*ご注意*
このお話は作品集79「私の名を呼びなさい-fragment-」の続編となっております。
地の底。
地上へと伸びる縦穴の底にある橋。
彼女の居る橋。
落ち着いて見回せば――酷く寂しい光景だ。
彼女の輝きに紛れていたが、人気など絶無で、他の命の気配すらない。
橋の先の町との対比で余計に寂しく見える。
まぁ、私には関係のないこと。
むしろ彼女を探す手間が省けるというもの。
日傘を畳む。
優しい笑みを浮かべて彼女の前に立つ。
反して彼女が浮かべるのは渋面。
それでも可愛らしいのだから威嚇にもなってない。
尖った耳も、剥きだされた犬歯も、吊り上がった緑眼も。
とても可愛いままね、お姫様。
「――どの面下げて」
第一声から罵倒。
「ごきげんよう」
心折れていないようでなによりだわパルスィ。
私の脅しに屈してないかと心配だったのよ。
でも私の噛みついた腕は隠される。
白い肌の中でなお白い包帯の巻かれた腕。
とても美味しい彼女の血を飲んだ痕は庇われる。
――怯えている。
「あんなことの後でよく普通に来れるわね」
「あんなことの後でよく何時も通りに一人でいられるわね」
即座に混ぜ返す。口でも勝てないと突き付ける。
可愛らしい眉が歪められる。悔しそうな顔。まだ私に屈してないと叫ぶ顔。
私を――拒絶する顔。
「私を待っていてくれたのかしら?」
「まさか」
「ええ、知ってる」
微笑む。
私は彼女の敵だ。彼女はそうとしか見てくれず、そうとしか想わない。
未だに私の名すら呼んでくれない。
私は、嫌われている。
でもそんなことは承知の上。承知の上で……逢いに来ている。
「なんでこうも日を置かずに来るのよ。鬱陶しくてたまらない。
そんなに私にちょっかいを出すのが楽しいの?」
「ええ、楽しいわね。楽しくて愉しくてたまらない」
本音を語る。
冷笑が彼女の顔に貼りつく。
「物好きね。でもすぐにあなたは来なくなる」
私を見下す冷たい緑眼。
「私の力は嫉妬心を操る外道の力。傍に居れば狂うわよ」
「嫉妬を?」
初めて聞く彼女の能力。どの程度の規模かはわからないが――
……心を操るという力の恐ろしさは想像がつく。
本人の力量に依るが使いようによっては一国さえも滅ぼせる類の力だ。
正直驚いている。彼女がそんな力を持っているなんて考えもしなかった。
ぽう、と彼女の手のひらに光が灯る。
花の形をした妖力の塊。彼女の本質を表す――呪いの形。
「嫉妬に狂った者を見たことはある? 想像を絶するわ。
何の力も持たぬ人間が、何人も何人も殺してゆく。
狂気は尽きない。止められない。最期に待っているのは狂い死に」
貼り付いたままぴくりとも動かない冷笑。
仮面染みたそれは、必死の演技を思わせる。
「あなたはその強大な力がご自慢のようだけど、これはあなたにも使えはしない」
光の花を握り潰す。
力の差を示すだろうそれは、しかし力の程を知らぬ私には負け犬の遠吠えと同じだった。
何も響きはしない。ただ、足掻いてるだけ。
私から逃げようと、もがいてるだけ。
「それは面白そうね」
故に出る言葉は皮肉。軽い挑発。
「面白い?」
だが、パルスィはそれに噛みついた。
向けられるのは侮蔑の視線。理解しない私を罵る緑眼。
……彼女は怒っていた。
「パルスィ?」
「無知は罪ね、大妖怪。あなたはなにもわかってない」
なんで、そんなに怒ってるの?
何か酷い間違いを犯してしまったことは確実だが、それが何かわからない。
ただ確実なのは、彼女がより私を嫌ったということ。
――また、彼女との距離が開く。
「やっぱりあなたなんかにはこの力は扱えないわ。力の深さもわからないお馬鹿さんにはね」
そんなにも恐ろしい力なのなら、警告などせずに私を狂わせればいいのに。
始めから私を嫌っていたのだから、追い払えて便利だっただろうに。
それは貴女の弱さ? それとも。
「……もしかして、貴女もその力を扱いきれてないの?」
ぎっと睨まれる。図星だった。
その通りなら、合点がいく。力も使わずに私を脅したのは加減も利かないから。
一度使えば追い払うなんて器用な真似は出来ずに、完全に狂わせてしまうのだろう。
傍に居れば狂うという言からして……いつ暴発するともしれないほどの力らしい。
「頭もいいのね。妬ましい」
肯定される。弱点ともとれる事実を、あっさりと認めた。
「一緒に居られないことくらいわかるでしょう?」
己の弱さを肯定して、私を嫌う理由とした。
気遣うふりをして、私を拒絶した。
「そう。でも駄目よパルスィ」
そこまで嫌われているのなら遠慮はいらない。
全部、ぶちまけてしまおう。
「私はね、貴女が好きなのよ」
声が震える。さらに嫌われると怯えている。
どんな顔をされるか予想が出来ているのに怖くてたまらない。
彼女が固まってる隙に、視線を逸らす。
「……は?」
「言葉が足りない? 愛している。大好き。抱き締めたい。それから」
畳みかける。いつ拒絶されるかもわからないから立て続けに口にする。
全部言いきってしまわないと。
「待ちなさい」
なのに、怯え切った私の口は、たった一言で止まってしまう。
顔を、上げられない。
「――あなた、女でしょう?」
予想していた問い。
「そう見えないのだとしたらショックね。これでも千年以上女をやっているのだけれど」
用意していた答え。
「じゃあ、おかしいじゃない」
先の見える――当然の反発。
「私、女よ? 女同士でなんて、おかしいわ」
「おかしいわね。子も残せぬ恋慕なんて生物の本能から逸脱している」
「わかってるなら」
「それでも」
顔を上げる。
彼女を見る。
予想通りの、顔。
「貴女が好きなの。愛してしまったの」
「……異常だわ……」
そんなの自分が一番わかっている。
「貴女が欲しい」
異常で、止められないとわかっている。
「その柔らかい髪も可愛い唇も細い手足も綺麗な眼も、全部欲しい」
誰にも、貴女にも認められない想いだとわかっている。
「――気持ち悪い」
「言われると思った」
微笑む。
「あなたが何を考えているのか、理解できない」
知っている。
私の想いは理解されない。
私は理解の外にいる。貴女からずっとずっと遠くにいる。
歩み寄りたくても、近寄れない。
貴女が逃げてしまうから、触れることすら出来やしない。
永遠に交わらぬ平行線。
前にも思った。あれから変わっていない。
遠い、まま。
「私のものになってくれないの?」
一歩近づく。
一歩逃げられる。
「私は貴女のためならなんでも出来るのに」
嘘偽りのない本音でも、届かない。
伸ばした手も、届かない。
「やめて……」
彼女の口から零れるのは拒絶の言葉。
私を切り裂く言葉だけ。
「どうしたら信じてくれるのかしらね」
貴女に狂わされたって構わない。
貴女に傷つけられたって構わない。
貴女に殺されたって構わない。
そう私は心底想っているのに。
「私に、触らないで」
私が想えば想うほど……貴女の心は離れていくのね。
日傘を取り落とす。
大きく一歩を踏み出して、彼女を捕まえる。
私が噛みついた腕を無理矢理引っ張り上げて、強引に指を絡ませる。
「やめて……っ! 私に触れたら、狂って……っ」
笑みを作る。貼りつける。
「大丈夫よパルスィ」
絡めた指を、強く握り締める。
「貴女に触れても怖くない。貴女の傍に居たい」
抱き寄せ、くちづけるように顔を近づける。
「私は貴女を拒まない。貴女の呪いも受け入れる」
まっすぐに、彼女の緑の瞳を見つめる。
「パルスィ、貴女が、好きなの」
どうしたらこの声が届くの?
どうしたら貴女の笑顔が見れるの?
どうしたら――私を愛してくれるの?
貴女は……答えてくれない。応えて、くれない。
彼女が私を拒むのは誰のせい?
彼女が一人きりを望むのは誰のせい?
彼女を傷つけた、誰かのせい。
作った笑顔が崩れてゆく。歪んでゆく。
優しい笑みなんて作り笑いでも浮かべていられない。
浮かび上がるのは口の端の吊り上がった、凶暴な笑み。
貴女を怖がらせてしまう、愚かな笑み。
「そうだ――貴女が嫌う、あの町を焼き尽くしてしまおうかしら」
怖がられても構わない。
僅かにでも私を想ってくれるならそれでいい。
幽かにでも私の想いを信じてくれるならそれでいい。
なのに貴女が浮かべるのは恐怖に染まり切った悲しい貌。
私じゃなく私の力しか見てくれない悲しい緑眼。
「貴女を受け入れない憎い町。貴女を傷つける許せない町。
あれを焼き払って見せれば、貴女は私の想いを信じてくれる?」
蛇を前にした蛙のように動かない。
「そんな、こと……っ」
なんとか絞り出せたのは短い言葉。
なにを伝えたいのかなんて、汲み取れない。
「私は貴女以外どうでもいい。貴女が私を信じてくれるならなんでもやる。
お望みの首を今すぐにでも取ってくるわ。誰がいい?」
貴女は何も答えない。
知っている。
貴女はそんなこと望まないって。
でもね、パルスィ。
私には――もうわからないの。
どうやって愛を示せばいいのかわからない。
「答えないなら勝手に取ってくるわ。鬼の首でもプレゼントしてあげる」
彼女から体を離す。
日傘を拾い上げて動けない彼女の横を通り過ぎる。
――腕を、引かれた。
「……パルスィ?」
彼女が私の腕を掴んでいる。私に触れている。
貴女は私が嫌いなんでしょう? 怖いんでしょう?
ほら、掴んだ手が震えてる。
なのに、なんで、私に触れるの?
「行かさない」
震える眼で、震える声で、私を捕らえて離さない。
「私は、私のせいで誰かが傷つくなんて嫌」
何を言っているのか理解できなかった。
何度も何度も彼女の言葉を繰り返して、ようやく悟る。
「――あは」
笑い声が漏れる。
「え? 私と戦うつもり? そんな小さな体であの町を守るつもり?」
面白い。面白過ぎて、膝の力が抜けてしまいそう。
だって、それなら彼女は迫害されていたわけじゃなくて。
誰に命じられるわけでもなくこんなところに閉じ籠っていた。
「あははははは、なに? そんなに弱いのに、誰かを守っているの?
どこの誰かもわからない誰かを守ろうとこんなところで暮らしていたの?」
自身の力で誰も傷つけないようにと、一人を選んでいた。
「私を拒絶して、守っているつもりだったの?」
言葉で脅して、冷笑の仮面で遠ざけて、必死に守り続けていた。
「あははははははははははははっ!」
笑い声が木霊する。
こんなに弱いくせに。
ほんの少し私に詰め寄られたくらいで震え上がるくせに。
己の力に誰よりも怯えているくせに。
悲劇のヒロインを気取ってさえいないなんて。
悟る。
彼女が私を受け入れないのは女同士だとか当然の理由以上の理由があるから。
病んでるとさえ云える自己犠牲。病んでるとしか云えない自己否定。
まっすぐに己の弱さを見つめて、逃げ出しさえしなかった。
逃げ出さずに、己の価値を否定した。
日傘を捨てて彼女を捕まえる。橋の欄干に押しつける。
「私にはわかる」
間近にある怯える貌。
「貴女の末路は、人喰いよ」
煮え滾る想いの赴くままに未来を突き付ける。
「何十年? 何百年? 貴女がそうやって生きてきたのは」
私が見てきた愚か者の末路を語る。
「孤独に生きた果てには誰かを求める。誰でもよくなる。そして食べてしまう」
妖怪のくせに聖人君子を気取った馬鹿共の末路を語る。
「孤独を埋める為に一つになろうとしてしまう。――絶対に耐えられない」
弱いくせに孤独を選んでしまった可哀想なやつらの末路を語る。
「――貴女はいつか、泣きながら人を喰う」
駄目なのよパルスィ。
孤独になんて、耐えられるわけがない。
どんなに強い心でも、耐えられるわけがない。
嫉妬に狂う前に貴女は孤独に狂ってしまう。
私でも耐えられなかった。この風見幽香でも耐えられなかった。
私は、貴女を求めてしまった。
「――パルスィ……っ」
見たくない。
自分を壊してゆく貴女なんて見たくない。
泣き崩れながら守ろうとした誰かを食べる貴女なんて見たくない。
だから……
「だから――あなたと一緒になれ、とでもいうの?」
変わらない、冷たい声。
「そんなことは言わない」
もう、理解している。
様々な理由を、貴女が私を拒む理由を。
「どれだけ脅しても貴女は私に心を許さないでしょう?」
なにをしたって、貴女は私のものになりはしない。
それでも……壊れる貴女を見たくない。
「キス、させなさい」
見開かれる緑眼。
震える唇。
私を怖がる、彼女の貌。
「……私はあなたに心を開かない」
「それでも構わない」
憎まれたっていい。
どんな外道にもなってみせる。
「キスさせれば私はあの町に手を出さないでおいてあげる」
どんな手を使っても貴女を孤独になんてさせない。
どれだけ嫌われても貴女を壊させたりしない。
「貴女は脅されてしょうがなくくちづけを許す。それだけでいい」
いつまでも付き纏って、孤独なんて感じる暇も与えない。
これが……私の愛し方。
「貴女が私のものにならなくても構わない。一時の夢でも構わない」
だから、ほんの少しだけ――見返りを求めてもいいでしょう?
「貴女を感じられればそれでいい」
「感情のない冷たいキスでも、交わしたい」
このお話は作品集79「私の名を呼びなさい-fragment-」の続編となっております。
地の底。
地上へと伸びる縦穴の底にある橋。
彼女の居る橋。
落ち着いて見回せば――酷く寂しい光景だ。
彼女の輝きに紛れていたが、人気など絶無で、他の命の気配すらない。
橋の先の町との対比で余計に寂しく見える。
まぁ、私には関係のないこと。
むしろ彼女を探す手間が省けるというもの。
日傘を畳む。
優しい笑みを浮かべて彼女の前に立つ。
反して彼女が浮かべるのは渋面。
それでも可愛らしいのだから威嚇にもなってない。
尖った耳も、剥きだされた犬歯も、吊り上がった緑眼も。
とても可愛いままね、お姫様。
「――どの面下げて」
第一声から罵倒。
「ごきげんよう」
心折れていないようでなによりだわパルスィ。
私の脅しに屈してないかと心配だったのよ。
でも私の噛みついた腕は隠される。
白い肌の中でなお白い包帯の巻かれた腕。
とても美味しい彼女の血を飲んだ痕は庇われる。
――怯えている。
「あんなことの後でよく普通に来れるわね」
「あんなことの後でよく何時も通りに一人でいられるわね」
即座に混ぜ返す。口でも勝てないと突き付ける。
可愛らしい眉が歪められる。悔しそうな顔。まだ私に屈してないと叫ぶ顔。
私を――拒絶する顔。
「私を待っていてくれたのかしら?」
「まさか」
「ええ、知ってる」
微笑む。
私は彼女の敵だ。彼女はそうとしか見てくれず、そうとしか想わない。
未だに私の名すら呼んでくれない。
私は、嫌われている。
でもそんなことは承知の上。承知の上で……逢いに来ている。
「なんでこうも日を置かずに来るのよ。鬱陶しくてたまらない。
そんなに私にちょっかいを出すのが楽しいの?」
「ええ、楽しいわね。楽しくて愉しくてたまらない」
本音を語る。
冷笑が彼女の顔に貼りつく。
「物好きね。でもすぐにあなたは来なくなる」
私を見下す冷たい緑眼。
「私の力は嫉妬心を操る外道の力。傍に居れば狂うわよ」
「嫉妬を?」
初めて聞く彼女の能力。どの程度の規模かはわからないが――
……心を操るという力の恐ろしさは想像がつく。
本人の力量に依るが使いようによっては一国さえも滅ぼせる類の力だ。
正直驚いている。彼女がそんな力を持っているなんて考えもしなかった。
ぽう、と彼女の手のひらに光が灯る。
花の形をした妖力の塊。彼女の本質を表す――呪いの形。
「嫉妬に狂った者を見たことはある? 想像を絶するわ。
何の力も持たぬ人間が、何人も何人も殺してゆく。
狂気は尽きない。止められない。最期に待っているのは狂い死に」
貼り付いたままぴくりとも動かない冷笑。
仮面染みたそれは、必死の演技を思わせる。
「あなたはその強大な力がご自慢のようだけど、これはあなたにも使えはしない」
光の花を握り潰す。
力の差を示すだろうそれは、しかし力の程を知らぬ私には負け犬の遠吠えと同じだった。
何も響きはしない。ただ、足掻いてるだけ。
私から逃げようと、もがいてるだけ。
「それは面白そうね」
故に出る言葉は皮肉。軽い挑発。
「面白い?」
だが、パルスィはそれに噛みついた。
向けられるのは侮蔑の視線。理解しない私を罵る緑眼。
……彼女は怒っていた。
「パルスィ?」
「無知は罪ね、大妖怪。あなたはなにもわかってない」
なんで、そんなに怒ってるの?
何か酷い間違いを犯してしまったことは確実だが、それが何かわからない。
ただ確実なのは、彼女がより私を嫌ったということ。
――また、彼女との距離が開く。
「やっぱりあなたなんかにはこの力は扱えないわ。力の深さもわからないお馬鹿さんにはね」
そんなにも恐ろしい力なのなら、警告などせずに私を狂わせればいいのに。
始めから私を嫌っていたのだから、追い払えて便利だっただろうに。
それは貴女の弱さ? それとも。
「……もしかして、貴女もその力を扱いきれてないの?」
ぎっと睨まれる。図星だった。
その通りなら、合点がいく。力も使わずに私を脅したのは加減も利かないから。
一度使えば追い払うなんて器用な真似は出来ずに、完全に狂わせてしまうのだろう。
傍に居れば狂うという言からして……いつ暴発するともしれないほどの力らしい。
「頭もいいのね。妬ましい」
肯定される。弱点ともとれる事実を、あっさりと認めた。
「一緒に居られないことくらいわかるでしょう?」
己の弱さを肯定して、私を嫌う理由とした。
気遣うふりをして、私を拒絶した。
「そう。でも駄目よパルスィ」
そこまで嫌われているのなら遠慮はいらない。
全部、ぶちまけてしまおう。
「私はね、貴女が好きなのよ」
声が震える。さらに嫌われると怯えている。
どんな顔をされるか予想が出来ているのに怖くてたまらない。
彼女が固まってる隙に、視線を逸らす。
「……は?」
「言葉が足りない? 愛している。大好き。抱き締めたい。それから」
畳みかける。いつ拒絶されるかもわからないから立て続けに口にする。
全部言いきってしまわないと。
「待ちなさい」
なのに、怯え切った私の口は、たった一言で止まってしまう。
顔を、上げられない。
「――あなた、女でしょう?」
予想していた問い。
「そう見えないのだとしたらショックね。これでも千年以上女をやっているのだけれど」
用意していた答え。
「じゃあ、おかしいじゃない」
先の見える――当然の反発。
「私、女よ? 女同士でなんて、おかしいわ」
「おかしいわね。子も残せぬ恋慕なんて生物の本能から逸脱している」
「わかってるなら」
「それでも」
顔を上げる。
彼女を見る。
予想通りの、顔。
「貴女が好きなの。愛してしまったの」
「……異常だわ……」
そんなの自分が一番わかっている。
「貴女が欲しい」
異常で、止められないとわかっている。
「その柔らかい髪も可愛い唇も細い手足も綺麗な眼も、全部欲しい」
誰にも、貴女にも認められない想いだとわかっている。
「――気持ち悪い」
「言われると思った」
微笑む。
「あなたが何を考えているのか、理解できない」
知っている。
私の想いは理解されない。
私は理解の外にいる。貴女からずっとずっと遠くにいる。
歩み寄りたくても、近寄れない。
貴女が逃げてしまうから、触れることすら出来やしない。
永遠に交わらぬ平行線。
前にも思った。あれから変わっていない。
遠い、まま。
「私のものになってくれないの?」
一歩近づく。
一歩逃げられる。
「私は貴女のためならなんでも出来るのに」
嘘偽りのない本音でも、届かない。
伸ばした手も、届かない。
「やめて……」
彼女の口から零れるのは拒絶の言葉。
私を切り裂く言葉だけ。
「どうしたら信じてくれるのかしらね」
貴女に狂わされたって構わない。
貴女に傷つけられたって構わない。
貴女に殺されたって構わない。
そう私は心底想っているのに。
「私に、触らないで」
私が想えば想うほど……貴女の心は離れていくのね。
日傘を取り落とす。
大きく一歩を踏み出して、彼女を捕まえる。
私が噛みついた腕を無理矢理引っ張り上げて、強引に指を絡ませる。
「やめて……っ! 私に触れたら、狂って……っ」
笑みを作る。貼りつける。
「大丈夫よパルスィ」
絡めた指を、強く握り締める。
「貴女に触れても怖くない。貴女の傍に居たい」
抱き寄せ、くちづけるように顔を近づける。
「私は貴女を拒まない。貴女の呪いも受け入れる」
まっすぐに、彼女の緑の瞳を見つめる。
「パルスィ、貴女が、好きなの」
どうしたらこの声が届くの?
どうしたら貴女の笑顔が見れるの?
どうしたら――私を愛してくれるの?
貴女は……答えてくれない。応えて、くれない。
彼女が私を拒むのは誰のせい?
彼女が一人きりを望むのは誰のせい?
彼女を傷つけた、誰かのせい。
作った笑顔が崩れてゆく。歪んでゆく。
優しい笑みなんて作り笑いでも浮かべていられない。
浮かび上がるのは口の端の吊り上がった、凶暴な笑み。
貴女を怖がらせてしまう、愚かな笑み。
「そうだ――貴女が嫌う、あの町を焼き尽くしてしまおうかしら」
怖がられても構わない。
僅かにでも私を想ってくれるならそれでいい。
幽かにでも私の想いを信じてくれるならそれでいい。
なのに貴女が浮かべるのは恐怖に染まり切った悲しい貌。
私じゃなく私の力しか見てくれない悲しい緑眼。
「貴女を受け入れない憎い町。貴女を傷つける許せない町。
あれを焼き払って見せれば、貴女は私の想いを信じてくれる?」
蛇を前にした蛙のように動かない。
「そんな、こと……っ」
なんとか絞り出せたのは短い言葉。
なにを伝えたいのかなんて、汲み取れない。
「私は貴女以外どうでもいい。貴女が私を信じてくれるならなんでもやる。
お望みの首を今すぐにでも取ってくるわ。誰がいい?」
貴女は何も答えない。
知っている。
貴女はそんなこと望まないって。
でもね、パルスィ。
私には――もうわからないの。
どうやって愛を示せばいいのかわからない。
「答えないなら勝手に取ってくるわ。鬼の首でもプレゼントしてあげる」
彼女から体を離す。
日傘を拾い上げて動けない彼女の横を通り過ぎる。
――腕を、引かれた。
「……パルスィ?」
彼女が私の腕を掴んでいる。私に触れている。
貴女は私が嫌いなんでしょう? 怖いんでしょう?
ほら、掴んだ手が震えてる。
なのに、なんで、私に触れるの?
「行かさない」
震える眼で、震える声で、私を捕らえて離さない。
「私は、私のせいで誰かが傷つくなんて嫌」
何を言っているのか理解できなかった。
何度も何度も彼女の言葉を繰り返して、ようやく悟る。
「――あは」
笑い声が漏れる。
「え? 私と戦うつもり? そんな小さな体であの町を守るつもり?」
面白い。面白過ぎて、膝の力が抜けてしまいそう。
だって、それなら彼女は迫害されていたわけじゃなくて。
誰に命じられるわけでもなくこんなところに閉じ籠っていた。
「あははははは、なに? そんなに弱いのに、誰かを守っているの?
どこの誰かもわからない誰かを守ろうとこんなところで暮らしていたの?」
自身の力で誰も傷つけないようにと、一人を選んでいた。
「私を拒絶して、守っているつもりだったの?」
言葉で脅して、冷笑の仮面で遠ざけて、必死に守り続けていた。
「あははははははははははははっ!」
笑い声が木霊する。
こんなに弱いくせに。
ほんの少し私に詰め寄られたくらいで震え上がるくせに。
己の力に誰よりも怯えているくせに。
悲劇のヒロインを気取ってさえいないなんて。
悟る。
彼女が私を受け入れないのは女同士だとか当然の理由以上の理由があるから。
病んでるとさえ云える自己犠牲。病んでるとしか云えない自己否定。
まっすぐに己の弱さを見つめて、逃げ出しさえしなかった。
逃げ出さずに、己の価値を否定した。
日傘を捨てて彼女を捕まえる。橋の欄干に押しつける。
「私にはわかる」
間近にある怯える貌。
「貴女の末路は、人喰いよ」
煮え滾る想いの赴くままに未来を突き付ける。
「何十年? 何百年? 貴女がそうやって生きてきたのは」
私が見てきた愚か者の末路を語る。
「孤独に生きた果てには誰かを求める。誰でもよくなる。そして食べてしまう」
妖怪のくせに聖人君子を気取った馬鹿共の末路を語る。
「孤独を埋める為に一つになろうとしてしまう。――絶対に耐えられない」
弱いくせに孤独を選んでしまった可哀想なやつらの末路を語る。
「――貴女はいつか、泣きながら人を喰う」
駄目なのよパルスィ。
孤独になんて、耐えられるわけがない。
どんなに強い心でも、耐えられるわけがない。
嫉妬に狂う前に貴女は孤独に狂ってしまう。
私でも耐えられなかった。この風見幽香でも耐えられなかった。
私は、貴女を求めてしまった。
「――パルスィ……っ」
見たくない。
自分を壊してゆく貴女なんて見たくない。
泣き崩れながら守ろうとした誰かを食べる貴女なんて見たくない。
だから……
「だから――あなたと一緒になれ、とでもいうの?」
変わらない、冷たい声。
「そんなことは言わない」
もう、理解している。
様々な理由を、貴女が私を拒む理由を。
「どれだけ脅しても貴女は私に心を許さないでしょう?」
なにをしたって、貴女は私のものになりはしない。
それでも……壊れる貴女を見たくない。
「キス、させなさい」
見開かれる緑眼。
震える唇。
私を怖がる、彼女の貌。
「……私はあなたに心を開かない」
「それでも構わない」
憎まれたっていい。
どんな外道にもなってみせる。
「キスさせれば私はあの町に手を出さないでおいてあげる」
どんな手を使っても貴女を孤独になんてさせない。
どれだけ嫌われても貴女を壊させたりしない。
「貴女は脅されてしょうがなくくちづけを許す。それだけでいい」
いつまでも付き纏って、孤独なんて感じる暇も与えない。
これが……私の愛し方。
「貴女が私のものにならなくても構わない。一時の夢でも構わない」
だから、ほんの少しだけ――見返りを求めてもいいでしょう?
「貴女を感じられればそれでいい」
「感情のない冷たいキスでも、交わしたい」
お話の果てが見たいと思いました。
だからこれは別腹で
詩的な効果を狙ったんでしょうが、乱用すると稚拙に見えてしまいますよ。
お互いに少し狂ってる感じが何故かいい。
果てしないユウパルの世界を!もちろん鬼退治な意味も含めて!
紫パルは……
というワケで私も続きを希望します。この際修羅場でも!
まず間違いなく狂ってる関係なのになんでこんな綺麗なんだろう