梅雨が明けたばかりの太陽は、これまでの欝憤を晴らすかのごとく、その圧倒的な熱量を地面に降り注がせる。
レミリア・スカーレットは、日傘が完備された紅魔館のバルコニーで心を躍らせていた。
ドキドキという心臓の高鳴りが聞こえてきそうな表情で、ゆっくりと日傘の外へ右手を出していく。
ジュッ……!
熱いフライパンに生卵を投入したときのような音が出る。一瞬レミリアは顔をしかめるが、すぐに真面目な表情になって己が右手をじっと見続ける。
そして、4,5秒ほどたってから、
シュゥゥゥゥゥゥゥ……
右手から白い煙が立ち上り始める。気化が始まったのだ。
「わ! わ! わ!」
レミリアは慌てて右手を引っ込める。気化したのはほんの薄皮1枚程度だ。これぐらいならすぐに再生する。
フゥッ……と大きく息をつくと、レミリアはフッフッフ……と笑い始めた。
「今日はまたギリギリだったわ! ああ……取り返しのつかなくなる手前のギリギリさ。その刹那の瞬間がこんなにも愛おしい!」
自分自身を抱きしめて、うにょうにょともだえながら、感極まったような表情で独白する。
「皆は、この『ギリギリ』の素晴らしさを知っているのかしら? ぜひ、チェックしてみないとね……」
こうして、レミリアは皆のギリギリ度チェックの旅に出るのであった。
「咲夜!」
「はい、ここに……」
レミリアが咲夜の名を呼ぶと、いつの間にか傍らに咲夜が現れる。レミリアは大きく頷くと、
「咲夜! その場で華やかに1回転しなさい!」
と指を突き付けて命令した。
「は……はあ……」
いつにも増して主の命令の意図が分からないが、主の命令に応えるのがメイドの義務だ。
「うふふふふふ……!」
晴れやかな笑みを浮かべ、優雅にその場で1回転する。短めのスカートがふわりと広がる。
「こ、これは! 見えそうで見えないギリギリな広がり具合!」
レミリアは驚愕の声をあげる。実はここ数か月、毎日気づかれないように1mmずつ咲夜のスカート丈を詰めているのだ。今となっては、一礼をするだけでかなりデンジャラスな状況になりそうな短さなのだが……。
「さすがね、咲夜!」
レミリアは親指を立てて咲夜を褒める。
「『ギリギリセーフか!? アウトなのか!?』チェック!!」
そして、一人ハイテンションに言葉を続ける。
「セーフ! セーフ! このギリギリさがたまらないわ!!」
高らかに宣言すると、また一人できゃいきゃい騒ぐ。
「咲夜、これからも精進してね。それじゃ、私は外へ出かけるから」
ぽかーんと立ち尽くす咲夜を置いて、レミリアは日傘を差してその場を去った。
「ねえ、大ちゃん、もうやめた方が……」
レミリアは聞き覚えのある声がすることに気づいた。
声のした方向に行くと、そこには氷の妖精チルノと、チルノの友人である大妖精が何やら怪しげなことをしている。
「チルノちゃん……!」
ひしっとチルノを抱きしめる大妖精。その表情は、そのまま額縁に飾って『恍惚』という題名を入れたら何かの賞を取れそうな勢いだ。しかし、すぐに大妖精の様子がかわっていく。チルノから漏れ出る冷気によって少しずつ凍り始めているのだ。
「大ちゃんは霊夢たちと違ってあたいの力をモロに受けるから、危ないって! このままだと本当に凍っちゃうって!」
大事な友達が凍っていくのを必死に止めようとするが、大妖精は同じく必死の表情でチルノに抱きつく。
「まだよ! まだ、私のチルノちゃんに対する愛が表現しきれてないわ!」
「もう、本当にまずいってー!」
大妖精が凍っていく速度が速まっていく。これ以上は危ない、というところで、大妖精は未練たらたらの表情でチルノから離れる。ガチガチと震えているが、その頬は紅潮している。
「はー、はー、い、今のはやばかったかも。でも、チルノちゃん、やーらかーい……」
パァァァァッ……という擬音が聞こえてきそうな晴れやかな笑顔だ。
「大妖精! あなたのギリギリの愛、しかと見届けさせてもらったわ!」
『レ、レミリア!?』
突然の大物の登場に二人は驚く。しかし、レミリアはそんな二人を無視して、
「『ギリギリセーフか!? アウトなのか!?』チェック!!」
と叫ぶ。
「セーフ! セーフ! 命をも賭すそのギリギリさ、そして大妖精の別の意味でのギリギリさ、どれをとっても一級品よ! このレミリア・スカーレット、不覚にも感動さえ覚えたわ!」
そして、二人の手をそっと握る。
「末永く、幸せになりなさい」
「……へ?」
「はい! ありがとうございます!!」
状況の脳内処理がすでに追いついていないチルノとは対照的に、大妖精は力強く頷く。
そんな二人を優しい目で見ながら、レミリアはその場を去った。
魔法の森の奥深く、アリス・マーガトロイドは秘密の地下室にこもっていた。
「はあ……」
その表情はとても幸せそうだ。
視線の先には、大きな帽子と黒白を基調とした衣裳が印象的な魔法使いの少女の人形と、薄いピンク色を基調とした衣裳と三日月型アクセサリーがついた帽子が印象的な魔法使いの少女の人形がある。
『アリス……愛シテルゼ……』
『ベ、別ニ、アリスノコトナンカ好キダッタリスルワケジャナインダカラネ!』
『アリス、オマエノコトヲ考エルダケデ、私ノ心ハマスタースパークダ……』
『コレ、ウチノ図書館ニアッタ、ドレスノデザイン集ヨ! 8時間グライ暇ツブシガテラ探シテイタラタマタマ見ツカッタダケナンダカラ! アナタノタメニ探シタワケジャナインダカラネ!』
なお、人形から発せられる声はモデルとなった少女のものと寸分変わらない。アリスが血のにじむ努力で編み出した音声記憶と音声編集の魔法の賜物だ。
「えへへー、魔理沙ー、パチュリー、もうー困ったなー、私の身体は一つなのにー」
そんなアリスをレミリアは無表情で見ていた。レミリアが地下室に侵入してきたことに気づかないほど、アリスは夢中になっていた。
「『ギリギリセーフか!? アウトなのか!?』チェック!!」
気を取り直し、レミリアは大声で叫ぶ。
「あひゃぎあらいら!?」
アリスは文字通り飛び上がった。そして、あまりの恥ずかしさに、顔を赤くすることすら忘れ、意味の通らない言い訳じみた言葉を紡ぎだす。
「……これは、さすがにアウトね。ギリギリとアッチの境界を完全に超えているわ……」
とても気の毒なものを見るような表情でレミリアは静かに言った。
「安心して、誰にも言わないから。貴女もギリギリを楽しんでいた時期があったでしょうに……残念だわっ……!」
その目尻には涙。そして、レミリアはその場を去った。
「さあ、これでどうだ!」
地霊殿の一室で、鬼の四天王の一人、勇儀は勝ち誇って言った。彼女の目の前の杯には何枚かのコインが入っていて、すでに酒はこぼれ落ちそうなほどの水位だ。
「さあ、さとりさんよ、私が勝てば酒一年分ってことを忘れないでおくれよ」
「ええ、もちろん。勇儀さんこそ、私が勝ったときのことを忘れないでください」
「忘れてないさ。でも、もう水面はギリギリ限界。あと1枚でもコインを投入しようものならば溢れ出ること間違いなしさ!」
「さ、さとり様! 負けないでください!」
さとりのペットである空が、さとりの後ろから必死で応援する。力が入り、思わず八咫烏の力が漏れ出る。
「おいおい、おくう、暑いって!」
「おくうったら、はしたないですよ、もう……。すみません、汗をぬぐう布を取ってきます」
さとりは席を立つ。
「いいぜ。でも、時間稼ぎをしても結果は変わらないさ」
そのとき、日傘で空から放たれる光を防御しながらレミリアが現れる。
「『ギリギリセーフか!? アウトなのか!?』チェック!!」
突然の珍客に目を白黒させる3人を無視し、レミリアは鋭い視線を盃に向ける。
「そこの鬼、見事にだまされたわね。ギリギリガールたる私の目はごまかせない。この水面はギリギリじゃないわ!」
「はっ……何を馬鹿なことを……」
その次の瞬間、さとりはコインを1枚投入する。しかし、酒は杯からこぼれない。
「な……!? そんな馬鹿な!?」
勇儀は信じられないものを見るような表情で目の前の現実を見る。
「さあ、勇儀さん、あなたの番ですよ」
さとりはニヤリと笑って勇儀に促す。
「わ、分かってる!」
しかし、勇儀はコインをなかなか投入しようとしない。いや、投入できないでいるのだ。確信していた勝利を崩され、動揺を隠せないでいる。
「ふふっ……あなたの動揺・戸惑い・焦り・恐れ、様々な『声』が聞こえてきますよ……うふふ……」
相手の心の中を読むことのできるさとりは、本当に楽しそうに言った。
「う、うるさい! 私の心を読むな!」
「読もうとしないでも、あなたの心の声がまるで津波のように押し寄せてきますよ。ああ……なんて可愛らしい……私、とてもドキドキします、あなたの心の震えはとても愛おしい……」
「ち、畜生!」
目をつむって勇儀はコインを投入したが、酒は無情にも杯から溢れ出た。
「ふふふふふ……私の勝ちですね、勇儀さん……」
「あのときの水面はギリギリだったはずだ。なのに……どうして……?」
心の底から楽しそうな声をあげるさとりとは対照的に、勇儀は信じられないといった表情で呟く。
「あの杯はね、本当にわずかだけど傾いていたのよ」
そのレミリアの言葉に勇儀は驚く。
「たぶんチョコか何かかしらね。そして、そこの核融合鴉が太陽の力を発動させ、さとり妖怪は席を離れてそのチョコに太陽の光を当てた。結果、チョコは溶け、杯の傾きはなくなりコイン1枚ぶんのキャパシティーを持つにいたった……」
「ま、まさか、そんなことが……」
さとりは無言だ。それが肯定の証とも言える。
「そんなイカサマに気づかなかったとは。私も焼きが回ったね。負けは負けだ、さとり、認めるよ、あんたが一枚上手だった」
「さすが鬼の四天王、潔いですね」
さとりはゆっくりと勇儀に近づくと、その肩をそっと抱いた。
「さあ、約束通り、私と『遊びましょう』?」
「あ、ああ……」
これ以上この場にいるのは野暮と判断したレミリアは、邪魔をしないようにそっとその場を去った。
「私は信仰を集め、再び神としての力を取り戻した」
神奈子は主のいない早苗の部屋で一人感慨深く独白していた。早苗と諏訪子は霧の湖にピクニックに行っている。神奈子はある目的があり、同行を断って早苗の部屋にいるのであった。
「我々の姿形は精神的なものに依存する。信仰が失われていたあのときは、存在することすら困難だったが、今はこんなにも力強い。そして、これから執り行う儀式により、私はさらなる美しさを得る」
神妙な表情で手に取ったのは早苗が外の世界で着用していたセーラー服だ。皮手袋や、刃つきのヨーヨーがなぜか付属している。
「ピチピチで可愛らしい早苗が着ていた服を装着することによって、私の美貌はさらなる高みへと向上する……! いざ……!」
いそいそと神奈子は着替える。そして、鏡に映った自分を見てにニヤリと笑う。
「おお……なかなかどうして……私、いけているんじゃない?」
そのとき、鏡に何も映っていないのにもかかわらず、声が背後から聞こえた。
「『ギリギリセーフか!? アウトなのか!?』チェック!!」
「……!?」
声にならない悲鳴をあげて振り返る神奈子の目に映るのは、鏡に映らない性質を持つ吸血鬼の少女だ。
レミリアは、とても悲しい瞳で神奈子を見ている。
「きつい……きついわ……アウトを通り越して、もう、なんと声をかけたらよいか……」
ゆっくりと首を横に振る。
「ギリギリに挑戦をしたかったのかもしれないけど、あなたに贈る言葉はこれよ」
レミリアは小さく息を吐くと、次にはきっぱりと言い放った。
「自分の歳を考えなさい」
その後、御柱がかつてない規模で飛び交うことになるが、レミリアはすべてをギリギリでかわしてその場を去った。
「あーつーいー」
縁側にぺたりと座りながら、博麗霊夢は巫女服の胸元をぱたぱたと動かして、少しでも風をうみだそうとしている。
「うー……」
霊夢は周囲を注意深く見回すと、巫女服をはだけて上半身はサラシ一丁の姿になる。
「ふう……これで少しは……」
「『ギリギリセーフか!? アウトなのか!?』チェック!!」
上空からレミリアの大声が響く。
「霊夢! それはダメよ! ギリギリじゃないわ! ロマンがないわ!」
「はあ?」
突然の出来事に、さすがの霊夢も咄嗟に対応できないでいる。
「ほら、早く巫女服を着て!」
霊夢がよく分らないといった表情になりながら着直すと、次にレミリアは霊夢を万歳させる。
「ちょ、ちょっと、レミリア……?」
「これよこれ、惜しげもなく晒される脇、そして、その隙間からちらりと見えるサラシ。そのサラシの中を否が応でも想像させてしまうこのギリギリさ、なかなかね!」
「レミリア、とうとう頭の中に蛆でもわいた?」
「ああ……! でも! でも! 私はより強い刺激を求めたい! もっと強力なギリギリを見たい!」
そのまま、片手で霊夢の両手を封じながら霊夢を押し倒す。
「え? え? レミリア? わけわからないんだけど?」
「私がさらなるギリギリを演出するわ!」
「ちょ!? やめなさい! 不意打ちは卑怯よ!? って、あぁぁぁぁ!?」
「ふう……ギリギリを堪能できたわ、さすがは霊夢……」
その手には霊夢のサラシが握られていた。視線の先には、息を荒くつき、あられもない格好で倒れ伏している霊夢がいる。レミリアは名残惜しげにその場を去った。
その後、様々な場所でギリギリチェックを行ったレミリアが最後に行き着いたのは彼岸であった。
「さて、今日も頑張って仕事をしましょう」
映姫はいつもの服をベッドの上に置くと、寝間着の上着を脱ぎ捨てる。その瞬間、レミリアがドアをバーン! と蹴破って登場した。
「『ギリギリセーフか!? アウトなのか!?』チェック!!」
あまりのことに口をぱくぱくさせる映姫の上半身をレミリアはじっと見る。それから、ベッドの上に置かれたブラジャーに気づくと、レミリアは輝くような笑みを浮かべながら親指を立てる。
「ブラジャーがどう見てもいらない貧相な膨らみ! それにもかかわらずブラジャーなぞ用意する判断! そこにいたるまでのギリギリの思考を考えるとたまらないわ! さすが幻想郷の閻魔ね!」
一気に言うと、レミリアは心底ホッとしたように息を吐き、
「よかった……私の方がまだある……」
と小さく呟いた。
瞬間、その場の雰囲気が凍りつく。
「レミリア・スカーレット、あなたはどうやらギリギリが好きなようですね?」
映姫の声は驚くほど低かった。
「私の能力は『白黒をはっきりつける程度の能力』です。残念ながら、ギリギリなどという曖昧な言葉が入る余地は微塵もありません」
次の瞬間、映姫は驚くほどの速さでいつもの格好に着替えていた。そして、悔悟の棒をレミリアに突き付ける。
「私があなたに判決を下してさしあげましょう」
一歩詰め寄る。レミリアはそれに合わせて一歩下がる。
「死刑!! or capital punishment!! 好きな方を選びなさい!!!」
「それって同じ意味じゃない!!」
「問答無用!! 審判「ラストジャッジメント」!!」
その後、レミリアは怒れる閻魔からギリギリ逃げ切った。
後日、咲夜があるアイテムを持っていったことにより、閻魔の怒りは解けたという。
さぁ続きを提出する作業に戻るのです。
さあ、早く向こうに続きを投稿するんだ。
できれば続編を読みたいものですねえ
あと、誤字らしきものを
>早苗と諏訪湖は霧の湖にピクニックに行っている。
作者様にもお嬢様のチェックがいきそう…
カリスマのベクトルが十次元の世界に突き抜けすぎてるけどw
つまりこのあと勇儀姐さんはさとりんのお人形になるんですねっ
まさか早苗さんがス○番刑事だったとは・・・・・・。
神奈子様がアウトだと?
咲夜のアイテムだと?
暗転だと?
>>6 >>40
なんとなく早苗には似合いそうな気がしました。最初は、ロングスカートにしようと思ったのですが。
>>10 >>33
さとりはダービー兄がモデルだからコインになる……じゃアレなので、やはり趣味はダービー弟みたいに人形がいいかなあと。お人形さん遊びですね。こいしはまさにダービー弟といった感じですが。
>>16 >>21
今日、「向こう」が何か知ったので、気が向いたら投稿しようかと思っています。
>>18
気のせいです(笑) レミリアお嬢様基準ですので。
>>28
誤字指摘ありがとうございました、修正しました。
続編というか、これの前身にあたる作品が作品集80の『レミリアVS梅雨』です。ノリは近いものがあると思います。レミリアはとても動かしやすいので、似たような傾向の作品をまた書くと思います。
>>31
完全で瀟洒は伊達ではありません。
>>32
溢れ出るので方向は意のままになりません。思い立ったら即実行、さらに大概のことは力でねじ伏せてでもやってのける能力を持つのが僕の中のレミリア像。
>>34
グレイズは大切です。まあ、僕がグレイズをやるとピチュるんですけどね……。
>>43
今回は咲夜さんのおかげでオチの一行が楽に作れました。アイテムの内容はオフレコということで。
ギリギリ感がたまらない
わりと痛くないんだよなぁ。でもそれを知っていてもなお指を突っ込むときは怖い。あのドキドキはたまらん
ギリギリのところで略してみるテスト
だがそれでこそ我らがおぜうさま!!
とりあえずむっつり大ちゃんは俺のジャスティス^^
>>45
美鈴のスリットのギリギリさとかは考えたのですが、冗長になるので切ってしまいました。機会があればいつか。
>>47
ギリギリ=たまらない、の感性が大切なのです。
>>50
最近、羽根がない扇風機が開発されて寂しいです。
>>51
実は某所に。
>>55
むっつり大ちゃんはジャスティスです。