Coolier - 新生・東方創想話

パーティーは唐突に

2009/07/05 10:40:58
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 それは、お嬢様の何気ない一言で始まった災厄でした。

「咲夜。退屈よ、何かしなさい」
「では、紅魔館名物『東方従者郷 ~ドキッ、メイドだらけの弾幕ごっこ 紅魔館メイドははいてないのか~』を開催致しましょうか」
「いいわやめてちょうだい。それやったらここにいられなくなりそうだから」
「大丈夫です、お嬢様。紅魔館のメイドは、皆、鉄壁です。
 スカートが翻るなどと言う愚を犯すようなものは存在致しません」
「そういうことを言ってるんじゃないのよ。
 このわたしの退屈をどうにかするためには、まず、わたしのカリスマが生きるような騒動が必要なの。じゃないと、今度、出せる霧はせいぜいが緑色よ。ベジタリアン・デビル、レミリア・ベジタリアン、なんてかっこ悪いにも程があるわ」
「でしたら、まずは赤いものを食べてお嬢様を赤くすることから始めましょう。
 今日のお夕食はハンバーグカレーですので、にんじんをたっぷりと」
「いやー!」
「何を仰るのですか、お嬢様。
 先日、ついにフランドール様もにんじんを克服なされたのです。姉より優れた妹など存在しねぇ、とまでは言いませんが、このままではお嬢様の権威も揺らいでしまいます」
「くっ……!」
「それに、にんじんは、未だハード弾幕がせいぜい。フランドール様ですらクリア出来ないルナティック弾幕『ピーマン』が残っています」
「そ、それはわたしでも無理よ!」
「それに挑戦してこそのレミリア・スカーレットでございます」
「いやだから」
「それでは、まずはにんじんをたっぷりと料理することから始めましょう。
 お逃げにならないでください」
「ちょっと待って咲夜その山盛りのにんじんは何っていうかそんなににんじん入れたらハンバーグカレーじゃなくてにんじんカレーよやめてー!」



 ――紅魔館よりのお知らせ

   来る○月×日、逢魔の時より、紅魔館にてパーティーを開催致します。このお手紙を受け取った方でしたら、どなたでも参加は自由です。
   紅魔館の従者一同が腕によりをかけたお食事と、薫り高きお酒の数々。また、参加者の皆様には楽しい催し事も用意しております。ふるってご参加下さい。
   なお、参加をご希望の方は、同封の封筒に参加の旨を記入した上で、同じく、お手数をおかけしてしまいますが、同封させて頂いた笛を吹いてください。五秒以内にメイドがお伺い致します――



「吹いたらほんとに五秒以内に来たぜ」
「私のところにも来たわ」
「アリスのところにはベルが送られて来たんだとさ」
「ベル?」
「鳴らしたら執事が来たらしい」
「いたっけ?」
「男装好きなメイドがいるらしい」
「ほんとテーマパークだなあそこ」
 博麗神社の縁側に座って、そんなとりとめもないことをとりとめもなく話している巫女と魔法使い。二人の間にはお茶(出がらし十日もの)と、特製おまんじゅう。なお、このまんじゅうを巡って半日ほど、壮絶な弾幕戦が展開されたことは言うまでもない。
「……で?」
 魔法使い――魔理沙は、お茶をすすってまんじゅうに手を伸ばした。
「食べ物が出てくるなら出るわよ」
 彼女の手をぴしゃりとはたいて、巫女――霊夢は言った。
 すかさず、魔理沙がカウンターで伸ばしてきた左手を右手で弾き、空中に浮かぶまんじゅうにお茶を持ったままの手を伸ばす。しかし、そうはさせまいと魔理沙は右足で地面を蹴ると、左足で彼女の手を払った。さらに宙を舞うまんじゅう。落ちてくるそれを、魔理沙の両手が掴んだ瞬間、彼女のがら空きのみぞおちに霊夢の蹴りが決まった。
 吹っ飛び、木立の中に消える魔理沙。そして、まんじゅうはそのまま落下し、地面へ。
「…………………………………………………………………………………………………」

 その日、神社の境内がおよそ半径百五十メートルほど拡張された。


「催し事、というのが気になりますよね。アリスさん」
「そうね。
 まぁ、あそこのことだから、趣向を凝らすに違いないわ」
 曰く、あそこのお嬢様はプライドが高いから、とこの家の主――アリスは答えた。
 彼女の家には、本来の住人である彼女と人形達以外にもう一人、珍客がいる。つい先ほど、「たまたま、近くを通りがかったので」とやってきた文だ。
 別段、追い払う理由もなかったため、アリスは彼女を家に招き入れて、ついでだからお茶とお菓子をごちそうしているというわけである。相変わらず、色んな意味で素直じゃないのと同時に面倒見のいい人物である。
「なるほど。
 すなわち、やってきた客を、百人百様に楽しませてこその紅魔館だ、というわけですね?」
「そういうこと。
 人は他人に見栄を張りたくなるものでしょ?」
「いやはや、確かに」
 その『見栄』を思いっきり張りまくっているアップルパイの味は、なかなかのものだった。
 文は、片手に香りのいい紅茶――くだんの館の人物から贈られたものであるらしい。誰からもらったのかは、アリスは言わなかったが――を持ちながら、
「私も、せっかくですから参加しようと思うんです。で、レミリアさんに突撃してナイスインタビューをもらい、天狗達の中で一番の新聞記者としての実力を幻想郷中に!」
「どういう理屈と流れがあってそうなるのかわからないわ」
 中間飛ばしすぎじゃないだろうか、とアリスは思ったが言わなかった。言っても無駄だからだ。
「それでなくとも、あそこの記事は受けますからね」
「日常が波瀾万丈だものね。昨日と同じ今日がやってこないのは当たり前だけど、あそこはその度が過ぎているもの」
「人生、細く長くがいいですけど、あそこは太くて長いですからね」
「それなのに、どうしていつまでもあそこの主はあんな感じなのかしらね」
「経験がすなわち器量よしにつながらないという意味では?」
 お互い、言っていて、なかなかひどいことを言っているなと思いつつも、話題は止まらない。もとより、女の子は話し好きだ。特に、文などその典型のようなものである。
 女は三人集まればかしましいと言われるが、二人でも、十二分にかしましいものなのである。
「これは、ちょっとした野暮なのですが。
 当日は、アリスさん、どのような格好をしていきますか? 私はいつものこの衣装で行きますが」
「そうねぇ。
 ちょっと、見栄を張りたくなるわね」
 曰く、人は見栄を張りたい生き物だから、ということらしい。
「人、という言葉には語弊があるのではないでしょうか」
「言葉のあや、って言葉を知らない?」
「たはは。これは一本、取られました」
 アリスは、一度立ち上がると、部屋の片隅にあるクローゼットの中から、その『お目当てのもの』を引っ張り出す。
 背中と胸元が大きく開いたデザイン、足下は広がらず、まるで足に絡みつくような形状のタイトなスカートと、普段のアリスが身にまとうような衣装とはまるで違う、大人っぽい衣装である。
「この前、もらったの」
「紅魔館に、ですか?」
「違うわ。
 村の方に、たまたま、用事があって出かけたら、どこぞのお店のご主人がいてね」
「ああ、彼ですか」
「君になら似合うだろう、っていうことで無愛想に差し出されたわ。大方、所有していることで欲が満たされなかったのじゃないかしら」
「確かに、彼の興味を引くようなものではないかも知れませんね」
「あら、失礼。それ、私がこれを身につけても、って言いたい?」
「さて、どうでしょう」
 外側と中身は別物かもしれませんよ、と文。
 今度は、アリスの方が『やられたわね』という顔を浮かべた。その気持ちを表現するためなのか、文のティーカップにお茶がつがれる。
「いやぁ、楽しみです。今度のパーティーに参加する理由が一つ増えてしまいましたね」
「女の子は着飾るのが好きよ?」
「私は、あまり好きではありませんけどね」
「女の子失格ね」
「人に見えないところを飾るのも、また、粋というものです」
 どこでそういうことを聞きかじってくるのかは知らないが、ふんぞり返る文に、アリスは苦笑した。
 ――直後、重たい、遠雷のような音が響き、アリスの家の窓がびりびりと振動する。アリスは、窓際へと寄り、外を眺め、
「神社でまた何かあったみたい」
「クレーターが出来た程度じゃ、新聞記事にならないんですよ」
「そうよね。神社が消し飛んだ、くらいならどう?」
「それでもいまいちですね。ついでに、結界が壊れた、くらいなら、まぁ、三面記事の隅っこに書いていいかな、くらいかと」
「やっぱりそんなものよね」
「霊夢さんはネタの宝庫ですが、日常はネタになりませんから」
 ちなみに、この爆発は、神社の麓にある村では『神の祟り』という見出しと共に新聞の一面を、後に飾るのだが。
 誠、この世界に生きるもの達の『日常』にずれがある証拠であった。


 ――さて。
「相変わらず大変だな、咲夜。また、レミリアのわがままだろ?」
「あら、そのわがままをかなえるのも従者の仕事よ」
 パーティー当日、である。
 山の端に日が飾る頃、紅魔館には、例の手紙を受け取ったと思われるもの達が続々と集まってきていた。
 館の中の大ホールを使ったパーティー会場だけでは足りず、急遽、中庭にもテーブルなどが設置されるほどの有様である。咲夜曰く、『メイド達が好き勝手に出したみたいだから、実際にどれくらいの人数が呼ばれたのかは私でも把握していない』とのことだ。
 そんなのでいいのか、と誰もが思うのだが、それでもどうにかなるのが紅魔館クオリティである。
「それに、こういうことを盛大に開くことが、すなわち貴族の資格だ、って知ってる?」
「ああ、知ってるさ。
 金持ちは散財して、庶民に富を見せつけることがたしなみ、ってな」
 ま、いいんじゃないか? と魔理沙は肩をすくめる。
「私ら庶民には、一生わからないことを、さも当然のようにやってのける奴らがいても、さ」
「そういうことよ。
 ……ところで、魔理沙。あなた、何で髪の毛が焦げてるの?」
「一週間も過ぎたんだがなぁ」
 さすがに、クレジット全部使い切ってしまうと、魔理沙でも復活は難しいようだった。
 よくわからない回答に、咲夜は首をかしげると、「まぁ、楽しんでいってちょうだい」と背を向ける。メイド達を統率するメイド長として、今日は忙しいのである。
「……さて、と。
 おーい、霊夢ー」
「何かしら、魔理沙。私は今、美味しいご飯を食べるので忙しいのよ。邪魔するのなら、結界の向こう側にまで逝ってもらうからよろしく」
「親指下に向けるなはしたない」
 両手一杯に食べ物を持ち、さらに彼女用にあてがわれたテーブルの上を、これまた食べ物で埋め尽くしている巫女に、魔理沙はあきれたようにコメントする。まぁ、実際にあきれているのだが。
「お前さぁ、もうちょっと、こう、何つーか、見栄を張ろうって思わないのかよ」
「見栄で生きていけるなら、人生、もっと楽に過ぎているわ」
「うんごめんそうだよな世知辛いよな人生ってだから泣くな」
 相変わらずの巫女衣装――霊夢曰く、『巫女の正装なんだから文句をつけるな』――に身を包んだ、涙と涙が相乗しあって新たな涙を生み出す赤貧巫女の言葉は、色んな意味で哀愁に満ちていた。思わず、魔理沙も、一張羅のドレスが汚れるのも気にせずに土下座するほどに。
「それにね、魔理沙。ご飯を食べられるっていうのは素晴らしいことなのよ。
 いつか、あなたにもわかるわ。米びつの中が空っぽになっていることの絶望が」
「料理を全部用意したのに、米を買い忘れていて、思わずふて寝したことはあるぜ」
「れーいっむさーん、あーんど、まりさっすわぁ~ん」
「よう、文。食卓に米がない時のつらさについて語ってくれ」
「その日一日、死んでもいいレベルです」
「あんたは仲間ね」
 がしっと、三人、仲良く手を握る。全員、米派であるようだ。
「いやはや、すごいパーティーですねぇ。
 紅魔館で行われるパーティーは、いつも大規模ですが、今回はまたすごい」
 思わず、写真を撮ってしまいます、と普段の自分の行動そのままに、ぱしゃっと一枚。
 彼女はカメラをスカートのポケットにしまうと、
「今日はどうなさるんですか?」
「ん~? そうだな、紅魔館が誇るワイン倉のワインをたっぷり飲み干してから帰るつもりだぜ」
「私は、おみやげもらえないかどうかの交渉をするつもりよ。これから」
「タッパ持参ですか」
 さすがですね、と文は霊夢を畏怖し、ハンカチ片手に彼女の肩を叩いた。霊夢は思わず、『よしてよ照れるじゃない』と、文の顔面につま先を叩き込む。
「三人とも、またいつものどつき漫才? 懲りないわね」
「お前にだけは言われたくないぜ、アリス。
 ……っと、今日は何かするのはやめておくことにするか。お互い、服を汚すのはな」
「わかってるわね」
 お互い、着飾ってきた娘達は、どこから取り出したのか、ワイングラスを互いに打ち鳴らすと、
「お客様の挨拶回りはしないの?」
「私たちは開催者じゃないからな。
 それに、見知った顔の奴ら以外に声をかけてどうするんだよ」
「たった一言でつながる友達の輪、なんてね?」
「その言葉は、今回、参加を見送った花妖怪に言ってやれよ」
「意地っ張りなのよ」
 かわいいわよ? と、アリス。
 魔理沙は『そうだな』と同意しつつも、内心では、『よく言うぜ』と笑っているのだが。もちろん、アリスの方もそれを察しているのか、「おみやげくらいはもらえないか、聞かないとね」とフォローなのか何なのか、よくわからない言葉をのたまうだけだ。
「けど、魔理沙さんもアリスさんもきれいですねー。
 霊夢さんも、こんな感じの衣装は持ってないのですか?」
「私は巫女。巫女の正装は巫女服に決まってるでしょ」
「白無垢なんてどうでしょう?」
「相手がいない」
「でしたら、今宵一日限りは、私が唇に朱を引いて差し上げますよ?」
「白無垢って高いんだけどね」
 そう言えば、倉の中にあったなぁ、と霊夢。恐らくは母親か誰かのものなのだろう。
 では、次に逢う時は、それを着た姿を一枚、と冗談を口にする文には霊夢からの反撃として「相手も見つけてきてよね」となかなか辛辣な言葉が一つ。
「他には、どんな奴が来てるんだろうな」
「色々。見てきた限りだと、私たちの知ってる相手は、大体いるわね」
「そのいずれもが、パーティーの邪魔をしそうな輩ばかりというのはどうかしら」
「おっと、出たな。夜の一番似合う魔女め」
「失礼ね。魔女には夜が似合うのではないわ。夜が魔女に似合うのよ」
 音もなく、一同の間に舞い降りるのは、紅魔館の一角に間借りして引きこもって――もとい、知識の探求を続ける魔女。
 彼女――パチュリーは、「文は夜なのに目が見えるのね」と、やたら驚いたような、それでいて普段通りのような声音でコメントを述べる。
「実は意外と見えないのですよ。今夜は館に泊めて頂けるとありがたいです」
「咲夜に言いなさい」
「実はもう言ってきてあります」
「答えは?」
「空いてる部屋にお好きにどうぞ」
「なるほどね」
 パチュリーの掌へ、いつの間にか、小さなワイングラスが現れる。しかも、すでに中身もセットずみ。芳醇な香りを立てるそれを一口してから、
「パーティーの管理って大変なのよ」
「あら、あなたがやってるの?」
「咲夜はあの通り、忙しいもの。ちょっとくらい手伝ってあげても罰は当たらないわ」
「そうね。魔理沙みたいな奴も来るし」
「そうなのよ。
 本当に、アリスとは気が合うわ」
「……お前らな」
 普段から、パチュリー達に警戒されるようなことばっかりやってる因果応報に気づかず、三白眼になる魔理沙。
 ちなみに、この間、霊夢は自分が話題から外れたことをいいことに料理を平らげまくっている。その食べる量は、すでに人間の領域を超越しているほどだが、この際、どうでもいい。
「今日はこれから、レミィが何か企んでいるみたい。
 気が向いたら参加してあげて」
 参加者が少ないと、あの子、すねるから、とのことだった。
 相変わらずの子供っぷりを発揮する、紅魔館の小さなカリスマの微笑ましい姿――膝抱えてふてくされてる――を想像し、アリスの顔が思わず『お姉さん』になるのだが、それもさておこう。
「パーティーの管理って、お前、何やってるんだよ?」
「結界を張ってるの。悪いことをするような輩が出てきたら、即座に探知、撃滅するようなやつがね」
「やりすぎだろ」
「そうでもないわ。
 軽い手加減をすると、ここに集まるようなメンツよ? 懲りるわけないじゃない」
 イッペン、死ンデモラッタホウガイイノヨ、とのことだった。
 妙に怖かったので、魔理沙は無言のまま、ワインを一口。心なしか、それは血の味がしたとかしないとか。
「で? パチュリー、今回の催しって何をするとか聞いてないの?」
「最初に言ったじゃない。何か企んでいる、って」
「おお、それは面白そうですね。
 まさにサプライズ企画、というやつですか」
「あなたは好きそうね、こういうの」
 天狗という奴は、文のせいでトラブル大好きキャラとして認識しているパチュリーは、特段、興味を持っていない淡泊な眼差しを彼女に向ける。
 つまるかつまらないかは、参加する相手次第よ、とも付け加えるのを忘れない。
 主催者が相手を楽しませようとしているのに、その相手が楽しもうとしなかったり、またその逆もしかり。元よりつまらない企画は論外だ。物事を『楽しむ』ことは当然として、『楽しい』物事を実行するというのは難しいものなのである。
 それって屁理屈ですよね、とパチュリーの理論に、ツッコミを入れつつも文は「けど、その通りとしか言えないから、言葉というやつは面白いものです」と、手にしたメモ帳に何やらしたためる。
「けど、あなた達なら楽しめるんじゃない? 存在自体が面白いんだし」
「それは、私たちにケンカ売ってると解釈させてもらうぜ」
「勝手に同類にしないで」
「魔理沙さんには申し訳ないですが、右に同じく」
「あれー?」
 ちょうど、そんな時だ。
 唐突に部屋の照明が消される。一瞬、ざわつく室内を黙らせるかのように、ぱっと当たったスポットライトが照らすのは、話題の主――レミリアだ。彼女の側には、いつも通りに咲夜が佇んでいる。
「あなた達、ご苦労様。どうかしら、この、レミリア・スカーレット主宰のパーティーは?
 楽しいでしょう?」
 ふふんっ、とふんぞり返るお嬢様。
 もちろん、その頭と体のちぐはぐなバランスと子供が見栄張っているようにしか見えない愛らしい姿に、そこかしこから黄色い声が上がるのだが。
「さて。
 せっかく、参加しているあなた達にわたしからもう一つ、プレゼントがあるわ。受け取りなさいな」
 ぱちん、と指を鳴ら――そうとして失敗するお嬢様。すかさず咲夜がフォローして、スカートの前で組んだ手の中で、小さく、指を打ち鳴らす。
 ざっ、という音と共にメイド達が左右に散った。
 同時に、どこからともなく響くドラムロール。すかさず室内を乱舞する照明効果。一体、いつのまに用意されたのかわからないうちに、巨大な横断幕が、レミリアが立っているステージの上を渡っていく。
「……すげぇな」
「無駄に統率力はあるのよ」
「咲夜さんのしつけがいいとか?」
「変な意味でね」
 だから、咲夜は苦労する、とのことだった。
 ともあれ、横断幕が室内を完全に横切ったところで、再び、ぱっと照明がつけられる。その横断幕には、以下のように書かれていた。
『紅魔館主宰 宝探し大会』と。
「へぇ」
 小さく、声を上げるのはパチュリーだ。
 それを悟った、というわけではないのだろう。レミリアは、後ろの文字に視線をやりながら、
「見ての通り、こんなことを企画してみたわ。
 ルールは簡単。この紅魔館の中に、ちょっとしたお宝を隠してみたの。もちろん、見つけたもの勝ちよ」
 ざわざわと、ざわめく室内。
 紅魔館。
 言うまでもなく、幻想郷の迷惑発生源の一つだが、同時に、これだけのパーティーを開催しても揺るがない、潤沢な資産を持った場所でもある。それが用意した『宝物』。果てさて、どれほどのものなのか。
 少なからず、人の興味心をくすぐるフレーズに、レミリアの口元に浮かんだ笑みが深くなる。
「参加は自由。開催は、これから一時間後。
 参加したい人はメイドに申し込みをしなさいな。
 ルールは、その際に、メイド達から聞きなさい。以上よ」
 思う存分楽しみなさい、という上から目線の一言だったが、こういう場では、むしろそう言う態度の方がふさわしい。
 早速、というわけでもないのだろうが、何名かのパーティー参加者がメイド達へと話しかけている。
「これは楽しそうじゃないか。紅魔館のお宝なんて、それこそ、一生かけてもいいくらいのお宝に決まってるからな」
「宝物の価値観なんて人それぞれよ」
「けれどだ、アリス。
 宝物、っていう単語の持つイメージからしたら、それほどしょぼいものは浮かばないだろ? そこに『紅魔館の』っていう修飾語がつくんだ」
 楽しみだろう?
 まるで、子供のように目を輝かせる魔理沙。ただし、その輝きの中に浮かぶ『いたずらっ子』の光を、アリスは見逃さない。『そうかもね』と肩をすくめるだけだ。
「う~ん……確かに、紅魔館の宝物というのは気になりますが、正直、参加してもいまいちですね」
 曰く、こういう催し事は、自分で参加するよりも傍観者でいた方が楽しい、とのことだ。
 文は視線を巡らし、メイドを一人、捕まえる。そうして、別の形で、この催しに『参加』出来ないかと話を始めた。
「霊夢。あなたはどうするの?」
「宝物……ねぇ。それって高く売れるかな?」
「さあ?
 けど、レミィのことだもの。あの子にとって、二束三文のものなんて出さないわよ」
 それこそ、あの子のプライドが許さない。
 プライドが高いというのはいいことだが、こういう時はあまりよくないわね、と笑うだけのパチュリーは、そのままどこぞへと去っていった。
「宝探し……ねぇ」
 そこで、自分のお腹を触る。
「……食後の運動にはいいかも」
「そう言ってくれると思っていたわ、霊夢」
「うわレミリアどこから湧いてきたのよあんた!」
「……まっすぐにステージから降りてきただけなんだけど」
 しょんぼりとなってしまうレミリアに、霊夢は『……そ、そうだったの』と額に浮かんでいた汗をぬぐう。実を言うと、本気で驚いたのだ。
「ま、まぁ、ともあれよ。
 参加するの? あなた」
「……参加、ねぇ。
 一つ聞くけど。それ、本当に宝物なんでしょうね?」
「もちろんよ。わたしが保証するわ」
 レミリアに保証されても困る、と言いかけて、ふと、霊夢は考える。
 パチュリーの一言が頭をよぎったというわけではないのだが、レミリアという人物が何者なのかを、ふと、思ったのだ。
『……こいつ、吸血鬼よね?』
 頭に浮かんだフレーズはそれだった。
 吸血鬼の宝物。たとえ、もしも二束三文のがらくただったとしても、その冠詞をつけるだけでどこぞの掘り出し物大好き兄ちゃんは、それこそ言い値で買い取ってくれるだろう。むしろ『譲ってくれ』と頭を下げてくるかもしれない。
「……なるほど。これがいわゆる付加価値、というやつね」
「……霊夢?」
「わかったわ、レミリア! 参加してあげようじゃない!」
「あら、そう。
 それなら、ちょっと提案があるの」
 彼女の手を引っ張り、レミリア。そして、そっと、霊夢へと口を寄せて、ぼそぼそと。
「……と、いうわけなのだけど。いいかしら?」
「……ん~……。
 別にいいけど……それって……ねぇ?」
「もちろん、あなたにはちゃんとした見返りを保証するわ。わたしが、たとえ知り合いであろうともただ働きさせると思ったかしら?」
 それこそ、夜の貴族としての沽券に関わる、とのことだった。
 なるほど。プライドが高いってのは大変だな。
 思わず、霊夢は納得すると『了解』と親指を立てたのだった。

 というわけで、紅魔館主宰の宝探しに参加する人数が確定したのは、それから一時間後のことである。
 参加者のほとんどが参加することになったため、実ににぎやかな催し事になることだろう――とは、今回の主催者である紅魔館側のスタッフの言葉だ。
「さあ、それでは、各参加者、一斉にスタート地点に着きました」
 司会及び中継担当として宝探しへの参加を取り付けた文が、片手にマイク(パチュリー提供)を持ちながらコメント。その隣には、紅魔館メイドの一人が時計片手に佇んでいる。
「……しかし、多いわね」
「気にすることなくてよ。スタートと同時に大幅に減るわ」
 今回の宝探しは、基本的にペアでの参加なのだという。
 特に理由はないのだが、シングルで挑戦するよりも勝率が上がるんじゃないだろうか、というレミリアの勝手な思いこみで決められたルールとのことだった。もちろん、ペアであろうとも、相方を見捨てて先に進んでも構わないのだとか。
 それって、結局、シングルで行うのと何も変わらないんじゃなかろうか、と霊夢は思ったのだが、あえてコメントはしなかった。
「……あの、アリスさん? どうして私が……」
「暇そうだったから」
「……別に暇じゃなかったんですけど……」
 というか、いきなり引っ張ってこられただけなんです、とつぶやくのは、会場の隅っこの方で慎ましやかに料理を楽しんでいた早苗である。その壁の花っぷりを見かねた(のかどうかは、本当のところは不明だが)アリスによって、宝探しへの強制参加となったのである。
「ふっふっふ……。宝物は私のものだぜ」
「魔理沙、がんばろーね」
 彼女にじゃれる形で、フランドール。
 パーティー会場ではしゃいでいたところを、魔理沙にペアとして抜擢されたのだ。もちろん、それには魔理沙の思惑があるのは言うまでもない。
 それに気づくはずもないフランドールは『魔理沙と一緒に遊べる』と言うだけで嬉しいのか、にこにこと笑っている。
「それでは、皆さん、位置についてー」
「霊夢。わたしの合図と同時に後ろに飛んで」
「へ? 何で?」
「いいから」
 火薬銃を持ち、号令をかけるのは小悪魔の仕事らしい。
 彼女は、「よーい……」と、引き金に指をかけた。
 参加者達の目の色が変わる。皆、一斉に構えを取る。
「どーん」

 その言葉と共に、スタートラインが一瞬の間に爆裂した。

「……何これ」
「紅魔館名物、爆発するスタートライン、よ!」
「……いや、どういう名物だよそれ」
『おーっと! 何という卑怯なトラップでしょう! 今ので、参加者の八割が強制ダウンしました!
 どう見ますか、解説のパチュリーさん!』
『こういうのが好きなメイドがいるのよ』
『ということです!
 さあ、今の爆発でダウンしなかった、しぶとい……もとい、運のいい参加者がスタートを切りましたー!』
 文のノリノリ実況と共に、宝探しの幕は開かれる。
 爆発の直撃をかろうじて避けていたもの達が最初に向かうのは、部屋から出る扉。そして、その扉を開けた瞬間、何かでっけぇぐーぱんちが参加者達をはねとばす。
「……一体、いつのまにこういうのを仕掛けたんだ? お前んところのメイドは」
「んー……わかんなーい」
「……だろうな。答えは期待してなかったぜ」
 がんばろー、とフランドールにはっぱをかけられる形で、まず、魔理沙が部屋を飛び出した。最初の爆発を華麗にグレイズし、飛んでくるぐーぱんちをマスタースパークでぶち抜き、廊下の向こうに消えていく。
「……相変わらずね。こういうことを企画している段階でまともな催しにならないことは読めていたけれど」
「……アリスさん、注意深いですね」
「癖のある連中と過ごしていると、一つ二つ程度、先を読めるだけじゃダメだって思い知らされるのよ」
 アリス曰く、未来を見通せ。さもなくば、幻想郷では生きていけない。
 やたら壮絶なセリフだが、早苗の目には『かっこいい』セリフとして映ったらしい。心なしか、彼女の目が輝いている。
 ともあれ、魔理沙達の次に続くのはこの二人だ。
「さあ、わたし達も行こうかしら」
「何か、今すぐ参加を辞退して、あそこでご飯食べていたくなってるんだけど。私」
「気にする必要はなくてよ」
 さらに霊夢&レミリアペア。
 彼女たちは廊下を歩きながら、
「このわたしが頂点である紅魔館。このレミリアに攻撃をしてくる愚か者がいると思う?
 それに、今回の主催者はわたしよ。当然、宝物への最短ルートも知っているわ」
 だからこそ、霊夢に協力を願ったのだ、とレミリア。
 ――さて、今回のルールは以下のようなものだ。
 まず、飛行は禁止。ルートは、事前に渡された地図の範囲でならばどんなルートを通っても構わない。宝物がある部屋は事前に示されており、そこに至るまで無数のルートが描かれている、というものである。
 宝探し、というよりは宝物の争奪戦、といったほうがふさわしいだろうか。
 当然、宝物を手に入れたとしても勝利が決定したわけではない。それを入手した後は、速やかに、このスタート地点へと戻ってこなくてはいけないのである。そして、道中、宝物を奪うために戦いを挑むのもオーケーなのだ。ここで戦いに敗北し、宝物を奪われては元も子もない。
 そこで、レミリアは霊夢を仲間につけた。彼女が言うには、その宝物はレミリアのお気に入りであるため、誰かに渡すのが嫌なのだという。咲夜とパチュリーによって、『それくらい価値のあるものでなければ参加者は集まらない』と言われて、渋々、差し出したはいいものの、やっぱり手放すのが惜しくなったというわけだ。
 そこで、自分が参加して宝物を手に入れてしまえば、誰かの手にそれが渡ることはなくなる。加えて、参加者もたくさん呼べて楽しい催しになると一石二鳥。
 だが、そこで問題が一つ。
 今回のイベントに参加する連中には一騎当千の猛者がいる。そんな奴らに後れを取る自分ではないが、やはり、万が一ということはある。
 そのため、戦力を拡充する必要があった。だから、霊夢を味方につけたのである。彼女には、宝物が手に入らなかった時の補償として、金一封を渡すことを約束してある。しかも、その金一封の額は、霊夢が見たこともないような金額だ。
 彼女が自分を裏切ることはない。絶対に。
 加えて、自分で言ったように、レミリアは紅魔館の主。このゲームにおいて、最も有利な人物なのである。
「わたしの勝ちは決定したようなものね」
「まぁ、いいけどね。私は何だって」
「こっちよ」
 と、レミリアが歩いていくのは、宝物への、地図上の最短ルートとは離れた小部屋。ここから、扉をくぐれば、また別のルートに入れるため、ここもルートの一つとして地図には記載されているわけなのだが――、
「実は、ここにショートカットを用意しておいたの。宝物の部屋まで一直線、おまけに罠もなし、のね」
「なるほど」
「あそこよ」
 彼女が指さすのは、一枚の絵。
 レミリアや霊夢よりも大きな額縁のそれを外すと、確かに、その裏側に扉が現れる。
「さあ、行きましょう」
 そう言って、レミリアは足を前に踏み出し、直後、『へぶっ』という情けない声を上げた。
「……レミリア?」
「なっ……!? こ、これは、扉の絵が壁に描いてあるだけ!?」
 さらに。
「はぅっ!?」
 すこーん、という小気味いい音と共に降ってきた金ダライが彼女の脳天を直撃した。
 へろへろぱたん、と倒れてから、即座に復活し、レミリアは叫ぶ。
「ちょっと、咲夜! これはどういうつもり!?」
『申し訳ございません、お嬢様。やはり、紅魔館に仕える従者として、ずるはいけないと思いまして。
 それに、昔、トラップマスターさくちゃん、と呼ばれた頃の血がうずいてしまいまして。大幅に、お嬢様と一緒にルートを構築した時よりも設計を変えさせて頂いております』
「何よそれ!? そんな過去、わたし、知らなくてよ!?」
『ああ、後、その部屋は十秒以上いると爆発するようになっております』
「十秒!? もうあと三秒ないわよ!?」
「ええいっ! やってくれるわね、咲夜! 真の敵は身内にいたということ!?」
『頑張ってください、お嬢様。
 というわけで、どーん』
 何か性格変わってんじゃないだろうか、十六夜咲夜。
 そんなことを思いつつ、爆風に吹っ飛ばされる霊夢であった。

「おい、フラン。
 お前、何か効率のいいルートとか知らないのか?」
「しらなーい」
「だろうな」
 元より、期待などしていなかったが。
 しかし、こうも無邪気に言われると反論も出来ないというものだ。
 道を駆け往く魔理沙は、恐らくは咲夜が仕掛けたと思われる罠をひょいひょいと華麗に回避し、宝物につながる廊下を右に折れる。
「……っと」
 その足下に、いくつもの弾丸が突き刺さる。
 視線をやれば、紅魔館が自慢とするメイド達が複数、宙に浮いていた。
「こっちは飛行禁止なのにそっちはオーケーかよ。やるせないねぇ」
 数は五つ。それぞれが一斉に散開し、魔理沙に攻撃を浴びせてくる。
 ちなみに、その攻撃の全てが、微妙に狙いがはずれており、フランドールには向かっていかない。基本、魔理沙にまとわりついているというのにこの精密射撃だ。もしかして、こいつら強いんじゃね? そんな思いを抱いた瞬間、死角から飛んできた一発がドレスの裾を破っていく。
「やってくれるじゃないか。これ、高かったんだぜ」
「魔理沙、そんなドレス買ってどうするの?」
「女の子は見栄を張りたいものなんだとさ」
「そうなんだ」
 至極感心した、という感じでうなずくフランドールはさておき、魔理沙の視線はメイド達へ。
 ……地味に、目の中に炎が燃えている。どうやら、ドレスを破られたのが、相当ご立腹だったらしい。
「覚悟しろよ~……! 魔理沙さん奥義……!」
 直後。
「失礼」
 がちょん、という音と共に足下の床が抜けた。何事かと判断するより早く、二人の体は階下へと落下する。
「いてっ」
「おとしあな~♪」
「何でお前、そんなに楽しそうなんだよ、ったく!」
 ともあれ、落とされた先は……。
「みんな、応援が来てくれたわよ!」
「助かったわ!」
「ああ、魔理沙さんにフランドールお嬢様! お嬢様はこちらへ」
「さあ、魔理沙さん! これを!」
「ちょっと待てなんだこれは!」
「見ての通り、スポンジです」
「こちら、洗剤となります」
「この罠にかかった方のノルマはこちらです!」
「何だこの山のような皿は!?」
「裏方って大変なんです」
「洗っても洗っても楽にならざる……思わず割りたくなる、そんな思いをあなたにも!」
「味わいたくないわぼけ!」
「これもルールです」
「さあさあどうぞ」
「みんなー、魔理沙さんに流しを貸してあげてー」
「わー、やめろー!」
「わーい、まりさ、がんばれー」
「お前も手伝えー!」
 トラップ名『メイドは清潔が大切ですわ』(命名:トラップマスターさくちゃん)の、恐るべき罠に引っかかった魔理沙! 彼女の運命は!? 続きはCMの後で!

「ルートから行くとこっちなのだけど……」
「そっちに行くんですか?」
 アリスが歩いていくのは、宝物があるとされている部屋につながっている直線通路ではなく、それを大きく迂回するルートである。
 さっきから、このように、彼女は遠回りのルートを選んでいるのだ。
 基本的に時間勝負なのだから、可能な限り、それを短縮するのが正しいのではないだろうか? そんな疑問が瞳に浮かんでいたのだろう、早苗へとアリスは振り返る。
「急いでいる時ほど慎重になるべきよ」
「それも程度があると思います。
 何せ、相手が相手ですから」
「多少のトラップとかなら突破するでしょうけどね。
 だけど、ここは紅魔館。多少ではすまないのは自明の理」
 その言葉に、早苗はなるほどとうなずいた。
 つい先ほど、いきなりスタートラインを爆破するというとんでもない罠を仕掛けられたばかりなのだ。用意されている罠は、間違いなく、いずれも凶悪なものだろう。二人はもちろん、知るよしもないが、それに引っかかって、現在進行形で魔理沙も泣いているのだから。
 だから、それを可能な限り回避しなくてはならない。
 必要なのは勝つことだ。だが、勝つというのは勝ちに直結する行為を選ぶことではない。負けないことも、すなわち、勝つことにつながるのだ。
「戦いに挑む時は、常に慎重であれ。
 彼我の力量差、あるいは、戦う場所の選択。そう言う状況を見極めていくことが、この幻想郷で生きていくために必要なことなのよ」
「すごいです……。確かに、その通りですね!」
 そこまでスパルタンな幻想郷というものも恐ろしいものがあるのだが、ともあれ、またもや早苗の中でアリス株が上がったらしい。前日比で二割増しほどに。
 ともあれ、二人が次に開けたのは、どこにでもあるような部屋のドア。
 もちろん、その向こうの部屋も、何の変哲もないただの部屋だ。素直に、反対側のドアを開けて、そこをスルーする。
「次は……っと。
 早苗、ちょっと来て」
「え? 先に進むんじゃないんですか?」
「戻るわ。こっちのルートから行きましょ」
「……はあ」
 何のために、こっちの道を選んだんだろう。
 わからないままに、とりあえず、早苗はアリスに従って元来た道を戻っていく。
 ――ちなみに。
「こちら、紅魔館メイドトラップ部隊! アリスさんを罠にはめるのを失敗しました!」
「くぅ~……! あと一歩、足を前に踏み出したら落石発動だったのに!」
「何であんなに勘が鋭いの!? 私たちのトラップがまだ甘いとでも!?」
「メイド長、ご指示を!」
『……侮ったわね。彼女が、これほどまでに慎重だとは。
 プランを変えるわ。現在のプランをBからDまでを廃棄してEに移行。何としても、彼女たちを罠にはめなさい。
 このトラップマスターさくちゃんの名前が廃るわ……このままではね』
「了解しました!」
「行くわよ、あなた達!」
『お任せ下さい!』
 という具合に、アリスの選択肢は大正解だったりする。
 実は意外と、彼女は大した奴なのかもしれなかった。

「いやぁ、盛り上がって参りましたね、解説のパチュリーさん! この戦い、どう見ますか!?」
「可能性として考えるのなら、今のところ、一番、宝に近いのはアリス達かしら。
 だけど、順当に考えてはいけないのが幻想郷。最後の勝負が楽しみね」
「そうですね! 常識が通用しないのが幻想郷ですしね!
 おーっと、ここで霊夢&レミリアペアがまたもや罠に引っかかりましたー!」
『レミリアぁぁぁぁぁっ! あんた、家の従者にどんなしつけしてんのよぉぉぉぉぉ!?』
『知らないわよぉぉぉぉぉぉ!』
「レミィは、基本、猪突猛進だから罠には弱いのよ」
 中継会場は、現在、大盛り上がり。
 ゲームに参加している連中を酒の肴に、すでにパーティーと言うよりは宴会である。それにノリをプラスしてるのが、相変わらずノリノリの文と、いつのまにか解説者の席に座らされているパチュリーだ。もちろん、とっくに興味は失っているのか、手にした本を読むのにご執心のようだが。
 ちなみに、会場の音声などを伝達しているのはパチュリーの魔法によるものである。
 空間に響き渡るよう、エコーを工夫し、さらにエフェクトもかけているなど、ちょちょいと作ったにしてはこった魔法を展開しながら読書にひたむきな魔女はさておき、文のマイクがうなりを上げる。
「さあさあ、宝探しは現在、佳境を迎えております!
 見事、宝物をゲットして戻ってくるのは誰か! オッズは、霊夢&レミリアペアが十倍を超えてるよー! さあ、はったはったー!」
「……あの、師匠? 笑顔が……」
「あとでお説教が必要かしら。うふふ」
「てゐ逃げてー!」
「私たちもぉ、参加した方が楽しかったかしらぁ」
「妖夢はレミリア以上に罠に引っかかりそうね」
「……ひどいです、紫さま……。否定が出来ないけど……」
 パーティーに参加はしたものの、宝探しには参加しなかった一同の会話は、おおむねこんな感じである。
 何で参加しなかったのかという問についての回答は、一様に『なんかやばそうだから』というものなのが気になるが。
「ところで、パチュリーさん。今回のこの企画、考え出したのはレミリアさんなのですか?」
「ええ、そうよ。
 大本のところはレミィが考えて、詳細は私と咲夜で考えたの。
 特に咲夜が乗り気でね。何日も計画書とにらめっこしていたわ」
 きっと、こういうのが好きなのね、との言葉。
 しかしながら、実際のところは、参加者を罠にはめるのが好きだからということは、さすがの魔女でも気づいていないのだろう。誰かが罠にはまるたびに、こっそりガッツポーズを取っているメイド長が目撃されているのだが。
「なるほど。だから、こんなにこっているわけですね」
「そういうこと。
 レミィって、基本、おおざっぱでしょ? 誰かがサポートしないとまともな催しにはなりそうになかったもの」
「なるほど。
 つまりは、レミリアさんは貴族体質、ということですね」
「と言うよりは、上に立つ人物の性質、かしら。あとはお前達が決めろ、という、ね」
 それに付き合っている私たちは人がいいのね、と彼女は自嘲するような、それでいてそんな自分を楽しんでいるかのようなことを口にする。
 紅魔館の人間関係というやつは、意外に複雑に見えて単純で、だけど、やっぱり複雑なのかもしれない。
「あ、どうも」
「いいえ。
 パチュリー様、あまり本を見る時に顔を近づけてはいけませんよ。目が悪くなってしまいます」
「メガネっ娘は重要な萌え要素だと思わない?」
「……さ、さあ」
「……メガネメイドのくせに、この萌えがわからないなんて。あなた、もっと勉強が必要よ」
「は、はい……」
 二人の元に飲み物を持ってやってきたメイド(メガネ+巨乳+優しい笑顔)は顔を引きつらせ、その場を後にする。何で私怒られたんだろう、という疑問を、その表情に浮かべて。
「ところで、パチュリーさん。
 今回の催しですが、出てくるお酒はワインですね」
「そうね」
「ここにあるのは日本酒なのですが」
「あなた、そう言う方が好きなのではない? きっと、気を利かしたのよ」
「なるほど。それはありがたいですね」
 正直、ワインは堅苦しい印象が嫌いでして、と笑顔でなかなか痛烈なことを言う文。
 もちろん、パチュリーはそれに答えず、運ばれてきた上物ワインに舌鼓を打つのだが。
「さあ、それでは阿鼻叫喚渦巻く宝探しの現場に視線を戻したいと思いますっ!」
「……阿鼻叫喚の地獄絵図な宝探し、というのもどうなのかしらね」
 そう言う根本的なことに気がついていたなら止めろよ、と誰もが思ったのは言うまでもない。

「……はぁ……はぁ……。
 つ、ついた……」
「死ぬかと思ったわ……」
「……レミリア。あんたと組んだことは失敗だったわ」
「くっ……確かに……」
 一番最初に宝物の部屋のドアを開けたのは、意外にも霊夢&レミリアペアだった。
 というか、一番、凶悪な罠に次々と引っかかりつつもそれを乗りきってきたのは、このペアの地力を示すと言っていいだろう。力業で突破してきたにも近いのだから。
「……どうやら先客がいたようだぜ」
「あ、お姉さまだ」
「……魔理沙、それにフラン……」
「あなた達も苦労したようね……」
「……お前、咲夜に言っとけ。館の廊下、もっと短くしろ、ってな」
 一方、メイド達のお手伝いトラップに引っかかり続け、一日にして『紅魔館メイドマイスター』にまで昇格した魔理沙は、レミリアをジト目でにらみながらつぶやいた。何の被害も受けてないフランドールは、やっぱりにこにこ笑っていたが。
「……残念だけど、お宝は、あんたにはあげられないわ」
 部屋の中央、台座の上に鎮座している小箱。
 それが、今回の宝物であるらしい。
 そして、奇しくも霊夢ペアと魔理沙ペアが部屋に入ってきた扉は正面向かい。必然的に、二つのペアが違いに、宝を挟んでにらみ合う形になっている。
「あんたにそれを渡したら、私の明日が危ないのだから……」
「残念だが、ここまで家事手伝いさせられたんだ。バイト料代わりにそれをもらってやらないと、私も割が合わないんでね……」
「……レミリア」
「……ふっ、任せなさい」
 すっかり、一同は戦闘態勢。フランドールも『弾幕ごっこだ!』と、さらに目を輝かせて炎の剣を構える。
 四人がお互いを見据え、じりじりと間合いを狭めていく。
 空を飛ぶことが禁止されている以上、戦いは弾幕に加えて格闘戦になるだろう。いつぞやの宴会やら地震騒動やらでお互いに披露した腕前もそのままの戦いが、今再び、行われようとしていた――が。
『ラストトラップ発動です』
「咲夜、あなた少しは空気を読みなさいよぉぉぉぉぉぉぉ!」
『それは、いかにお嬢様の命令といえども聞けません。
 生き残った参加者をまとめて抹殺する――罠を仕掛ける側として、これほど甘美な瞬間はありません』
「抹殺とか言うなボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 発動した罠は、どういう理屈なのか、霊夢と魔理沙をとてつもない水の流れが押し流し、レミリアとフランドールを突風で吹き飛ばす。
 そして。
「早苗、到着よ」
「あれが宝物でしょうか」
 それから二分ほど後。アリス達のペアが到達する。
 遠回りのルートばかりを選んできたにも拘わらず、罠を突っ切ってきた霊夢や魔理沙達とそれほど到着時間が変わらないという、アリスの底力を示す瞬間である。
「これでしょうか」
「そうね」
「触っても大丈夫でしょうか? 何か、触ったら爆発しそうなのですが」
「大丈夫よ」
「どうして、そう思うんですか?」
「部屋の惨状が物語っているわ」
 窓は砕け散り、ドアも木っ端みじん。水浸しに加えて調度品も粉々と来れば、ここでどんな罠が発動したのかは、大体わかるというものだ。
 そして、アリスの言葉通り、早苗が宝箱を手にしても何かの罠が発動することはなかった。
「こ、こちら紅魔館メイドトラップ部隊! 宝を手にされてしまいました!」
『……失敗したわね。
 どのルートを選んだとしても、大体同じタイミングで到達するはずだったのに……。私の完敗だわ……』
「メ、メイド長が敗北を認められるなんて……」
「アリス・マーガトロイド……恐るべし……」
「……私たちの……負けということね」
 というわけで、今回の勝負、完膚無きまでにアリス達の勝利となったのだった。
 ちなみに、この後に予想されていた宝物の争奪戦であったが、いずれの参加者も咲夜の凶悪な罠で戦闘不能に陥っており、誰一人、戦う意欲を持ち合わせていなかったことを付け加えておく。

 そして、それから一週間後のことだ。
 場所は、アリス・マーガトロイド邸。最近、その家の中に新たに加わった、お客様お迎え用のこじゃれたテーブルセットについている人物のうち、一人が口を開く。
「で? どういう宝物だったの?」
「これよ」
 今回のパーティーには、参加したかったけど出来なかった幽香の問いかけで、アリスはそれを彼女に見せた。
 出てきたのは、掌サイズの小さなオルゴールである。ねじ巻き式のもので、作りもしっかりとしている。レミリアのお気に入りと言うことで宝石などが配されているかと思っていたのだが、案に相違して、近くの村で硬貨一枚で買えるような代物である。
「……こんなものが、ねぇ」
「レミリアに話を聞いたんだけど、村で行われていたお祭りに参加した時に、初めてくじ引きで当てたものらしいのよ」
「ああ、なるほど」
 それなら、彼女がこれをお気に入りにしてしまうのもわかるというものだ。
 彼女、基本的には子供なのである。
 初めて参加したお祭りのくじ引きで手に入れたもの。そのフレーズだけで、これを大事にしている姿が目に浮かぶ。
「……けど、それなら、これ、もらってきちゃってよかったの?」
「もちろん、そう言う話を聞いたなら返さないわけにはいかないでしょ。
 これは、パチュリーからもらったのよ」
 それのレプリカなんだって、とのことだ。
 さて、そのオルゴールから流れてくるメロディは、やはり、お祭りのくじ引きでもらえる程度のものだけあって、チープなものである。子供だましと言っていいだろう。
 しかし、聞いていると、不思議と幸せな気持ちになるから不思議なものである。
「けれど、楽しそうね。話を聞いて思うけど、参加しておけばよかったわ」
「参加すればよかったのに」
「……仕方ないじゃない。そういうのに着て行けそうなドレスがないんだもの」
「見栄を張り過ぎよ。言えば貸してあげたのに」
「サイズが合わないわ」
「……」
 そう言われると、悲しい上にむかつくのだが、アリスには反論が出来なかった。
 思わず肩を落とす彼女に、幽香は「けど、次回までには、ちゃんとしたドレスを用意しておかないとね」と苦笑する。一応、彼女なりにフォローしているようだ。
「……もういいわ。
 お茶のお代わり、淹れるつもりだけど。幽香、あんた、いるの?」
「くれるものはもらう主義よ」
「あっそ」
 素っ気なく答えつつも、相変わらずのアリスっぷりを発揮するアリス。
 そして、戻ってきた時、彼女が手にしていたトレイの上にはもう一つ、お茶の入ったカップが置かれていた。
「それ、何?」
「お客様がもう一人、いらっしゃる予定ですのよ」
「何よ、その口調」
「やっぱり似合わないわよね。私には」
「それはそうだけど……」
 気のせいかも知れない。そして、アリスが気づいていないのだから、それは誰かの思い過ごしなのかもしれない。
 しかし、幽香の視線が、若干、きつくなったのは……。
「来たみたいね」
 とんとん、とノックされるドア。
 開いた先には、先日のパーティーで、アリスのやることなすこと一つ一つに逐一感心していた早苗の姿があった。
「お招き頂き、ありがとうございます」
「いいのよ。
 パチュリーからもらったレプリカが、ようやく届いたんだから」
「けど、あれはアリスさんの成果であって、私は……」
「優勝したのはペアなんだから、賞品を独り占めしちゃ悪いじゃない」
「そ、そうですよね! さすがアリスさんです!」
「……いやこれ普通じゃない?」
 がちゃん、という音が後ろで響いた。
 振り返ると、幽香の足下に散乱したカップの破片が真っ先に目に入る。
「ちょっと、幽香。何やってんのよ、もう」
「ごめんなさいね。手をすべらしたみたい」
「……もう。
 代わりを持ってくるから待っていて。
 ああ、早苗はその席ね」
「はい!」
「早苗……ね」
「……はい?」
「……ふぅん」
 ごごごごごごごごごごごごごごご、という擬音と共に燃え上がる何かの炎。
 根本的に人がいい早苗でも何やら不穏なものを感じるほどに、今、幽香の背後の景色が歪んでいた。
「持ってきたわよ……って、どうしたのよ。あんた達」
「……別に」
「あ、あの、私、ば、場違いなのでしょうか……」
「何言ってるの。
 ほら、お茶、持ってきたわよ」
 気付けよ、お前。
 この場に、他の第三者がいたら、間違いなく、その一言を発しているだろう。というか、こういうことには敏感なはずのアリスも、こと、それが自分に身近なところで起きると気づかない体質なのかもしれない。
 ――そして、新たな火種が、幻想郷に現れるのだが。

「それはまた、別の話、ね」
「……どうしたのよ、紫」
「別に」
「あーちくしょー! 今月、あと五百円でどうやって生活すればいいのよー!」
「霞でも食べてたらどうかしら?」


 完
咲夜さんの過去は謎ということで、色々なネタを使えて便利だと思うのは私だけでしょうか。
咲夜さんならレミリアを罠にはめたりしない? よく聞こえない、繰り返せ。

相変わらずの小ネタですが、平にご容赦を。
それでもネタが尽きないのは、ここが幻想郷だからなのでしょう。きっと。
そして一番苦労するのは、相変わらず、あとがきなのでした。完。
haruka
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コメント



0.2600簡易評価
3.70白徒削除
小ネタアリアリギャグ満載、面白かったです。
さくちゃんとかもうねwww

でもレミリアが霊夢と組む為の説明文がちと長くてだらけました。
14.100名前が無い程度の能力削除
さすがアリス、幻視力の高さとブレインの明晰さは健在ですね。
器用さを競い合ってる、自分と似た思考回路の人間が仕掛けた傑作(罠)だからこそ、回避することが出来たのかもしれません。
ですからもしこれが逆の立場であったら今度はアリスが『完敗だわ……』になっていそうです。
幽香りんのゴゴゴ…は早苗さんを見てドS魂に火がついたのか、それとも……どちらにしても妄想が止まりませんねw
最後の紫は冷たいことを言いながら色々と世話をしてくれそうな気がします。彼女もまた素直じゃない世話焼きのイメージがあるのでw
少し読み辛い部分もありましたが、全体的にとても楽しく読ませていただきました。次回作も楽しみにしています。
17.100奇声を発する程度の能力削除
面白かったです!!!
さすがアリス!!
18.80名前が無い程度の能力削除
紅魔住民のノリの良さは異常
20.100名前が無い程度の能力削除
>お客様お迎え用のこじゃれたテーブルセット
ゆうかりんが前にぶっこわしたテーブルの代わりですね、わかります。
今回は幽香不参加かと思ってましたが、後日談良かったです。

次回は初めての友人を誑かそうとしている早苗と闘う話ですn(ムソーフーイン
21.80名前が無い程度の能力削除
アリス争奪戦なのか!?
28.100名前が無い程度の能力削除
素敵な紅魔館だ
29.100名前が無い程度の能力削除
あれ?霊夢って失敗してもお金貰える約束じゃなかったのか…?
まさかあっという間に使い果たし…
34.100名前が無い程度の能力削除
スタートラインが吹っ飛んだところで、私の腹筋も吹っ飛びました。
41.60名前が無い程度の能力削除
宝物の正体を知った瞬間から、全く笑えなくなりました
咲夜とパチュリー、マジ外道
43.40名前が無い程度の能力削除
アリスを持ち上げるために他のキャラを貶めてる印象が。
そもそもアリスが何故罠の存在を見抜けたのかっていう理由が
書かれてないから読んでて「アリス凄い!」というより
「作者さん、ネタ出し頑張れー」って気持ちになってしまった。
44.100謳魚削除
宝物が素敵でした。

次回は幽→アリ←さなですねわk(みらくるでゅあるサクリファイス
47.100名前が無い程度の能力削除
文章レベルが普通に高いですね。会話とかもうね、上手すぎ。

ギャグ満載のなかで、宝物のくだりは素敵でした。
そしてアリスがまさかの昼ドラ状態。彼女らのドタバタは続く!な感じが最高です。ありがとうございました。
51.100名前が無い程度の能力削除
おぜうさまが可愛すぎてヤバいな可愛いなお嬢様
これは続くフラグですか、楽しみ。
そして巫女に幸あれ。まぁお金なくても紫ほか妖怪諸々から援助差し入れあるだろうから大丈夫だろうけど。ええいうらやましい
53.100名前が無い程度の能力削除
此度の礼を持って