Coolier - 新生・東方創想話

24%の素晴らしき逢瀬に救いを

2009/07/13 03:05:10
最終更新
サイズ
7.94KB
ページ数
1
閲覧数
925
評価数
5/21
POINT
1260
Rate
11.68

分類タグ


「今日は七夕だー」
「そうね」
「そして満月だー」
「そうね」
「月見酒しよう!」


















24%の素晴らしき逢瀬に救いを






















「やー、今日は晴れてよかったー!」
「とはいえ、曇り始めてるけどね。あ、ちょっとそれ私の辛煎餅」
「ん? じゃあ君にはこっちの日本酒をやろう」
「まだあるわよ。……ああもう、せっかくとっておいたのに」

 まーまー気にするなよー、と言いながら私の背中をばしばし叩く蓮子。もう酔い始めてセーブが効かなくなっているのだろうか、地味に痛い。

「あっはっはっはー」

 笑うなちくしょう。



 
 今日は七夕。蓮子が、
―――七夕で、しかも満月で、さらに晴れてたら酒飲むしかないっしょ!
 とか言ったものだから、私たちは食堂の前の広場に設置されたベンチで、二人して日本酒を舐めている。……いや、舐めてるのは私だけで、蓮子は猪口で飲むのがもどかしくなったのか瓶にそのまま口をつけてラッパ飲みしている。

「はぁ、もういいわよ。……それにしてもよく晴れたわね、微妙に曇ってはいるけど。七夕の日って、ちゃんと月とか星が見える確率は統計では24%程度らしいわよ」
「ふぅん。まぁ、どうでもいいじゃない! こうして微妙とはいえ晴れて、メリーとお酒飲めるんだから!」
「くっつくな、暑苦しい」

 瓶を横に置いてこちらに抱きついてくる蓮子の首をつかみ、押しやる。ああん、と情けない声が漏れた。

「つれないなぁ、メリー。めりー、めりぃ」
「うっさい。月見らしく、月を見なさいよ」

 それでもまだこっちにくっつこうとしている蓮子の頭に手刀を入れ、天を仰ぎ、月を見た。

「……割といたい」
「さっきアンタも背中叩いたじゃない。おあいこ、よ」

 そちらも見ず、一方的にそう告げる。
 見上げた空から代わりに落ちてくるのは、沈黙。湿った風が私の頬を撫で、髪を乱す。
 目を瞑ると、まぶたの裏を優しく射す月の光。
 時間が、ゆっくりと流れていった。
 



 それからしばらく後。蓮子もアルコールの回りが落ち着いてきたのか、ちゃんと猪口を使って日本酒を舐めている。
 私は日本酒のなみなみ入った猪口を持ち、未だに空を仰いでぼんやりと雲の動きを眺めていた。

「そういえば、さ」
「なによ」

 蓮子からおもむろに声がかかり、そちらを見る。猪口を一気に傾け、中身を飲み干す蓮子。そのまま猪口を脇に置き、こちらを見据える。

「七夕、7月7日ってポニーテールの日、らしいよ?」
「……だから何」

 なんだか真剣な面持ちでこちらを見たかと思えば、言って来たのはこんなこと。そりゃあ、ぶっきらぼうな答えにもなるというものだ。

「いやいや、だから何、とかじゃなくて」

 ポケットに手を突っ込み、引き抜くとこちらに突き出してくる。その手に握られていたのは、髪留め用ゴム。

「ポニーでよろしく」
「嫌」
「いいじゃない。ねぇ、メリー、めりー」
「やだったら。……だからひっつかないで」

 断ったが、やはりべたべたひっついてくる。首をつかんで引き離そうが、手刀をくれてやろうが引かない。渋々承諾し、ゴムを受け取る。

「はぁ、わかったわよ。……髪に癖、ついちゃうんだけどなぁ」

 髪を束ね、ゴムで結わえる。そして、蓮子の方を向き直ると。

「……なにしてんのよ」
「ん。いや、新鮮だな、と」

 蓮子が両手の人差し指と親指で四角を作り、それを通して片目で私を見ていた。

「ああ、前向いてて」

 いっちょまえにカメラマン気取りか。
 改めて空を仰ぐ。雲が、今にも月を覆いそうだった。

「うーん、いつもは髪で隠れてるメリーのうなじ。しかも今なら酒でちょっと赤くなったメリーのうなじ! 堪らん!」
「堪れ」

 すかさず横を向いて、頭をはたく。でも、蓮子はからからと笑っていた。なんだかあほらしく思えて、ひとつ、息が深く漏れた。

「で、なんで七夕がポニーテールの日なのよ」
「ああ、なんか、昔の本に書かれてた織姫の髪型がポニーテールだったから、だって」
「……なにそれ、バカみたい」

 あまりの理由に苦笑が漏れた。織姫もそんな理由で七夕が変な記念日になってるなんて思いもしないだろうなぁ。

 
 と、そこでついに月が雲に隠れた。
 今まで私たちを照らしていた光はなくなり、代わりに人工的な明かりが存在を主張し始める。

「……あー、曇っちゃったわね。この感じだと雨も降ってきそうだけど、どうする? 中に入る?」
「んー……いや、屋根のあるところに行こう」
「そ。じゃあ行きましょう」

 二階部分が出っ張った、雨が降ってきても濡れない場所に酒瓶とツマミ、ゴミ袋を持って移動する。空が多少狭くなったが、月見ではなくなったからそんなことは関係ない。私は蓮子の対面に腰を下ろす。
 再び、沈黙。ぱりぱりぼりぼりと煎餅をかじる音と、猪口に酒を注ぎなおす僅かな水音だけが響く。
 その空気の中、口を開いたのは蓮子だった。

「そう言えば、さ」
「ん?」
「七夕の雨って催涙雨、って言って、織姫と彦星の涙らしいね」
「へぇ、そうなの? 私、元はこっちの人じゃないから七夕伝説なんてさわりしか知らないし」

 頬杖をついて、ぼんやりと曇り空を眺めている蓮子を正面から見つめ、言葉を返す。

「うん。七夕に雨が降ると、天の川が増水して彦星が織姫に会いに行けなくなっちゃう。それを悲しんだ二人が流す涙が、それなんだって」
「ふぅん」

 そのまま、二人揃って口を噤む。猪口に入った透明な液体を舐める。
 でも、それではあまりにも悲しくはないだろうか。この七夕の日は、24%しか晴れない。去年だって、その前だって、こっちに来てから七夕の日に晴れた記憶なんてない。いつも、雨が降っていた。ならば、二人はいつも泣き続けではないか。毎年、互いを思って涙を流す。

 救いのない話だ。
 アルコールが回り、少しふらふらする頭でそんなことを考えた。
 救いがなければ、作ってやればいい。
 そう考えて、猪口を一気に傾けた。

「……じゃあさ、蓮子。曇りはどうなの?」
「え? 曇り?」

 予想外だ、と顔に書いてある。蓮子にしてみればなんとなく口に出してみただけだろう。私が食いついたのが意外だったようだ。
 蓮子は頬杖をついたまま、視線を虚空に遣る。

「んー……特になかった気がするなぁ」
「じゃあ、こうしましょう」
 
 蓮子は驚きの色を顔に表していた。
 私は猪口になみなみと酒を注ぎ、一気に飲み干す。これから言うのは酔った勢いで出た戯言。そう思わないと恥ずかしくて言えたもんじゃない。

「曇りはね、ひっさしぶりに会えた二人がいちゃつくのを見ていたお月さまが、恥ずかしがって顔を隠してしまうからなのよ」

 一息に言いきり、再び猪口に注いで飲み干す。前に座る蓮子は先ほどまでの色を消し、微笑を浮かべていた。

「そっか。そだね。そりゃあ、久々に会っていちゃつくのを見てたら、きゃー、ってなるよねぇ」
「そうそう、そういうことにしておきなさい」

 蓮子につられて、私も頬が緩む。こういった恥ずかしいことでも笑わないでくれる蓮子が、こういう時は有難く思う。

 そして、ついに雨が降ってきた。

「あー、降ってきちゃったね」
「そうね」

 降ってきた雨は、ぽつぽつと地面に染みを作ってゆく。

「じゃあ、この雨はどう解釈しますかね」

 体を乗り出し、笑みを浮かべてそう聞いてくる。その笑みは、決して厭味なものではなく、ただ純粋に好奇心だけによって出来ていた。
 私もその期待に応えてやるとしよう。腕を組み、人差し指を立てる。

「そうね、雨によって天の川が増水する。これはどうしようもない事実だわ」
「ほうほう」
「でも、このタイミング。いろいろいちゃついて、さて帰るか、と言ったところに雨が降ってきて増水。これでは帰れない」
「うんうん」
「だから天の川の水位が戻るまで、泊まっていくことを告げる彦星。それを聞いた織姫がうれし泣きをして―――」

 私は視線を外に遣る。雨は強まっていて、所々に水溜りができ始めていた。
 組んでいた腕を解き、体ごと外を向く。

「―――こうなるわけよ」
「……うん、いいね、それ。なんか、綺麗」

 きれい。確かに綺麗だ。織姫の涙は、街灯の光を受けてきらきらと輝き、光の粒となって地に落ちる。
 いつもなら見向きもしなかっただろう。むしろ、鬱陶しいとさえ感じていたかもしれない。でも、今日だけはそう思えなかった。

「……そうね、綺麗だわ」

 そのまま、きらきら光る、しとしと落ちる織姫の涙を二人で眺めていた。









 雨は、3日間止まなかった。
                                     

                                           

















 後日。
「ねぇ、メリー。なんであんな話したの?」
「あんな話って?」
「いや、七夕の時さ。メリーがあんなに食いつくとは思わなかったから、さ」
「……救いのない話は嫌いなのよ」
「ふぅん? ……誤魔化してない?」
「誤魔化してないわよ。なに、疑うの?」

 そう返すと、蓮子は肩をすくめて、そのまま前を向いて歩きだした。



―――もし私に救いがなかったのならば。おそらく、ずっと一人だっただろう。

―――だから、どんな話でも私にできる限りの救いを与えてやろう。






 前を歩く蓮子の背中をしばらくじっと見つめ、私も後を追って駆け出した。

                                                        Fin.
 今年の七夕は満月と重なりましたね。天の川も、一度は見てみたいものです。

 東方作品6作目、今回は毛色を変えて。少し時期外れかもしれませんが、らすぼすです。ここまで読んでくださって有難うございます。
 もしよろしければご意見、ご感想お願いいたします。
らすぼす
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.790簡易評価
10.90名前が無い程度の能力削除
これはいいやりとりですねぇ
13.100何か書きたい削除
のんびりとした雰囲気が良かったです。
16.100名前が無い程度の能力削除
メリーがどうして『救いがなければ、作ってやればいい』と思ったのか、
その伏線になるような何かがあれば、もっと深みのある作品になったかと。
ただ、確かに良い雰囲気で、こういうお話もありだな、と思いました。
19.80母止津和太良世削除
ちゅっちゅ
21.100名前が無い程度の能力削除
やはり蓮メリは最高だな