Coolier - 新生・東方創想話

「交代日記」 レミリア・スカーレット

2009/07/21 06:54:39
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 ※前作からの続きとなっております。同作者の『「交代日記」 パチュリー・ノーレッジ』を必ず先にお読みください。





『 9月10日  天気:忌々しい太陽 』



私の名は、レミリア・スカーレット。
紅魔館の主にして、誇り高き吸血鬼。


私は今、月明かりの下で一人、この日記を書いている。

パチェから貰った、一冊の日記。
私はこれから、今日、紅魔館で起きた出来事を、ここに書き記す。

今日という日を忘れない為、そして自身への戒めの為に。



始まりは昼過ぎ、私の目覚めの食事が済んだ後のことだった。

いや、それは始まりでは無かったのかもしれない。
私が知らないだけで、私の運命は、既に動き始めていたのだから――






◇ ◆ ◇ ◆ ◇






私がティータイムを楽しもうと、テラスへ向かっていた時、
同じ様に、廊下を歩いていた一人の人形遣いに会った。

「こんにちは、レミリア」
「あぁ、おはよう」

館の主に対するには軽い挨拶。馴れ馴れしい感じもするが、まぁいい。
白黒や紅白に比べれば、自分が客人だということを心得ている。


「こんな日が沈む前の時間に、珍しいわね」
「魔法の森に引き篭もる貴方に言われたくないわ」

互いに軽口を言い合うが、本当は珍しいことではない。
私が起きるのは何時もこのくらいの時間だし、最近はコイツも頻繁に図書館に来ているようだ。

「またパチェと図書館に引き篭もり? たまには外に出なさい」
「それはパチュリー本人に言いなさいよ。親友の貴方からね」

まったく、パチェは放っておくと、ずっと本を読んで図書館から出てこない。
先月なんか本の読みすぎで寝不足になり、倒れたこともあった。いい加減にして欲しいものだ。


「レミリアもたまには図書館へ来てみなさいよ」
「遠慮しておくわ、パチェに用があれば呼ぶから」

私はそこまで本を読むわけじゃない。図書館へ行くのは月に一回程度。
パチェと話がしたくなったら、ティータイムに呼べばいい。

「そう、残念ね。きっと面白い物が見られると思うわよ」
「面白い物? 私は別に、魔道書なんかに興味は無いわよ」


そう、と肩をすくめて見せ、人形遣いは私の横を通り過ぎようとする。
その刹那、人形遣いの体から放たれる匂いが鼻腔をくすぐる。


「待ちなさい!!」

――この、匂いは!


「何よ、いきなり」

「貴方、何か隠しているわね?」
「え? いいえ、何も隠してなんかいないわよ?」

何よ、とぼける気? その匂い、私が……間違えるわけが無い。
私がどれほど望んでも、手が届かないその香り。

「嘘ね」
「なんで言い切れるのよ、私が何を隠しているって言うの?」

この女、白を切る気か。この私相手に隠し事だと。
良かろう、全ての運命は私の手の中ということを証明してやる。


「いいわ。貴方をティータイムに招待するわ」
「え? ちょっと、待ちなさいよ。私はこれから図書館に……」

「そんなのは後にしなさい。そこまで時間はとらせないわよ」
「断ったら?」

「貴方は、お邪魔している館の主人の申し出を断るほど、礼儀知らずなのかしら?」
「……そう、判ったわよ。ま、私もちょっと話したいことがあったしね」

話? 人形遣いが私に何の用だろうか。
まぁいい、まずはお前の隠し事を曝け出してもらおう。


そうして、私と人形遣いは、テラスへ舞台を移した。




◇ ◆ ◇




私たちが辿り着いたテラスのある場所は、太陽とは反対側。
この体が直射日光に耐えられないための配慮だ。

「お待ちしておりました、お嬢様。あら、アリス。珍しいじゃない」
「本当にね……。ま、たまには咲夜の紅茶を楽しむのも良いと思ってね」
「咲夜、紅茶をもう一人分用意しなさい。お茶請けはいらないわ」

畏まりました、と返事した瞬間には紅茶が用意されている。
さすが私の従者、完璧よ。

「あら、私相手ではお茶請けも出してくれないのかしら?」
「そういう訳ではないわ。ただ―― 


さぁ、お膳立ては出来た。

「貴方が隠し事をする限りは、ダメね」
「……!」

明らかに人形遣いの顔が強張る。

「気づかれていないとでも思ったのかしら?」
「……さっきも言っていたけど、何のことかしらね」

面白い、ここまで来てまだ隠すか。聞かなくても判っているのだぞ?
お前とパチェが図書館で何をしようとしているかなんて……。


「ならば聞こう。お前は今日、ここへ何しに来た?」
「貴方が呼んだから来たんじゃない。何を言っているのよ」

ちっ、往生際が悪い。
良いだろう、お前の嘘を一枚ずつ剥がしてやる。


「違う、その前だ。何をしに図書館へ来た」
「……本を返しに来ただけよ」

「確かにな。お前の持つその包みには、本が入っているのだろう」
「判っているじゃない、なんの問題も無いはずよ?」

ふ、甘い。誰がそんな物に誤魔化されるか。

「では、お前の持つバッグには何が入っている?」
「それは……。べ、別にたいした物は入ってないわよ」

声がうわずっているぞ? 早く素直になればいいものを。

「嘘だな、なぜならそれの中身こそが、お前が図書館へ来た本当の目的なのだろう?」
「何を根拠にそんなことを言うのよ!」


その中身から匂う、微かな香り。
いつの時も、私が求めてやまない、愛しいモノの――


「簡単なことだ。キミがきたこの時間と……バッグに染み付いたその匂いから推理すればな」
「なっ……! 匂いで判ったって言うの?」
「アリス君、あまり私をなめないで貰いたい」

ふふふ、どうだね。私の完璧な推理は。


「アリス、もう、いいんじゃない?」
「……咲夜?」
「私は、もう隠さなくても大丈夫だと思うわ」
「………」

まさか、咲夜まで共犯だったと言うの?

いいや、違う。私は気づいていたはずだ。
私一人が、仲間外れにされる可能性に。


「判ったわ。確かに、いつまでも貴方に隠していることじゃないわね」

まぁ、良い。それもここまでだ、私の勝ちに変わりは無いのだから。

「そう、私の来た本当の目的は、これよ」

そういって人形遣いはバッグから何かを取り出す。
机の上におかれたのは……なにこれ?

「何よ、これ?」
「えっ……裁縫道具よ」

裁縫道具? おさいほうのどうぐ?

「図書館で、人形の直し方をフラ――」


 バンッ!!

「ふざけないで!!」

私は思わず机を叩きつけ、叫ぶ。

「お、お嬢様!? 落ち着いてください」
「咲夜は黙ってなさい!」

「何よ! ふざけてなんかいないわよ」

この女は私の口から言わせないと気が済まないらしい。


いいだろう、ならば言ってやる!

「これ以上、隠しても無駄よ! 早くそのバッグに……、
 バッグに入っている『クッキー』を出しなさい!!」




……。

…………。


「――え?」
「――は?」


え?

一体、どうしたというのよ?
なんで二人とも目が点になっているの。

「どうしたのよ、二人とも……」


「……くっきー?」
「そうよ。貴方、持っているんでしょう?」
「確かに持っているけど……」

人形遣いが取り出したのは、可愛らしい袋。
ついに真犯人が姿を現したわね。あぁ、なんて香ばしい匂い。

「お嬢様、涎が……」

はっ、つい我を忘れるところだったわ。

「貴方が言っていた匂いって、これのことだったの?」

そう言って袋の口を開く。
美味しそうな匂いが更に強くなり、私を襲う。

「お嬢様……、背中がパタパタしております」

はっ、落ち着け私。カリスマカリスマ……。


「つまり、レミリアが言っていた匂いってのはクッキーのことで。
 私が図書館でこれを食べると思っていたってこと?」
「そうよ、それ以外に何があるのよ」

はぁ、と大きく溜息をつく人形遣い。
ちょっと、なんで咲夜まで溜息をついているのよ。


「ティータイムに誘われたのだから、それくらい出すのが礼儀でしょう?」
「それは、そうだけど……。判ったわよ、これを食べましょうか」

ふん、始めからそうすれば良かったものを。

「ただし、これは元々図書館で食べる予定だったのよ。
 だから図書館から呼んで来て、一緒に食べてもいいでしょう?」

そうね、仲間はずれにしては可哀想ね。

「ええ、もちろん良いわ。咲夜、ちょっと呼んできてちょうだい」
「畏まりました」

「あ、咲夜。ちゃんと呼んできてよね? レミリアお嬢様の許可が下りたのだから」
「……ええ、判っているわ」

なぜ念押しを? ただ呼んでくるだけなのに。


「ふふふ、楽しみね」

なんでこの人形遣いはこんなに楽しげなのよ……。





◇ ◆ ◇




何をしていたのだろうか、大分時間が経ってから咲夜たちは戻ってきた。
もう日が沈み始め、館の反対側から夕日の色が射している。


「お連れしました、お嬢様」

「今晩は、レミィ」
「おはよう、パチェ」

挨拶をする図書館の魔女の顔は、なかなかに元気そうだ。
前に倒れたときは、大分やつれていて心配したのだが。

「久しぶりね、パチェが図書館から出てくるなんて」
「そうね、でも久しぶりなのは私だけじゃないんだけど?」
「……え?」

そう言ってみせるパチェの後ろに、誰か居る。
あの翼は……、他の誰も真似できない、宝石のような――


「……フラ…ン?」

嘘、なんで?

「前に出なさい。いつまでも隠れていないの」

パチェに押されて出てきたのは、私の、妹。


「ほら、挨拶は?」
「……こんばんは、お姉様」

不安そうな表情で、私に挨拶をするフラン。
何でよ? なんで出てきたの。

「貴方、何やっているのよ……、なんでこんな所に居るの?」
「ちょっと、レミィ」

「自分で、良いって言ったじゃない」
「……何?」
「さっき聞いたでしょ。図書館から呼んできて、同席しても良いかしらって」

じゃぁ、元々こいつはフランと一緒に。それだけじゃない、パチェも。
一体、なんで? フランは地下に居るはずなのに。


フランの方を見ると、不安そうな表情でたたずんでいる。
その気持ちを誤魔化すように、パチェの服の裾をしっかりと掴んで。

なんで、貴方達はそんなに仲よさそうなのよ。
それじゃぁまるで……まるで姉妹みたいじゃないか。
辞めなさいよ、そんな風に私に見せ付けるのは。


もしかして、ここに居ておかしいのは私?


「それで、ダメなのかしら?」

何を聞いているんだ、当たり前じゃないか。
当然……ダメ…なの……よね。


「お姉様……、だめ?」

フラン? なんでそんな目で私を見るの?
何で貴方が怯えているのよ。いつも怯えていたのは……私の方じゃなかった。

おかしいわ、なんでこうなったの?


「ダメなの? レミィ……」

パチェまでそんな目で私を見るの?
なんで皆してそんな目で……。


――そう、わかったわよ。

「いいわよ、ここで紅茶を飲んでいきなさい」


そうだ、そのくらい構わないだろう。ただし――

「その代わり、私が戻るから」
「レミィ!?」

居たくない、こんな所。せいぜい貴方達で楽しくやりなさい。
こんな所、さっさと逃げ出して――


「お姉様!!」

フラン?

「……まって、お姉様。わたしは……、一緒がいい」

一緒に? 誰と


「お姉様と一緒に、紅茶を飲んで、クッキーを食べて、おはなしを……」

なんで……なんで貴方はまだ、こんな私を姉と呼んでくれるの?
私は貴方を地下へ閉じ込めたのよ? 


「お嬢様」
「……なによ?」

「早く席にお戻りになられないと、せっかくの紅茶が冷めてしまいます」
「咲夜……」

貴方まで、そんなことを言うのね。
いいわ、そこまで言うなら付き合ってあげるわ。


茶番に成り下がった、このお茶会に。





◇ ◆ ◇





………。

……誰も、喋らない。


何なのよ、この重苦しい空気は。なんで誰も喋ろうとしないのよ。
ほら、せっかくクッキーがあるのだから、誰か食べなさいよ。

なんでこの魔女二人は、そんなに澄ました顔をして紅茶を飲んでいられるのよ。
貴方達がこのお茶会を望んだのだから、もっと楽しみなさいよ。



……フラン。

どうしたの、せっかく咲夜が入れてくれた紅茶が冷めちゃうわよ?
目の前にある美味しそうなクッキーが湿気ってしまうわよ?


「――ねぇ、お姉様」

「……なによ?」

「その、クッキー食べてもいい?」
「そんなの、私に聞かないでよ。焼いた本人に聞きなさい」

――私に聞かないでよ。

「あら、意地悪なお姉さんね。いいわよ、フラン。遠慮しないで食べなさい」
「……うん」


フランは俯きがちに返事をして、クッキーには手を伸ばさない。
しまった、きつく答えすぎた。せっかくフランが話しかけてきたのに。

……フランが、話しかけて?
おかしい、私の中のフランはもっと――

どうしたのよ、フラン。貴方すこしおかしいわよ?
どうしたのよ、フラン。貴方もっとおかしいわよね?


「ねぇ、お姉様」

「……なによ?」

「この紅茶、おいしいね」

「そんなの、私に言わないでよ。淹れた本人に言いなさい」

――私に言わないでよ。

「……うん」


私は、何をやっているの? せっかくフランが話しかけてきたのに。

そうよ、どうかしていたのかしら? 待ち望んでいた妹との再会じゃない。
一人ぼっちだった私が、待ちに待った妹との出会い。姉の私がしっかりしなきゃ。


何か、なにか話しかけないと……。
あら、フランが持っているのは、人形かしら。

「あら、フラン。人形なんかもっていたのね」
「え、うん。ほら、可愛いでしょ?」

フランが持ち上げて見せるのは、首と片腕にツギハギがある男の子の人形。
なんてぼろぼろの人形なんだろう。言ってくれれば新しいのを買ってあげるのに。

「水臭いわね。そんな汚いのを持つくらいなら、新しいのを買っ――」
「――汚くなんか、ない!!」

思いっきり叫んで、人形を強く抱きしめるフラン。

「ちょっと、どうしたのよ」

判らない、どうしたのだろう。
ワカラナイ、この子は何を考えているの?

あぁ、そうだ。昔からそうだった。
フランは私の手には負えない……。


「はぁ」

不意に、大きな溜息が聞こえる。

「見ていられないわね、全く」
「ちょっと、アリス」

あぁ、そういえばこの二人も居たわね。

「何よ、パチュリー。このまま見ているだけでいいの?」
「そういうわけじゃないけど……」

「フラン。私が焼いたクッキーが食べられないって言うの?
 レミリア。貴方は客から差し出された物を無視するの?」


急に何を言い出すのだろうか、この人形遣い。空気読みなさい。
でも、確かに言ってることは正しい。せっかくだから一枚くらいは……

「「あ」」

同じ事を考えていたのだろう。フランと手が重なる。

「貴方から、いいわよ」「お姉様から、どうぞ」

ついでに重なる言葉。

「じゃ、じゃぁ……」

今度はフランから手を伸ばし、私が後から取る。
クッキーを一口かじると、香ばしい食感とバターの風味が口に広がる。

「美味しいわ」「おいしい」

「「……あ」」

またも重なる言葉。
フラン、わざとやっていない?


「ふふふ、そっくりじゃない」
「本当、さすが姉妹ね」


こっちを見てニヤニヤしている二人の魔女。
そっくり? 私はこんな妹と……

「「……あ」」

互いに目が合って、なぜか直ぐに逸らしてしまう。
な、なんで私は妹相手に照れているのよ!





………。

誰も、喋らない。
聞こえてくるのは、紅茶を啜る音と、クッキーを齧る音。


まただ、なんでこの魔女二人は、そんなに澄ました顔をして紅茶を飲んでいられるのよ。
なんで私たち二人だけが必死になっているのよ。
何か、なにか話さないと……。


「あ、そうだ! お姉様!」

え?

「――じゃなかった、アリス」

 ずるっ

って貴方ね! 実の姉と間違えないでよ。

「あぅ、ごめんなさい。お姉様のこと考えてたから、つい……」

それは喜んでいいのか、悪いのか。

「で、どうしたのフラン?」
「あのね、アリス。わたし、アリスの人形劇が見てみたい」

人形劇? まぁ、人形遣いだからそれくらいできるのかしら。

「構わないけど。どうしたの? 突然」
「……うん。そのね、約束したの」


――約束。

フランが、誰かと。私の知らない、誰かと。

「外に、出れたら……、人形劇を一緒に見ようって」

そうなの、一緒に。私じゃない、誰かと。

「この子と、約束したの」

この子、って人形!?

貴方は人形遣いとは違うのよ? 人形とお喋りするなんて。
ちょっと、パチュリー。目を逸らしていないで、何か言ってやってよ。

「そうなの。ええ、いいわよ。人形劇くらい」
「やったー!」


満面の笑顔で喜ぶフラン。
おかしい、フランはこんな風に笑う子じゃなかったはずだ。
もっと、狂ったように……。

――早ク あソびましょウよ オ姉様

ダメだ、思い出してはいけない。
あんなの……あんなもの地下へ閉じ込めておかないと。


「でも紅魔館でやるのなら、当主の許しが無いとね。どうかしら? レミリア」
「……え?」

あぁ、人形劇のこと。

「別にいいわ、好きにしなさい」
「本当!? ありがとう、お姉様!」

有難う、ね。まさか貴方にそんなことを言われる日が来るとは。


「いつやればいいの? 少し時間さえ貰えれば、私は今日にでも出来るけど?」
「いっそのこと今日の夕食後とかにやっちゃえば? フランも早く見たいでしょう」
「いいの? 見たい! 早く見たい!」
「あら、それではホールの掃除をしないとダメかしら……」


珍しいイベントに盛り上がる四人。いいわ、勝手にやってちょうだい。


 ガタッ


「あら、レミリア。どこへ行くの?」
「部屋に戻るわ。後は好きにしなさい」

「そう? じゃ、そうさせてもらうわ。劇には遅れないで来なさいよ」
「何言ってるのよ。私は行かないわよ」

貴方達だけで、楽しくやりなさい。


「……え。こないの? お姉様」
「ええ、私はいいわ」

「そんな……」

さっきまでのはしゃぎようが嘘の様に、沈んでいくフラン。

「ちょっと、レミィ……」
「何よ? 私は人形劇になんか興味は――」

「――やだ」

やだ?

「お姉様と、一緒じゃなきゃいや」
「……フラン?」
「約束したもん。お姉様も、一緒に見ようって」

約束? 人形が私の名前でも出したとでも言うの?


「ダメじゃない、レミリア。可愛い妹を泣かせちゃ」

泣かせる? まさか、このくらいで――

フラン……うそでしょう? なんでよ。
そんな目で私を見ないでよ。そんな潤んだ目で、私を。


「逃げるの? レミィ」
「……え?」
「また、逃げるの?」

パチェ? 何言ってるの。私は、逃げてなんかいないわよ。
なんでよ、なんでまた貴方達はそんな目で私を見るのよ。

今日に限って、どうしたって言うのよ。何かあったの?
いつも通りのお茶会じゃない。いつもどおり、私と、パチェと、咲夜と……。

あら、貴方も来ていたの?



そうね、人形劇をやるんだったわね。

「判ったわ。夕食の後、ホールへ行けばいいのね」


――返事は、聞かない。


私はそのまま、足早にその場から……逃げ出した。





◇ ◆ ◇





部屋に着いた途端、足から力が抜け、ベッドに倒れこむ。
まるで、夢でも見ているような心地。


落ち着け、落ち着くんだ。何を恐れている? 私はレミリア・スカーレット。
誇り高き吸血鬼にして、紅魔館の絶対の主。何を恐れることがある。

そうだ、何も無い。ただ、珍しく妹が出てきただけじゃないか……。


悪魔の妹が――



『悪魔の妹』

一体、誰がそんなことを言ったのだろうか。
悪魔って一体、誰?

生まれながらに、破壊を秘めた吸血鬼の妹のこと?
妹を地下へ閉じ込めた、愚かな吸血鬼の姉のこと?

仕方ない、仕方なかったのよ。あんなモノは私の手には負えない。


――また、逃げるの?

パチェ……。あの時の、パチェの眼。
怒りでもない、悲しみでもない。あれは信頼の眼差し。

親友の私には判る。そう、今までにも何度も見たことがある。


――ねぇ、レミィ。いつまで妹様は地下へいなければならないの?
――ねぇ、レミィ。妹様はもう、大丈夫なんじゃないかしら?
――ねぇ、レミィ。たまには、妹様と一緒に食事でもとったら?


何度も、何度も見たことがある、聞いたことがある。
私が図書館へ訪れたとき、ティータイムに呼んだ時、一緒に食事を取ったとき。

一体、私はなんて答えていた?


――まだ、早いわよ。
――その話は後にしてちょうだい。
――そのうちにね。


まだ早い? 後? そのうち? 一体それはいつのこと?



――いつか、いっしょにあそびたいな。


これは、誰? もしかして、フラン?
……まさか、ね。



――いつか、いっしょにあそびたいな。


やめなさい。私の頭の中で喋らないで。
誰よ、あなたは。



いったい……




◇ ◆ ◇



 
 コン コン


「お嬢様、そろそろ始めるそうです」

扉の向こうから、従者の呼ぶ声がする。
私はそのまま、夕食の終わる時間までベッドの上に寝ていた。

「わかったわ、直ぐに行くから先に行ってなさい」
「畏まりました」


結局、何も食べなかった。なぜだか判らないが、食欲が沸かない。
今は、紅い血なんて、見たくない気分。


「待たせちゃ、悪いわね」

誰にともなく、一人呟く。
食事を辞退しておいて、悪いも何もあったもんじゃない。


声は、もう聞こえない。


さぁ、行こう。
素直に魔法使いの演じる人形劇を楽しむとしよう。




――フランも、来るのよね





◇ ◆ ◇





 ざわ ざわ


ホールに辿り着くと、そこには館で働くメイド達まで集まっていた。
私たちだけじゃなかったの? 一体、どういうこと。


「ちょっと、咲夜。何なのよこれは!」
「お待ちしておりました、お嬢様」

「挨拶はいいわよ! このメイド達は何なのよ」
「アリス様が、せっかくだから皆も集めて来るようにと……」

あの人形遣いが? 観客が少ないと物足りないとでも言うのか。
この私までが、メイドたちと同じ席で劇をみるのか。


「あら、レミィ遅かったじゃない。みんな貴方待ちよ」
「パチェが居ながら、なんでこうなったのよ?」
「メイド達のこと? 文句ならアリスに言って頂戴。本当は全員呼んで来なさいって話だったのよ?」

紅魔館の全員を相手に人形劇をする気だったのか?
何を考えているのか、よく判らないヤツだ。

集まっているのは、メイドと門番を合わせても20数人程度。
まぁ仕事があるのだから全員は無理だろう。


そんなメイド達の真ん中には、一際豪華に飾られた椅子が三つ。
左側には、パチェが。そして右側には……。

「……お姉様」

またも不安そうな顔で見上げてくる妹。
その手には、先ほどと同じように人形を大事そうに抱えている。
なるほど。きっとそれは人形遣いに貰ったのね。そんなものを大事そうに……。


何か、話しかけるべきか。姉が妹に話す時ってどうすればいいのだろう。
こんばんは? ごきげんいかが?

「……お嬢様、そろそろ席に」
「あら、咲夜。ごきげんいかが?」

「え? あ、はぁ。まぁ元気ですが」

しまった、咲夜相手に何を言ってるんだ、私は。
そうね、席に着かないと始まらないわよね。


 ガッ!

「いっ~~」

「お、お姉様! だいじょうぶ?」

カッ、カドが! 角が!

「な、なんでもないわ、ワタシはヘーキよ」

耐えろ! カリスマを燃やせ!
大勢の前でみっともない姿なんて見せちゃダメだ。


「楽しそうね、レミィ」
「馬鹿なこと言わないで頂戴」

「ねぇ、お姉様――」
「劇が始まるわよ。静かにしなさい」

「……うん」


私は、劇が良く見えるように前だけを向く。
紅魔館の広いホールの、ほんの一角を使っただけの小さな舞台。

そこに、人形遣いが向かってくる……。





◇ ◆ ◇




ほんの少しだけ高くなった壇上で、一礼をする。
そして、人形も出さずに、語り始める。


『 物語の舞台は、幻の郷に有る、一つの湖。
  その畔にそびえ立つ、紅き壁に包まれし館 』

紅き壁?
もしかして紅魔館のことか。


『 物語の主役は、一人の吸血鬼。高貴な血を引き、この館の絶対の主 』

ほぉ、主役は私か。当主を称える劇でもやるのか?
なかなか見上げた心がけじゃないか。


『 今より500年ほど昔、この館に一人の吸血鬼が生まれます 』

登場したのは、青い髪と大きな翼を持つ人形。
恐らく、私を模したものだろう。


『 生まれながらにして、実力とカリスマを備え、時期当主として育てられる彼女。
  しかし、5年ほど経ったある日。彼女にとって待望の日が訪れます 』

待望の日。まさか……


『 広い館に、一人ぼっちの子供だった彼女が望んだ、妹が生まれたのです 』

金の髪と宝石の様な翼を持つ人形が登場する。

望んだ? 違う。
私はあんなモノを望んではいなかった。


『 けれど、そんな願いが叶うことはありませんでした。
  生まれながらにして、狂気と破壊を備えた妹は地下へと、閉じ込められてしまったのですから 』


  ポトッ

そこで投げ捨てられる妹の人形。
やめろ! 妹を……フランをそんな風に扱うな。

「ちょっと、アリス……!」

驚くパチェの声が右から聞こえる。
まさか、これは人形遣いの独断か?

でもこんな話はパチェにしか聞かせたことはない。
この話をパチェが人形遣いに教えたのは間違いないはず。

なんでよ、パチェ。貴方は私の親友じゃなかった?


『 無情にも時は流れていきます。吸血鬼の姉妹が、一目会うこともないままに。
  そして、ついにその時が訪れました。吸血鬼の姉が、館の当主となる日が。
  将来を期待される当主として、迎えられた姉が行ったはじめの仕事―― 』

ヤメロ! それを口に出すな。

『 そう、それは妹を地下から救い出してあげること 』


 ギリ

自然と力が入った奥歯が悲鳴をあげる。
やめろ、その先を言うな!


 ガタッ

「お嬢様!?」

大丈夫よ、咲夜。心配そうな顔で見なくても。
直ぐに済むから……。


 ぎゅっ

「だめ、お姉様」
「フラン?」

私の手を握り、引き止めてくる。
なんでよ、貴方もこんな劇、見たくないでしょう?

「おねがい、すわって……。劇を、みて」


もしかして、そうなの?
私にとっては忌まわしい記憶でも、貴方にとっては楽しい記憶とでも言うの?


「………」

気づけば、人形遣いがこちらを見ている。
その目には何の感情も浮かんでいない。強いて言えば『静かにしろ』だ。

この女、私に挑戦する気か? いいだろう、乗ってやろうじゃないか。
もし最後まで気に食わない劇を続けるようだったら……。


威圧をこめて人形遣いを睨み返す。

それでも人形遣いの表情には恐れの色は浮かんでいない。
だが隠しても無駄だ、私の放つプレッシャーにお前如きが耐えられるわけが無い。
微かに足が震えるのが見えているぞ。

この紅魔館の中で私に逆らうとは愚かな。
さぁ、どうした? 続けるがいい。


「……アリス」

人形使いの名を呼ぶ妹。そう、貴方もアイツの味方。
二人して……いや、三人して私を苛めて、笑おうとでも言うの。


『 吸血鬼の姉は、妹の居る地下へと向かっていきます 』

私が席に座ると同時に、人形遣いが再び話し出す。
掴まれた私の右手は、フランと繋いだまま……。

投げ捨てられた妹の人形に向かって、階段を下りるようにと進む私の人形。
その足取りは、期待を秘めているように軽い。その先に何があるとも知らずに。


『 暗い地下の部屋で姉が見たものは、隅で蹲る赤い眼。
  何の反応も見せない妹の姿に驚きつつも、姉は健気に声をかけます。

  「初めまして、私は貴方のお姉様よ。ここから助け出しに来たわ。貴方はもう自由よ」
  「……じゆう?」

  それでも妹はなんの反応も見せません。

  「そうよ、あなたは自由。何も我慢しないで、好きにして良いのよ」
  「好きにしていいの? じゃぁ、お姉様。一緒に遊びましょうよ」 』


――早ク あソびましょウよ オ姉様

聞かないでも、次の台詞は判っている。
幼い私の夢に終わりを告げる、最後の一言。


 ガシャン

妹の人形が、手を握る動作をした途端に、後ろの花瓶が割れる。
同時にいくつかの光球が現れて、私の人形を襲う。咄嗟に逃げ回る私。

ははっ――さすがだわ、人形遣い。
無様な所まで忠実に再現するなんて。


『 吸血鬼の妹にとって、それは遊びでした。
  モノを破壊し、圧倒的な力に酔いしれることが。

  その力の前に成す術は無く、吸血鬼の姉は逃げ出してしまいます 』


避け切れなかった弾幕にぼろぼろにされながら逃げる私。
なんで、こいつはそこまで知っているんだ? パチェにも話したことなんか無かったのに。

 ぎゅっ

「――いっ」
「あ……ご、ごめんなさい。お姉様」


握られた右手に力が込められ、悲鳴を上げる。
意識はしていなかったのだろう、フランは慌てて手を離す。

離されてからようやく、初めて手を握ったままなことに気づいた。
そして、温もりを失った私の手の、なんと冷たいことか。


『 恐怖に怯えてしまった姉にできること。それは妹を再び地下へ閉じ込めておくこと 』


  ポトッ

またも投げ捨てられる妹の人形。
投げ捨てたのは――私?


『 吸血鬼の姉は嘆き、悲しみました。ただ一緒に遊びたかっただけなのに。
  周りの従者たちは必死に吸血鬼の姉を慰めます。貴方は悪くない、と。

  吸血鬼の妹は嘆き、悲しみました。ただ一緒に遊びたかっただけなのに。
  周りには誰もいません。妹は一人、いつまでもいつまでも泣いていました 』


私の人形は、妖精の人形に囲まれていて、妹の人形は、遠くに打ち捨てられたまま。

貴方も、泣いていたの?
そうよね、初めて現れた姉が、こんな情けない姿ではね。


『 そのまま、時は流れていきます。姉妹の距離は縮まらないままに。
  そして数百年が経ったある日、吸血鬼の姉は、一人の魔女を迎え入れました 』

紫色の服を着た、一体の人形。
ふふ、パチェったら人形になっても不健康そうね。


『 本を読むのが好きな魔女は、吸血鬼の姉の話し相手にもなり、寂しさを埋めていきます。
  一方、吸血鬼の妹は地下で一人、泣き続けていました 』

二体になった人形と、一体のまま打ち捨てられた人形。


『 屈強な門番を仲間にし、瀟洒な少女を従者とし、多くのメイドと門番を雇い、館は賑やかになっていきます。
  しかし、そんなある日。魔女は一つの噂を聞きました。

  「この館の地下には、悪魔が住んでいる」

  親友の吸血鬼からも聞いたことのない話。魔女は人の集まる所にありがちな怪談話だと思っていました 』

そう、私は誰にも言わなかった。
親友にも、門番にも、従者にも、妹の話をしなかった。
知っていたのは、昔からいるごく一部のメイドだけ。


『 いつもの様に、吸血鬼の姉と紅茶を楽しんでいた魔女は、その噂について話をしました。
  魔女にとっては、時間つぶしの気軽な話のつもりでした。

  しかし返ってきたのは悲痛な沈黙。いつも自信たっぷりな吸血鬼の、孤独な子供の様な表情。
  気になった魔女は問い詰めます。親友である自分に、何を隠すのかと。

  吸血鬼から語られたのは、信じられない話。自分の妹を400年以上も地下へ閉じ込めた愚かな姉の話 』

信じられない話。
本当にそうだ、我ながら馬鹿な話だ。

こうやって客観的に見ると思い知らされる。
私の人形が魔女と過ごす時も、従者達とパーティーを開くときも。
妹の人形は……フランはずっと一人。

その間、フランは何を思っていたのだろうか?
一人でいることを楽しんでいたなんて事はあるまい。

隣に座るフランの表情からは、何も読めない。


『 その話を聞いた魔女は、心を痛めます。悲痛の顔を見せる親友に、閉じ込められた妹に。
  なんとか出してあげられないものか、魔女は吸血鬼の姉に何度も何度も話をします。

  しかし、吸血鬼の姉から返ってくるのは思わしくない返事のみ。
  どうすることもできない魔女は、自身の無力さに嘆きました 』

なんでパチェが嘆くの?
何も出来なかったのは私の方、貴方じゃない。


『 一方、地下で一人ぼっちの吸血鬼の妹は考えていました。なぜわたしは閉じ込められているのか。
  なぜお姉様は、あれ以来きてくれないのだろうか。ずっと、ずっと、何百年も考えていました 』

それは答えの無い問いかけ。終わりの無い、悪魔の証明。
だって……ただ、私が理不尽に逃げていただけだから。


『 ある日、限界を感じた魔女はその悩みを、森の人形遣いに相談します 』

そこで登場した金髪の人形。
くそっ! 自分のだけ明らかに美化してやがる!!


『 二人は考え、一つの答えを出しました。ずっと一人で過ごしてきた吸血鬼の妹。
  幼さゆえに力の使い方を知らなかったと言うならば、教えてあげればいい。
  そうすれば吸血鬼の姉も、外で出ることを許してくれるだろう。

  そして人形遣いは、魔女に不思議な人形をプレゼントします 』

新たに出てきた人形。
それはフランが手に持っているものとそっくりだった。


『 その人形は、遠くからでも操り、会話ができる人形。
  魔女はその人形を使って、吸血鬼の妹と会話をすることにしたのです 』

なるほど、フランが人形と話したってのは本当のことなのね。


「……うそ」

横から聞こえる驚きの声。
見ればフランが、人形とパチェを交互に見比べている。
パチェは俯いてしまって、目を合わせようとしない。

もしかして、フランも知らなかった?


『 魔女から吸血鬼の妹に手渡される人形。吸血鬼の妹は初めてのプレゼントに喜ぶばかり。

  そして、魔女は人形を通じて話しかけます。
  人形とはいえ、ずっと一人だった吸血鬼の妹にとって、初めてできた友達 』


初めてのプレゼント、初めての友達。
そうよね、私は貴方に何もあげなかった、何もしてあげなかった。


『 魔女は色々な話をします。外の世界のことを、物語の中のことを―― 』


そこから先は、拷問でしかなかった。
パチェが語る言葉、フランが話す夢の一つ一つが、杭となって私の胸に突き刺さる。

その間、私は何をやっていた? パチェが倒れるほどの苦労をしている間。
優雅に紅茶を楽しみ、紅魔館でパーティを開き、神社での宴会に参加し。

その間、この二人はずっと地下で……。
パチェはフランを外に連れ出してあげようと必死で、フランは外に出ようと必死で。

違う! 私だって……わたしだっていつかは


――いつか、いっしょにあそびたいな。

まただ。これは、誰? もしかして、わたし?


――たまには、外に出なさいよ。

いつも私がパチェに言っている言葉。
外に出ようとしなかったのは、わたし?

二人がこんなにも頑張っていたのに、私は目を向けようともしないで。
今日だって、フランは必死に私に話しかけようとして、でも私は……。


『 そしてついに、終わりの時が訪れてしまいました。吸血鬼の妹が、人形を壊してしまうのです。

  吸血鬼の妹は、壊れた人形と地下へ取り残され。
  魔女は、結局なにもできなかった自身を呪うばかり 』


嘘よ、なんでよ。あんなに頑張っていたのに。
貴方達は……頑張ったじゃない。

呪われるべきなのは、この愚かな吸血鬼の姉、貴方達じゃない。


『 それでも、二人とも諦めることはありませんでした。

  部屋から出てきた吸血鬼の妹は、人形遣いに教えてもらい、自身の手で人形を直すことを約束します。
  その姿を見た魔女は、もう人形を使うことをやめ、自らの口で、言葉で会話することを誓います 』

そう、凄いわね。
私はとっくの昔に諦めてしまっていたのに。


『 そして今も、二人の努力は続いています。いつか姉と、親友と、共に過ごせる時を夢見て…… 』

そう告げると、人形達を舞台の影に下がらせてから一礼をする。


『 この先はまだ、演じられていない物語。
  この先に一体何があるのか、幸せな未来か、辛い明日か、誰にも判りません。

  けど、願わくは、そこにいる人たちが笑顔でありますように…… 』


そうして、人形遣いは胸に手をあて、再び一礼をする。
どうやら劇はここで終わり……。

恐らく、この劇で演じられたことは全て事実なのだろう。
先月パチェが倒れたことも、今日フランが出てきたことも説明がつく。


「……?」

拍手はない、みんな私の様子を伺っている、当然だ、当主なのだから。
当主がこの劇を受け入れるかどうか、それを待っているのだろう。

私はどうする? 拍手をする? こんな道化の、こんな――愚かな吸血鬼の演じた劇に?
私が出てきたのは始めだけ。それはそうだ、私は何もしていないのだから。

今の私は一体どんな表情をしているのだろうか。
きっと、想像もできないほどに情けない姿だろう。


人形遣いは、なんの表情も浮かべずに私をみている。
やめてくれ、嘲笑うなら嘲笑うがいい、哀れむなら哀れむがいい。
お前はこの惨めな姿が見たくて劇をしたんだろう? そうだ、お前の勝ちだ。

勝ち誇るがいい、嘲笑うがいい。


「……おねえ、さま」

横を見ると、またも不安そうな顔をしているフラン。

貴方、ずっとそんな表情をしているわね。
もっと自信を持っていいのよ。


――よく、頑張ったじゃない。

そんなこと言えるわけが、無い。
一人、安楽の玉座にふんぞり返っていた私が、何を偉そうに。

運命に立ち向かう妹と、運命を操ろうともしない姉。
生まれ持った破壊の力ではなくて、身につけた意思で運命を変えて。

何と声をかければ良い? この私に言える言葉はあるの?


「………」

誰も、一言も発しない。

どれくらいの時間が経ったのだろうか、人形遣いは軽く一礼をすると、舞台脇の扉から出て行った。
拍手の一つも無いまま、誰にも見送られずに。



結局、私が何も言えないまま、その場はお開きとなった。





◇ ◆ ◇





空には綺麗な月。

屋外のテラスに、私は一人座っている。
昼間はあんなに賑やかだったこの場所に、今は誰もいない。

私はぼんやりと月を見上げて、色々なことを考える。

一人ぼっちの子供のころのわたし、初めてフランと会った時のわたし。
恐怖で逃げ帰ったわたし、そして……


――いつか、いっしょにあそびたいな。

これは……これは、いつのわたし?
あぁ、そうだ。私は、望んでいたじゃないか。

一人ぼっちだったわたしに、遊び相手ができることを。
閉じ込められていた妹と、いっしょに遊ぶことを。

破壊の対象にされ、無様に逃げ出しても、それでもいつか、一緒に過ごせる時を。
なんで、忘れていたの?


その時、後ろから近づく足音が聞こえた。

「お嬢様、紅茶をお持ちしました」
「余計なお世話よ、咲――」

振り向いた私が見たものは、紫色の服を身にまとう親友の姿。


「……パチェ?」
「あら、親友の顔も忘れてしまったの?」
「どうしたのよ、紅茶なんかもって」
「別に、一人ぼっちで泣いている親友に会いに来ただけよ」
「誰が泣いてなんかっ!」

私の反論を聞かずに、パチェは紅茶を注ぎ、渡してくる。


「どうだったかしら? 人形劇は」
「………」

目の前の親友の姿と、私のためを想って、フランと接する人形の姿が被る。
倒れるほどに疲れてても、諦めないあの姿。

私に、パチェを親友と呼ぶ資格があるのだろうか?


「ねぇ、レミィ」

私の横に立ったまま、優しい声で語りかけてくる。


「きっと500年という時は永すぎたのよ。貴方が、変わることを恐れてしまうのは無理も無いわ。
 でもね、レミィ。あの子は、ずっと……そう、495年もの永い間、変わることを望み続けてきた」


ずっと、495年も。


「……レミィ」

不意にパチェの語気が荒くなる。
いつも冷静な魔女の、怒りを隠そうとも声。

「貴方が恐れているのは、何? フランの力?
 それとも、プライド、メンツ? 今更素直になるのが怖いって言うの?」

私が、恐れているもの。
私は、何を恐れているの?


「もしも、貴方がこれ以上、逃げるって言うのなら……」

どうするの? 親友の縁でも切る?
そうね、こんな情けない姿ではね。


「私は力づくでも貴方を引き戻すわ。それこそ、どんな手をつかってでも。
 もうこれ以上こんな親友を見ていたくはない。もう逃がさない」

パチェ……。


「レミリア・スカーレット。貴方の運命は、私が、この手で変えてみせる」

空に浮かぶ月を背中に、そう告げる親友の姿は。いつになく強くて、頼もしくて。
私には余りにも眩しくて、目を逸らし――


「目を逸らさないで、レミィ」

私の顎を掴み、引き戻すパチェ。

「パ……チェ?」
「今、目の前にいるのは誰? 答えなさい」

怖い。いつものパチェとは違う。

「もう一度聞くわ。目の前にいるのは誰?」
「……パチェ」

「そうよ。私の名前は、パチュリー・ノーレッジ。
 では、私は何。私は貴方の何なのかしら?」

パチェは……親友。でも、私にそんな資格は……。

「資格なんて要らないわ」
「え……」

なんで私の考えていることが。

「何年、親友をやっていると思っているの?」
「パチェ……」

パチェが私の顎を抑え付けたまま、顔を近づけてくる。
その紫の瞳に映っているのは……私。

そこには不安そうな表情で見上げる吸血鬼がいた。
その表情は今日、何度も見た吸血鬼とそっくりで、弱々しくて。


「私の名前は、パチュリー・ノーレッジ。
 紅魔館の主にして、誇り高き吸血鬼レミリア・スカーレットの親友」


そう告げるパチェの声からは、さきほどまでの勢いが嘘の様に消えていて。
私を見るその目は、とても、優しかった。

「貴方は一人じゃない。どんなに難しいことでも、私と貴方がいれば乗り越えられるわ。
 これから貴方がどうするのかは、自分で考えなさい。私には答えはあげられない。
 でも、貴方がどうにかしたいと望むのなら、手伝うわ。私の持てる知識の全てを持って、レミィを助ける」

「パチェ……」

そうだ、私は何を恐れている?
私と、パチェがいて。何も怖い物なんて無い筈だ。


「さ、せっかく私が淹れた紅茶が冷めるわよ」

パチェは掴んでいた私の顎を離し、少し離れる。
手にした紅茶は、既に少しぬるくなっていた。

「自分の手で紅茶なんて淹れたの、いつ以来かしら。もしかしたら始めてかも」

紅茶には、愚かな吸血鬼の怯えた顔が映っている。

私は一口、その紅茶を啜る。
その紅茶は、私が吸血鬼だと言う事を忘れているのか、血の一滴も入っておらず。冷めていて、とても苦くて――

「どうかしら?」
「苦い、わね。余りに苦くて、涙が出そう――」


 ぽたり

一粒の雫が、紅茶に波紋をたてて、そこに映る怯えた顔の吸血鬼を消し去る。

「お気に召して貰えたようで光栄だわ」
「召してなんていないわよ」

減らず口を叩くんじゃないわよ。
でも、そうね。そのほうがいつものパチェらしいわ。

それなら、私だって、いつものように――


「……だん…じゃない」
「レミィ?」

「逃げる? 冗談じゃないわ。私を誰だと思っている?」


そう、私は――

「我が名は、レミリア・スカーレット。
 図書館の主にして、七曜を司る魔女パチュリー・ノーレッジの親友。
 そして――愛すべき妹フランドール・スカーレットの姉」

「レミィ……」

「運命を変える? ふざけないで、誰に向かって言っているの?
 見せてあげようじゃない。本当の運命を操る力と言うものを」


そうだ、私は何を恐れていたんだ。
プライド? メンツ? そんなの関係ない。

愛する妹のためだったら、何でも出来るはずだ。
いいじゃないか、道化だって演じて見せよう。


「それでこそ、私の親友よ」
「褒め言葉と受け取っておくわ」

「ふふ、調子に乗らないで。さっきまで泣いていたくせに」
「私が? ふん、本の読みすぎで目が悪くなったんじゃない?」


 ガタッ

「あら、もう戻るの?」
「夜更かしはお肌の敵よ。そうそう、これを渡しておくわ」


 パサッ

机に置かれたのは一冊のノート。
変哲も無いタダのノートにしか見えないけど。

「これは?」
「その日記には、私の想いが詰まっているわ」

日記? パチェが書いた日記。

「今更恥ずかしいから、私の口からは言えないわ。だから、勝手に読みなさい」

恥ずかしいなら、渡さなければいいのに。

「気が向いたら、貴方も書いてみなさい。答えが返ってくるかもしれないわよ」

答えが返ってくる?
自分を見つめ直せとでも言うのか。


「それじゃ、良い夜を」

そう言って、魔女は館へ戻っていった……。







◇ ◆ ◇ ◆ ◇





これが、私の辿った一日の話。


その後、私はパチェの想いが詰まったこの日記を読んだ。
一語一語を通して、パチェの想い、苦労、そして喜びが私に染み込んできた。

そして、私は今日一日のことを日記に記して今に至る。



不思議なこの日記。今書いているこの言葉を読んでいる者がいる。

ならば見届けるがいい。私はここに誓う。
私はもう逃げ出したりはしない。この手で、私の……いや、私たちの運命を変えてみせる。
次にこの日記を書くのは、運命が変わった時。その時を、心して待っていなさい。


それまでは、この哀れで愚かな吸血鬼の演じる劇を想像して、せいぜい笑っているがいい。 
 
 
 
 
 残念ね。日記越しには貴方の恐ろしい翼も牙も見えはしないわ。
 私に見えるのは、ちょっぴり臆病で、でもとても優しい、一人のお姉さんの姿だけよ。

 それと、私には貴方の運命が変わるところは見られそうに無いわね。
 だって……貴方の運命はもう、変わってしまっているのだから。
 
人形の月
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コメント



0.4910簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
毎度毎度楽しみに拝見させてもらっています。
1作品ごとにどんどんクオリティーが上がっているなぁと感嘆せざるをえません。
今後も期待しています。頑張ってください
8.100名前が無い程度の能力削除
よし、日記シリーズ来た!


アリスと紅魔館の住人達の距離感が良い感じで冷たいのに暖かいみたいな、次も楽しみにしてます。
11.100煉獄削除
レミリアが書いた日記の文章やフランとのお茶会での行動や言葉が重なったときの照れる姿とか良いですね。
アリスが先日のパチュリーの行動などを人形劇にしたことに驚きましたね。
劇が終わった後のパチュリーとの会話でのレミリアの言葉など、素晴らしかったです。
次回の日記が誰の手に渡るのか楽しみですね。
15.50名前が無い程度の能力削除
話自体は優しくてじんとくる作品でした。ですが非常に残念に思ったことが一つ。
レミリアを軸とした物語になっているのに、アリスの役どころが強すぎて周りを完全に喰ってしまっています。
19.100名前が無い程度の能力削除
いや本当に素晴らしい。
スカーレット姉妹の行く末を心から応援してあげたい。
27.100名前が無い程度の能力削除
あまりの感動に言葉がでない。
あなたの作品は素晴らしすぎる。
32.100名前が無い程度の能力削除
くそっ!自分のだけ明らかに美化してやがる!!

に思わず吹いた
36.100名前が無い程度の能力削除
>どうしたのよ、フラン。 貴方すこしおかしいわよ?
>どうしたのよ、フラン。 貴方もっとおかしいわよね?
ここの巧みな表現に思わず声をだして唸ってしまった。

とても読みやすい文章で、最高に素晴らしかったです。
あなたのシリーズは回を重ねるごとに良くなっていると思います。
39.100名前が無い程度の能力削除
フラン、人形は死んでなかったんだよ。いろいろなことを教えてくれた友だちは生きてるよ。
願わくは、紅魔の姉妹が普通の姉妹として生きていくことが出来ますように。
46.100名前が無い程度の能力削除
神綺さまは皆のお母様ですね・・・
48.100名前が無い程度の能力削除
気づけば涙がホロリ。
とても良い話を読ませてもらいました。
56.100名前が無い程度の能力削除
もう日記関係ねぇ!?
でも面白かったから無問題。
58.100名前が無い程度の能力削除
こいつぁすげぇぜ……。
読んですぐに次が読みたくなるSSなんて久しぶりです。ありがとう。
59.90七人目の名無し削除
次はフランに日記が渡ると予想。
神綺様の出番がもっと増えると良いなあと思う今日この頃。
68.100名前が無い程度の能力削除
もはやアリスのママが返事を返してるということは重要でなくなってるww

神綺様にとっては魔界の窓から幻想郷を眺めているような感じですね。
しかもなんだかんだでちゃんとアリスの近況も読めてるというw
70.100名前が無い程度の能力削除
序盤の展開に難ありかと。
だけど親友ものに弱いし、なによりシリーズのファンだから甘く点数つけちゃう。
75.100名前が無い程度の能力削除
次は誰だろう?
フランかな?
77.100斗無削除
運命に立ち向かう妹と、運命を操ろうともしない姉。

この言葉が印象的すぎました。
この姉妹の、その後を見てみたい。
そして、またもやパチュリーがカッコいい!
最高でした。
79.80名前が無い程度の能力削除
差し出がましいようですが、そろそろ台詞の「」で終わる場合、句点(。)は必要ない事学んで欲しいかと思います。
そのせいで少し読みにくい感じがします。

内容は申し分いのでこれからも楽しみにしています。
80.無評価79削除
↑すみません。申し分ないの誤字です……。
81.90名前が無い程度の能力削除
レミリアの性格もあってか、ちょっと勢いが足りなかった感じもしました
82.100奇声を発する程度の能力削除
もう感動!!!!
読み終わった瞬間に鳥肌がめっちゃ立ちました!!!
83.無評価人形の月削除
誤字脱字以前の指摘。は、恥ずかしくて顔から火の鳥が出そうです……。

こんな文章にたくさんのコメント有難う御座います!
文章力も含めて精進していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。

> 79 名前が無い程度の能力 様
差し出がましいなんてとんでもない! ご指摘有難う御座います。
直してみたら自分でもびっくりするくらいすっきりしました。もう作者の素人加減が丸出しでした……。
112.100読む程度削除
こんなんじゃ数多の感動的なSSを読んできた俺には届かない………と思ってたら知らないうちに涙が流れ出ました
すっげぇいい話でした
114.100名前が無い程度の能力削除
感動した
所々に含まれる小ネタが一々秀逸w
124.100名前が無い程度の能力削除
アリスが人形劇をする話に外れ無し!
いやあ途中レミリアに思いっきり感情移入してしまって辛かった。
自分だってトラウマがあり子供でもあるのに、お姉様であり当主であらねばならない。
フランは勿論可愛そうなのだけど、レミリアの置かれた立場もかなり厳しい。
それでも運命を変えて行こうとするレミリアにきゅんってなりました。
もうこの姉妹と館は大丈夫ですね。
129.100名前が無い程度の能力削除
前が見えねぇ