Coolier - 新生・東方創想話

紅魔アローン2

2009/07/07 23:12:12
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前書き。

前作の紅魔アローン(http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1215581790&log=57)を読んでいるとより一層お楽しみ頂けると思います。

また、幻想レーサーズ2007(http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1239629083&log=74)や、
リトルデビル対空飛ぶドラキュラ!(吹き替え版)(http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1214901525&log=56)が少しだけ関連しているので、お読み頂けるともう少し楽しめるかも知れません。


※前作を読むのが面倒な方には本編の前にあらすじを用意しました。これで内容はバッチリです。


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前回のあらすじ:大図書館の一角に眠る幻の宝具、『天人養成ギプス』を盗み出す為に紅魔館に忍び込む事になった天子。しかし、そこにはフランドールの卑劣な罠が待ち受けていた!
天子「こんな罠に引っかかるなんて…くやしいっ…!(ビクンビクン)」


今回のあらすじ:図書館の引きこもりの手に落ちた『国士無双の薬』を取り戻すために紅魔館へ忍び込む事になった鈴仙。しかし、そこにはフランドールの卑劣な罠が待ち受けていた!
鈴仙「こんな罠に引っかかるなんて…くやしいっ…!(ビクンビクン)」


※内容は予告なく色々と変更される事があります。


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-また、やられた。
警備が手薄なところを狙った犯行である。手口から見ていつもの魔法使いだ。封印処置を施したはずの扉が吹き飛ばされて、中にあった魔道書が消えていた。
「盗まれたのは…ドグラ・マグラの原典ね。印刷された物ならそこの本棚に264冊もあって内容は同じなのに…」
狂える東洋人の書<ドグラ・マグラ>。性質は違えど、かのアラブ人<アブドゥル・アルハザード>にも並ぶ狂気。読んだ『人間』は狂うと言われる魔道書。その原典。
-十万三千冊の禁書、その中で上位に位置する一つ。
印刷され、量産された物であれば、魔道に携わる者なら影響を受ける事はないだろう。
けれど、原典は駄目だ。読んだ『人間』は、どのような力の持ち主であろうとも確実に狂ってしまう。自らの心の迷宮に囚われ、肉体と精神が変容し、周りを取り巻く世界をも狂気によって改竄してしまう。
狂気を正気とし、邪道を正道に捻じ曲げ、魔道を摂理に変える。因果を破壊し、果と因を無限に連ねる事すら出来る。境界も時空も運命も同時に操る力を手に入れるが、しかしそれをなんらかの目的の為に用いる事は不可能。
人間に対する評価だけならば、最上位にランク付けされる程度の禁書。人間だけに効果が限定され、そしてその人間には絶対に扱う事が出来ないと言うのに、十万三千冊の上位に位置する程度の能力。
「急がないと…」
近くのテーブルから手ごろな紙を一枚呼び寄せ、裏に出かける旨を書き付ける。紙はひとりでに紙飛行機の形態を取り、レミリア達がいるテーブルへと飛び去った。
そしてパチュリーは大図書館を飛び出した。


******


レミリアは閑散とした紅魔館で、咲夜が淹れた紅茶を楽しんでいた。
メイド達の姿はない。小悪魔と一緒に里へと降りているのだ。里では何やら新しい店が一度に大量に出来たらしく、出発する小悪魔たちは期待に目を輝かせていた。
そんな事を思い返していると、チラシの紙飛行機が飛来し、ふわりとテーブルに広がった。そのチラシに目をやった瞬間。
「こ…これはっ…!」
レミリアは言葉を失いながら、それを広げて立ち上がった。
『十字架で干したアジの開きアリ升』
『SO芝製、足ツボマッサージ機新発売!安心の国産の聖書と十字架と聖母像だけで作られています』
『新作DVD情報:リトルデビル対空飛ぶドラキュラ!初回限定版特典:十字架に磔にされた小悪魔ストラップ。数に限りがございますのでお早めに』
等などの、数々の冒涜グッズが列挙されていた。本日開店の冒涜用品専門店のチラシである。誰がこんなものを買うのかと小一時間問い詰めたくなるようなラインナップであったが、
「これは…急がないと…!」
ここに一名、期待で目からビームを出さんばかりの吸血鬼が居たのだった。急がなくても売り切れる心配は絶無と言っても良いのだが。
「咲夜!出かけるわよ!」
「で、ですがお嬢様、私たちまで出かけるとなると…」
「大丈夫よ、パチェがいるじゃない」
そう、大図書館の主がいる。彼女さえ残していけば安心だと思う。そのはずだ。そのはずじゃなくとも、最早レミリアの勢いは止められないが。
そしてレミリアと咲夜は、チラシの裏に書かれたパチュリーの伝言に気付く事なく紅魔館を飛び出していった。


******


-そして誰もいなくなった。
最早紅魔館を守る者はない。守りを失った館は襲い来る敵の手に落ちるだけなのか。
…いいや、いいや。
まだ彼女がいる。
暗闇の中で彼女の目が光る。誰もいなくなった館の中で、唯一その目だけが熱を持って燃え上がる。
フランドール・スカーレットが、再び紅魔館を守る為に立ち上がったのだ。カードに切り抜きが貼られた本格的な予告状は、粉々に破壊され、消滅した。
「まったく…皆頼りにならないんだから」
穏やかな笑みを浮かべながら、フランドールは時が来るのを待った。


******


-予告状。
何故その様なものがフランドールの手にあったのか。
それはこの様な理由であった。
「…最高の出だしね。良いお店になるわ。あ、こちら666円になります」
永琳は紅魔館の面々を外に連れ出す為に企画した店の会計で、34円のお釣りを返しながらとても満足気な笑みを浮かべていた。
何しろ客が次から次へと来るのである。企画は大成功らしく、ならば商売人として満足しない筈がない。
「…あら?何か当初の目的を忘れてるような…そうそう、紅魔館の守りはちゃんと失われたようね」
てゐが企画した冒涜用品専門店に、レミリアと咲夜が来店したとの報告がつい先ほど上がってきた。レミリアは店の中央で「うっとり…」と謎のうめき声(?)を上げたまま完全に固まったらしい。
紅魔館監視班からの報告で、パチュリーが魔理沙を追いかけていった事も判明している。
残っているのは、レミリアの妹が一人。広大な紅魔館の中に留守番が一人残っていようが、鈴仙ならば気付かれる事無く任務を遂行してくれる筈だ。
作戦の成功を確信し、永琳が満足気に笑みを浮かべていると、
-それはやってきた。
「あ、永琳永琳。大事な事忘れちゃ駄目じゃない。代わりにやっておいてあげたわよ」
「あら姫様、ありがとうございます。ところで、私は何を忘れていたのでしょう?」
「予告状よ予告状。まったく、何かを盗む時に予告するのは当然でしょう?」
「ああ、そうですね。ありがとうござ…は?」
「ちゃんとカードに切抜きを貼り付けた奴よ。安心してちょうだい」
「え…ちょっと輝夜?あれ?」
「それじゃあ、私は絶対に働きたくないから家に戻って寝るわね」
そう言って、輝夜はすごく満足そうな、何かをやり遂げたような顔をして帰って行った。
「…えええええええええええええ!?」


******


「1500…状況開始」
紅魔館に程近い茂みから、音も立てずに這い出た兎が、そのまま静かに紅魔館へと接近する。
仲間が上手くやってくれたようだ。先ほどチェックしたリストによれば、悪魔の妹を除いた全ての人間・人外が外出している。
広大な紅魔館に、留守番が一名くらい残っていようと、自分ならば気付かれる事なく任務を遂行出来る。笑みを浮かべながら鈴仙はそう思った。
「そこの兎。何をしている」
ぎくり、と鈴仙は身を竦ませた。紅魔館には一人しか残っていない筈。更にその一人は館外へ出る事はないと聞いている。
守りは失われている筈だ。だと言うのに何故。そう思いながら鈴仙が振り向くと…
「…え?なんで貴女がここに?」
「いや、それは私の台詞でもあるのだけど…」
そこにいたのは西行寺の庭師、魂魄妖夢であった。不思議そうな表情を作りながら、鈴仙は内心で相手の考えを推し量ろうとしていた。
妖夢は、
「私は門番を訪ねに来たんです」
と言った。鈴仙と違って全く怪しい所がない。まるでそれが当然であるが如き妖夢の姿は、惚れ惚れするような釈然の感を抱かせる。いや、そう感じるのは単に鈴仙に後ろめたい事があるからなのだが。
「…それで?」
「わ、私は…その…ええと」
紅魔館の人間に見つかった時の対処は考えてあった。奇襲をかけるか、或いは、余程騙されやすそうな相手であれば嘘をついて潜入しろと言われていた。
相手は紅魔館の人間ではないが、それは置いておくとして。
しっかりと向き合ってしまっている以上、奇襲は成功しない。ましてや、相手は近接戦闘のプロである。この状況で勝てる見込みはほとんど無いと言って良い。
では後者だ。嘘をつくのだ。頭の中のてゐ、力を貸してください。そんな事が頭の中をぐるぐる駆け巡っている間に、妖夢は凄く不審そうな目で鈴仙を見つめていた。
「…泥棒に入りにきた、なんて事はないでしょうね」
怪しまれている。凄く怪しまれている。別に紅魔館に泥棒に入ったとして、妖夢が損をする事はないのだから構わないはずだ、などと開き直ってはいけない事を鈴仙は知っている。
こいつは堅物だ。そんな事を言い放てば、良くて斬られる。悪ければ斬られた後に紅魔館の悪魔に突き出されるだろう。どっちにしても斬られるのは間違いない。
何かないか。この窮地を抜け出す術は…
-そしてそれはタイミングよくやってきた。
「そこの二人、何をしている」
声が聞こえた瞬間、妖夢がそちらを向いた隙を狙って鈴仙が動く。
「…!?」
(動いたら撃つ。余計な事を話しても撃つ。分かったら上手く話を合わせなさい)
妖夢の背中に指を突きつけながら小声で耳打ちする。指先は銃口とイコールであるからして、妖夢であってもこの状況では抵抗出来る筈もない。
現れたのは紅魔館の門番であった。そう言えばリストに名前が載ってなかったように思う。
…それにしても何故誰も気付かなかったのだろう。メイドですら一人一人身辺調査やら性格やら得意武器までもが載ったチェックリストだったのに、守りの要である門番が抜けているとは、まるで歴史からも記憶からも消えていたかの様なステルスっぷりであった。
「わ、私たち、貴女に会いに来たんです」
潜入工作マニュアルに従って、鈴仙は目の前の門番を騙す事にした。
騙しやすそうだからである。たとえ奇襲出来る状況にあったとして恐らくは騙す事にしただろう。
「へ…?私にですか?」
「この前のレースで幽々子様が貴女を気に入ったらしく、一緒に茶でも飲みながら話を聞いて来いと私に命じたんです。この兎は…」
鈴仙は指先をぐりぐりと妖夢の背中に押し付ける。
「こ、この兎も同じ理由です」
「そ、そうなんです。妖夢さんとは偶然つい先ほどそこで一緒になって意気投合してそれなら一緒に行こうかとそんな次第でありましてはい」
「わ…私を…訪ねに…二人も…?こんないつも居るか居ないか分からない扱いを受けている私を訪ねて二人もお客さんが…!」
門番は何やら深い感動に包まれているようであった。鈴仙は罪悪感に襲われた。
「そ、それじゃあお茶でもご馳走しますよ。さあ、ついてきてください」
門番は嬉しそうに門番の役目を放棄し、先頭に立って歩き始めた。やがて玄関の前に辿り着くと、一度止まり、
「あ、ここから先は侵入者対策の罠がありますから気をつけてくださいね。私の歩いた後を歩いて、余計な物には手を触れないように」
と、振り返りながら言った。そして再び玄関へと向き直り、美鈴がドアノブを握った瞬間、
「ぎゃああああああああああああああああ!」
骨が見えた。電流が流れていたのである。見事なフリとオチだった。
「ええと、何々…『こうあつでんりゅうちゅうい』?」
鈴仙が扉に貼り付けられたメモらしき物を声に出して読んだ。
「ハァッ!」
妖夢が素早く抜刀し、ドアノブへと伸びていたコードを切断した。抜刀の動きに反応出来なかった鈴仙は、斬られたのが自分ではなかった事に安堵した。
ぷすぷすと煙を上げながら、美鈴が振り返る。
「…と、こういう事になると危ないですからね」
引きつった笑みを浮かべながら無理に余裕を装っていた。客の前だから見栄を張っているらしかった。いや、顔面の筋肉が痙攣した結果として笑いのような表情になっていたのかも知れないが。
そう言えば電気などと言うハイカラな物は一体何処から来たのだろうか、と鈴仙がコードの先に目をやると、そこには。
何処かで見かけた事のある竜宮の使いが縛られて転がされていた。鈴仙が目を向けた瞬間は虚ろな目で青い空を見上げていた(どうやら彼女は雲の数を繰り返し数えているらしかった。ちなみに今日は小さな雲が三つ浮かんでいるだけの好天である)が、
「さて、それじゃあ進みましょうか」
門番と妖夢が玄関の扉を潜った丁度その瞬間、鈴仙の視線に気付いた。
「…!?はふへへえええええええええええええええ」(※意訳:たすけてえええええええええ)
哀れみを覚えた鈴仙だったが、今はそんな場合ではないので無視して紅魔館の中へと進んだ。


******


紅魔館の中に入った鈴仙の目に飛び込んで来たのは、奈落へと口を開けている落とし穴と、その手前で落とし穴を覗き込もうとしている妖夢と、
落とし穴へ向かって落ちてゆく針が並んだ天井であった。
「危ない!」
ぐいと妖夢を引き寄せ、間一髪のところで天井が落ちてゆく。すると、
「ぎゃああああああああああああああ!」
奈落の底から悲鳴が聞こえた気がした。
「…えと…もしかして…」
「…貴女の想像通りだと思う」
鈴仙と妖夢は通夜のような沈痛な面持ちで故人となったであろう門番の冥福を祈った。
「…と、こ、こうなりますから、充分に気をつけてくださいね…はぁ…はぁ…」
とても疲れた顔をした門番が落とし穴から這い上がってきた。どうやらまだ召されてはいなかったらしい。それにしても、どうやって切り抜けたのだろうか。
(…来たわね、トゥーソード&トゥーガン…ふふ、ふふふふ…)
ぞくり、と鈴仙は背筋に悪寒が走るのを感じた。誰かに…恐ろしい誰かに背後を取られたような、そんな悪寒だった。
振り向くが、誰も居ない。
…気のせいだ。そう鈴仙は自分に言い聞かせた。
門番が先へ歩き始めた。もう銃口を向けられてはいないのに、妖夢は鈴仙に抵抗する事なく、美鈴の後ろについて歩き始めた。何を考えているのか分からないが、任務に差しさわりが無いようであれば放置してもいいだろう、と鈴仙は判断した。
それじゃあ、大図書館でお茶にしましょう。と、門番が歩きながら言った。
好都合だ、と鈴仙は思う。目標の物-鈴仙がほんの少し飲み残した国士無双の薬と、その複製、またそれについての研究成果-は大図書館の一角にある筈だからだ。
内心で鈴仙が『計画通り…!』と笑みを浮かべた瞬間。
門番の足の下から、カチリ、と音がした。
「………。あの、今の音は?」
鈴仙が門番に尋ねたが、言葉で答えが返ってくるより先に、何の音かを理解する機会が訪れた。
ゴロゴロゴロ。
何かが転がってくる音である。いや、『何か』などと言う曖昧な言葉を使うまでもない。たとえまだ姿が見えなくとも、何が転がってきているかは確定的に明らかだからだ。
鉄球が転がってきているのだ。振り向くと、空間を完璧に占領した鉄球が、だが不思議と廊下の両端にあるインテリアなどは全く傷つけることなく-これはパチュリーのかけた術の仕業である-転がってくる。
鈴仙と門番は逃げ出した。ただの鉄球とは思えない以上、馬鹿正直に挑んでも痛い目に会うのは容易に想像出来る。
しかし一人、生まれつき馬鹿正直に生きてきた女がいた。
妖夢は長刀を構え、息を吸った。
「ハァッ!」
息を吐き、一閃する。間合いよりも遥か遠くで斬った事が、妖夢の命を救った。
鉄球は真っ二つに分かたれた瞬間、即座に断面がくっつき、全く勢いを減じる事なく転がり続けている。
「…はぁっ!?」
と、妖夢は間抜けな声を出した。
「ぼーっとしてないで逃げて!すぐ先、前方左手に部屋があるので避難しましょう!」
門番の声に我に返った妖夢が駆け出す。目標の部屋の扉を門番が開け、次に鈴仙が入り、最後に妖夢が滑り込むようにして逃げ込んだ。
「はぁ…びっくりした…」
「すまない、助かった」
「そ、そんな…年給250銭から255銭に大幅アップだなんて…!それにお休みも一ヶ月に一時間ももらえるんですか…!?」
「…は?」
二人が息を吐いた時、門番が何やら不思議な事を言い始めた。
「はっ!?幽々子様…何故こんな所に?え?」
「え?」
「これからはご飯は一食たった五合で良いんですか…?しかも今日は自分で料理する…?」
今度は妖夢まで幸せそうな表情を浮かべながら不思議な事を言い始めた。当然、幽々子の姿などない。
「こ…これは…まさか…」
幻覚だ。二人とも幸せそうな表情を浮かべているところを見ると、余程素晴らしい夢を見ているのだろう。聞く限りでは哀れみしか浮かばない状況だったが、幸せは人それぞれだから気にしてはいけない。
「うどんげ…うどんげ…」
「し、師匠!?いやこれは幻覚…」
「こっちへいらっしゃい…」
「こ、これは…幻…覚…」
幻覚だと分かっていても、優しそうな表情を浮かべる永琳には心惹かれる物が…
「新しい薬が出来たのよ…実験台になって頂戴…うふ、うふ、うふふふふふ…」
…惹かれる物が?
「あるかー!!なんで私だけいつも通…悪夢!悪夢ったら悪夢!!こんなのいつも通りじゃないんだから!!」
鈴仙の目が赤く輝く。幻覚が薄れ、部屋の真の形が浮き彫りになる。
部屋の中心には水晶が安置されていた。幻覚の発生源はそれだ。鈴仙は人差し指で狙いを定め、一発の弾丸で装置を破壊した。
「…はっ!?」
「うーん…なんだか凄く良い夢を見ていた気がします…」
目を覚ました二人を前に、とりあえず鈴仙は他人の幸せについて深く追求しない事にした。
「さあ、早く図書館に行ってお茶にしましょう。私喉が渇いてしまって…」
「え…ああ、そうですね。すみませんお客様をほったらかしで…ちょっと疲れてるみたいです」
一ヶ月に一時間以下の休息では疲れるのは当然だ。と鈴仙は思ったが、口には出さない事にした。
扉を開けて、門番が一歩を踏み出すと、
がしゃーん。
ごろごろごろ。
ガツッ。
ごろごろ。
ぐしゃ。
窓ガラスをぶち破って入ってきた何かがまず門番にぶつかり、そのままの勢いで壁に激突した。
「ふふ…ふふふふふ…怪盗ひななゐがリゾンベに来たわよッ!」
何やら意味の分からない事を喚きながら、何処かで見た事のある不良天人が立ち上がった。恐らくはリベンジと間違えて覚えているのだろうが、鈴仙にとってはどうでもいいので指摘しない事に決めた。
「ん…?何やらこそ泥が私以外にもいるみたいね」
言い回しの所為で一瞬で自称怪盗から自称こそ泥にまで落ちぶれていたが、矢張り鈴仙は気にしない事に決めた。アレに関わったら何が起きるかまったく予測出来ない。大人しく門番に案内させた方が身のためだ。
その門番は、天子の所為で壁にめり込みながら気絶していた。早速仕出かしてくれていた。鈴仙は殺意が湧き上がるのを感じたが、兎に角関わらない事に決めているのでなんとか抑え込んだ。
「まあどうでもいいわ!怪盗ひななゐの華麗な技術を見学でもしていなさい!」
そう言ってこそ泥なのか怪盗なのか曖昧な天子は浮きながら移動を始めた。なるほど、リベンジと言うだけあって仕掛けられている罠への対策は充分らしい。リゾンベとか言っていたが。
「?これは…」
しかし10mも進まない内に、天子は止まった。
鈴仙がそちらへ目を向けると、壁際に看板と赤いボタンが設置されているのが見えた。ちなみに妖夢は門番を揺さぶって起こそうとしている。
『これは罠です。天人の方はこのボタンを絶対に押さないでください』
看板にはそう記されていた。
天子はまったく迷わずにボタンを押した。
(…えええええ!?)
「ふふふ…その手には乗らないわよッ!これはこのボタンを素通りすることで発動するわn」
ゴパァッ!
何やら凄まじい轟音と、目が潰れかねないほどの発光と、立っていられないほどの衝撃波が鈴仙を襲った。
しかし、それは単なる余波であった。放出された全エネルギーを100とすると、鈴仙を襲ったのはせいぜい0.001と言ったところか。
もちろん残りは全て天子に割り当てられたのである。
「………」
死んだ。お亡くなりになられた。そう鈴仙は思った。いくら天人と言えど、あの膨大なエネルギーを直接身に受けたならば…
「…わ、わざとよわざと。この程度の罠、効くわけないからわざとくらってあげたのよ?」
生きていた。しかも意外と元気だった。いや、明らかにふらふらだから空元気かも知れない。
空中に浮く余力すらなくなったか、地面に足をつけて一歩先に進んだ瞬間。
ブー。クイズの答えを間違った時のような音がした。
ゴパァッ!
再び天子を超々高熱の嵐が襲った。今度は堪えきれなくなったのか、天子はエネルギーの奔流と共に紅魔館から吹き飛ばされた。今度こそお亡くなりに…いや、あの頑丈さから考えると残念ながら生きているだろう。
それにしても、と鈴仙は思う。
「…何しに来たんだろう、あの人」
まず最初に思ったのはそれだった。そして遅れて、恐怖が少しずつ湧き上がってくる。
もしも、自分がアレを受けていたら…
-…死ぬ。死んでしまう。
「…こ、こんな死ぬかも知れない罠がある館にいられるか!私は帰らせてもらう!」
妖夢も同じ事を思ったのか、言ってはいけない言葉のテンプレのような事を言いながら、先ほど天子が発動させた罠によって破壊された壁から外へ出ようとする。
「ちょっと待…」
妖夢の姿が、何かに吸い込まれるように消えた。
まるで紫の能力によって転移させられたような消え方だった。
これも罠か。今紫が干渉する意味は無い。意味がなくとも干渉するのがあの胡散臭い妖怪の趣味だが、今回ばかりは恐らく関係していない。
-逃げられない。
妖夢はこの館の別の場所へと送られたのだろう。そこには矢張りおぞましい罠が待ち受けているのだろう。
今度こそ確かな恐怖が鈴仙を襲う。この館は悪魔のようなトラップの巣窟だ。それも、住人である門番すら(何故か)回避できないような。
これ以上は危険だ、と鈴仙は思う。任務を遂行出来ないばかりか、命の保証すらない。
帰りたい。凄く帰りたい。だがしかし、このまま帰ったとしても、命の保証がない事は同じだった。
たった今見たように、罠を仕掛けた人物は、この館から追い払うつもりで罠を仕掛けたのではない。侵入者を館の中に捕らえ、殲滅する為に罠を設置したのだ。
ならば帰り道にも危険が潜んでいる可能性が高い。これまでの道中に、二回条件を満たした時に発動する罠が仕掛けられていた場合、帰り道は矢張り初見の罠の山となる。
そもそも無事に戻れたとしても、任務を果たさずにおめおめと帰れば、今度は永琳に何をされるか分かったものではない。
-…進むしかない。それしか自分に残された道はない。月の兎に逃走はないのだ。
鈴仙はそう決断し、門番を揺り起こす。
「うーん…あれ、妖夢さんは?」
目覚めた門番が暢気に鈴仙に訊ねる。
「ちょ…ちょっと用事を思い出したとかで帰りました…」
鈴仙は目を逸らしながら答えた。妖夢は二度と帰れぬ旅路へと足を踏み出した、などとは言えなかった。
「え…そ、そうですか…」
「で、でもその内また会いに来るって言ってましたよ!」
明らかにテンションが下がった門番を鈴仙は慰めた。
何しろ、これから先もとりあえず案内してもらわねばならない。ついでに罠があれば先に引っかかってもらえると尚良い。鈴仙は心をてゐにしてでも生き残ろうと決めたのだ。
「…そういえばこの壁の穴は何でしょうか?」
「急ぎの用事とかで妖夢さんが空けていきました。後で白玉楼にでも請求してください」
私はてゐだ。私はてゐだ。私はてゐだ。
そう鈴仙は自分に言い聞かせる。
てゐならきっとこうする。何だか良心回路が凄まじい痛みを訴えてくるが、迷ってはいけない。今は悪魔(てゐ)が微笑む時代なのだ。
「は、はぁ…弁償して下さるなら多分大丈夫だと思いますが…まあ進みましょうか」
門番が歩き始めた後ろに、鈴仙が少し距離を置いて続く。
何か罠が発動した場合、巻き込まれないようにと考えたからである。
ふと、鈴仙は違和感に気づく。
…以前に大図書館を訪れた時、果たしてこれほど時間がかかっただろうか?
カチリ、と門番の足元で再び音がした。
後ろを見ると、ゴロゴロゴロ、と鉄球が転がってくる。
すぐ先の左手の部屋に二人で駆け込むと、鈴仙は門番が幻覚に取り込まれる前に水晶を破壊した。
ドアを開くと、割れた窓ガラスと、融解した壁があった。
「………」
気づかない内に同じ空間を何度か行き来していたのだ。永遠邸にも似たような空間トラップがある。
何度も廊下を繰り返す事で、鉄球と幻覚部屋に誘い込む確率を上げる為の罠だろう。永遠邸の物と違うのは、足止めが目的なのではなく、罠に誘い込む為の罠である点だ。
今度は目を凝らしながら、鈴仙が歩く。何処かに抜け道がある筈だ。
「…?おかしいですね…パチュリー様は普段こんなに新しいトラップを仕掛ける事はないのですが…」
最初に罠に引っかかった時点で気づいてくれと思うが、恐らく普段から新しいトラップを設置した事を知らされずに引っかかる事があるのだろう。悪意からではなく、単に伝えるのを忘れられて。
しかしそう考えると、今回はパチュリー以外の誰かが、鈴仙が忍び込む予定の正にその日に、極悪なトラップを大量に仕掛けていた事になる。
内部から情報が漏れたのだろうか。だが永遠邸のメンバーに裏切り者がいるとは考えられなかった。…てゐも多分裏切っては居ない。と心の中で鈴仙は付け足した。
それに、情報が完全に漏れていたにしては生ぬるい対応である。何しろ本当に紅魔館には門番と他一名を除いて誰も居ないのだ。
-…情報が漏れたのは作戦開始の直前か。
それも門番以外の一名にしか漏れていないようだ。そこでその一名のプロフィールを鈴仙は記憶から掘り返す。
-フランドール・スカーレット。悪魔の妹。
今すぐ帰りたい。
orz ←このような姿勢で鈴仙はそう思った。
そう、残っているのは最凶にして最狂の妖怪だった。もう二度と会いたくないと思っていた悪魔の妹だった。
輝夜が一緒に居た時でさえ死に掛けたのに、今回は一人で挑まなければならない。
よく考えると輝夜は後ろで大図書館にあった漫画を読んでいただけの気がするし、結局一人で挑んでいたような気がするが、それは今はあまり関係ない気がする。思い出したくない。
大事なのは今だ。過去に囚われていては前に進めなくなる。と言うか過去を思い出すと前に進む気力がごっそり持っていかれて酷い場合には死にたくなる。
「だ、大丈夫ですか?」
「こわい…新薬こわい…吸血鬼こわい…もういやだ…しぬ…いやもう死のう…きっとその方が楽…ハッ!?」
気づかない内にごっそりと持っていかれていたようだ。もう過去を振り返るのはやめにしよう、と(通算3085回目くらいの)決心をした所で、鈴仙は抜け道を発見した。
慎重に進めば、同じような空間魔術には引っかからないだろう、となれば大図書館はすぐそこにある筈だ。
…そうだといいな、と鈴仙は思った。


******


一方、妖夢は…
暗闇の中で、途方に暮れていた。
館から出ようとした筈なのに、いつの間にか地下らしき場所へと転移したらしい、と現在の状況を確認する。
一切の光源がない部屋だが、鍛え抜かれた妖夢の心眼は、日光の下となんら変わりない明瞭さで周囲の物を映し出す。
そう、問題は部屋の暗さではない。門番の案内が消えた事だ。彼女が罠に引っかかっていたのは、恐らくは彼女が知らない罠だけだったのだろう。
つまり妖夢の前には、今まで以上の罠の山が待ち受けていると言って良い。
慎重に、一歩を踏み出す。足元は大丈夫のようだ。何か反応があれば、いつでも斬れるように妖夢は抜刀の構えを保ちながら歩き始める。
じりじりと、妖夢は恐らく出口であると思われる階段の方へと歩く。罠は無い。まだ、無い。
そうしてなんとか階段を昇りきり、一息ついた所で妖夢はドアノブに慎重に触れる。
電流は無い。特に触った限り異常も見受けられない。安心した所で、妖夢はドアノブをぐいと引いた。
すると、本来感じられる筈のドアの重さはなく、ドアノブだけが引っこ抜かれた。
「…ええと」
何だか、非常に不味い気がする。何処かでカチリとか言った気がする。ゴゴゴゴゴゴとか言う音もし始めた気がする。
ドアを斬り捨てて、妖夢は外へと転がり出た。
ごしゃ。
妖夢の足首が外に出た瞬間に、部屋は消滅していた。左右の壁がぴったりと中央で合わさり、この罠の本来の目的を妖夢の目の前で主張している。
「…サンドイッチを作る為…ではないな」
矢張り一刻も早く逃げ出さねば、と妖夢は思った。


******


門番と鈴仙は、
門番が大図書館へと繋がるドアノブを掴んだ。ついさっき引っかかったような赤熱化はしていない。最初に味わったような電流も流れていない。軽くドアノブ恐怖症になりかけていた門番はぐいとそれを引く。
全く抵抗を感じる事なく、ドアノブが引き抜かれた。
「…あれ?」
ドアノブには糸が繋がれていた。門番はその糸を手繰り寄せ始める。
「…って何やってるんですか!?ついやっちゃうのは分かりますけど今までの経験から言ってそれはやめ」
た方が、と続けようとした所で、カチリと、最近とてもよく聞く嫌な音がした。
かつーん。
銀のナイフが門番の帽子を射止め、遥か後方の壁に突き刺さった。
「………」
「………」
一本だけだろうか。まさか。そんな筈はない。絶対にない。言い切れる。
二人は後ろへと飛んだ。同時に、ドアは木っ端微塵になり、無数の銀のナイフが二人目掛けて襲い掛かってきた。
「何これ!?何ですかこれー!?」
「し、シルバーストーム改と言うパチュリー様製作の…」
シルバーストーム改。無数の銀のナイフを無尽蔵に放ち続ける(悪)夢のような兵器。折り畳めばこの通り持ち運びも楽々、椅子にもなるしとっても軽い(約600kg)。今ならお布団も付いて驚きのこの価格(門番の年収にしてたった一千万年分)。
分割払いも可能で、送料と分割手数料はこちらが負担します、と門番はナイフを捌きつつ説明した。パチュリーからセールストークをみっちりと叩き込まれているのだ。
「ちょっと欲しいと思ってしまう自分が悔しい…!ってそんな場合じゃないですよ!?」
無尽蔵。まさか本当に無限に湧いて出る訳ではあるまい、とは思うが、パチュリーが製作した物なら有り得ないとも言い切れないのがとても怖い。
「は、早くこの前のレースの時みたく前進して壊してきてくださいっ!」
「あ、アレは気を先読みしてたから出来たんです!本来の反応速度はこれで手一杯なんですよ!と言うかそちらこそ最後の直線の時のような大弾幕を張れば壊せますよっ!?」
「あんな大技、準備に時間がかかるに決まってるじゃないですかー!!」
二人ともいっぱいいっぱいになりながらナイフを捌き続ける。このままではジリ貧なのだが、二人には対抗策が無い。
-二人には、無い。
背後から疾風が吹き抜けた。同時に、空間に満ちていたナイフの密度が激減する。
「…え?」
何かが、ナイフの嵐の中を駆けて行く。二つの白銀の軌跡と共に。
そして、
真っ二つに寸断されたシルバーストーム改は、一瞬の静寂の後に爆発した。
「帰ろうと思っていたのですが…どうやら、道を間違えてしまったようです」
と、現れた魂魄妖夢は、爆炎を斬り裂いて歩きながら言った。


******


「帰ろうと思っていたのですが…どうやら、道を間違えてしまったようです」
と、素敵に現れた魂魄妖夢はそう言って、
かぱっと開いた穴に落ちて行った。今度は針天井ではなく、穴が閉じる仕掛けになっている。戻ってくる気配がないと言う事は、あんまりない方の物質で出来ているのだろう。
「うわぁ…凄く格好よく再登場したのに、一気に可哀想な感じの子になりましたよあの人」
「ど、どうしましょう?」
これは…チャンスだ。そう鈴仙は思った。頭の中のてゐ様がとても良い笑顔で鈴仙が取るべき行動を教えてくれた。
「それじゃあ、私は此処で待ってますので、妖夢さんを迎えに行ってあげてください」
完璧だ。鈴仙は既に大図書館の中に足を踏み入れている。目標地点はすぐそこ、門番が戻ってくるまでに事は成し遂げられる。
…戻ってくれば、だが。戻って来ないかも知れない。二人とも二度と戻って来れないかもしれない。流石にそれは後味が悪いのだが…
だが、この機を逃してなんとする、鈴仙。きっと大丈夫、二人とも命までは取られない筈だ。多分。
希望的観測を自分に言い聞かせている鈴仙を置いて、門番は早速妖夢と同じ罠に自ら引っかかり、落ちて行った。
「…ってあれ?私一人?」
よく考えずともそうだった。途端に、周りのあらゆる物が罠に見え出して鈴仙は少し怖くなった。
頭の中のてゐは腹を抱えて笑っていた。恐らく此処まで織り込み済みの提案だ。鈴仙の頭の中のてゐ回路の出来栄えが良すぎたのだ。
「しかももっとよく考えたら此処は…」
『あの』パチュリーの住処である。
正しく言い換えれば、魔窟である。有象無象の魔道書とマジックアイテムがひしめく危険地域である。
「か、帰りたい…!」
なんだかこのまま進むよりは新薬の実験の方がまだマシな気がしてきた。
いやどうだろう。同じくらい危ないかも知れない。でもそれだったら、このまま進んで、任務失敗の上に酷い目に逢って、更にお仕置きで新薬実験なんて最悪の事態よりは、今引き返した方がマシじゃないだろうか。
鈴仙がそう考えて、一歩後ずさると、何かぬるぬるしていてひんやりした物が背に触れた。
「ひゃああああああああああ!?」
慌てて後ろを振り向きながら飛びのくと、そこには糸で吊るされた…
「こ、蒟蒻?」
蒟蒻だった。とてもチープな仕掛けだった。
「なんだ蒟蒻かぁ…よかったぁ」
なんだか少しズレはじめたのを自分の能力のお陰で自覚しつつ、とりあえず鈴仙は安堵し…
「あれ?でもさっきまでこんなの…」
そう、こんな物はさっきまでなかった筈だ。あったら絶対気付く。
くすくすくす、と何処からか笑い声が聞こえた。びくりと鈴仙の体が震える。
とてもとても嫌な予感がする。
まさか。
まさか、此処に居るのか。あの悪魔の妹が。
「…よし、帰りましょう!」
れいせんは、にげだした!
「あうっ!?」
ドアに体当たりする勢いで逃げようとした鈴仙が、そのままドアに体当たりした。
見た目はただの木製のドアにしか見えないのに、ビクともしなかったのだ。と言うか、さっきシルバーストーム改で吹き飛んだ筈のドアが復活しているのがそもそも謎だった。
ドアには【しかし、まわりこまれてしまった!】と書かれた紙が張ってあった。
明らかに、これは自動で発動した罠ではない。
…居たのだ。鈴仙のすぐ後ろに居たのだ。『アレ』に後ろを取られていたのだ。
恐怖が、鈴仙の体を支配した。
周囲に目を向ける。上下左右に落ち着き無く視線を彷徨わせる。
ドアに全力で銃撃をお見舞いしてみたが、全く壊れる気配はない。矢張り此処からは逃げられないのだ。
逃げられない。つまり、目標を奪取したとしても、この館からは出られない。これではどの道任務は失敗に終わる。
…詰みか。いや考えろ。クールになれ鈴仙。
「…!」
そうだ、自分が何をすべきかに立ち戻れば良かったのだ。と、鈴仙は飛び上がりそうなほど喜びつつそのアイディアをもう一度検討する。
鈴仙の任務は、大図書館内に存在する【全ての望みが叶う理想空間】(アヴァロン)、その中にある物の奪取だ。
-【全ての望みが叶う理想空間】。つまりそこになら、此処から脱出する為の何かが得られるかも知れない。いや、きっと得られる。【全ての望みが叶う理想空間】とか凄く大層な名前が付いてるし。
暗闇の中に一筋の光明を得た鈴仙は、希望を胸に慎重に歩き始めた。
【全ての望みが叶う理想空間】…正式名称、大図書館のゴミ捨て場へと向かって。


******


「つまり」
と妖夢は頭を手で抑えながら言った。湧き上がる頭痛と戦っているのだった。
「…此処から出るには、一週間はかかると、そう言う訳ですか」
「いやまあ、すみません」
妖夢と門番は、とても困っていた。
「その…正確には、生きて出られれば…ですけど…」
あの穴から落ちた先は、パチュリーが趣味で作った地下迷宮だった。
最下層、B60F。此処から大図書館まで戻るのには、最短で一週間程度はかかると言う。
「製作当時は直通の通路があったんですけどねぇ」
勿論、完成と共に破壊されていた。当時まだ点検中だった門番を置いて。そこからの地獄の一週間を思い出して門番は軽くブルーになった。
「と言うわけで私は二度目なんですが、なんでもこの迷宮は時間と共に形を変えるらしいので、やっぱり一週間程度かかるかと」
「………」
無駄に作りこまれていた。パチュリーの趣味だから仕方ないとも言えるが。
「ちなみに名前は『紅美鈴の不思議なダンジョン』です」
最初から挑ませる気満々のネーミングだった。どう考えても一度目は確実にわざとだった。
ぺらり、と紙が何処からか降ってきたのを、妖夢は手に取った。
そこには、
『魂魄妖夢の不思議なダンジョンへようこそ』
と書かれていた。
「うあぁ…改名されたなんて…せっかく私の名前が目立ってたのに…」
落ち込むポイントがおかしい門番を置いて、少し自棄になりながらとりあえず妖夢は進み始めた。
ところで、後にこの二人は協力しあってダンジョンを攻略するのだが、それはまた別のお話、いつかまた別の機会に話すとしよう。


******


「あれ…なんだかあの二人がこの話にはもう戻ってこない気がする…」
鈴仙はよく分からない不吉な予感に囚われて立ち止まった。
大図書館の向こう端に目標の部屋はあると報告書には記されてあった。今現在の位置はその道程の半ばと言った所か。
飛行していけばすぐにたどり着ける、目と鼻の先と行った距離だが…
鈴仙は慎重に歩みを進めていた。天人が罠対策に僅かに宙に浮いていたのを覚えている。罠は完全にその天人の上を行っていた。ならば、きっと宙に浮かんだりすると酷い目に会う。ような気がする。
だが、宙に浮かばないと言う選択は、接地系の罠に対して絶対的な対処を捨て去ると言う事にもなる。
「…ちょ、ちょっとだけ飛んでみようかな…」
迷いがある。これまでに三度、鈴仙は罠を発動させてしまった。幸い全力で逃げたり攻撃したりして、これまでは何とかなった。
しかしこれからもその幸運が続くとは思えない。ならば空を飛んで一気に突っ切ってしまった方がいいのではないだろうか。
「…で、でも止めておこうかな…」
兎は臆病な生き物なので、この理不尽な二択の板ばさみにどんどん活力がなくなっていく。
「うぅ…何で私がこんな目に…」
どう考えても彼女の主の所為だった。
くすくすくす、と笑い声が響いた。直後、どさり、と言うイヤな音と共に、鈴仙の背後に何かが落ちた気配があった。
恐る恐る、鈴仙は後ろに目を向けると…
「ひっ!し、死んでる…!」
そこには、妖夢と門番の死体らしき物があった。
「…ってあれ?偽物?」
鈴仙が目を凝らすと、微かに『騙し』の色合いが見つかった。それさえなければ、見分けられないほど精巧で無残な人形だった。
『偽物?ふふ…』
「ひゃああああ!?」
『ねえ、よくご覧なさい。単なる偽物にしてはよく出来すぎてない?もしかしたら…』
「いやー!聞きたくないー!」
『パチェが作った、オリジナルの現在を映し出す人形、だったりしてね…くすくすくす』
「う、嘘…そんな…」
鈴仙はパニックに陥りかけていた。と言うか陥っていた。悪魔の妹の声がした時点で、もうパニックホラーの中に放り込まれた気分だった。
『ふふふふ…くすくすくす…』
悪魔の妹の笑い声が遠ざかっていく。鈴仙は身動きが取れない。動いたら死んでしまうような気がする。
「ちょっと」
「ぎゃああああああああああああああああ!?」
「…図書館では静かにしなさい。全く、最近の若い兎は…」
鈴仙を心臓発作で殺しかけた声の主は、パチュリー・ノーレッジだった。
「…あ」
…救われた。鈴仙は確かにそう思った。この人さえ居ればたとえ今この場に外なる神が顕現しても何とかしてくれるような気すらした。
「た、助かった…」
「?さっきから貴女変よ。ところで、何か用かしら」
侵入者として敵視されていると言う事もないようだ。鈴仙は心の底から安心しきって、とりあえず何とかして外へ案内してもらおうと考えた。任務達成は諦めていた。
「実はですね…」
「歩きながら話しましょう。ちょっと封印しなきゃいけない物があるのよ」
「うわあああっ!?なんですかそれ!?こわっ!?なんですかそれ!?こわっ!?」
大事な事なので二回ほどパニくっていた。
鈴仙の目は、ドグラ・マグラの原典が如何に危険な物か一瞬で見分けたのである。
「大丈夫よ、貴女にも私にも害は無いわ」
「そうですか、よかった…って動かないでー!」
すっかり忘れていたが、今動くのは危険なのである。いや此処まで無傷でたどり着いたのだから大丈夫かも知れないが、とにかく事情を先に説明しないと、と鈴仙はパチュリーを止めようとする。
「罠が!罠がー!」
「罠って…これの事?」
パチュリーの足のすぐ前に、糸が張ってあった。
「そうですそれです!それだけじゃないですけど兎に角危ないんです!」
「この罠はね」
そう言ってパチュリーは足で糸を踏みつけ、そのまま通り抜けると、鈴仙の方に振り向く。
「この上を飛行すると発動する罠よ。こうして踏めば無効なの。大体、仕掛けた私が引っかかるわけないでしょう」
「そ、そうですか?それなら…」
…飛ばなくてよかった。本当によかった。そう鈴仙が安堵した所で…
-待て。と鈴仙の心のまだ冷静な部分が警告を発した。
その罠が改竄されている可能性は、ないのか。
「!?あぶなっ…」
かーん。
とても良い音が響き渡った。
金だらいがパチュリーの頭に落下した音である。
「…って今回の罠威力ひくっ!?とりあえずよかっ…」
「…むきゅー…」
ばたん。
パチュリーは倒れてしまった。
「…え?」
ゆさゆさ、と鈴仙はパチュリーを揺さぶって起こそうとするが、目覚める気配は無い。
「………。死んだ!?死んだー!!」
死因:金だらい。
とても間抜けな理由だったが、せっかく得られたと思った助けが死んだ事もあって、鈴仙は更なるパニックへと陥った。脈も呼吸も確認せずに死んだと思い込むくらいにパニックだった。
どさり、と後ろでイヤな音がした。振り向くと、本物とほとんど見分けがつかないパチュリーの人形が横たわっていた。
『くすくすくす…』
「ひぃぃぃぃ!?」
その時、ぷつり、と鈴仙の心の中の何かが切れてしまった。
「うふ、うふ、うふふふふふ…」
脱力し、鈴仙はその場に座り込む。
「みんな、みんな死ぬんだ…」
「…あれ?」
様子がおかしい事に気がついたフランドールが、すぐ目の前に降り立っても、鈴仙は虚ろな目で虚空を見ながら呆然としていた。
「うふふ…あはは…」
「壊れちゃった…?うーんまだまだ面白い仕掛けがあったのになぁ」
-…そうだ、今度はあっちの方で遊ぼうっと。
そう言ってフランドールは地下迷宮へと降りていった。


******


「うふ、うふ、うふふふふふ…」
「…何なのかしらこの兎は」
レミリアが買い物から戻ると、大図書館のど真ん中で、倒れているパチュリーと、不気味な笑みを浮かべている鈴仙が居た。
「咲夜、気付け薬を」
「了解致しました」
咲夜が何処からか小瓶を取り出し、二人の口にそれぞれ流し込んだ。
「…あら、おはようレミィ」
「こんばんは、パチェ。それで、これはどういう事?」
「…はっ!?こ、ここは…?」
少し遅れて鈴仙も正気を取り戻した。辺りを見回すと、紅魔館の面々が勢ぞろいと言った感じだった。
「…た、助かったあああああああああああああ!」
今度こそ助かった。そう思って鈴仙は嬉しさの余りレミリアに抱きついた。
「ありがとうございます…このご恩は一生忘れません…!」
「そう、それは良かったわ。まあ、それは置いておくとして…」
レミリアが鈴仙を引き剥がし、
「侵入者ね」
「…え゛?」
「侵入者です。侵入者でした。さて、それじゃあお仕置きの時間ね」
「ちょ、ちょっと待っ…」
ぱちり、とレミリアが指を鳴らすと、付き従っていたメイド隊が様々な荷物を並べ立てる。
見覚えがある品揃えだった。てゐと一緒に仕入れた品ばかりだった。
身の毛もよだつ、冒涜用品の山である。
「まさか早速使う機会が来るとは思わなかったわ」
とても無邪気な笑顔を浮かべながら、レミリアは○△†(※虻様へ。このSSは検閲済みです。安心して読者にお与えください)を手に取った。
逃げようとした鈴仙は、いつの間にかメイド隊に体を拘束されている事に気付く。もう色々と手遅れだった。
すっかり鈴仙の頭の中から抜け落ちていたが、よく考えるまでもなく彼女は悪魔の姉なのだ。この姉にしてあの妹ありなのだ。
「さあ、レッツうっとりタイムよ」
「ひ、ひえぇー」
鈴仙の悲鳴が大図書館に響き渡った。


******


終わり。


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「…はろ?ははひは?(意訳:…あの?私は?)」



完。


******
-貴方が、蜘蛛だったのですね。(陰陽座の方の方言でこんにちはの意味)

最後までお付き合い下さり有難うございました。
初めましての方は初めまして。そうでない方はふらんちゃんうふふな自分のSSを再び手に取ってくださり有難うございます。

あの映画のパロディパート2でした。元ネタの3は番外編と言うか違う子が主人公なのでどうしようか考え中です。4なんてなかった。
今回もやっぱり全ての元凶は○△。□ー・†ーв。м゛。きっとこれからもToLov…間違えた。トラブルメーカーとして出演しまくると思います。

それでは、機会があれば次も読んで頂けると嬉しいです。
目玉紳士
[email protected]
http://medamasinsi.blog58.fc2.com/
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コメント



0.1120簡易評価
16.70名前が無い程度の能力削除
それにしてもこの紅魔館、相変わらずである。
21.80名前が無い程度の能力削除
かっこよく来た妖夢のくだりがwww
24.90名前が無い程度の能力削除
中盤以降が○ーム・アロー○と言うよりC○BEに見えた。