このSSは、多少漫画関連の予備知識が少しあると良い感じになってしまいました。
お読み下さる方は、ご注意下さると幸いです。
風見幽香は、本日とても機嫌が良い。
それは、近頃は梅雨という事で、紫陽花が良い具合の色を出していて非常に宜しいとか、夏も近く、一番好きな花である向日葵が咲き始めたとか、そういう事ではない。
「ついに手に入ったわ!」
スカートを翻して華麗に一回転し、ぴょんと跳んでから軽やかにステップを踏む、太陽の畑に立っているゆうかりんハウスに帰る風見幽香の右手には、なにやら茶色の紙袋がしっかりと握られていた。
家に帰った幽香は、上機嫌なままドアを開けると、靴を揃えるのもまどろっこしいのか適当に脱ぎ散らかして、クッションの上に座り、紙袋から出す時間も惜しいとばかりに、それをビリっと破いて開ける。
そこから出てきたのは、古びた一冊の漫画だった。それは外の世界で、ここ三十年ぐらい連載が続いている長期連載の歴史ロマン『王家の紋章』という少女漫画。それを取り出すと風見幽香はいとおしそうに頬ずりをする。
少し日に焼けて紙の色が茶色になってしまっているが、その辺は別に気にしない。外の世界から入って来た本、特に漫画など状態が悪いのが常、むしろこの程度ならまだいい方だ。
「長かったわ……今日という日をどれほど待ち望んでいたことか」
そんな幽香の部屋にある本棚には、何冊かの日記に園芸関係の本があるが、大勢を占めているのは、圧倒的なまでに少女漫画であった。
特に目立つのは花の二十四年組の作品群で、ズラリと本棚の前面に並べられている。その他にもさっき幽香が取り出した『王家の紋章』をはじめとして、古典とされている少女漫画が綺麗に整理され、これでもかと詰め込まれていた。
その中には、外の世界ではかなりのプレミアが付くもの、あるいは市場ではまるで見なくなってしまったお宝も少なくない辺りが、幻想郷ならではの光景かもしれない。
そんな少女漫画達は、年代もあり、何よりも幽香が何度も何度も読み返したために、大分くたびれているが、それらは、テープなどによって丁寧に補修され、物によっては、里の製本屋の手によって和綴じの少女漫画に生まれ変わっていた。
その手入れの素晴らしさから、どれほど風見幽香がこれらの漫画を愛しているかが見てとれる。
「……ずっと見当たらなくて、途中の巻が抜けていたからね。ようやく手に入ったこの一冊! さて、気合い入れて読むわよっ」
現在、幽香は『王家の紋章』を30巻まで所有しているが、なぜか20巻だけ手に入らず、その所為で話の流れがいまいち掴めなかった。
しかし、それももう終わりだ。
幽香は息を巻いて、ずっと手に入らなかった念願の一冊を読もうと、本を開こうとする。
その瞬間、家のドアがノックされる音に風見幽香は動きを止めた。
「…………チッ」
舌打ちをしてみたが、それで変化が起こるはずもなく、家のドアはノックされ続けている。
とりあえず、居留守を決め込んでみた。
「ごめんくださーい。ねー、幽香。いないのー? 幽香どのー、幽香総長ー、幽香さーん?」
外でノックする者は、出てこないのを良い事に、よく分からない呼び名で幽香を呼び始める。
どこの子供だお前は、と風見幽香は外から聞こえてくる声に突っ込んだが、そこで少し疑問も出てきた。外から聞こえてくる呼び声に聞き覚えがない……いや、一回か二回ほど聞いたことがあるような気もしないでもないが、思いだせそうにない。
どうしたものかと悩んでいても、良く分からない呼び声とノックの音は、未だに止む気配はなかった。
「はいはい、どなた?」
流石にこれでは漫画を集中して読めないと、幽香は微妙に殺気を漂わせて、玄関のドアを開ける。すると、そこには見覚えのない黒髪の美しい少女が、キョトンとした顔で立っていた。
「あら、開いた」
なんとも、意外そうな顔で呟く、その少女は、
「……ええと。確か、永遠亭の……カグヤ、だっけ?」
大結界異変の折りに知り合った兎達の主人である永遠亭の姫、蓬莱山輝夜その人だった。直接の面識は一度か二度、顔を合わせた程度で、幽香とは知り合いというレベルですらない。
いきなり、何をしに来たのか。
「来たわ」
なぜか堂々と胸を張る輝夜を見て、幽香はとりあえずドアを閉めた。
だが、外に居る輝夜が再び凄い勢いでドアを叩き始めたので、仕方無く対応することにする。
「なんの用かしら?」
まったく抑揚無く、幽香は硬い笑顔で輝夜を迎えた。
「まあ、立ち話もなんだし、中で話そうか?」
すると、いきなり輝夜は中に入ろうとするので、とりあえず幽香は脳点にチョップを見舞って止める。
「いったー、なにするのよぉ」
「いきなり人の家に上がろうとして、何をするのもないでしょう」
少しキツめに幽香が輝夜に注意をすると、永遠亭の姫君は「あー、そっか」と、妙に納得していた。その顔には、全く悪気というものが見えない。
この箱入り娘め。
「……あの、八意ってのは、あんたにどんな教育をしていたのかしらね」
基本的な常識がぽっかりと抜け落ちている輝夜を前にして、幽香は微妙に頭を抱える。いや、考えてみれば、そもそもあの薬師も常識知らずでは、いい線を行っていた気がした。
紫によれば、この二人は宇宙人らしいし、そもそも常識というものが、地上に住む我々とは違うのかも知れない。だからと言って、許しも得ず、人の家に上がっても良いわけではないのだが。
「とりあえず、私は上がりたいんだけど……どうすればいいの?」
小首をかしげて輝夜は、どこか小動物を思わせる仕草で、風見幽香を見上げる。
なぜか、同性相手だというのに幽香の心臓が一瞬、高なった。
あまりに純真で無垢すぎるその顔を見て、風見幽香は自分の顔が紅潮するのを自覚する。月というケガレのない世界から来た存在は、穢れし地上に住むもの達には、少々刺激が強すぎるのかも知れない。
少し深呼吸をして、幽香は呼吸を整える。
「……良いわ。上がりなさい」
「それじゃ、お邪魔するわね?」
少し照れたような笑顔を浮かべて、輝夜は幽香に言うと、靴を脱いでキョロキョロと玄関を見回す。どうやら、下駄箱を探しているらしい。
「適当に揃えて置けばいいわ。うちに靴箱は無いから」
「はーい」
幽香は、さりげなく脱ぎ散らかした靴を揃えると、再び輝夜に魅了されないよう、できるだけ顔を向けず、素っ気なく言った。
ジャスミン茶の強い香りが、幽香の部屋に漂う。
「……なんか苦手。この匂い」
「慣れれば良い香りよ」
小さなテーブルに置かれたジャスミン茶を、輝夜は鼻をつまみながら飲んだ。その光景はかなり失礼なものであるが、幽香は、特に何も言わない。苦手なものでも飲もうとしている輝夜の態度を評価しているのか、それとも呆れているのかは、その硬い表情からは読み取れない。
「で、用件は何かしら?」
「ええと、その……お願いがあって来たの」
なぜかそこで輝夜は口ごもって視線をそらすと、お願いが言いづらいのか、指と指を擦り合わせモジモジしていた。
なんか、可愛いなこん畜生。
そんな輝夜を見て、風見幽香は理性を総動員し、にやけてしまいそうな頬の綱紀粛正を図った。
向こう姫なら、こちらは幻想郷最強を自負する妖怪だ。可愛い女の子を見ていて頬が緩んでしまいました、など許されるものではない。
いや、まあ、最近丸くなりましたね。とか言われることも多いし、別に良いのかも知れないけど、そっち側はまだ駄目だ。
風見幽香は苦悶していたが、輝夜は輝夜でモジモジしたまま、このままでは話が進まない。
再び大きく深呼吸し、幽香は輝夜を観察してみると、何も言えなくてモジモジしている輝夜は、チラチラと本棚の方を盗み見ていた。その先には、演劇をテーマにした少女漫画の金字塔『ガラスの仮面』に向けられている。
どうやら、彼女は『ガラスの仮面』に興味があるようだ。
ちょっと覚悟を決めて、風見幽香は、蓬莱山輝夜に尋ねる事にした。
「……読みたいの?」
「……え! いや、その、なんていうか! いや、そのね!」
何が? とは聞かなかった。
というか、凄い勢いで『ガラスの仮面』を見ているし、何よりも輝夜の漫画を見つめる目は、少女漫画に出会った頃の自分にそっくりだったから。
突然、聞かれて輝夜は顔を真っ赤にし、声を上ずらせて戸惑う。
否定とも、肯定ともとれる輝夜の発言に、幽香は更に聞く。
「読みたくないの?」
「読みたい!」
太陽の畑に響き渡るほどの大きな声で答え、そのまま月の姫君は顔を真っ赤にしてしまう。
どうやら、彼女にとって漫画を読むという行いは、恥ずかしいことなのかも知れない。
まあ、そういう人も多いけどね。自分も最初はそうだったし。
ジャスミン茶を一口啜り、幽香は本棚に手を伸ばす。
「はい、これ」
「え、ええと……」
「これは私の大切なコレクションだから、無闇に貸すことはできないけど、ここで読む分には問題ないわ」
そう言って、幽香は『ガラスの仮面』第一巻を輝夜に渡した。
何度か、幽香の顔と少女漫画を見比べて、輝夜は意を決したようにページを開く。
そして、輝夜は一心不乱に少女漫画を読み始めた。
蓬莱山輝夜の顔を見て、風見幽香は少し羨ましいと感じた。
なぜなら、彼女は真っさらな状態で、あの名作を読んでいるのだから。
何度読み返しても、名作は色あせない。しかし、最初に読んだ衝撃は、驚きは、感動は、最初の一度しか味わえない。今、彼女はそれを味わっている、それが風見幽香には少しばかり羨ましかった。
「折り目は付けないようにね?」
「はーい」
聞いているのか聞いていないのか、極めて適当な返事を輝夜は返す。
少しコレクションが心配になったが、その辺は育ちの良い姫君らしく姿勢も良いし本の扱いも良い、これなら心配はいらないだろう。
こちらも負けていられない。
なんとなく対抗心を持った幽香は、香霖堂で手に入れたばかりの『王家の紋章』を読み始める。
ベッドに寄りかかりながら読む風見幽香に、正座をして読む蓬莱山輝夜、そんな二人は、最初の感動を存分に味わっていた。
「永琳はこう言うの『姫様、漫画などという子供向けの読み物など読んではいけません』って」
「なるほどね」
風見幽香の持っているガラスの仮面はだいたい三十冊と、容易に読破できる量では無い。おおよそ半分は読み終わったところで輝夜は、読むのを止め、疲れた眼の周りをマッサージしながら、保護者への愚痴を零していた。
「妹紅がこういうの結構持っていてね。殺し合いの時に、途中で雨が降って水入りになって、あいつの家に寄った事があったのよ。それで雨が止むまでの時間潰しに読んでみたら、凄い面白いじゃない!」
「……妹紅って、確か殺しても死なない子だっけ、あの子も漫画集めてたの?」
おやつにと出したナッツクッキーに、変わらぬジャスミン茶、二杯目ともなればだいぶ慣れたのか、輝夜は平然とジャスミンの香りを楽しんでいる。
「うん、基本的にアイツは何でも読むみたい。男の子向けのも、女の向けのも、ちょっとエッチなもの色々持ってた」
クッキーをお上品に食べながら、輝夜は何気なく言った。
「……エッチなものって、どんなの?」
どうやら幽香も少し興味があるらしい。
「なんか女の人が、色々な男の人と片っぱしから付き合って……その、うん。そんな感じ」
そう言って輝夜は顔を赤らめた。
本当に箱入りだなぁ。
なんとなく、幽香は永琳の気持ちも分からなくもない。
これほど、無垢であるならば、確かに漫画に限らず、色々なものから遠ざけ、箱入りにしたくもなる。
「で、そこで見た漫画で『ガラスの仮面』が凄く印象に残ってね。だって、これの主人公のマヤって本当に凄いじゃない! 舞台の上となれば泥団子だって食べるお芝居にかける圧倒的な情熱! 本当に衝撃を受けたわ……でも、妹紅の家には、それが載っているのを含めて数冊しか無くて、もっと読みたいなぁ、と思っていろんな人に聞いてみたら、少女漫画なら幽香だよ、って教えてもらったの」
そういって、輝夜は風見幽香の本棚を羨ましそうに眺める。
「……なるほどね」
そして、輝夜の話を聞いた幽香は、自分の少女漫画収集が思った以上に知られている事実に、幻想郷の狭さを痛感し、少し落ち込んでた。別に漫画を読んでいる事は、恥ずかしくないが、それが知れ渡っているとなると、何とも言えない気分にさせられる。
「はぁ……永遠亭でも漫画が読めれば良いのに」
そんな幽香には気がつかず、蓬莱山輝夜はため息を吐いた。
確かに、ここで漫画を読んでもいいと幽香に許可をもらったとしても、本当にお気に入りの漫画は手元に置いて読みたいものだ。
なんとかしてやりたい。そんな気持ちが幽香に芽生えたものの、輝夜の保護者である八意永琳とはまるで面識がないので、取りなしや説得も少々難しい。
どうしたものか……
「お困りのようね!」
突然、ベッドの下から声がすると同時に、そこからムラサキの影が飛び出してきた。それは、幻想郷の成立にすら関わった偉大なる妖怪、八雲紫その人である。
「な、なんてところから出てくるのよ!」
幻想郷最強を自負する風見幽香も、この唐突さには驚いたようで、紫を見て目を瞬かせている。そんな幽香の表情を見て、紫はどこか満足げに頷いた。
「貴方は、確か、ヤクモ……」
「はーい『壁に耳あり、障子に目あり、至る所に紫あり』で、お馴染みの八雲紫ですわ。お久しぶりですね、月の姫君」
相変わらず胡散臭げで、腹に一物を抱えていそうな笑みを浮かべると、八雲紫は勝手に改造したことわざをのたまいながら、慇懃に一礼をしてみせるのだった。
かつて、外の世界では多くの漫画が悪書として追放されるという痛ましい出来事があった。世に言う『悪書追放運動』である。
この時は、現在では名作として親しまれている『鉄腕アトム』でさえ、焚書の対象となり、学校の校庭で燃やされ、漫画の神を嘆かせた。
「つまるところ、なぜこうした事が起こるのか言えば、無理解から起こるのよ」
扇で口元を隠しながら、八雲紫は静かに呟く。
「例えば、最初に、小説というものができた時、人々は『こんなものは、取るに足らぬ下らないものだ』と非難したわ。教養がある人でさえ、小説を読むと頭が悪くなると信じたの。今じゃ、小説を読む事は教養の一つだけど、小説という表現法が生まれた頃はまったく逆だったのね」
そう言って、八雲紫は眼を伏せる。
「……んー、そう言えば、そんな感じだったっけ?」
「大変ねー」
幽香は、紫にジャスミン茶を淹れながら思い出そうと懸命に頭を捻り、輝夜は他人事のように呟いた。
「なぜ、こうした事が起こるのか? それは単純なる無理解ゆえ。人に関わらず、生命というのは『知らないモノに対して、警戒する』ように出来ている。最も、それは非難するべきことではなく、それが生存する場合に、最も有効な選択肢に他ならないから、本能に組み込まれているのね……最も、この本能が機能しだすのは幼少期を過ぎてからで、子供のうちは何に対しても、基本的に無邪気なものだけど」
そこまで言うと、紫はジャスミン茶を啜る。
「……年を取ると、新しいものに手を出しにくくなるってこと?」
「そんなところね。かくして無理解は排斥を産み、その結果、排斥は容易に敵意に繋がり、最終的には廃絶に終わる……愚かな事だわ」
カップを置いて、紫は深いため息をついた。
紫の話が終わり、幽香は小説が生まれた当時の事を思い出そうと必死に頭をひねる中、輝夜は拳をプルプルと震わせている。
「永琳は、愚かじゃないわ!」
蓬莱山輝夜は大声で叫んだ。
どうやら、話しを聞いていて『漫画を遠ざける永琳は愚かである』と八雲紫が断定したと、輝夜は思ってしまったのだろう。
「永琳はね、すっごく頭が良くて、それでどんな薬でも作れてね! それで、病気の人をたくさん直しているんだよ! 他にも色々と物を知っていて! それでそれで……」
そして、輝夜はいかに八意永琳が賢人であるかを必死に紫や幽香に説明し始めた。自分がいない場所でこそ、他人にどう思われているかが分かると、よく言われるが、その説で行けば、八意永琳は蓬莱山輝夜に完全な信頼を得ている。
そんな輝夜を見て、紫は微笑み、
「大丈夫よ、お姫様。あくまでこれは一般論であるし、そもそも八意永琳は、保護対象である貴方に『良く分からず、パッと見で好ましくないモノ』を与えたくないと思っているだけに過ぎないわ。それで、漫画という存在を排斥しようとするわけでもなく、冷静に自分の領分で行動をしているだけ、それは愚かとは言わず、むしろ賢明な態度と言えるじゃない?」
と、諭す。
それを聞いて、輝夜は「あー、なるほど」と手を叩き、永琳が賢明と評価されたので、少し安心したように胸をなでおろした。
「で、結局は、何が言いたいのよ?」
微妙に遠回りをする紫の言動に、少しだけイラッと来たのか幽香が強めに言う。
「単純に、無理解の恐ろしさを説いただけですわ。そして、逆に考えれば……あとは分かるでしょう?」
にやりと気味の悪い笑みを浮かべる八雲紫を見て、少しだけ風見幽香はため息を吐く。
無理解を恐ろしいって言うのなら、コイツも、他人の目を気にして、もっとわかりやすいように振る舞えばいいのに。
こめかみを押さえて悩む幽香を見て、八雲紫は不思議そうな顔をして、幽香を見ている。
そんな幻想郷を誰よりも愛しているくせに、周囲に何も説明しない所為で、無闇に気味悪がられているスキマ妖怪の事は、後で考える事にして、風見幽香は、とりあえず目の前の事案について考える事にした。
「……つまり、八意永琳に漫画の面白さを教えればいいと?」
「ええ、ある漫画家は悪書追放運動に対して、漫画の中でこう言い放ったわ」
おれたちが感動したマンガを買ってやりゃあいいのよ!
それでもまだあんたたちの言う気に入れらねぇ悪書を選ぶなら、そっからそこまでは育てた親の責任だ、違うかい?
言ってみりゃ、これは親と子供の感動バトルよ!
いやな本をとりのぞくより――ケチケチしねぇで、おもしろい本をバンバン買ってやるのよ!
これが人としての常識正道というやつじゃないかい!?
「つまるところ、本当に魂を震わせる漫画があると、漫画には善きモノもあると、八意永琳が理解をすれば、彼女は漫画を受け入れて、蓬莱山輝夜の主張、つまりは『漫画が読みたい』という主張を受け入れるでしょう」
「なるほどねぇ。で、どうするの? そもそも読ませる方法は? それにどんな漫画を読ませればいいのかしら?」
花の妖怪は、妖怪の賢人に尋ねる。
「そうね、方法論としては枕元にそっと置いておくとか」
「サンタさんみたいね」
紫の提案に、輝夜が楽しそうに言った。
「……ま、別に毛嫌いをしているわけでもなし、そこは輝夜が『読んでみて?』と渡せばいいのかしらね。それよりも、ポイントは、読ませる漫画……八意永琳の興味を引く漫画を選出することこそ、重要よ……とりあえず、何がある?」
「うしおととら」
幽香の問いに、八雲紫は即答した。
「それは、あんたの趣味でしょうが!」
「……面白いの?」
「最高。なんなら読む? 絶対に損はさせないわ!」
「布教するな!」
幽香から突っ込みを受けつつも、紫はスキマから『うしおととら』全三十三巻+外伝一冊を取り出した。どれも表紙がボロボロで、セロテープでの補強の跡が見えるのは、それほど何度も何度も八雲紫が読み込んだ証だろう。
「人と妖怪の絆! 魂の震える感動! これほど素晴らしく熱い漫画はそうそうないわ……まあ、ラスボスが九尾なせいで、藍には見せられないのが玉に傷だけどね」
「だから、真面目に考えなさいって言ってるでしょ?」
もの珍しげに『うしおととら』を手に取る輝夜を背景に、風見幽香は殺気のこもった笑みを浮かべながら、八雲紫のほっぺをグリグリと引っ張り回した。
「ふーん。ひゃあ、ひょひょはいにふ?」
ほっぺたを引っ張られては、幻想郷の賢者も上手く喋れない。
仕方なく、幽香は紫の口から手を離す。
「で、なに?」
「ジョジョの第二部」
風見幽香は、再び八雲紫のほっぺたを弄んだ。
輝夜は、そんな二人を気にせず、ただ『うしおととら』を一心不乱に読んでいる。
そんな中で行われる何度かの紫の提案と、その直後に行われる幽香のお仕置き、そしてその度に増えていく大量の漫画に幽香の部屋はドンドン狭くなっていく。
「……というか、少しは考えなさいよ。別に『うしおととら』や『ジョジョの奇妙な冒険』や『ダイの大冒険』に『レベルE』あと『はじめの一歩』や『RED』に『仏ゾーン』『無限の住人』『炎の転校生』『バガボンド』これらが悪い漫画とは言わないけれど、というかむしろ名作ぞろいだけど、いきなり永琳に勧めて、受け入れられると思ってるの?」
「んー、初心者さんにはお勧めできないわね」
「分かってて、やっていたのかい!」
幽香は、紫のほっぺたを、ついに捻じりまわした。むにむにとよく伸びる八雲紫のほっぺは、凄い勢いで伸び、先程から幽香にお仕置きされ続けているので、どうにも真っ赤になっている。
「熱い漫画は駄目と……」
「最初に興味を持たせるのが先でしょ? 基本的にバトル漫画ってのは、ある程度漫画慣れしてないと厳しいわよ。それよりも。予備知識が多少あるジャンルの漫画の方が、きっと馴染みやすいわ」
「えー『うしおととら』は、妖怪がたくさん出てくるわよ」
「いい加減にしつこい」
これ以上、ほっぺたをいたぶると千切れそうなので、幽香は紫の脳点にチョップをかますと、なぜか『ピコッ』と良い音が鳴った。
色々と疑問はあるのだが、ここは気にしない方が良いだろう。
「……んー、八意永琳って、いうと、まず薬師?」
「そうね。あとは月の人間だけど……」
幽香と紫は互いに頭を捻る。
そもそも永遠亭が姿を現したのが、ごく最近で、その上それほど交流もない。
更に永遠亭に関わることなど、兎が薬を売りに来るか、怪我をした時に診療に行くくらいだ。いや、月都万象展が催された時は、暇人が永遠亭に集まったか。
「となると、医者……うーん『ブラック・ジャック』かしら。後は薬なら化学という事で、『もやしもん』も範疇……なのかも、あれは菌だけど」
「んー……悪くないんじゃない?」
初めて幽香は紫を褒める。
すると紫も嬉しいのか、照れたように頭を掻く。
「あ、あと、月というか宇宙つながりで『プラネテス』も良いかもしれないわね」
「ああ、良いかも。というか、そういったSF系は好きそうじゃない?」
「んじゃ、『岸和田博士の科学的愛情』はどうかしら?」
「……それは初心者にはどうよ」
ほとんど漫画談義となりながらも、紫と幽香は楽しげに八意永琳にお勧めする漫画について話をしている。結局、漫画好き同士が集まれば、こんなものなのかも知れない。
そんな中で輝夜は『BLAME!』を一心不乱に読んでいた。
「……永琳、読んでくれるかしら」
輝夜は綺麗な花柄の紙袋に入れられた『ブラック・ジャック』と『プラネテス』を持って、永遠亭へと帰っていた。
永遠亭への帰り道は、道が悪く帰るのが億劫なのだが、今日は足取りがとても軽い。
それは、きっとこれを読めば永琳も、漫画を理解してくれるだろうという希望を抱いているからだ。
「しかし、結構遅くなったわねぇ」
眼の間を揉みほぐしながら、輝夜はぼやく。アレからどれほど漫画を読んだのか、覚えていない。
そろそろ、日が完全に暮れてしまう時刻になる。日暮れまでに帰れば問題はないだろうが、少しは急がなくてはならないだろう。
「ちょっと急ごうかな」
少しだけ輝夜は足を速めた。
そして歩きながら、今日に見た数々の漫画を思い出す。
外の日常を描いたモノ、外の歴史を描いたモノ、架空の世界を描いたモノ、恋愛を描いたもの、ギャグ、バトル、スポーツ、熱血、人間賛歌……どれも、蓬莱山輝夜に強烈な印象を残していった。
中には、少々過激なものもあったけれど、輝夜の心を満たしていた者は、穏やかな充足感であり、好奇心を満たされたことによる満足感であった。
紫の言っていた事は、正しかった。
輝夜の心に残ったのは、妙な悪影響ではなく前向きな影響ばかりで、この日の感動バトルは八雲紫と風見幽香の大勝利というところだろう。
「そして、次は私の番ね」
輝夜は、永琳に感動バトルを仕掛けるべく、プラネテスとブラック・ジャックの入った紙袋を高く高く掲げるのであった。
一方、その頃永遠亭では。
「姫様ー?」
蓬莱山輝夜の自室を開けても、そこに人のいる気配はない。
そろそろ日も暮れるというのに、姿の見えない姫に八意永琳はため息を吐く。
「……まあ、外に出るのは良い事だけど」
一応、幻想郷は安全で輝夜も何も分からぬ童ではないのだから、さして心配をすることはないのだろうが、それでも暗くなれば危険には違いない。
いくら、死なないとはいえ、心配は心配だ。
「……あら?」
玄関で音がした。
姫が帰って来たのかと向かえば、
「どうもー ただ今戻りました」
「例のブツ、良い値段で売れましたぜ」
二匹の兎が帰ってきていた。
「なんだ、ウドンゲとてゐか」
里への薬売りから帰還した鈴仙とてゐを、永琳は何ともがっかりした顔で迎えた。
「……いちいち酷いですよ、師匠」
少しだけ傷ついた顔をして見せる鈴仙だったが、
「いちいちぃ、ひどぉいです。しっしよー」
その横で、鈴仙の真似をして、あからさまに煽ってみせる白兎の所為で、なんか台無しになっていた。
深く溜息を吐く鈴仙に、てゐは元気出せよと肩を叩く。半分はお前のせいだと、とりあえず鈴仙はグーパンチしておいた。
「んで、今日の夕餉は何ですか?」
だが、突っ込まれ慣れている白兎は、鈴仙のグーパンチを喰らった直後、ケロっとした顔で永琳に夕御飯のメニューを聞いている。
「ええ、今日は……うどんよ」
「……うどんですか」
「ええ、うどん」
永琳の答えに、少しだけ鈴仙の顔が硬くなる。なぜなら、彼女の名前は『鈴仙・優曇華院・イナバ』であり、愛称はウドンゲ、つまり彼女がうどんを食べるという事は……
「なるほど、ちょっとしたオチが付いてしまいそうですね」
てゐの言葉に鈴仙は固まった。
「何を馬鹿な事を言っているの。二人とも手を洗って支度しなさい……で、姫様が帰ってきたらご飯にしましょう」
「へぇー、姫様が外に出たんだ」
珍しいこともあるものだ、と、てゐが声を上げる
「気がついたら、出かけていたみたいね。まあ、子供じゃないんだし、もうすぐ帰ってくるでしょ、さあ、さっさと上がりなさいな」
「へーい」
永琳に促されて、てゐは玄関に常備してある雑巾で足をゴシゴシ拭いて上がった。
「あ、そうだ」
上がっていくてゐを見て、ようやく固まっていた鈴仙が復活する。
「どうしたの?」
「里で、貰ったんですよ。何でも外の世界の医術について書かれた絵物語だとか……」
「ふぅん?」
鈴仙の差し出した本……とある医師の登場する漫画を八意永琳は手に取った。
「ギリギリセーフ!」
日の落ちる直前に蓬莱山輝夜は、永遠亭の戸を開けた。
迷いの竹林は、日もあまり差さないので分かりにくいが、それでも日が落ちる前である事は間違いない。
「お帰りなさい、姫様。今日は少し遅かったみたいですね?」
「あ、永琳」
顔を上げると、そこには八意永琳が立っていた。
「ええと、ちゃんと私は日が暮れる前に帰ってこれたよ? うん、ご飯の時間も丁度良くて良い感じだよね」
つい、両手に持っていた紙袋を隠して、輝夜は後ずさってしまう。
ああ、もしかして怒っているのかな。いやいや、妹紅との殺し合いが長引いた時なんて、朝帰りになったケースもあるし、そういった時でも永琳は、深いため息を漏らすだけで怒ったりはしない。
そんな事を考えながら、輝夜が身構えていると、
「姫様……その、申し訳ありませんッ」
永琳がいきなり輝夜に抱きついた。
「へ?」
何がなんだか、分からずに輝夜が気の抜けた声を上げる。
「姫様……この間は、漫画をけなしてしまい、申し訳ありませんでした。まさか、子供向けと思っていた漫画に、これほど深い世界があるとは……」
そう呟く、永琳の手には屈強なる医師『K』が活躍する医療漫画『スーパードクターK』が握られていた。
呆然とする輝夜とは裏腹に、永琳は漫画が、特に『K』がいかに素晴らしい医者か、そして漫画の表現方法の奥深さがどれほど素晴らしいかを、懸命に説いている。
聞いてみれば『K』は、イナバの一人が持ってきたのだという。なんとまあ、感動バトルを仕掛けるはずが、イナバの一人に先んじられるとは、まったくもって意外な伏兵にやられたという事か。
だが、おかげで永琳に漫画の魅力を知ってもらったのだから、そのイナバには感謝しなくてはいけない。あとで、桶に一杯の人参でも食べさせてやろう。
しかし、気張る必要はなかったみたいだ。
新しく見つけた漫画を、子供のような笑顔で語る永琳を見て、輝夜は気が抜けたのかため息を吐く。紫や幽香に苦労をかけてしまったと悩まないでもないが、状況が好転したのは間違いない。
なによりも、こんなに無邪気にはしゃぐ永琳を見るなんて、もしかしたら初めてかも知れない。
外の世界の本を探すなら、確か香霖堂が良かったっけ。
「それじゃあ。私も欲しい漫画もあるし、今度、一緒に香霖堂に行きましょうか?」
そんな輝夜の問いに、永琳は「はい!」と、嬉しそうに頷くのだった。
そして、その頃の幽香の家では。
「ねぇ、紫?」
「んー?」
「何でまだ居るの?」
「ちょっと待ってね。これと『風と木の詩』と『残酷な神が支配する』が読み終わったら帰るから」
そういって紫は腹這いになって『悪魔の花嫁』の一巻を読みながら返事をした。ちなみに『風と木の詩』は全17巻。『残酷な神が支配する』も全17巻、ついでに現在読んでいる『悪魔の花嫁』も、17巻まで。全部合わせれば、合計51冊である。
「……さっさと帰れ。いや、帰って下さいお願いします」
未だに帰らぬスキマ妖怪に、花の妖怪は頭を抱えているのだった。
でも、正直紫さまはいらなかったんじゃ? と思ってしまう。登場の仕方があまりにも安易に感じたので。それなら最初から家に来てたリグルとかで代用してもよかったのでは?って思った。
つCat Shit One
つ聖☆お兄さん
ついでに美鈴用に
つ封神演義
『BLAME!』を愛読したら、弾幕戦ものすごいことになりそうだなw
つしゅごキャラ!
幽香に
つ藤枝梅安
紫に
つ70巻以前のこち亀
紫に
つトライガン
幽香に
つ玄奘西域記
それと幽々子に
つ食いしん坊!
姫様可愛ええぇぇっ!
姫様が凄く可愛かったのは分かった!!!!!
アレは個人的に最高傑作。
これは外せないでしょ。
姫様にはオヤマ!菊之助を読ませたい
処分するんじゃなかった!ちくしょう!
「からくりサーカス」を読ませてみたい…
つ夜の歌&暁の歌
やはり藍には微妙かも
少女漫画好きなゆうかりんがかわいかったです。
確かに服装も少女趣味だしなあ
その瞬間、家のドアがノックされる音に風見由香は
つフルバ
幽香さんの漫画チョイスが素敵です
つ ロップくん
にとりさんへ是非
っ蟲師
こんなまったりした幻想郷にはお似合いだろう
短編集マジ名作ぞろい読むべし。
漫画好きにはたまらない話、ありがとうございます。
まぁ、名前的には大ちゃんに読ませるのが良さそうですが。
みんな、かわぐちかいじの作品は素晴らしいぞ。男なら沈黙の艦隊を読んでみろ!
永琳には「銃夢LastOrder」とか良いかもね。
つ宵闇眩燈草紙、神聖モテモテ王国、ロボット残党兵、帽子男は眠れない……
「誰に」読ますとなると難しいな、これら。
しかし「へうげもの」は慧音とか阿求が好きかな、とか「覚悟のススメ」は誰が好きかなあとか
色々妄想できて楽しいですね