******
「ぎゃおー!食べちゃうぞー!」
「あら可愛い。あめちゃん食べる?」
「…え?いやその」
レミリアの頭を一撫でして、飴を握らせると、その人間は何処かへ去っていった。
-レミリア・スカーレットはとても困っていた。
何故だか最近人間が怯えてくれないのだ。恐怖する人間の血液こそが吸血鬼の糧だと言うのに。
もごもごと飴を舐めながら次はどうしようか考える。
少し考えたレミリアは、とても良いアイディアを思いついた。
******
「お化け屋敷を作るわよ」
紅魔館の面々を集めて、レミリアはそう宣言した。
「…はい?」
「お化け屋敷を作るわよ」
なんだか間抜けな声を出した門番の為に、レミリアはもう一度宣言した。
「いやあの…」
「発言は挙手してからになさい、小悪魔」
「は、はいっ!すみません!」
「よろしい、では小悪魔さんどうぞ」
挙手した小悪魔に発言を促す。
「そもそも紅魔館自体が既にお化け屋敷だと思うのですが」
これ以上無いほど至極真っ当な意見であった。
「甘い!昨日もらった飴くらい甘いわ!」
「あ、飴もらったんですか?いいなぁ…」
「いいでしょう?最近よくもらうのよ。…って今はそれはどうでもいい」
話が逸れかけたのを軌道修正して、
「最近私達を怖がらない人間が増えました」
そうレミリアは何故か丁寧な言葉で言い始める。
「と言うわけで人間どもを恐怖のどん底に叩き落す為にはッ!」
がばっ!と背後に設置されていたホワイトボードにかけられた布を剥ぎ取り、
「ただ化け物を置いておくだけじゃ駄目なの!恐怖を煽る雰囲気作りや効果的な演出が必要なのよ!」
ばばーん!とかそんな感じの文字を背後に躍らせながら、企画らしきものが綴られたホワイトボードを叩きつつレミリアは熱弁した。
「それじゃあ今すぐ企画の会議に入るわ。咲夜、お茶を用意なさい」
「かしこまりました」
そんなこんなで、お化けたちによるお化け屋敷の企画会議が始まった。
******
「まずはどんなコンセプトで攻めるかが重要ね」
「こ、こんせぷと?」
門番がまたもや困惑しつつ口を挟んだ。
「ゴシックホラーか、はたまた和風の怪談か…モンスターホラーや都市伝説で攻める手もあるわ」
「待って、レミィ。場所はどうするの?紅魔館をこのまま使うのであればゴシックホラーしか出来ないわよ」
読書しつつ会議に参加していたパチュリーがそう口を挟む。
「そう、それも問題ね…経路に幻覚を仕掛ければどうにかならないかしら?」
「ああ、そうね。それで大丈夫よ、問題ないわ」
小悪魔はパチュリーの読んでいた本のタイトルに気付く。『よく分かるお化け屋敷作り』だった。何気に乗り気だった。誰が、どんな目的で、どんな層に向けて書いたのかよく分からない本だが、そんな本は山ほどあるから気にしてはいけない。
そう言えばこの人もこういうのが大好きなのだ。レミリアと違うのは本気か悪乗りかと言う点だけだ。
そして、どちらも何か始めてしまうと手に負えないと言う点で共通している。小悪魔はとてもイヤな予感に襲われた。
「うーん…口裂け女…」
「ひはい…ひはいへふ…」
レミリアは門番の口を引っ張って広げていた。
「…都市伝説は駄目ね。ちっとも怖くないわ」
いとも簡単に一つ選択肢が消えていた。
「待ちなさいレミィ。都市伝説を馬鹿にしてはいけないわ」
そもそも幻想郷は都市じゃないので、パチュリー以外の誰も都市伝説を詳しく知らない。
レミリアは口裂け女と言う語感から何となく門番の口を引っ張ってみただけだった。門番はただの引っ張られ損だった。
「良い?まず口裂け女と言うのはね…」
******
登場人物は…そうね、A君としましょう。
夕方、A君が学校の帰り道を一人で歩いていると、女が一人、近寄ってくるのよ。
なんだろう、何か用かな、と思ってA君がその女の顔を見ると、風邪でもひいているのか、大きなマスクをしているのが見えるの。
そしてね、その女はこう言うの。
「ワタシ、綺麗?」
マスクで大きく顔が隠されているけれど、なんとなく美人である事が分かる顔立ちをしているから、A君は少し不気味に思いながらも素直に「綺麗です」と答えるとね、
女はそのマスクを剥ぎ取って、
「これでもォ?」
と、耳まで裂けた口をあらわにしながら、笑ってそう言ったの。
余りの恐怖にA君が立ちすくんでいると、その女は鎌を取り出して…
******
「…と言う妖怪なの。って…何故咲夜以外は耳を塞いでいるのかしら」
「だって凄い怖いですよっ!?」
「怖い…口裂け女怖い…」
「…な、中々やるわね…」
小悪魔と門番とレミリアが怯える中、咲夜は微動だにせず涼しい顔で立っている。
余りの静止っぷりに疑問を抱いた小悪魔がよく見ると、立ったまま気絶しているのだった。本人の威厳の為に黙っておく事にした。
「まだまだあるわよ。例えば、てけてけなんか…」
「も、もういいわ。別なのにしましょう」
「待ちなさいレミィ、話を聞いてからでも遅くはないわ」
******
それはね、ある雪国の冬にあった出来事だったわ。
いつも通り、とはとても言えないほどの猛吹雪の日、それでも雪国の鉄道って言うのはね、都会のと違ってちゃんと運行する物なのよ。
ところが、不思議な事に…いいえ、それほど不思議でもないのかしら、猛吹雪の日だったし、田舎の深夜だって事もあって、その列車には車掌と運転手の二人しか乗って居なかったの。
今日の仕事はこれで終わり、乗客ももう居ないという事もあって、二人が談笑しながら列車を走らせているとね。
突然、運転手が急ブレーキをかけたの。ああ、まさか、と車掌は職業柄すぐにそれを思い浮かべたんだけど、まあその予想は当たってたわ。
飛び込み自殺だったのよ。
どんな悩みがあって飛び込んだのかは分からないけれど、その自殺者はセーラー服を着ていたわ。
普通の生徒と違うのは、下半身がぐちゃぐちゃに潰れてしまっていた事くらいかしら。
これはもう死んでいるであろう事はすぐに分かったから、車掌は運転手を残して警察に連絡しに歩いて前の駅まで戻っていく事にしたの。
幸い、五分も歩けばたどり着ける距離だったらしいわ。
運転手は死体のすぐ傍に取り残される事になったのだけれど、まあ彼も職業柄慣れていたのね、列車の中で、余りそちらに目を向けないようにしながら、ストーブで温まっていると、
ずり、ずり、と何かを引きずるような音が聞こえてきたのよ。
ぞくり、と寒さの所為だけじゃない悪寒が運転手の背中を走ったわ。だって、そんな音を立てる物なんて、近くにないんだもの。
近くにある物といえば、今目の前にあるストーブと、
下半身が潰れた、死体。それだけの筈。
…その後、何が起こったかはよく分かっていないわ。
戻ってきた車掌と、鉄道警察が見た物はね、
近くにあった電信柱に登って、恐怖の表情を張り付かせたまま凍死している運転手と、
その運転手にしがみついていた、女生徒の上半身、だったのよ。
******
「…そうそう、てけてけはこの話を聞いた人の所に訪れるのよ」
「く…来るの?」
「ええ、必ず来るわ。その時にね、自分が失った足を取り戻すため、おいてけ、おいてけ、と言って足をもぎ取るのよ。てけてけと言うのはその『おいてけ』と言う言葉から付けられた名前よ」
「………」
「………」
「………」
恐怖で場の空気が凍ってしまっていた。咲夜は幸運にもまだ気絶中で話を聞いていなかった。
「…て、てけてけだろうが何だろうが私の敵じゃないわ。ああ、そうだパチェ、今夜は久しぶりに一緒に寝ましょう」
「そうそう、次はさっちゃんと言う歌に秘められた都市伝説があってね…」
******
「バ、バナナよ!バナナをありったけ里からかき集めなさいッ!」
話が終わる頃には趣旨が変わっていた。
「どうかしら、都市伝説。中々良いと思うのだけれど」
ああ、でも再現が大変かしら、とパチュリーは言った。
「そ、そうね。で、でもあんまり怖くもなかったし」
実は怖すぎで思い返すのもイヤだった。慌ててレミリアは話題を変えようとする。
これ以上話を引っ張ってトラウマを増やされたらたまった物ではないからだ。
「と言う訳で別なのがいいと思います」
何故か丁寧な言葉になっていた。
「となると、基本のゴシックホラーか、和風の怪談か…モンスターホラーは止めた方が良いと思うわ」
単純だし。詰まらなそうにパチュリーはそう言った。
「ストーリー性を破棄して、人の心理の弱点を突いて、効果的なタイミングで脅かし続ければパニックを引き起こすのは簡単よ。けれど、それは多分吸血鬼が求める…」
いえ…それが吸血鬼の求める恐怖なのかしら?そうパチュリーはレミリアに訊ねる。ちなみにようやく咲夜は気を取り戻していた。何事もなかったかのように装っているが。
「それでいいです」
そうレミリアは答えた。下手にストーリー性を追求されると、また怖い話を聞かされると思ったからだ。
「それじゃあ、怖そうなモンスターを作りましょうか」
「そう、そういうの大好きよ。そういうのでいいのよ最初から」
都市伝説なんて…ああでも何だかまた今度聞いてみたい気もするけど、とりあえず懲り懲りだとレミリアは思いつつ、モンスターホラー系で攻める事にした。
「ならデザインをどうするかが非常に重要な問題よ。モンスター、と名前についていても、大抵は人間に近い姿である事が多いわ。これはね、訳の分からない怪物よりも、悪意のある人間の方が怖いと思われているからよ」
もちろん、得体の知れない怪物が襲い掛かってくる物もあるけれど、とパチュリーは付け足した。
「人間の形をしたモンスターは、例えば、仮面を被って、チェーンソーを持った大柄の人間なんかがあるわ」
「…全然怖くないわね」
「怪力の上に死なないのよ。まあ、実際に映像を見てみれば分かりやすいわ」
そう言ってパチュリーは水晶玉を取り出し、小悪魔にスクリーンを出すように指示した。
******
「ぎゃー!?」
「ひえぇぇぇ!」
「………」(パチュリーの服を掴んで震えている)
「………」(気絶しているようだ)
******
「…と、こういう感じなのだけれど」
「ぜ、全然怖くなかったわ!だから却下!他のも見せなくていいわ!」
実際は怖かったから却下なのだった。もう色々とダメダメだった。
「となると…残るのはゴシックホラーに和風の怪談ですか」
ゴシックホラーや怪談に出てくる妖怪と付き合いがある門番は気楽そうに言った。
「そうね、この二つは幻想郷では珍しくもないのだけれど…」
「怖くなければなんでもいいわ」
本音が漏れていた。
「…?何を言っているのかしら、レミィ。怖くないお化け屋敷なんて作っても意味がないでしょう」
「ちょ、ちょっと間違えただけよ。怖ければなんでもいいと言おうとしたの」
それで、とパチュリーが続ける。
「ゴシックホラーは簡単ね。貴女の存在そのものが典型なのだから」
「そう、そうよ。最初から素材を生かす努力をすべきだったのよ」
古びれた洋館!轟く雷鳴に浮かび上がる吸血鬼の影!完璧だわ!とレミリアは興奮しつつ言った。
「あの…」
「何よ小悪魔」
「それって、単に天気が悪い日の紅魔館では…」
「………」
至極真っ当な意見だった。少なくともこの中の誰一人として怖がらない、紅魔館の日常風景だった。
「…い、いいのよ!これでいいの!これで決まり!さあ、準備にかかりなさい!」
レミリアがそう宣言した。館の主が決定してしまった以上、これはもうそうするしかないと四人は思った。咲夜もいつの間にか気を取り戻していた。
そして…
******
ぴしゃーん!ごろごろごろ…!
「ぎゃおー!食べちゃうぞー!」
「あら可愛い。あめちゃん食べる?」
「…え?いやその」
これでもう47個目の飴玉だった。
「………」
興行としてはそれなりに収益が上がったが、恐怖を与えているかと言えば全然ダメダメだった。
さて、次はどうしよう、と、レミリア・スカーレットは本日三個目の飴を舐めながら再び頭を悩ませた。
完。
******
「ぎゃおー!食べちゃうぞー!」
「あら可愛い。あめちゃん食べる?」
「…え?いやその」
レミリアの頭を一撫でして、飴を握らせると、その人間は何処かへ去っていった。
-レミリア・スカーレットはとても困っていた。
何故だか最近人間が怯えてくれないのだ。恐怖する人間の血液こそが吸血鬼の糧だと言うのに。
もごもごと飴を舐めながら次はどうしようか考える。
少し考えたレミリアは、とても良いアイディアを思いついた。
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「お化け屋敷を作るわよ」
紅魔館の面々を集めて、レミリアはそう宣言した。
「…はい?」
「お化け屋敷を作るわよ」
なんだか間抜けな声を出した門番の為に、レミリアはもう一度宣言した。
「いやあの…」
「発言は挙手してからになさい、小悪魔」
「は、はいっ!すみません!」
「よろしい、では小悪魔さんどうぞ」
挙手した小悪魔に発言を促す。
「そもそも紅魔館自体が既にお化け屋敷だと思うのですが」
これ以上無いほど至極真っ当な意見であった。
「甘い!昨日もらった飴くらい甘いわ!」
「あ、飴もらったんですか?いいなぁ…」
「いいでしょう?最近よくもらうのよ。…って今はそれはどうでもいい」
話が逸れかけたのを軌道修正して、
「最近私達を怖がらない人間が増えました」
そうレミリアは何故か丁寧な言葉で言い始める。
「と言うわけで人間どもを恐怖のどん底に叩き落す為にはッ!」
がばっ!と背後に設置されていたホワイトボードにかけられた布を剥ぎ取り、
「ただ化け物を置いておくだけじゃ駄目なの!恐怖を煽る雰囲気作りや効果的な演出が必要なのよ!」
ばばーん!とかそんな感じの文字を背後に躍らせながら、企画らしきものが綴られたホワイトボードを叩きつつレミリアは熱弁した。
「それじゃあ今すぐ企画の会議に入るわ。咲夜、お茶を用意なさい」
「かしこまりました」
そんなこんなで、お化けたちによるお化け屋敷の企画会議が始まった。
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「まずはどんなコンセプトで攻めるかが重要ね」
「こ、こんせぷと?」
門番がまたもや困惑しつつ口を挟んだ。
「ゴシックホラーか、はたまた和風の怪談か…モンスターホラーや都市伝説で攻める手もあるわ」
「待って、レミィ。場所はどうするの?紅魔館をこのまま使うのであればゴシックホラーしか出来ないわよ」
読書しつつ会議に参加していたパチュリーがそう口を挟む。
「そう、それも問題ね…経路に幻覚を仕掛ければどうにかならないかしら?」
「ああ、そうね。それで大丈夫よ、問題ないわ」
小悪魔はパチュリーの読んでいた本のタイトルに気付く。『よく分かるお化け屋敷作り』だった。何気に乗り気だった。誰が、どんな目的で、どんな層に向けて書いたのかよく分からない本だが、そんな本は山ほどあるから気にしてはいけない。
そう言えばこの人もこういうのが大好きなのだ。レミリアと違うのは本気か悪乗りかと言う点だけだ。
そして、どちらも何か始めてしまうと手に負えないと言う点で共通している。小悪魔はとてもイヤな予感に襲われた。
「うーん…口裂け女…」
「ひはい…ひはいへふ…」
レミリアは門番の口を引っ張って広げていた。
「…都市伝説は駄目ね。ちっとも怖くないわ」
いとも簡単に一つ選択肢が消えていた。
「待ちなさいレミィ。都市伝説を馬鹿にしてはいけないわ」
そもそも幻想郷は都市じゃないので、パチュリー以外の誰も都市伝説を詳しく知らない。
レミリアは口裂け女と言う語感から何となく門番の口を引っ張ってみただけだった。門番はただの引っ張られ損だった。
「良い?まず口裂け女と言うのはね…」
******
登場人物は…そうね、A君としましょう。
夕方、A君が学校の帰り道を一人で歩いていると、女が一人、近寄ってくるのよ。
なんだろう、何か用かな、と思ってA君がその女の顔を見ると、風邪でもひいているのか、大きなマスクをしているのが見えるの。
そしてね、その女はこう言うの。
「ワタシ、綺麗?」
マスクで大きく顔が隠されているけれど、なんとなく美人である事が分かる顔立ちをしているから、A君は少し不気味に思いながらも素直に「綺麗です」と答えるとね、
女はそのマスクを剥ぎ取って、
「これでもォ?」
と、耳まで裂けた口をあらわにしながら、笑ってそう言ったの。
余りの恐怖にA君が立ちすくんでいると、その女は鎌を取り出して…
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「…と言う妖怪なの。って…何故咲夜以外は耳を塞いでいるのかしら」
「だって凄い怖いですよっ!?」
「怖い…口裂け女怖い…」
「…な、中々やるわね…」
小悪魔と門番とレミリアが怯える中、咲夜は微動だにせず涼しい顔で立っている。
余りの静止っぷりに疑問を抱いた小悪魔がよく見ると、立ったまま気絶しているのだった。本人の威厳の為に黙っておく事にした。
「まだまだあるわよ。例えば、てけてけなんか…」
「も、もういいわ。別なのにしましょう」
「待ちなさいレミィ、話を聞いてからでも遅くはないわ」
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それはね、ある雪国の冬にあった出来事だったわ。
いつも通り、とはとても言えないほどの猛吹雪の日、それでも雪国の鉄道って言うのはね、都会のと違ってちゃんと運行する物なのよ。
ところが、不思議な事に…いいえ、それほど不思議でもないのかしら、猛吹雪の日だったし、田舎の深夜だって事もあって、その列車には車掌と運転手の二人しか乗って居なかったの。
今日の仕事はこれで終わり、乗客ももう居ないという事もあって、二人が談笑しながら列車を走らせているとね。
突然、運転手が急ブレーキをかけたの。ああ、まさか、と車掌は職業柄すぐにそれを思い浮かべたんだけど、まあその予想は当たってたわ。
飛び込み自殺だったのよ。
どんな悩みがあって飛び込んだのかは分からないけれど、その自殺者はセーラー服を着ていたわ。
普通の生徒と違うのは、下半身がぐちゃぐちゃに潰れてしまっていた事くらいかしら。
これはもう死んでいるであろう事はすぐに分かったから、車掌は運転手を残して警察に連絡しに歩いて前の駅まで戻っていく事にしたの。
幸い、五分も歩けばたどり着ける距離だったらしいわ。
運転手は死体のすぐ傍に取り残される事になったのだけれど、まあ彼も職業柄慣れていたのね、列車の中で、余りそちらに目を向けないようにしながら、ストーブで温まっていると、
ずり、ずり、と何かを引きずるような音が聞こえてきたのよ。
ぞくり、と寒さの所為だけじゃない悪寒が運転手の背中を走ったわ。だって、そんな音を立てる物なんて、近くにないんだもの。
近くにある物といえば、今目の前にあるストーブと、
下半身が潰れた、死体。それだけの筈。
…その後、何が起こったかはよく分かっていないわ。
戻ってきた車掌と、鉄道警察が見た物はね、
近くにあった電信柱に登って、恐怖の表情を張り付かせたまま凍死している運転手と、
その運転手にしがみついていた、女生徒の上半身、だったのよ。
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「…そうそう、てけてけはこの話を聞いた人の所に訪れるのよ」
「く…来るの?」
「ええ、必ず来るわ。その時にね、自分が失った足を取り戻すため、おいてけ、おいてけ、と言って足をもぎ取るのよ。てけてけと言うのはその『おいてけ』と言う言葉から付けられた名前よ」
「………」
「………」
「………」
恐怖で場の空気が凍ってしまっていた。咲夜は幸運にもまだ気絶中で話を聞いていなかった。
「…て、てけてけだろうが何だろうが私の敵じゃないわ。ああ、そうだパチェ、今夜は久しぶりに一緒に寝ましょう」
「そうそう、次はさっちゃんと言う歌に秘められた都市伝説があってね…」
******
「バ、バナナよ!バナナをありったけ里からかき集めなさいッ!」
話が終わる頃には趣旨が変わっていた。
「どうかしら、都市伝説。中々良いと思うのだけれど」
ああ、でも再現が大変かしら、とパチュリーは言った。
「そ、そうね。で、でもあんまり怖くもなかったし」
実は怖すぎで思い返すのもイヤだった。慌ててレミリアは話題を変えようとする。
これ以上話を引っ張ってトラウマを増やされたらたまった物ではないからだ。
「と言う訳で別なのがいいと思います」
何故か丁寧な言葉になっていた。
「となると、基本のゴシックホラーか、和風の怪談か…モンスターホラーは止めた方が良いと思うわ」
単純だし。詰まらなそうにパチュリーはそう言った。
「ストーリー性を破棄して、人の心理の弱点を突いて、効果的なタイミングで脅かし続ければパニックを引き起こすのは簡単よ。けれど、それは多分吸血鬼が求める…」
いえ…それが吸血鬼の求める恐怖なのかしら?そうパチュリーはレミリアに訊ねる。ちなみにようやく咲夜は気を取り戻していた。何事もなかったかのように装っているが。
「それでいいです」
そうレミリアは答えた。下手にストーリー性を追求されると、また怖い話を聞かされると思ったからだ。
「それじゃあ、怖そうなモンスターを作りましょうか」
「そう、そういうの大好きよ。そういうのでいいのよ最初から」
都市伝説なんて…ああでも何だかまた今度聞いてみたい気もするけど、とりあえず懲り懲りだとレミリアは思いつつ、モンスターホラー系で攻める事にした。
「ならデザインをどうするかが非常に重要な問題よ。モンスター、と名前についていても、大抵は人間に近い姿である事が多いわ。これはね、訳の分からない怪物よりも、悪意のある人間の方が怖いと思われているからよ」
もちろん、得体の知れない怪物が襲い掛かってくる物もあるけれど、とパチュリーは付け足した。
「人間の形をしたモンスターは、例えば、仮面を被って、チェーンソーを持った大柄の人間なんかがあるわ」
「…全然怖くないわね」
「怪力の上に死なないのよ。まあ、実際に映像を見てみれば分かりやすいわ」
そう言ってパチュリーは水晶玉を取り出し、小悪魔にスクリーンを出すように指示した。
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「ぎゃー!?」
「ひえぇぇぇ!」
「………」(パチュリーの服を掴んで震えている)
「………」(気絶しているようだ)
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「…と、こういう感じなのだけれど」
「ぜ、全然怖くなかったわ!だから却下!他のも見せなくていいわ!」
実際は怖かったから却下なのだった。もう色々とダメダメだった。
「となると…残るのはゴシックホラーに和風の怪談ですか」
ゴシックホラーや怪談に出てくる妖怪と付き合いがある門番は気楽そうに言った。
「そうね、この二つは幻想郷では珍しくもないのだけれど…」
「怖くなければなんでもいいわ」
本音が漏れていた。
「…?何を言っているのかしら、レミィ。怖くないお化け屋敷なんて作っても意味がないでしょう」
「ちょ、ちょっと間違えただけよ。怖ければなんでもいいと言おうとしたの」
それで、とパチュリーが続ける。
「ゴシックホラーは簡単ね。貴女の存在そのものが典型なのだから」
「そう、そうよ。最初から素材を生かす努力をすべきだったのよ」
古びれた洋館!轟く雷鳴に浮かび上がる吸血鬼の影!完璧だわ!とレミリアは興奮しつつ言った。
「あの…」
「何よ小悪魔」
「それって、単に天気が悪い日の紅魔館では…」
「………」
至極真っ当な意見だった。少なくともこの中の誰一人として怖がらない、紅魔館の日常風景だった。
「…い、いいのよ!これでいいの!これで決まり!さあ、準備にかかりなさい!」
レミリアがそう宣言した。館の主が決定してしまった以上、これはもうそうするしかないと四人は思った。咲夜もいつの間にか気を取り戻していた。
そして…
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ぴしゃーん!ごろごろごろ…!
「ぎゃおー!食べちゃうぞー!」
「あら可愛い。あめちゃん食べる?」
「…え?いやその」
これでもう47個目の飴玉だった。
「………」
興行としてはそれなりに収益が上がったが、恐怖を与えているかと言えば全然ダメダメだった。
さて、次はどうしよう、と、レミリア・スカーレットは本日三個目の飴を舐めながら再び頭を悩ませた。
完。
******
あめちゃんモゴモゴしてるレミリアは別の意味で発狂ものですが
時折丁寧口調になるおぜう様が可愛すぎてもうね
あと、無自覚編のオチが良かったです。
確かに、変に狙ってこけるのはよくありますし。
クトゥルフ神話体型も東方と広まり方が似てますよね