―――200X年、地霊殿は核の炎に包まれた。地は裂け、海は枯れ、あらゆる生命体が絶滅したかに見えた。そして! 妖怪達は死滅していたァッ! 世紀末モード突入!
「しません」
―――たまには死滅してみるのもいいものよ
「しません」
―――もう何よ、面白くない。あぁ、そういえば……
そうして彼女は次々と言葉を送り出す。喘息もきついだろうに元気なものだ。
話すこともできない彼女から次々と押し寄せてくる言葉の高波に、私はほとんど着いて行くので精一杯。
この第三の目を持ってしてもパチュリーという女性を読めなかった、海のさとり一生の不覚! とでも先ほどの漫画なら言ったところか。
ここは紅魔館。図書館の片隅に位置する魔女の居室で私、古明地さとりはこの部屋の主パチュリー・ノーレッジと語らっている。
とは言っても口で語っているのは私だけ。寝たままで口も開かぬ彼女に対して一人話し続ける私の様子は、傍からは精神病院の一角にしか見えないだろう。
もっとも実際の病人は話すことすらできない発作に苦しむ彼女の方であり、私は見舞に来た知人か、はたまた様子を見に来た看護婦か。
図書館の一利用者だったはずがいつの間にやらずいぶんと出世したものだ。
彼女は口では荒い呼吸を繰り返しながらも、その心はひとときたりとも言葉を止めることはない。
彼女はその華奢な見た目からは想像できないほどアグレッシブかつアバンギャルドであり、自己の能力を高めること、そしてその能力について他者と語らうことに渇望している。
魔女たるものが自分の成果を堂々と見せるのはどうかとも思うのだが、自分の研究の集大成たる秘儀中の秘儀、賢者の石を同族の白黒に撃ち込んだりする辺り、彼女にしてみれば割と日常的なことなのだろう。
彼女はおそらく待っているのだ。他人が自分と同じレベルで語れるところまで登ってくるのを。それ故に彼女は自身の能力も成果も隠したりはしない。真似できるなら真似してみればいい、とは彼女の弁だ。
もっとも白黒にはスペカ一つ解析されてしまったけど、と嬉しそうに付け加えてもいた。
そんな彼女のオープン全開の姿勢に、思えば私も最初は圧倒されたものだ。
―――全然聞いてないわね?
「あ……と。申し訳ありません。少し考え事を」
―――ふむ。私との会話を忘れるほどの何を? 嫉妬するわね
「実は初めて貴方と会った時の事を」
―――あぁ……随分と面食らってたわね、あなたは
面食らう、と言う表現がまさに正しいだろう。あれはそう、二ヶ月ほど前だったか。私は地霊殿に遊びにきた白黒の魔法使いにこの図書館の存在を聞いたのだった。
偉大にして最強たる吸血鬼が支配する紅魔館、その大図書館には数え切れないほどの本が所狭しと並んでおり、大いなる魔力を湛える魔女と、時を支配する瀟洒なメイド、まぁまぁ強い門番とデスサイズヘルがそこを守っているという。
本。そう本だ。私は本が好きだ。人や妖怪や動物、それらは全てこの第三の目で読むことができる。けれども本は違う。特に小説や物語の類。それらだけは私のこの両の目でしか読めないものだ。
そんな本を愛する私は既に地底中の本という本を読みつくしてしまい、飽きに飽きてしまっていた。
そんな時に図書館の話を聞かされたものだから、行動に移すのは迅速だった。
魔法使いに場所を聞き、湖を越え、門番の了承を貰い、自分の背丈の二倍はあろうかという図書館の扉を開いて。
そしてその先で私を待っていたものは。
「半径20mッ! エメラルド・メガリスだーーッ!」
「教えてやろう、我が『世界』はまさに世界を支配する能力だと言うことをッ!」
「これ……はッ!まさかヤツの能力は……!お、お嬢スターさん、これが!これが僕の最後のメッセージです……受け取ってくださいッ!」
「……時計を壊したッ!?これは一体……?時計……時……時間……今は3時……ハッ、まさか!DIOの能力とは!『時計をおやつの時間にする能力』ッ!」
「咲夜、紅茶とクッキーを」
「承りました。それで……」
そう言って一斉に私の方を振り向いた吸血鬼に魔女にメイド。
「御客人は、砂糖をいくつお入れしましょうか?」
今思い出しても一体何をやってんだコイツらは、と思わざるをえない。
アヴドゥルとイギーの死に様なくして館突入は語れないと言うのにそこをすっ飛ばしてDIO戦だなんて。まったく何を考えているんだか。
「面食らいもするというものです。これが本当に偉大にして最強なる吸血鬼、大いなる魔力を湛える魔女に時を支配する瀟洒なメイドなのかと」
―――あぁ、魔理沙あたりが言ったのね……あれは物事を大げさに騒ぐ天才だから
「こうして貴方と話すようになってみれば、確かに彼女の言うことも理解できますけれど」
―――褒めても何も出ないわよ
「それは残念」
―――それでさっきあなたがスルーしてた話だけれど……
そうして続いたのは私が先週貸した小説の感想。このシーンがよかった、あのシーンはこうした方がいい、全体的に見てどうだ、など彼女なりの評論がストレートに伝わってくる。
先ほども言った通り彼女は同じレベルの相手を渇望している。それは魔女としてのパチュリー・ノーレッジだけでなく、図書館の主としてのパチュリー・ノーレッジが望むことでもあるのだろう。
初対面の私が本を借りに来た、と言った時の彼女の反応は凄まじいものだった。
「頻度と読書歴は? どういった本が好み? 本というのは活字だけしか認めないタイプ? 好きな作家とその代表作は?」
「週に七か八冊ほど、幼少よりずっと。学術書の類より小説や物語の類が好みです。活字も漫画も絵本もただ表現の方法が違うだけです。アリス・漫☆画太ロイド先生で『地獄天子園』」
「ノンフィクションとフィクションどちらが? 好きな小説のジャンルは? あなたにとって本とは何? 今までに読んだ本の数を覚えているのか?」
「本の中くらい現実から離れたいと思っているのでフィクションで。ミステリなんかが好きです。唯一無二の友。知りたいか?昨日までの時点では99822冊だ」
テーブルに乗りだしてまくし立てた彼女は、それら全ての受け答えが終わった後でようやく聞いたのだった。
「ところで、あなた誰?」
「古明地さとりと申します」
「そう。それであなたは、私に一体どんな本を読ませてくれるのかしら?」
それ以来、こうしてお互いの持ち寄った本に対して感想や意見を語るのが私達の日常だった。
私は地底から彼女の読んだことのないであろう本を探し出し、彼女は図書館の膨大な蔵書の中からお薦めのものを選び出す。
―――持ってる土瓶が重いから相手より落下スピードが速い、っていうのはおかしいと思うのよね
「あぁ、土瓶マスクですか。結局相手に土瓶を奪われて掟破りの土瓶スペシャル返しされましたね」
―――そうね。でもそんな彼だけど預言書が燃えて消滅するシーンは泣いたわ
「でもそんなシリアスな場面なのに……」
―――セコンドのニート君の額にママは流石よね。流石なまたまご
「だってなまだから……」
こんな風に軽口をかわせるのも、彼女が深層部分に魔法でプロテクトをかけているから。
表層に現れる、彼女自身が意図したものだけを私は読み取って会話する。
普通ならその深度など関係なく心を読まれることを拒絶するのだが、喋るのが辛くなると呼び出したりするあたりは流石は魔女といったところだ。
―――じっと見つめてどうしたの? まさか惚れた? 私にそういう気はあるから万事オッケーだけれど
「こちらにはまったくもってありませんから盛大に残念がってください」
―――ざーんーねーんーな天子のようにー
どこぞの天人が聞いたらまた地震を起こしそうなことを。
そういった毒を平気で吐くのもこの魔女の魔女たる所以か。
ふぅ、と一つため息を吐き、椅子に深くもたれ掛かるとともに聞こえてくる、コンコン、と慎ましやかなノックの音。
入ってきたのは彼女の使い魔であり、司書の小悪魔。彼女もまた本を愛する者の一人であり、三人で本について語ることも珍しくない。
しかし今日のようにパチュリーが喋れない日は彼女はいつも遠慮してしまう。客に通訳をさせるような失礼を働くわけには、と思っているのが読まずともわかってしまう、そんな優しい子だ。
「失礼します。さとりさん、今日はこれからどうされますか?よろしければ夕食を食べてゆかれてはどうかと咲夜さんが」
気付けばもう夕食の支度をするような時間、か。流石に図書館を利用しに来たビジターの立場でそこまでしてもらうわけにはいかないと、私は固辞した。
「いいと思うんですけどねー。友達なんですし」
そう言って小悪魔は再び扉の奥へ消えていった。
友達。思ってもいなかった言葉に、私は驚きを禁じえなかった。友達?私が。
嫌われ者のさとり妖怪には、友達と言う感覚がわからない。私にとっての友達とは、本でしかなかった。
だからきっとこれからもずっと私の友達は本だけなのだろう。パチュリーは図書館の主。小悪魔は司書。私は利用者。地霊殿にいるのは妹とペット。ただそれだけだ。
それが悲しくないと言えば嘘だ。けれどもそれが私の、さとり妖怪の現実なのだ。
私はパチュリーに一声かけると、借りた本を鞄に詰め、部屋を後にする。
―――あぁ、そういえば
扉を開く私の後姿に、パチュリーが声をかけた。
―――さっき初対面の時の話をしたけれど。あの時あなたは『本は唯一無二の友』と言っていたわね
ちょうど思っていたことを突然指摘され、私は焦った。顔には出ていない……と、思う。
私と対峙した相手はいつもこんな感じだったのだろうか。だとすれば、嫌われるのも仕方がないというものだ。
「……はい。それが、何か?」
―――あなたは本を読むけれど、本はあなたを読むことはできない。友とはお互いに何かをしあうもの。よってあなたと本は友とは言えないわね
私はじっとパチュリーの心の声を反芻する。本は私の友達ではない。だとしたら、私には最初から友達などいなかったということ。なんだ、そんなことか。
そんなこと本当はとっくにわかっていた。私はただ、ずっと本に自分の夢を重ねてきただけだ。
私が世界を冒険する旅人だったら。
私が助けを待つ捕らわれの姫だったら。
私が誰にでも好かれるヒロインだったら。
私が――私が、さとり妖怪でなかったら。私は嫌われていなかっただろうか?
そんな夢想を繰り返しては、枕に涙したこともあった。今はもう無い。私の心はもう、乾いてしまった。
「えぇ、その通り、ですね。……それではもう時間も時間なので……」
―――生物の一生とは物語のようなもの。わかるかしら?
「はぁ」
突然変わった彼女の話に、私は背を向けたまま相槌。
パチュリーがこうしてよくわからない話をしだすのはいつものことだが、今日のようにまさに帰る瞬間に、というのは初めてだ。
―――主人公たる自分がいて、青春をともにする仲間がいて、愛を分かち合うヒロイン、あるいはヒーローとともにいくつもの苦難を乗り越えていく。よく出来た王道物でしょう?
なるほど、確かにいわゆる一般的な人間にとってはそうかもしれない。だが私は知っている。それは嘘だ。私の物語には、主人公の自分と、少しばかりの味方と、大多数の敵しかいない。
もし私の人生が物語だとしたら、私のアバターは世界の敵たる悪役側だ。いつか成敗されるために登場する、そんな存在。
―――そうね、今あなたが思ったであろう通り。あなたの周りにはそんな存在はいない。何故だかわかるかしら?
それは、私がさとり妖怪だから……
―――さとりだから、ではないわよ。人と付き合うということは、その人の物語を読むということ。あなたは自分の物語を誰かに聞かせたことがある?誰かの物語をその誰かの口から聞いたことがある?
ない。あるわけがない。
本心を語ったことなど無い。本心を語ってもらったことなど無い。あるのは表面上の会話と、一方的な深層意識のスキャニングだけだ。
―――ちょうど私とあなたが本を読みあっているように、人生と言う物語もまた誰かと読み合ってて初めて繋がりが生まれるもの。
―――本当の意味で人と触れ合ったことのないあなたの物語には、それ故に敵か味方しかいない。そう、あなたの物語は終わっているのではなく、まだ始まっていないだけ
―――わかったら来週はもう少し早く来て、本だけじゃなく自分自身のこともちょっとは語りなさい。私はまだ古明地さとりの物語をまったく読ませてもらってないわよ
私の、古明地さとりの物語。私一人しかいない物語を、そんなつまらない物語を読んでくれるというのか。
―――そしてその時はあなたも私の物語を読みなさい。私達は本とは違ってお互いに読みあえるでしょう?
お互いに読み合う。互いに何かをしあう。それは、つまり。
―――そう。それが友達……あぁ、もう。あなたがそんな顔してるからつい言っちゃったじゃない。ずっと言わないようにしてたのに
「……ずっとというのは、いつから?」
―――初対面からずっとよ。言ったでしょう?『あなたはどんな本を読ませてくれるのかしら』って
そうして私の物語における初めての友達はニヤリ、と魔女の微笑を浮かべた。
その微笑みがあまりにも眩しくて、私は三つのまぶたを静かに閉じた。
「また来てくださいねー」
門番の美鈴さんに見送られ私は館を後にした。結局あの後ご飯をご馳走になり、固辞したもののお風呂までいただいてしまった。
パルスィじゃあないが目の前の門番がねたましい。どうやったらあんなでかくなるんだ。今度質問してやろう。答えにつまっても読んでしまえばいいし。やっべさとり超便利。さとり最高。
こんな風に無理やりにでもプラスに考えられるようになったのも、彼女のおかげだろう。
……それにしても。友達、か。
敵でも味方でもなく、ペットでも飼い主でもなく、部下でも主でもなく、友達。嫌われ者のさとり妖怪が、いつの間にやら出世したものだ。
地霊殿への帰り道、鞄は普段よりもずっと重かったが、それを感じさせないほどに足取りは軽いのを私は自覚した。
戻ったらまずはあの子達に話そう。古明地さとりの物語を。そしてあの子達が許すならば、ペットとしてのあの子達でなく、一個の妖怪としての物語を聞かせてもらおう。
今までに無い感覚が私の体を支配する。気付けば、私は月明かりの草原をただひたすらに走っていた。
弾むように走る私の心を、輝く月と第三の目だけがじっと見ていた。
デスヘルこの野郎wwwwwww
いいコンビだなぁ
この二人は気が合うんだな…
誤字報告を
>……それにしれも。友達、か。
それにしても、かな
パチュリーの描写が色々と秀逸でした。
とが多い様な気が
パチェの友達の定義に凄く納得してしまいました。面白かった!
その代わりに心の中は中年のようにアブラギッシュだけど。
……アリス・漫☆画太ロイド先生の『地獄天子園』超読みたい。
さとり、美鈴を許してやってくれないか・・・
さとりんマジぱねぇっす!!
掛け合いがいいですね……そしてデスヘルちょっと待て
大体のネタが判ってしまっただけにあっちこっちに引っ張りまわされた感触が。
本筋は…そう!さとりんかわいいよさとりん。
やはりあの絵面なのだろうか…。