1 白玉楼
いつになく眠りの浅い夜だった。朝、半人半霊の魂魄妖夢は目を覚ました。
視界に入って来たのは、いつもと変わらない白玉楼の天井。ゆっくりと上半身
を起こす。そして、眩しい日差しが障子から・・・。
「・・・?」
おかしい。目の前の障子から、朝日が溢れてこないのだ。
(ひょっとして、まだ夜だったのでしょうか?)
そっと障子を開ける。すると、庭を臨む縁側には、静かに月の光が満ちていた。
縁側の一角には、人影が、ひっそりと佇んでいた。
「あ、幽々子様・・・」
死を操る程度の能力を持つ、西行寺幽々子その人だった。青白い光を受けて輝い
ている。
「ど、どうされましたのですか?」
私の存在に気付き、彼女はこちらに振り向いた。
「どうって、ただの暇潰しよ。妖夢はどうしたの?」
「えっと、その、・・・変だと思いませんか!?」
私の言葉に彼女は訝しげに首を傾げた。
「いつもより、夜が長い気がするのです」
すると彼女は、私にそっぽを向いてこう言った。くすくすと笑いながら。
「そんなのいつもと同じよ。」
「そ、そうですか・・・」
妖夢を背に、幽々子は嘲笑っていた。彼女には、全て分かっていた。
(こんなこと、あの子に分かっても無意味だわ。この異変は、もうすぐ解決す
る。だから私の出る幕ではないわ。)
私は月を見上げた。
(けれど)
そして、妖夢に振り返る。きょとんとしている彼女に、私はこう促した。
「なんなら博麗神社に行ってみなさい。」
きっと、何らかの役には立つだろうから。
2 紅魔館
―同じ頃―
今日もテラスで咲夜が淹れてくれた紅茶を、優雅に飲んでいた。紅茶を飲み終
え、私は傍らに立っている咲夜に言った。青白い月を見ながら。
「咲夜。ちょっとおかしいと思わない?」
咲夜はティーカップを片付けながら応えた。
「おかしいって、・・・何がです?レミリアお嬢様。」
どうやら、咲夜ではないようだ。ここで説明を垂れるより、咲夜と一緒に神社へ
行ったほうがいいだろう。
「ちょっと来てほしいの。神社まで。」
「は、はい・・・」
その時、ドアが開く音がした。ドアの向こうには、パチュリー・ノーレッジがい
た。ウヴル魔法図書館の主である。咲夜が挨拶した。
「おはようございます、パチュリー様。どうされましたか?」
「おはよう咲夜。・・・神社へ行くのね?なら、あなた達も気付いているのかし
ら?この異変に。」
パチュリーの意味ありげな言葉に、私も声を低くして答えた。
「あら、気付いているわよ。私はね。咲夜は知らないけど。」
するとパチュリーは不敵に嘲笑った。
「くすくす。それは結構。けれどね、この咲夜が気付いていないとは到底思えな
い。どうせ、分かっていないフリしてるんでしょうけどね。」
咲夜は一瞬、視線を鋭くさせた。
そして、そのままテラスへと歩いてゆく。彼女の眼は、満月を捉えていた。
「満月が朝になっても夜空に居座り続ける。これは、並の妖怪や巫女が行える事
ではない。」
そして、私に振り返る。
「どうか、犯人が【宇宙人】でない事を祈りたいわ。」
私と咲夜は、殆ど同時に言った。
「そうね。」
3 魔法の森
魔法の森の中を足早に通り過ぎる二つの影。それは紛れもなく魔導書を片手に抱
える私と、私の隣を箒で飛んでいる魔法使いだった。
「魔理沙はいいわよね。小走りしなくてもよくて。」
魔理沙と呼ばれた、黒い魔女帽子を深々とかぶる魔法使いは鼻を鳴らした。
「これは魔法使いの特権なんだから、仕方がないだろう?アリスだって人形遣い
なんだ。それくらい朝飯前だろ!」
私―人形遣いのアリス―は、奴に言い返した。
「そんなこと出来てたらこんなに苦労してないわよ!!」
それを無視して魔理沙は言う。
「で、犯人は誰なんだろうな。・・・ひょっとしてアリスか!?」
「そんなわけないでしょ!犯人なんて一人しかいないじゃない!」
そこで区切り、吐き捨てるように言った。
「どうせ霊夢よ!!!」
魔理沙は溜め息をついた。
「おいおい・・・。いくらなんでも友人を疑うのはなしだろ。」
じゃあ、誰を疑えってんのよ。
「紫。」
・・・。
「とにかく、博麗神社に行ってみれば分かるって言ったの、アリスだろ?」
「う、うん。そうだけど・・・」
魔理沙は私に笑いかけた。
「なら早く行こうぜ!」
この【終わらない夜】の原因を探しに、私達は神社へ向かう。
薄明るい月明かりに照らされながら。
4 博麗神社にて
一方。
いる。さっきまで居なかった何者かが、この境内にいる。その「何者かが誰か」
を、私の勘が教えてくれていた。そう、私の勘は絶対的。だから・・・
―私の後ろには紫がいる!
「「やっぱりあんたか。夜を止めたのは」」
二人同時に言った。私は鳥居の方へ振り向く。賽銭箱を背に、私―巫女の博麗霊
夢―は声の主と対峙する。そいつは、境界に潜む大妖怪の八雲紫だった。
紫は切れ長の目で、にやりと笑った。
「・・・じゃなさそうね、その態度から見ると。」
「どーいう態度よそれ?じゃあ、あんたじゃないってことね。犯人。」
紫ではないのか。じゃあいったい、誰がこんなに長い夜を作ったって言うのか。
「うーん、宇宙人とか?」
「そんなわけないでしょ紫。どうせ、咲夜らへんの仕業よ。」
その時。
「「霊夢に紫!」」
ザッという音と共に、紫の後ろの階段から現れたのは、見覚えのありすぎる奴ら
だった。
「「あんた達、夜を止めたでしょう!?」」
・・・はあ?
「なんで?むしろ聞きたいのはこっちよ!」
紫も賛同する。
「同感。」
神社にやって来たのは、アリスと魔理沙、咲夜にレミリアだった。もう一人、来
そうな気がしたが・・・。
「あんた達が違うのなら、他に誰がいるって言うのよ?」
アリスが言うのはもっともだ。冥界の幽々子がするとはとても思えない。鬼の萃
香も出来ないし。神様の神奈子や諏訪子もあり得ない。幽香もそんな事する性分
じゃない。レミリアの妹のフランドールだったら、今頃幻想卿は壊滅している。
「紫、あんたのところの藍は違うの?橙は?」
「・・・そうだったらこんな所にはきてないわよ。」
レミリアが大きく背伸びをした。
「ならいいわ。犯人なんか分かってるしどうでもいい。さ、帰るわよ。咲夜。」
「え゛!?もう帰るんですか!?」
咲夜は仕方なく慌ててレミリアの後を追いかけていった。
まったく、どいつもこいつも私がしたと疑ってるなんて。魔理沙だけは違うと信
じていたのに。これだから人は(妖怪は)信用できないのよ。
「・・・なんでみんな・・・。私達じゃないのに・・・。」
腕組みして呟いていた独り言が、魔理沙に偶然聞こえていたらしい。魔理沙は私
を見て、何やら閃いたようだった。
魔理沙が呟く。それを私達はじっと聞いていた。
「・・・霊夢でもない。アリスでもない。紫でも、咲夜でもレミリアでもな
い・・・。じゃあ、夜を止めたのは一体、誰なんだ・・・?」
その時だった。
空から笑い声が響いたと思うと、鳥居の向こうに三つの影が現れた。何やら兎
の耳らしき物が頭にくっついている影もある。・・・まさか、兎?
「な、なによあんた達!勝手に人の家に入らないでよ!!!」
住居不法侵入の訴えも空しく、影たちは境内へと入ってくる。それらは、月の光
を浴びていくうちに、だんだんと姿を明かしていく。
影達は鳥居をくぐり、境内に入ってきた。
「・・・う、兎・・・?」
どう見ても兎にしか見えない。兎の、背の低い方が喋った。
「あははは。馬鹿な奴らだね。まだ犯人探しをしているの?」
今度は背の高い方が喋った。
「こら、てゐ。そんな分かりきったことを。聞くまでもないでしょう?永琳お師
匠様?」
そして、三人目が喋った。
「そうね、鈴仙。」
なるほど、背の低いのはてゐ、高いのは鈴仙、三人目は永琳というのか。
「で、あなた達は何しにきたの!?」
「待て、霊夢!落ち着け。多分、犯人はあいつらだ・・・!」
え・・・?なんだって?
《後編につづく》
後編に期待