気がかりな夢からレミリア=スカーレットが目を覚ますと、自分の姿が虫になっていた……
わけではなかったが、ただならぬ違和感を感じたのは事実。
咲夜を呼ぼうとも思ったが、まず違和感の正体を確かめてからでも遅くないと考え直し、鏡の前に立ち、自分の姿を頭からつま先まで検分してみた。特に異常はない。
ネグリジェを脱いで念入りに調べてみようかと思い、ボタンに手をかけると、がさりと音がして、一枚の紙片が服の中に入れられていることに気付く。
「誰がこんなイタズラ……」
何者かが寝ている間にレミリアの服の中に入れていたらしい。犯人を見つけたらグングニルでも見舞ってやろうかと物騒な事を考え、さすがにそれはやりすぎだ、せめて頚動脈を切断するくらいにとどめておこう、とやはり物騒な思考をしながら紙片に書かれた文字を読む。
―カリスマが一定以下になると爆発する爆弾をお前の体内に仕掛けた―
「ふっ、ふざけてんの」
レミリアは紙片をくしゃくしゃに丸めてくずかごに捨てた。そして夕食(レミリアにとっては朝食)の前に夜空の散歩を楽しもうと分厚いカーテンをめくると、まだ空に浮かんでいた太陽が彼女の肌を焼き焦がす。
「あう~」 思わずその場にしゃがんで頭を抱える。
紅魔館の一室が爆発音とともに吹き飛んだ。
◆
「お嬢様、大丈夫ですか」
部屋は吹き飛んだが、レミリア自身はなぜか無傷であった。
爆発音で駆けつけてきた咲夜やメイドたちになんと説明すべきか考える。
「ちょ、ちょっと新しいスペルカードの研究をしていたのよ」
何とか咲夜たちをごまかし、食堂へ向かう。今日の食事はご飯とトマトジュースに、ハムステーキ、茹でたブロッコリーと野菜たっぷりのスープだった。
レミリアは野菜はだいたい食べられるが、ブロッコリーは少々苦手である。
「咲夜、ブロッコリーはなしでいいって言ったじゃない」
「お嬢様、好き嫌いはいけません、少しでも慣れていきましょう」
「うう、じゃあ一個だけ」
「せめて3個はお食べください」 咲夜は主に毅然として言い放つ。
「咲夜さん、そんな強制しなくてもいいじゃないですか、私が食べますよ」
「そう、美鈴、このブロッコリーを与えるわ、お食べなさい」
美鈴が箸でレミリアの皿からブロッコリーを取る。咲夜がムッとした表情を見せ、次の瞬間、レミリアの目の前に、山盛りの茹でブロッコリーが出現した。
「きゃっ、こんなんの嫌よ」
瞬間、激しい閃光と爆音とともに、食器が宙に舞い、テーブルが真っ二つに避け、周囲にいた美鈴とパチュリー、小悪魔、咲夜、フランドールが壁に叩きつけられてしまう。
しばらくたって、フランドールが瓦礫を取り除いて起き上がった。
「咲夜、大丈夫?」
「妹様、ありがとうございます」
人間の咲夜はフランドールがかばったので、奇跡的に無傷だった。
爆発の寸前、レミリアが全員が助かるよう運命を操作したのだ。
「こほっ、何のマネよ」 パチュリーが瓦礫の中から小悪魔に肩を借りて立ちあがる。
「みなさん、無事ですか」 美鈴の頭にテーブルの破片が刺さっている。
「お嬢様、先ほどの爆発といい、一体どうなさったのですか?」
「レミィ、全て話して頂戴」
「仕方ないわね……」
これはただのイタズラでもない、もう隠しておけない。レミリアは観念して洗いざらい話す事にした。
◆
「カリスマが一定レベルを下回ると爆発する? 信じられないけど」
「でも、お嬢様自身は無傷、不思議ですね」
「あいてて、どこぞの女性の手に興奮する殺人鬼ですか?」
「てっきり姉さまが癇癪起こしたのかと……」
数分前まで食堂であった場所で、レミリアは皆に脅迫状の事を話した。
「図書館で似たような呪いが無かったか調べてみるわ」
美鈴に治癒魔法をかけながらパチュリーが言う。
「お願いね、貴方たち、しばらく私に近づかないで、危険だから」
「お嬢様!」
「いいのよ、500年近く生きているのよ、これぐらいの試練、たいしたこと無いわ。パチェ、対処法が分かったら教えてね」
レミリアは弾幕修行用兼フランドール遊戯用の部屋に閉じこもり、内側から鍵をかけ、誰も入れないようにした。
◆
鉄板で覆われた頑丈な部屋で、泣き続けて3回爆発した。
気分転換と退屈しのぎを兼ねて、体を動かすことに決めてから一昼夜は経っただろうか。
「はあ、神社にも行けないし、退屈で仕方ないわ」
腕立て伏せを中断してレミリアはつぶやいた。
もう1万回はやっている。すでに腹筋を10万回、スクワットを5万回ほどこなしている。
「フランもこんな気持ちだったのかしら」
次はどんなエクササイズで暇を潰そうか考えていると、誰かがドアをノックした。
「誰?」
「私よ」 パチュリーの声。声を張り上げ、頑丈なドア越しに会話する。
「おそらく、貴方の体内には、爆弾の他に、カリスマの増減を感知する何かが埋め込まれているはずよ」
「その感知器が私のカリスマ低下を認めたとき、爆発装置に指令を出すということね」
「そう、爆弾についてはまだ分からないけれど、感知器を壊せば何とかなるんじゃないかしら」
「どうやって」
「設計者の想定を上回るカリスマをたぎらせることで、その感知器の回路を焼き切るのよ」
「うまくいくかしら」
「いつになく気弱ね、少なくとも、カリスマの上昇は問題ないんでしょう、だったらカリスマを高めすぎても危険どころかむしろ爆発を防げるし、皆に畏怖されて一石二鳥でしょ」
「そうね、じゃあカリスマを感じさせる振る舞いを試してみるわ」
「ご飯だから、さっそく試してみましょう。みんな待ってるわ」
レミリアは着替えながら、カリスマあふれる振る舞いについて考えた。
「災い転じて福となす、か」
◆
修復途中のその食堂はいつもと違う雰囲気を放っていた。
板むき出しの床、漆喰の塗られていない壁、なによりレミリアの椅子だけが遠くに離されていた。
「何のマネよ、当主虐待で訴えてやる」 レミリアがテーブルを叩く。
「いいえ、お嬢様、申し上げにくいのですが、その、万が一の爆発が怖いので……」
弁解する咲夜に、レミリアは声を荒くする。
「私のカリスマが信用できないのか」
レミリアが詰問するが、咲夜はなんと答えたら良いか分からない。
「ええそうよ、だってカリスマが無いから爆発するんでしょ」 パチュリーがこともなげに言う。
レミリアは抗議しようとしたが、見苦しい弁解でカリスマが下がっても困るので感情をぐっとこらえた。
「まあ、私の食事風景を見ているといいわ」
長方形のテーブルの端にレミリアが座り、少し離れてやけに気合の入った美鈴が、その次にフランドール、小悪魔、パチュリー、咲夜、その他のメイドと続く。
「はああああああああああっ」
「美鈴は何を叫んでいるの」
「気を練ってます、不測の事態からみんなを守るためです」
「……」
食事は何事もなく続く、気を練り続ける美鈴の声だけが響く。
なぜか彼女の筋肉が膨れ上がっている。
「ぬおおおおおおおおおお」
「お嬢様、ブロッコリーをお食べください、偉大な指導者はえり好みなどしませんわ」
レミリアは我慢してブロッコリーをひとつ口に入れた、微妙な表情をしながら咀嚼し、飲み込んだ。
「さすがです、お嬢様」
「こ、この程度、王者には造作も無いわ」
「こおおおおおおおおおお」
「た、太陽の波長と同じエネルギー? 私を殺す気?」
「気にしないでレミィ、カリスマが下がるわよ」
「はあ、もう十分、ご馳走様、散歩に行ってくるわ」
レミリアは食堂の窓を開け放ち、翼を広げ、さっそうと夜空に飛び出そうとしたが、確かに外へ出たはずなのに、レミリアは再び室内に飛び込んでしまった。
ありのまま、今起こったことをを説明すると、
窓に足をかけ、外に飛び出したと思ったら、いつの間にか室内にいた。
レミリアは頭がどうにかなりそうだった。
催眠術だとか超スピードだとか、そのようなチャチなものでは断じてない。
もっと恐ろしいものの片鱗を、レミリアは味わった。
「咲夜、能力をつかったわね」
「お嬢様、出かけるなら門からにしてください、まるで泥棒のような仕草はみっともないですわ」
「うう、分かったわよ」
咲夜の能力で動きを制限されるとき、能力の副産物なのだろう、決まって胸や太ももに触られたかのような感触がある。不快だったが、もう慣れた。
そういう時、力を激しく消耗したせいか、咲夜は決まって鼻血を出していた。今回も例外ではない。
咲夜はきっと、私にカリスマを発揮させるため、命を削ってまで私に尽くそうとしてくれているのだ。
体に負荷をかけてまで、私にカリスマを取り戻して欲しいと願っているのだ。
がんばらなくては。そう決意した。
レミリアは落ち着いた態度で玄関から外に行き、翼を広げて飛翔を楽しんだ。
◆
その後、レミリアはテーブルマナーなどを自分で勉強しだした。
苦手なものが食事に出ても、なるべく食べるように心がけた。
おやつのときも、フランと争ってお菓子を取り合うようなことはしなくなった。
また教養も深めるべく、パチュリーの進めた本を読んで勉強もするようになった。
その日も、レミリアは新たな知識を得るため図書館に向う。
「お嬢様、おはようございます、今日もお勉強ですか」 シフトを終えた美鈴と出会う。
「そうよ、王たるもの教養も深めないと。パチェのくれた本はどれも完全に理解したわ、だから今日はとある本に挑むつもりよ」
「パチュリー様の本、というと魔道書ですか?」
「まあ、似たようなものね」
「すごい、以前パチュリー様の本を見せてもらいましたけど、私なんか何がなんだか分かりませんでした、お嬢様はそれを理解できるのですね」
「そうよ、それではごきげんよう」
クールなしぐさで髪をかき上げ、美鈴と別れた。
図書館には今誰もいないようだった。構わず目当ての本を探す。
「あったわ、ついにこの本に挑む日が来たか。今の私ならきっと理解できる」
と、一冊の書物を本棚から取り出した。
誰かが図書館に入ってくる気配がする、パチュリー、咲夜、小悪魔だった。
もしかしたら自分への本音が聞けるかもしれない。
レミリアはそう思い、本棚の影に隠れ、期待と不安に胸を膨らませながら聞き耳を立てた。
「レミィ、レディとして振舞うようになってきたわね」 パチュリーは微笑んだ。
「ご立派になられましたわ」 咲夜は涙を拭いている。
「でも正直、以前のわがままお嬢様もかわいかったですけどね」 小悪魔が舌を出して笑う。
(フフ、私のカリスマを認めるようになったようね)
「それにしても、やっぱり美鈴や妹様にも話すべきだったのでは」 咲夜がパチュリーに言った。
(?)
「共犯者が多ければ発覚のリスクが高まる、それに、敵を欺くには味方から、よ」
(私に内緒で何を? まさか……)
「それはともかく、そろそろ術を解いて差し上げるべきでは」
(そういう事か)
「実はカリスマ低下で爆発するのは最初の数回、もう術の効力は消えたわ、だからレミィは大丈夫よ」
「そうだったのですね、でもその事を早くお教えしませんと残酷です。カリスマが低くなれば爆発すると本気で思い込んでいるお嬢様、可哀想」
(やられたわ、ある程度予想はついていたけどね)
「でも、咲夜さんもノリノリだったじゃないですか」
(そうなのかよ!)
「もう本来の目的は果たされました、お嬢様はカリスマを回復しましたし、頃合ですわ」
「まあ、バレるとヤバイ部分はうまく伏せて、レミィにもう安心していいと伝えましょう」
(そのバレるとヤバイ部分とやらも丸分かりなんだけどね)
◆
『デーモンロードをだますとはいい度胸だ、それなりの代償を払う覚悟は当然お有りだな』
とこのまま、殺意むき出しで三人の後ろに立ち、殺気を感じた三人が振り返り、しどろもどろで弁解をした挙句、自分のスペルカードの餌食になる、というオチも悪くないが、カリスマあふれる振る舞いを身につけさせてくれた事に免じて、ちょっとつつくだけで勘弁してやろう。
「奥で本を読んでいたのだけど、みんな何の話かしら」 わざとらしい言葉でく三人の前に出向く。
「レミィ!」
「お嬢様!」
「こぁぁ、今日もカリスマあふれますねえ」
全員の驚く表情と空気がたまらない、イタズラ好きの小悪魔や妖精の気持ちが分かる。
「ありがとう、この本借りていくわ、良いわね」
「も、もちろんよ」
(ほっ、バレてない)
レミリアはそのまま図書館から出ようとする、三人の安堵する雰囲気が肌で分かる。
だがまだ安心はさせない。ドアの近くまで行った所で振り返る。
「ああ、それからねパチェ」 パチュリーが再び凍りついた。
彼女の間近まで寄る。冷や汗が浮かぶ、演技が下手だ。
「な、何よレミィ」
「次はもっとマシな術をお願いね」
そう言いながら彼女の鼻を人差し指で軽くつつき、すたすたと歩み去る。三人はぽかんと呆気に取られていた。
レミリアはそれどころではなかった。
この書物を、早く誰にも邪魔されない自室で読みたいのだ。
パチュリーはこの書物は自分にはまだ早すぎるといった。
ならば、なおさら征服してみたくなるではないか。
この『5年のさんすう』と銘打たれた書物を。
この台詞にクソ吹いた
やっぱり、おぜうさまはこの路線なのね
レミリアは幼女、幼女が小学5年生の算数ができるなんて天才じゃないか!
つまり全くカリスマは損なわれていないのだ!
波紋www
100年ごとに1年アップですねwww
誤字報告「鼻時」→「鼻血」
評価していただいて感謝します。
5年生ともなれば、「さんすう」じゃなくて「算数」と書くべきだったかもと思いましたが、そのままにしました。
やばい、今の俺でも早すぎるかもしれない
面白かった。
ありがとう
咲夜さん自重しろwww
瀟洒な咲夜さんはクールに触るんですね、わかりますw