――私がいいと言うまでこの扉を開けてはなりませんよ。
あ、でもご飯の時は呼んでね。
と言い残され、神奈子様が自室に閉じこもられて早1ヶ月。
いや正確にはお食事とお風呂の時は出ていらっしゃるのですが。
それにしても自室にこもって1日中何をしていらっしゃるのでしょう。
出入りを許されている河童の方々に聞いてみても言葉を濁されるだけですし。
神奈子様のことですから心配など無用なのでしょうが。
しかし1ヶ月ともなると流石に気になります。
ここは神奈子様と最も長くお付き合いされている諏訪子様に相談してみるのが一番でしょう。
そう考え、早速諏訪子様にその事を話すと、一冊の古びた本を私に手渡され、
――神奈子ってさ、ほら技術革新とか好きだから…
とだけ言われ、どこかに飛んでいってしまわれました。
はて、どういうことでしょう。
そしてその手渡された本を自室に持ち帰ったところで現在に至ります。
諏訪子様の口調からすると、この本にこそ神奈子様の行動理由が書かれているのでしょう。
とりあえず軽く目を通してみると紙の質が数ページ毎に変わっている事に気がつきました。
どうやら書かれた年代が違う紙をまとめたもののようです。
書かれた内容から察するに諏訪子様の日記のようですし、
初めから読まなければ諏訪子様の言われんとするところも理解できないでしょう。
よし。
私は本を一旦閉じ、目もまたゆっくりと閉じた。
諏訪子様の意志を漏らすことなく汲み取るために一度心を空っぽにしなければ。
季節は晩秋。
今まさに冬を迎えんとする樹木はその葉を散らし、死の様相を見せている。
しかしその実、内部には次の生命を実らせるための力が満たされている。
その樹木のように、私は一度死に、そしてこの本から知識を全力で読み取りまた蘇る。
その時初めて新しい知恵を身につける事ができるのだ。
ゆっくりと目を開ける。
さぁ、諏訪子様のご意志。全て、余すところ無く、頂戴します!
そして私は表紙に書かれた文字「文化」の一語を見た。
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ピコーン
――教育伝来
There is no wealth like knowledge, no poverty like ignorance.
ズドドドドドドドドド、バッターン!
神「諏訪子-!諏訪子はいずこじゃー!」
諏「踏んどる踏んどる」
神「あらごめん」
突如として社に飛び込んできた神奈子に私は踏みつぶされ、諏訪戦争以来久しぶりに屈辱を味わったのであった。
諏「んで、なに?」
神「教育よ、教育。」
諏「あぁ?」
踏まれたので少々不機嫌である。
この女は何を言っているのであろう。勉学ならとっくに寺社が行っているではないか。
もしかして知らないのかこの年増。
と、いうことを率直に言ったところノータイムで張り手が飛んできた。痛い。
神「違うわよこのスカポンタン!もっと広く勉学を伝えるのよ。」
諏「どういう意味?」
神「つまり一般民衆を教育するのよ。」
神奈子が言いたかったことをまとめるとこうだ。
一般民衆に教育を行う事により、民衆の潜在能力が高まり、それにより諏訪の地力が
底上げされることに繋がる、ということらしい。
諏「なるほどねぇ。その発想は確かに新しい。」
神「でしょでしょ!?
この制度を諏訪全土に広める事により革新が起こるわよ!
文化革新ってやつね!」
諏「まぁそれはいいんだけど、何で私に言いに来たの?」
神「…一応確認のためよ。この神社は建前上はあんたを奉ってんだから。
じゃあ早速巫女に伝えて、実行してもらうわ。」
神奈子は戦争で私に勝ったものの、内政で失敗した事から私に劣等感を抱いているらしい。
というわけで画期的な内政を行って成功させ、私を見返そうとすることがたまにある。
その内容は天才的で、私が舌を巻く発想が多々あるほどだ。
だから、まぁ、そこまで気にする事もないと思うが…
巫女「今回の政策について、諏訪全土でアンケートを採ったところ、
反対多数で否決されました。残念でした。」
神「そんな~。」
発想が未来に行き過ぎているので毎回この調子である。
補足 より抜きアンケート内容
反対「勉強なんかしてる暇があったら畑耕せ、畑。」
賛成「でも諏訪子様の放課後個人レッスンなら受けてみたいかも!」
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ピコーン
――火薬伝来
You can get more of what you want with a kind word and a gun
than you can with just a kind word.
神「諏訪子諏訪子ーー!!」ズドーン
神奈子の叫び声と共に何かが私の頭上を突き抜けていった。
帽子を脱ぐ。
穴が開いており、そこから硝煙が立ち上っていた。
神「見てみて!スサノオのじっちゃんから面白い物もらったー!
火縄銃って言って、火薬を使って鉛玉を飛ばすんだって!」ズドーン
天井に穴が開いた。
神「ね!ほらほらすごいでしょー。
それでね。これを諏訪の主力武器にすれば日本一の強さを誇る軍隊が作れると思うのよ。
矢より速い上に当たればイチコロよ!
ね、すごいでしょすごいでしょ!
…諏訪子?」ズドーン
さっきから震えているばかりで何も言わない私を不思議に思ったのか。
神奈子は首をかしげ、私に向けて一発撃ってきやがった。
神「大丈夫?」
と、本当に不思議そうな顔して聞いてきた。
帽子に4つ目の目ができた。内2つは硝煙を上らせ、残りは涙を流している。
神「じゃあ、巫女に伝えてくるね-!」
私が何も言わないのに痺れを切らしたのか。神奈子はとっとと出て行ってしまった。
そのまま帰ってこなければいいのに。
巫女「アンケートの結果。量産には資金も資源も足りないので無理。
否決されました。残念でした。」
神「そんな~。」
その後私はしばらく雨漏りと帽子の妙な風通しの良さに悩まされる事になった。
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ピコーン
――建築伝来
And on the pedestal these words appear:
'My name is Ozymandias, king of kings: Look on my works, ye Mighty, and despair!
神「これを見なさい!諏訪子ォー!」バシーン!
神奈子が何か絵を私のほっぺに叩きつけてきた。やめろ痛い。
諏「なんだこのでっかいもん」
絵には、やたらでかい三角錐の建造物やらやたらでかい石像やらが描かれていた。
神「それはね、異国の神をあがめるための建造物なのよ。
異国の事ながら立派なものね!」
諏「へぇ、異国の神には三角錐の形したやつもいるのね。」
神「お前は何を言っているんだ」
一番言われたくなかった言葉を言われた。
しかし今回神奈子が言いたい事はなんとなくわかる。
そう、
諏「うらやましいのね。」
神「うん。」
わかりやすかった。
神がどれほど信仰されていたかは、信仰の対象、その神の墓だとか銅像だとかの大きさで表される。
この諏訪におけるオンバシラがそれだ。
これらの絵を見る限り、これは日本に限らず異国においても言えたことらしい。
しかしなんというか。
大きければ大きいほど良いというのは…うーん。
諏「単純よねぇ。」
神「何を言うのよ!大きさはそのまま力を表すわ。
つまり大きい事は正義であり、勝利の証でもあるのよ!」
ああ、だからそこもそんなに大きいんですね。
そんなことがふと頭をよぎった。
あれ、何かしらこの気持ち。もしかしてこれが…殺意?
諏「で、なに?今回もそれを巫女に伝えるの?」
神「いいえ!今回はなーんにもしないわ。」
諏「へ?」
神「ふふん、私はそこまで馬鹿じゃないわ。
信仰の大きさというのは人々の心の中で徐々に育まれていくもの。
つまり強要したところで真の信仰など得られないわ。
私は人々の信仰が高まり、自ら神の姿を想像し、形に表すまで待つ事にしたのよ。
そして私という信仰の姿が作られる。
その時私は最も美しい神として、そして真の諏訪の神として崇められるのよ!」
神奈子にしては普通の意見だった。
やはり信仰ということにおいては劣等感が未だ拭えないらしい。
神「というわけで、私はその時を待つことにするわ。じゃーねー。」
言い去って神奈子はスキップで帰っていった。
普通だった。普通だったが、今回のこれに関しては
巫女に伝えるわけでもないので、別に私に言う必要もなかったのではないだろうか。
後にはほっぺの痛みだけが残った。
後日談
レジャーランド「すわっこランド」が建造されました。
神「そんな~。」
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この後も日記には神奈子が伝来技術を諏訪に用いようとした(そして失敗した)ことのみが記されていた。
鉄道に乗りに行くためにおめかしして出かけたら排煙だらけで帰ってきたとか、
鋼鉄の技術をオンバシラに適用しようと思ったら、なんだか拷問器具っぽくなったとか、
ラジオ放送聞きたくて受信機を購入したら電波が届かなかったとか、
そのようなことをつらつらと書いてあった。
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はぁ、これはどういうことなのでしょう。
神奈子様の閉じこもりの原因が書かれていると思って読み始めたものの
一向にそのような内容は表れてきません。
それにしても日記における話の流れがお決まりになりすぎていて
なんだか4コマ漫画でも読んでいるような気分です。
諏訪子様は一体何を伝えたくてこのような…
ピコーン
神「できた、できたわー!」
あら、あの轟くような大声は神奈子様。
できた、って一体何ができたのでしょう。
神「早苗ェい!早苗はいずこじゃ!」
はいこちらに、ただいま参ります。
神奈子様、この1ヶ月閉じこもって一体何をしていらっしゃったのですか?
神「早苗、前に麓の巫女に負けてから自信をなくしているでしょう?」
え?まぁ、はい。
私の力不足、そして自信の過剰からの不徳と心得ておりますが。
神「いいえ、早苗。あなたには巫女として十分な力が備わっているわ。」
そんな、私はまだまだ巫女として修行不足で…。
神奈子様、その後ろにある禍々しい機械は一体?
神「そうよ、あなたの潜在能力を目覚めさせれば、麓の巫女なんぞ一網打尽にできるわ。」
あの、神奈子様。一体何を…。
あれ、河童さん。何で私を羽交い締めに?
神「早苗。あなたはこの神奈子デラックスを使う事により最強の巫女として生まれ変わる事ができるのよ。」
神奈子様。そもそも巫女って強弱で比べられるものじゃ…。
あの、ちょっと、なんで機械に縛り付けるのですか?
神「さぁ、早苗よ!常識を越えた最強の巫女へと生まれ変われ!
フ ュ ー ー ー ー ー ジ ョ ー ー ー ー ン !」
神奈子様!妙に声が甲高く!
え、なにその怪しげなマークの描かれたボタン。ちょっと神奈子様?ちょっt バチィッ!
ア ッーーーーーーーー!
季節は晩秋。
木枯らしが吹き、幻想郷に生きる全ての生き物に等しく寒さを与える。
薄着をしていた諏訪子には少々厳しいものであった。
なに、そのためのニーソックスだ。堪えられる。
厳しい季節が来るな。諏訪子はそうつぶやいた。
6つの目の内2つは硝煙を上げ、4つは涙を流していた。
木枯らしはそのまま山の神社にまでたどり着き、一冊の本のページを器用にめくっていった。
その本の最後にはこう書かれてあった。
――核融合伝来
Any sufficiently advanced technology is indistinguishable from magic.
●
▲
↑こんな顔をした早苗さんを想像してしまったんだが?
こんな神奈子なら全力で否決します。
同じ信仰を持つ兄弟には親近感を感じているぞ(+1)
Cルートなんて下らない、なんの役に立つ!フン!(-1)
結果:守矢神社の文化勝利!
とリニアの駅が(多分)できる山梨在住の人間が言ってみます。
おいやめろ馬鹿
行き過ぎた技術が暴走しないと良いですね。
がすごくいい...!句点が付くだけでこうも印象が変わるとは...
ああ、信仰せざるをえない。
どこぞのゲームメーカーみたいだ…