「永山本家酒造場特別純米酒『貴』。しゃっきりぽんとすっきり端麗、旨味広がり後味の切れ上がりバランス絶妙!」
ある日、突然に私の家にやってきて勝手に上がり込み、真っ直ぐに私のベットを占拠した女、宇佐見蓮子は、開口一番にそんなことを宣った。
何を言うわけでもなく、私はただただ唖然とした。
「というわけで、飲みましょう、メリー」
なにが「というわけで」だと突っ込む暇も与えずそう言って、つばつきの黒い帽子に手を突っ込み、中から一升瓶を取り出す蓮子。
どうやら目的はお酒を呑むことらしい。
……まぁ、お酒を持って来た時点で飲まないなんてこと、彼女に限ってあるわけがないのだけれどね。
てか、どっから一升瓶を出してんのよ。
蓮子の帽子は某猫型狸ロボットの四次元ポケットなのか。
そーなのかー。
「バタピー、柿ピー。お、メリーの大好物のスモークチーズがあるわよ、スモォォォオクチィィィイズ!」
直も帽子から色々と取り出しながら、彼女は言った。
……別にスモークチーズは大好物ではない、決して。
まあ、美味しいんだけど。
どうやら完全に出来上がっているらしい。
さておき、家主である私の許可を得ることもなく、彼女は現在進行形で次々にツマミを広げていっている。
異様な程にテンションが高い。
私はうんざりしつつ、台所へとグラスを取りに行くことにした。
ラッパしているから今更グラスなんて不必要なのかもしれないけれど、こうなっては彼女はどうにもならない。
戸棚を開き、蓮子と私専用のグラスを引っ張り出す。
引っ張り、出す。
引っ張り……出す。
引っ張り出せない?
何故だか、グラスとグラスが離れない。
正確に言えば、蓮子のグラスの中に私のグラスがすっぽりと嵌まってしまい、中々抜けないわけなのだけれど。
何故こんなことに……
思い返せば、昨晩も蓮子と飲んだ際、洗ったままきちんと拭かずに重ねてしまったような。
疲れていたし。
今日は異様に暑かったし。
というか、それか。
思い当たる節が多すぎてなんだか泣けてきた。
グラスとグラスの隙間の、ちょっとした気圧の変化でこんなことになっているわけね。
わかります。
現実逃避も程ほどに、これって取る時どうするんだったかしら。
捻りながら引っ張ってみる?
駄目だわ、下手に力を入れたら壊れそうで恐い。
あえて押し込んでみる?
これも壊れそうだ。
熱湯に浸ける?
グラスって熱湯に浸けて大丈夫だったかしら?
大丈夫だったとは思うけれど、お気に入りのグラスだし、もしものことがあったら困る。
……そう、よりによってお気に入りのグラスなのだ。
定価一万二千円は一人暮らしの学生にとっては大きな出費。
絶対に壊したくはない。
絶対に。
……どうしようもなく、私はグラスを置いてため息をついた。
********
「メリー、なにやってるの?」
戻りが遅い私を不審に思ったのか、台所へと蓮子がやって――
「あー、私のグラスとメリーのグラスがくっついてるじゃない。ラブラブだわラブラブー」
やって来てそれか。
私の肩にもたれ掛かると、蓮子はニヤニヤと笑いながらそう言った。
ええい、あまりくっつくな欝陶しい。
半ば無理矢理離れさせると、蓮子は「メリーのいけずー」などとつぶやきながらアルコール混じりの息をついた。
「うっふふ、メリーのグラスが私のグラスに嵌まってるー」
「……見たまんだの感想ね」
うーん、蓮子なら何とかしてくれると少しでも期待した私が間違いだったのかしら?
「私の熱い包容力でメリーを包み込―うげっ!?」
殴ってみた。
無言で横隔膜を。
沈黙し、うずくまる蓮子に、私は冷ややかな視線を送ってみた。
「う、ぐぅ……流石メリーだわ、まさかこの私が左ジャブ一発でダウンを喰らうなんて……」
「褒めてもらっているところ悪いのだけれど、他に感想は?」
よろよろと立ち上がる蓮子に、再度尋ねてみる。
「メリーが私の中に―かぺっ!?」
チョップってみた。
全力で首を。
力無く蓮子は床に崩れ落ち――
「メリーったら酷いわよ!冗談なのにっ、冗談なのにっ!」
なかった。
*********
閑話⑨題
ジントニックにはカシューナッツがあうと思う。
*********
「要するに、このグラスを外せばいいのよね?」
と、蓮子が言い出したからには、私の不安はそれはもうウナギのぼりなわけである。
……だって、「ドッセーイ!」とか言ってグラス割っちゃいそうなんだも――
「どぅっすぇーいっ!」
『パリン』
――……
あー……
いや、まあ……
「……」
「あ、あれ?」
「………」
「おっかしーなー?」
「オイ、コラ」
……まぁ、予想はしていたけどね?
此処まで予想通りの展開だと、怒る気すらなくなるわ。
ボタボタ。
と、蓮子がぴたりと動きを止める。
「――大変よ、メリー」
「どうしたのよ?」
「えーと、その――」
蓮子は何やら口ごもると、私に向けすっと手を差し出し――
ボタボタ。
「なんか、右手がエキゾチックでドメスティックのバイオレンスな感じなんだけど」
「―――っ」
私は息を飲んだ。
何を隠そう、蓮子の手からはダラダラと真っ赤な血が流れ落ちていたのである。
うん、凄いわ。
滝の様に流れ落ちる血液。
私はふうと息をつき、蓮子に向き直る。
落ち着け。
この空気に飲まれたら負けだ。
私には、蓮子言うにべき言葉があるはずだ。
否、私は言わなくてはならない。
そう――
「――何やってるのよ、馬鹿ぁぁぁあ!!」
お気に入りのグラスの事なんて、既に頭にはなく、私はただただ大声で叫んだ。
ある日、突然に私の家にやってきて勝手に上がり込み、真っ直ぐに私のベットを占拠した女、宇佐見蓮子は、開口一番にそんなことを宣った。
何を言うわけでもなく、私はただただ唖然とした。
「というわけで、飲みましょう、メリー」
なにが「というわけで」だと突っ込む暇も与えずそう言って、つばつきの黒い帽子に手を突っ込み、中から一升瓶を取り出す蓮子。
どうやら目的はお酒を呑むことらしい。
……まぁ、お酒を持って来た時点で飲まないなんてこと、彼女に限ってあるわけがないのだけれどね。
てか、どっから一升瓶を出してんのよ。
蓮子の帽子は某猫型狸ロボットの四次元ポケットなのか。
そーなのかー。
「バタピー、柿ピー。お、メリーの大好物のスモークチーズがあるわよ、スモォォォオクチィィィイズ!」
直も帽子から色々と取り出しながら、彼女は言った。
……別にスモークチーズは大好物ではない、決して。
まあ、美味しいんだけど。
どうやら完全に出来上がっているらしい。
さておき、家主である私の許可を得ることもなく、彼女は現在進行形で次々にツマミを広げていっている。
異様な程にテンションが高い。
私はうんざりしつつ、台所へとグラスを取りに行くことにした。
ラッパしているから今更グラスなんて不必要なのかもしれないけれど、こうなっては彼女はどうにもならない。
戸棚を開き、蓮子と私専用のグラスを引っ張り出す。
引っ張り、出す。
引っ張り……出す。
引っ張り出せない?
何故だか、グラスとグラスが離れない。
正確に言えば、蓮子のグラスの中に私のグラスがすっぽりと嵌まってしまい、中々抜けないわけなのだけれど。
何故こんなことに……
思い返せば、昨晩も蓮子と飲んだ際、洗ったままきちんと拭かずに重ねてしまったような。
疲れていたし。
今日は異様に暑かったし。
というか、それか。
思い当たる節が多すぎてなんだか泣けてきた。
グラスとグラスの隙間の、ちょっとした気圧の変化でこんなことになっているわけね。
わかります。
現実逃避も程ほどに、これって取る時どうするんだったかしら。
捻りながら引っ張ってみる?
駄目だわ、下手に力を入れたら壊れそうで恐い。
あえて押し込んでみる?
これも壊れそうだ。
熱湯に浸ける?
グラスって熱湯に浸けて大丈夫だったかしら?
大丈夫だったとは思うけれど、お気に入りのグラスだし、もしものことがあったら困る。
……そう、よりによってお気に入りのグラスなのだ。
定価一万二千円は一人暮らしの学生にとっては大きな出費。
絶対に壊したくはない。
絶対に。
……どうしようもなく、私はグラスを置いてため息をついた。
********
「メリー、なにやってるの?」
戻りが遅い私を不審に思ったのか、台所へと蓮子がやって――
「あー、私のグラスとメリーのグラスがくっついてるじゃない。ラブラブだわラブラブー」
やって来てそれか。
私の肩にもたれ掛かると、蓮子はニヤニヤと笑いながらそう言った。
ええい、あまりくっつくな欝陶しい。
半ば無理矢理離れさせると、蓮子は「メリーのいけずー」などとつぶやきながらアルコール混じりの息をついた。
「うっふふ、メリーのグラスが私のグラスに嵌まってるー」
「……見たまんだの感想ね」
うーん、蓮子なら何とかしてくれると少しでも期待した私が間違いだったのかしら?
「私の熱い包容力でメリーを包み込―うげっ!?」
殴ってみた。
無言で横隔膜を。
沈黙し、うずくまる蓮子に、私は冷ややかな視線を送ってみた。
「う、ぐぅ……流石メリーだわ、まさかこの私が左ジャブ一発でダウンを喰らうなんて……」
「褒めてもらっているところ悪いのだけれど、他に感想は?」
よろよろと立ち上がる蓮子に、再度尋ねてみる。
「メリーが私の中に―かぺっ!?」
チョップってみた。
全力で首を。
力無く蓮子は床に崩れ落ち――
「メリーったら酷いわよ!冗談なのにっ、冗談なのにっ!」
なかった。
*********
閑話⑨題
ジントニックにはカシューナッツがあうと思う。
*********
「要するに、このグラスを外せばいいのよね?」
と、蓮子が言い出したからには、私の不安はそれはもうウナギのぼりなわけである。
……だって、「ドッセーイ!」とか言ってグラス割っちゃいそうなんだも――
「どぅっすぇーいっ!」
『パリン』
――……
あー……
いや、まあ……
「……」
「あ、あれ?」
「………」
「おっかしーなー?」
「オイ、コラ」
……まぁ、予想はしていたけどね?
此処まで予想通りの展開だと、怒る気すらなくなるわ。
ボタボタ。
と、蓮子がぴたりと動きを止める。
「――大変よ、メリー」
「どうしたのよ?」
「えーと、その――」
蓮子は何やら口ごもると、私に向けすっと手を差し出し――
ボタボタ。
「なんか、右手がエキゾチックでドメスティックのバイオレンスな感じなんだけど」
「―――っ」
私は息を飲んだ。
何を隠そう、蓮子の手からはダラダラと真っ赤な血が流れ落ちていたのである。
うん、凄いわ。
滝の様に流れ落ちる血液。
私はふうと息をつき、蓮子に向き直る。
落ち着け。
この空気に飲まれたら負けだ。
私には、蓮子言うにべき言葉があるはずだ。
否、私は言わなくてはならない。
そう――
「――何やってるのよ、馬鹿ぁぁぁあ!!」
お気に入りのグラスの事なんて、既に頭にはなく、私はただただ大声で叫んだ。
酔っぱらい蓮子も可愛いもんだ。
しかし氏よ、閑話休題とは逸れた話を戻すときに使う……って、よく見たら閑話⑨題だと?!なら何の問題もないな!
たぶん。
酒入った蓮子のイメージがぴったり過ぎて笑いました
『私には、蓮子言うにべき言葉があるはずだ。』とありますが、『私には、蓮子に言うべき言葉があるはずだ。』ではありませんか?違ったら申し訳ありません。