「姉さん、一週間くらい離れて暮らしましょう!」
豊穣の願いを聞きに二人で里に向かった帰り道、穣子が静葉に突然言い放った。静葉は何を言われたのかわからず、思わず立ち止まる。数歩先に行ってしまった穣子が少し慌てて戻ってくると、姉は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「ど、どうしたの姉さん!?」
「穣子……私が嫌いになったのね。そうよ、私みたいな駄目姉なんて嫌われて当然だもの。私、お、お姉ちゃんな、なの、に、なにも……して、あげられなくて……うぅ」
ついに嗚咽が混じり出した姉の背中を撫でながら、穣子は困った顔をしながら言う。
「違うよ姉さん。姉さんはとても優しいじゃない。今も私の事を思ってくれているから泣いているんでしょう?姉さんは私の誇りだよ」
「……ほんと?」
涙目で見上げてくる静葉は実の妹から見ても本当に綺麗だった。栗色の瞳は雫を湛え、唇は艶っぽく光る。健康的な瑞々しい頬は赤みを帯びてより美しく見える。
あまりにも綺麗だったので、穣子は静葉を強く抱きしめた。
「あーもう姉さん可愛い!大好きだよ、静葉姉さん!」
少しだけ冷静さを取り戻した静葉が妹を引き剥がしながら言う。
「ちょ、痛いから、や、やめなさい穣子!」
「ちぇっ……」
姉に拒まれたのがショックだったのか、舌打ちをした穣子はどこか寂しそうにそっぽを向いた。
「ねえ穣子」
「なあに姉さんぐっ!?」
振り向いた穣子の頬に静葉の指が食い込む。
「あはは!もう穣子ったら、こんなのに引っかかるんだから」
静葉は楽しそうに笑っている。それを見て、少し膨れっ面になった穣子も笑みを零す。
「ね、姉さんこそ、そんなに笑うほど面白い?」
「ごめんごめん。……あれ?私達、何か話してなかったっけ?」
「え?……あ!そうだよ、忘れるところだった!姉さん、私達っていつも一緒にいるじゃない?」
「そういえばそうね。でも、私はそれでいいと」
「駄目!影が薄いとか言われるのは、たぶんずっと二人でいるからだと思うの。いつも一緒だから、一人じゃ何も出来ないって思われてるんじゃないかな」
「そんなことないと思うけど……」
「きっとそうだよ!そこで、これから一週間くらい離れて生活してみない?里の願いも聞いたから、豊穣の神様の仕事は今のところお休みできそうだし」
「でも……」
妙に息巻いている穣子とは対称的に、静葉はまた泣きそうな顔をしている。
「じゃあ、一週間後にね!」
そう言って穣子はどんどん先へ行ってしまう。
静葉が絶対に嫌だとごねれば、きっと穣子はこの計画をなかったことにしただろう。たとえそれが自分達のためだとしても、そのせいで姉が嫌な思いをするならやりたくない。彼女はそういう子だ。
しかし、静葉に出来たのは妹の背中を見送る事だけだった。彼女と離れるのは嫌だけど、でもそれは彼女が望んだ事だ。彼女は私と離れたいのではなく、そうする事で新しい何かを見つけようとしている。だから、姉である私はそれを全て受け入れてやらなければならない。
悲しくないといえば嘘になる。滴る小雨に混じって、頬に温かいものを感じたから。けれど、これは彼女のためだ。そして同時に、おそらく私のためでもある。いくら姉妹とはいえ、いつも一緒にいるのはよくないのかもしれない。
そうだ。私が受け入れなければ。彼女の決断を受け入れて、そして一週間後には最高の笑顔で彼女を迎えようじゃないか。そう考えて、静葉は歩き出した。別に行くあてがあるわけでもないが、きっと歩いていれば何かに出会えるだろう。
ふと、雨が止んでいることに気がついた。静葉が見上げると、空に虹がかかっている。なんだか二人の旅立ちを応援されているような気がして、静葉は思わずニコリと微笑んだ。
* * *
姉と別れた後、穣子はとにかく歩いた。特に行きたいところもなかったので、まずはそういう場所を探さなければ。雨も止んだことだし、歩くのも苦痛じゃない。
しばらくあてもなく彷徨っていると、湖にたどり着いた。穣子はあまり色々な場所に出歩いた事がなかったので、ここに来るのは初めてだった。
畔の草原に座って、辺りを見回す。かなり広い湖のようで、向こう岸が見えない。ふと、少し離れた別の岸に紅い館が建っているのに気がついた。その館は妙に立派な造りで、訪れる者を威圧するような雰囲気が遠くからでも感じられるほどだった。
いったいどんな者が住んでいるのだろうか。こんな素敵な場所に住んでいるのだから、さぞかし素敵な人物なのだろう。会いに行ってみようか。どうせやることもないし、楽しそうだ。
そう思って、穣子は立ち上がった。その直後、背後から声が聞こえた。
「むむ!?みしらぬひとをはっけんしたぞ!」
穣子が振り返ると、一人の子供が立っていた。妖精なのだろうか、背中には氷の破片のような羽が数枚ついている。
「ねえ、あんただれ?あたいチルノ!」
チルノと名乗る妖精は全く物怖じせずに穣子に話しかけてきた。穣子も人見知りしない性格ではあるが、それにしてもここまで無用心に話しかけてくると最早尊敬に値する。
「ねえってば!」
穣子が呆気にとられて答えられずにいると、チルノが少し苛立ったように繰り返した。
「あ、ごめん。私は秋穣子。よろしくね、チルノ」
「みのりこか。よろしく!」
「ところでチルノ、ちょっと聞きたいんだけど、あそこの館はどんな人が住んでいるの?」
「ん?ああ、こうまかんっていってね、レミリアっていうきゅうけつきがすんでるんだよ」
紅魔館。いかにも危険そうな名前だ。まして住んでいるのが吸血鬼と聞いては、なんだか行く気も失せてきた。
穣子が黙っていると、チルノが手をポンとしながら言う。
「ああ、わかった!みのりこ、あそこにいきたいんでしょ?」
「うん、まあそうだったんだけどね……危なくない?」
「だいじょうぶ!あたいにまかせて!あ、ちょっとまってて?」
そう言うとチルノはどこかへ行ってしまった。穣子の興味はもう正直紅魔館に向いていなかったが、せっかく好意で手伝ってくれるというのだからそれを無碍にするわけにもいかない。
とはいえ、ちょっと吸血鬼は怖いなぁ……。
しばらくすると、チルノが一人の妖精を連れて戻ってきた。
「おまたせ!このこは大ちゃん!あたいのだいしんゆうだよ!」
「こ、こんにちは。私、大妖精です。皆からは大ちゃんと呼ばれてます」
大ちゃんと呼ばれるその妖精はどこか恥ずかしそうに穣子に挨拶した。その様子を見て、穣子は思わず笑みを零す。
まるで、静葉姉さんを見ているようだ。姉さんもかなり人見知りするほうだから、初めて会う人の前だと決まってこの妖精みたいになる。ぷるぷる震えてしまう所までそっくりだ。
「こんにちは、大ちゃん。よろしくね。それで、どうやって入るの?あんなに立派な館だと警備もすごいでしょ?」
「だいじょうぶ!しょうめんとっぱでいけるよ!きっとめーりんはまたねてるし」
なんだかよくわからないが、めーりんはよく寝るらしい。話によれば彼女は門番らしいが、門番が居眠りなどしていて大丈夫なのだろうか。
「よし、じゃあさっそく」
「チルノちゃん!」
チルノが歩き出そうとした時、大妖精が声を上げた。穣子が怪訝な顔で見守る中、彼女は言葉を搾り出すように言う。
「やっぱり、危ないよ。たぶん咲夜さんが怒るし、穣子ちゃんを危ない目に遭わせたら駄目だよ」
少し考えた後、チルノは少し残念そうに言った。
「うーん……じゃあ、やめよっか。みのりん、それでいい?」
みのりんとは私の事だろうか、と一瞬迷ったが、それらしい人物は穣子以外にいない。
「う、うん。実は私、吸血鬼って聞いた時からあんまり気が進まなかったんだ。だから、そんな顔しないでよ、チルノ」
「そう?ならよかった!じゃあさ、あっちであそぼうよ!ね、大ちゃん!」
「あ、待ってよチルノちゃん!」
そう言って二人は手を繋いで湖のほうへ走っていった。
きっと、彼女達は強い絆で結ばれているのだろう。
無茶な事ばかりするチルノに、それを支える大ちゃん。さっきやめようと言ったのも、おそらく私を心配したからではないと思う。もちろん、私を心配しなかったわけではないだろうが、彼女が本当に心配していたのはチルノの事だ。少し話してわかったが、チルノはまだ精神的に幼い子供のような存在だ。それに対して、大ちゃんは私なんかよりもよっぽど大人だ。
子供っぽいチルノに、少しお姉さんな大ちゃん。それはまるで、私と静葉姉さんのようで。そういえば、姉さんはいつも私の事を心配してくれている。姉さんのためにもなると思ってたけど、やっぱり悪い事しちゃったかな。
「みのりーん、こっちおいでよー」
チルノの声で、穣子は我に返った。見ると、湖で二人がはしゃいでいた。
「うん、今行くよ!」
穣子は二人の下へ駆け出した。三人で遊びながら、彼女の心にある想いが湧き上がる。
――姉さんに会いたい。
* * *
穣子と別れてから数時間後、まだ静葉は森の中を歩いていた。どこへ行くというわけでもなく、たださまよい歩く。そうしているうちに、まったく知らない場所に来てしまった。
所謂、迷子である。
妹の前では気丈な姉である静葉だが、本来内気であまり自分から行動を起こそうとしない性格である。そのため、初めて訪れた森で頼れる人もなくただ一人彷徨っているという状況に瀕して、軽く涙目になりつつあった。
どうして自分はうまくできないんだろう。きっと穣子は一人でも元気にやっているはずなのに。私は駄目だ、本当に駄目な奴だ。こんなんじゃ、彼女を支えられるはずもない。こんな駄目な姉、彼女にはやはり必要ないんだ。
静葉は俯き、溜息をつきながらとぼとぼ歩いた。
不意に鼻歌が聞こえてきた。静葉が耳を澄ますと、どうやらその主は子供のようだ。しかし、人間の子供がこんな森の奥深くにいるはずがない。おそらく、彼女は妖怪だろう。
やがて、球状の闇が静葉のほうに近づいてくるのに気がついた。鼻歌の主らしきその闇は一定の速度でゆっくりと静葉との距離を詰めてくる。しかし、特に襲ってくる様子もない。ただたまたまここを通りかかっただけのようだ。こちらから何かしなければ、さして問題はないだろう。
静葉はそう考えて、その場で彼女が通り過ぎるのを待った。次第に詰まる二人の距離。そして、二人の間があと数メートルほどに近づいた時――
「ふぎゅ!?」
黒い塊が妙な奇声を発し、その場で動かなくなった。何かに躓いて転んだのだろうか。尤も、あれだけ真っ暗な闇の中歩いていたら足元が確認できなくても仕方ない。あの闇は調節できないのだろうか。
「いったぁ……」
少女はまだ動く気配がない。妖怪だから大きな傷になってはいないのだろうが、子供なら話は別だ。大きな怪我ではなくても、怪我をしたという事実がより痛みを感じさせる事もある。
心配になった静葉は、彼女に声をかけてみる事にした。ゆっくりと近づき、彼女を驚かせないように注意しながら、静葉は口を開いた。
「大丈夫?」
「ん?誰?人間……じゃなさそうだね」
「私は秋静葉。一応神様よ。貴女は?」
少女は暗闇を取り去り、姿を現した。その容姿は想像通り、子供のそれだった。
「私はルーミア。私、最近よく転ぶんだ。なんでだろ?この辺根っこが出っ張ってるからかな?」
「それもあるかもしれないけど、歩くときに足元が見えてないからじゃない?そういう時に、あの闇は出さずにいられないの?」
「あ、そっか!忘れてたよ。こうやって歩いてると、なんだか気分が乗ってきちゃってね」
そう言いながらルーミアは両手を広げてみせる。なんだか本当に子供みたいだ。やがて、ルーミアは辺りを走り出した。どこかへ行ってしまうわけでもなく、静葉の近くをちょろちょろ走る。
そんな姿を見て、静葉は穣子の事を思い出した。ルーミアの天真爛漫さは、幼い頃の穣子にそっくりだったからだ。
当時、穣子は本当に手のかかる妹だった。言う事は聞かないし、我侭だし、おまけに落ち着きなくどこかへ行ってしまうし。でも、彼女の瞳はいつもまっすぐで、綺麗だった。そんな姿を見ていると、つい世話を焼いてやりたくなる。それは成長してからも変わらず、いつまでも彼女のよき姉でいたいと思ってしまう。でも、それはやはり無理なのだろう。いつの日か、穣子と一緒にいられなくなる日が来る。私の気持が変わらなくても、彼女の気持が変わってしまえば仕方ない。
辛いけれど、彼女が望むのならば諦めよう。それが彼女の想いなら、私が受け入れないわけにはいかない。
――もう、妹に執着しないようにしなければ。
「あっ!?」
しばらくして、ルーミアが驚いたように声を上げた。見てみると、スカートの裾が切れていた。
「どうしよう……」
「きっとさっき転んだ時に切れちゃったのね……ちょっと待ってて」
そう言うと、静葉は糸と針を取り出した。
「動かないでね」
「う、うん。でもなんでそんなの持ってるの?」
「ふふ、昔の癖でね。よく妹が転んで切っちゃったりしたから」
「静葉、妹いるんだ。なんて名前?」
ルーミアは傍の岩に腰掛けながら言った。静葉もその近くに腰掛けて答える。
「穣子よ。秋穣子」
「どんな子?」
「えっと……私と逆かな、色々と。あの子は活発でね、最近はあまりしないけど昔は無茶ばっかりして大変だったのよ。あの頃は本当に手がかかったなあ……」
「静葉って、穣子の事大好きなんだね」
思わぬ言葉に、静葉は思わずスカートを縫う手を一瞬止めた。
そう、ルーミアの言うとおり、私は穣子の事が大好きだ。彼女と一緒にいて、ずっと世話を焼いていたい。でも、彼女の気持は私にはどうしようもない。今は私の事を思ってくれているが、いつか私を邪魔だと思う日が来るかもしれない。もしそんな日が来ないとしても、ずっと一緒にいる事はやはりよくないのだと思う。私が彼女に依存していては、彼女は自分の人生を生きられない。穣子は私とは違うから、やりたい事も色々あるだろう。それを私がいるせいでできないのだとしたら、こんなに辛い事はない。彼女の枷になるような事は絶対に避けなければならない。
やはり、私は彼女と一緒にいてはいけない。
――だって、彼女は私の大切な……
「どうかした?」
ルーミアの言葉で、静葉は我に返った。
「ううん、なんでもないよ。ところで、なんで私が穣子を好きだなんて思ったの?」
「ん、だって話してる静葉の顔、すっごくうれしそうだったもん。あれで好きじゃないって言ったら、それは嘘だよ」
ルーミアの言葉は静葉の心に深く入り込み、その心のもやもやを取り払った。
そうだ。今の彼女は私を必要としてくれているし、私の気持も本物だ。ならば、彼女の想いが変わるその日まで、一緒にいたらいいじゃないか。
「……ルーミア」
「ん?」
「ありがとう。貴女のおかげで、なんだか楽になったよ」
「そっか、よかった!会った時から辛そうな顔してたから気になってたんだ」
「もう大丈夫、私は決めたから。……よし、出来上がり」
静葉が糸を切ると、ルーミアのスカートはすっかり元に戻っていた。切れ目が出来ていたなんて、言われても気づかないだろう。
「ありがとう、静葉!あ、そうだ。夜も遅いし、静葉もご飯食べに行こうよ」
「え?でもいいの?」
「大丈夫、私の知り合いだし、おいしい屋台だからさ」
そう言ってルーミアは静葉の手を引いた。
既に辺りは暗く、完全に日も落ちている。こんな一日もいいものだと思いながら、この日静葉は初めて心から笑った。
* * *
とある森の広場で、ミスティアは屋台の暖簾を出し始めた。仕込みも終え、あとは街の近くへ繰り出すだけだ。さて、今日はどこへ行こうか。久しぶりに人間相手に商売するのもいいが、妖怪に慣れてきた輩が多いのか、最近は妙に絡んでくる客が増えた。そういう生意気な奴は鳥目にしてやると面白い。店から少し離れたところで莫迦な男共の悲鳴が聞こえてくるともう笑いが止まらない。
そんな事を思っていると、いつもの氷精がやってきた。やれやれ、これで今日の場所はここに決定だな。
「みすちー、さんぼんちょうだい」
「こんばんは、みすちー」
「こんばんは、大ちゃん。まったく、チルノも少しは大ちゃんを見習えよ……って、三本?他に誰かいるの?」
「あ、こんばんは。秋穣子です」
ミスティアが身を乗り出すと、見知らぬ金髪の少女がそこにいた。その様子から、既に三人は打ち解けているようである。
「ああ、こんばんは」
「あのね、みのりんはおねえちゃんとはなれてくらすことにしたんだって」
「いや、いきなり言われてもわかんないよ。とりあえずあんたはこれでも食べてな」
そう言いながらミスティアはチルノに焼きたてを渡す。それに夢中になる彼女を横目に、穣子はミスティアに今日の出来事を説明した。
自分や姉の事に、姉と一週間離れて暮らす事、そしてチルノ達との出会いなどを話しながら、四人で酒を呑んだ。
「ふむ、みのりんも大変だね」
もうすっかり呼称は定着したようなので、穣子は敢えて気にしない事にした。
「でも、二人のためにもなるし」
「私思ってたんだけど、それって本当に二人のためなのかなぁ?」
少し頬を紅潮させた大妖精が、その呂律の回らない舌で呟くように言う。
「だってさ、みのりんはお姉ちゃんの事好きなんでしょ?だったらわざわざ離れる理由ないじゃん」
「で、でも……」
「そうだよ、大ちゃんいい事言った!好きなんだったら一緒にいたらいいと思うけどねぇ」
ミスティアもかなり酔っているらしく、手元が狂わないか心配なほどだ。チルノはというと、少し酒を呑んだ後眠くなったらしく、席で横になっている。
「……私だって、本当は姉さんと一緒にいたいと思うよ。でも、姉さんと一緒にいたら駄目なの。私、絶対に姉さんに甘えちゃうから。昔から姉さんにはずっと苦労ばかりかけてきた。だから、もう姉さんを困らせたくないの。だから……」
酒が入っているからだろうか、どうも涙腺が緩んでしまう。泣いたって何の解決にもならないってわかっているのに、涙が止まらない。
大妖精が泣きじゃくる穣子の背中をさする。彼女のグラスに酒を注ぎながら、ミスティアが優しく囁く。
「大丈夫。みのりんの気持は絶対しーちゃんに伝わってるよ。だから、今は泣くといいよ。泣いてすっきりすれば、気持も晴れるさ」
「あれ?もう始めてた?」
不意に後ろから声がかかる。ミスティアが暖簾越しに覗くと、ルーミアと見知らぬ少女が見えた。
その少女の瞳は栗色で、紅葉をあしらった紅い服が冴える。はじめは恥ずかしそうに屋台の客達を見ていた彼女だが、やがて小さく、けれどもはっきりと呟いた。
――穣子?
穣子が振り返る。そこに立っている女性には見覚えがある。自分よりも美しい髪、麗しい肌に可憐な瞳。儚げな雰囲気を抱く彼女に、自然と穣子は抱きついていた。
「み、穣子!?どうしたの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
色々言いたい事があったのに、何も言えない。普段は姉さんにならなんでも言えるのに、どうしてこんな時に限って言葉がでてこないんだろう。
ああ、このままじゃ姉さんまで泣いてしまう。そしたら、姉さんはきっと自分を責めるだろう。自分のせいで妹を泣かせたと思うだろう。絶対にそんな事はさせたくない。けれど、言葉が胸に詰まってしまう。
「みのりんは、お姉さんを困らせたくなかったんだって」
泣き続ける穣子に代わって、正気に戻っていたミスティアが真面目な顔で静葉に告げる。
「そうなの?でも、困らせたくないって、私は一度も辛いと思ったことなんて」
「ほら、やっぱりそう言うだろ?みのりんもそれがわかってたから、敢えて離れようとしたんだよ。でも、本当は一緒にいたいんだってさ」
少し黙った後、静葉は口を開いた。
「そうだったの。でも、私は貴女から直接聞きたいな。貴女は強い子だから言えるでしょう?」
穣子は動けずにいたが、やがて静葉を抱きしめる手を離した。静葉をまっすぐに見つめるその瞳は、彼女の想いの強さを感じさせる。
「わかった。姉さん、私の言葉で言うよ。私、姉さんを困らせたくなかったの。私だって、本当はずっと姉さんと一緒にいたいよ。だけど、姉さんの傍にいたら、きっと私はいつもみたいに姉さんに甘えてしまう。
昔から姉さんは私のためになんでもしてくれた。本当にありがたいと思ってる。でもね、もう姉さんが私のために苦労する姿を見たくなかった。だから、私は姉さんと離れようとした。私が一人でも大丈夫だってわかれば、もう姉さんに迷惑をかけずにすむ。そう思ったの」
穣子が言葉を紡ぎだす間、静葉は彼女の瞳から目を離さなかった。穣子が言い終わるのを待って、静葉は彼女の想いに応える。
「そう……でもね、私にとって貴女は大切な妹なの。かけがえのない、大事な大事な妹。ずっと傍にいたいと思う事って、そんなに変かしら?」
静葉はまた泣き出しそうになった穣子を抱きしめながら言う。
「……でも、そばにいたら、また姉さんに迷惑かけちゃうよ?姉さんに甘えないなんて、無理だもん」
「いいのよ穣子、遠慮せずに甘えてくれて。そのほうが私もうれしいわ」
「姉さん……私、姉さんのこと大好き!」
「私もよ、穣子。ずっと一緒にいましょうね」
「おめでとう!二人の姉妹愛にかんぱーい!!」
二人の様子を見守っていた四人がグラスを打ち鳴らす。どうやらチルノも目が醒めたようだ。
「思いが通じてよかったね、みのりん!」
「はい、しーちゃんも呑んで呑んで!」
大妖精とルーミアが二人にグラスを渡す。なみなみと注がれた酒を飲み干しながら秋姉妹はうれしそうに怒鳴る。
「誰がみのりんだー!」
「しーちゃんとかいうなー!」
「まあまあ、鰻でも食べて落ち着きなよ」
ミスティアが差し出した鰻を頬張りながら、穣子は姉の顔を見つめる。もう酔いが回ってきたのか、頬は薄く紅に染まっている。
「なんか、今日は騒がしい日だったね」
「でも、こうして友達も出来たことだしいいんじゃない?」
「はは、それもそうだね」
「ねえ穣子、久しぶりに踊ってくれない?」
「ここで?じゃあ、姉さんが歌ってくれるならいいよ」
夏の夜に、紅葉の神の麗しき歌声が響く。
それに合わせて、豊穣の神が美しく舞う。
歌と舞は二人の心のように一つになり、夏の夜を秋の涼やかな夜に塗り替えた。
「おお、なんだか夏じゃないみたいだ」
「よし、あたいもおどる!」
「私も!」
「じゃあ私は歌おうかな」
二人に釣られて、四人も歌い踊り出す。
秋の夜長というが、どうやら今宵は本当に永い夜になりそうだ。
自分的には好きなジャンルの、ほんわか風味で良かったです。
帽子被ってる方が姉の静葉だろ?
イヤイヤ、ダーイジョブ、ワーカッテルッテ