「という訳で記念すべきフラン500歳の誕☆生☆日! 本人には内緒で企画したサプライズパーティーよ!」
「はぁ……さいですか……」
昼下がりの博麗神社、吸血鬼のくせに真っ昼間からテンション高めのレミリアの言葉に霊夢はうんざりした調子で相鎚を打つことしか出来なかった。
「何よ霊夢、祝いの言葉の一つくらい無いの?」
霊夢の憮然とした態度にレミリアは不機嫌そうな顔をしている。
「何が悲しくて妹君を祝う言葉をあんたに向かって言わなきゃなんないのよ――ていうか何だってそのめでたい日にわざわざウチに来てんの?」
縁側で一人優雅に午後のお茶を楽しんでいたところにズカズカと上がりこんで来て騒がれたのでは機嫌も悪くなるというものだ。
ましてや茶柱を見つけて『今日は久々に参拝客が来るかも♪』などと浮かれていた矢先に悪魔がやって来たとあらば尚更である。
「つれないわねぇ……招待しに来てあげたんじゃない? 霊夢が来てくれればフランもきっと喜ぶわ」
「私より魔理沙あたりを招待した方がいいんじゃないの?」
「そっちは咲夜が招待状の一つも出してるでしょ。それに何もそれだけが用事って訳じゃないしね」
「他にも何かあるっての?」
「ええ、話せば長くなりそうだからお茶でも入れましょう?」
「客人の言う台詞じゃないわね」
もっとも客人扱いした覚えも無いのでおあいこである。
霊夢はいつも通りに四番煎じくらいのお茶をいれてやり、湯のみを渡す。
レミリアはそれを一口飲んでため息をひとつ。
「いつも通り、渋々いれる割に渋味が少ないお茶だよねぇ……」
「悪かったわね、文句言うなら呑まなくていいわよ?」
「不味いとは言ってないわ」
そもそも普段は紅茶派――それも甘味の強いものを好むレミリアである。
お子様舌には渋味など少ない方がいいのかも知れない。
「で? 用事って?」
「ああ、何だっけ? 第四回ドロワ会談『スカートの裾より丈の長いドロワは是か非か』だっけ?」
「それについて語りたいなら私がお茶をいれるまでも無かったと思う是」
「一見すると黒白書記の語尾を思わせて即答とは流石ね議長……」
用件を訊ねたはずが全力で脱線した。
ダラダラと中身の無い話をするのはレミリアが神社に居座る際の常套手段である。
余談であるが第三回の議題は『ドロワの下に更に下着を着用するのは是か非か』であったが、そのときはプレイの一環としてのものを是とするかどうかで議論は白熱し、『結論は各々の心の中に』という妥協案に議論が収束する頃には日が暮れていた。
余談の余談であるが現在議員数は議長を含めて七、八人といったところである。
「レミリア、今日は時間がないんじゃないの?」
「そうだ忘れてた、フランの誕生日。誕生日って言ったらプレゼントでしょ? それで霊夢に相談ってわけ」
わざとらしく手を打って思い出した風を装うレミリアであるが目が笑っているので嘘であろう。
とはいえ霊夢はその事につっこまない。
レミリアのどうでもいい言葉の真偽をいちいち気にしていたらそれこそ日が暮れる。
「そこで私の名前が出てくる理由が分からないわね。相談相手なら咲夜がいるでしょ?」
「駄目よ、咲夜にはパーティー会場をフランのドロワで飾るという大事な仕事があるわ」
嗚呼、何だかものすごくしょーもない流れになってきたな……そう思い、霊夢は黙ってお茶を一口啜る。
「……あの紫もやしは?」
「パチェは水芸担当よ。フランの座った椅子が自動でウィンターエレメントするよう細工を施してるわ」
椅子から吹き上がる水柱によって宙高く押し上げられる哀れなフランドール。
果たして彼女は天井に飾られた予備のドロワを掴む事が出来るだろうか?
自分で考えて頭痛がしてきたので霊夢はまたお茶を一口、美味しい。
「駄目もとで聞くけど門番は……」
「美鈴には一連の計画をフランに感づかれないよう夕食まで彼女の遊び相手になるという使命があるわ」
「もしかしなくてもそれって……」
「全部私の指示よ。フランが驚く顔が目に浮かぶわ」
どうだとばかりに胸を張って答えるレミリア。
どうやら目の前の悪魔は『サプライズパーティー』の解釈に問題があるようだ。
霊夢はこめかみを押さえ、レミリアに諭すように話す。
「いいことレミリア? 『サプライズパーティー』ってのは『相手を驚かして楽しませる』ものであって『驚いた相手を見て楽しむもの』ではないのよ?」
「失礼ね、まるでフランが楽しんでくれないみたいな言い草はよして頂戴!」
「え何、私? 私がおかしいの?」
一切の迷いが無い口調で言い切られては自分の感性を怪しんでしまう。
いつか姉妹の縁切られるぞ――と忠告すべきか迷った挙句、これも一つの愛の形かと自分を納得させた。
そうだ、世の中には理解できずとも受け入れるべきことがある。
嗚呼、それにしてもお茶がおいしい。おかわり。
「まぁ私にお鉢が回ってきた理由は大体分かったわ。でもあの子の欲しいものなんて見当もつかないわよ?」
「それなんだけどね……やっぱり自分が貰って嬉しいものをあげるのがプレゼントの基本だと思うのよ」
「あんたにしちゃまともな意見ね。お茶なんかいいんじゃない?」
「誰も霊夢の希望を聞いた訳じゃないわ」
人の意見を聞かないのなら何故に相談に来たのか問い詰めたい。
きっと問い詰めたところで適当な事を言って話の腰を折られるので湯呑みを投げ付けたい。
自分が片付けをするのが目に見えているので霊夢は我慢した。
「じゃあ聞くけどあんたなら何をプレゼントするのよ?」
「……フランのドロワーズ?」
「疑問系で言われてもね……それであの子が喜ぶなら苦労しないどころか将来が心配だわ」
レミリアは発想は悪くないのだが発想から結論へ至る過程に重大なバグが発生しているようだ。
しかしながら霊夢は霊夢で『下着をプレゼント』と解釈すれば至って自然なアイデアである事には気付かないあたりが議長であった。
「とまぁ冗談はこのくらいにしておいて、実はもう考えてあるのよ」
「最初からそう言え」
冗談を言うなら時と場所と相手を選んで欲しい……冗談に聞こえない冗談などただの狂言だろう。
どこからどこまで冗談かは知らないが。
「いつかの誕生日にあの子が私にくれたものをそっくりそのままお返ししようかなって思うの」
「へぇ……」
あのフランドールがレミリアに贈り物とは意外や意外。
今この場では妹のことを嬉々として語っているレミリアだが、その実、フランドールを長きに渡って軟禁し続けてきた過去がある。
その境遇から考えるに『姉の誕生日にプレゼント』などという発想がフランドールの頭に浮かぶ事自体が一種の奇跡に思えた。
「もっと冷えた仲かと思ったけど結構姉妹してたんじゃない?」
「ええ、あの子からの最初で最後のプレゼント……今でも大事にしまってあるわ」
そう語るレミリアはどこか遠くを見るような目で微笑んだ。
歳相応と表現していいかは置いておき、その笑顔は喜びと同時に一種の物悲しさを感じさせるものだった。
先程までのふざけた雰囲気は何処へやら。正直なところ霊夢としては居心地が悪い。
これから祝いの席に向かうという矢先に湿っぽい思い出話なんぞ聞かされるのは御免である。
「まぁ……何か知らないけどそれでいいんじゃない?」
プレゼントの中身が決まった以上パッパと用意してサッサと会場に向かいたい。
きっと紅魔館では咲夜が腕によりをかけた御馳走を用意しているはずで……
きっと小悪魔あたりが文句言いつつその手伝いをしているはずで……
その喧騒の中にいればこの降って沸いたような湿っぽさなど気にはならないだろう。
「ええ、それでね霊夢、ここからがあなたに相談ってやつなのよ」
「うん? 相談ってプレゼントの事じゃないの?」
意表を突かれて間の抜けた声を出す。
それなら今しがた解決したじゃないかと思うが……よくよく考えれば相談らしい相談はしていないと言える。
何せレミリアは最初から答えを持っていたのだから。
「’それ’をフランに贈るにはあなたの協力が必要なのよ。幻想郷には存在しないものだから」
「ふむ……」
また話が大きくなったものだ。霊夢は内心ため息をつく。
つまり'それ'ってのは幻想郷の外の物なのだろう。
’それ’を探しに行きたいのならレミリアがここに来た事も合点がいく。
博麗大結界を越えて外に出る。プレゼントを用意して戻ってくる。
そのためには博麗の巫女の力が必要だ。
とはいえ一度幻想入りした妖怪を一時的とはいえ外に出してもいいものか?
「ていうか……そういう事ならもっと早く相談に来なさいよ……今夜なんでしょ?」
「まぁ用意するのに時間はかからないものだから……ついつい先延ばしにしちゃってね」
「うーん……力になりたいのは山々なんだけどねぇ……」
眉根を寄せてどうしたものかと考える。
何分霊夢の知る限り前例の無いことだ。
とは言っても霊夢が知らないだけで先代やそれ以前の巫女の時代には同じようなことがあったかも分からない。
巫女をしていながらそういった事に対して興味を持たないのもどうかと思うが……そもそも神社が妖怪の寄り合い所と化している現状を見ればそれすら瑣末である。
「だめ?」
「う……」
上目遣いで申し訳なさそうに尋ねてくるレミリア。
まぁ……いいか。
霊夢にそう思わせるには割と十分であったそうな。
「そうねぇ……紫あたりがゴチャゴチャ言ってきそうだけど何とかなるでしょ。協力したげる」
「さすがは霊夢! 話が分かるわ!!」
言うが早いか――レミリアは歓喜の叫びを上げながら霊夢に抱きついてきて……
「くれぃどる!!?」
猛スピードの錐揉みタックルは霊夢のお茶漬けの胃袋をまともに貫き、神社の縁側には少しばかり緑の濃い虹が架かった。
虹と共に吹き出された霊夢の魂魄は危うく白玉楼に向かうところだったが――幸い――というか割といつもの如く、三途の川の死神は全力の昼寝を敢行していたため何事も無く元鞘に納まることとなった。
――少女彼岸観光中――
「あら? おかえり霊夢。もう戻って来ないかと思って心配したわ」
「ただいまレミリア。もう心配いらないから放してくれない?」
霊夢が目を覚ますとレミリアは相変わらず霊夢に抱きついていた。
小さいとはいえ吸血鬼の怪力で抱きつかれていたのではまともに身動きが取れないので引っぺがそうとする。
が、レミリアは霊夢の腹に顔を埋めたまま頑として動かない。
「ちょっとレミリア? あなたがそうしてると何処にも行けないんだけど?」
「そうね、何処にも行く必要は無いわ」
霊夢を抱きしめるレミリアの腕は力を緩めるどころか先程までより強い力で霊夢を拘束している。
プレゼント探しはどうなった?
「あんたは’外’に行きたいんでしょ?」
「外? いいえ、’ここ’でいいわ」
「……レミリア?」
何かおかしい。
話が食い違っている?
どうして? いつから? 何処から?
自問する霊夢の脇腹に不快感。
這う感触――舌。
身体が硬直する。
「何をしてるのかしら?」
「何を? 何でもないわ」
あまりに唐突な展開に頭がついて行かない。
白昼夢でも見ているのかと思える光景が霊夢の眼下に広がっている。
三途の川巡りでぼやけた頭を無理矢理回転させて状況を整理する。
確か今日はフランドールの誕生日で――
それでレミリアはプレゼントの相談に来て――
気がついたら押し倒されていた。
結論:意味がわからない。
「レミリア、私に理解できるよう今の状況を説明してくれない?」
「説明も何も――普通の吸血鬼が普通の巫女を捕まえた普通の風景。それだけよ」
何でもない口調で坦々と述べるレミリア。その表情は霊夢からは窺い知れない。
言われてみれば確かに普通だ。
巫女と悪魔が同じ縁側で茶を啜ってる方がどうかしている。
とはいえ非日常も続けば日常である。
レミリアはいまだ日常と非日常の隙間から抜け出せずにいる霊夢の方を向き――その顔にはいつも通りの無邪気な笑顔が貼りついていた。
「霊夢ってばうっかりさんね、吸血鬼は狼なんだから隙を見せちゃ駄目じゃない?」
「流石に狼が赤頭巾の皮かぶってるとは思わなかったわ」
「残念、赤頭巾は貴方の方」
愉しそうな笑顔のレミリアを見て霊夢は歯噛みする。
正直油断していたことは否定しない。
’こいつ’がそういう存在であることは認識していた――が、理解は出来ていなかったのかも知れない。
この状況に陥って尚、『まさか』という気持ちを拭えない。
五年、レミリアと霊夢は事あるごとに弾幕を交わしたり杯を交わしたり……ハネムーンじゃないけど保護者、友人含めて月に行ったりもした。
五年、その間一度だって血を吸われた事は無いし素振りも見せなかった。
五年、警戒心が薄れるのも無理のない話。
五年、人間同士が親友になるには十分な時間。
五年、妖怪にとっては一瞬。
「ねぇレミリア? あんたに両手一杯のお札をプレゼントしたいんだけど……」
「プレゼントなら私じゃなくてフランにあげて頂戴」
レミリアの言葉は無視して腕の自由の許す範囲で巫女服の中をまさぐる……が、普段身につけているはずのそれらが指に触れる気配は一向に無い。
「私のお札がどこ行ったか心当たりないかしら?」
「さぁ? 知らないわ。でも……昨日巫女服を洗濯したときに全部ポケットから取り出してそのままとか……そんなとこじゃない?」
ああそうだ、そうだった。
レミリアの言うとおり、確かに昨日巫女服を洗濯して……そうだっけ?
思い出せる原因があり、その結果がコレなのだが……酷い違和感。
後付けされたような不自然さ、胡散臭い現実感、歴史書のような歪さ。
「残念だわ」
「私には結構なことだわ。お札なんかいらないもの。私は……私が貴方から欲しかったのは’YES’だけだから」
「協力するとは言ったけどね……もしかして……私はそんなことで’捕まった’のかしら?」
「大変だったわよ? 貴方の運命は私には視えないから……流石に標も無い暗闇からそれを手繰り寄せる事は出来なかったでしょうね」
あの程度の言葉を良いように解釈されて好き勝手やられては堪ったものではない。
握られて縛られて支配された。
武器は無いし身体は動かせないし頭は回らない。
死に体だが死にたくはない。
「怖がらないでね霊夢、ちょっと眠くなるだけだから。きっと次に起きる頃にはきれいさっぱり忘れてるわ」
「もしかしなくても全部?」
「全部。」
冗談ではない、笑えない。これは狂言だ。
霊夢は再び自問する。
どうしてこうなった?
何処から狂いだした?
この子はいつから――
「……最初から?」
「そう、最初から。」
混乱する頭の中で霊夢はレミリアの言葉を反芻する。
レミリアは言った――
『’それ’をフランに贈るには霊夢の協力が必要だ』と――
『’それ’は幻想郷には存在しない』と――
’それ’はフランドールが誕生日にレミリアにくれたもので――
’それ’は今でもしまってあるもので――
’それ’は――
「楽しみだわ。本当に楽しみ」
くるくる回る世界でレミリアの愉しそうな声だけが響いている。
「自分にも妹ができるって知ったらあの子はどんなに驚くかしらね?」
刺すような痛みが走ると同時に霊夢の意識は塗り潰された。
「ふぅ……ご馳走さま」
ハンカチで口の周りを拭いながら紅い悪魔が立ち上がる。
眠らせるだけのつもりがついつい味見してしまった。かなりたっぷりと。
「甘い者は別腹っていうけど……危うく完食しちゃう所だったわ」
床に伏した霊夢を優しく抱き上げてクスクスと哂う。
ちゃんとフランの分は残さねばならない。
とはいえ最後の一口は譲らない。
フランへのプレゼントは’結果’だけでいいだろう。
その’結果’をフランドールが喜んでくれるかどうかなどレミリアの知った事ではなかった。
頭の中で思うのは――今はまだ人間である博麗霊夢のこれからのこと。
「この子には……どんな羽が生えるのかしらね?」
もともと『空を飛ぶ程度の能力』を持つ霊夢のことだ、機能美の欠片も無い羽が生えてくるかもしれない。陰陽玉のぶら下がった羽をパタパタさせて空を飛ぶ’博麗霊夢だったもの’を想像して思わず哂い、同時に一滴、泪を零す。
「ああ、でも困ったわ……うっかりしてた」
フランドールへのプレゼントは用意できたものの……新しい問題が発生してしまった。
自分の腕の中で血の気を失い、ぐたりと眠り続ける霊夢を見て呟いた。
・ ・ ・
「こっちの誕生日プレゼントと名前……どうしようかしらね?」
「はぁ……さいですか……」
昼下がりの博麗神社、吸血鬼のくせに真っ昼間からテンション高めのレミリアの言葉に霊夢はうんざりした調子で相鎚を打つことしか出来なかった。
「何よ霊夢、祝いの言葉の一つくらい無いの?」
霊夢の憮然とした態度にレミリアは不機嫌そうな顔をしている。
「何が悲しくて妹君を祝う言葉をあんたに向かって言わなきゃなんないのよ――ていうか何だってそのめでたい日にわざわざウチに来てんの?」
縁側で一人優雅に午後のお茶を楽しんでいたところにズカズカと上がりこんで来て騒がれたのでは機嫌も悪くなるというものだ。
ましてや茶柱を見つけて『今日は久々に参拝客が来るかも♪』などと浮かれていた矢先に悪魔がやって来たとあらば尚更である。
「つれないわねぇ……招待しに来てあげたんじゃない? 霊夢が来てくれればフランもきっと喜ぶわ」
「私より魔理沙あたりを招待した方がいいんじゃないの?」
「そっちは咲夜が招待状の一つも出してるでしょ。それに何もそれだけが用事って訳じゃないしね」
「他にも何かあるっての?」
「ええ、話せば長くなりそうだからお茶でも入れましょう?」
「客人の言う台詞じゃないわね」
もっとも客人扱いした覚えも無いのでおあいこである。
霊夢はいつも通りに四番煎じくらいのお茶をいれてやり、湯のみを渡す。
レミリアはそれを一口飲んでため息をひとつ。
「いつも通り、渋々いれる割に渋味が少ないお茶だよねぇ……」
「悪かったわね、文句言うなら呑まなくていいわよ?」
「不味いとは言ってないわ」
そもそも普段は紅茶派――それも甘味の強いものを好むレミリアである。
お子様舌には渋味など少ない方がいいのかも知れない。
「で? 用事って?」
「ああ、何だっけ? 第四回ドロワ会談『スカートの裾より丈の長いドロワは是か非か』だっけ?」
「それについて語りたいなら私がお茶をいれるまでも無かったと思う是」
「一見すると黒白書記の語尾を思わせて即答とは流石ね議長……」
用件を訊ねたはずが全力で脱線した。
ダラダラと中身の無い話をするのはレミリアが神社に居座る際の常套手段である。
余談であるが第三回の議題は『ドロワの下に更に下着を着用するのは是か非か』であったが、そのときはプレイの一環としてのものを是とするかどうかで議論は白熱し、『結論は各々の心の中に』という妥協案に議論が収束する頃には日が暮れていた。
余談の余談であるが現在議員数は議長を含めて七、八人といったところである。
「レミリア、今日は時間がないんじゃないの?」
「そうだ忘れてた、フランの誕生日。誕生日って言ったらプレゼントでしょ? それで霊夢に相談ってわけ」
わざとらしく手を打って思い出した風を装うレミリアであるが目が笑っているので嘘であろう。
とはいえ霊夢はその事につっこまない。
レミリアのどうでもいい言葉の真偽をいちいち気にしていたらそれこそ日が暮れる。
「そこで私の名前が出てくる理由が分からないわね。相談相手なら咲夜がいるでしょ?」
「駄目よ、咲夜にはパーティー会場をフランのドロワで飾るという大事な仕事があるわ」
嗚呼、何だかものすごくしょーもない流れになってきたな……そう思い、霊夢は黙ってお茶を一口啜る。
「……あの紫もやしは?」
「パチェは水芸担当よ。フランの座った椅子が自動でウィンターエレメントするよう細工を施してるわ」
椅子から吹き上がる水柱によって宙高く押し上げられる哀れなフランドール。
果たして彼女は天井に飾られた予備のドロワを掴む事が出来るだろうか?
自分で考えて頭痛がしてきたので霊夢はまたお茶を一口、美味しい。
「駄目もとで聞くけど門番は……」
「美鈴には一連の計画をフランに感づかれないよう夕食まで彼女の遊び相手になるという使命があるわ」
「もしかしなくてもそれって……」
「全部私の指示よ。フランが驚く顔が目に浮かぶわ」
どうだとばかりに胸を張って答えるレミリア。
どうやら目の前の悪魔は『サプライズパーティー』の解釈に問題があるようだ。
霊夢はこめかみを押さえ、レミリアに諭すように話す。
「いいことレミリア? 『サプライズパーティー』ってのは『相手を驚かして楽しませる』ものであって『驚いた相手を見て楽しむもの』ではないのよ?」
「失礼ね、まるでフランが楽しんでくれないみたいな言い草はよして頂戴!」
「え何、私? 私がおかしいの?」
一切の迷いが無い口調で言い切られては自分の感性を怪しんでしまう。
いつか姉妹の縁切られるぞ――と忠告すべきか迷った挙句、これも一つの愛の形かと自分を納得させた。
そうだ、世の中には理解できずとも受け入れるべきことがある。
嗚呼、それにしてもお茶がおいしい。おかわり。
「まぁ私にお鉢が回ってきた理由は大体分かったわ。でもあの子の欲しいものなんて見当もつかないわよ?」
「それなんだけどね……やっぱり自分が貰って嬉しいものをあげるのがプレゼントの基本だと思うのよ」
「あんたにしちゃまともな意見ね。お茶なんかいいんじゃない?」
「誰も霊夢の希望を聞いた訳じゃないわ」
人の意見を聞かないのなら何故に相談に来たのか問い詰めたい。
きっと問い詰めたところで適当な事を言って話の腰を折られるので湯呑みを投げ付けたい。
自分が片付けをするのが目に見えているので霊夢は我慢した。
「じゃあ聞くけどあんたなら何をプレゼントするのよ?」
「……フランのドロワーズ?」
「疑問系で言われてもね……それであの子が喜ぶなら苦労しないどころか将来が心配だわ」
レミリアは発想は悪くないのだが発想から結論へ至る過程に重大なバグが発生しているようだ。
しかしながら霊夢は霊夢で『下着をプレゼント』と解釈すれば至って自然なアイデアである事には気付かないあたりが議長であった。
「とまぁ冗談はこのくらいにしておいて、実はもう考えてあるのよ」
「最初からそう言え」
冗談を言うなら時と場所と相手を選んで欲しい……冗談に聞こえない冗談などただの狂言だろう。
どこからどこまで冗談かは知らないが。
「いつかの誕生日にあの子が私にくれたものをそっくりそのままお返ししようかなって思うの」
「へぇ……」
あのフランドールがレミリアに贈り物とは意外や意外。
今この場では妹のことを嬉々として語っているレミリアだが、その実、フランドールを長きに渡って軟禁し続けてきた過去がある。
その境遇から考えるに『姉の誕生日にプレゼント』などという発想がフランドールの頭に浮かぶ事自体が一種の奇跡に思えた。
「もっと冷えた仲かと思ったけど結構姉妹してたんじゃない?」
「ええ、あの子からの最初で最後のプレゼント……今でも大事にしまってあるわ」
そう語るレミリアはどこか遠くを見るような目で微笑んだ。
歳相応と表現していいかは置いておき、その笑顔は喜びと同時に一種の物悲しさを感じさせるものだった。
先程までのふざけた雰囲気は何処へやら。正直なところ霊夢としては居心地が悪い。
これから祝いの席に向かうという矢先に湿っぽい思い出話なんぞ聞かされるのは御免である。
「まぁ……何か知らないけどそれでいいんじゃない?」
プレゼントの中身が決まった以上パッパと用意してサッサと会場に向かいたい。
きっと紅魔館では咲夜が腕によりをかけた御馳走を用意しているはずで……
きっと小悪魔あたりが文句言いつつその手伝いをしているはずで……
その喧騒の中にいればこの降って沸いたような湿っぽさなど気にはならないだろう。
「ええ、それでね霊夢、ここからがあなたに相談ってやつなのよ」
「うん? 相談ってプレゼントの事じゃないの?」
意表を突かれて間の抜けた声を出す。
それなら今しがた解決したじゃないかと思うが……よくよく考えれば相談らしい相談はしていないと言える。
何せレミリアは最初から答えを持っていたのだから。
「’それ’をフランに贈るにはあなたの協力が必要なのよ。幻想郷には存在しないものだから」
「ふむ……」
また話が大きくなったものだ。霊夢は内心ため息をつく。
つまり'それ'ってのは幻想郷の外の物なのだろう。
’それ’を探しに行きたいのならレミリアがここに来た事も合点がいく。
博麗大結界を越えて外に出る。プレゼントを用意して戻ってくる。
そのためには博麗の巫女の力が必要だ。
とはいえ一度幻想入りした妖怪を一時的とはいえ外に出してもいいものか?
「ていうか……そういう事ならもっと早く相談に来なさいよ……今夜なんでしょ?」
「まぁ用意するのに時間はかからないものだから……ついつい先延ばしにしちゃってね」
「うーん……力になりたいのは山々なんだけどねぇ……」
眉根を寄せてどうしたものかと考える。
何分霊夢の知る限り前例の無いことだ。
とは言っても霊夢が知らないだけで先代やそれ以前の巫女の時代には同じようなことがあったかも分からない。
巫女をしていながらそういった事に対して興味を持たないのもどうかと思うが……そもそも神社が妖怪の寄り合い所と化している現状を見ればそれすら瑣末である。
「だめ?」
「う……」
上目遣いで申し訳なさそうに尋ねてくるレミリア。
まぁ……いいか。
霊夢にそう思わせるには割と十分であったそうな。
「そうねぇ……紫あたりがゴチャゴチャ言ってきそうだけど何とかなるでしょ。協力したげる」
「さすがは霊夢! 話が分かるわ!!」
言うが早いか――レミリアは歓喜の叫びを上げながら霊夢に抱きついてきて……
「くれぃどる!!?」
猛スピードの錐揉みタックルは霊夢のお茶漬けの胃袋をまともに貫き、神社の縁側には少しばかり緑の濃い虹が架かった。
虹と共に吹き出された霊夢の魂魄は危うく白玉楼に向かうところだったが――幸い――というか割といつもの如く、三途の川の死神は全力の昼寝を敢行していたため何事も無く元鞘に納まることとなった。
――少女彼岸観光中――
「あら? おかえり霊夢。もう戻って来ないかと思って心配したわ」
「ただいまレミリア。もう心配いらないから放してくれない?」
霊夢が目を覚ますとレミリアは相変わらず霊夢に抱きついていた。
小さいとはいえ吸血鬼の怪力で抱きつかれていたのではまともに身動きが取れないので引っぺがそうとする。
が、レミリアは霊夢の腹に顔を埋めたまま頑として動かない。
「ちょっとレミリア? あなたがそうしてると何処にも行けないんだけど?」
「そうね、何処にも行く必要は無いわ」
霊夢を抱きしめるレミリアの腕は力を緩めるどころか先程までより強い力で霊夢を拘束している。
プレゼント探しはどうなった?
「あんたは’外’に行きたいんでしょ?」
「外? いいえ、’ここ’でいいわ」
「……レミリア?」
何かおかしい。
話が食い違っている?
どうして? いつから? 何処から?
自問する霊夢の脇腹に不快感。
這う感触――舌。
身体が硬直する。
「何をしてるのかしら?」
「何を? 何でもないわ」
あまりに唐突な展開に頭がついて行かない。
白昼夢でも見ているのかと思える光景が霊夢の眼下に広がっている。
三途の川巡りでぼやけた頭を無理矢理回転させて状況を整理する。
確か今日はフランドールの誕生日で――
それでレミリアはプレゼントの相談に来て――
気がついたら押し倒されていた。
結論:意味がわからない。
「レミリア、私に理解できるよう今の状況を説明してくれない?」
「説明も何も――普通の吸血鬼が普通の巫女を捕まえた普通の風景。それだけよ」
何でもない口調で坦々と述べるレミリア。その表情は霊夢からは窺い知れない。
言われてみれば確かに普通だ。
巫女と悪魔が同じ縁側で茶を啜ってる方がどうかしている。
とはいえ非日常も続けば日常である。
レミリアはいまだ日常と非日常の隙間から抜け出せずにいる霊夢の方を向き――その顔にはいつも通りの無邪気な笑顔が貼りついていた。
「霊夢ってばうっかりさんね、吸血鬼は狼なんだから隙を見せちゃ駄目じゃない?」
「流石に狼が赤頭巾の皮かぶってるとは思わなかったわ」
「残念、赤頭巾は貴方の方」
愉しそうな笑顔のレミリアを見て霊夢は歯噛みする。
正直油断していたことは否定しない。
’こいつ’がそういう存在であることは認識していた――が、理解は出来ていなかったのかも知れない。
この状況に陥って尚、『まさか』という気持ちを拭えない。
五年、レミリアと霊夢は事あるごとに弾幕を交わしたり杯を交わしたり……ハネムーンじゃないけど保護者、友人含めて月に行ったりもした。
五年、その間一度だって血を吸われた事は無いし素振りも見せなかった。
五年、警戒心が薄れるのも無理のない話。
五年、人間同士が親友になるには十分な時間。
五年、妖怪にとっては一瞬。
「ねぇレミリア? あんたに両手一杯のお札をプレゼントしたいんだけど……」
「プレゼントなら私じゃなくてフランにあげて頂戴」
レミリアの言葉は無視して腕の自由の許す範囲で巫女服の中をまさぐる……が、普段身につけているはずのそれらが指に触れる気配は一向に無い。
「私のお札がどこ行ったか心当たりないかしら?」
「さぁ? 知らないわ。でも……昨日巫女服を洗濯したときに全部ポケットから取り出してそのままとか……そんなとこじゃない?」
ああそうだ、そうだった。
レミリアの言うとおり、確かに昨日巫女服を洗濯して……そうだっけ?
思い出せる原因があり、その結果がコレなのだが……酷い違和感。
後付けされたような不自然さ、胡散臭い現実感、歴史書のような歪さ。
「残念だわ」
「私には結構なことだわ。お札なんかいらないもの。私は……私が貴方から欲しかったのは’YES’だけだから」
「協力するとは言ったけどね……もしかして……私はそんなことで’捕まった’のかしら?」
「大変だったわよ? 貴方の運命は私には視えないから……流石に標も無い暗闇からそれを手繰り寄せる事は出来なかったでしょうね」
あの程度の言葉を良いように解釈されて好き勝手やられては堪ったものではない。
握られて縛られて支配された。
武器は無いし身体は動かせないし頭は回らない。
死に体だが死にたくはない。
「怖がらないでね霊夢、ちょっと眠くなるだけだから。きっと次に起きる頃にはきれいさっぱり忘れてるわ」
「もしかしなくても全部?」
「全部。」
冗談ではない、笑えない。これは狂言だ。
霊夢は再び自問する。
どうしてこうなった?
何処から狂いだした?
この子はいつから――
「……最初から?」
「そう、最初から。」
混乱する頭の中で霊夢はレミリアの言葉を反芻する。
レミリアは言った――
『’それ’をフランに贈るには霊夢の協力が必要だ』と――
『’それ’は幻想郷には存在しない』と――
’それ’はフランドールが誕生日にレミリアにくれたもので――
’それ’は今でもしまってあるもので――
’それ’は――
「楽しみだわ。本当に楽しみ」
くるくる回る世界でレミリアの愉しそうな声だけが響いている。
「自分にも妹ができるって知ったらあの子はどんなに驚くかしらね?」
刺すような痛みが走ると同時に霊夢の意識は塗り潰された。
「ふぅ……ご馳走さま」
ハンカチで口の周りを拭いながら紅い悪魔が立ち上がる。
眠らせるだけのつもりがついつい味見してしまった。かなりたっぷりと。
「甘い者は別腹っていうけど……危うく完食しちゃう所だったわ」
床に伏した霊夢を優しく抱き上げてクスクスと哂う。
ちゃんとフランの分は残さねばならない。
とはいえ最後の一口は譲らない。
フランへのプレゼントは’結果’だけでいいだろう。
その’結果’をフランドールが喜んでくれるかどうかなどレミリアの知った事ではなかった。
頭の中で思うのは――今はまだ人間である博麗霊夢のこれからのこと。
「この子には……どんな羽が生えるのかしらね?」
もともと『空を飛ぶ程度の能力』を持つ霊夢のことだ、機能美の欠片も無い羽が生えてくるかもしれない。陰陽玉のぶら下がった羽をパタパタさせて空を飛ぶ’博麗霊夢だったもの’を想像して思わず哂い、同時に一滴、泪を零す。
「ああ、でも困ったわ……うっかりしてた」
フランドールへのプレゼントは用意できたものの……新しい問題が発生してしまった。
自分の腕の中で血の気を失い、ぐたりと眠り続ける霊夢を見て呟いた。
・ ・ ・
「こっちの誕生日プレゼントと名前……どうしようかしらね?」
……いや、こう茶化しでもしないと怖くて怖くて。
プレゼントの内容にゾクリとしました。
霊夢さんに「フランお姉さま」って呼ばれて狂喜するフランちゃん想像するとなんか滾る
ちっこい姉二人にいいようにされる霊夢さんを想像するともっと滾る
…こんな感じで妄想しとくとちょっぴりマイルドな話に早変わりだぜ
こんな状況になったら紫も黙ってはいないでしょうが、かといって一度吸血鬼になってしまったら元には戻らないでしょうし、どうなるか気になりますね。
現時点(?)では霊夢は貧血でダウンしてるだけなんで生還ルートは結構あったりします。
怒髪天突く紫が殴りこんで来て弾幕パーティーin紅魔館とか
レミリアが仕掛けたサプライズで怒ったフランドールによる紅魔館爆発オチとか
そんな滑稽なのもいいですよね