悪戯兎、因幡てゐはせっせと工作活動をしている。
襖を開けたら、何かが開けた者に落ちてくるという簡単な悪戯である。
この手の悪戯は使い古されているが、以外に引っかかる者が多く、てゐが愛用している悪戯方法の一つだ。これも永遠亭の襖が高く、大きいからこそ出来る悪戯だ。と、てゐは思っている。
てゐの手が急に止まる。ここで、てゐは重要なことに気付いた。
「一体、何を仕掛けよう……?」
折角落とすのなら、何か今までにないものを落としたいなぁ。と、てゐは辺りをきょろきょろと見回し、目ぼしいものを漁る。
「ん?」
てゐは廊下に転がっているあるものを見て、口の端を歪めた。
「ししししししし……」
*
「んもー。あの子何処へ行ったのかしら」
鈴仙は長い廊下を歩き回っていた。
現在はてゐの捜索、及び頼まれた永淋の落し物探しの真っ最中である。
赤い目を光らせて廊下を隅々まで捜す。探す。
しかし、てゐも探し物も、それらしき影は全く見当たらない。
「全く……てゐも居ないし、師匠の薬も見当たらないし……」
ふと、鈴仙は襖が少し開いているを気付いた。
ん……? もしかしたら、師匠はこの部屋で落としたのかも。てゐも隠れてるかも知れない。
そう思った鈴仙は早速、部屋の襖を開けようし――
「きゃっ!」
何かが落ちて、鈴仙に直撃した。中に入っていた液体で鈴仙の服がびしょびしょになる。
「んもう! てゐね!? もう許さな……い……ん…………だか…………ら……」
鈴仙は突如、強烈な眩暈に襲われる。鈴仙はそれが耐え切れなくなり、そのまま床に倒れてしまった。
*
何かが割れる音をてゐは聞き逃さなかった。
「よっしゃ!」
軽くガッツポーズを取り、てゐはそのまま現場へと向かう。
誰がかかったんだろ? 妥当なところでいけば鈴仙かな。姫様や師匠様だったら、殺されるかもしれないなぁ……。ま、その時にゃ逃げるけど。
てゐがそう思っているうちに、現場へとたどり着いた。
誰かが倒れている。服からして、鈴仙だろう。ま、妥当なところか。おし、思い切りいびってやろう。
「やーい、れ――」
てゐはそこで止まった。
「……え?」
思わず自分の目を疑う。確かに、そこには鈴仙と鈴仙の服があった。ただ、そこにいた鈴仙は――
*
「んで、このちみっこいウドンゲがいたってことね」
「はい……」
鈴仙は、幼子になっていた。今は元のサイズの服を体に巻きつけ、永淋の膝の上に座っている。もらったニンジンスティックをぽりぽりとかじり、本人はそれに夢中になっていた。
一方、てゐは正座で座っていた。永淋の命令である。ちみっこくなった鈴仙をここまで連れてきたのを捕獲された形だ。ちなみに、鈴仙を部屋の前で置き去りにして逃げようとしていたのを、永淋に見つかった形である。
「んで、事情は分かったけど……あ、もっと欲しいの? はい、どうぞぉ」
「ありがとー」
れーせんは永淋から新たなニンジンスティックをもらい、またぽりぽりとかじり始める。永淋はそれを恍惚の目で見て――
「……あの、師匠。帰っていいすか?」
「――っは! い、いいえ、だめよ。てゐ。あなたには、大事な、はな、し、が」
「……話すか、鈴仙見るかどっちかにしたらどうです?」
「……」
結局、永淋は鈴仙に視点をロックして話すことにした。
「それでね、てゐ。この、ウドンゲ、いや、うどんげだけど」
「どう違うんですか?」
「話に一々ちゃちゃ入れない。それでね、まぁここまで幼くなった原因は私が作った薬にあるんだけど」
「一体、なんのために作ったんすか、それ?」
「だから、ちゃちゃ入れんなって言ったろうが!」
「……すみません、つい。あと、鈴仙泣きそうですよ?」
「え? あ、あぁ! よしよし。大丈夫よ、私は怒ってないわ。もう一本いる? あ、ニンジンジュース飲みたい? 待ってて」
コポポポポポポ
「はい、どうぞぉ。うふ、いいのよお礼なんて、私はこう、うどんげの仕草が見れれば十分だから……うふふふふふ」
「……帰っていいすか?」
「え? あ、あぁ……うん、少し待って。うどんちゃんが飲み終わりそうだから」
「名称変わったし!? あと、私と鈴仙の対応の差がひでぇっ!」
「黙りなさい。うどんちゃんが飲んでるでしょ?」
「……はい」
結局、てゐはれいせんが満腹になって、眠る時まで待たされることになる。
*
「んで、話はなんだったけ……? あぁ、そうだそうだ。うどんちゃんの世話ね」
「初耳すけどねぇ……」
「何か?」
「……いえ」
「そう。話を続けるわよ。原因は私が姫様に使お――とにかく、私が作った薬に原因があるんだけど」
(なんか、ろくでもない話が聞こえたような……)
「聞いてる、てゐ? で、ここまで小さくなったからには誰かしら世話する必要があるわけよ」
「はぁ」
「私はやりたくても、てか全ての仕事をほったらかしてやりたくても、ちょうど今は大事な薬を調合している最中だから、出来ないのよ。ひどくデリケートで時間のかかるやつでね。てか、何で今私はこれをやってるんだろう? 姫様でなくても、あんなに可愛い子を世話できるチャンスなのに。やっぱり、あの時『お楽しみは後でじっくりと』なんて考えたからいけないのね。あぁ、ちくしょうが。何でんなこと考えてんだよ。私はよぉ……!」
「し、師匠? あの、それで、一体何が言いたいので、あ、あ、ありましょうか……?」
怖い。純粋に怖い。廊下で『師匠に当てたら逃げればいいやぁ』なんて考えてた私に直々に忠告を与えてやりたい程、怖い。
てゐは、もう二度と師匠を軽々しく見ないことを密かに心の中で誓うのであった。
「――ん? あぁ、ごめんね。てゐ。自分のしたことに今ちょこっと反省してたところだったから」
「さ、さいですか……」
「それでね、私以外にうどんちゃんを世話できる人間と言ったら、もう姫様とあなたしかいなくなるのよ」
「えー? 他の兎でもいいじゃないですかぁ?」
「だめなのよ、それじゃ。うどんちゃんの赤い目は純粋に狂気を振りまくの。まだ、幼いから、力加減が知らなくてね。その狂気に耐えられる、もといあまり影響のない人と言ったら、私と姫様とあなたくらいしかいないわね。あ、あと妹紅がいたけど、まぁ、論外よね」
「じゃあ、結局誰が世話するですか?」
てゐの問いに、永淋は寝ているれいせんの頭をペット感覚で撫でながら、さも当然のごとく答えた。
「そんなの、あなたしかいないじゃない」
「……やっぱり?」
「そもそも、あなたが起こしたのが原因でしょ。それに、普段引き篭もっている姫様にうどんちゃんなんて預けて御覧なさいよ。きっと無責任な親のごとく、何処かしらに放置して遊び呆けるのが目に見えてるわよ」
てゐの頭にれいせんが放置されて泣いているのを横目に、輝夜が最近外の世界から流れてきた携帯ゲームに没頭している姿がありありと思い浮かんだ。
「……そうですね」
「でしょ? で、あと世話できるのはあなたしかいないってわけ。理解した?」
「……了解しましたー」
「はい、よろしい。薬の効果は大体半日だから、その時までよろしくね。あと」
一泊置いて、永淋はずいっとてゐの顔を覗き込んで、
「その間うどんちゃんに何かあったら、あなたを直々に閻魔様のところまで送り届けるから、肝に銘じておきなさい……」
ひどくドスの聞いた声でぼそぼそと、てゐの耳に呪いの呪文のように吹き込んだ。
「……はい」
てゐはただ、機械のように返事をすることしか出来なかった。
*
「だっりー……」
てゐはれいせんの手を握って、長い廊下を歩いている。手を握るのは、れいせんがいつ何時好奇心で飛び出すか分からないためだ。何かあったら閻魔送りにされるので、てゐはこうして予防策として手を握っているのである。ちなみに、服は永淋がどこからか持ってきたのか、いつもの鈴仙の服をれいせんサイズに合わしたものを持ってきた。その時言ったことばは『こんなこともあろうかと』だった。一体、どんなことを想定していたんだ、あの人は。と、てゐは心の中で思ったりする。
一方、れいせんはきょろきょろと辺りを見回しながらも、てゐの手をぎゅっと握っていた。どうやら、てゐを信頼しているらしく、れいせんにとって今のてゐはお姉さんのように慕っているのであろう。
(ったく。なんであたしがガキになった鈴仙の面倒を見なくちゃならなねぇんだよ。そもそも師匠が悪いんじゃねぇかよ。あんなところに薬のビンを転がして置くなんてさ。それに引っかかる鈴仙もそうだ。あー、めんどくさい。めんどくさい。なんで、あたしが……)
「てゐー」
「あ?」
「おしっこー、もれちゃうー」
「んなもん。そこらへんでしてこいや」
「そんなぁ……」
れいせんの目にうるうると涙が溜まる。てゐはぎょっとして、面倒くさそうに頭を掻き毟った。
「あぁもう。分かった分かった。連れて行ってやるから、ちと我慢してろや」
「うー」
てゐはれいせんの手を引き、空を飛ぶ。れいせんは幼すぎてまだ飛べないので、手を握って引っ張って行く。目指すはトイレへ。なかなか情けないシチュエーションだなと、てゐは皮肉交じりに思った。
(つか、あたしらしくねぇ。こんないいことすんのは。あたしならもっと悪いことを……)
そう思った時、てゐに一つのアイディアが思い浮かんだ。そのアイディアにてゐは思わずにやりと、口の端を歪める。
とにかく、今はトイレだ。そう思い、てゐは飛ぶ速度を上げた。
*
てゐとれいせんは永遠亭の外に出て、とある神社へと降り立った。その神社には紅と白の巫女服を着た巫女が箒で掃いているだけで、他に人影はなかった。
てゐとれいせんは茂みに隠れ、状況を伺う。
「ねぇ、てゐ。なにやってるのー?」
「っし! 静かにしな。……なぁ、鈴仙」
「なに?」
「悪戯って好きか?」
「いたずら? うー………………分かんない」
「そっか。じゃあ、あたしが悪戯の楽しさを教えてやる」
「ふぇ?」
てゐはにやりと笑った。てゐの考えはこうだ。普段、鈴仙は悪戯に関して口うるさくて仕方が無い。ならば、幼少期のこの頃から悪戯の楽しさを身をもって知らせれば、注意するどころか、一緒に悪戯をすることになるだろう。そうすれば、邪魔者はいなくなり、私は思う存分悪戯をすることが出来る。
てゐはぬふふ、と笑った。
(これがうまくいけば……素晴らしい未来が待っている!)
てゐはれいせんに一握りの石を持たせる。
「いいか。これをあっちに思いっきり投げるんだ」
「なんで?」
「いいからいいから。投げてみれば、面白いことが待ってるよ?」
「おもしろいこと? うん! わかった!」
そう言うと同時に、れいせんは思いっきり、てゐの指差した方角――博麗神社裏手――に向かって投げた。
投げた石はアーチを描き、裏手の茂みにガサガサと音を立てながら落ちた。
「む! 誰だ!?」
音を聞いた巫女は箒を捨てて、お札を手に茂みへと飛び込む。そして、誰もいなくなった。
「にししししししし……!」
すると、てゐは何処から持ってきたのか、袋いっぱいの石を背中に担いで、お賽銭箱へと近づき、その石を全てお賽銭箱に注ぎ込んだ。
「よし! 逃げるぞ!」
「ふぇ? ふぇ?」
何も分からないれいせんはてゐに手を引っ張られ、そのまま少し離れたところまで連れていかれた。
てゐは指を口に付けて、にんまりと笑う。れいせんもてゐと同じく、静かにそこで待ってみた。
少し時間が経ち。
辺りに「にぎゃぁぁぁーーーーーー!!?」と、巫女の情けない悲鳴が響いた。
その声に、てゐは腹を抱えて思いっきり笑った。れいせんも、その声の間抜け具合に思わず大声を出して笑ってしまった。
しばらく大声で笑っていると、殺気のようなものにてゐは気付いた。巫女が怒りの表情に涙目で、こちらに弾丸のごとく飛んできたのだ。
「っやべ! ずらかるぞ!!」
てゐは周囲に弾幕を張り、またれいせんの狂気の目で巫女を撹乱して、なんとか命からがら逃げ帰ることが出来た。
*
「はぁ……はぁ……どうだった?」
「ふぅ……ふぅ……しぬかとおもったけど、おもしろかった!」
「そうか。おもしろかったのか」
「うん!」
てゐは邪悪に笑った。
(計算通り! これで私の素晴らしい未来に一歩近づいた。さて……鈴仙が元に戻るまでの時間はまだある。よし……)
「楽しかったのなら、もっとするか?」
てゐの問いかけに、れいせんは理解するのに時間がかかったが、理解した途端、即座に答えた。
「うん!」
てゐはシメシメと怪しい笑みを浮かべた。
*
それから、てゐとれいせんは様々な悪戯をする。
紅魔館図書館で、本棚を何棚か倒してみたり。(むきゅー!?)
白玉楼で、庭の木の枝を折り、そこら辺で毟り取った雑草を飾ってみたり。(何っじゃこりゃー!!?)
永遠亭に戻って、姫君のパソコンのコードを全部引っこ抜いて、隠してみたり。(私生きていけないぃぃぃいいいいい!!!)
死神がサボってる間に、船を三途の川に勝手に流してみたり。(ぬおぅ!? ……ま、いっか)
守矢神社の風祝の裾をめくってみたりもした。(きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!(顔真っ赤))
てゐとれいせんはその度に笑い、逃げて、また笑った。
れいせんも着々と悪戯の楽しさに目覚め始めて、思惑通りになっていく。
しかし、てゐはなぜか表情が冴えなかった。
自分でも分からない。いつも通りに悪戯をして、スリルを味わって、楽しんで。なのに、楽しくない。
この気持ちはむしろ……罪悪感?
(……何でこの私が罪悪感なんて覚えなくちゃいけないのよ)
てゐはれいせんの手を握り、れいせんは鼻歌を歌って次にする悪戯を考えている。
ふと、れいせんはポツンと寂しく佇む店を発見した。れいせんはそれを見て、一つ悪いことを考えた。
「てゐ。あそこのものをとろうよ」
「え?」
「いってくる!」
そう言って、れいせんは走って行ってしまった。てゐは今の自分の反応がありえない、と思った。
(何が『え?』だよ。そこは、『行ってこい。ばれるなよ』とか言いながら、こっそり覗いてばれるかばれないかのスリルを味わうところだろ。何で『え?』なんだよ……あーもう。あたしらしくないなぁ……)
てゐがそう考えていると、突然店のほうから泣き声が響いてきた。
てゐがこっそりと覗いてみると、れいせんが思いっきり泣いていて、店主の男が何か言っていた。
「あのね、泣いてもダメだよ? こっちはただでさえ魔理沙とかに色々盗られてるんだから。だからって、君みたいな小さい子も真似しちゃいけないからね? 悪いことなんだから」
「ひっく、だってぇ……たのしい………………から」
「……楽しい?」
あの馬鹿! そう思いながら、てゐは急いで飛び出した。
「ねぇ? 聞こえなかったんだけど、何て言ったの?」
「たのしい――」
「ちょっと、待ったぁーーーー!」
てゐは滑り込むようにして、二人の間を割った。
「おぉ、なんだ。てゐか。ちょうどよかったよ。君のところの兎が僕の店の商品を盗もうとしてたんだ。ちゃんと、叱っておいてくれよ」
「あぁーはいはい。分かった分かった。んで、何を盗もうとしたの?」
セーフ。店主は鈴仙だということに気付いてないようだな。
てゐはホッと、安堵の息をついて、とにかく話題を逸らそうと話をふった。
「これだよ」
そう店主は言って、てゐに単調な色で彩られた指輪を差し出した。
「指輪? 何でこんなものを?」
「さぁ? それは本人に聞いてくれよ。まぁ、とにかく。お代は払ってもらうよ」
「はぁっ!? なんで!?」
「何でじゃないでしょ……。普通なら、君のご主人に連絡して連れて行ってもらってもいいんだけどね。でも、そうすると、色々不都合があるだろ? だから、通報しない代わりの代金だ」
「……っち。分かったよ。払えばいいんだろが、払えば。いくらだ?」
店主が言った金額にてゐは耳を疑った。
「はぁっ!? そんなするのかよ!?」
「まぁ、仮にも外の世界から流れてきた品だからね。希少性から、この値段が妥当ってわけだ」
(私のお小遣いが消えるじゃねぇかよ……)
てゐは正直払いたくなかった。お小遣いはまだもらったばっかだし、わざわざ自分から突っ込んで、勝手に見つかったやつの尻拭いをする義理は無い。いつものてゐだったら、適当な責任逃れの言葉を考えながら平気でれいせんを見捨てる。だが、
「……分かったよ。買う。買えば問題ないんだろ?」
「そういうこと。じゃ、契約成立だ」
「へいへい」
てゐは指輪を受け取り、代価として、てゐのお小遣いのほとんどを店主に渡した。
「まいど~」
「っち。行くぞ」
「あ、うん……」
れいせんはてゐに連れられながらも、顔はしゅん、としていた。自らの行為もさることながら、てゐに迷惑をかけてしまったのを深く後悔しているのだ。
そんなれいせんを見て、てゐは黙ってさっき買った指輪を差し出した。
「え……?」
「欲しかったんだろ? やるよ」
「……」
「どうした? いらなくなったのか?」
「……ううん、ちがうの」
「なら、どうして……」
「……そのゆびわは、てゐにあげようとおもって、とったの……」
「私に?」
「うん。たのしいことをおしえてくれたおれいに、とおもって」
れいせんはにこっと笑った。その笑顔は、てゐから見れば、とても純粋で輝いている笑顔だった。そして、てゐはその笑顔で自分が何をやったのか、ようやく理解することが出来た。
「……れいせん」
「なに?」
「今日やったことは、もう二度とするなよ」
「え!? どうして!?」
「単純に、お前に悪戯は合わないんだよ。どちらかって言うと、お前は注意するほうがよっぽど似合ってる」
「……」
「だから、もう悪戯はするな。やっぱ、悪戯は注意してくれるやつがいないと、全然面白くないからな」
そう言って、てゐは笑った。傍からその会話を聞いていたら者がいたら、てゐのその笑顔は、先程のれいせんと同じような笑顔に見えたであろう。れいせんも、その笑顔に不思議な力が宿っていることをなんとなく感じた。
「……うん。分かった」
「よし、そろそろ永遠亭に帰るか」
「うん!」
そう言って、れいせんがてゐの手を繋ごうとした時、強烈な眩暈が襲って、再びれいせんは倒れてしまった。
「あ……」
てゐは目の前でれいせんが成長するところを一部始終見る。そして、いつもの姿に戻った鈴仙を見て、フッっと笑い、その指に先程の指輪を付けて上げた。
「これからもよろしくな。敵役(あいぼう)」
てゐはそう言って、一足先に、永遠亭へと戻った。元のサイズの服を持ってくるために。
*
「本来、悪戯とはその背徳感を楽しむものであり、悪戯そのものを楽しんでいるわけではありません。そのことに、ようやく気付いたようですね」
「あら、閻魔様。直々にてゐを迎えにでも来たのですか?」
鈴仙が倒れている上空に、永淋と、楽園の閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥがいた。四季映姫は先程のてゐの言葉を始めから、終わりまで聞いている。永淋も別の場所から、その会話を聞いていたようである。
「そうですね。直々に説教でも聞かせてやろうとも思いましたが……自分で気付いたようなので、無しにしておきましょう」
「それでも、悪戯自体は注意しないのですね」
「時に悪戯はよい結果を生むこともあります。今回のようにね。それに、悪戯するのは本来の欲求を別の方向で実現しているだけです。それを抑えてしまったら、もっと直接的な方法で実行してしまうでしょう。だから、時に悪戯は必要なのですよ」
「素直に自分もこれからやりたいから、人のこと言えないっておっしゃればいいのに。それで、実際どうでした? 薬の効果は?」
「十分ですね。時間もちょうどいいですし、効果も満足しています。それにしても、あなたの頭の回転の良さには、ほとほと感心させられますね」
「何の話でしょうか?」
「とぼけないで下さいよ。薬を廊下に置くことによって、それをてゐが悪戯に使うことも。鈴仙を捜させて、その効果を検証しようとしたことも。ついでに、それでてゐに悪戯とは何たるかを小さくなった鈴仙から教えさせて、行き過ぎた悪戯を防ぐ効果を出したことも。みんな、あなたの思惑でしょう」
「うふふ、気付いておられましたか。もう一つ言えば、うどんちゃんの姿を見たかったから、ってのもありますね。まぁ、本当は姫様に使おうかと思っていたんですけど、急に思いつきましてね。それで」
「全く。あなたは天才だ」
「閻魔様に褒められるなんて、光栄ですわ」
四季映姫はてゐが鈴仙に服を着せて、永遠亭まで運んでいくところを見ながら言う。
「全く。小町も船を流されたら、それをサボりの口実に使わないいい子に育って欲しかったものですが」
「そういえば、閻魔様は休暇を取られておりましたよね。十二時間も」
永淋の言葉に、四季映姫はニッと笑って言った。
「あぁ。存分に楽しんでくるよ」
*
「ん……」
鈴仙は目を覚ますと、寝ぼけ眼ですぐ辺りを見回した。そこはいつも通りの廊下で、自分はなぜここで寝ているのか思い出せない。
うーん、と自分がここに寝ていた経緯を思い出そうとすると、廊下に断末魔の叫びが響いた。
「こんのぉ、腐れ兎ぃぃぃぃ!! 今日という今日は皮引ん剥いて、鍋にしてくれるわぁ!!」
「や~め~て~く~だ~さ~い~!! コードの隠し場所なら教えましたから、それで許してくださいぃぃぃいいいいい!!」
「ざけるなぁ!! 数時間私のパソコンを使えなくした罪は重ぇぞぉ!! 覚悟しろぉ!!」
「いやぁぁぁああああああああああああ!!!」
「……」
何やら、てゐが姫様の逆鱗に触れるようなことをしたらしい。鈴仙は、はぁ、と嘆息吐いた。
鈴仙は姫様の暴走を止めるべく、悲鳴の挙がった場所に向かおうした時、指に違和感があるのに気付いた。
「ん?」
鈴仙が自分の手を見ると、そこには単調な色で彩られた指輪がはめられていた。
(私、こんなもん買ったっけ……?)
「ちょっ!? 姫様!? そのどでかい刃物は何ですか!!?」
「な~に、ちょっと痛いだけですぐに楽になるから。あんたは今までに食べたニンジンの数でも数えてなさい!!」
「いーーやーーぁぁぁぁあああああああああ!!!」
「うわっ! やば!!」
鈴仙はすぐに現場へと急行した。結局、鈴仙が説得して、てゐが借金して新しいパソコンを買うことで輝夜の怒りを鎮めることに成功する。
一方、もう二度と、ハメを外した悪戯をしない、と心の中で固く決意するてゐであった。
襖を開けたら、何かが開けた者に落ちてくるという簡単な悪戯である。
この手の悪戯は使い古されているが、以外に引っかかる者が多く、てゐが愛用している悪戯方法の一つだ。これも永遠亭の襖が高く、大きいからこそ出来る悪戯だ。と、てゐは思っている。
てゐの手が急に止まる。ここで、てゐは重要なことに気付いた。
「一体、何を仕掛けよう……?」
折角落とすのなら、何か今までにないものを落としたいなぁ。と、てゐは辺りをきょろきょろと見回し、目ぼしいものを漁る。
「ん?」
てゐは廊下に転がっているあるものを見て、口の端を歪めた。
「ししししししし……」
*
「んもー。あの子何処へ行ったのかしら」
鈴仙は長い廊下を歩き回っていた。
現在はてゐの捜索、及び頼まれた永淋の落し物探しの真っ最中である。
赤い目を光らせて廊下を隅々まで捜す。探す。
しかし、てゐも探し物も、それらしき影は全く見当たらない。
「全く……てゐも居ないし、師匠の薬も見当たらないし……」
ふと、鈴仙は襖が少し開いているを気付いた。
ん……? もしかしたら、師匠はこの部屋で落としたのかも。てゐも隠れてるかも知れない。
そう思った鈴仙は早速、部屋の襖を開けようし――
「きゃっ!」
何かが落ちて、鈴仙に直撃した。中に入っていた液体で鈴仙の服がびしょびしょになる。
「んもう! てゐね!? もう許さな……い……ん…………だか…………ら……」
鈴仙は突如、強烈な眩暈に襲われる。鈴仙はそれが耐え切れなくなり、そのまま床に倒れてしまった。
*
何かが割れる音をてゐは聞き逃さなかった。
「よっしゃ!」
軽くガッツポーズを取り、てゐはそのまま現場へと向かう。
誰がかかったんだろ? 妥当なところでいけば鈴仙かな。姫様や師匠様だったら、殺されるかもしれないなぁ……。ま、その時にゃ逃げるけど。
てゐがそう思っているうちに、現場へとたどり着いた。
誰かが倒れている。服からして、鈴仙だろう。ま、妥当なところか。おし、思い切りいびってやろう。
「やーい、れ――」
てゐはそこで止まった。
「……え?」
思わず自分の目を疑う。確かに、そこには鈴仙と鈴仙の服があった。ただ、そこにいた鈴仙は――
*
「んで、このちみっこいウドンゲがいたってことね」
「はい……」
鈴仙は、幼子になっていた。今は元のサイズの服を体に巻きつけ、永淋の膝の上に座っている。もらったニンジンスティックをぽりぽりとかじり、本人はそれに夢中になっていた。
一方、てゐは正座で座っていた。永淋の命令である。ちみっこくなった鈴仙をここまで連れてきたのを捕獲された形だ。ちなみに、鈴仙を部屋の前で置き去りにして逃げようとしていたのを、永淋に見つかった形である。
「んで、事情は分かったけど……あ、もっと欲しいの? はい、どうぞぉ」
「ありがとー」
れーせんは永淋から新たなニンジンスティックをもらい、またぽりぽりとかじり始める。永淋はそれを恍惚の目で見て――
「……あの、師匠。帰っていいすか?」
「――っは! い、いいえ、だめよ。てゐ。あなたには、大事な、はな、し、が」
「……話すか、鈴仙見るかどっちかにしたらどうです?」
「……」
結局、永淋は鈴仙に視点をロックして話すことにした。
「それでね、てゐ。この、ウドンゲ、いや、うどんげだけど」
「どう違うんですか?」
「話に一々ちゃちゃ入れない。それでね、まぁここまで幼くなった原因は私が作った薬にあるんだけど」
「一体、なんのために作ったんすか、それ?」
「だから、ちゃちゃ入れんなって言ったろうが!」
「……すみません、つい。あと、鈴仙泣きそうですよ?」
「え? あ、あぁ! よしよし。大丈夫よ、私は怒ってないわ。もう一本いる? あ、ニンジンジュース飲みたい? 待ってて」
コポポポポポポ
「はい、どうぞぉ。うふ、いいのよお礼なんて、私はこう、うどんげの仕草が見れれば十分だから……うふふふふふ」
「……帰っていいすか?」
「え? あ、あぁ……うん、少し待って。うどんちゃんが飲み終わりそうだから」
「名称変わったし!? あと、私と鈴仙の対応の差がひでぇっ!」
「黙りなさい。うどんちゃんが飲んでるでしょ?」
「……はい」
結局、てゐはれいせんが満腹になって、眠る時まで待たされることになる。
*
「んで、話はなんだったけ……? あぁ、そうだそうだ。うどんちゃんの世話ね」
「初耳すけどねぇ……」
「何か?」
「……いえ」
「そう。話を続けるわよ。原因は私が姫様に使お――とにかく、私が作った薬に原因があるんだけど」
(なんか、ろくでもない話が聞こえたような……)
「聞いてる、てゐ? で、ここまで小さくなったからには誰かしら世話する必要があるわけよ」
「はぁ」
「私はやりたくても、てか全ての仕事をほったらかしてやりたくても、ちょうど今は大事な薬を調合している最中だから、出来ないのよ。ひどくデリケートで時間のかかるやつでね。てか、何で今私はこれをやってるんだろう? 姫様でなくても、あんなに可愛い子を世話できるチャンスなのに。やっぱり、あの時『お楽しみは後でじっくりと』なんて考えたからいけないのね。あぁ、ちくしょうが。何でんなこと考えてんだよ。私はよぉ……!」
「し、師匠? あの、それで、一体何が言いたいので、あ、あ、ありましょうか……?」
怖い。純粋に怖い。廊下で『師匠に当てたら逃げればいいやぁ』なんて考えてた私に直々に忠告を与えてやりたい程、怖い。
てゐは、もう二度と師匠を軽々しく見ないことを密かに心の中で誓うのであった。
「――ん? あぁ、ごめんね。てゐ。自分のしたことに今ちょこっと反省してたところだったから」
「さ、さいですか……」
「それでね、私以外にうどんちゃんを世話できる人間と言ったら、もう姫様とあなたしかいなくなるのよ」
「えー? 他の兎でもいいじゃないですかぁ?」
「だめなのよ、それじゃ。うどんちゃんの赤い目は純粋に狂気を振りまくの。まだ、幼いから、力加減が知らなくてね。その狂気に耐えられる、もといあまり影響のない人と言ったら、私と姫様とあなたくらいしかいないわね。あ、あと妹紅がいたけど、まぁ、論外よね」
「じゃあ、結局誰が世話するですか?」
てゐの問いに、永淋は寝ているれいせんの頭をペット感覚で撫でながら、さも当然のごとく答えた。
「そんなの、あなたしかいないじゃない」
「……やっぱり?」
「そもそも、あなたが起こしたのが原因でしょ。それに、普段引き篭もっている姫様にうどんちゃんなんて預けて御覧なさいよ。きっと無責任な親のごとく、何処かしらに放置して遊び呆けるのが目に見えてるわよ」
てゐの頭にれいせんが放置されて泣いているのを横目に、輝夜が最近外の世界から流れてきた携帯ゲームに没頭している姿がありありと思い浮かんだ。
「……そうですね」
「でしょ? で、あと世話できるのはあなたしかいないってわけ。理解した?」
「……了解しましたー」
「はい、よろしい。薬の効果は大体半日だから、その時までよろしくね。あと」
一泊置いて、永淋はずいっとてゐの顔を覗き込んで、
「その間うどんちゃんに何かあったら、あなたを直々に閻魔様のところまで送り届けるから、肝に銘じておきなさい……」
ひどくドスの聞いた声でぼそぼそと、てゐの耳に呪いの呪文のように吹き込んだ。
「……はい」
てゐはただ、機械のように返事をすることしか出来なかった。
*
「だっりー……」
てゐはれいせんの手を握って、長い廊下を歩いている。手を握るのは、れいせんがいつ何時好奇心で飛び出すか分からないためだ。何かあったら閻魔送りにされるので、てゐはこうして予防策として手を握っているのである。ちなみに、服は永淋がどこからか持ってきたのか、いつもの鈴仙の服をれいせんサイズに合わしたものを持ってきた。その時言ったことばは『こんなこともあろうかと』だった。一体、どんなことを想定していたんだ、あの人は。と、てゐは心の中で思ったりする。
一方、れいせんはきょろきょろと辺りを見回しながらも、てゐの手をぎゅっと握っていた。どうやら、てゐを信頼しているらしく、れいせんにとって今のてゐはお姉さんのように慕っているのであろう。
(ったく。なんであたしがガキになった鈴仙の面倒を見なくちゃならなねぇんだよ。そもそも師匠が悪いんじゃねぇかよ。あんなところに薬のビンを転がして置くなんてさ。それに引っかかる鈴仙もそうだ。あー、めんどくさい。めんどくさい。なんで、あたしが……)
「てゐー」
「あ?」
「おしっこー、もれちゃうー」
「んなもん。そこらへんでしてこいや」
「そんなぁ……」
れいせんの目にうるうると涙が溜まる。てゐはぎょっとして、面倒くさそうに頭を掻き毟った。
「あぁもう。分かった分かった。連れて行ってやるから、ちと我慢してろや」
「うー」
てゐはれいせんの手を引き、空を飛ぶ。れいせんは幼すぎてまだ飛べないので、手を握って引っ張って行く。目指すはトイレへ。なかなか情けないシチュエーションだなと、てゐは皮肉交じりに思った。
(つか、あたしらしくねぇ。こんないいことすんのは。あたしならもっと悪いことを……)
そう思った時、てゐに一つのアイディアが思い浮かんだ。そのアイディアにてゐは思わずにやりと、口の端を歪める。
とにかく、今はトイレだ。そう思い、てゐは飛ぶ速度を上げた。
*
てゐとれいせんは永遠亭の外に出て、とある神社へと降り立った。その神社には紅と白の巫女服を着た巫女が箒で掃いているだけで、他に人影はなかった。
てゐとれいせんは茂みに隠れ、状況を伺う。
「ねぇ、てゐ。なにやってるのー?」
「っし! 静かにしな。……なぁ、鈴仙」
「なに?」
「悪戯って好きか?」
「いたずら? うー………………分かんない」
「そっか。じゃあ、あたしが悪戯の楽しさを教えてやる」
「ふぇ?」
てゐはにやりと笑った。てゐの考えはこうだ。普段、鈴仙は悪戯に関して口うるさくて仕方が無い。ならば、幼少期のこの頃から悪戯の楽しさを身をもって知らせれば、注意するどころか、一緒に悪戯をすることになるだろう。そうすれば、邪魔者はいなくなり、私は思う存分悪戯をすることが出来る。
てゐはぬふふ、と笑った。
(これがうまくいけば……素晴らしい未来が待っている!)
てゐはれいせんに一握りの石を持たせる。
「いいか。これをあっちに思いっきり投げるんだ」
「なんで?」
「いいからいいから。投げてみれば、面白いことが待ってるよ?」
「おもしろいこと? うん! わかった!」
そう言うと同時に、れいせんは思いっきり、てゐの指差した方角――博麗神社裏手――に向かって投げた。
投げた石はアーチを描き、裏手の茂みにガサガサと音を立てながら落ちた。
「む! 誰だ!?」
音を聞いた巫女は箒を捨てて、お札を手に茂みへと飛び込む。そして、誰もいなくなった。
「にししししししし……!」
すると、てゐは何処から持ってきたのか、袋いっぱいの石を背中に担いで、お賽銭箱へと近づき、その石を全てお賽銭箱に注ぎ込んだ。
「よし! 逃げるぞ!」
「ふぇ? ふぇ?」
何も分からないれいせんはてゐに手を引っ張られ、そのまま少し離れたところまで連れていかれた。
てゐは指を口に付けて、にんまりと笑う。れいせんもてゐと同じく、静かにそこで待ってみた。
少し時間が経ち。
辺りに「にぎゃぁぁぁーーーーーー!!?」と、巫女の情けない悲鳴が響いた。
その声に、てゐは腹を抱えて思いっきり笑った。れいせんも、その声の間抜け具合に思わず大声を出して笑ってしまった。
しばらく大声で笑っていると、殺気のようなものにてゐは気付いた。巫女が怒りの表情に涙目で、こちらに弾丸のごとく飛んできたのだ。
「っやべ! ずらかるぞ!!」
てゐは周囲に弾幕を張り、またれいせんの狂気の目で巫女を撹乱して、なんとか命からがら逃げ帰ることが出来た。
*
「はぁ……はぁ……どうだった?」
「ふぅ……ふぅ……しぬかとおもったけど、おもしろかった!」
「そうか。おもしろかったのか」
「うん!」
てゐは邪悪に笑った。
(計算通り! これで私の素晴らしい未来に一歩近づいた。さて……鈴仙が元に戻るまでの時間はまだある。よし……)
「楽しかったのなら、もっとするか?」
てゐの問いかけに、れいせんは理解するのに時間がかかったが、理解した途端、即座に答えた。
「うん!」
てゐはシメシメと怪しい笑みを浮かべた。
*
それから、てゐとれいせんは様々な悪戯をする。
紅魔館図書館で、本棚を何棚か倒してみたり。(むきゅー!?)
白玉楼で、庭の木の枝を折り、そこら辺で毟り取った雑草を飾ってみたり。(何っじゃこりゃー!!?)
永遠亭に戻って、姫君のパソコンのコードを全部引っこ抜いて、隠してみたり。(私生きていけないぃぃぃいいいいい!!!)
死神がサボってる間に、船を三途の川に勝手に流してみたり。(ぬおぅ!? ……ま、いっか)
守矢神社の風祝の裾をめくってみたりもした。(きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!(顔真っ赤))
てゐとれいせんはその度に笑い、逃げて、また笑った。
れいせんも着々と悪戯の楽しさに目覚め始めて、思惑通りになっていく。
しかし、てゐはなぜか表情が冴えなかった。
自分でも分からない。いつも通りに悪戯をして、スリルを味わって、楽しんで。なのに、楽しくない。
この気持ちはむしろ……罪悪感?
(……何でこの私が罪悪感なんて覚えなくちゃいけないのよ)
てゐはれいせんの手を握り、れいせんは鼻歌を歌って次にする悪戯を考えている。
ふと、れいせんはポツンと寂しく佇む店を発見した。れいせんはそれを見て、一つ悪いことを考えた。
「てゐ。あそこのものをとろうよ」
「え?」
「いってくる!」
そう言って、れいせんは走って行ってしまった。てゐは今の自分の反応がありえない、と思った。
(何が『え?』だよ。そこは、『行ってこい。ばれるなよ』とか言いながら、こっそり覗いてばれるかばれないかのスリルを味わうところだろ。何で『え?』なんだよ……あーもう。あたしらしくないなぁ……)
てゐがそう考えていると、突然店のほうから泣き声が響いてきた。
てゐがこっそりと覗いてみると、れいせんが思いっきり泣いていて、店主の男が何か言っていた。
「あのね、泣いてもダメだよ? こっちはただでさえ魔理沙とかに色々盗られてるんだから。だからって、君みたいな小さい子も真似しちゃいけないからね? 悪いことなんだから」
「ひっく、だってぇ……たのしい………………から」
「……楽しい?」
あの馬鹿! そう思いながら、てゐは急いで飛び出した。
「ねぇ? 聞こえなかったんだけど、何て言ったの?」
「たのしい――」
「ちょっと、待ったぁーーーー!」
てゐは滑り込むようにして、二人の間を割った。
「おぉ、なんだ。てゐか。ちょうどよかったよ。君のところの兎が僕の店の商品を盗もうとしてたんだ。ちゃんと、叱っておいてくれよ」
「あぁーはいはい。分かった分かった。んで、何を盗もうとしたの?」
セーフ。店主は鈴仙だということに気付いてないようだな。
てゐはホッと、安堵の息をついて、とにかく話題を逸らそうと話をふった。
「これだよ」
そう店主は言って、てゐに単調な色で彩られた指輪を差し出した。
「指輪? 何でこんなものを?」
「さぁ? それは本人に聞いてくれよ。まぁ、とにかく。お代は払ってもらうよ」
「はぁっ!? なんで!?」
「何でじゃないでしょ……。普通なら、君のご主人に連絡して連れて行ってもらってもいいんだけどね。でも、そうすると、色々不都合があるだろ? だから、通報しない代わりの代金だ」
「……っち。分かったよ。払えばいいんだろが、払えば。いくらだ?」
店主が言った金額にてゐは耳を疑った。
「はぁっ!? そんなするのかよ!?」
「まぁ、仮にも外の世界から流れてきた品だからね。希少性から、この値段が妥当ってわけだ」
(私のお小遣いが消えるじゃねぇかよ……)
てゐは正直払いたくなかった。お小遣いはまだもらったばっかだし、わざわざ自分から突っ込んで、勝手に見つかったやつの尻拭いをする義理は無い。いつものてゐだったら、適当な責任逃れの言葉を考えながら平気でれいせんを見捨てる。だが、
「……分かったよ。買う。買えば問題ないんだろ?」
「そういうこと。じゃ、契約成立だ」
「へいへい」
てゐは指輪を受け取り、代価として、てゐのお小遣いのほとんどを店主に渡した。
「まいど~」
「っち。行くぞ」
「あ、うん……」
れいせんはてゐに連れられながらも、顔はしゅん、としていた。自らの行為もさることながら、てゐに迷惑をかけてしまったのを深く後悔しているのだ。
そんなれいせんを見て、てゐは黙ってさっき買った指輪を差し出した。
「え……?」
「欲しかったんだろ? やるよ」
「……」
「どうした? いらなくなったのか?」
「……ううん、ちがうの」
「なら、どうして……」
「……そのゆびわは、てゐにあげようとおもって、とったの……」
「私に?」
「うん。たのしいことをおしえてくれたおれいに、とおもって」
れいせんはにこっと笑った。その笑顔は、てゐから見れば、とても純粋で輝いている笑顔だった。そして、てゐはその笑顔で自分が何をやったのか、ようやく理解することが出来た。
「……れいせん」
「なに?」
「今日やったことは、もう二度とするなよ」
「え!? どうして!?」
「単純に、お前に悪戯は合わないんだよ。どちらかって言うと、お前は注意するほうがよっぽど似合ってる」
「……」
「だから、もう悪戯はするな。やっぱ、悪戯は注意してくれるやつがいないと、全然面白くないからな」
そう言って、てゐは笑った。傍からその会話を聞いていたら者がいたら、てゐのその笑顔は、先程のれいせんと同じような笑顔に見えたであろう。れいせんも、その笑顔に不思議な力が宿っていることをなんとなく感じた。
「……うん。分かった」
「よし、そろそろ永遠亭に帰るか」
「うん!」
そう言って、れいせんがてゐの手を繋ごうとした時、強烈な眩暈が襲って、再びれいせんは倒れてしまった。
「あ……」
てゐは目の前でれいせんが成長するところを一部始終見る。そして、いつもの姿に戻った鈴仙を見て、フッっと笑い、その指に先程の指輪を付けて上げた。
「これからもよろしくな。敵役(あいぼう)」
てゐはそう言って、一足先に、永遠亭へと戻った。元のサイズの服を持ってくるために。
*
「本来、悪戯とはその背徳感を楽しむものであり、悪戯そのものを楽しんでいるわけではありません。そのことに、ようやく気付いたようですね」
「あら、閻魔様。直々にてゐを迎えにでも来たのですか?」
鈴仙が倒れている上空に、永淋と、楽園の閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥがいた。四季映姫は先程のてゐの言葉を始めから、終わりまで聞いている。永淋も別の場所から、その会話を聞いていたようである。
「そうですね。直々に説教でも聞かせてやろうとも思いましたが……自分で気付いたようなので、無しにしておきましょう」
「それでも、悪戯自体は注意しないのですね」
「時に悪戯はよい結果を生むこともあります。今回のようにね。それに、悪戯するのは本来の欲求を別の方向で実現しているだけです。それを抑えてしまったら、もっと直接的な方法で実行してしまうでしょう。だから、時に悪戯は必要なのですよ」
「素直に自分もこれからやりたいから、人のこと言えないっておっしゃればいいのに。それで、実際どうでした? 薬の効果は?」
「十分ですね。時間もちょうどいいですし、効果も満足しています。それにしても、あなたの頭の回転の良さには、ほとほと感心させられますね」
「何の話でしょうか?」
「とぼけないで下さいよ。薬を廊下に置くことによって、それをてゐが悪戯に使うことも。鈴仙を捜させて、その効果を検証しようとしたことも。ついでに、それでてゐに悪戯とは何たるかを小さくなった鈴仙から教えさせて、行き過ぎた悪戯を防ぐ効果を出したことも。みんな、あなたの思惑でしょう」
「うふふ、気付いておられましたか。もう一つ言えば、うどんちゃんの姿を見たかったから、ってのもありますね。まぁ、本当は姫様に使おうかと思っていたんですけど、急に思いつきましてね。それで」
「全く。あなたは天才だ」
「閻魔様に褒められるなんて、光栄ですわ」
四季映姫はてゐが鈴仙に服を着せて、永遠亭まで運んでいくところを見ながら言う。
「全く。小町も船を流されたら、それをサボりの口実に使わないいい子に育って欲しかったものですが」
「そういえば、閻魔様は休暇を取られておりましたよね。十二時間も」
永淋の言葉に、四季映姫はニッと笑って言った。
「あぁ。存分に楽しんでくるよ」
*
「ん……」
鈴仙は目を覚ますと、寝ぼけ眼ですぐ辺りを見回した。そこはいつも通りの廊下で、自分はなぜここで寝ているのか思い出せない。
うーん、と自分がここに寝ていた経緯を思い出そうとすると、廊下に断末魔の叫びが響いた。
「こんのぉ、腐れ兎ぃぃぃぃ!! 今日という今日は皮引ん剥いて、鍋にしてくれるわぁ!!」
「や~め~て~く~だ~さ~い~!! コードの隠し場所なら教えましたから、それで許してくださいぃぃぃいいいいい!!」
「ざけるなぁ!! 数時間私のパソコンを使えなくした罪は重ぇぞぉ!! 覚悟しろぉ!!」
「いやぁぁぁああああああああああああ!!!」
「……」
何やら、てゐが姫様の逆鱗に触れるようなことをしたらしい。鈴仙は、はぁ、と嘆息吐いた。
鈴仙は姫様の暴走を止めるべく、悲鳴の挙がった場所に向かおうした時、指に違和感があるのに気付いた。
「ん?」
鈴仙が自分の手を見ると、そこには単調な色で彩られた指輪がはめられていた。
(私、こんなもん買ったっけ……?)
「ちょっ!? 姫様!? そのどでかい刃物は何ですか!!?」
「な~に、ちょっと痛いだけですぐに楽になるから。あんたは今までに食べたニンジンの数でも数えてなさい!!」
「いーーやーーぁぁぁぁあああああああああ!!!」
「うわっ! やば!!」
鈴仙はすぐに現場へと急行した。結局、鈴仙が説得して、てゐが借金して新しいパソコンを買うことで輝夜の怒りを鎮めることに成功する。
一方、もう二度と、ハメを外した悪戯をしない、と心の中で固く決意するてゐであった。
ただ、少し展開が駆け足気味に感じました。
誰かイラストで書いてくれませんか?
お願いします!!!
>>この手の悪戯は使い古されているが、以外に引っかかる者が多く、
正しくは意外ですね