7と7。要するに、今日。
窓から差しこむ光に優しく起こされる。眠い目をこすりながら身体を起こすと、6の字が目に飛びこんできた。緩慢に立ち上がって、壁にかけられたその字をめくる。そこに無機質な7の字が姿を現した。いつか慧音が置いて行ったこの日めくりカレンダーは、日と、あとは月がちょこんとが書かれているだけでいやに簡素だった。私はそこが好きなんだけど。
二つの7。無機質な文字が示した今日という日は、無機質とは正反対の面倒極まりない日になるんだろう。
着替えて、そんなことを考えながら髪を整える。鏡に映った長い髪が、朝日を反射した。これだけ長い髪だと、梳かすのだって面倒だ。私だって普段はこんなことやらない。慧音が訪れている時に、慧音がどうしても私の身だしなみを整えたい、髪の毛を梳かしたい、っていう時にはやってもらうけど、自分では絶対にやりたくない。――それじゃなんで私、こんなこと、してるんだろう。
はぁとため息を吐く、と同時にコツンコツンと慎ましやかな音が響いた。
「なんだよ。もうアイツ来たのかよ……」
けれど、そんなのは放っておいて、厄介な程長い髪の毛と格闘する。
「あー、くそ。なんで慧音はあんなに上手にできるんだ」
慣れないことはしてみるもんじゃない。でも、なんか前にも同じようなこと、していた気がする。
来客を知らせるノックの音が、一定の間隔で私を急かす。
「あー、もう!うるさいな。開ければいいんでしょ!!」
妙にリズムよく打たれるノックの音にいい加減いらいらしてきて、私は仕方なしに扉へと身体を動かす。引き戸に手をかけて、乱暴に開く。そして、案の定そこにいる、奴に文句を――
「約束の時間より早いんだから、」
そんなに急かすなよ、という言葉は口から出なかった。なんだよ、その格好。
「おはよう、妹紅。どうしたの? 固まっちゃって」
いらつく程になれなれしく、コイツは、輝夜は言う。いつもの重そうな服ではなしに、真白なワンピースを着ていて、いつもの黒くて長い、重そうな髪は一つに束ねてあった。麦わら帽子の下で、不愉快な笑みを浮かべている。……普段通りの格好の私が、ちょっと惨めじゃないか。
そんなことを考えていても仕様がないから、不本意だけど、輝夜を招き入れる。
「ん、うん。まぁ入りなよ」
念の為に辺りを見回してみたけど、監視役と思しき人影はなかった。
「ふふっ、誰もいないわよ。そういう決まりでしょう」
そうやってくすくす笑うと、白い裾がちらちら動いて目障りだ。なんだか遣る瀬なくなる。決まり、って、お前が言いだしたことだろう。
「お前は信用できない」
「あーあ、ひどいひどい。ところで、貴方寝起き? 髪の毛、ボサボサじゃない」
輝夜は私の言ったことは適当に流して、そう聞き返してきた。
「うるさいな。なんだっていいでしょ」
そう言って鏡を見てみる。……たぶん、寝起きよりボサボサだ。
「私が梳かしてあげましょうか?」
「な、なんで」
思わず固まる。
「いいじゃない」
そう言って輝夜は、私を鏡台の前に押しやった。手には既に櫛が握られている。
「それにしても、中々良い鏡台ね」
「……白々しいことを言うな」
しゃがみながら、眼の前の鏡を見つめる。母上の形見。両親が残した唯一のマトモな形見。押入れに押し込んであるけれど、粉々になった玉の枝は、形見なんかじゃない。あれから湧き上がるのは父上の姿ではなしに、輝夜への憎しみだけだ。
輝夜は麦わら帽を傍らに置くと鏡越しに私を見つめてから、無言で私の髪を梳かし始めた。一瞬ビクリとしてしまったが、憎たらしいぐらいの優しい手つきに、何故だかほっとした。目を閉じる。遠い昔、母上に髪を梳かしても貰ったことを思い出した。光景までは思い出せない。感覚として、身体が覚えているのだろう。慧音が梳かしてくれる時は、こんなこと思わなかったのに。輝夜、むかつく。
「今日はいい天気ね」
輝夜が出し抜けに口を開いた。
「知ってる」
目を閉じていたって、七月の明るい光を感じられる。今日は青天か。夜には天の川が、見えるんだろう。
「釣れないわねぇ。――それにしても、綺麗な髪。嫉妬するわ」
「そ、そう、かな……?」
思わず目を開いてしまった。伏し目がちに鏡を見つめた。輝夜が、満ち足りた表情で、私の髪の毛を、嗅いでいた。
「ちょ、ちょっとやめろよ!」
驚いて振り返る。輝夜は私の髪の毛を、そっとすくって、鼻元にやっていた。たぶんこういうのを上品な仕草、っていうんだろう。えげつない。
「いい香り。何を使ったらこんなになるのよ。こんな貧相な竹林暮らしのくせに」
「うるさい黙れ!」
ちょっと油断したらすぐこれだ。口の悪さは変わらない。
「あら、ごめんなさい。いつもの癖よ。で、なにを使ったら、こんなに艶やかでいい香りを放つ髪の毛になるのよ」
「ラベンダーのシャンプー、使ってる」
「らべんだーの、しゃんぷー?」
「そう。慧音が持ってきてくれるのを使ってる。別にこだわったりはしてない」
「ふーん……で、なにそれ?」
輝夜が少し考えた振りをしてから訪ねてきた。
「何って、ラベンダーの精油を使ったシャンプーだって」
「いやだから、らべんだー、とか、しゃんぷーって、なに?」
輝夜がたどたどしく言う。なんだか分からないけど、いい気味だ。
「ぷっ、引き籠ってばかりだからこんなことも知らないんだ」
「ッ、うっさいわね竹林乞食」
「乞食じゃない!」
お互いの罵声が飛んで、しばらく沈黙が流れる。
「……それで、教えてよ」
意地でも黙っていようかと考えたけど、輝夜の白いワンピースを眺めていたら、まぁいいかと思った。
「……ラベンダーっていうのは植物。所謂ハーブっていう、香りを楽しむような嗜好品でもあるけど、食べることもできる。花は綺麗な紫色」
って、けーねが言ってた。受け売りだけど、私の知識もそんじょそこらの引き籠りには負けてない。
「そう。その香りが、これなのね」
忘れてたけど、輝夜は未だに私の髪の毛を手に乗せて嗅いでいる。なんか、私が恥ずかしくなってきた……。
「ね、ねぇ。それ、やめてくれない?」
「あ、それでしゃんぷー、っていうのは?」
無視された。
「髪の毛を洗う洗剤みたいなもの」
「毎日、洗ってるの?」
「まぁ」
「へぇ……うん。この手触りに香り、匂油とは違うと思った」
輝夜が私の髪の毛に指を通して、その髪の束を揺らしている。ほのかなラベンダーの香りは私にも届いた。
「だからさぁ……」
私がうんざりとして口を開くのに被せて、輝夜が言う。
「里に売ってるのかしら?」
「何が?」
「その、シャンプー、よ」
「さぁ? 慧音に聞いてみないと分からない」
「それじゃ、駄目じゃない」
そう。それじゃ駄目だ。今日は駄目なんだ。今日は私たち二人のことに、私たち二人以外は干渉しない、っていう決まりになってる。
「駄目だね」
「探しにいきましょうよ」
「あてなんて、ないよ?」
「いいわよ」
めんどくさい。けど、そういえば輝夜が麦わら帽を被ってきたことを思い出す。最初からこういうつもりだったんだろうな。別に見つからなくたって構わないんだろう。シャンプーだってその気になれば、輝夜の屋敷で医者をしている八意永琳に任せて作れるに違いない。
仕様がない。元から不毛で面倒な一日だって分かってるんだから、これくらいは付き合う。
「……それじゃ、早く髪の毛梳かして」
「えぇ。そうだったわね」
そう言って輝夜は再び櫛を動かし始めた。単調な作業の中でうとうととし始めたころ、輝夜に揺すり起こされる。
「寝ないでよ」
「別に寝てない。リボンは自分でつけるからいい」
私がそう言うと輝夜は麦わら帽子を片手に先に立ち上がって、扉の前で私を待っている。手を後ろに組んで、柱に寄りかかって……これがあの輝夜だとは思えない。白いワンピースは似合ってはいないけど、そんな輝夜がちょっとだけ綺麗に見えた。
少しだけ、髪の毛がいつもよりさらりと流れるのを感じながらリボンを着ける。
「行こう」
それだけ言って、私は輝夜の横を通って扉を通り抜けた。
「えぇ」
輝夜もそれだけ言って、私の後に着いてきた。
「暑いわね」
輝夜が麦わら帽子の下で目を細めながら言う。
「……うん。だから、今日はそんな服装なのか?」
別に、輝夜がどんな格好をしていても関係ないけど。一つに束ねられた長い黒髪を眺めて、そんなことを思う。
「理由の九割はそんなところね」
「ふーん」
「……残りの一割、気にならないの?」
「別に」
「気になる癖に」
「気にならない」
「ッ……いいわよ。頼まれたって教えないもの」
「そ。ところで、結局どうするんだ?」
さっきも言った通り、あてはない。無計画に家を出たが、日差しは容赦がない。私は平気でも、引き籠りの輝夜には辛いかもしれない。ま、どう頑張ったって死なないから平気だろうけど。
「貴方に任せるわよ」
輝夜が白いワンピースに飛び付く小さな虫を払いながら言う。
「無責任な奴」
「これでも姫ですから」
「そういうのは無し、って決まりじゃなかったか?」
今日だけは「輝夜」と「妹紅」なのだ。蓬莱山輝夜でなければ、藤原妹紅でもない。つまり、今日だけは二人とも、ただの少女――
「……そういえば、そうだった気が、するわね」
今日という、年に一度の休戦日にはいくつかの決まりがある。で、その決まりを破ったら、
「決まりを破ったら一回につき一度、相手の言うことをなんでも聞く、だったよね?」
ということだ。もちろん、今日に限って。
「……えぇ」
「言いだしたのはお前なのに、いつもお前ばかりが決まりを破ってる気がする」
「うるさいわね……で、なにすればいいの?」
といっても、私は別になにもない。毎年のことなんだけど。
「別になにもない――」
私がそう言ったところで、グゥ、と腹の虫が鳴いた。
「……そっか。妹紅、貴方まだ朝食食べていないのね」
お前が早く来るからだ。本当はちゃんと余裕があったのに。でも、どうせ使い道のない命令なんだから、適当に消化するか。
「……食事処にいこう」
「えぇ。一回だけ、貴方の言うことはなんでも聞くわよ」
姑息な奴だ。
似たような景色を幾度も通り抜ける。竹はぐんぐんと背を伸ばして、次の日にはまるで違った様子を見せる。この季節の竹林は一瞬一瞬で陽の入り方が変わってしまうようにすら思えた。竹の合間から差し込む光は、竹林の透き通った空気と混ざってうっすらぼんやり、宙に浮いていた。目印はないが、僅かな変化を見取って左に折れる。すると、視界が一気に広がった。青々とした茶畑が続いている。ここから里まではまた一歩きしなくてはならない。
「ね、妹紅。あれはなに?」
輝夜が遠くの覆下園を指差して言う。視線の先には藁で、天上のように畑を覆っている区画がある。
「あぁ、最近になってやり始めたみたいなんだよね。あれは覆下園っていって、要するに日差しを避けて柔らかい、渋みの少ないお茶を作るんだよ。丁度今頃、二番茶を摘んでるはず」
「そう、なんだ」
輝夜が歯切れ悪く呟いた。
「どうした?」
「いや、なんか妹紅、貴方ってもの知りね」
「そりゃ昔、それなりの教育は受けたけど、雑学は殆どが慧音の受け売りだよ」
「慧音、慧音って、ほんとに好きねぇ」
苦笑とも、呆れとも――ひょっとしたら、嫉妬とも――取れるような中途半端な表情で輝夜は言う。
「……別にそんなのじゃない」
それだけ言って、里を目指した。
喋らないと自然と足取りは進むようで、気が付いたらすでに人間の里の大通りへと出ていた。歩いてくるうちに日は昇って、人々が動き始める時間になった。里は賑やかに、日々の歯車を動かしている。
それに引き替え、私達はいつもの歯車からは外れた所にいる。なんでコイツと、一緒に歩かなきゃならないのか。
「で、どこで食べるの?」
どことなく、浮足立った様子で輝夜が言う。うんざりしながらも、どうしようかと考えてみる。輝夜は好き嫌いが激しそうだ。その上、やたらとケチをつけそうな感がある。朝からやっているような食事処なんてほとんどないから、選択肢は限られているのだが……。普通の和食料亭に行こう。
「あそこに……って、輝夜、どうした?」
「いや、あれはなにかなぁ、って」
輝夜の視界の先に中華蕎麦の屋台があった。
「中華蕎麦。大陸の料理だよ。でもまだ準備中なんじゃないの」
「行ってみましょうよ」
言うと同時に、輝夜は長い髪を揺らして屋台の方へ行ってしまう。仕方なしに私もついて行くと、屋台のおじさんと目が合う。常連とまではいかないが、時折訪れるから顔は覚えられている。
「おう、嬢ちゃん。今日はどうした? 朝から食うのか」
準備中、という訳ではないようだ。
「いや、そういう訳じゃ――」
「食べて行きましょうよ!」
私が曖昧に返事するのを遮るように、輝夜が口を開いた。
「お、元気な子だね。友達かい?」
おじさんが私に言う。友達? そんな訳ないだろう……。けれど、あんまり変なことは言わない方がいい。
「……まぁ、そんなとこ。で、輝夜はここでいいの?」
「えぇ。もちろん」
「それじゃおじさん、二つちょうだい」
「毎度! ちょっと待ってな」
おじさんがサッと湯切りをすると、湯がきらりと飛び散った。見るからに熱そうなスープの入った器に面を落とし、そこにネギやらチャーシューを乗せる。しかし、冷静に考えて朝食代わりに中華蕎麦は……ないな。
「へいお待ち!」
普段なら、屋台でそのまま食べるけど、輝夜が横にいてはなんだか落ち着かない。屋台の横に用意された仮設のテーブルの方へと行くことにする。
「ありがと、おじさん」
おじさんにお金を渡し、器を手にとって、輝夜に声をかける。そういえば、何故か輝夜の分の代金も払ってしまったことに今更気が付く。
「輝夜、あっちで食べよう」
「あっつッ、なにこれ熱すぎない?!」
輝夜は顔をしかめながら、器を力んだ様子で持っていた。これも予想内。私は思わず笑ってしまう。
「ぷっ……気を付けないと、こぼれるよ」
「分かってるわよ!」
輝夜は縁日とかでよくあるような粗末な仮設の机に器を置くと、掌をふーふーと吹いていた。
「こぼさなかったんだ。偉い偉い」
「馬鹿にしないで。これぐらい、慣れちゃったわよ」
――しかし、輝夜。中華蕎麦を食べるというのに、純白のワンピースは失敗だったな。くっくっく……。
「そ。冷めないうちに、頂きます」
「頂きます……ってどう食べればいいのかしら」
「普通に食べればいいんだよ」
ずずずっと、一口食べてみせる。輝夜が少し、顔をしかめて言う。
「すすっていいものなの? それに、つゆが跳ねちゃうじゃない」
「そういうものだから」
言ってから、私は輝夜の事はお構いなしに食べ進む。と、そこで気にかかった。
「そういえば輝夜。お前も朝御飯食べてなかったの?」
「う、うん。なんか早くに目が覚めちゃって……永琳もイナバもみんな寝てたから……」
はた迷惑な奴。遠足気分か。
「ふーん。で、食べないと、冷めるよ?」
「わ、分かってるわよ。頂きます」
輝夜が恐る恐るといった調子で箸を動かす。ずずーっとすすって、咀嚼。もう一口すすって、咀嚼。嚥下。一息着いてから、輝夜は真面目な顔でこちらを見つめた。
「どうかした?」
「一口目、正直これはどうかと思ったけれど、二口目、熱さに慣れると色々なことが感じられたわ。つゆは濃厚で油っぽさがあるものの、それが麺絡みついて絶妙のハーモニーを奏でてる。和食にはない、くっきりとした味付けが活かされている――これは、いいわね」
「そ、そりゃどうも」
剣幕に押されて、思わず礼を口走ってしまう。輝夜は妙に感心した面持ちで面をすすっている。やはり、仕草は上品だ。食べ方も綺麗だし、つゆも跳ねていない。チッ……。
「……うん。このワザとらしいしょうゆ味! ――ところで妹紅、貴方ってよくここで食べるの?」
輝夜はいやに満喫している。ワザとらしい、ってなんだよ。
「まぁたまに里に来る時には」
「ふーん。貴方みたいな竹林浮浪者には勿体ないくらい美味ね」
「うるさい死ね――」
と、口にして動きを止める。……しまった。
いつもの軽口のつもりで、口走ってしまった。
「ククッ……決まり、覚えてるわよね?」
「……あぁ」
くそ……はめられた。死、にまつわる暴言を吐くこと。今日の三つ目の禁則事項だ。なんで私はこんなにしちめんどくさいことをしているんだろう……。
「なにをしてもらおうかしらねぇ」
輝夜はにやにやと笑いながら、私を眺めている。もう中華蕎麦は食べ終えたようで、器にはスープだけが残っていた。輝夜がなにか言うのを待っていても仕様がないから、私も最後の一口を食べて、輝夜に向きなおる。
「そういえば、この後の予定は?」
輝夜が訪ねてきた。
「決まってる訳ないじゃない」
「――それじゃ、次にどこかに到着するまで、手を繋いで歩きましょう?」
ビクリ、と心臓が跳ねた。ふざけ半分なようでいて、どこか真剣な表情だった。
「な、なんでだよ」
「あら? なんでもいうこと、聞かないといけない決まりじゃない」
「だけど……」
なんでよりによって、そんなことを言い出すんだ。今年の七月七日の輝夜は、ちょっと変だ。
「それなら、いいじゃない」
輝夜はワンピースを翻して、二つの器を屋台のおじさんの元へ返しにいった。輝夜らしくない元気な声が聞こえた。残された私はさっきの輝夜の表情を、そして、いつかの出来事を思い出す……。
――七月七日は、年に一度の休戦日にしましょう。
どうして? どうしてって、毎日同じようなことをしていたら、退屈するでしょう。退屈しのぎに殺し合いをしているのに、それが退屈になってしまったら意味がないじゃない。
なんで七夕なのか? だってロマンチックでしょ。そんなことないって? まぁ、いいわよ。あ、そうだ。せっかく七夕なんだから、願い事が叶うようにしましょうよ。そうね……五色の短冊、五つの決まりを作る。どう? 七夕らしいわ。それで、その決まりを破ったら一度につき一回、相手の願い事を聞く。もちろん、その日中にね。我ながら、名案。
うーん、一つ目は「私たち二人のことに、二人以外の人物が干渉してはいけない」 どうして、って、だって私たちがこういう風に決まりを作っても、周りの連中が乗ってくれるかはわからないわ。最も、この決まり自体がそうなんだけど。
二つ目は「相手に攻撃をしかけてはいけない」、三つ目は「死、にまつわる暴言を吐いてはいけない」 え? だって、休戦日なのよ? これぐらいしなきゃ、ねぇ。
四つ目は……そうね。「"輝夜"と、"妹紅"、でいること」 意味が分からない? 要するに、蓬莱山輝夜でもなければ、藤原妹紅でもない、ってこと。……だから、この日だけは、怨み辛みは、無かったことに……ね?
……そして五つ目は、こうしましょう。「輝夜と妹紅は一日を共に過ごすこと」――
よくもまぁ、こんなにスラスラと、思い付くもんだ。どうせ、父上にだって、こうやって単なる思い付きを吹っ掛けたんだ――
それをしっかりと記憶している私も私だ。私がなんて受け答えをしたのかは覚えていないけど、それでも輝夜が口にしたことは鮮明に覚えてる。どんな場面でこの話になったのかも、今ではちゃんと覚えていない。でも、輝夜の言った言葉だけは、一字一句誤りない自信がある。
「さ、行きましょ」
と、そこで輝夜が返ってきた。手を差し伸べて、座っている私を見下ろしている。なんだよ……その手。こっちから掴めっていうのか。
「ほら、早く」
そんな、急かすなよ……。その透き通るように白い掌を見ていると、どうしてだか顔が熱くなってきた気がする。頬の筋肉がひきつっているのを感じる。今の私は、どんな表情をしているだろうか。
「あー! 分かったよ!」
立ち上がると同時に、多少乱暴に輝夜の手を取り歩き出す。その手は、思ったよりも冷たかった。まるで、人間じゃないような――
「うわっ、いきなり引っ張らないでよ」
「お前が手を繋ぐ、なんて言い出したんだろ!」
「でも、今のは単に手を差しだしていただけだわ」
「ウソつけ!」
振り返って輝夜の顔を窺う。麦わら帽の下で、少しだけむくれた顔をしていた。
「あんまり乱暴にしないでよ」
そういって輝夜は苦笑する。
「……悪い」
私も、どうにも調子が狂ってしまって、結局は手を繋いだまま歩き始めることにした。
とりあえず……雑貨屋、かな。
私たちが遅めの朝食をとっている間に里は賑やかになっていた。人の通りもそれなりにあり、気を付けないと人とぶつかってしまう。時折それぞれの家や、店先に竹飾りが見えた。短冊がちょこんとぶらさがっている。私だったら短冊に「輝夜と手を繋ぎたい」なんて、絶対に書いたりしない! どういうつもりで、輝夜はあんなことを言ったんだ。
人を避けながら避けながら歩いて行く。たまに振り返ってみると、輝夜はきょろきょろ辺りを見回していて、危なっかしい。余所様に迷惑かけてもいけないし、まぁ、今回は手を繋いでいる意味はあるか……。
そうしていくつかの商店を通り過ぎて、一応の目的の雑貨屋の前に着いた。
「ここ、見てみよう。たぶん無いと思うけどね」
「うん」
ラベンダーのシャンプー、か。あるとしたら、ここなんだけど、パッと見た感じでは無さそうだ。
と、ここで握った手を離そうとしたが、輝夜に握り込まれてしまってそれが出来ない。仕方ない……もう少し、我慢するか。
店に入ると、一段階視界が暗くなった。明るさに鈍っていた瞳が暗順応してから、店内を見回す。店番のおばさんは居眠りしていた。屈みこむようにして棚を眺める輝夜のうなじは、さっき見た掌よりもずっと白かった。
「面白いものが沢山あるのね」
輝夜が感心したような面持ちで言う。
「面白いかどうかは分かんないけど」
「面白いわよ」
私がぶっきらぼうに返事するのも気にせずに輝夜は言う。輝夜に手を引かれるようにして店内をグルリと一周する。案の定、目当ての品は無かった。
「そういえば妹紅、貴方いつまで手を繋いだままでいるつもりなの?」
「なっ、わ私は解こうとしたのに、輝夜が離さないから」
「あら、それは私の台詞よ。妹紅は嫌がってるだろうから、手を放してあげようかなー、って思ったら、ギュって握っちゃって。ちょっと痛かったくらいよ」
「そんなことない! 輝夜のせいだ」
「なら、証拠に私の手、見てみなさいよ」
突き付けられた掌は確かにほのかに赤かったが、でもこれは私のせいじゃなくて、輝夜が勝手にドキドキしてたからじゃないの?
「へぇ、輝夜、掌に妙に汗かいてるじゃない」
「ち、違うわよ! これこそ貴方のせいよ。貴方の手汗よ」
「ふーん。それじゃ、触ってみる? 生憎、サラサラだけど」
輝夜にやられたように掌を突き出す。と、店の奥でごそごそと音がした。輝夜と私は揃ってビクリとしてしまう。
「あのー、他のお客さんの迷惑になるから、痴話喧嘩は余所でやってくれない?」
店のおばさんだった。
おざなりに謝って、二人して店を抜け出す。
「叱られちゃったじゃないか」
「妹紅のせいよ。はぁ、私、もう少しちゃんと見たかったのに」
「行ってくれば? 私はここで待ってるから」
「そ、それは嫌よ」
「なんで?」
「なんで、って……分からないこと多いし」
引き籠りはこれだから――
「――いいよ。他の店に行こう。また後で来たければ来ればいい。私達の寿命がいくらでもあるからって、今日という日には限りがある」
私は言って、輝夜の顔は見ずに、その手を取った。輝夜が呆気にとられている様子が、振り向かずとも分かる。ざまぁ見ろ。
「も、妹紅……」
少し動揺した声が、聞こえたと同時にドスッ、という景気のいい音と同時に額に弾けるような痛みが走った。
「っつぁ……」
「妹紅、ちゃんと前見て歩かないと、危ないじゃない」
輝夜は呆れた表情で私を見ていた。その呆れた表情が、真白のワンピースのせいもあってか、何か含みのあるものに見えた。
「……笑わないんだな」
「笑ったって、仕様がないもの」
ため息をついてから、もう一度歩き始める。仕方ないから、手は繋いだままで。
一日中、里を歩き回って、時々買い物をして、ご飯を食べて、歩きまわって、気が付いたら夕方だった。良く考えたら、一日中手を手を繋いでた。どうしてだか、今も。
真白なワンピースをオレンジ色に染めながら、輝夜が口を開く。
「結局、見つからなかったわね」
「そんな気はしてたけどね」
「でも、それなりに楽しかったからよかったわ」
「ふーん」
「貴方は? 妹紅」
「疲れた」
「それだけ?」
「……少しは」
楽しかったけど――
「……そ」
それっきり黙って朝に通った道を逆に辿る。竹林にはこんなに沢山の竹があるのに、短冊は一つもかかっちゃいない。朝よりどことなく伸びている気がする竹の合間を歩いて行く。
横目で見ると、輝夜は麦わら帽の下、どことなく楽しそうな顔をしていた。
「……輝夜」
それを見ていたら、口が勝手に開いてしまった。
「なに?」
引っ込みがつかなくなってしまったから、言う。
「……服、悪くないと思う」
「……今更ね」
「今、そう思ったから」
「ふぅん……ありがとう」
しばらく歩くと、私の家が見えてきた。それにしても、ラベンダーのシャンプー、か。
「――七夕の日に、髪を洗うと髪が美しくなる、っていう古臭い迷信がある」
無意識のうちに、私の口が動いた。
「そうなの」
「だから、シャンプー、使っていけ」
「どういう風の吹きまわしかしら?」
「それを言うなら輝夜、お前もだ」
そんな格好して、手を繋ごうなんて、お前の方がよっぽどおかしい。
「どうしても、っていうなら、仕方ないわね」
「……やっぱり駄目」
「どっちなの」
どっちでもいいんだ。ただ、輝夜が不憫に見えたから、言ってやっただけだし。
そうこうしているうちに、家につく。引き戸をひいて、朝となんら変わりない部屋へと入る。
ここでようやく私と輝夜、繋がっていた手が解かれる。
「夕飯の用意するから、適当に待ってて」
「分かった」
輝夜はそう言うと居間に座り込んで、昼間に買った根付を取り出して眺めていた。小さな青い、星飾り。
横目で見て、私は土間に向かう。二人分の夕食を作るなんて、凄く久しぶりだ。慧音が来る時は、ご飯は大抵慧音が作ってくれる。新鮮な気分を味わいながら、適当になにかを作ろう。釜戸の日を調節しながら、献立を考える。輝夜は案外となんでも食べることが分かったから、そうだな……あぁ、焼き鳥でいっか。冷蔵していた鶏肉を思い浮かべて、やっぱり他の物にすることに。
(焼き鳥っていうのも、違うよな)
新鮮な野菜が揃ってるから、それを使ってお好み焼きとか。まぁ、輝夜に気を使ってやってるわけじゃない。単に、私が野菜たっぷりのお好み焼きを食べたい気分なんだ。そうと決まれば、後はすぐ。戸棚から調味料や粉の類を取り出す。出し汁や小麦粉、卵、すった山芋に重層を混ぜて生地の元を作る。つきあたりの保存庫から野菜を持ってきて、野菜を景気のいい音を立てて刻んだら、鉄板の上で焼くだけ。
仕上げにお皿に盛りつけて、ソースをかける。後はご飯をよそって……。
「できた」
ちゃぶ台に料理を並べる。湯気の立ち上る白米とソースのかかったお好み焼きを目の前に、輝夜は身を乗り出していた。
「いただきます」
その勢いのまま、輝夜がお好み焼きをざっと分けて、一口目を頬張った。
「うん、美味しいわ。……それにしても、ソースの味って男のコよね」
恍惚とした表情を浮かべ、輝夜が言う。
「訳わかんないけど」
「いや、こういう台詞って、使ってみたいじゃない?」
「余計意味わかんない」
「美味しい、っていうのが伝われば、いいのよ」
それが輝夜であっても、自分の作ったものを美味しいと言われて悪い気はしない。私もお好み焼きに手を付ける。うん、我ながらよく出来てる。旬の味だ。
「そういえば、結局どうするのか?」
「なんのこと?」
食事に夢中になっていた輝夜が口元を隠しながら顔を上げた。
「風呂」
「あぁ、シャンプー」
「どうする?」
「……それじゃ、お言葉に甘えて」
夕食を食べ終えてから、外にでて風呂を沸かす。最大火力で、一気に。部屋に戻ると、輝夜は眠そうに壁によりかかっていた。うとうとと僅かに船を漕いでいる。
「お風呂、沸いた?」
パッと顔を上げて、目をこすりながら輝夜は言う。私は頷いてから、口を開く。
「先に入っていいから。私は夕食の後片付けとかする」
「そ、それなんだけど……私、一人で髪の毛洗えないっていうか……」
なにそれ?
「そう、なんだ。……ってまさかとは思うけど」
「そのまさか、って、言ったら……?」
……えーっ!? 冗談、にしては、変な表情してるし……。
「からかって、ないか?」
「な、なんでそんな恥ずかしい嘘をつかなきゃいけないのよ!?」
恥ずかしい、って言っても、まぁコイツは引き籠りな上に、一応身分上は"姫様"だもんなぁ。それでも、なんで私が輝夜の世話なんかしなきゃいけない?
「下女でもないのに、なんでそんなことを私がしなきゃいけないんだ」
「そう、よね……」
と、俯き加減で言う。目元にかかった影が、妙に翳っていた。
はぁ、今年は本当にどうかしている。このぶんじゃ、牽牛と織姫も、さぞお楽しみだろう。
「……分かったよ。髪を洗うのだけ手伝ってやる」
「……ありがとう」
そういって、輝夜はそそくさと奥の浴室へと行ってしまった。
私も、荷物を整理して、二人分のタオルを持って浴場へと向かう。狭い風呂場に二人が入るという状況は、想像するだけで寒気がする。しかし、風呂場の熱気が近づいてくるのと共に、自分の顔も熱くなってくるようで、寒気なんてどこかへ行ってしまった。
「って、脱ぎ散らかすなよ」
浴室の前、一応の更衣室に無造作に白のワンピースが脱ぎ捨てられていた。邪魔にならないように、畳んで脇に置く。手にしてはじめて、えらく薄い布だったと知る。少しばかりしっとりとしているのは、この部屋の湿度が高いからだろうか。私は着替える前に、一度擦りガラスの向こうを見ようとしてみたが、なにも見えない。けれども、熱気とお湯の跳ねる音だけはしっかり感じられて、変な気分になってきた。胸の鼓動がいやに早く、うるさい。服を脱ごうとする手が鈍りに鈍って、とうとう居間への扉に目標を定めた。
そんな逃げ出したい一心を無視するように、唐突に声が聞こえた。
「――妹紅? いるなら、早く入ってきなさいよ。私、手ぬぐいも何も持っていないんだから」
ビクッ、と自分でも大げさすぎると思うくらい身体が動いた。
「わ、分かってる。すぐ、いくから……」
半ばやけくそで服を脱ぐ。手拭いを抱いて、浴室の扉に手をかけた。振り返る。脱ぎ散らかされた服は、成程。輝夜のワンピースとおんなじ状態だった――
扉を引くと、湯気が溢れ出るように私を包んだ。
「なに隠してるのよ」
「うわっ!?」
急に声がして、びっくりする。輝夜が不思議そうにこちらを見上げていた。
「別に恥ずかしがるようなことでもないでしょう」
「お前とは違うんだよ! 体は自分で洗えよ」
「いいけど……その間、貴方どうするの」
うっ。結局は、体を洗わなきゃ浴槽にも入れやしない。正論だ。
「せっかくだから、背中流しっこしましょうよ。私、やってみたかったの」
「いつもやってもらってるんじゃないのか?」
「違うわよ。やってもらいたいんじゃなくて、やりたいの」
「……はいはい。付き合えばいいんだろ」
「私が先にやる」
特に気の利いた会話を交わすことなく、身体を洗って、お互いの背中を流す。
――こんなに輝夜の身体に触れることが、今までにあっただろうか。殺し合いの中、僅かでも敵意以外で、輝夜に触れたことがあっただろうか。その背中は思ったよりも小さくて、絹のようになめらかな肌をしていて、ハッとした。頭が痛くなってくるのを我慢して、閉じようとする目を見開く。
「……あと、髪の毛も、お願い」
「分かってる」
輝夜の背後に膝をついて、浴槽の脇に置いてあるシャンプーのボトルを手に取る。キャップを空けると、浴室中にラベンダーの香りが躍り出た。輝夜が首を振りながら言う。
「いい香り、ね」
「……あぁ」
手にとって、長い黒髪に絡ませる。髪の毛一本一本が絹糸かと疑ってしまう。それほど、その黒髪は髪の毛じゃないように感じられた。泡立たせると、より一層、香りが立ち込める。むせ返るような気分に侵されながら、油断した口が、勝手に動いた。
「……やっぱり、今日の輝夜は変だな」
「そうかしら?」
「そうだろ。今年に限って、いつもより、変だ」
輝夜の髪の毛を流しながら、言葉を吐き出す。流して、流し終えたのに、名残惜しくなって、その黒髪を、指に絡める。
「……どうして、だと思う?」
「お前のやることに、理由なんてあるのか?」
「失礼ね。なくはないわよ」
「じゃあ、なんだよ」
輝夜の背中を見つめる。輝夜は、少し俯くようにしてから、口を開いた。
「――年に一度、休戦する。その理由は? 別に人肌が恋しい訳じゃない。だって貴方、人じゃないんですもの」
背中は、さっきよりも小さく見えた。輝夜がそのまま、続ける。
「理由、理由……。そんなの、簡単じゃない。……ひょっとして情が移ったら、」
ごくりと、自分が唾を飲み込む音が聞こえた。頭がぐるぐると回る。情が移ったら? 冗談じゃない。けど、けれど……。
思考が鈍る。芳香のせいでも、熱気のせいでもない。――ましてや輝夜のせいでも、ないと言い切れるだろうか。
「い、言わなくていい」
思わず、私は口走っていた。聞きたくない。きっと私は、聞きたくないんだ。
「――ひょっとして、情が移ったりしたら、に殺し合う時、どちらかが心に隙を作るかも知れないじゃない? そしたら、本当に殺せるかもしれないから――」
「――ッ……!」
胸に釘を打ちつけられたような、そんな心地がした。
死ぬことはない。殺されることはない。けれど、その言葉が胸に刺さった。なぜ? それは多分、私が、想像以上に、輝夜に心を開いていたから……?
「……そのためだけに! こんなことをさせたり、色んな億劫なことに、私を巻き込んだっていうのか!?」
心のどこかで、満ち足りていた自分が馬鹿馬鹿しくなった。やっぱりそうだ。コイツは、コイツは簡単に裏切る。
「あたりまえじゃない。なんだと思ってたの?」
心なしか、輝夜の声が震えて聞こえた。理由なんて、知るものか。
「くそっ、やっぱり、お前は最悪の奴だよ! 死ね!人のことなんて、なんにも考えないで、お前なんて死んでしまえ!!」
浴槽から湯が溢れ出るように、心から、色々なものが溢れ出た。溢れ出る。背中に向けて、吐き散らす。不思議と、本当にどうにかしてやろうという風に、体は動かなかった。
「……決まり、破った」
「なんだよ! まだ茶番を続けるつもりか? 冗談じゃない」
私が言葉を投げつけるのを受け止めてから、滲んで、揺らいだ背中が、震えながら私に囁きかけた。
「…………キス、して」
「っ、なんなんだよっ!!」
もう、なんでもよかった。どうでもよかった。怒りなんだか、悲しみなんだか、よく分からない心では、言葉を噛みしめる余裕などはなかった。
輝夜の白い肩を引いてこちらを向かせる。輝夜のその目が、予想外に赤かったことは、もはやどうでもいい。輝夜が目を閉じたのを合図に、身体が勝手に吸い寄せられた。浴槽に寄りかかる輝夜に、体を寄せる。黒と、白の長い髪が、浴槽で交わった。一瞬の出来事だった。本当に瞬く間の出来事だった。けれど、今も、唇にはその感触が残っている。それが腹立たしくて、なおも言葉が溢れ出る。
「……お前なんて、死んでしまえばいいのに……」
「……このままじゃ、いくところまで、いっちゃうんじゃないの?」
「ふざけるなよ、馬鹿輝夜!」
「それじゃ、今日、最後の願い事、聞いて?」
「うるさい! もう黙れよ」
ごちゃごちゃの頭で、物事を整理しようとしても、余計に混乱するだけだ。輝夜の言葉を拒否し続ける。にも関わらず、輝夜はその口を閉じようとはしなかった。
「――来年も、今日だけは、優しくして?」
優しく? 優しくなんて――
「……優しくなんて、していない」
「…………そう?」
それっきり、この世界にから物音がなくなってしまったかのように、静かな七夕が過ぎて行った。
真夜中。眠りに着けなくて、外に出た。夜空を見上げる。晴天。目映い天の川。牽牛と、織姫を見つめる。輝く夜空を眺める。部屋で、輝夜を眺めることができなかったから、輝夜の名前によく似た、煌めき輝く夜空を眺める。
アイツがどこまで本気だったのかは分からない。けれど、――七月七日の、白のワンピースで麦わら帽をかぶった――アイツのことを、ほんの少しだけ好きになってしまったことには、どうやら間違いない。ではアイツは、どう思っているのだろう。
手には、今さっき破り取ってきた一枚の紙切れ。日めくりカレンダーだ。紙上の七夕に目を送る。7と7の無機質な文字列が運んだのは、無機質な私にはひどく似合わない、生々しい心だった。
忌々しい紙切れを紙飛行機にして、過ぎ行く七夕と共に、風に乗せた。
闇に吸い込まれるように、紙飛行機が、星が消えて行った。意識がスッと遠のく。柔らかい草に包まれて、眠りに身を任せることにした。
翌朝、家に帰ると当然ではあるが、輝夜の姿はどこにもなかった。ちゃぶ台にちょこんと赤色の小さな星飾りの根付があるのを見つけて、悶々とした気持ちを抱く。昨日、輝夜が青色のそれを持っていたことを思い出す。根付と共に置手紙があった。
「七月七日の妹紅へ――いろんなことの、お礼。七月七日の輝夜より」
七夕からは、数日経った。あれから、一度も輝夜とは出くわしていない。だから、今日は久しぶりにやりたいと思う。
「持って来てくれたんだ。ありがとう、慧音」
「あぁ。だが時期的に、まだなくなったりはしないはずだが……」
「ちょっとだけ、理由があってね。じゃ、ちょっとでかけてくる」
慧音が持って来てくれたシャンプーを風呂敷に包んで、手紙を持って、日差しの下に躍り出た。
「おい妹紅……」
慧音がなにか言っていたが、気にせずに歩きだす。手紙の差出人を見る。「七月七日の妹紅」
コイツは私じゃない。
私はあくまで、この風呂敷を運ぶだけ。七月七日の輝夜がいるであろう永遠亭へ、運ぶだけ。
だって藤原妹紅は、これから蓬莱山輝夜と、殺し合いをしにいくのだから――
そして姫様のかわいさは宇宙一です、はい。
それでも一筋縄じゃない関係が独特でした。
特に姫様の描写が神がかっていました。
素直じゃないって、すてき。
素直じゃないってすてきですねぇ
・・・張りやがって!
ところであーた、孤独のグルメ読みましたね……?