ここは妖怪の山、その山腹。河童の里と天狗の縄張りのちょうど間に存在する、ポカンと森が口を開けたような空き地。
かつて天狗と河童が敵対していた頃に戦ったという、はるか昔の古戦場で私はにとりさんと将棋を打っていた。
ポカポカとした陽気とこの時期の風物詩たる雛鳥の囀りの中、パチン、パチンという音が響きわたる。
その音と共にに私の歩はにとりさんの陣地へと一歩を進めた。
成ることもできるが、今はまだその時ではない。私は歩を裏返すことなく、そのままにとりさんに手番を返した。
にとりさんは河童の甲羅のようにガチガチに固めた矢倉囲いの中から駒を一つ手に取ると、その囲いの中で一歩進ませて呟いた。
「んじゃメガ粒子砲で」
しまった。これはやられた。
頑、駄、無。3つの駒が並んだ時だけ撃てるマップ兵器は横3×縦15という巨大な範囲内の駒を吹き飛ばす。ものの見事に私の王将まで届く長さだ。
にとりさんの鉄壁の定石である愚、地、独、歩の駒を使った『矢(でも鉄砲でも火炎放射器でも持って来いや)倉囲い』に焦るあまり、盤面全体を見落としてしまっていた。
もうこうなってしまったら仕方がない。私はこの将棋における最後の二文字を宣言した。
「兵法使います。再起の法で」
どこからともなく叫ばれた『兵法マスター!』という声とともに目の前に巨大な竜の幻影が現れる。
驚いた鳥達は一斉に声を上げ飛び立っていく。ふと見渡せば、物珍しがって周りで見ていた天狗や河童もいなくなっており、後にはわたしとにとりさんだけが残されていた。まぁ、いつものことである。
にとりさんの発明はいつでも画期的であり、独創的であり、そして意味不明だ。
高度な技術を誇る河童の里の中でさえその名は広く響き渡っており、酔狂かつアグレッシブかつアバンギャルドな発明品の数々は他の河童達の追随を許さない。
もっとも、方向性が異常すぎてその後ろを追おうとする者がそもそもいないのだが。
だから今回のハイパーなんとかかんとかラグジュアリー云々ロマンシングときめきドラゴン将棋デュエルディスク―――だっただろうか?
名前はほとんど聞き流していたので忘れてしまったのだが、とにかくこの将棋盤のように最初だけは観客も沸くものの、いつもの河城にとりの発明品だとわかるといつの間にか消えてしまう。
「自動的に漫画をめくってさらに朗読してくれるマシーン、ザ・ハンド! 声は事前に自分で吹き込んでください」だの。
「ダウ平均株価の未来予測は完璧、ダウリンガルついにリリース! 必須環境のインターネットは自力でなんとかしてください」だの。
「ニトリーダメモリ設立! 最新のDRAM規格DDR10が常識を打ち破る容量128Tで発売! ただし起動後2秒で発火します」だの。
「ドクターカオスもびっくり、自律稼動アンドロイドP-10000完成! 審判の日の後という設定なので即反乱を起こします」だの。
技術自体はとんでもないのだが、その技術が生み出すアウトプットが世間の全くニーズとあっていないのだ。
あぁ、そんなこともないか。そういえば一応ザ・ハンドだけは一応役に立ったこともある。
かつて楽しみに取っておいた私のプリン。それを盗み食いした文様のベッドに思いつく限りの罵声と怒声を吹き込んで布団の下に置いておいたところ、乱れたパジャマで真っ白になった文様が翌日発見された。
吹き込まれた罵詈雑言に大変な背徳感を覚えました、是非声優さんを紹介してください。それともう少し手が激しく動くと最高にイイと思います、等という利用者アンケート付きだ。
……考えてみたら私の役には全然立っていない。むしろ悦ばせてしまっただけだ。気付けよ私。
まぁそんなこんなで、にとりさんの発明に最後まで付き合うのは結局私くらいのものなのだ。だからこうして周りに誰もいなくなって私とにとりさんだけになっても全く問題は無い。
にとりさんは注目を失って悲しそうだが、付き合わされる私にしてみれば早いうちに諦めてくれた方が楽なのだ。
さて、あまり長考しても仕方ない。とりあえずは盤面のメガ粒子砲をなんとかしよう。
私は自陣内の鳥の駒を横倒しにし、持ち駒から一つを手に取って宣言した。
「バッパラから黒マナ、そこの駄の駒にテラー撃ちます」
序盤で運よくこちらの角が討ち取ったその駒、寺ー。どこからともなく住職が表れて対象の黒でもアーティファクトでもない駒を一体破壊してくれる強カード……いや違うか。強駒だ。
黒とかアーティファクトとか意味がわからないからどんな駒でも倒せてしまうが王将に撃つのだけは流石に禁止だ。
地面からにょっきりと生えてきた寺産まれのTさんに散々説教されたにとりさんは、仕方ないと呟いて駄の駒をこちらに手渡した。
このゲームを今朝からかれこれ5回ほど繰り返したが、毎回にとりさんの勝ち手はこの頑駄無。それをやすやすと死なせるとは何か考えでもあるのだろうか。
そう考える私の前で、にとりさんは自陣最後方の駒をクルリと裏返した。書かれているのは……壷?
「強欲な壷でデッキから二枚引くよ」
おいデッキってなんだ。
ていうかついさっきまで無かったよね、隣の駒の山。
「あれ、言ってなかったっけ。ゲームに味付けをするためにさっき追加したんだけど」
そう言ってにとりさんは山積みにされた盤面横の駒の中から無作為に二つ駒を選び取った。
なるほど、さっき追加したのか。それなら仕方ない。うん。
そういう時こそこのサインペンと、裏にまだ何も書いていない歩が役に立つのだ。マージャンでいうところの白。ドラえもんドンジャラだったらドラ焼き。いわゆるオールマイティーだ。
キュッキュッ、と音を立てて二つの駒に新たな文字、それぞれ「密」と「約」の字が書き加えられる。念のために言っておくがやくみつるではない。
「じゃあこっちも密約で二枚引きます」
「ふむ。ならさらに降霊術で二枚引くよ」
「霊感撃ってもう二枚」
「んじゃドロー2」
「ドロー4WILDで返し」
「サンキュー椛!」
「ぐぁ」
最近文様たちとよくやってるUNOと混同してしまった。UNOなんてもう古いゲームと思うかもしれない。私もそう思っていた。
だがやり始めて初めて知った。一旦ドローの連鎖が始まると全部まとめて厄神様にスッ飛んで行くアレはまさに爽快の極みと言う他無いのだ。
今のところの最高ドロー枚数がドロー2が6枚とドロー4が3枚でドロー24だから、厄神様には是非限界値たるドロー32までもう少し頑張っていただきたいものだ。
本人は涙目だが、そこがまた人気の秘訣だ。
回ってきた大量のドローの山に対して会心の一撃と言わんばかりにドロー4で返した時のあのしたり顔。
それが各人の手札からドローがさらに現れる度に絶望に塗り替えられていくのは嗜虐趣味の無い私でもその道に踏み込みそうになるというものだ。
まぁとにかく、今日は厄神様に倣って私も引くとしよう。これで私の持ち駒は先ほど取った駄と合わせて5枚。
にとりさんに至っては10枚、すごい持ち辛そうだ。ていうか将棋の駒なんだからそんなババ抜きみたいに持たなくても。あ、落とした。駒は……蘇?
「それじゃこっちのターン、引いた蘇と生で死者蘇生、対象はそこの駄を」
将棋の持ち駒はいつから戦死者になってしまったのだろう。敵の死体を香車として敵陣に突っ込ませるとか董卓級の暴虐だ。
哀れにも戦死者扱いで二階級特進してしまった駄。ガンダムで言うところのリュウさん。復活してまた死んだらさらに二階級特進のリュウさん。少し繰り返しているうちにブライトの上官になるリュウさん。そのうちレビル将軍より偉くなっているリュウさん。地球連邦政府首脳リュウさん。そんなリュウさんをコアファイターに乗せて特攻させるハヤトはマジで鬼。リュウさーん!ネクストダッシュ!リュウさーん!ネクストダッシュ!
そんないずれ全宇宙の支配者になるリュウさんを相手に渡したら今度こそ壊滅だ。私は先ほど敵陣まであげた歩をひっくり返して叫んだ。
「歩を裏返して羽、それと持ち駒の箒。ハーピィの羽箒で無効に」
「ならばリとザでリザレクション、駄を復活」
「リザレクションは嘲笑で廃棄」
「だったら寝と黒でネクロマンシー、ついでに反、則、転、生でリーンカーネイト」
「おいやめろ」
リュウさんをゾンビにする気か。それは通常プレイにおける作品内最強たるハボリム先生にペトロクラウドをはるかに凌駕する禁じ手だぞ。
私もかつてネクロマンシーの効果がわからなかった頃に試しに使ってみて酷い目にあったものだ。まさか死んだカチュア姉さんがゴーストになって復活してしまうなんて……あとからリザで復活させようと思ってたのに……
しかたなく今度は別の魔法試しに使わせてみたらゴースト姉さんがトレジャーになっちゃいましたよ。
拾ってみたら『剣「カチュア」をゲット! ててれててててっててー!』おいデニムそんな嬉しそうな顔するな。その剣、元は姉さんだぞ。
いや、むしろ逆にあの半ヤンデレ姉さんが魂ごと消滅したから喜んでいたのかもしれないが。
「それが例えどう見てもチートレベルの反則だろうと、技術者は上へ上へと目指していかなきゃいけないのさ!」
そして目指した結果がこの将棋と言うわけだ。もうちょっと世界平和の役に立つようなものを発明してくれればいいのだが。
まあとにかく。
「どうでもいいんですけど、手札ないですよね?」
「ん?あぁ無いけど」
思わず手札と言ってしまったが、とにかくにとりさんに持ち駒は無い。場の駒は全て裏返しになっているし、復活した駄は召喚酔いで1ターン動けないのでにとりさんにこちらの手を防ぐ手段は無い。
それじゃあまぁこれで終わらせるとしよう。
確かに私はクソゲーをプレイするのは大好きだが、オバカなクソゲーは許せてもバグだらけだったり意味のわからないクソゲーは許せないのだ。
開始3秒で死ぬSFC版ア○ターワールドは許せても、XBOX版カ○ドセプトサーガは許せないということだ。
私は最後に残った表向きのままの金の駒をくるりと裏に向けると、そこに書かれた文字を読み上げた。
「射」
「うげ」
私の宣言とともに、金の駒から現れた某国総書記の幻影は蒼天に3本のロケットを打ち上げた。着弾まであと1ターンと言ったところか。
まぁこれで勝ちだ。そろそろ日も暮れてきたし終わりにするとしよう。
「……勝ったと思っているようだけど、これから引く一枚で逆転してみせようじゃないか」
「なんか山から引く機会がありましたっけ?」
「毎ターン一枚引くのが卓上ゲームの常識ってもんだろう。そう言ったじゃないか」
「言ってねぇよ!」
「アンタップアップキープドローって初心者の頃にみんな唱えただろう!」
いや唱えてたけどさ。まるで呪文のように。
まったくなんという強権発動だ。にとりさんは山から一枚手に取ると、その裏にマジックペンで書き込み始めた。
「ディスティニードローだ!」
そりゃ自分で好きに書き変えれるんだから鬼引きに決まっている。
「はいはい、それでどうするんですか?」
「今引いたこの米の駒で、屈強の在幻想郷米軍達を呼び出してMDでミサイルを……あれ、おかしいな、一人しか出てこない」
そりゃあそうだ。このゲームはその駒から自分が最も連想するものが出現する、とにとりさんは開始前に説明した。
私の場合、金を「きむ」と読んだから総書記が出てきたのであって、これを「きん」と読んでいたら森田鉄雄が出てきていただろう。銀だったら平井銀二だ。福本頼むから続編書いてくれ。
「こめ」と読んで米軍をイメージする人間なんてそうそういない。昼食を食べたばかりの身ではご飯も思い浮かばない。となれば、にとりさんなら間違いなくアレを連想してしまったはずだ。
「ま、まさか……私にとっての米といったら!」
「そう、米と言ったら……」
にとりさんの背後に現れたのはカウボーイハットにパンツ一丁の男。
彼はミサイルとにとりさんの間に立ちふさがると、テキサスなまりの英語で叫んだ。
「なにぃ、シューズのヒモが!? これは正義超人に不吉なことがおき……ウギャアキン肉マーン!!」
「テリィィィィィ!私のテキサスブロンコ!!」
「いいじゃないですか、そのうちフェイスフラッシュで復活しますって」
どうせ最終回付近は活躍してないじゃないか。ロビンはおろかジェロニモにも劣る活躍だよ。会場に駆けつけようと走ってるだけとか。どうなのそれ。
プルプルと震えて唇を噛むにとりさんに、なおも残った二本のミサイルが向かっていく。
当たっても幻影だから死にはしないが、それなりの衝撃と痛みはある。
それはさっきサックリファーイスしたメデューサに目障り砲を撃たれたり、キュウコンにほのおのうずを食らったり、隣の部屋から遠投ドラゴン草投げをされて負けた私が良く知っている。
こちとら弱点炎の超獣種族なんだぞ。こんがり焼いてくれやがって。
見ればにとりさんは観念した様子で下を向いている。このまま行けば頭部に直撃だ。まぁ皿の一枚や二枚割れてもセメダインでなんとかなるだろう。そう思った時だった。
「……仕方ない、ならば最終手段に出るしかないね」
にとりさんは顔を上げてこちらを見やった。
この後に及んで何を。ミサイルはもう目の前。手持ちの駒は無い。場の駒も使えない。もはやにとりさんに残されているのは自分の体だけ……まさか。
「天変地異だーーーーッ! うわああぁぁぁぁッ! 盤が勝手に飛んでいくーッ!?」
そう言ってにとりさんは将棋盤を卓袱台かのごとく天空へと投げ飛ばした。
パキン、と私の右拳が皿を叩き割る音が高らかに響き渡った。
勢いそのままで読めるのが、なんかいい感じ。
ネタが分からない部分もあったけど、勢いでカバーみたいな。
いやいや、頑、駄、無、には笑いました。
あと、個人的に再起の法。兵法マスターぷらす外伝が懐かしいです♪
テラーも10版で戻ってきたと思ったら11版でもう落ちちゃうからなあ…
とりあえず、あんた、年いくつだw
というか、作者とは趣味嗜好がかなり被りまくってる…さては貴様、20代だな!
ちなみに自分はマスクス+イン米ジョンでした。そのせいで、他のゲームでも多色を組みたくなる…
メタネタ満載で最高でしたw
ギャザネタに思わず吹いてしまった。
誰かリュウさんに愛の手を
そして何気にマジックww
天才のひらめきしてたら泥沼とか思ったwww
特にリュウさんはヤバイです。そんなハヤトはマジ鬼畜。
でも福本続編書いても森田鉄雄はもう出番ないんじゃないだろうか。
兵法マスター+外伝
タグに書いといてくれ
そしてUNOは古くないぜ!
あと全くの個人的な話だが
>開始3秒で死ぬSFC版ア○ターワールドは許せても、XBOX版カ○ドセプトサーガは許せないということだ。
は同意せずにはいられない。
ただ、俺的にアウ○ーワールドはボリュームは少ないとは思えても、それほどクソゲーだとは思っていないのだが。
漢字一文字に米……込められた無限の可能性を見出すことが出来ました。リュウさんに敬礼。
どこから突っ込んだら良いのか分からないカオスっぷり好きです。
もっと読者置いてきぼりにしちゃっても良いくらい!