「ダメだ」
「どうしてですか、こんなに強い想いを抱いているのに!」
どうして――どうして結婚してはいけないのですか!
答えてください、神奈子さま!
「何度も言わせるな、ダメだ」
「神奈子さまの――」
無礼だとはわかっていた。でも、止めることができなかった。生まれてはじめて、わたしは神奈子さまを罵倒した。
「神奈子さまのバカッ!」
【それぞれのアプローチ】
「なあ神奈子」
「なんだ」
「あんなにあの子は純粋なんだ。もうちょっとだけさ、考えてあげてよ」
早苗が飛び出した神社。諏訪子はおずおずと神奈子に話しかけた。
「ダメだ」
「はあ……。
まあ、しかたないか。
わかった、でもひとつだけお願いがある」
しかたないと思ったのか、早苗と血のつながりのある諏訪子のほうが解決がうまいと思ったのか、どちらかはわからない。
だけど、おそらく後者を選んでだろう。神奈子はこくりとうなづいた。
「早苗にこの小箱を渡して欲しい。いいか、絶対早苗の目の前で開けるんだ。この箱を開けたとたん、早苗の恋は終了する力が拡散する。
もう一回言うよ、絶対目の前で開けるんだ。そうしないと、早苗には何の効果もないから」
これが、早苗を傷つけない唯一の方法なんだ。
諏訪子は、目を伏せて言った。
神奈子は一言お礼を言って、すぐに早苗を追いかけて言った。
◆
早苗が泣きながら博麗神社にやってきた。めずらしい彼女の姿に、霊夢はすくなからず慌てるのだった。
「いったいどうしたの?」
「神奈子さまが……神奈子さまが……!」
声に涙がからんで聞き取れない。とりあえず霊夢は、早苗を神社の中へと上げた。
◆
「なんてヤツなの……」
早苗の説明はいたって単純だった。
『神奈子さまに、結婚を許可してもらえなかった』
たしかに早苗は神奈子直属の巫女。風祝か。
逆らってはいけないとか、絶対服従とか、いろいろ決まりはあるのだろう。
だからといって、あんまりじゃないか。結婚くらいは個人で決めてもいいはずだ。
「早苗、わかった。わたしも神奈子に説得するのを手伝う」
「ありがとうございます。でも……でも……!」
ぽろぽろっと落ちた涙は、早苗の湯飲みの中に吸い込まれていった。湯飲みの中のお茶は澄むことがなく、よどんでいる。
これが早苗の感情を映すのかもしれないと考えると、霊夢はすぐに立ち上がって神奈子に殴りかかりたい気持ちだった。
早苗は一応、お礼は言っただけ。神奈子のもとへと走って説得しようとはしていない。
早苗はきっと、もう一度拒否されるのがこわいのだ。一度勇気を出して相談したのに断られた。もう一度同じ勇気を出せ、というのもむずかしい話だろう。
◆
「あんたが選んだ相手なんだから、ちゃんとしたヤツに違いないのにね。わたしだったらお金持ち選ぶけど」
もちろん冗談だ。すこしでも和めばいいと思って言った。
努力はむなしく、空気は変わらない。
「ずっと、ずっと愛していたんです!」
幻想郷に着てから間もない早苗。しかし、よほど相手と濃度の高い時間をすごしてきたのだろう。早苗の口調は、長い付き合いと錯覚させる。
「ここが幻想郷で、本当にうれしかったんです。ここでは常識にとらわれてはいけない。だから、きっと結婚できると信じていました」
何か引っかかった。常識にとらわれてはいけない。常識にとらわれてはいけない。常識にとらわれてはいけない?
早苗の望む相手は、何か問題があるんだろうか。
「早苗、もしかして相手って妖怪?」
ふるふる。首を横に振る早苗。
だったら――。
「女?」
こくこく。
霊夢は少しだけ、神奈子の気持ちがわかった気がした。早苗って、そっちが好きだったんだ。
「あー……早苗、もうちょっと考えてみたら?」
完全反対ではない。だけど、反対を促す口調。早苗は怒り狂ったような甲高い声で、霊夢に言い返す。
「わたしの気持ちは変わりません!」
ひるんだ霊夢に早苗は、ついに決定打となる一言を口にした。
「わたしはどうしても結婚したいんです、神奈子さまと!」
……は?
「え、なにあんた。結婚相手って言うのは神奈子なの?」
「はい、わたしは国家と結婚したエリザベス女王のようになりたいんです!」
そりゃあかんわ。というか、それはあんたが強引なんじゃないか。強烈すぎるアプローチの結果、断られて逆ギレしてるんだと思うんだけど。
なんでそこまで純粋で迷いがなく逆ギレできるんだろう。
そもそも結婚は双方の同意によって――。
「あのねえ、結婚って言うのは」
「最近はやりの単語の意味がわからなくて、わたしに助けを求める神奈子さま。
記憶がちゃんと繋がらないせいか言葉が足りなくて、わたしをカン違いさせてしまって謝る神奈子さま。
諏訪子様にからかわれて、泣きそうになる神奈子さま。
食べたはずのご飯はまだかと聞いて、食べたことを私に注意されて恥ずかしがる神奈子さま。
どれもこれもが、アラビリっぽくてとってもいとおしいんです! 介護してあげたくなるんです!
あ、アラビリって言うのはアラウンド・ビリオンの略ですよ」
ダメ、重症だ。わたしギブ。降参します。好きになさい。
と言うか、あんたが好きなのはおばあちゃんじゃないか?
霊夢はすでに、もう手を引くことに決めたようだ。顔を引きつらせたまま、震える手で湯飲みを握る。お茶を飲もうとして、やっぱり止めた。
今までのまじめな空気はなんだったんだ。
脱力してしまって、二杯目のお茶を飲む気も失せた。
だからある意味、このタイミングで会話への割りこみがあったのは、霊夢にとって幸運だったかもしれない。ついさっきから、評判があがったり下がったりしているヤツの助け、と考えると微妙だけれど。
「早苗!」
二人が向いた方向には、いつの間にか神奈子が座っていた。早苗がおびえの表情をあらわにする。やっとひいた涙が、また溢れてきそうだ。
「早苗、話がある。来なさい」
「……はい」
霊夢は何か言うべきかと思った。しかし、見てのとおり複雑な状況だ。彼女にできたのはただ一つ。神社の部屋から立ち去って、「話は聞かないから、好きにしなさい」と無言で語ることだけだった。
◆
「先代も、先々代も、一切結婚しなかったんだよ」
正座をして向かい合う。その状態のまま、神奈子はゆっくりと語りだした。
「みんな、私のことを気遣ってくれた。もちろん口には出さなかったが、そうに違いないだろう。
結婚なんてしてしまえば、風祝の仕事に障害が出ると思ったんだ、あの馬鹿たちは」
早苗は何も言わず、次の言葉を求めるようにうなづく。
「本当に馬鹿なやつらだった。あいつらは、私のことを大切に想いすぎていたんだ。
『神奈子さまのおそばにいられるだけで幸せですから』
それがあいつらの口癖だったよ。
さっき、あいつらは馬鹿だと言った。付け加える、私も馬鹿だったよ。どうして、無理にでも背中を押さなかったんだ。風祝の幸せこそが、私の幸せだということに、どうして気づかなかったんだ」
神奈子の告白は、とうに過ぎた昔の懺悔のようだった。思わずうつむいてしまう早苗。その耳に、雷のような大声が飛び込む。
「早苗、頼む!」
神奈子は畳に手を付いた。額を畳にこすり付けるほど、深く頭を下げる。
その様子に、早苗がひどくおどろいた。止めなくてはいけない。こんな格好、神さまにさせてはいけない。
だけど、神奈子さまは今大切なことを言おうとしてる。たとえつらくとも、必ず聞かなくてはいけない。
だったら――。
「もう、苦しまないでくれ!」
顔を上げ、あの小箱を開く。
泣きそうだった早苗の顔が、ぱあっと明るくなった。
小箱の中から、銀色に光る指輪が顔を出していた。
◆
数週間後、神奈子は無理やり早苗と結婚式を挙げさせられた。神奈子は泣いた。
うれし泣きしているのだと思った早苗もまた、つられて泣き出す。
先代も、先々代も叶えることのできなかった願いを、ついに自分が叶えたのだ。まるで無念を晴らしたようで、早苗は涙を止めることができなかった。
ちなみに諏訪子はニヤニヤしていた。
◆
「ああ、早苗……」
天国、とわたしたちが呼ぶ世界。そこで、早苗の先輩――つまり先代、先々代の風祝たちが下の世界を見ていた。
彼女たちは、早苗の愚かな行動を嘆いていた。同時に、怒りにも似た感情を抱いていた。裏切られたときに見せる、恨みがましい感情だ。
こんなことなら、「神奈子さまのおそばにいられるだけで幸せですから」なんて言わなければよかった。言って遠慮しておけば、『健気に仕える風祝』としてポイントが高くなると思っていた。いつかは、向こうから告白してくれる。勝手に信じていた。
『ハゲそうになったら、いっそスキンヘッドにするんだ』
だれの言葉だったか。要するに、思い切るときは思い切れと言うことだ。あるいは、いっそ自分の手で始末をつけろということか。負けそうになった武士が切腹するに等しいことなのだろう。きっと。
「きー!」
こんなことなら、思い切ってアタックしておくべきだった。いや、勇気を出して「バカッ!」と怒鳴りつけるべきだったか。
考えれば考えるほど、自分たちのおそすぎるアプローチが失敗だったような気になる。
後悔せずにはいられない、先輩たちだった。
策士なすわこもいいですねー。
先代、先々代の代わりに両頬をブン殴って差し上げますので歯を食いしばれ。
早苗さんは頑張った。
すわこの仕事っぷりはナイスだと思いますww
面白かった!ありがとう
もちろん俺のよm(Die奇跡
でも「あの小箱」と書いてあるから、やはりケロちゃんか?