昼下がり。新メイド長に人間の十六夜咲夜が就任し、新たな風が吹き始めた紅魔館。
その廊下の突き当たりに、妖精メイドがたかっていた。
そこへ、紅魔館の図書館で司書をしている小悪魔が通りかかった。
「あれぇ?」
小悪魔はその妖精だかりを見て興味を抱いた。
当時からいたずら好きな小悪魔である。というか、小悪魔は総じていたずら好きである。目の前にいたずら臭ただよう場面があって、興味を抱かないはずが無かった。
こぁっこぁっとリズミカルに呟きながら、その集団に近づく。
「どうかしたんですか?」
その場にいた親しい妖精メイドに、小悪魔は尋ねた。
そのメイドは、「んー」と言って、少し間をあけてから答えた。
「私もさっき来たばかりでよく分からないんだけど、とりあえずアレだと思う」
そう言ってメイドが指差した先には壁があって、人間大の穴が開いている。人間大というか、形が思いっきり人間である。コメディのようだ。
もちろんそれは装飾などではない。本来そんなところにそんな穴が開いていようはずもないのである。どこからどう見ても不自然だった。
「何ですかアレ」
「さぁ……それが分かったら苦労しないと思うけど」
言われて、小悪魔は気付いた。それもそうである。
ということは、周りにいるメイドたちは皆、この穴が何の穴なのか知らないのであろうと、小悪魔は検討づけた。同時に、だからこんな風に遠巻きに眺めているのかと納得した。
「妙な穴ですねー」
「ほんとにねぇ。まあそれは置いといて、こぁちゃん仕事あるんじゃないの?」
言われてから小悪魔は口に手をあて「あっ」と言った。
図書館に備蓄している紅茶の葉が切れたので、食堂に取りに行っている最中だったのだ。
自分の主が今頃痺れを切らしているだろうと、小悪魔は恐々となる。怒ると皮肉が増える主なのである。そしてその分小悪魔の胃が痛む。ずきずき。
うっかり屋な小悪魔はいつもこういう事をやらかしてしまうのだった。小悪魔という生き物は総じてうっかり屋である。目の前に面白そうな事が転がっていたらこと顕著である。
ひぇえ、などと分かりやすい台詞を呟きながら、小悪魔は妖精メイドに別れを告げて食堂へと急いだ。
皮肉は免れないだろうなぁと思いながら。
ばたーん。
「ただいま戻りましたこぁぁー!」
扉を勢いよく開けたせいで、小悪魔はつんのめった。そしてそのまま転ぶ。盛大に埃が舞った。
「ずいぶん速くてしかも静かな到着ね。本当に素晴らしい司書だわ貴女は。妖精達に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらい」
埃っぽい図書館へと全力で走って帰った小悪魔がまず第一に聞いたのは、やっぱり主の皮肉であった。
急いでみたけどやはり駄目だったかぁと、小悪魔は内心でよよよと泣く。
「こぁー、すみませんでした」
「別に構わないわよ、ええ。私がちょっとばかり我慢すればいいだけだもの。喉の渇きとか三時のおやつとか、ちょっとばかり」
読んでいた本から目を離さずに、小悪魔の主ことパチュリーは言った。
百年近く生きているのだから流石に三時のおやつは自重してくださいと小悪魔は言いたくなったが、言ったらお仕置きが待っているので言わない。
というか、小悪魔もご相伴に預かっているので、どっこいどっこいである。
「ごめんなさい、すぐ紅茶を煎れますから」
「そうしてちょうだい?」
小悪魔は起き上がり、あたふたと紅茶の準備を始めた。
ミルクと砂糖たっぷり(それがパチュリーの好みである)の紅茶を出しながら、小悪魔は世間話をする。
「そういえばパチュリー様、今度は一体何をしたんですか?」
そう言った小悪魔の目は期待でらんらんと輝いていた。
さながら、手品師の手品を見た小さな子供のように。
「はぁ? 何ですって?」
パチュリーは本から目を離して、小悪魔に鸚鵡返しした。
「だーかーらぁ、今度は一体何のいたずらですかって。アレ、パチュリー様ですよね」
小悪魔の言っている事の意味が分からず、パチュリーは怪訝な顔をした。
とりあえず、彼女としては見過ごせない所に訂正を加える。
「あのね小悪魔。何度も言ってるけど、私がしていることは高尚な魔法の実験であって、低俗ないたずらなんかじゃないの。わかってる?」
「えー、でも結果はいつも失敗で、結局いたずらとおんなじじゃないですかー」
従者にそう言われて、パチュリーは言葉に詰まる。
確かに多少失敗は多いがいつか必ず成功するのだ。そう言い返したくなったが、それを言うと目の前の小悪魔はニヤニヤと勝ち誇ったように笑うのだろう。それは腹が立つ。
そう判断したパチュリーは、そのまま口をつぐみ、鼻からため息をついた。
「……まぁいいわ。でも私はここ最近ずっと本を読んでて、魔法の実験をしてない。それは貴女も見てるでしょう?」
そういわれて、小悪魔はふと気付いた。よくよく考えてみれば、目の前の主は自身の実験室に最近入っていないのだ。なるほど、彼女の犯行ではないのだろうと小悪魔は納得する。
もっとも、実験室に入らずとも出来る実験があるかもしれないという可能性は棄てていなかったが。
「でも、それじゃあ誰がやったんですか? あれ」
「あれと言われても困る。私は何の事なのか知らないんだから」
ああそうかと、小悪魔はパチュリーに事の顛末を話した。
「へえ、かくかくしかじか、と」
「そうなんですよ。だから気になってて。……本当に違うんですかぁ?」
今までが今までであるので、小悪魔の目はパチュリーを怪しんでいる。魔法実験の失敗を誰かのいたずらに見せかけようとした前科が、この魔女には結構あるのだ。
「失礼ね、本当よ。――まあ、気になりはするわね、その穴」
パチュリーがそう言うと、小悪魔はよし来たと言わんばかりに身をずずいと乗り出してまくしたてる。
「ですよね! 気になりますよね、ですから行ってみませんか? ほら百聞は一見にしかずっていうでしょう!?」
パチュリーは少し鬱陶しそうにしながら頷いた。そうしないといつまでも煩いので、結局読書にならないのである。
「あぁはいはい、分かった分かった。そうね、行ってみましょうか」
「やったー!」
小悪魔は両手を挙げて喜んだ。跳ね回るいたずら心を満たせるのである。しかも主人公認で。嬉しかった。
ついでに言うと、見返りに対して明らかにハードすぎる司書の仕事を堂々とサボれるのである。それも小悪魔としては嬉しかった。――勤務態度としてはどうなのだろうかという疑問は持っていない。小悪魔とは総じてのんきなのである。
見れば、妖精だかりはまだあった。小悪魔が見たときよりも頭数が増えていた。
こんなことで大丈夫なのかと、パチュリーは頭を抱えたくなる。
「こぁ、ごめんなさい、ちょっと通らせてくださいねー」
小悪魔が先導して妖精たちを掻き分け、パチュリーがその後をついていく。
そうして穴の目の前に立った。
「これはまた、ずいぶんと大きな。なんて無駄な労力」
パチュリーは呆れたようにそう呟いた。
実際呆れている。誰かのいたずらだとしたら、ずいぶん面倒だ。
「不思議ですよねー。昨日までは無かったんですよ、こんなの」
メイドの一人がパチュリーの独り言に答えた。
昨日まで無かったというその事実を知って、ますますパチュリーは呆れる。
穴はずいぶん深い。掘ったとしたならばかなりの労力が必要だ。
しかも、犯人が分からない。ということは、犯行は少なくともこの場にいる妖精たちには見つからずに行われている筈だ。具体的には、静かに、短時間で行われている。
そんなことが出来るならほかの事をやりなさいよと、パチュリーは犯人に言いたくなった。
小悪魔は、純粋に凄いと思っている。いたずら同志として見習いたいなどと思っていた。
意見の合わない主従である。
「……むきゅう、ちょっと深すぎて見えないわね。光が届かない。」
かわいらしい唸り声を出しながら、パチュリーはわずかに困った。
だが、すぐに良案に思い当たる。
「わ、パチュリー様、なんですかそれ」
「魔法よ、人工灯の魔法。ランプがあるからめったに使わないけどね。貴女は見たことなかったのかしら」
パチュリーは指先に光を灯した。それは日用魔法の一種であるが、最近はランプ等の普及によってすっかり姿を消しつつあるものだった。使っている間、片手が使えないのが最大のネックなのである。
その光を見て、小悪魔は同情の表情で言った。
「大変なんですねー、パチュリー様」
小悪魔の言葉の意味が分からなかったパチュリーであるが、膨大な知識から推測するに、言うべき言葉は一つだと気付いた。
「貧乏生活してるわけじゃないわ。第一これ火じゃないし」
そういってパチュリーは指を人間大の穴へとかざした。
目を凝らすと、奥に何かがある。
「……パチュリー様、あれ、人ですよね」
「人ね」
それはどこからどう見ても人の形であった。そもそも穴の形がどう見ても人間だったのである。
種類は分からないが、奥のほうに人間だか妖怪だか妖精だかが埋まっているらしい。
だが何よりの問題は、それの着ている服であった。
「小悪魔、あの髪と服って、……咲夜よね」
「咲夜……あ、新しいメイド長ですか。……あー、あんまり頷きたくないんですけど、まあ、そうですよね」
青を基調としたメイド服に、麗しい銀髪の生えた後頭部。
体格や印象からも、それは十六夜咲夜以外のなにものでもなかった。
ここで二人は疑問を抱く。
さて、何でこんなところに咲夜が埋まっているのか。
「何かしらの冗談ですかねー」
「それならいいけど……咲夜が何かしらの攻撃を受けたのだとしたらどう?」
「え? 危なくないですか? それ。あの人って目茶目茶強かったですよね? 人間なのに」
「ええ、危ないわ、とっても。彼女をこうできる奴なんてそうそういないでしょう。少なくとも、妖精メイドじゃあ歯が立たないでしょうね。しかもそいつ、まだ館内にいるかもしれない」
小悪魔は背筋が震えるのを感じた。小悪魔の力量は、妖精メイドに多少毛が生えた程度でしかない。
咲夜をこのような目にあわせる相手と、もし対峙したら……、と彼女は考え、首をぶんぶんと振った。嫌な想像である。
「咲夜ー、意識はある?」
パチュリーが呼びかけるが、咲夜は返事をしなかった。
二人に嫌な予感がよぎった。まさか。
「く……むう、届かないわね。引きずりだせそうもない。小悪魔は?」
「無理みたいですー。咲夜さん深く埋まりすぎですよ。これじゃあ引っ張り出せません」
パチュリーが手を伸ばすが、埋まっている咲夜には届かなかった。
小悪魔も同じようにしてみるが、やはり届かない。
かといって、穴に入るのは体格の違いから出来そうもなかった。
「……ねーパチェ、それは一体何をしてるの? 何かの実験? いずれにせよ眠れないじゃない。せっかくいい夢見てた……気がする……のに」
眠そうな声が後ろからして、二人は振り返った。
見れば、紅魔館の主ことレミリアが、眠そうな目を擦り擦り、二人を見上げている。
その頭にはくまさん柄のナイトキャップ、そしてくまのぬいぐるみを抱えているあたり、眠るところだったのだろう。
「レミィ、悪いけど寝てる場合じゃないかもしれないわ。これを見て」
そう言ってパチュリーは再び指先に明かりを灯し、穴にかざした。
レミリアがそれを覗くと、見る見る顔色が変わる。
「咲夜……? おい、十六夜咲夜! 新メイド長! どうした、何があった!」
顔色を変えて、レミリアは咲夜に呼びかけるが、返事はない。
返事が無かったことで、レミリアの顔が青くなった。
「まさか」
呟いたレミリアは、穴の中にもぐりこんだ。小さな彼女の身体ならば、穴の中に入り込むことが出来た。
「く……ふんっ!」
すぽん、と音がして、レミリアと咲夜が転がり出てきた。場にいた妖精メイドが数人巻き添えを食って押しつぶされる。
転げたレミリアだったが、すぐに起き上がって咲夜に呼びかける。
「おい、咲夜、どうした、返事をしろ」
「小悪魔、美鈴の安否を確認してきなさい。敵が外から来たとすると、ひょっとしたら美鈴も同じようなことになってるかもしれない」
「わ、わかりました!」
にわかに場があわただしくなった時だ。
「……ぷはっ、ぜぇっ、ぜっ……あぁ」
咲夜が息を吹き返した。呼吸は荒く、服や髪には建材が付着している。
とにもかくにも生きていたと、一同胸をなでおろす。
「ふぅ……すみませんお嬢様。ご命は果たせませんでした。私の力不足です」
呼吸を整えた咲夜は、レミリアを見てそう言った。
それを聞いた面々は怪訝な顔になる。
「命? お嬢様、咲夜さんに一体何を命じたんです?」
「いや、私は何も……? 咲夜、どうしてこんなことに?」
レミリアも、咲夜が言うところの「ご命」が何なのか分からず、ふるふると首を振った。
そうして咲夜は、小悪魔よりもさらに怪訝な表情になった。
「え? お嬢様がこうするようにと仰ったのではないですか、昨晩お嬢様の部屋で」
それを聞いたパチュリーは、レミリアに非難の視線を向けた。「何を命令した」という視線だ。
レミリアは慌てて返事をする。
「何を言ってるんだ咲夜、違う。私はこんなことを命じた覚えはないぞ?」
レミリアのその言葉に、咲夜はさらに混乱した。
「えぇ? ですが、昨晩、お嬢様がそうおっしゃったではないですか。ですから部屋を出てすぐ実行したのです」
「ちょ、ちょっと待ってください、話がこんがらがってます」
話が前に進まない、というかちっとも見えてこないので、小悪魔が慌てて止めに入った。
小悪魔の介入で二人は沈静化する。
何だかちっとも小悪魔らしくない事をしてしまったぞと思いながらも、小悪魔は続ける。
「落ち着いて整理しましょう。お嬢様は昨晩、咲夜さんになんとおっしゃったんです?」
「え? ああ、『私が言うのもなんだがメイド長就任おめでとう。私の従者として、完全で瀟洒なメイドになれよ』、と。やはりこういうときに激励してこその主だろう?」
いたって普通な激励の言葉である。何の皮肉も嫌味もなかった。レミリアの問いにも皆同意する。
小悪魔だけは、そうかそういう事を言って励ましてくれるのが正しい主人というものなのかと、自分の現状と照らし合わせて、こぁぁーとなった。
ともかく、そんな励ましが何故このようなことになるのだろうと、咲夜以外の皆が同じ疑問を抱いた。
「咲夜さんは何とお嬢様から何と言われたのです?」
「私? ええと、『私が言うのもなんだがメイド長就任おめでとう。私の従者として、
完全に香車なメイドになれよ』、と」
皆、咲夜が埋まっていた壁と反対側を見た。
突き当たりにレミリアの部屋があった。
……しかしひっでぇ落ちだwww
まずはちょっと考えろよ咲夜さん
…あれ?完全な香車な咲夜さんはマジで突撃だけで穴開けたの?
あれですね、咲夜さんはメイド長になった当時からこんな一本抜けた人だったんだとw
壁に突き当たったなら成ればよかったのに。
しかし咲夜12h生き埋めでよく生きてたな
咲夜さんすげえな。
それにしても登場人物の擬音語というか、掛け声というか、口癖がどいつもこいつも可愛い。