Coolier - 新生・東方創想話

願い事をください

2009/07/07 02:40:42
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 地底の熱で輝く床と、半透明のモザイク硝子。地霊殿のエントランスの、ありふれた姿だ。そこに今はひとつ、異物が加わっている。
 竹と呼んだ方が良いような、逞しい大笹だ。節は巨人の腕ほどもある。笹の頂点は、屋敷の天井を擦らんばかり。おくうと仲間の地獄鴉達が、地上の竹林から持ってきたそうだ。
 願い事を書いた短冊、色とりどりの紙片の輪つなぎ、折り紙の薬玉。様々な飾りで、笹はデコレーションされていた。元の笹の深緑色がわからないくらいに。
 エントランスの異物に首を傾げた私に、お燐は言った。七夕の笹飾りです、地上の人間に教わりました、と。
 七夕。職務怠慢で引き裂かれた織姫と彦星が、年に一度出会える日だ。いちゃつきついでに下の者の願いを叶えてくれるという。短冊に願いを書いて、笹に吊るして、星空にかざすだけで。昔々、地底に下りる前にやり方を教わったことがある。
 地霊殿のエントランスには、臨時の円形テーブルが出されていた。五色の、否、百色はあろうかという短冊と、作りかけの飾りとが載っている。私のペット達は皆乗り気らしく、あれやこれや願いを並べていた。お祭りを楽しむかのような、活気ある思念が伝わってくる。

「さとり様もやりましょうよ。面白そうです」

 お燐は私の胸元に、薄紫の短冊と使い古しの万年筆を押し付けた。「さとり様ならもっといい筆記具も持ってるだろうけど」と、心の声が付け足される。ペットの気遣いに、私は微笑んで見せた。
 お燐の良き相方、おくうは円テーブルでペンを走らせていた。フォークを握るような間違った持ち方をしている。マントのかかった鴉の翼が、物をかき集めるように大きく動く。心を視れば、食欲物欲財欲光もの欲で一杯。甘い生クリームや、旧都で見かけたのだろう子供っぽいリボン型の首飾りが、弾んで渦を巻いている。

「地霊殿の仕事が楽になりますように、もっと凄い神様の力が手に入りますように」
「おくう、書くだけじゃなくて努力もなさい」
「してますよー」

 顔を上げて、おくうは太いペンを回して見せた。私の第三の目に映ったのは、お気に入りの毛布を抱えて眠る姿。果報は寝て待て?

「昼寝は努力とは言わないわ」

 冷ややかに反論すると、おくうは「ちぇ」と小さく鳴いた。
 どうせ適当な行事だ、私も物欲レベルの願いで済ませようか。万年筆の蓋を外して、宙に二度三度波を描いた。欲しいものは、何かあったか。紅茶が切れかけていた、そういえば角砂糖も減り気味(おくうが摘み食いしている)、靴墨が足りなくなってきている、ええと……

「お燐、見られてると書きにくいわ」

 ええと、そう、視線が気になる。お燐は私の背中にへばりつくようにして、万年筆の行方を追っていた。「さとり様は何をお願いするんだろう」「知りたい」。動物らしい純粋な好奇心が、まとわりついて離れない。

「笹に吊るしてから見ればいいでしょう」
「さとり様はあたい達のお願い事を視てるでしょう。おあいこです」

 確かに、私は全てのペットの願いを把握している。能力上、把握できてしまう。あっちの火焔猫はミルクに浸したビスケットを欲しがっている。左手の地獄鴉は、笹が重かった、もう運びたくないと思っている。やや離れた場所にいるこいしのペットは、自分も短冊を書いていいものか、書きたいと願っている。仕方がない、視えてしまうのだから。
 そうだ、こいしのペットと言えば。飼い主のこいしはどこに行ったのだろう。周囲の思念を探るも、行き先を知る者はいない。当然か、彼女は道端の小石と同じ。誰にも感知できない場所にいる。

「こいしに短冊を渡してきます」

 私はテーブル上の短冊を数枚取ると、お燐を置いてエントランスを抜けた。



 私の妹は、強い感情を持たない。悔しくても地団太を踏まない。悲しくても大声で喚かない。腹立たしくても物を壊さない。ただ笑っている。小道で紋白蝶を見つけたときのように、淡白に。
 激しい気持ちは、遠い場所にある。置いてきてしまった。さとり妖怪の証である、第三の瞳を閉ざしたときに。
 あの子にも、願い事はあるのだろうか。

「ここにいたの」
「あー、お姉ちゃん。こっそり作ってたのに」

 私室、裏庭、厨房、暖炉の前、床下。あちこち探し回って、ようやくこいしを見つけた。屋根裏部屋の手前の小さな空間で、彼女は巨大な折り紙をしていた。座布団ほどもある黒い紙を、三角に折って、折り広げて、先端を細めて。嘴と尾と、翼を作っていた。周りには完成品の鳥が四羽、翼を広げて佇んでいる。内一羽は、こいしの帽子を被っていた。

「鴉?」

 隣に座って訊ねると、

「カササギだよ。知らないの、七夕のお話」

 こいしは自慢げにのたまった。どこか私を見下す風がある。地上の人間と関わるようになってから、こいしは私を少し小馬鹿にするようになった。お姉ちゃん地上のこれ知ってる、知らないでしょう。そう言いたいかのようだ。心が視えないから、正解はわからないけれど。

「そのくらい知ってます」

 物知りぶりたいこいしには悪いが、カササギの伝説は知っている。織姫と彦星が出会う際、カササギが橋の役目を果たすのだ。簡単に説明してやると、こいしは「お姉ちゃん知っててずるい」と頬を膨らませた。本気で怒っている様子はない。形だけの感情表現だ。
 丸い頬に、私は淡い水色の短冊を押し当てた。

「飾りの前にこれ。もう書いた?」
「んうー」

 こいしは唇を尖らせては引っ込め、尖らせては引っ込めした。灰緑の瞳が、暗い空間を泳いでいる。

「星にお願いすること、思いつかない」
「そう」

 やっぱりか、と私は目を閉じた。この子にだって、欲はある。たまに、新しい靴が欲しい、お姉ちゃんのアップルパイが食べたい、などとねだってくることはある。けれども、派手な願い、大いなるものへの祈りはない。

「小さな願いでもいいのよ」
「それじゃつまんない」

 手にした短冊を、こいしは指に巻きつけた。端まで巻いて、放した。巻物のような痕が残った。横巻きに飽きると、縦長巻きを始めた。水色の長い爪が出来た。円らな瞳は夢を見ているようで、実際には何も見ていないのだろう。

「もやもやって、してる」

 掠れや沈みのない、平板な甘い呟き。普通の人間なら、何の願いも持てない自分を無価値に感じたり、嘲ったりするのだろう。こいしは違う。何の願いも持てない自分に、何の興味も持っていない。巻紙の爪の先を舐めて、「舌切っちゃったかも」と朗らかに笑っている。
 妹が覚りの瞳を閉ざしたことを、私は責めない。私にだって、何も視たくないときはあるから。それに、いつかまた、開く気になるかもしれないから。彼女がさとり妖怪でなくなったわけではないから。私が独りになったわけでは、ないから。

(でも)

 平らで無感情な彼女を目にする度に、私は辛くなる。降り始めの雪のように、淋しさが積もっていく。融けて平気になるまでが、長い。
 気付くと、こいしが私を見つめていた。眉間に彼女の紙爪が当たる。

「痛いわ、それ取って」
「ねえ、どうして悲しい顔するの?」

 楽しそうに、彼女は私の額を突いた。針で心を突かれているようだった。いっそ目を突いてもらえたらと、一瞬思った。

「してないわ」
「してたもん」

 そっぽを向いて、爪の攻撃から離れた。額には幾つも紅い痕が残っていることだろう。
 私は立ち上がると、

「願い事が決まったら、書いて吊るしておきなさい。明日には笹を地上へ運ぶそうよ」
「はあい」

 短冊の束を押し付けた。

「貴方のペットの分も忘れずにね」
「わかってるよ」

 私を見送るように、こいしは片手を挙げた。数秒後には、私のことなど忘れているに違いない。私は眉間と額を揉んだ。



 エントランスへの廊下の途中で、お燐が姿を見せた。二又の黒い尻尾が、様子を窺うように揺れている。心もまた、そわそわと動いていた。

「こいし様、いました?」
「ええ。飾り作ってたわ」
「それで、さとり様のお願い事は?」

 この子並みの記憶力と執着心が、こいしにも欲しいものだ。私は空惚けて、「家内安全かしら」と答えた。

「神社の祈祷じゃあるまいし」
「似たようなものよ。星は何も叶えてくれないわ」

 所詮、織姫と彦星の幸せのお裾分けだ。そう何人にも分けられるものではない。地霊殿でお菓子を作って、ペット間の争奪戦になるのと同じだ。
 誰も、何も変えられない。
 それなのに、

「信じてやってみましょうよ」

 お燐の心は熱く、期待に溢れていた。彼女にとっては初めての七夕で、待ちきれないのだろう。星の見えない地底では、七夕などありえない。地上と関わりを持つようになったからこそ出来る、一大行事だ。星そのものも珍しいのかもしれない。たかが星なのに、お燐の胸中では目映い光を放っている。視て、私が目を痛くするほどに。

――さとり様も、一緒に地上に行きましょう。明日は星が特に綺麗だそうです。

 はっきりとしたメッセージを、受け取った。紅い眼差しが、頭上遠くの星のように輝いている。エントランスのペット達の、心からの喜びも感じ取れた。「明日は星見会」「お酒も持っていこう」「酒盛りもしよう」。
 一時沈んだ私の気持ちを、持ち上げているかのようだった。

「たまにはいいかもしれないわね、遠足も」

 お燐が一度、大きく飛び跳ねた。

「絶対ですよ」
「ええ」

 「出来ればさとり様のお菓子も食べたいなー」と視えたので、それにも頷いて見せた。星型に抜いたクッキー程度なら、今からでも用意できるだろう。後は、

「そうね、こいしも連れていきましょう」

 あの子にも、星空を見せてやりたい。あの子のことだから、放浪の途中で何度も星を見ているだろうけれど。明日は一緒に見て、何か、願い事をしたい。



 クッキーを焼いた。ココアパウダーを混ぜるのは、止めておいた。星は黒くない。輝くものだ。表面に卵の黄身を塗るのを、お燐とおくうが手伝ってくれた。おくうは沢山味見もした。甘くし過ぎたかもしれない。別にいいか、ペットは概ね甘党だから。味覚の渋いお燐のために、生姜風味のクッキーも用意した。バスケット二つ分、これだけあれば皆で食べられるだろう。明日まで氷室で冷やしておくことにして、私室に戻った。
 まだ、やっていないことがあった。
 お燐に渡されていた、薄紫の短冊。自分の願い事を書いていなかった。

(私の、願い事)

 家内安全、そう一言書けば済むこと。でもお燐達の楽しそうな感情を視るに、それではいけない気がした。もっと、本心から願わないと。あの子達に申し訳ない。
 真っ先に胸に浮かんだのは、妹のことだった。こいしに泣いてほしい、怒ってほしい、笑ってほしい、心から。あんな掴みどころのない、ぼやけた笑顔ではなくて。
 机に向かって、頭を抱えた。どう書けばいいのか、わからない。ううん、わかっている。けれども、それはもう納得したことで、ああ、

「ぅ、ん」

 机の上のメモ帳に、本心を書いた。

『妹の目が元に戻りますように』
『私を独りにしないでください』

 これは、短冊には書けない。恥ずかしいし、私の我儘でしかない。いけない、駄目。

(でもね、本当は)

 頭を揺すった。首を左右に振った。まとまりの悪い紫の髪と、赤い覚りの瞳がふらついた。

(本当はね)

 水滴がひとつ、落ちた。黒の文字が滲んで、濃青や真紅や、数多の色が飛び出した。
 妹のことを思うと、悲しくなる。淋しくなる。何か私に出来ることはなかったのかと、悔しくなる。心にまたひとつ、雪が積もる。今は夏なのに。

「あ……」

 閉ざした扉が、かすかに開いた気がした。木目の擦れる、古びた音がした。

「だれ? こいし?」

 返事はなかった。気配もなかった。気のせいかもしれない。考え過ぎで、気が立っているのだ。
 頭を冷やそう、しっかりしないと。幸せになるための行事で、へこんでいてはどうしようもない。

(私の、願い事は)

 誰が見ても恥ずかしくなくて、本心をほんの少しだけ溶かした願い事は。一番あの子のためになる、私からの願い事は。
 考えて、やっと書き上げた頃には、笹は運び出されようとしていた。




「どいたどいた、大笹のお通りだよ」

 旧都の鬼の領域を、笹が歩いていく。おくうを先頭に、地獄鴉の大群が運んでいく。鬼達は笹の進軍を、夏祭りの出し物のように眺めていた。「いい酒の肴」、そんな想いが瞳に届いた。
 笹は大量に飾りを着せられて、一本の広葉樹のように見えた。柑子色の星やら、蓮色の蝶々やらが透明な糸で結び付けられていた。こいし手製のカササギの群れも、短冊を背負ってしっかり羽ばたいていた。

「さとり様、こいし様、はぐれないでくださいね」

 笹の最後尾のお燐が、後ろの私達姉妹に声をかけた。

「はぐれるわけないでしょう」
「おっきな目印だものね」

 こいしはこいしなりに楽しみらしく、機械的なスキップで歩を進めている。その横を私がやや早足で歩いた。泣いたからか、徹夜のせいか、両目が少し痛い。

「お姉ちゃん、短冊は吊るした? 吊るしてきてあげようか」
「後でちゃんと吊るすわ」

 上着のポケットに、短冊は入っている。一応恥ずかしくない願いにしたつもりだが、それでも人目につくのは嫌だ。後で密かに吊るすつもりでいる。
 地底の道中で、笹の短冊はさらに増えていった。私のペット達が、鬼や妖怪に短冊を配って回っていた。右から左から、驚くほど多くの願いが飛び込んでくる。

『次こそ力比べで勇儀に勝ってやる』
『旨い酒が飲みたい』
『もっと巣を広げたい』
『桶を新調したい』
『皆が賑やかなのが妬ましい、全部叶いませんように』

 形こそ違え、皆幸せを望んでいる。欲しいものが、願っていることがある。祈る心が、笹の行列に集っていく。願えることがあるのは、それだけでとても幸せなことだ。

(結局、こいしは何を願ったのかしら)

 いつの間にか、笹の行進に合わせて手拍子が始まっていた。鬼が、嫌われ者の妖怪達が、私の可愛いペットが、妹が、手を叩いている。金物を打ち鳴らしている者もいる。

「こいし、ねえ、貴方は何を願ったの」
「探してみて。あ、ほら、もうすぐ地上!」

 地底の泥や苔の匂いが、次第に弱まって切れていく。待ち切れないのか、こいしは湿った土を蹴っていち早く外へ飛び出した。
 彼女の願い事は、何なのだろう。知りたい。私は妹を追うように、地面から足を離した。笹の根元の方から、目に付いた短冊を読んでいった。
 『必勝祈願』違う、『仕事のミスをなくしたい』違う、『地底最強になりたい』これも違う。
 探している内に、星の海に出た。薄い短冊越しに、瑠璃の空と天の河が煌めく。地上は快晴、これ以上ないほどの星見日和だった。ペットや鬼の手で笹が地に突き立てられた。笹の下にござが広げられ、地底の妖怪達の宴が始まった。歌う者あり、飲み比べを始める者あり、私の焼いたクッキーを食べる者あり。あまりの賑やかさに、近所の神社の巫女も出てきた。
 私は眼下の光景を眺めつつ、こいしの短冊を星の間に求めた。

(吊るしたなんて、嘘だったの?)

 そんな疑いを抱きかけたとき、見つけた。夜空に溶ける水色の短冊と、見間違えようのない妹の丸文字を。急いで飛びついて、字面を追った。
 私の大切な妹の、大切な願い事は、

『お姉ちゃんが幸せでありますように』
『あと、お姉ちゃんの泣き虫が治りますように』

「こいし……」

 温かで、優しかった。
 読んだ途端、胸の奥が綻びた。二度と解けないと思っていた固い結び目が、端から緩んでいった。
 あの子の奥底は、変わってなんかいない。こいしは人の幸せを願える、素敵な子。思い切り笑えなくても、怒れなくても、大事な妹。
 真夏の雪が、融けていく。また泣きそうになった。唇を噛んだ。泣き虫は治さないと、あの子の願いだもの。

「見つかっちゃったぁ」

 間の抜けた声がした。真横に、こいしがいた。かくれんぼで見つかったときのような、残念そうな響きがあった。

「うふふ。お姉ちゃんは吊るしたの?」
「探せるものなら探してみなさい」
「うん、任せて」

 嘘を吐いてもばれないのが、ちょっと有難かった。
 私はペット達の輪に混ざると、上着のポケットから短冊を取り出した。折り畳んでいたそれを、ゆっくり開く。

『こいしの願い事が叶いますように』

 一晩かけて考えた、私の願い。精一杯、叶えなくては。叶えてやらなくては。あの子が捻り出した、一番の願い事だから。

「まだだったんですか、さとり様」

 クッキーの粉で唇を白くしたお燐が、呆れたように言った。私が反論しようとしたら、頭上の真っ赤な大薬玉を指差した。小声で耳打ちする。

「あそこがいいですよ、こいし様でも見つけにくいでしょう」

 他の私のペット達も、揃って頷いた。確かに、薬玉の陰なら隠し易そうだ。周囲に似たような色の短冊も散らばっているし。それに私の短冊の色は、夜には目立たない。

「そうするわ、ありがとう」

 ペットの親切を受け取って、私は再び七夕の夜空に舞い上がった。鮮やかな紅で折られた薬玉は近付けば近付くほど大きく、大鬼の拳のようだった。
 適当な隠し場所を探そうとしたら、見慣れた文字に出くわした。茜色の短冊に黒い墨文字。意外と達筆なそれは、お燐の短冊だ。

『さとり様が幸せに過ごせますように』

 織姫や彦星がいち早く見つけられそうな、大きな文字でそうあった。近くには、おくうの黄緑色の短冊も掛かっていた。食べたいものや着けたい装備に混ざって、

『さとりさまのしあわせください』

 所々鏡文字で、そう書かれていた。他のペット達のものもあった。普段、あまり良くした覚えはないのに。皆、私の幸せを祈っていた。

『さとりさまが笑っていますように』
『さとり様が元気でいますように』
『くっきーおいしかったです』

 七色の願い事が、夏風にはためく。

「これ……」
「自分の幸せも祈らないとだめですよー、さとり様」

 お燐の言葉に、他のペット達の心が賛同した。感謝や、優しい心があった。中には媚びも混ざっていたけれど、それは気にしないことにする。

 ――泣いていたって、こいし様から聞きました。困ったことがあったら、教えてください。何か力になれるかもしれませんよ。

 力強いお燐の想いに、覚りの瞳がめり込みそうだった。とてつもなく嬉しくて、私は久し振りに、心から笑った。ああそうか、私もまた、笑えていなかったのか。こいしと変わらない。変わらなければならない。私は笑って、笑って、頬も唇もくっしゃくしゃにした。

「お姉ちゃん、ないよー!」
「もっとよく探してごらんなさい!」

 降ってくる声に、普段出さない大声で応じた。お腹が悲鳴を上げたけれど、それすら今は愉しかった。
 私はポケットに差していた万年筆を取り出すと、自分の短冊に書き足した。
 弾幕のように散らばる、星の欠片の下。ひとつやふたつ願いが増えても、天上の恋人は見逃さないでくれるだろう。妹やおくうだって、うんと沢山願っているのだし。私の筆は軽快に躍った。

『ここにいる、地底の皆が幸せになれますように』

 こいしも、お燐も、おくうも、ペット達も、地底の皆も。
 私も含めて。
 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
 七夕が今日だということをすっかり忘れていました。忘れて、思い出して、書きたくなりました。

 残念ながら、我が家には笹も短冊もありません。折り紙で蝶々を折った程度です。今日、どこかで書けるなら、短冊に願い事を書きたいなぁと思います。

 皆様の願い事は何でしょうか。どうか叶いますように。
深山咲
[email protected]
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コメント



0.4600簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
やっぱ地霊殿一家はアットホームな空気があう。
心温まる作品ありがとうございます。
2.90過酸化水素ストリキニーネ削除
そうか桃源郷はここにあったのか。
なんという地霊殿。悶える。
私の理想のこいしがここにいました。
4.90名前が無い程度の能力削除
信じられるか?  ……これが嫌われ者の集団なんだぜ?
誰かの幸せを祈るのはくるしいですが、祈る相手がいるのは幸せですよね。
いい話をありがとうございます。
6.100名前が無い程度の能力削除
あとからあとから感動の波がどんどんと……
素晴らしいです。本当に素晴らしい。
地底の嫌われものの、その優しさに涙しました。
8.100名前が無い程度の能力削除
くそ、電車の中で読むんじゃなかった…。
泣いちまったじゃないか…。
9.100名前が無い程度の能力削除
地霊殿キャラについてはまだあまり知らないのですが、それでも驚くほどすんなり読めました。
心温まる、良いお話でした。
12.100煉獄削除
地霊殿の皆がとても暖かく、みんなの願い事などに頬が緩みますね。
さとりが最後に書き足した願い事や彼女たちの優しさなど、とても良いお話でした。
16.100名前が無い程度の能力削除
まずは僕と握手をしてください、ありがとう
めちゃくちゃファンです、応援してます
今回の作品も面白かったです、ペット達の願いもこいしもみんな同じっていうのが何とも…
地霊殿の魅力はアットホームさだということを再認識させられました
17.100奇声を発する程度の能力削除
心がめっちゃ温まりました!!!!!
涙が止まらないけど、止めたくない。
19.100名前が無い程度の能力削除
温かいなぁ・・・。
地底の人たちのつながりの深さが良かったです。
21.90朋夜削除
今朝、朝露にまみれながら我が家の裏庭に生い茂る竹林から手頃なものを刈って来ました、
今夜は一杯やりながら願事でも考えようかな……

優しい地霊殿、
ごちそうさまです。
22.90喉飴削除
お話自体はベタっぽいのに、それでも、ただただ素晴らしいとしか言えないです。良いですねぇ。
凄くほんわかしました。心が温かくなりました。
良い作品をありがとうございます。
31.100名前が無い程度の能力削除
読んでいて涙がこぼれそうになりました。
とってもいいお話ですね…。
最後まで心に温もりを感じつつ読ませていただきました。
33.100名前が無い程度の能力削除
穏やかで優しいお話でとても面白かったです。

しかし、パルスィ……。
40.90名前が無い程度の能力削除
素晴らしい作品ですね。
目に来た。
45.100名前が無い程度の能力削除
恐らく、読めば誰しもが自分のような感情を抱くでしょう。
故に多くは語りません。最高でした。
47.100名前が無い程度の能力削除
あったかいね
家族っていいねって感じ
54.無評価深山咲削除
 あたたかいご感想、ありがとうございます。自分の感じたことを言葉に直すのは、難しいことだと思います。心は流れるもので、一箇所に留め難いですゆえ。それだけに、思ったことを書いていただけるのが、とても嬉しいです。

 地霊殿の方々に、のんびり、七夕らしく喋ってもらったら、このようなお話になりました。桃源郷であったり、温かさであったり、アットホーム感であったり……何かしら、皆様の心に残ったのならば幸いです。

 >まずは僕と握手をしてください
 >これで勝つる!
 お恥ずかしゅうございます。そこまで仰ってくださり、ありがとうございます。寡作なのに覚えていただけて、幸せです。

 >我が家の裏庭に生い茂る竹林から手頃なものを刈って来ました
 妬ましゅうございます。羨ましいお話です。
66.100名前が無い程度の能力削除
おおおおお!すごい感動したよ!
68.100名前が無い程度の能力削除
ああ畜生、いいなあ地霊殿。
一番好きだよ。
71.100名前が無い程度の能力削除
筆者様の作風というか文体がとても好きです。地霊殿組の描写とか。
素敵な作品をありがとうございました。
これからも頑張って下さい。
86.100名前が無い程度の能力削除
いい家族ですね.
111.100名前が無い程度の能力削除
七夕ってこんなに素敵な行事だったっけ……
地底のみんなの願い事にほのぼのしてたら、これですよ(´;ω;`)