Coolier - 新生・東方創想話

名も無き妖怪

2004/12/01 07:55:24
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 こんにちわ。
 或いは、こんばんわ。

 今、生まれました。
 ――誰が、ですって?

 私が、ですよ。
 貴方が目で追っている、
 この文字の一つ一つが、
 この言葉の全てが、私。

 こんにちわ。
 或いは、こんばんわ。
 今、生まれました。
 私は、文字です。

 こちらからは見えないけれども、
 貴方が私を目で追う明確な視線、
 何かを求めようとする微熱の感情、
 吐息に籠められた期待と不安の色、
 その一つ一つが、その全てが、
 私にとっての悦び。
 私にとっての幸福。

 貴方が望む物語を語りましょう。
 貴方が望む知識を授けましょう。
 或いは、
 望まれない物語を語りましょう。
 望まれない知識を授けましょう。

 笑顔と抱擁で迎えられるでしょうか。
 憎悪と嫌悪をぶつけられるでしょうか。
 許容を以って記憶の棚に留め置かれるでしょうか。
 拒絶を以って記憶から打ち捨てられるでしょうか。

 どのようなものであったとしても、
 どのような結末を迎えるとしても、
 私は幸せに思うのです。

 こんにちわ。
 或いは、こんばんわ。
 今も、生まれています。
 私は、文字です。

 貴方の師であり、弟子であり、
 父であるのと同時に母であり、
 兄であるのと同時に弟であり、
 姉であるのと同時に妹であり、
 親友であり、仇敵であり、
 恋人であり、恋敵であり、
 心を揺り動かし、
 それを糧とする者。
 何処にでも生まれ出で、
 何処にも在らざる存在。
 誰でもあり、誰でもない者。

 それが私。
 私は、文字。

 こんにちわ。
 或いは、こんばんわ――。


*****


 パタン、という音が周囲に響き渡る。
 紅魔館ヴワル魔法図書館の最奥――。
 人知れず、その本は誰かに読まれる時を待ち侘びている。
 名も無く、文字を作る程度の能力しか持たない妖怪は再び眠りに就いた。
どのような物語でも。
どのような物語であっても。
そこには彼(彼女)が存在する。

読まれることが文字にとっての幸せ。
どのような扱いを受けようとも幸せ。
朱流
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