(一)
16時54分――。
アリスは、久々に本気を出していた。
今日は紅魔館でパーティーがあり、アリスはそれに招かれていた。普段から身だしなみには気を遣うアリスだが、今日はいつも以上にオシャレをしていた。しかし、オシャレに膨大な時間を費やしたために、パーティーに間に合わなくなるという可能性が浮上してきたのだ。パーティーは17時から。招待状には「遅刻は認めない」と書いてあった。よってアリスが今、パーティーに参加できるか否かの瀬戸際にいるということは理解してもらえるだろう。
「間に合う――絶対に間に合う!」
アリスは自分に言い聞かせる。遅刻しそうな時は、折れそうになる自分の心を支えなければならない。着衣や髪が乱れていたが、優先順位を付ければ、やはり気にしている場合ではない。パーティーに間に合わなければ、オシャレに使った時間は全て水の泡となるのだ。
目の前に紅魔館が現れた。間に合ったと思ったのも束の間、美鈴が門を閉めかけているではないか! アリスは叫んだ。
「紅美鈴! ちょっと待って。私も入れて!」
美鈴は正しい名前――しかもフルネーム!――で呼ばれ、素早くアリスの姿を見つけると、閉めかけた門を再び開けた。「ほんみりん」などと呼んだものなら、美鈴はただちに門を閉めて、「残念でしたね!」と言ったに違いない。ちょっとしたことが運命を大きく左右するものだ。アリスは開かれた門に滑り込んだ。
「……ふぅ、ありがとう。おかげで、せっかくのオシャレを無駄にせずに済んだわ」
「いえいえ。危なかったですね」
「ええ、間に合って良かった。――もう皆、集まっている?」
「はい、アリスさんが最後です」
美鈴は門を閉めながら言った。美鈴は、どこに持っていたのかわからないが、アリスに一枚の紙を渡した。見ると、名前がずらりと並んでいる。参加者のリストらしい。文字はそれぞれ、強い個性を持っていた。
「ここに名前を書けばいいのね?」
「はい、そうです。ここのテーブルでお願いします」
アリスは自分の名前を書いた。アリスの性格が良く表れた、きれいな字である。アリスは参加者のリストを眺めた。(以下はリストの内容である。並びはそのまま)
八意 永琳
鈴仙・優曇華院・イナバ
射命丸 文
犬走 椛
稗田 阿求
リリーホワイト
古明地 さとり
古明地 こいし
メディスン・メランコリー
河城 にとり
西行寺 幽々子
魂魄 妖夢
アリス・マーガトロイド
「これで全部?」
「はい、そうです。今日は参加者が若干少ないようですね」
「最初に来たのが、永琳ってことよね?」
「鈴仙さんと一緒でした」
「今日は、珍しい客が多いんじゃない? ――あ、主人公二人がいないようね。これまた珍しい!」
「ええ、実は、今日のパーティーに二人は招待されていないのです」
「うるさいから?」
「いえいえ! パーティーの中で、あるイベントを用意しているのですが、その関係で二人は招待されていません」
「それは――後でのお楽しみかしら?」
「すぐに、お嬢様から話があると思いますよ」
「わかったわ。ありがとう」
アリスはパーティー会場へと向かった。イベントについての、レミリアの説明を聞き逃すまいと、アリスは速足だ。
全速力で飛んだためか、アリスは汗をかいていた。じっとりと体にまとわりつくような汗。アリスは服をパタパタさせた。
「暑いわ……」
アリスは、近い春の終わりを感じていた。
(二)
パーティー会場はとても賑やか。それぞれが立ち話をしていて、誰もアリスが入ってきたことに気づいていないようだった。アリスはとにかく上昇した体の熱を下げたかったため、会場の隅で落ち着くことにした。会場は薄暗くて、涼しげである。
会場の出入り口はアリスが入ってきた扉一つだけ。その扉に向かい合うようにステージがあり、ステージ上ではプリズムリバー三姉妹が演奏をしていた。といっても、演奏はBGM程度である。彼女達も、今日はライブではないことを承知しているようだ。
会場には、二つの大きな丸テーブルが入っていた。シワ一つないテーブルクロスがかかっている。おそらく、このテーブルで食事するのだろう。ついでにステージの近くに、小さめのテーブルがある。これは――レミリアのテーブルだろうか? アリスはそんな予想をたてていた。
「アリスさん!」
アリスを呼ぶ声。阿求がアリスの方に近づいてきた。
「こんにちわ。どうにか間に合ったのですね」
「ええ。私が来るのを知ってたの?」
「いえ。しかし息がまだ若干乱れていることや、髪などを見ると、かなり急いで来たのだと想像できます」
「へぇ、なかなかの洞察力ね。――あなたがこういったパーティーに参加するのは珍しいんじゃない? 何か理由があるの?」
「何かイベントがあると聞いたものですから。それに今日は何か、面白いことがありそうです」
「それは幻想郷の歴史を変えるようなこと?」
「さぁ、私にはわかりません」
阿求はにっこり笑った。阿求は「一度見た物を忘れない程度の能力」を持ち、おそらく幻想郷の誰よりも、多くの知識を持っている。そのためかアリスは阿求を自分とは違う、神秘的な存在と見ていた。要するに、底が見えないのだ。
「館の主人が出てきましたよ!」
プリズムリバーがステージからいなくなると同時に、レミリアがステージに現れた。アリスは、紅い悪魔を見つめた。いよいよ、このパーティーの真の目的が話されるのだ。レミリアはマイクを手に、話し始めた。
「あ――ああ。皆様、今日は集まってくれてありがとう。――なかなか珍しいのもいるようね。ええ、構わないわ」
レミリアは会場を見渡して言った。
「今日はあるイベントを用意しているのよ。皆様、驚くなかれ! ここにあるのは――次回作への登場権よ!」
会場がざわつく。客人達の視線は、レミリアの手に集中した。もちろん、その中にアリスの視線も入っていたのは、言うまでもなかろう。レミリアの手に握られているのは、一枚のチケットのようなものだった。
「本物かしら?」
「さぁ。私は本物だと思いますよ?」
「静かにしてもらえるかしら? ――ええ、よろしいわ。先日、私はこの権利書を貰ったの。誰からか――は言わなくてもわかるわよね? 無論、私達を創造した者よ。仮に、Z氏と呼ぶわね。しかし、次回作は野外らしいじゃない? だから私は辞退した。するとZ氏は私に、登場する者を一人選んで欲しいと言ったわ」
「Z氏! いよいよ疑いたくなるような話になってきたわね」
「面白い話です」
「しかし私の独断では、必ず苦情が出る。よって、このような会を開いて、公平に決めることにしたわ。幻想郷の住民全員に招待状を送ったのだけど、案外少なかったわね。――何はともあれ、ここに集まった者には平等に、権利を手にする可能性がある。わかってくれたかしら?」
会場のざわつきは止まることを知らないようだ。
招待状には、登場権のことなどは一切書かれていなかった。それを書いていたらもっと参加者は増えただろうに、とアリスは思った。また逆に、それを知っていたら来なかっただろうという者も、ここにはいるはずだ。アリスも、次回作に出たいなどという強い願望は持っていなかった。
「それで、気になるのは選出方法でしょうね。これはシンプルに、くじ引きで決めるわ。――言っておくけど、私や咲夜は、誰が次回作に出ようと構わないと思っている。小細工はしないわ。公平にいきましょう。また、盗むなどという考えも捨てたほうがいいわ。盗人は咲夜に追われることになるから、覚悟なさい」
「阿求、あなたどうするの?」
「ええ、私は辞退します。しかし結果は見届けます。面白そうなので」
「私は、参加するわ。面白そうなので――ね」
「それから、Z氏は夏にこの権利書を持っている者を登場させるらしいわ。だからくれぐれもなくさないようにしてよ」
レミリアは、質問はあるかと訊いたが、誰も質問はないようだった。レミリアはイベントの説明を終えた。
「これから、食事にするわ。デザートが終わったら、抽選会にしましょう。じゃあ、好きに座ってもらって構わないわ。――あ、ステージ近くのテーブルは私とパチェが座るから、ゲストは大きいテーブルに座ってちょうだい」
アリスは席についた。アリスが座ったのは、ステージから見て左のテーブルだ。(以下は席の並び。あなたの好きなキャラがどこにいるかぐらいは把握しておくと良いかもしれない)
(ステージから見て左のテーブル。にとりから時計回りに)
にとり、アリス、リリー、こいし、さとり、阿求
(ステージから見て右のテーブル。幽々子から時計回りに)
幽々子、妖夢、文、椛、メディスン、鈴仙、永琳
にとりと幽々子が、背中を向け合っている。
(ステージ近くの小テーブル)
レミリア、パチュリー
アリスはにとりと、Z氏についての話で盛り上がっていた。そこへ、食欲をそそる良い匂いが流れてきた。咲夜が料理を運んできたのだ。料理はワゴンのようなものに乗ってやってきた。ワゴンはかなりの大きさで、そこに料理が山のように乗っている。テーブルクロスがかかり、ワゴンの下の方でひらひらしていた。
ワゴンは、二つのテーブルの間で止まった。ワゴンの下にはスペースがあり、咲夜はテーブルクロスをめくると、そこに積んであった皿を取り出した。咲夜が皿を配る中、レミリアはステージで話していた。
「今日はバイキング形式にしたわ。さ、召し上がってちょうだい!」
待ってましたと言うように椅子から立ち上がり、料理に手を伸ばしたのは、幽々子であった。そう、彼女は、ここに料理が来ることを予想し、料理が取りやすい場所に座っていたのだ! 妖夢は笑うしかなかった。
(三)
ワゴンの三台目がパーティー会場に入ってきた。二つの大テーブルを仕切るように、ワゴンは並んだ。ステージでは、リリカがピアノソロ。アリスは料理の味に唸りながら、知的な会話を楽しんでいた。
しかし、平穏はそう長く続かなかった。こいしの一言から、不可解な事件は始まった。
「ねぇ、お姉ちゃん、私の薬がないのだけれど。――知らない?」
こいしはさとりに言った。大きな声ではなかったが、アリスは確かに聞き取った。こいしは少し病気らしく、薬を持ってきていた。病気ならパーティーに来るなとアリスは言いたかったが、こいしがどうしても行くと言って、さとりについて来たのだ。その病気も他人にうつるものではなかったので、さとりは「辛くなったら帰りなさい」とだけ言って、こいしの参加を許可したのである。
「本当にないの? よく探した?」
「ないない、ないのよ!」
「最後に見たのはいつよ?」
「え――そう、ここに置いたのよ!」
「テーブルに?」
「そうそう、確かだわ。どこ行っちゃったんだろう? 薬がないと不安だなぁ」
テーブルには二人の他に、アリスと阿求が座っていた。にとりとリリーはどこにいるのかわからない。会場は暗めで、あまり遠くまで見えないのだ。さとりは、アリスと阿求の心を読んでみた。しかし二人とも知らないようだ。さとりは、どうせこいしが無くしたのだろうと思った。それに薬が無くたって、こいしは死ぬわけでもないのだ。
「え――。うわ! 辛っ! 水、水を下さい!」
向こうのテーブルで、妖夢が叫んだようだ。アリスは様子を見に行った。阿求も立ち上がり、アリスについて来た。
妖夢の皿に乗っていたのはカレーだった。しかし、幽々子の皿にも同じカレーが乗っていたことから、辛いのは妖夢のカレーだけらしい。――と思いきや、椛も叫び声を上げた。
「辛ぁ! 痛い、舌が痛い!」
にとりは、幽々子のカレーを一口。
「辛いじゃん! あんた、味覚おかしいよ!」
「そお? 私は好きよ?」
どうやらカレー全体が辛かったようだ。しかしこの辛さは、スパイシーとか、そういった程度ではなかった。呼ぶと、咲夜はすぐに来た。
「いえ、私達はそんなカレーは作っていません! 誰かのいたずらではないですか?」
アリスはワゴンのカレーに近づいた。カレーの側にあったのは、空になった香辛料のボトルだった。
「見て、これが入れられたのよ!」
会場の視線はアリスの手に集まった。――しかしそれは一瞬のことで、視線はすぐに他の場所に集まった。永琳が叫ぶように、こう言ったからだ。
「鈴仙? 鈴仙、どうしたの!」
今度は、自分の飲み物を飲んだ鈴仙が倒れたのだ! 永琳は医師らしく、鈴仙を診て言った。
「おそらく、毒だわ。誰かが鈴仙の飲み物に毒を入れたのよ! ――でも、死ぬことはないと思うわ」
永琳は考えるような仕草をした。毒について、考えているのだろう。レミリアやパチュリーがやって来た。続いて、さとりとこいしである。鈴仙の周りにわらわらと集まっていた。レミリアは言った。
「何、どうしたのよ? 毒? どういうことよ」
会場は混乱していた。カレーならまだいたずらで許されるかもしれないが、こっちは犯罪レベルじゃないか。永琳は、鈴仙を会場の隅に寝かせた。
「大丈夫、すぐに――」
――プツン。
「もう! 何なの!」
照明が消えたのだ。パーティー会場は完全なる闇に包まれた。闇の中のざわつき。レミリアは怒鳴った。
「誰か、灯りを!」
少し明るくなった。パチュリーが魔法で火を出したのだ。咲夜は素早くステージ近くにあるスイッチを押し、照明を点けた。会場に、安定した明るさが戻ってきた。レミリアはあることに気がついて、呟くように言った。
「ねぇ――権利書、ないんだけど」
(四)
ワゴンは全て片付けられて、パーティーの参加者は一つのテーブルに集まっていた。レミリアが司会となり、これから話し合いが行われるのだ。
「まず、権利書が無くなったのは、私の不注意が原因だわ。毒と聞いて、つい権利書をテーブルに置いたまま、ここまで来てしまったのよ」
ここで文がレミリアに言う。文はここで初登場なので、張り切って言う。
「あまりにも、不注意すぎませんか? 権利書は誰もが欲しいものなのですよ? それなのにテーブルに残したままにしておいて、『つい』はないでしょう」
「ええ、そうね。――はっきり言って私は、それが盗まれることを望んでいた。何故って? 面白いからに決まっているでしょう! 普通にくじ引きをして、何が面白いのか。だから私は、権利書をテーブルの見えやすい場所に置いておいたわ。しかしもちろん、毒やカレーなどは予想していなかった」
「そうでしょうね」
「けれど、それらのいたずらが、参加者の目を権利書から逸らさせる目的であったことは明らか。よって、いたずらの犯人を探せば、権利書も出てくるというわけよ」
「毒が、いたずら――ですか」
アリスはレミリアの態度に、若干腹が立つのを感じていた。しかし盗まれてしまったものは仕方がない。犯人は多くのいわゆるいたずらを行っているので、その中の一つでも解決すれば、犯人がわかりそうだ。やはりここは、レミリアの思い通りになるのは気が進まなかったものの、推理ごっこをするのが先決であるようだった。文が、口を開く。
「犯人はこの中にいるのでしょうか?」
レミリアは咲夜に、参加者のリストを持ってくるようにいった。咲夜は時間を止めたようで、レミリアが「どうしたの? 早く行きなさい」と言ったときには、もうリストは咲夜の手に握られていた。レミリアは、リストとそこにいる参加者を見比べた。
「リリーホワイトは? いたら返事しなさい。――リリーホワイトがいないわ!」
「ふむ、リリーホワイトはいつからいませんか?」
と、これは文である。レミリアと文が司会役をつとめているようだ。レミリアはパーティーの責任者であるし、文も記者であり情報をまとめることには長けているはずなので、これはこれでなかなか名コンビかもしれないわとアリスは思っていた。文の問いかけには、さとりが答えた。
「鈴仙さんが毒で倒れた頃に見たわ。これはこいしも見ているはずよ」
「ええ、見た見た」
「そしてその時、私は彼女の心を読んだ。私も私なりに犯人を探していたのよ。――彼女は、鈴仙さんが倒れたことに驚いていて、明らかに毒については何も知らないようだったわ」
レミリアはさとりを見た。リリーが犯人でないなら、推理ゲームは続く。レミリアはもっとゲームを楽しみたいのだろう。レミリアは言う。
「つまり、リリーホワイトは犯人じゃないのね! では誰が――」
「ちょっと待って下さい。犯人じゃないにしても、リリーホワイトはどこに消えたのでしょうか?」
「――リリーホワイトは、消えたんじゃない。消されたのよ! 目的はカレーの件と同じく、場を混乱させるため。違うかしら?」
パーティー参加者は、静かに二人を見守っていた。ちなみに妖夢と椛は、まだカレーにより舌が痛み、とても言葉を発するような気分にはなれなかった。口を開くと、入ってきた空気がしみるのだ。
文は、リリーの捜索を提案した。参加者もそれに同意し、参加者はパーティー会場に散ったが、しかしリリーは会場内にいなかった。やはり消えた――あるいは消されたのだ。
ここで永琳が口を開いた。
「レミリア。犯人はあなたじゃないの? あなたは、テーブルに権利書を残したまま席を立ったと言った。だけどこの時、権利書はあなたが持っていたのよ。そうすれば犯人は見つかりようがないから、あなたは存分に推理ごっこを楽しめるというわけ。いたずらは、咲夜などと協力してやれば簡単よね。カレーについては最初から辛くて、後から空のボトルだけ置いたのかもしれない。どうかしら? 権利書の話も作り話だったのでしょう?」
なかなかの推理だ。アリスは、こういう場で自分の推理を発表するなどということはできそうにないから、感心してしまった。しかしレミリアは楽しそうに笑った。
「ふふ、面白いわ! このパーティーそのものが、あらかじめ犯人を決めていたということね。しかし残念ながら、私は犯人ではないし、あの権利書も本物よ。私がウソを言っていると思うかしら? ならば、都合の良いことに、心の読める者がいるじゃない。私がウソをついているかしら?」
さとりは自分が利用されているようで気に入らなかったが、仕方なくレミリアの証人になることにした。レミリアは本当のことを言っていると、さとりが言うと、レミリアは「ほらね」と言うように永琳を見た。一方の永琳は、推理が外れたことはあまり気にしていないようだった。長年生きていると、ちょっとの失敗では傷つかないようになるのである。
「犯人は――」
これはにとりである。アリスはいきなり耳の後ろで話されたので、「わっ」と小さく声を出してしまった。しかしそれには気付かずに、にとりは自分の推理を話し始めた。
「犯人はメディスンでしょ! 毒は犯人が持ってきたものと思っていたけど、考えてみれば、毒を自由に出せる者がいるじゃない。さぁ、さとりん。どうかしら?」
しかしさとりは首を振り、にとりの推理を否定した。メディスンは、にとりを見ていた。アリスにはメディスンが何を思っているのかわからなかったが、さとりにはその心が見えているのだと思うと、ちょっとさとりが羨ましかった。レミリアは言った。
「ねぇ、さとり? ここではっきりさせてもらうわ。あなたに犯人はわかるの?」
さとりは下を向いて少し考えてから、レミリアを見て話し始めた。
「ここにいる者の心を読んでも、犯人はわからないわ。――ちなみに、私はこいしの心を読むことができない。しかし私とこいしはずっと一緒にいたから、こいしに犯行は不可能だったわ」
「なるほどねぇ」
「あと、これは言い忘れていたのだけど、もう一ついたずらがあったのよ。こいしの持ってきていた薬が無くなったの。こいしは元気に見えるけれど、実は具合が良くない。風邪みたいなものだけど、うつりはしないから安心していいわ」
「新情報ねぇ! それはいつのこと?」
「カレーの前ね」
参加者は皆、脳を回転させていた。やがて推理を始めたのは、幽々子であった。
「皆、忘れていることがあるわよ。――さとりの存在によって、犯人の可能性のある者はしぼられている。犯人になり得るのは、こいし、それからさとり自身のみと思われている。しかしこいしとさとりは、お互いにアリバイ主張が可能だわ。二人の共犯と考えられなくもないけれど、ちょっと無理があるわよね。――あなたたちが忘れていること。それは、プリズムリバー三姉妹よ! パーティー主催側以外に、リストに名前がなかった者。それは今回、BGMとして呼ばれたプリズムリバーでしょう? 途中、リリカのソロがあったから、ルナサとメルランが犯行を行うことは可能だった。――まだ、プリズムリバーはいるわよね。ええ。――咲夜! 今すぐさとりの前に、三人を引っ張ってくるのよ!」
アリスは感心していた。ぼんやりしているようで、やはり流石の幽々子である。少なくともアリスには思いつかなかった。だが、プリズムリバー三姉妹は犯人ではなかった。幽々子は落ち込んでしまった。
「皆さん、なかなか面白い推理です。では私が、この推理ゲームを終わらせようと思います」
そう言ったのは阿求だった。阿求は付け加えるように言った。
「咲夜さん、そろそろデザートをお願いします。――大丈夫です。デザートが来る頃には、解決していると思います」
(五)
彼女は「一度見た物を忘れない程度の能力」を持っていた。彼女の中では、揃ったパズルのピースが一枚の絵を作っていた。その絵の中で、犯人は笑っていた。
「犯人は――リリーホワイトです。さとりさんは言いました。リリーは、鈴仙さんが倒れたことに驚いて、毒については何も知らなかったと。さとりさんは本当のことを言っているでしょうし、リリーもその気持ちに偽りは無かったと思います。では、何故リリーが犯人になり得るのか。リリーは鈴仙さんのグラスに毒を入れた。しかしリリーは、それを毒とは思わなかった。何だと思いますか? 薬です! こいしさんが無くしたという薬ですよ。――別の生物A、Bがいるとしましょう。AとBは住んでいる環境が異なります。もちろん、免疫力や体の強さにも違いがあります。一方には薬であっても、一方には毒になるということがあり得るのです。それが今日、このパーティー会場で起きたというわけです」
アリスはただ、阿求だけを見つめていた。
「いたずらの目的は、やはり会場を混乱させることでしょうね。一つ一つのいたずらを見てみましょうか。まずは薬ですが、リリーはこいしさんの隣に座っていましたから、隙を見て盗ることは可能でしょう。リリーは、別に薬でなくても良かったんです。たまたま近くにあったから盗っただけでしょうね。次はカレーです。カレーの中に香辛料を入れるぐらい誰でもできますね。それで、その次が鈴仙さんの件です。入れたのがいつかはわかりませんが、リリーは『苦いだろう』ぐらいの気持ちで入れたのでしょうね。持っているのが怖かったのかもしれません。入れ方ですが、隙を見て入れたのか、あるいは投げたのか、もしくは上から落としたのか、私にはわかりません。しかし、それがとても軽い気持ちで行われたことであるのはわかるでしょう」
参加者は一切、口を挟まなかった。いや、挟めなかったのかもしれない。
「リリーは見つかったら見つかったで良かったんだと思いますよ。パーティーに、ちょっとした花を咲かせるようなつもりだったのでしょうか? それはわかりません。しかし、リリーのことを注意して見ている者はいなかった。そのためにリリーのいたずらは、面白いようにうまくいきました。ここが薄暗いことも、要因としてあるはずです。さとりさんだって、リリーの心を読んでからは彼女を見ていないのですからね。誰も自分を見てくれないという寂しさから、権利書に手を出したのでしょうか?」
会場の扉が開き、咲夜が入ってきた。デザートのチョコレートケーキを乗せた、ワゴンと共に。
「咲夜さん、早かったですね。流石、ここのメイドは優秀です。――さて、さとりさんは鈴仙さんが倒れた後にリリーさんを見ています。では、いつリリーは消えたと思いますか?」
答えたのは、幽々子だった。
「私は料理が来ないか気にしていたからわかるのだけれど、照明が消える前後でリリーホワイトは会場の外に出なかった。これは、注意していなくてもわかるかしらね? 会場の出入り口は一つ。それ以外に、外に出る方法はないはずよ。照明が消えている中で、会場に光が入ってきたということもない。それなのに、リリーホワイトは消えてしまった! ホームズさん、どういうことなの?」
「私はホームズではありません。ホームズ――あるいはH・Mなど――に比べれば、私は平民の一人にすぎないのです。ええ――私の推理をお話ししましょう。ポイントは、料理が乗っていたワゴンです。あれにはテーブルクロスが掛かっていて、下には皿が積んでありました。皿は参加者に配られ、そこは完全なスペースになっていました。リリーは照明を消すと、急いでワゴンの下のスペースに入ったというわけです。推理を始める前に、ワゴンは片付けられましたよね? それと一緒に、リリーは会場の外に出たのですよ」
レミリアは笑った。そして続けた。
「見事。素晴らしいわ! あなたの推理、そして――リリーホワイト! もはや、権利書などくれてやるわ」
「それは良かったです。権利書はもう、戻ってこないのですから」
「ええ結構。――でも、今からでも取り戻すことは可能じゃないの?」
「いいえ。私はですね、夏のリリーというのを見たことがないのですよ。何をしているのかはわかりませんが、見つけることはまず不可能でしょうね」
「じゃあ、次回作には誰が?」
「どうでしょう? ひょっとすると、夏のリリーが見られるかもしれませんよ?」
「全く彼女には、やられたわね。何もかも、うまくやられてしまった」
「しかし彼女にも、一つだけ、大きな失敗があったのですよ?」
「それは?」
阿求は、チョコレートケーキの最後の一口を食べ、にっこり笑った。
「こんなに美味しいケーキを、食べれなかったことですよ!」
(六)
リリーホワイトは飛んでいた。
手には、一枚のチケットのようなもの。
見たことのない少女が、彼女の前に現れた。
「面白そうなものを持っているじゃない?」
気がついた時には、彼女の手は空を掴んでいた――。
ただメタ入れたのは賛否両論だろうなと思います。
さとりがいる状態でどうやって推理小説にするのかと思いましたが、見事に成立されていました。素晴らしい。
文体も古きよき推理小説を感じさせます。
ただ文章が説明口調(?)すぎて物語のなかに入りにくく、読んでいて物語の流れを掴みにくかったかなと。
こういう締め方は探偵らしくていいね。
もう少し物語調に書いてあれば楽しかったかも