指を絡めて顎を乗せ、カリスマを保持する運動。
「うー!」
◇ ◇ ◇
幻想郷に住まう妖怪の大半が少女である。少女の姿を模している、というわけではなく、正真正銘の少女なのだ。何しろ本人たちがそういうのだから仕方が無いのである。広義的な意味においては、齢数億年の不死人も、隙間に潜む妖怪も、御柱を備えた神も皆少女なのだ。本人が言うのだから仕方が無い。
今、ここに、レミリア・スカーレットという吸血鬼が居る。無論、少女である。生まれたて500年の幼い吸血鬼。彼女は先ほどから大きな姿見に自分の姿を映して一喜一憂している。先週、香霖堂から届いた姿見は、あらゆる妖怪の姿を映し出すという優れものだ。鏡や水面に自らの姿が映らない吸血鬼の苦悩を抱えていたレミリアにとって、これほど夢中になるものは無かった。鏡の中のレミリアは、普段人目に見せることの無い姿を次々と試している。羽はピッコピコとご機嫌よく。
レミリア・スカーレットも少女であり、女の子だ。自分の姿を映してお洒落に着飾りたい、なんて願望もある。ドレッサーには咲夜に命じて揃えさせた衣装が今か今かと待ちあぐねている。人払いをさせて、観客は自分ひとりだけの内緒のお披露目会。少女は笑い、踊る。
ぼーん、ぼーんと時を刻む音が響いた。夢中な時間は終わりを告げるのも早いもの。
レミリアはチラリと壁掛け時計を確認すると部屋の片隅にある大きな箱の前に立った。河童の技術力により最近脚光を浴びつつある装置、ラジオである。音を大気に乗せて発射し、この箱が受け取るんだとか。仕組みはさっぱりだが何よりも珍しい調度品ということでレミリアが引き取ったのだ。ボタンを押すとやがて箱から人声が聞こえる。レミリアが密かな楽しみとしている番組が始まった。
「さーてっ。今日も始まるよ、ラスボス体操。6ボス、EXボスのみんなー! 私と一緒にカリスマアップよ!」
体操のお姉さんの声が高らかに響く。レミリアは口の端をつり上げてクククッと笑い、椅子に腰掛ける。姿見には、自分の腰掛けた姿が映っていた。
「じゃあまずは脚を組んで頬杖をつき、世界の半分をお前にやる運動からー」
いっち、にー、はい選択肢ー。にーに、さんっ、選択肢ー。
「続いて余裕を残して二段階変身の運動ー」
いっち、にー、さーん。
この運動を始めてからというもの、咲夜の自分に対する態度が明らかに変わった。食事の時間も、レミリアの一挙一動にカタカタと身体を震わせていた。畏怖の念を従者は抱いていたのだ。ようやく自分にもスカーレットデビルと称される程度のカリスマが備わってきた。神と、体操のお姉さんに感謝せねばなるまい。そのためには、粛々とこの儀式を終えること。
「それじゃ次いってみよー。私の戦闘力は530000ある運動ー!」
リズムに合わせてうーうーと興に乗るレミリアだったが、ふと視線を泳がせたその先に、あってはならないものを見つけてしまった。姿見の奥に見える部屋の扉。先ほどまで閉まっていた扉が、僅かに開いている。わざわざ咲夜を呼びつけて人払いまでさせていたはずなのだ。隙間から見える人影を確認して背筋が凍りついた。
見られるはずの無い醜態を晒してしまった。百魔を統率する吸血鬼が痴態を晒してしまった。紅魔たる偉大なるスカーレットに、文字通り傷がついてしまった。プライドは赤信号。レッドマジック。硝子の獅子心がパリンと粉砕された。
凍りついたままわなわなと震えるレミリアだったが、やがて恥辱と屈辱がタガを外す。爆発する。昂ぶる感情を槍に変え、穿つは目撃者。
「うおおおぉ、ぐんぐにうぅぅぅ!!」
噛んだ。
◇ ◇ ◇
「門番が家出しました」
「ふうん」
「お嬢様、美鈴が家出しましたわ」
「分かってる」
「お嬢様」
咲夜はねちっこくレミリアに報告する。かれこれ一週間。咲夜は毎日レミリアに家出した美鈴のことを話すのだ。
「咲夜、報告をお願いするわって言えば貴女は満足なの?」
ええ、とにこやかに笑う咲夜。これ以上無いほどの笑顔を浮かべている。それがレミリアには嫌味に見えて仕方が無かった。美鈴には出て行けなんて一言も言ってない。威嚇射撃をしたレミリアが部屋の外を確認したとき、既にそこに美鈴の姿は無かった。代わりに帽子だけが槍に穿たれ、壁に突き刺さっていたのだった。
「美鈴が失踪してから早一週間、そろそろ違う意味での捜索を開始したほうが良いかと思っていたのですが」
「見つけたのね!」
思わぬ朗報に、レミリアの羽がピクンと動く。目を輝かせ、上目遣いに咲夜を見上げる。愛らしい仕草に一瞬、咲夜の言葉が詰まった。しかしレミリアは咲夜の僅かな動揺に気が付かない。
「人里の、門間という家で宿を借りていたことが分かりました。現在は一宿一飯の恩義で門番をしています」
「くそっ! アイツは門だったら何でも良いのか!」
「みたいですわ」
レミリアは深いため息をついて椅子に腰掛けた。
ぼーんぼーんと時の鐘が二つ鳴る。
「咲夜……もう良いわ。下がりなさい」
レミリアは咲夜を部屋の外へ追い出すとラジオのスイッチを入れる。従者を服従させるためにもこの習慣だけは続けなくてはいけない。凛とした声の体操のお姉さんはレミリアにとってのカリスマだった。誰も居ない部屋でレミリアは静かに運動を始める。
◇ ◇ ◇
主人に追い出されてしまったのだ。密かな営みを覗き見てしまったのがいけなかった。レミリア・スカーレットが日夜、たゆまぬ努力をしている。秘にして封ずるべき事実を目にしてしまった従者は、最早紅魔館に居られるはずがなかった。眼福ではあったのだが。
風の向くまま、気の向くまま、自分は風来、渡り鳥。美鈴は門間さんに挨拶をするとおにぎりを二つぶら下げてテトテト歩き出した。とりあえずは雨を凌げる森へ向かう。もう人里での生活も限界がある。一週間を人里で過ごしてみて、美鈴は衝撃的な事実を知った。門番という仕事は人里では特に必要なかったのだ。持ち前の明るさと人当たりの良さで宿泊させてもらっていたものの、別の意味で気を遣いすぎて疲れてしまった。森の中、山の中、人気の無いところで暮らすのも悪くない。お風呂は無いけれど。
「はぁーあ。しばらくは野宿かなぁ……」
壁にもたれかかりながらポツリと呟いた。
「え、この壁……」
美鈴は驚愕した。背に預けたときの安心感はまさしく紅魔館のそれだった。しかし、壁は紅くない。大体、こんな森の中に存在することが既に不自然。美鈴は思考する。硬く、分厚い壁。壁とは隔てるもの、囲うもの。壁の向こう側を覗いてみたが同じような森が続くばかり。これは何と何とを隔てていた境界線なのだろう。ともかく、これだけ厚ければ、並大抵の人妖では太刀打ちできない。そして何よりも、壁に背を預けるという行為が美鈴に安らぎをもたらしていた。
「そうだ……ここで暮らそう」
美鈴七日目の春である。
◇ ◇ ◇
「馬鹿なッ!」
食事の後、紅茶を片手に文々。新聞の記事を眼で追っていたレミリアは、ある記事を見て激昂した。『魔法の森に謎の壁、現る』と見出しの付いた記事、掲載されている写真にポツンと美鈴の姿が映っていたのだ。
「空腹とひもじさに戻ってくるかと思われましたが。その、思いのほか住み心地が良いそうで……」
咲夜は『Berliner Mauer』と書かれているプレートを両手に抱え、オドオドとレミリアに報告する。
「なんて……こと」
ぼーんぼーんと時計の鐘が2つ鳴る。
咲夜はもう慣れたもので、その音がすると静かに部屋を退室した。求心力の無くなったカリスマ程哀れなものは無い。考えるだけで惨めだ。そうならない為には圧倒的なカリスマを、誰もがひれ伏す程のカリスマを、抱腹絶倒するカリスマを。レミリアはラジオのスイッチをつけると声に導かれるまま、半ば強迫観念で運動を始めるのだった。
◇ ◇ ◇
「貴女……」
レミリアは絶句していた。十日前と同じように、あの隙間から門番、紅美鈴が顔を覗かせたのだ。衣服はボロボロで肩口が破けている。一見したらなんの妖怪か分からないくらいだ。後ろ手で扉を閉め、寄りかかるように身体を預けている。
「え、えへへ。戻ってきちゃいました」
疲れきった顔に無理やり笑顔を浮かべ、美鈴はレミリアに話しかけた。
「……どの面下げて戻ってきたの?」
「性格の不一致ってヤツです、はい」
ギリ、とレミリアは歯軋りをする。見え透いた嘘だ。鬼と同じように、吸血鬼は嘘を嫌う。そして何より、嘘をつかれたということで自らが貶められている事実に、怒りを震わせるのだ。
「たわけっ! 貴様、運命を見透かす我が瞳の前に尚嘘を連ねるか!」
美鈴はレミリアの剣幕にビクンと身体を震わせた。主君には真実を伝えなければならない。例え、それがどんなに呆れた事実であっても。美鈴は意を決してレミリアに打ち明けた。
「……門が無かったんです。門番は、門を守護することが使命。ですから、私の生きる場所はココと知りました」
「今更!」
眼をぎゅっと瞑り、次の言葉を待つ美鈴。レミリアから何と言われようと覚悟はできている。自分は、主を怒らせてしまったのだ。死さえ覚悟の内であるが故、胸に刻むは絶対服従。
レミリアはやがて小さな口を開き――。
「嘘っ! 信じてた!!」
「お嬢様っ!」
「ばかっ! 寂しかった!」
駆け出し、抱き合う2人。永遠の忠誠を誓う従者と、永遠のカリスマである主の抱擁。気高く、誰にも侵すことのできない神聖な儀式。
「ごめんね、メイ。もう貴女の前で無様な姿なんか見せないわ」
「だったら謝らないでください。私の仕えるスカーレットは尊大で、我侭で、とびきりキュートな主様なんですよ」
ほお擦りをしておでこを人差し指で突付く。レミリアは嬉しそうに羽をパタパタと羽ばたかせていた。
「お嬢様、もう美鈴はどこにも行きません。ここが私の帰る場所、帰る家族なのですから」
ぼーんぼーんと時計の鐘が2つ鳴った。
レミリアは時の音に元凶を悟る。そうだ、元はといえば全て、あのラジオが原因だったのだ。自分はラスボス体操に頼らなくても十分に従者に慕われているではないか。巣立ちの時なのだ。さよなら、体操のお姉さん、レミィは大人になります。レミリアは自分の成長と悲しい別れにそっと涙した。
突然、ガチャリとドアノブが回り、咲夜が現れる。瀟洒なメイド長と評されるには似つかわしくない、にやけた笑いを顔に浮かべ、抱き合っている2人の横をツカツカと通り過ぎた。咲夜は部屋の片隅に置かれている元凶の前に立つ。カチカチ、ボタンを2回押すと機械音がして箱の側面が開かれた。
咲夜は迷うことなく箱の中に身を隠し――。
「さーて、今日もラスボス体操、始まるよっ!」
-終-
吹き出しました
さすが汚いな咲夜さん汚い
レミリアが凄く可愛いですね。
なんか美鈴が家出というか、結果的に戻ってきてレミリアと抱き合ったりと良かったですが
その後の咲夜さんがラジオ型の箱に入ったり、後書きでの一言など面白かったですよ。
あのオチは反則だわ・・・。
うちのラジオの中には咲夜さんいなかった…orz
あぁ、しかし、咲夜さんは毎日が楽しそうですね~♪
いやぁ、体操のお姉さんの正体は最後まで分かりませんでしたなぁ。
畜生卑怯過ぎるぜw
「ぐんぐにうぅぅぅ!!」が可愛すぎます
ただ、お嬢様第三形態とか見てみたいかもwww
このおぜう様は至高にして究極
咲夜さんがそうオチに絡んでくるとは読めませんでした。見事です。
もうそっちに名前を変えればいいと思いました。
うちのちっこいラジオにはちっこい咲夜さんが入ってると信じてます
おぜうさまホント可愛いです。
こんなかわいいお嬢様一日中愛でていたい!
見事なオチでした。
だから豆シヴァとぐんぐにうぅぅは私に下さいな
ぐんぐにうぅぅ!がかわいすぎて仕方ない件。
ぐんぐにうぅぅ!
私の中で臨界点が突破しました
鋭すぎます
かわいいなぁかわいいなぁ。
ぐんぐにうぅぅ! ヤベェだろ!?
ぐんぐにうっ!
可愛らしさとか、愛くるしさとか。
オチwww咲夜さんwwwww畜生wwww
正直自分でもびっくりしていますΣ(n'∀')η
シリアスな紅魔館を書いていたはずなんですけれどね……。
久我拓人様>ほんのちょっとだけですよ。
106様>yes we can! というわけでその場面を想像しながら書いてました。畜生。
楽しんでいただいて何よりです。
これからも頑張りますゆえ!
欠片もねぇww
可愛すぎる!
なんど見てもなんの妖怪かわかりませんww
畜生。
おぜうも美鈴も可愛いなぁ
>指を絡めて顎を乗せ、カリスマを保持する運動。
「うー!」
もうねwww
うっかりものめww
>ベルリンと美鈴って似てるよね
お前は何を言っているんだ
後書きが卑怯すぎるwwwww
「お嬢様っ!」
「ばかっ! 寂しかった!」
ファンタwww
腹筋割れました。ぐんぐにうぅぅ!
もっと読みたいwww