見せてもらってもいいですか?」
かまわないよ―――と言い残し、霖之助は店の奥へと入っていった。
独りきりになった妖夢は、先程の店員について再度思案する。
よくよく考えればあの店員、あの店に措いてすら異質であった。自分が入ってきたと同時に、気配も無く近づいてきた。こちらが話そうとすれば先の先を取って出鼻をくじかれる。さらに店内を回るときも付かず離れずの距離を保っており、敏感にこちらの気配を察知して近寄ってくる・・・。あの間合いの取り方と気配の読み方・・・それがまるで侍のそれであるかの用に感じた妖夢はある1つの考えにたどり着いた。
あの男、実はとんでもない手練「違うと思うよ」
思考をさえぎられた妖夢は声の主を睨みつける。
「そんな目で見ないでくれ」
「そんな目にさせたのは誰ですか?」
「まぁいいじゃないか。それよりもほら、持ってきたよ」
話を変えてしまおうと、霖之助は持ってきた服を並べた。
「あなたが言う台詞ですか!?まぁいいですけど・・・。それで、服は・・・」
目の前に並べられた服を見て、妖夢の目が点になる。
「あの・・・霖之助さん?」
「なんだい?」
「これ・・なんですか?」
「これかい?これは霊夢の巫女服だね」
「これは?」
「魔理沙の服だ」
「これ・・・」
「紅魔館の門番・・・美鈴さんのものだね」
「・・・」
「ちなみにこれはメイド長の咲夜さんのものだ。いまうちにはこれしかないよ?」
妖夢は思った。
―――こんな事ならあの店で頑張ればよかったな・・・
「本当にそれでいいのかい?」
「・・・まぁ他に選択肢がありませんから・・・」
妖夢が手に持っているのは、紅魔館印のメイド服―――つまり十六夜咲夜と同タイプのメイド服であった。
最終的にそれを選んだ理由として・・・
巫女服
流石に博麗の巫女と同じ格好で白玉楼に勤めるのはどうだろうか?腋だし。
魔理沙の服
フリフリが多くて動きづらい。却下。
美鈴の服
動きやすそうで良かった・・・・・・試着して見るまでは。
とにかく大きかった。何がって?それは言えない。
とまぁ消去法で咲夜のメイド服に決まったわけだが・・・
「同じ従者ですし・・・あの人もこれを着て仕事しているわけですから」
「まぁ元々その為の服だからね・・・それじゃ試着してみるかい?」
霖之助の言葉に妖夢は首を振った。
「そうしたいところですがそろそろ夕食の時間なので・・・」
「おや?君は今日一日休みだと聞いていたんだが?」
「そうなんですけどね・・・夕飯は一緒に食べたほうが美味しいじゃないですか」
妖夢は照れながらもハッキリと言った。
「・・・そうだね。早く帰ってあげるといい」
霖之助が微笑みながらそう告げると。
「はい!!今日はどうも有難うございました!!」
礼を告げると共に、妖夢は風のように去っていった・・・
その背中を見つめながら霖之助は思う。
――――代金貰ってなかったな
今度来た時にやらせる仕事を考えながら、少し涼しくなった部屋で読書を再開するのであった。
――――誤算だった!
部屋を叩く音が聞こえる。
「ねえ~妖夢~。早くご飯にしましょうよ~」
ついでに己が主の言葉も聞こえるが、それを気にしている場合ではない。
「くっ、うううぅぅぅぅぅぅぅぅぅううう」
「やっぱり無理なのよ~今度サイズを直してもらえば良いじゃない」
何を言ってるんだこの食欲魔亡人は?サイズがあわない?そりゃろうだろう、紅魔館のメイドの方が背が高いんだ・・・だから丁度いいサイズで無いことなど分かっていた。
「うぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」
少しブカブカになる位だろう・・・そう考えていた。
「くぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬんうぬn」
なのに!何故!?
「妖夢~~!?」
「うがあああああああああああああああ!!なんでこれ以上ファスナーがあがらないのよおおおおおおお!!」
数日後・・・香霖堂にメイド服が返却された。
見るも無残な姿で返された“それ”であったが、店主は何も言わずに受け取った。
その後、人間の里で『夜中に幽霊を連れた女が鬼の形相で走っている』という噂が流れたが・・・
真実は定かではない。
「香霖ーこの布着れなんだー?」
「あぁ、それは紅魔館のメイド長が“昔”来ていたメイド服だよ。小さくなったからって引き取ったんだが・・・ちょっとした事故にあってしまってね・・・ボロボロになってしまったわけさ」
「ふーん」
更に後日、香霖堂が何者かに襲撃され店主は瀕死の重傷を負った。
倒れていた店主のそばには『半人誅』と書かれた紙が置かれていたと言う・・・・・・・
ようむかわいいよようむ
物は多いし自分がちっぽけな存在に思えるし…