私は、突然ここにやってきた。
気付いたときには既に見たことの無い景色が眼前に展開されていて……。何が何だか分からない私は、ただ一人困惑していた。
呆然と前しか見ることが出来なかった私は、ふと我を取り戻して辺りを見回す。
ここは、空の上?
私は、宙に浮いていることに気が付く。まるで漫画のキャラクターたちがそうしているかのように、当たり前のように。
不思議と違和感は無い、ただ穏やかに吹く風が髪を、服を揺らすのが心地よいだけ。
果たして自由に動けるのだろうか、ただ宙に浮いているだけでは埒が明かない。頭の中で「動け」と念じてみるも叶わず、私は依然として空を漂うだけだった。
どうしたらいいのか分からない、そう思って目を瞑って少し思い悩んでいると、どこから聞こえたのだろう、楽器の音色が耳をくすぐった。
すぐに開眼し、辺りを見回す。どこにもそのような人影は存在しない。でも確かに音は聞こえている。近い、とても素敵な音色たち。
すると突然、私の体がその音源の方向へ引き寄せられるかのように小さく前進する。先程はピクリとも動かなかったのが嘘のように、すいすいと空中遊泳を楽しめていた。
しめた、と思った私は、その音の方向目指してゆっくりと進む。少しずつ行けば、音源がどうやら足元にあることが分かり、私はゆっくりと下降していった。
見たこともない世界に突然やってきて、あまつさえ突然聞こえてきた楽器の音を追っている、なんて私は恐れを知らないのだろう、と少し思ったが、その音に引き寄せられるのだから仕方が無い。ただひたすらその音を辿った。
地面に足が着くかという頃、小川が流れている傍に三人の少女が楽器を奏でている姿を垣間見ることが出来た。
それぞれヴァイオリン、トランペット、キーボードを持ち、三者三様に弾き奏でていた。
私はその光景にしばし見惚れていた。
こう見えても、私は楽器が好きだ。ヴァイオリンは齧ったことがあるし、トランペットとピアノに関して言うならば長い時間を掛けて演奏してきた。それなりの腕だってあるつもりだ。
しかし、今目の前で演奏している少女三人はどうだろう。その音は、私の心を強く揺さぶる。感動なんていう陳腐な言葉では表せない程度のものだ。
まるで、幻想を見ているかのようだった。
地に足を着けた私はそのまま立ち尽くしてその三人の演奏をただ聞き入っていた。どれくらいの時間が経ったのかも分からない。もしかしたら数分だったのかもしれないが、私には途方もなく永い時間にも感じられた。
「おや、可愛いお客さんがいたじゃないか」
いつの間に終わっていたのだろう、余韻に浸っていた私の意識を夢から現へ引き戻したのは、ヴァイオリンを奏していた少女の声だった。
「こんな辺鄙な処にたった一人とは珍しい、どうしてまたここに?」
「私にも分かりません」
率直な感想を私は述べる。突然空中にいたなんて言ったらよくて変質者、悪ければ精神異常者と思われてしまうだろう。
「ふふ、余計に珍しい。見たところ人間だが、空から降りてきたのを見ると、只者ではなさそうだ」
いや、只者も何も只の人間ですが。
「姉さん、そろそろ休憩しましょ?お客さんもいることだし、少しお話ぐらい」
今度はトランペットを携えた少女が言った。姉さんということは姉妹か何かなのだろうか。すごい姉妹だ。
「賛成、猪突猛進な姉さんもたまには休むことを覚えたんだねえ」
更にどの横からキーボードを持つ少女が挑発混じりに言った。
「リリカ、さすがにそれは酷くない?」
「本当のことでしょ、メルラン姉さんの暴れっぷりはいつものことでしょ?」
どうやらトランペットの少女をメルラン、キーボードの少女をリリカと言うらしい。二人は軽い口喧嘩を始めてしまった。
「まあ、妹たちは放っておこう。名前は今の通りだ、私はルナサ。ルナサ・プリズムリバーだ」
「素敵な音色でしたね、皆さん」
「そう言って貰えると嬉しい限りだ。先程も訊いたが何故ここに?話してみてはくれないか?」
「本当に分からないんです、気付いたらこの上空にいて」
「空に?それはまた不思議なお嬢さんだ」
「お姉さん、もしかして迷い込んできちゃったんじゃないの?」
リリカが私とルナサの間を割り、言った。
「迷い込むってどういう……?」
「ああ、なるほど。それならば合点が行く。どこぞの隙間妖怪がまたサボっていた所為だな」
「そういえば冥界の門も修理まだだったね」
「それよりお嬢さんは運が良いよ?見つかったのが私たちじゃなくて妖怪だったら食べられてたかも」
「そうだな。それよりもお嬢さん、まだ演奏を聴く余力はあるかい?」
「聴かせてもらえるなら是非、お願いします」
「だそうだ。メルラン、リリカ。このお嬢さんの為に、一曲」
「はーい」
色々とよくは分からないが、今は演奏が聴けるということで、私の心は躍った。
しかし、どれだけ考えても分からない。突然やってきた場所で、見たことの無い少女たちに出会い、この世のものとは思えない演奏を聴かせてもらう。
本当にここは、私のいた世界なのか?もしかしたら、ここは私の知らない場所なのかな。
でもそんな考えは、次の瞬間にどうでもよくなってしまった。
「あぁ」
空に虹の橋が掛かったのだ。
雨も降っていないのに出てきた虹。普段ならば訝しげに思うだろうが、虹の美しさと、穏やかに流れていく川、そして何より彼女たちの演奏の美しさでどうでもよくなってしまった。
ただ没頭する私の体感時間は途轍もなく、永遠にも思えた。出来ることなら、この幸福が続けばいいのに、と思ってしまうほどだ。
演奏が終わると、無意識の内に拍手が漏れてしまう。本当にごく自然に。
「如何だったかな?」
ルナサが言う。
「本当に、素晴らしいです。……あの、もし出来たらここについて教えていただけませんか?」
「ここ、というと?」
「ここは私がいた世界とはきっと違う場所です、名前があるはずでしょう?」
「ここは、幻想郷だ」
「幻想郷、ですか」
「私たちみたいな騒霊もいれば、人間も妖怪も幽霊も亡霊も神様だっているわ」
「いい場所よ、幻想郷は」
メルランとリリカにも言われ、実感が湧いてくる。
きっとここは、忘れられた地なんだ、と。
「さっきも言ったが、稀に迷い込んでくる者がいるんだ。お嬢さんはきっとその一人なんだろう」
「戻ることは?」
「出来ないことも無いはずだが貴女のように満ちた人間がやってくるってことは、もしかして、現世に嫌気が差していたりはしないかな?」
あまり深く考えたことはなかった。改めて考えてみる。
確かに色々なことをやってきた、でも思い通りの物を得ることは出来なかった。高校に入っても、思うような出来事はなく、ただ音楽だけに集中してきた。周囲に反対された、けれど私はやめない。ただひたすらに修行をする日々。もしかしたら、そんな反対勢力の重圧に耐え切れなかったのかもしれない。
「心当たりは、あります」
「ならば、これから宜しくしないといけないかな?」
「ならまずは里に行ってなんとかしないと」
「里?」
「人間の里よ、人間や少しの妖怪がいる場所だ。そこで色々聞くと良い。まあ、何にせよ―――」
「幻想郷へようこそ」
続いてほしい
全体的に少しもの足りませんでした
あとがきで設定をだすよりも、作品の中で徐々に明かしていくと良いかもしれませんよ
偉そうですみません
続編ですか・・・合間合間に考えてみますね。