Coolier - 新生・東方創想話

チルノは大変な門番に紅魔館を更正させました ~パチュリー編~

2009/07/12 05:17:13
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ぽとり。
汗が地面に滴る。

「……はぁー、暑いなぁ」
誰も居ない、誰も来ない門の前、紅美鈴は紅魔館に来てから初めての夏の日を感じていた。

ぽとり。
丸い染みを作ったその一刹那先には、もうその染みは残っていない。

かんかんになって照りつける真っ昼間の太陽に、まるで肌を突き刺されるようだった。
この前日までは梅雨の残り香みたいな雨に助けられていたが、この日はまさに猛暑。
美鈴は、外の世界の太陽とは月とスッポンだなぁ、など初めのうちはのんきに考えていた。

ぽとりぽとり。
おっと、今度は二滴落ちた。

「…………妖怪にもきつい暑さとは、幻想郷恐るべしです」

目を細くして太陽の方角を恨めしそうに見やる。
晴れ自体は好きなのだが、同じ場所で同じように日光を浴びていれば飽きるし暑いというものだ。
館の中で静かに眠っている主が少しうらやましくなった。

ぽとりぽとりぽとりぽとり。
今度は四滴、ちょっと目がくらんだ。
少し館に戻って休もうかと思ったが、美鈴は主が自分を雇った時の状況を思い出して踏みとどまった。
余計なことも一緒に思い出してしまったが。


――散々彷徨って、少しは体も鍛えられたんじゃないかしら?これで何百年でも門番ができるわね。

圧倒的な存在に導かれ、救われ、惹かれ。この人についていこうと決めた。
その時の美鈴は心酔、といって良いほどレミリアを尊敬していた。

――ああそうそう、もしサボったり寝たりとかしたら……ね、そこの妖精メイドさん?

かなりびっくりした様子で近くにいた妖精メイドが顔を上げる。
気を使う程度の能力で見たところおっとりしていて妖精には珍しく気が弱そうな類だったが、やさしい気を持っていた。
主が何をするつもりなのか美鈴も妖精メイドもさっぱり分からないといった様子だった。

――たしかこの前、私の食器を割ったわよね。あの時は許したけど、やっぱり気が変わったわ。さようならよ。

そういった瞬間に妖精メイドの首が飛び、美鈴の顔に血がべっとりと張り付いた。
美鈴はかろうじて何起きたかをかろうじて見ることができた程度だった。
……できないほうがよかったと後悔もした。
ありえない速さで、硬く鋭い翼を振るって首を穿ったようだった。
その時美鈴はなぜこんなやつに心酔していたのだろうと心底自分が嫌になった。
そこでその力に抗えなかった、自分が。











ぽたぽた。
ぽたぽたぽたぽた。
ぽたぽたぽたぽたぽたぼたぼたぼたぼたぼたぼたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた。
汗の滴る音がやばい。
美鈴の寿命が脱水症状でマッハであり、妖怪であってもカカッと逝けるレベルだ。
(待て、これは汗なのか、いやない(反語)、ありえない、よく考えろ、素数を数えるんだ私、1、1、2、3、5、8、13)

それは素数ではなく、フィボナッチ数列であるが気にしてはいけない。初めのころの余裕はどこへやら。

「………………ふあぁぁあああぁえあー!暑いなぁいぇーい!!!」

ぶんぶんと頭を振り、汗を全身からの気の放出によって吹き飛ばす。
能力の無駄遣いとはまさにこのことである。

こんな、昨日までの門番生活と暑い以外は大して変わることはない生活、そしてこれから変わることもないであろう門番生活。







の、はずだった。























~チルノは大変な門番に紅魔館を更正させました(パチュリー編)~























ぼたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた どちゃっ!

「………………ハッ」
水の落ちる音が止まり、変わりに妙な音を聞き、正気に戻った。
音からして普通のものではないと思って一瞬身構えたが、その必要はなかった。

落ちてきた。
なんか落ちてきた。

水浸しで七、八歳ほどの子供くらいの位の大きさ。
うつろだった美鈴の眼が途端に鋭くなり、緊張感を帯びた。

氷精が落ちてきた。

青いショートカットの髪の毛に青いワンピース。
体は溶けかけて冷気がだだ漏れになっている。
こんな夏真っ盛りの炎天下になぜ氷精がいるのか。

「……何事?」

何が起こったのか見当もつかない。だが、目の前に『ぼたたた』なレベルで溶けた氷精が現れれば誰だって驚くというものである。

「う……」
「ちょ……大丈夫ですか!?今冷たいところに連れて行きますから!」

気を失ったのか、一瞬聞こえた呻き声も返事も今はない。
死んだのだろうかと一瞬思ってしまったが、それはなかった。

この精の中に大きな生気があるのが美鈴にはありありと見えた。
それも氷精という生き物にはまずありえない燃え盛るような気で、この氷精の性格がほんの少しだけ現れていた。

この時は自分の能力に感謝した。

しかし、生気がいくら燃え盛っていようとも、器となる肉体が溶けてはどうしようもないということも分かっていた。
美鈴はその氷精を抱きとめて、館の中に走りこむ。

しかし。
(冷たいところ?)
まだ館に住んで数ヶ月の身、冷蔵室や冷凍室が存在しているかすら知らなかった。
迷っている時間はない。

(氷……いや、せめて水があれば、応急処置くらいには……)

「ええい、とにかく何とかしなきゃ!」
そう口にすると、どこに行くかも分からずに体が自動的に動く美鈴だった。












本を読む。
ただひたすらに読む。
傍から見れば、その少女は本を読む事を楽しんでいる様子には到底見えないだろう。
読み終わった本を元の場所に戻し、その隣の本をまた読む。
ただ知識の吸収という作業を繰り返し続けるロボットのような生活。

だが、知識の魔女、日陰の少女と呼ばれる彼女、パチュリー・ノーレッジにとってはそれが至福であった。

私は本の側にあってこそ私。
知識の探求こそがすべて。
知識が一つ頭に入ってくること。
それは小さな、それでいて何とも心地よい、彼女にとっての唯一の幸せであった。
当然誰にも邪魔はされたくない。
この時間を壊すものはみんな邪魔だ。

パチュリーがそう考えているのを知っていたから、館の誰もがその図書館に近づかなかった。
ときおり、紅茶や珈琲を持ってくる妖精メイドも、パチュリーのことが好きでも嫌いでもない。
仕事だからする、それだけ。

だが、その日はその静寂を打ち壊すものがやってきた。
そして、その静寂を打ち壊すものは、パチュリーの日常をも、いろいろな意味で打ち壊すこととなる。

コンコンとせわしなくノックをして入ってくる。
「失礼します。門番の」
「入っていいとは一言も言ってないわよ」

言葉を遮り、本から眼を離さずに冷たく言い放つ。
邪魔者が来た、そうとしか思わなかった。
扉の前にいる門番とやらが動揺している様子が眼に浮かぶ。
だがそれもすぐに消え、意識は本に向かった。

ここまでは、パチュリーの予測どおりだった。

ここまでは。

「……失礼しました。突然のご無礼申し訳ありません」
「私があなたの謝罪を求めているように見える?たいした用事でもないんでしょ、邪魔をしないで」

邪魔になるやつは、自分がそう言えばみな一様に気まずそうに逃げていく。
パチュリーもそれを当然のように思っていた。

だからこそ、驚いた。

「いいえ、邪魔をすることになってしまいます」

思わず眼を見開き、声の方向を向いてしまった。

紅いロングの髪に、中華風の服というすこし変わったいでたちだった。
スリットからちらちらと見える脚線美、端麗な顔立ち、と非の打ち所がない美女だった。
だが、パチュリーにとってそれは本当にどうでもいいこと。
驚いたのはその腕の中に溶けかけた氷精がいたことだった。
おおかた倒れてたのを見つけて助けたはいいが、どうすればいいのか分からずここに聞きに来た。、とかだろう。
しかし、パチュリーはやはりそれを邪魔だと思った。
妖精の一匹や二匹、いなくなってもなんら影響はない。
第一、冬頃になればまた復活するだろう。  
そんな生き物をなぜわざわざ助けるのか。

「無礼なことを自分が言っているのは承知の上です。この妖精を助ける方法を教えてください!」

美鈴はできる限りの誠意をこめ、頭を深く下げる。
だが、

「嫌よ」
「……なぜですか」

当然だといわんばかりの顔で、見捨てる、と言っている魔女。
美鈴は思わず怒りに任せて掴みかかりそうにもなったが、それは誰のためにもならないことを分かっていた。
そんな、美鈴の心の内など知るよしもなく、パチュリーは淡々と、冷たく、無表情に話し続ける。

「私にその妖精を助ける義理はない」
「義理がない、だから助けないと?」
「そうよ。助けたところで意味はないでしょう。冬になれば妖精なんて、また復活するし」
「意味はあります。今、この瞬間の苦しみをなくすことができます」
「……妖精にとってはよくあることだわ」
「……分かりました。ええ、分かりましたとも!」

刺々しい口調にもなおも美鈴は引き下がらず、問答を続ける。
パチュリーは苛立ち始めていた。

そして、顔は微塵も見せなかったが、美鈴はパチュリーのそれなど比にならないほど苛立っていた。
命を助けることをなぜ拒もうとするのか、美鈴の体は憤りに駆られて殴りかかれと叫んでいたが、なおも耐えた。
名も知らない一人の氷精の命のために。

「パチュリー様のことは……よく分かりました。ですが、私も引くわけには行きません。」
「……」
「パチュリー様の手は煩わせません。どうすればいいか、それだけでも教えてください!」
「……理解、できないわ」

理解できない。妖怪というものがこんなことを考えることがあるのだろうか。
理解できない。なぜこんな、どうでもいいことに必死になるのか。
ただちょっとしたお節介で助けたとしたら、さっき追い返そうとしたときに引き下がっているだろう。
だが、この門番の目にはそんな弱い光は灯っていない。
そして。
自分がなぜこれほど苛つき、この門番に嫌悪を示しているのかも、理解できなかった。
自分がなぜこの門番に、意味のない辱めをしようとしているのか、理解できなかった。
理解できない、それならばその事実を無くしてしまえ!

「……そうね、土下座して言いなさい」
「…………土下座、ですか」
「ええ、地に頭をつけて懇願すれば願いを聞いてあげる」
「……」

パチュリー自身、この行為に、意味がないことなど分かっている。
自分のついさっき言ったことと矛盾している。
だが、目の前の黙って立っている門番を見て喜んでいる自分が、大きな矛盾を無視している。
普段のパチュリーならば絶対にしないであろう、怒りに任せた言動。
自分自身の口の端が醜く歪むのが分かる。たまらなく嫌になった。
だが今は、目の前できれいごとを並べ立てている門番の心をへし折ってやりたい一心だった。

「その妖精を助けたいのでしょう?」
「ええ、助けたいです。」
「助けたいのならなぜすぐにしないのかしら?」
「……っ」

どうせ心の中では私を卑下しているのだろう。
プライドが大事で、土下座などできやしないだろう。
すごすごと帰っていく門番の姿が眼に浮かんだ。
そんな考えに、パチュリーの心は支配されていた。

だが。
「……一刻を争うことです。ですから」

膝をつき、頭を床にあて、土下座した。

「このとおりです。方法を教えてください」
「……っ!」
「どうか、お願いします」
「……立って、頭を上げて!」

予想だにしていなかった結果に、驚きを隠せない。
美鈴も驚いたのか、ゆっくり立ち上がる。

(なんで、見知らぬ妖精なんかにここまでするというの、理解できな……)

思考が中断される。
目の前に現れた、予想だにしない表情。

笑顔。

「なぁっ!?」

あまりの混乱に素っ頓狂な声を上げる。

「な……なぁっ?」

「あなたは……なんで……こんなときに笑っていられるのよ!」

先ほどまでの怒りのこもった表情とは打って変わって、晴れ晴れと、うれしそうな笑顔。
それも、強い意思のこもった凛々しい雰囲気も漂わせる。
これが更にパチュリーを混乱させる。

「……とりあえずこの話を終わらせる」
「パチュリー様」
「何よ……」
「ありがとう、ございます」
「……」

何を言っていいか分からずうつむいたまま硬直する。
今までのことなどなかったかのような清々しい笑顔でドアに手をかけている美鈴の顔などまともに見れないから。

「何でもいいから……大き目の箱を取ってきて」
「はい!」

返事を返し終わる前に走り出す。
よぉし待ってろよぉぉぉぉ、と叫びながら図書館の巨大な扉を閉めて走っていった。

気絶している溶けかけの氷精とその場にぺたりと座り込んでしまったパチュリーだけがその場に残された。
「何だっていうのよ……」

パチュリーは自分の凍った心も、混乱とは違うもので解けかけていることに、まだ気づいていなかった。











ガゴン!
「取ぉってきましたぁ!」

小さい物置だ。中身は入っていないのか乱暴に床に下ろすと音が響く。
パチュリーは先ほどまでのことをようやく整理しながらもまだ、その場にぽけー、と座っていた。
いつもどおりの日常の天地がひっくり返ったのようなものだ。仕方ないといえば仕方ない。

「パチュリー様!」
「えっ、あっ」
「持ってきました!どうすればいいですか」
「……まずそこに置いて」

「はい!」
ガゴォン!

「……静かに置きなさい」
「あ、ごめんなさい」

これ以上ないくらい嬉しそうな笑顔ですっ飛んできた美鈴と物置に現実に引き戻される。

「で、これをどうするんですか?」
「氷精だからある程度冷やせばいいのよね……美鈴、ドアを外して上向きに置いて」
「あ、初めて名前で呼んでくださいましたね、ありがとうございます。っといやぁ!」
「……別にそれを避けていたわけではないわ、あなたなんか…………嫌いだもの」
「あらら。嫌われちゃいましたか。でも」
「……」
「それでもかまいません。これから好きになってもらえばいいんですから」

また笑顔で返されパチュリーはもう黙るしかなかった。
また、それによって氷精のことを考えている余裕などなくなった。
人が来たことが嫌だったのであって、美鈴のことなどレミリアからの話で少し聞いた程度で好きも嫌いもなかった。
だが、今のパチュリーはなぜか美鈴のことを嫌いとしか言えなかった。

美鈴がドアを外す。
溶けた氷精の直し方など今まで読んだ本にはなかったが、要は冷やして体積が足りるようにすればいいのだろう。
やることはちゃっちゃとやったほうが効率がいい、だからこんなことをやっていうのだと、そう自分に言い聞かせる。

「水でも大丈夫よね……」
「聞かれても分かりませんが……たぶん、大丈夫かと?」

言うが早いか、パチュリーは指先で空中に文様を書き始めた。
青い線が、空中に緻密な魔方陣の形を作っていく。
美鈴は珍しいものを見るような眼でそれを見ていた。
それをいくつか作ると扉の外れた物置の上に浮かべ小さな声で呪文を唱えた。

バシャアッ!

勢いよく水が吹き出て物置の中に瞬く間に溜まっていき、満杯になった。
すると、パチュリーがさっきと同じ要領で水色の魔法陣を書き、物置に貼り付けた。

「それを扉の外に持っていって、その氷精を入れてちょうだい」
「分かりましたけど、それで直るんですか?」
「ええ、いいから早く持っていって、水気はその子の溶けた分でたくさんだから」
「あ、はい!」

チルノを抱き上げ巨大なドアの外に出る。
パチュリーがまた小さな声で呪文を呟くと、魔方陣が物置に吸い込まれるようにして消えた。
そして、チルノの頭を物置の角に引っ掛けて中に浮かべる。
顔が水の中から覗くような姿勢にした。

「特に、何ともなりませんよ?」
「……せっかちね、黙って見てなさい」

パチュリーはその場に正座し、懐を探り出し大きな辞書を取り出した。
と、その辞書で物置を軽く叩いた。

「正座して辞書で叩く必要はあるんですか?」
「……うるさい、中を見なさい」

言われてそちらに目を向けると、美鈴はにわかには信じられないといった表情で物置の中の水を見つめた。

中の水がじわじわと凍っていくのだ。
初めて見る現象のようで、素直に驚いている。

「これは……なんていうか、凄い魔法ですねぇ」
「厳密には魔法ではなく物理的な法則に基づいた現象よ。液体の状態で極限まで冷やした水に衝撃を与えるとそうなるのよ、魔法で温度をいじっただけ」

数十秒したところで中の水もすべて凍った。
そして。

「むぅう……んぉ?わたしは……とけしんだ?」

生き返った。いや別に死んでたわけじゃないが。
美鈴が思わず抱きつく。その両眼には嬉し涙も浮かんでいる。

「溶け死んでませんよーっ!あぁ無事でよかったぁー!」
「むわぁっ、溶ける溶ける溶けるから離れてってば!ってなんか動けないし!!!」

パニック。

「ごめんなさい!でもうれしくてほお擦りせざるを得ないのっ!」
「とぅぉーきゅぇーるぅー!!!」

よほどびっくりしたのか、ものすごい勢いで舌が回っていない。
いや、ものすごい勢いというのはよく回ってるときに言うものだから間違いかもしれない。
ちなみに、パチュリーは完全に蚊帳の外。

「これを、幸せっていうのかしら……」

そう一言だけ言い残し、パチュリーの姿は図書館のドアの向こうに去っていった。











本を読む。
ただひたすらに読む。
傍から見れば、その少女はいつもと同じロボットのような生活をしているように見えるだろう。

だが、知識の魔女、日陰の少女と呼ばれる彼女、パチュリー・ノーレッジは今、妙な気分で日々を過ごしていた。

私は本の側にあってこそ私。
知識の探求こそがすべて。
知識が一つ頭に入ってくること。
それは小さな、それでいて何とも心地よい、彼女にとっての唯一の幸せだったはずだ。
当然誰にも邪魔はされたくないなかったし、この時間を壊すものはみんな邪魔だとも思っていたはず。

パチュリーはそう考えていたはずなのに、最近は館の誰もが、図書館と距離が狭まった、と感じていた。
ときおり、紅茶や珈琲を持ってくる妖精メイドは、パチュリーのことが好きでも嫌いでもなかった。
だが、仕事だからしているだけ、というわけではなくなった。
ある日ある妖精メイドが、普段と雰囲気が違うなぁ、と感じ、思い切って仕事とは関係のない雑談を持ちかけてみた。
すると、本から顔を上げ、そっけない口調ながらもその話題に乗ってくれたのだ。
パチュリーからすれば邪魔ではあったが、妖精メイドと話していれば美鈴のことを思い出さなくても済むので話に乗ったまでだ
それからというもの、パチュリーは来るたびにどうでもいい話題を振ってくる妖精メイドに対応しなければならなくなった。
早い話が、みんなして静寂を打ち壊しているのである。

その日は特にパチュリーにとって迷惑な、静寂を打ち壊すものたちがやってきた。
そして、その静寂を打ち壊すものたちはパチュリーの壊れた日常を、もっといろいろな意味で打ち壊す。

コンコンとせわしなくノックをして入ってくる。
「失礼します、パチュリー様。紅美鈴です」
「チルノが来たよー!」
「…………………………入って」

言葉がうまく出てこない。誤魔化すために、本から眼を離さずに冷たく言い放つ。
邪魔者が来た、ある意味そう思った。
美鈴から見れば、本棚の前にいるパチュリーが動揺している様子が丸見えである。

「だがそれがいい」
「ん?いきなり何さ?」
「あ?あぁいや、別になんでもないですよ」
「そーなのかー」
「それはチルノの台詞じゃない」
「そーなのね!」

初めちょっとだけ不穏な声が聞こえたが、チルノによって華麗にスルー。ナイスだ。

「見たところ氷精……チルノって言うのね、元気そうだけど」
「げんき!」

すっかり回復したチルノは美鈴のまわりをちょこまかと飛び回りながら、パチュリーにVサインを出した。
パチュリーにとってはすこし元気すぎて鬱陶しかったが、文句が言えるほど心に余裕はなかった。
あれは冷静に考えればただ言葉だけでも謝罪すれば済むこと。
それで普段どおりの生活に戻ればいい。
言い訳を必死に作ってみるも、気分は落ち着かない。

なにせ、目の前に何の罪もないというのに土下座させた相手がいるのだから。

それだというのに今その相手は、屈託のない、無邪気な笑顔で、妖精とじゃれあっている。
なぜ、なぜ土下座をさせられ誤りもしない奴の前に笑いながら現れ、楽しそうにしていられるのか。
それを確かめたかった。

「ところで今日は何の用かしら」

本で顔を隠し、動揺も押し込める。

「いえ、用事というか、チルノが元気になったから報告に」
「うん!えーっと……まじょりー?」
「パチュリー、よ。たいしたことはしてないから、お礼なら美鈴に言って頂戴」
「いやあ、私はチルノを見つけてパチュリー様にたすけてー、って言っただけですから……」
「うーん……よく分かんないけど、私を助けてくれたんだから、二人ともありがとうだね」
「いやぁ、あんまりほめられると照れちゃいます」

てへへ、と笑いあう美鈴とチルノ。
ほのぼのとした空気が場に流れる。
美鈴は気を遣ってくれたのであろう、チルノの天性の明るさも相まって少しだけパチュリーを勇気付けた。

「美鈴、ちょっと、ほんのちょっとだけ二人で話をしたいのだけど、いいかしら?」
「はい、いいですよ。じゃあチルノ、すぐに終わるから外に出て待っててもらえますか?」
「うん、わかった!」

すぐさま飛び去っていった。
妖精が他人の言うことにあれだけ素直に従うことは普通ならまずないことである。
パチュリーはそれを見て確信する。
やはり美鈴には人を惹きつける何かがあり、自分もそれにあてられて、変化していっている。

溶けかけた心が、雪の中から顔を出した。

「まず一番最初にあなたに言わなきゃいけない言葉があるわ」
「何でしょう」

すべてを知っているような、それでいてすべてを受け入れてくれるような心強い声に、心を決める。

「……ごめんなさい」

この様子を紅魔館の他の連中が見たらパチュリーの頭がおかしくなったのかと思うだろう。
普段から他人を冷たく遠ざけていた無表情な魔女の顔が、大きな罪悪感の中で落ち込んでいるのだ。
美鈴もそんな様子を見て表情を若干引き締める。
が、やはりそこには相変わらず悪意や恨みなどはなかった。

「……この前のこと、ですか?」
「ええ、私は……とても馬鹿なことをした、意味がないって……あなたを傷つけるだけと分かっていた」
「はい」

美鈴はただ真剣に、真正面から言葉一つ一つを受け止める。

「あなたは……なぜあの時、気持ちを抑えて土下座をしたの?それが、理解できなかった」

帰ってきたのはとても簡単な答え。

「うーん、守りたいから、とでも言いましょうか」
「……」            
「人が苦労してるのを見過ごせないタチでして。お人よしなんです、きっと。それだけです」
「なら……顔を上げた時、なぜあなたは笑っていたの?」
「自分でもよく分かりません。でも、嬉しかったのは確かです」
「……分かったわ。分からないけど、分かった」
「どういう意味ですか?」
「あなたという人がようやく理解できた」

美鈴の答えはとても率直だった。
有無を言わせず、そうかと納得してしまうような、芯の通った言葉とでも言えばいいか。

「じゃあ、私からもひとつ質問です。はい、いいえ、どちらかで答えてください」
「何かしら」
「今までの自分に戻りたいですか?」
「難しい質問ね、でも戻っても普通に暮らせる自身はある、そう言われたらどうするの」
「ふむ……じゃあ今度は逃げ場をなくしちゃいましょう」
「……そうね、どうぞなくしちゃってちょうだい」

逃げ場のない、YESとNOだけの質問。
戻るか行くか、ということだ。

もう凍った心は解けた。
答えは決まっている。

「今は、昔より楽しいですか?」

自信を持って答える。

「ええ、楽しいわ、とっても」

人と話すことがこれほど楽しいとは知らなかったから。
人と話すことがこれほど新しいことを教えてくれるとは思わなかったから。

なにより、人と一緒にいることが、嬉しい。

「ふふ、よかったです」

美鈴がいつも以上に嬉しそうに笑う。
パチュリーも、美鈴に負けないくらい嬉しそうに笑っていた。
チルノ「ところでさ、私ってなんで出てきたの?」

パチュリー「知らないわよ」

美鈴「大人の都合って奴じゃないかなぁ」

チルノ「おとなはずるい」

美鈴「そういえばチルノは何であんなとこ飛んでたの?」

チルノ「大ちゃん……友達のアイスとったら怒られてひなたに出された」

美鈴・パチュリー「………………」









はじめまして。
初投稿にビビりまくって、さっき指が痙攣しました。むらさきかもめです。

それはさておき。
自分で読んでみても、展開にちょっと無理があるかと思ったんですが、友人に見せたら、思いのほか良かったと言ってくれたので、思い切って投稿してみました。

ちなみに、おぜうさまの話が冒頭でちょっとだけ出てきているのはレミリア編を書くためのちょっとした布石(になる予定)です。そしてチルノはレミリア編で大活躍します。こっちは決定。

また、キャラごとにこういう風な性格を想定しただのここはこういう風に考えた
だのいろいろあるんですが、ここで書くと長いのでカカッと省略します。

まぁ今気にしてることは、『美鈴は大変なものを盗んでいきました。』にしちゃって良いかとか。ってこれじゃ意味わかんないか;;
でもパチェは今の時点で盗まれてもまんざらじゃなさそう。

ここがちょっと気になる、これはこうしたほうがいい、などや感想などありましたら、コメントいただけると嬉しいです。

あと、「めーぱちゅって珍しいのかしら?でも乙女力があればあんま関係ないわよね」ってパチュリーが言ってた。

それでは。
むらさきかもめ
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コメント



0.1890簡易評価
3.100謳魚削除
うおおー!めーぱちゅうおおー!

……こんな事しか言えませんorz
4.90名前が無い程度の能力削除
めーぱちゅってか美鈴とパチュリーがらぶらぶちゅっちゅなの好きです。
めーぱちゅは少ないけど愛があれば何でもできるさ。
紅魔館更生パチェ編ってことは他の人たち編もあるってことですか?
美鈴がフラグ立てまくるのを待ってます
6.無評価むらさきかもめ削除
こんな朝早くから読んでくれてる人がいるなんて。
ありがたい限りです。

共感してくれる人はやはりどこにでもいるのですねぇ。うんうん。おっと涙が
らぶらぶちゅっちゅに関しては、私の愛は足りてるのでパッチェさんが『そこまでよ!』しなければいずれやると思う。

ちなみに他の人たち編もやります。
私の予定としては、今作の
『カリスマだけどなんか怖い紅魔館』から『カリスマブレイクだけどあったかい紅魔館』
まで、だんだんギャグっぽくしながら進めていくつもり。
フラグハンターも短編の番外編としてやってみようかなぁ
7.100名前が無い程度の能力削除
いい作品だ。うん、とてもいい作品なんだ。
ただ一つ、小悪魔が出てこないことを除けば。
8.80名前が無い程度の能力削除
大ちゃん怖い…
13.100名前が無い程度の能力削除
うん、初投稿とは思えない出来。これからもがんばれっ!
19.70名前が無い程度の能力削除
結構おかしな文が多かったので、それさえ修正して頂ければ純粋に良い作品だと思います
24.70名前が無い程度の能力削除
美鈴が自分の信念を挫けないようにする決意のため?
冒頭でレミリアが妖精メイドをピチュるシーンは必要だったのでしょうか。

それよりも美鈴がレミリアに心酔する様になった過程を描写した上で,
美鈴の信念を貫く気質をレミリアも認めたようにしたほうがよかった様に思えました。
34.無評価むらさきかもめ削除
暖かいコメントを残して下さる方がいて、私は幸せ者です。
まさかここまで評価されるとは思っても見ませんでした。感謝感謝。
さて、コメ返です。

>>7小悪魔が出ないのは、ちょっと昔の話だからまだパチュリーが召還してないんです。
レミリア編で出すつもりなので、というか活躍するつもりなのでもうしばらくお待ちを。

>>8さん、大ちゃんはSM両方兼ね備えててチルノをいぢめたり、チルノにいぢめられたりしてます。

>>10,13,19さん、ありがとうございます!実は小説書いたこと自体はほんの何回かあるんです。
ですが、人に見られると思うと……もうすこし注意して文を書くように気をつけます。

>>24さん、あのシーンはレミリア編の伏線にするためだったのですが、冷静に考えるとちょっと場違いだったかなと反省しております;;
ちなみに、レミリアが美鈴を雇ったこと自体はきまぐれで、信念を貫く美鈴を認めさせるのはレミリア編で書きます。
36.90名前が無い程度の能力削除
まず率直に感想を
大変面白くかつ文章もかなり良くできていると思います。
展開やストーリー自体も個人的には違和感を感じませんでした。
あと読後感のすがすがしさも個人的に大変気に入りましたね^^

初とのことなので相当に良く練って何度も読み返したと想像します。この出来は正にその成果と証明と言えるでしょう。(サクッと書けたのならむしろセンスに脱帽

一つだけ口を出させてもらうと焦らず妥協の無い文章を忘れないでもらいたいと思います。
他の方の評価も高く続編へのモチベーションも上がっていることと思いますが、早く投稿しようと急いでいると無意識のうちに妥協が働きがちです。
自分の最高の表現をゆっくりでも形にしていくことがゆくゆくは上達にもつながることと思います。

偉そうで恐縮でしたが一読者として末永く応援したいと思います、続編執筆頑張って下さい。
44.90名前が無い程度の能力削除
めーパチュめーパチュ!!
続きに期待して、この点数で。
46.100名前が無い程度の能力削除
個人的にはこの殺伐とした館をどこまで明るくできるか見物です。
そういえば、誰誰が活躍する、とかって書いちゃうと次回作の展開が狭まっちゃいませんか?自分はSS書いたことないからよく分かりませんが。
ちょっと気になったところを書くとすれば、文の表現のバリエーションが少ないかな?と。
とはいえとても良くまとまっていて読みやすく、内容も濃くて面白かったです。
次回作ガンバれ!