初夏の眩しい日差しの中―――
「ふふっ、こんなに大きくなって」
一人の少女が―――
「こっちはまだ柔らかいわね」
艶やかな汗を掻きながら―――
「貴女もうこんなにパンパンじゃない、すぐに収穫してあげるからね」
野菜と会話していた―――
「・・・何してるのよ」
そこに一人の少女が入ってくる
「何って・・・愛しの我が娘達との会話を楽しんでいたのよ?」
「我が娘って・・・野菜よね?」
「野菜よ?でも唯の野菜じゃないわ」
「どういうこと?」
「この娘達はね。私が己の体を傷つけて(主に筋肉痛的な意味で)育ててきたの。いわば我が分身といっても過言ではないわ」
それよりも―――
と彼女は先程来た少女へと向き直り
「こんなに酷い日差しの日に一人でこんなところに来るなんて、自殺願望でもあるのかしら?―――レミィ」
「失敬ね、私は貴女が―――パチェが干からびてないか見に来てあげただけなのに」
日光が弱点の吸血鬼と日陰の魔女が夏の日差しの下で微笑み会うといった、なんともシュールな光景がそこにあった。
「咲夜はどうしたのよ?」
「人里に買い物にでも行ってるんじゃない?呼んでもこなかったし。変な時間に起きちゃったから貴女にでも会いに行こうと思ったら図書館にいないじゃない?小悪魔に聞いたらここだって言うから」
「わざわざここまで来たと。紅魔館の中とはいえ吸血鬼が日の出る時間に一人で外出するのは褒められないわよ?何があるかわからないし・・・」
「大丈夫よ、うちには優秀な門番がいるもの」
「・・・優秀な?」
「優秀よ?彼女は屋敷の皆が望まない侵入者は通したことがないもの」
「毎週のごとく白黒が来るんだけれど?」
「それは貴女が『望まない』ことなのかしら?」
「・・・・・・・ふん」
反論がない・・・というか反論できないのであろう。確かにパチュリーは魔理沙に迷惑もしているが、それ以上に彼女との会合を楽しんでいる節がある。まぁそれを表に出さないところがパチュリーらしいと言うべきか。ともあれ返す言葉がないようで、口をつぐんでしまうのであった。
「・・・用件がすんだらさっさと帰ったらどうなの?私はこの娘たちと戯れるという大事な仕事があるの」
「暇なのよ、館に入ってもすることないし。そもそもこんな炎天下の中畑仕事なんかして・・・体は大丈夫なの?」
レミリアが疑問に思うのも無理はない。以前までのパチュリーと言えば一月二月図書館からでないのは当たり前。少し運動すれば喘息を起こし、次の日は全身筋肉痛。あの天人騒ぎの時などは終わってから三日は寝込んでいたようだった。付いたあだ名は動かない大図書館・知識と日陰の魔女・紫もやetc
つまりそんなパチュリーがこんな炎天下の中畑仕事に精を出している姿など、最早奇跡に等しいのであった。・・・炎天下の中日傘一本で外にいる吸血鬼もおかしいと言えばおかしいのだが。
「―――フッ」
そんなレミリアの言葉に不適に笑みを返すパチュリー。まるで『なにを言ってるんだこいつは?』といった目でレミリアを見た。そしてその手には先程収穫したばかりの大根。知識と日陰の魔女は野菜と日向の魔女と変貌を遂げていた。
「始めはね―――」
そしてパチュリーは語りだした。己が日陰の魔女から日向の魔女へとなった、その経緯を。
「魔理沙に誘われたのよ、『香霖堂にいかないか?外の本が大量に入ったみたいだぜ?』ってね。最初は面倒くさいと思ったんだけど・・・三ヶ月くらいこの館から出てなかったし丁度良いかなって思ってね。外の世界にも興味があったし・・・それで出かけたんだけど・・・門を出て少ししたところで・・・」
「あぁ倒れたんでしたっけ?日射病で。あのときの魔理沙ったら面白かったわ、『パチュリーが倒れた!!』なんて必死に言ってきて・・・蓋を開ければ日射病なんですもの。永遠体の薬師まで詠んだのに唯の日射病なんですもの。あのときの罰の悪そうな貴女の顔ったら・・・・・・OK、私が悪かったわ。だからロイヤルフレアはやめて頂戴」
「・・・日射病を馬鹿にしないで頂戴」
「そこなの!?」
「外の世界では毎年多くの人が日射病に悩まされていると聞くわ。大体貴女が日光に当たったらそれどころの騒ぎじゃないじゃない」
「まぁそうなんだけど・・・」
「話を戻すわ。そんなことがあって私は思ったのよ、このままじゃいけないって。そりゃ図書館にいる分には良いかもしれないけど、このままじゃおちおち「魔理沙と一緒に」外出もできないわ・・・ってレミィ。勝手に人の台詞に追加しないでもらえるかしら?」
「いいじゃない?どうせ否定は出来ないんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・まぁ良いわ。それで私は美鈴に相談したのよ。」
「美鈴に?」
「そう、美鈴に。あの娘は職業柄ずっと日の下にいるじゃない?そしたら、『そうですね~、パチュリー様がいきなり直射日光に当たると先日のようになってしまいますから・・・まずは曇りの日とかに外に出て紫外線になれるようにしたらいいんではないでしょうか?』って言われたのよ」
「なるほど・・・理屈はわかるわ。でもそれがなんで農作業に繋がるのかしら?」
「彼女はこうも言ったわ、『でもただ外に出るだけじゃあれですよね・・・散歩だけってのも味気ないですし・・・そうだ!!』そうして彼女は自分の部屋へと走って行ったわ。・・・その間の門番?まぁ直ぐに帰ってきたから良いんじゃないかしら。それから彼女は懐から種を取り出してこう言ったの、『これは野菜の種です。私が趣味でやってる家庭菜園であまったものなんですけど、良かったらパチュリー様もやって見ませんか?家庭菜園。意外と息抜きにもなりますし、外に出るいい理由にもなりますよ!』」
「・・・・・・」
「私も始めは野菜作りに興味なんてなかったわ。でもね、美鈴の言葉を聞いているうちに段々興味がわいてきたのよ。生命を一から育てる喜び、それは今まで作ってきたホムンクルスとは逆の太陽の命。私にとっては未知の知識の連続に言葉を失ったわ。幸い美鈴も手伝ってくれるって言うし・・・やるだけやってみようかなって・・・」
「そういうことだったのね。美鈴にしては中々いいことを言ったみたいだけど・・・それにしてもよく今まで無事だったわね、貴女のことだから直ぐにバタンむきゅーすると思ったのに」
「バタンむきゅーってなによ!?・・・でもそうね」
パチュリーは俯き、これまでの日々を思い出す―――
「始めは酷かったわ・・・畑を耕しては倒れ、肥料を土に混ぜては倒れ・・・ふふっ、種を蒔く時に腰を痛めたりもしたわね」
自らの汚点とも言える過去を語るパチュリー。しかしその顔には誇りすら浮かんでおり・・・
「そんなことばっかりだった・・・でもね?」
そして顔を上げるパチュリー。そこには日向の魔女にふさわしい笑顔があった。
「少しづつ育つこの娘達を見てたらね、私も頑張ろうって思えてきたのよ。美鈴には感謝しているわ、彼女がいなかったら私はこの娘達に出会えなかったんですもの。この娘達に会えたおかげで今はこんなにも元気だわ!見てよこの力こぶ!」
えいっと腕を曲げるパチュリー、そこには小さいながらもかわいらしいこぶが出来ていた。もちろん反対の腕には大根を抱えている。
「良かったじゃない?これで魔理沙と一緒に“お出かけ”出来るわね」
レミリアのからかいの言葉にも。
「そうね!ふふっ、早く来ないかしら。野菜とキノコについて存分に語り合いましょう!咲夜にサンドイッチを作ってもらって、二人で湖畔までピクニックよ!!」
テンションが高まりすぎてもやは本音を隠そうともしないパチュリー。そんな親友の姿を、レミリアは暖かく見守ることしか出来なかった。
「でもそんなに面白いのなら私もやってみようかしら?」
「えっ?」
突然のレミリアの言葉に、パチュリーはふと冷静になった。
「だから家庭菜園よ、面白いんでしょう?」
「いや・・・それは面白いんだけど・・・さすがに吸血鬼が太陽の照る昼間から畑仕事に精を出すのはどうなのかしら・・・」
炎天下の中、日傘と鍬を左右の手に持ち畑を耕す幼女・・・
鍬を振り上げるたびに日傘が動き、その都度消滅の危機にされていく己の体・・・
そんな死と隣り合わせの農作業がパチュリーの脳裏に浮かんだ。
「大丈夫よ!私は収穫するだけだから!」
「へっ?」
「管理とかは咲夜にまかせるわ。収穫だけなら簡単そうだし」
「・・・・・・それじゃ最早咲夜の菜園じゃない」
そんなパチュリーの至極まっとうな意見に、レミリアはやれやれと首を振る。
「わかってないわね・・・パチュリー?この館は誰のもの?」
「それは・・・レミィ、貴女のものだけど・・・」
「ならばこの庭は誰のもの?」
「貴女のものね・・・」
「そう・・・つまり!」
レミリアは両手を広げ、宣言する。
「この館にあるものはすべて私のもの!それはパチュリー、貴女の菜園でさえ例外では―――って熱っ!暑いじゃなくて熱っ!消えちゃう!日傘!日傘差さなきゃ消えちゃう!―――」
「・・・はぁ」
この日差しの中、日傘ごと広げれば当然こうなる。親友の間抜けっぷりに、パチュリーは呆れるしかなかった・・・
「フーッ、フーッ。死ぬかと思ったわ・・・」
「そんな間抜けな死に方やめて頂戴、友人として恥ずかしいわ」
「うるさいっ!とっともかくこの農園も私の者なの!!・・・フフッ、折角だから主人自ら収穫してあげる・・・光栄に思いなさい!」
「えっ・・・?レミィ?なに言ってるの?」
「このトマトなんて良いじゃない。真っ赤になって・・・私トマトは好きよ?昔は嫌いだったけど、今では毎朝一本のトマトジュースがかかせないわ」
「いやっ、誰もそんなこと聞いてないんだけど!?というか話を聞いて!!」
「この私にその身をささげなさい!赤き宝石よ!!」
「やめてーーーー!!」
ぷちっ―――――
「可愛い娘ね、存分に味わってあげるわ。・・・どうしたのパチェ?そんな魚みたいに口をパクパクして?まぁいいわ・・・この赤さ、その味も血の様に甘いのでしょうね。それではいただきま~す」
パクッと可愛らしい音を立て、レミリアがトマトにがぶりついた瞬間―――
「美鈴三号ーーーーーーーー!!」
パチュリーが悲痛な叫びを上げた。
「もにゅ、もにゅ。なによ美鈴三号っ・・・すっぱ!!このトマトすっぱ!!まっず!スッパ、まっず!咲夜の作るトマトジュースはあんなに甘いのに・・・はっ!?このトマト、ヘタの周りがまだ青いわ!おのれー、野菜の分際でこのレミリアを謀りおってーー・・・ってパチェどうしたの?そんな顔して?それに美鈴三号って何?」
パチュリーは何も喋らなかった。否、喋れなかった・・・
彼女の中には美鈴三号を失った悲しみ・・・そして何よりも・・・
「その娘―――美鈴三号はね・・・他の美鈴達・・・あぁ、トマトのことを美鈴って呼んでるの、彼女の髪みたいな色しているでしょう?小悪魔とも悩んだんだけど・・・太陽の光を浴びて育つところが美鈴みたいじゃない?だから小悪魔は人参の名前にしたわ」
この場においては不自然なほどに優しく話しかけるパチュリー。
「とうもろこしは黄色だから魔理沙。ピーマンは・・・フフッ、貴女が苦手なものだからレミィと名づけてあげたわ」
なおも語り続けるパチュリーに恐怖を覚えながらも、レミリアは意を決して話しかける。
「え~とパチェ?」
「なにかしら?」
「怒ってる?」
その問いにパチュリーはピタッと動きを止めた。
「そうね・・・美鈴三号がその生涯を全うせずに逝ってしまったのは貴女のせいよ・・・でもね?」
それより何より・・・
「私が許せないのはね・・・そんな貴女の愚行を許してしまった私自身よ!!!!!」
刹那、パチュリーの魔力が膨れ上がる。
さすがのレミリアも不味いと思ったようで、先手必勝とばかりに言葉を紡いだ。
「パッ、パチェ?そ、その・・・私が悪かったわ・・・だから・・・その・・・」
王としてのプライドを捨て、平身低頭謝り始めるレミリア。しかし・・・
「謝っても美鈴三号は帰ってこないわ・・・あまつさえ不味いとまで・・・野菜としての完遂を迎えるまでに手折られた美鈴三号の無念・・・私が晴らす!!!」
そういいながらレミリアにゆっくりと近づいていくパチュリー。本能的に死を感じたレミリアであったが、その足はまるで銅像のように足が動かない・・・夜の王が恐怖に屈した瞬間であった。
「ちょっ・・・ちょっと待ってパチェ!話し合い・・・そう!話合いましょう!・・・・・・なんで無言で大根を振り被ってるのよーーーー!?」
「咲夜四号もね・・・美鈴三号の無念を晴らしたいっていってるのよ・・・」
そして・・・
パチュリーはその腕を振り下ろした-―――
「食べ物は大切にーーーーーーー!!!」
薄れる意識の中・・・レミリアは思った・・・
『あぁ・・・大根は咲夜だったんだ・・・・』
それともう一つ・・・
『私・・・このまま気絶したら死んじゃうんじゃない・・・?』
紅魔間門前――――2人の少女が談笑している。
そこにもう一つの人影が近づいてきた。
「あっ、パチュリー様!」
「パチュリー様。御用がありましたらお呼びいただければよかったのですが?」
「お疲れ様、美鈴に咲夜。菜園の帰りに二人の姿が見えたからね・・・また美鈴がサボってたのかしら?」
違いますよーと美鈴が苦笑する。
「暑い中頑張ってるからって咲夜さんがお菓子持ってきてくれたんですよ~」
「何時もこのくらいだとこっちも楽なんだけとね・・・」
「そうね、貴女はもう少ししっかりすべきだと思うわ?」
「うぅ・・・精進します・・・あれ?パチュリー様。その籠は何なんですか?」
「そうですね・・・随分と大きいようですが?」
「あぁ、これね」
パチュリーが籠を開けると、そこには先程採ったばかりの新鮮な野菜が入っていた。
「うわー!おいしそうなトマトですね!」
「この大根を見ているとなんだか不思議な気分になるのですが・・・」
「さっき畑から採ってきたのよ。咲夜に今晩の料理にでも使ってもらおうかと思ってね」
「よろしいのですか?」
「えぇ、やっぱりおいしく料理して貰ったほうがこの娘達も喜ぶわ」
「わかりました、腕に縒りをかけさせていただきますね」
「やった!今晩の夕飯が楽しみです」
「楽しみにするのはいいけど・・・気を抜かないようにね?」
「はい!任せてください!」
そして彼女達は皆笑顔になる―――
その姿を夏の日差しが照らしていた――――
その頃レミリアは・・・
「う~んごめんなさ~い、トマトもピーマンも残さずに食べるから~・・・大根は・・・大根だけは勘弁して~」
夢にに見るほどの大根恐怖症になっていた。
「そういえばパチュリー様、冬はどうするんですか?」
「冬は白菜よ!!!!」
パチュリーの農業は、まだ始まったばかりだ!!!!
パチュリー先生の次回作(農作物的な意味で)にご期待下さい。
幻想郷って農家多いw
>愚考
愚行
モヤシの栽培に期待がかかります。
七曜の術の粋を凝らした大地下農園を図書館横に建設するパチュリーを想像してしまった。
未知の知識の連続、でしょうか。
むしろ魔法をつかって本当に紫色のもやしを作り上げそうだw
封神演義という漫画で、主人公が農作業にはまり、筋肉ムキムキなマッチョマンになるという描写があるのだが、
これを読んでいたらそれを思い出し、つられて筋肉ムキムキなパチュリーを想像してしまった。
究極と至高のアグリカルチャー対決ですね?
フランは野菜に例えたらなんだろうか。
健康そうなパチュリーもいいですね。
死人が普通に出るからね。
しかし、汗をかくパッチェさんもいいモンだな……
穣子「パルパルパル…」