例えば、そう。
例えば、だ。
目の前の少女が自分を神様だ、と言い張っている状況に遭遇したら、人間はどう行動するべきだろうか?
もちろん、それが事実だとして、だ。
一つは彼女を崇めて手を合わす事だろう。
一つは一笑して、相手にしない事だろう。
「ですから、信仰を集める為にですね―――」
「あぁ、うん、分かっているさ」
僕は、読んでいた本から顔をあげる。
そこには、いつか博麗の巫女が着ていた様な服装の東風谷早苗がお茶を飲んでいた。
もちろん紅白じゃなくて、青白と表現するべきだろうか。
頭には蛙の髪飾りに蛇の髪留め。
そえだけで守矢を表していた。
相変わらず人々の信仰を集める為に日々を頑張っているみたいだ。
「それで、どうして僕の所に来るんだい?」
「だって、霖之助さんが一番頑固なんだもん」
早苗の言葉に、僕こと森近霖之助は苦笑する。
ここは、香霖堂。
『香』とは転じて『神』であり、香霖堂とは『博麗神社』を表しているのだ。
早苗の行動は、かつて彼女が幻想郷に来た際に行った、博麗神社を乗っ取る事件と同じとなる。
その事を彼女は分かっていない。
禰宜でもある僕という存在を、何も分かっていない。
そして、天叢雲剣を持つ僕は、覇王の資格も有している。
信仰するのは僕ではなく、早苗の方かもしれないというのに。
「兎に角、僕は誰も信仰しないのさ。そうだな……龍神様に会わしてくれるというのなら、考えてもいい」
「りゅ、龍神様ですか……」
さすがの早苗も、そこまでの力は無いのだろう。
いまや神様の一人となった早苗だが、まだまだ人間らしいとも言える。
昔のまま、何も変わらない。
可愛らしい少女のままだ。
それは、ある意味、僕にとっては救いでもあるし、ある意味、残酷な現実でもある。
とある吸血鬼の言葉を僕は知っている。
『最初の100年が、一番苦しい』
と。
それを乗り越えた彼女は、一つ成長したと思う。
だけど、本質は変わらない。
早苗は早苗であって、後光がさす訳でも、器が大きくなった訳でもない。
「わ、分かりました。いつか必ず会わせてさしあげます!」
「嘘は良くない」
「あう」
神様が嘘をついてどうする。
しかも、瞬時に見抜ける様な低レベルの嘘。
鬼を見習って欲しいものだ。
と、そこでドアベルが来客を告げた。
普段は大人しくドアにくっ付いている彼も、今日は二回目の仕事となって大変だろうか。
僕としては、もっと働いて欲しいのだけれど。
「早苗~、おなかすいた~」
「やっぱりここに居た。まったく……そこの眼鏡に惚れてるのかい?」
残念ながら客ではなく、迷惑な神様だった様だ。
幼い神様の保護者の、熟練の神様が二柱。
洩矢諏訪子と八坂神奈子だ。
「あれ、もうそんな時間ですか?」
早苗は慌てて時計を確認する。
そろそろと今日が終わりそうな時間だった。
僕が迷惑そうな顔をしているのにも気づかないくらいだ。
時間の概念も忘れがちに成っているのだろう。
「今から作るのもなんだから、屋台に行かないかい?」
神奈子は酒を口に運ぶジェスチャーをする。
諏訪子もそれに賛成らしく、いいね~、と口元を緩めた。
「あ、良かったら霖之助さんもどうですか? 奢りますよ」
「ほぅ……それならば、遠慮なくお邪魔させてもらおうかな?」
彼女達には、それなりに迷惑をかけられている。
ここで一度、清算しておいても良いだろう。
「おいおい店主殿。そこは一度遠慮をするところだろう」
「そうだよ霖之助。がめつい男はもてないよ」
はぁ……まったく、人間くさい神様達だ。
「残念ながら、僕は女性にもてない。それは周知の事実だ」
「羞恥の事実だな」
余計な事をいう神奈子を睨みつけておく。
「お、いい眼力だね。眼鏡が無ければ完璧だ」
諏訪子が僕の眼鏡を素早く奪うと、早苗にそれを付けさせた。
「似合います?」
「あぁ、似合うよ。だから、返してくれ」
はぁ。
奢られるというのに、遠慮したい気分になってきた。
窓の外はシトシトと雨まで降ってくる。
月の姿も見えない夜空に、僕は大きくため息を吐いた。
~☆~
先週買ったばかりの新しい傘をさして、僕達4人はゆっくりと夜道を歩く。
蛙が求婚する為にゲロゲロと鳴き喚いている風景は、毎年ながら五月蝿いものだ。
「むっ、薀蓄ばっかり喚いている霖之助と比べると、どっちが五月蝿いかな?」
「僕は知識を披露しているだけだ。無知は罪だし、思考は知恵ある者に許された最大の行動だよ」
「五月蝿いなぁ! だから、霖之助はもてないんだ!」
そういえば、諏訪子は蛙の姿をした神様だったか。
蛙の文句を受け付けないのは分かるが、どうしてそれが僕がもてない事に繋がるのだろうか。
「色々な女性から好まれるより、僕は一人の女性から好かれるだけで充分だよ」
「おや、店主殿にも想い人がいるのかい?」
「いや……残念ながらいないね」
知り合いの女性達を思い浮かべてみるが、誰も彼も一癖どころか三癖はありそうな人物ばかりだ。
「ウチの早苗なんてどうだい?」
「ひぇはぃ!?」
突然の話題だったので、早苗が微妙な悲鳴をあげた。
「そうだな……早苗なら家事も出来るし、僕も安心して日々を過ごせるかもしれないな」
その変わり、神奈子を死ぬほど崇拝する事になるだろうけど。
それだと早苗と結婚するのか、神奈子と結婚するのか分からない。
プラス、諏訪子も付いてくるか。
彼女達の誰を選んでも、結果は同じになるだろう。
安心して日々を過ごせる訳がない。
「わわわわ、わわ、私は霖之助さんとは、まだ、その、あの」
「おや、照れちゃったよ。いいじゃないか、早苗。守矢のアダムとイヴになれば」
「アダムとイヴ!?」
誰か、この神様達に知恵の林檎を食べさせてくれ。
「あぁ、私もまた子供が欲しいかも」
「ちょ、ちょっと諏訪子様!」
早苗が真っ赤になって叫ぶ。
本当に青い神様だなぁ。
この場合はウブというべきか。
漢字で初心と書くわりに、イメージは悪い気がする。
「お、だったら3人一緒に店主殿に仕込んでもらうか」
また神奈子がニヤニヤしながら思いつきで馬鹿な事を言う。
酔っ払う前から酔っ払い発言は控えていただきたい。
本当にこんな神様達を信仰する人間と妖怪がいるのだろうか。
それとも、僕の感性がおかしいのだろうか。
「よし、諏訪子。店主殿を誘惑するぞ」
神奈子はそう言うと、僕の傘を奪い取って無理矢理に腕を組む。
次いで、諏訪子が肩に乗っかって、傘をさした。
「ほら、早苗はそっち側」
「は、は、はいっ」
諏訪子の一声で反対側の腕を早苗が組む。
僕の全身は、がっちりと守矢一家に固められた。
「はぁ~……」
ちょっと前にも同じ様な事をされた気がする。
あぁ、そうそう、八雲橙のお祝いの時だ。
あの八雲一家と発想が同じ神様という時点で、信仰する気がゼロだ。
「さぁ、店主殿!」
「私達の愛に溺れるがいい!」
「のです……」
僕なら、溺れる前に自ら命を断つね。
~☆~
どう考えても、この相合傘は濡れるに決まっている。
4人が集まって歩き難いし、雨に濡れるし、という状況でも守矢一家はしつこかった。
やっとの思いで、いつもの赤提灯が見えた時には、僕は自然に安堵の息を吐いた。
「負けないで~ もう二度と さい~ごまで、走り抜けて~♪」
いつもの店主の歌も、今は心地よく聞こえる。
こころなしか、応援歌である様な気がするが、もう二度と負けるな、とは中々に厳しい歌詞だ。
「ほらほら幽々子さま、魂が抜けてますってば~」
「いたたたた、小骨がいっぱいね。野菜なのに」
屋台側には先客で西行寺幽々子と魂魄妖夢がいた。
どうやら、かなりの量のお酒をすでに呑んだらしい。
二人とも顔が赤い上に、言動が意味不明だ。
テンションの違いに遠慮してか、僕達は赤い大きな傘が立つ長机の方に座った。
ポツポツと傘が雨を打つ音が響く。
これはこれで、何とも風流なのかもしれない。
「いらっしゃい……はぁ~、ほんと、香霖堂って女ッたらしね」
付け出しの酢の物を持ってきて、長机担当のアルバイト店員、蓬莱山輝夜は大きくため息を吐いた。
「失礼だな。これは絡まれてるんだ」
「そう? 私には鼻の下が伸びている様に見えるけど?」
鼻の下が伸びる前に、僕の魂がノビてしまうよ。
「あぁ、永遠亭のお姫様じゃないか。労働に勤しむとは、偉いもんだねぇ」
「神奈子こそ、立派に神様やってるじゃない。信仰はしないけど」
輝夜と神奈子はお互いにニヤリと笑う。
なんだろう、二人の間に因縁でもあるのだろうか。
「さて、注文は?」
「僕はいつもの筍ご飯と日本酒を」
「喜んで♪ 神奈子は?」
「私は八つ目鰻の串焼きと酒でいい」
「はいはい、諏訪子は?」
「私もそれで」
「ふむふむ。早苗は?」
「あ、私は筍ご飯とお茶を……」
「あら、呑まないの?」
輝夜の言葉に、早苗は弱いので、と返した。
喜んで、と言葉を返し、輝夜は屋台へと準備に取り掛かる。
と、思ったら、もう戻って来た。
やっぱり早いな。
「はい、香霖堂と神奈子と諏訪子に竹酒。早苗には麦茶ね~」
僕と神奈子と諏訪子の前には空のグラスが置かれた。
神奈子は竹筒を手に取ると、
「ほら、店主殿」
と、僕のグラスに注いでくれた。
それから諏訪子にもグラス一杯に注ぐ。
「ありがとう。それじゃ、僕からも」
神奈子から竹筒を受け取ると、僕は神奈子のグラスに注いだ。
「乾杯といきたいが……何に乾杯するんだい?」
信仰がもっと増える様に、だろうか。
それじゃ神頼みか。
神様が神様に頼ってちゃ、世話がない。
「決まってるじゃないか」
「私達の子供だよ」
「えぇ~!」
早苗が危うく麦茶入りグラスを落とすところだった。
「ほ、本気なのですか、神奈子様! 諏訪子様!」
早苗が立ち上がり、猛抗議の姿勢を見せる。
どうやら、僕と子供を作る事に、心の底から大反対らしい。
いや、僕も大反対に大賛成なのだけれど。
「なになに、香霖堂と子作りするの?」
と、ここでニヤニヤと輝夜が戻って来た。
お盆にはそれぞれの料理。
しかし、これじゃ美味しそうな筍ご飯が台無しだ。
「残念ながら、僕にその気はないよ」
「あら、『据え膳喰わねば男の恥』って言葉があるわよ」
「『英雄、色を好む』という言葉もあるよ」
輝夜と諏訪子がニヤニヤと笑った。
どうしてこうも悪乗りする少女達ばかりなのだろうか。
もう少し落ち着いて生きて欲しい。
「『君子、危うきに近寄らず』という言葉もある。僕は恥でもいいし、英雄でもないのでね」
「あら、求聞史紀の英雄の欄に乗ってる癖に」
「う……」
今度、御阿礼の子に頼んで半人半妖の欄を作ってもらおう。
僕は英雄とは程遠い存在だ。
まだ、ハクタクも来ていないしね。
「しょうがない。じゃ、まだまだ青い早苗に乾杯だ」
神奈子がグラスを掲げ、それにカランとグラスを打ち合わせる。
元気良く鳴らしたのは輝夜と諏訪子だけで、僕と早苗はちょこんと合わせただけだった。
竹酒を一口だけ呑み、口の中を潤す。
仄かな甘み、それから辛みと広がっていき、美味さが広がっていく。
「ん~~~、こいつは美味い酒だ」
「ほんとだ、美味しいよ、輝夜」
神奈子と諏訪子も満足そうに目を細めた。
「ありがと。永遠亭オリジナルのお酒よ」
輝夜も嬉しそうに竹酒を煽った。
ん?
ちょっと待て。
「輝夜、君はいったい誰の奢りで呑んでいるんだい?」
「え、香霖堂に決まってるじゃない。どうせ今日も奢るんでしょ?」
「いや、今日は守矢一家に奢ってもらうんだ。だから、そちらの許可を得てくれるかい?」
いつも僕が奢っているからだろう。
最近は輝夜も平気で僕のお金で呑む様になってきた。
自慢ではないが、僕の収入なんて微々たるもの。
今やお姫様の方が確実に収入が上だろう。
たまには僕が奢ってもらいたい。
「え~、私、香霖堂に奢ってもらいたいわ」
輝夜は急にシナを作り、甘えた声を出した。
これだ。
里の男性はこれに騙されている。
自分の魅力を理解している輝夜は、それを武器にしている節がある。
だから、一部の里の女性達に『いかがわしいお店』などと揶揄されるのだ。
開き直るのもいい加減にして欲しい。
「なんだ、店主殿。立派な彼女がいるじゃないか」
「あらら~、早苗の出番はなしか~。フラれちゃったね、早苗」
「好きでも何でもないですから、フラれてませんよ」
早苗は筍ご飯を食べながら、ツンとすました。
多少、安堵した様に見えるのは僕の気のせいだろうか?
酒の肴にされるのは僕に決定して安心したという事だろう。
「ほらほら、霖之助。ちゅーしてよ、ちゅー」
諏訪子がケラケラと笑いながら、とんでもない事をいう。
まだ素面だと言うのに。
「キスなんていうものは、愛情表現の一種だろ? 僕と輝夜の関係は店員と客だ。そこまでの愛情はないよ」
「それは店主殿の意見だろ? 輝夜の意見はどうだい?」
神奈子の言葉に、輝夜は腕を組み、顎元に人差し指を当てたポーズをとる。
どうせ、また、僕をからかう事を考えているに違いない。
「ん~、私は香霖堂の事、結構好きよ。博識だし、落ち着いているし、何より長生きだし」
…………
「あ、霖之助さん、顔が赤いですよ」
早苗の言葉に思わず頬を押さえてしまった。
僕とした事が、こんな事で動揺してしまうとは、何とも情けない。
「ふふっ」
ほら見ろ。
輝夜がこちらを見て、してやったりとニヤニヤ笑っている。
仕方がない。
こちらも反撃してみよう。
「そうだな。どうやら僕も君の事が好きみたいだ。さっきの君の告白で、柄にもなく照れてしまった様だし、ね」
僕はゆっくりと手を差し出した。
さて、どう切り返してくるか。
「なら、私達は相思相愛ね。嬉しいわ、香霖堂」
輝夜はそう応えて、グラスに少しだけ唇を触れさせる。
そして、そのグラスを僕に手渡した。
「間接キスぐらいの権利だったら、あなたに与えてあげてもいいわよ」
ぐ……なんという上から目線。
「はぁ……冗談だよ、輝夜」
「あら、奇遇ね。私も冗談よ、香霖堂」
まったく……このお姫様は……
「なんだ、ちゅーしないんだ。残念」
「ノリでしてくれてもいいのに」
神奈子と諏訪子が盛大にため息をついた。
「ダメですよ。やっぱりキスは、本当に好きな人とじゃないと」
早苗の言葉に僕達は一斉に言葉を漏らした。
『やっぱり青いなぁ~』
と。
~☆~
ゲロゲロ、ゲコゲコと求愛活動をする蛙達の声が聞こえる。
先ほどの僕と輝夜の様な冗談ではなく、彼等は真面目に子孫を残そうとしている。
僕達みたいな人間や妖怪だけが不真面目に恋愛をする。
好きだの嫌いだのを繰り返す。
愛なんかを語り合う。
真面目に、愛なんかを語り合う。
そこに意味なんて無いのに。
そこに結果なんて無いのに。
そこに答えなんて無いのに。
「ふみゅ~」
早苗は机に突っ伏してダウンしていた。
無理して呑むからだ。
ゆっくりと呑めばいいのに、自分のペースを知らな過ぎる。
神奈子と諏訪子は、幽々子と妖夢に加わって、陽気に話の花を咲かせていた。
テーマは『人の上に立つ者としての心構え』。
妖夢にとっては、少しだけ肩身が狭そうだ。
「上に立つ者ね……君はどうなんだい?」
「私?」
永遠亭のお姫様は自分を指差して、少しだけ驚く。
「私はお姫様なだけで、他人の上にいるとは思っていないわ」
「嘘だな」
「嘘だけどね」
「嘘つき」
「正直者よりマシよ」
輝夜が笑顔をみせる。
このお姫様の感情は読み取れない。
まるで、猫の様に気まぐれ。
かまってやればスルリと逃げて、かまって欲しい時は近づいても来ない。
誰とも一定の距離を取り、その心の内をチラリとも見せない。
それが、彼女の処世術なのだろうか。
蓬莱山輝夜の生き方なのだろうか。
悠久ではなく、永遠を生きる方法なのだろうか。
「……僕には分からないな」
「香霖堂もお店で人を雇えばいいじゃない。何なら、私が掛け持ちで行きましょうか?」
輝夜の提案に僕は手を振って断る。
店員は僕一人で充分に間に合っている。
「ぷはぁ~。霖之助~、呑んでる~?」
そこで諏訪子が僕に文字通り絡んできた。
腕に体を密着させたと思ったら、首から手を廻し、よじ登ってくる。
丁度、負ぶった様な状態になった。
いったい何がしたいのか、酔っ払いの行動は分からない。
「蛙の親子じゃないんだ。僕は君の親でもない。降りてくれるかい?」
「ネガティブだよ。お姫様と蛙の相性は最高さ」
どういう意味だ?
諏訪子は蛙の神様だが、僕は蛙でも何でもない。
それに、どうして、お姫様と蛙の相性がいいんだ?
「ほら、蛙の王子様って話があるじゃない」
「あぁ、魔法で姿を蛙に変えられた話だな」
確か、あの話の王子様はかなり強引だったような……
「最後に壁に叩きつけられて元の姿に戻るんだっけ。ドMな王子様よね~」
輝夜がなぜかうっとりとした笑みを見せる。
「彼に被虐趣味があるとは思わないが……」
池に落としてしまった鞠を取ってくる代わりに、お姫様の友達になりたかった蛙。
しかし、お姫様は無視して、蛙を置いていく。
それでも蛙はお城へと辿り着き、食事を共にして、図々しくもお姫様の寝室までやって来た。
当然ながら、お姫様は怒り、蛙を壁に叩きつけるのだ。
「……しかし、どうしてこのお姫様は蛙の王子様と結婚するんだ?」
「蛙に悪い人はいないからだよ」
「顔が良かったんじゃない?」
よりにもよって、女性二人の意見が全く参考にならないとは思わなかった。
僕は盛大にため息を吐くと、グラスの中身を煽る。
「他にも、蛙とお姫様の話があるよ~。かぐや姫だね」
「ん?」
僕と輝夜はお互いに顔を見合わせて首を傾げた。
かぐや姫に……竹取物語に蛙の話なんか出てきただろうか。
「正確には、かぐや姫が影響を受けたと言われている話だね。中国っていう国のお話」
「あぁ、あの紅魔館の門番ね」
「どうして彼女は中国って呼ばれてるんだろうね。まぁいいや。中国っていう国の伝説があるの」
諏訪子は記憶を探りながら話していく。
「確か、お姫様の名前は嫦娥、だったかな」
「……」
どうしたんだろう。
輝夜の表情が一瞬、曇った気がした。
恐らく、諏訪子は輝夜自信がかぐや姫とは気づいていない。
何か、輝夜の気に障ったのだろうか。
「嫦娥はね、まぁ、紆余曲折あって、不老不死の薬を飲んじゃうのよ。それは天に帰りたいっていう願いであったり、盗賊に襲われたからっていう理由であったり色々な話があるんだけど―――」
諏訪子の話は続く。
不老不死となった嫦娥は、天に帰るのだが、残してきた夫が気がかりで醜い蛙の姿になってしまった。
もしくは、西王母の怒りに触れ、呪いで蛙の姿にされてしまったそうだ。
また、その蛙は三本足で金蟾(きんせん)に成ったとも言われる様だが、これは眉唾ものらしい。
蛙だけあって、諏訪子の話は詳しいものだった。
「だから、この嫦娥っていうお姫様がかぐや姫の元になった話でもあるんだよ」
「ふむ。僕が読んだ竹取物語は参考になった物語があったわけか」
「そうだね。それを模倣とするか、昇華とするかは霖之助に任せるよ」
嫦娥物語を聞く限り、竹取物語との合致点は、『不老不死の薬』と『天に帰る』といった点だろうか。
「輝夜、君はどう思う―――大丈夫かい?」
ここは本人に聞いてみるのが一番だろう、と思い、輝夜の方を向いて僕は思わず立ち上がった。
あの不老不死の少女が、青い顔をしているのだ。
今にも崩れ落ちそうな、まるで、普通の少女の様な、輝夜。
僕は机を回り込んで、輝夜の肩を支える。
「とりあえず、座った方がいい」
「……えぇ」
返事をする元気はあるようだ。
僕が座っていた席に座らせ、屋台から新しいグラスと水を持ってきた。
「とりあえず、水を飲むといい」
「大丈夫か、輝夜」
僕が慌しく屋台の方へ行ったので、さすがのミスティアも気づいた様だ。
心配そうに輝夜を覗き込んでいる。
「顔色が悪いね……よし、今日は早退を認めましょう」
「いえ、大丈夫よ、ミスティア……」
「ダメダメ。輝夜の笑顔が死んじゃってる。お客さんを笑顔で迎えられないなら、お客さんを心配させてしまうなら、接客業は失格だよ。お客さんは神様じゃない。私達が神様なんだから」
「……そうね」
なかなかどうして、ミスティアの上司っぷりは板についているじゃないか。
あの蓬莱山輝夜を納得させるとは、年期が違うという事か。
「ねぇねぇ、霖之助……もしかして、私のせいかな?」
諏訪子が心配そうに僕の袖を引っ張る。
「いや……疲れが出たんだろう」
そうだよね、と諏訪子は呟く。
だけど、諏訪子の話した物語に原因があるのは間違いなさそうだ。
輝夜と嫦娥にどんな関係があるのだろうか。
「店主殿、送ってってやんな。輝夜が呑んだ分も奢ってやるよ」
「あぁ、分かった。ほら、輝夜、立てるかい?」
輝夜は立とうとするが、ヨロヨロと足がふらついている。
とても歩いたり飛んだりは無理そうだ。
「しょうがない……」
いつの間にか雨も止んでいる。
僕は彼女に背を見せて、屈んだ。
「負ぶっていくよ」
小さな返事の後に、僕の背中に軽い重みが加わった。
~☆~
ゆっくりと真っ暗な竹林を歩く。
迷いの竹林に真夜中に侵入する愚か者などいないのだろう。
蛙の声も届いてこない、静かな静かな空間だった。
「ごめんね、香霖堂」
そんな静寂を綺麗に壊したのは輝夜だった。
いつもの気丈な声ではなく、少女特有の甘い声。
これが本当の輝夜なのだろうか。
僕には判断できない。
それでも、いつもの軽口を叩くより、ずっと好ましい。
「なに、気にする事はない。僕は君の客でもあるし、君は僕の客でもある」
「……それだけ?」
「……そうだな、あとは君の作る筍ご飯が大好きなんだ」
僕の言葉に輝夜は静かに笑う。
「まるでプロポーズみたい」
「いや、これはそういう意味で言った訳では―――」
「ふふっ、慌てちゃって」
輝夜が僕の頬をつっつき、引っ張る。
こういう反応に困る様な事を少女は平気で行ってくる。
いったい僕はどう返事をすればいいのだろう。
「いひゃいよ、ひゃぐや」
「我慢なさい」
それから、輝夜は、僕の眼鏡を奪った。
「何をするんだ。このままでは良く見えない」
「へ~、これが香霖堂の見てる世界なんだ」
どうやら輝夜は僕の眼鏡をかけた様だ。
眼鏡は世界を歪ませる。
普段から見ている世界を歪ませ、正常だと思わせる。
それは視力が歪んでしまい、別の世界を見ている人間の為の道具。
正常な視力の持ち主が長時間使用すると狂ってしまう可能性がある。
「何か見えるかい?」
「何も見えないわ。月も雲で隠れて、歪んだ世界しか見えない」
輝夜それっきり黙ってしまった。
彼女が黙った以上、僕から話しかける訳にはいかない。
僕は一歩一歩、迷わない様に、世界から零れない様に、しっかりと歩いていく。
静かで静かな、水の底の様な夜を歩いていく。
「見えた……」
やっと永遠亭の明かりが見えた時には、僕は自然と安堵の息を吐いた。
「―――香霖堂」
「なんだい?」
「もう真夜中だから、泊まっていきなさい」
…………
「今から帰るんじゃ、迷ってしまうわ」
……………………
「だから、泊まっていきなさい」
…………………………………………
「女の子に恥をかかせるの?」
「はぁ~……しょうがない。お言葉に甘える事にしよう」
僕は笑う。
輝夜も笑った。
「ちょっとは、色気があるでしょ?」
「これは、非常に僕らしくないけどね」
永遠亭の明かりに向かって、僕はゆっくりと歩みを進めた。
アルバイト輝夜おわり♪
相変わらずこのシリーズは大好きです。
しばらく間が空くのは残念ですが、次回を楽しみに待ってます。
時系列的に最後って事でしょうか。まーいいか。シリーズが終わりじゃないのなら。
まったく、色気の無い話しだ……で終わらないところにニヤニヤが止まりません!
あと早苗可愛い。
>>開始当初の目標は全キャラ出演
例え全キャラ制覇しても、新作のたびに霖之助は屋台に訪れるわけですね!
毎回どんな話なのかと楽しみにしていただけにちょっと寂しくもありますね。
屋台に行くまでの間に守矢一家と賑やかに話したり、子を作るとか言われたりとか
到着してからの輝夜との冗談の言い合いなど良いですね。
途中の会話で具合を悪くした輝夜を負ぶって行く霖之助と彼女とのほのぼのとした
やりとりなど面白いお話でした。
また続きが出る日を楽しみにしています。
続きが読めるのなら間が開くくらいどうってことない
読み返しながら待ってるぜ
半人半妖と神、半人半妖と蓬莱人との間に成される子の血は、
どうなるんだろうかと考えてしまう私のメインコンピューターは暑さと眠気で狂ってる
ところで永琳のリアクションが気になるのは俺だけじゃないはずだwww
終わりでびびったけど続くようでよかったよかったw
アルバイトシリーズも好きだが、次の作品も楽しみに待ってます!!!
続きを所望いたす!!!
つか、また気力充実してきたら書いてください
続きを待ってますよー
バッシングを受けて終わってしまうのも悲しいので。
そして俺はむしろ「行け!」と言っておくw
守矢一家に挟まれ、姫様とこんなにも親しいこーりんへの嫉妬と
殺すには惜しいこーりんの人柄故である
続き待ってます!頑張って下さい!
早苗に対する描写を見るにそんな感じが……。
しかし、香霖は女ったらしだなぁ、いいなぁ。
それはもう、この世に肉片1つ髪の毛1本残らないくらいに・・・・