「紫さまっ・・・」
ここは幻想郷のとある境目。
いつもの様に八雲紫は1日の半分を寝て過ごそうとしていた。
「紫さまっ・・・起きてくださいっ・・・」
自分を呼ぶ声で紫は徐々に覚醒を始める。
まったくなんだというのだ。いつもならまだまだ惰眠を貪る時間だというのに。
紫は自分を呼ぶ声を意識しないように努め、再び眠りにつこうとした。
二度寝は彼女の得意技なのだ。
「お願いです・・・起きてくださいっ・・・!」
しかし執拗な自分を呼ぶ声は、得意技であるはずの二度寝を許してはくれなかった。
これは何かあったな。紫はそう直感しつつも3度寝を試みた。
「紫さまっ・・・!紫さまぁ・・・」
「まったく・・・なんなのよ藍。こんな昼間っから・・・」
どうあっても寝かせてはくれないらしい。
寝ぼけ眼をこすりながら紫は自分をたたき起こした式神をジト目で睨みつけようとした。
私をこんな時間からたたき起こすなんて、それ相応の覚悟はできているのかしら。
そんな目一杯の呪詛を含んだ視線の先にいたのは、彼女の式ではなかった。
「藍さまがぁ・・・藍さまがぁ・・・」
そこにいたのは紫の式の式。橙だった。
橙は泣きじゃくりながら紫の着物の裾にしがみ付いていた。
「橙?どうしたの、いったい」
予想外の光景に紫は戸惑った。
まさか自分の式神の式神にたたき起こされて泣き付かれる日が来るとはさすがの紫も想像すらしてなかった出来事だろう。
理由を問いただしても橙は「藍さまが、藍さまが」と繰り返し泣きじゃくるだけで一向に話が見えない。
紫は困惑しながらも橙の頭をなでてやる。
藍ではなく橙が直接自分のところに来るなんてこれはやはりただ事ではない。
橙もそれで落ち着いたのか、ようやく話し始めた。
「藍さまが病気なんです・・・。今日の朝から起きてこなくて、おでこ触ったら凄く熱くて・・・!」
橙は目に一杯涙を溜めて必死にそれだけ伝えるとまたわっと泣き出してしまった。
式神が病気?
紫は今までそんな話を聞いたことがなかった。
だが藍は式神と言ってもその実体は狐が変化した妖狐だ。
そんなこともひょっとしたらあるのかもしれない。
「橙。大丈夫だから泣くのをおやめなさい」
「藍さまが死んじゃう~」
「大丈夫よ。とりあえず藍のところへいきましょう」
とにかく藍の身に何かあったことは間違いないようだ。
なんにせよ自分で藍の様子を見てみないことにはまったく判断がつかない。
紫はまだ泣きじゃくる橙の手を引いて自分の寝床を後にした。
****
幻想郷の、また別のとある境目。
そこに八雲藍は横たわっていた。
藍の横には何をしていいかわからずただおろおろとしているその式神と、
普段は滅多に不安を表面に出さない主が、心配そうな面持ちで屈みこんでいた。
「藍、しっかりなさい。藍?」
いつもなら呼べばどこにいても飛んでくる藍がこんな間近にいるというのに返事をしない。
それだけで紫はこの事態の重さを誰よりも感じ取っていた。
そっとおでこに手を当ててみる。
平常時の体温がどのくらいかはわからないが、確かにこの熱さは異常だった。
『藍さまが死んじゃう』
橙がそう言った時なに馬鹿なことをと思ったが、実際に目の当たりにして見るとその言葉が急に現実味を帯びて紫に襲い掛かる。
「藍さまぁ、しっかりしてください~」
橙は藍の手を握りながら必死に藍に話しかけていた。
だが藍は苦しそうに胸を上下させるだけでそれに答えることはなかった。
「藍。あなたは私の式神よ」
ここにいても自分の力だけで何とかなる事態ではない。
そう判断した紫は藍を背負う。
「この八雲紫の式神が病なんかに負けるはず無いわ。そうでしょう?藍」
そうして式神は主に背負われて、寝床を後にする。
最初の目的地は、魔法の森。
****
魔法の森にある霧雨邸にたどり着くころには、太陽もかげり始め夕焼けが幻想郷を包みはじめていた。
紫は藍を背負っているせいで両手がふさがっている為、橙がつま先をピンと伸ばして霧雨邸のドアを力強く叩いた。
それからしばらくすると、ドアが開いて家の住人が現れた。
「はいはい・・・。って、うわっ!何事だ、一家揃って」
「藍が大変なの。力を貸して頂戴」
魔理沙は目をきょとんとさせた。
夜にしか活動しない紫が、一家揃って、しかも藍を背負って私の家に訪れてくる。
ただでさえこの状況は異常だ。
さらにその上、私に助けを求めるだって?
それは魔理沙を驚かせるには十分過ぎる要素だった。
どうやらただ事ではないらしい。
そう感じ取った魔理沙はいつものように茶化しはせずに、とりあえず3人を家の中に招きいれ、紅茶を淹れた。
「んで、いったいどうしたんだ?」
藍はソファーの上に寝かせられていた。
魔理沙は紫が座るテーブルに腰を下ろすと状況の説明を求めた。
明らかに異常だった。
普段は迷惑な位元気な橙は泣きはらしたように憔悴し、いつも自信に満ち溢れている紫もその表情には不安が広がっていた。
そして藍。
魔理沙はちらりとソファーで横になっている藍を見た。
苦しそうに胸を上下させ、額には玉のような汗がにじみ出ている。
「今日の朝から藍の様子がおかしいのよ」
「それは見ればわかるが・・・。原因は?呪いとかじゃないのか?」
「呪いとかそういった類なら私の力で解決できるわよ。多分病気だと思うの」
「式神が病気?そんな話聞いたこと無いぜ」
「私も無いわよ。だから困ってるんじゃない。あなたなら色々本とか持ってるし魔法薬の調合とかできるかと思ってきたのだけれど・・・」
なるほど。それで合点がいった。
うーん、と魔理沙は考え込む。
しかしいくら記憶を探ってみても魔理沙の記憶には式神が病気にかかったという記述のある文献は無かった。
もしそんな本があったとしても魔理沙は薬の調合が苦手だった。
「悪い。私にもわからないぜ。パチュリー辺りなら何か知ってるかもしれないが・・・」
「そう・・・。お邪魔したわね。橙、行くわよ」
紫はそう言って紅茶に一口も手をつけることなくテーブルを立ち上がった。
慌ててそれを抑制する魔理沙。
「まてまて。どこへ行く気だ」
「紅魔館」
ふぅー、と魔理沙はため息をついた。
紫らしくない。そうとう動揺しているな。
それとも霊夢の春度が感染してるのか・・・。
どうしてこんなに単純かつ確実な手段が思い浮かばないんだろうか。
「パチュリーのところ行くより、もっと良いところがあるぜ」
「どこ?」
「永琳のところだよ。アイツなら直せない病気は無いはずだぜ」
言われてようやく紫も思い当たった。
医学の天才で、禁断の蓬莱の薬でさえ作り出すほどの人物が幻想郷にいるのだった。
なんで今まで思い当たらなかったのだろうか。
どうやら自分で思ってるほど私はいま冷静ではないらしい。
「お邪魔したわね。橙、行くわよ」
そう言って紫は再び藍を背負って霧雨邸を後にしようとした。
「まてまて。まぁ落ち着け」
「今度はなに?あまりもたもたやってると藍が」
「その藍だよ」
魔理沙は再びため息をつく。
どうやら思ったよりずっと紫は動揺しているらしい。
「まだ雪は降ってないとはいえこの寒空の下、病人を連れまわすのか?ベッド貸してやるからうちに藍はおいていけ」
「いいの?」
「ああ、うちは床暖房つきだし暖かいぜ」
紫は一寸考えるとその魔理沙の親切を受けることにした。
「それじゃお言葉に甘えさせてもらうわ」
藍をそっとベッドに寝かして丁寧に布団をかぶせると、その頭を優しく触る。
「しかし、意外だな」
その光景をじっと見ていた魔理沙が言う。
何が意外か、ということは言わなかったが紫には魔理沙の言わんとするところが理解できた。
「別に。この子が居なくなったら雑務をする式神が居なくなるし。それに橙が悲しむわ」
「へいへい。そういうことにしておきましょう」
魔理沙がわざとらしく頭上で手をひらひらさせる。
いつもならここで売り言葉に買い言葉になるところだが、今日ばかりは事情が違った。
「ありがとう。魔理沙」
「どういたしまして」
****
夜の永遠亭。
幾多もある部屋の一室、畳張りの座敷に蓬莱山輝夜とその従者、八意永琳はいた。
輝夜は長い髪を畳に滑らせ、座布団の上に一枚の日本画の様に納まりお茶を啜っていた。
その横で永琳はなにやら擂粉木を忙しそうに動かし薬の調合に勤しんでいる。
「永琳、なにか騒がしくないかしら」
輝夜は湯飲みを脇に置くと、永琳にそう言った。
言われて永琳は擂粉木を動かすのをやめ、周囲の音に耳を済ませた。
・・・ひえぇえ・・・
・・・どーん・・・
・・・たすけてえええ・・・
と、なにやら物騒な物音が聞こえる。
「そうですね。少々騒がしいみたいです」
それだけ言うと永琳はまた擂粉木に取り組んだ。
侵入者にはウドンゲやてゐ、それにうさぎ団が当たるので動く必要はあるまい。
万が一、その防衛ラインを突破してくるような相手ならば、今ここで動かずとも向こうからやってこよう。
輝夜も同じ考えのようでさほどあわてた様子を見せずに再度お茶を啜った。
「師匠~~~!たすけてください~~~」
その矢先に、月兎であり永琳の弟子でもある鈴仙・優曇華院・イナバことウドンゲが輝夜たちのいる座敷に逃げ込んできた。
どうやら相手は防衛ラインを突破してくるほどの手合いらしい。
「ウドンゲ、いったい何の騒ぎ?」
永琳は再び擂粉木の動きを止めてウドンゲを見据えた。
見れば長く伸びた耳はボロボロで、黒いブレザーもあちこちが破れて、いかにも命からがら逃げ帰ってきました、という風貌だった。
「侵入者です~~、2人組みでめっぽう強くてウサギたちじゃどうしようも・・・」
「誰が侵入者だって?人聞き悪いなあ、玄関から普通にお邪魔したのに先に攻撃してきたのはそっちでしょ」
「橙、ウサギを食べるのは後になさい。今はそこの蓬莱人に用があるのよ」
ウドンゲの後ろにはもう今回の騒ぎの元凶であろう2人組がいた。
永琳にとってそのうちの1人は見覚えがある顔だった。
「あら、お久しぶり。たしか紫さんだったかしら」
「覚えていてくれて光栄ですわ。永琳さん」
「痛い!この猫私の耳に噛み付いた~~~」
橙はどうしてもウドンゲの長くのびてピョコピョコ動いてる耳が気になるらしく、執拗にそれを追いかけていた。
紫と永琳はそれを見ないことにして話を進める。
輝夜は相変わらず落ち着いてお茶を啜っている。
「今度はいったい何の用?別に月をいじってはいないわよ」
「今日は完全にこちらの私用だわ。あなたにお願いがあってきたの」
「や~~め~~て~~~、ただでさえ短い尻尾が無くなっちゃう~~~」
耳に飽きたのか橙はウドンゲの丸くてフワフワの尻尾にちょっかいを出し始めた。
輝夜はお茶を啜っている。
「お願い?蓬莱の薬なら品切れよ」
「そんなものに頼らなくても私は永遠を生きられるわ。ちょっと病人が出て、その診察をしてもらいたいのよ」
「もう怒ったわよ!赤眼催眠(マインドシェイカー)!」
橙はウドンゲの催眠術にかかりあちらこちらとフラフラしている。
我関与せず、輝夜はお茶のおかわりを淹れていた。
「嫌だと言ったら?」
「言わせない。もしあなたが断るのなら今ここで地獄との境界を開いてあなたを地獄に叩き落す。蓬莱人自慢の不死の身体で永遠に地獄の責め苦を味わうことになる。肉体は不死でも精神はいつまで耐えられるのかしら。100年?1000年?それとも本当に永遠に?」
「へっへーん、ざまぁみなさい!」
橙はいまだ催眠術が解けずにあちこちフラフラと歩き回っては壁に激突を繰り返している。
輝夜はまた座布団に納まり2杯目のお茶をゆっくりと味わっている。
「・・・・・・。わかったわ。診てあげる、案内して頂戴」
「ありがとう。輝夜さん、永琳さんを少しお借りいたします」
「はい、どうぞ。何の持成しも出来なくて申し訳ありませんわ」
じっと成り行きを見守っていた輝夜が恭しく頭を下げる。
そのころウドンゲは催眠の解けた橙にまた追い回されていた。
****
「どうなの?藍の様態は」
「ふむ・・・・・・」
藍の寝ているベッドの枕元に永琳は立って診察をしている。
それを心配そうに見つめる橙。
「風邪ね」
その口から出てきた言葉は思いのほか気の抜けるような台詞だった。
「風邪ぇ?そんな風には見えないぜ」
魔理沙は律儀に人数分の紅茶をまた淹れていた。
「風邪と言っても、この式神にとっては死に至る病よ」
「どういうこと?」
紫は睨みつけるように永琳を見詰める。
「この式神は元は狐の妖怪変化でしょう?人型に変化した妖怪は、ごく稀に人間にしか感染しないウイルスに罹ることがあるの」
永琳は永遠亭から持ってきたかばんの中をなにやらごそごそとあさりながら説明を続ける。
「そういう場合、本来人間じゃない変化は、人間にしか罹らないウイルスの免疫をまったく持っていない。どういうことかわかるかしら」
「つまりどんなに軽い病原菌でも、免疫をまったく持たない藍にとっては致死量って訳か」
魔理沙はテーブルに人数分の紅茶を置くと椅子に座り、自分の分の紅茶を啜り始めた。
魔理沙以外誰も紅茶に手をつけないが、一向に気にしたそぶりは見せない。
「極々稀なケースだけどね。まあ、心配しなくても大丈夫よ」
永琳はかばんから注射器を取り出すと布団をまくり、藍の腕に注射をした。
「これでよし、と。一通りの免疫を注射しておいたから、後はこの式神の生命力でなんとかなるでしょう。そのうち目を覚ますわよ」
最後に永琳は藍の脈を図ると、再びかばんに医術道具をしまい始めた。
「・・・助かったわ。本当にありがとう、橙もお礼を言いなさい」
「あ、ありがとうございました。・・・あと、あのウサギにも謝っておいて・・・」
そう言って橙は深々と頭を下げる。
永琳はその様子を見て思わず頬が緩んだ。
「いいのよ。ウドンゲも友達が出来て喜んでるんじゃないかしら。また遊びにきてね」
最後に永琳は魔理沙の淹れた紅茶を一口飲むと、ごちそうさまといって永遠亭に帰っていった。
永琳が霧雨邸を出た後も、その後姿が見えなくなるまで紫と橙は永琳を見送っていた。
****
声が聞こえる。
誰だろう。私を呼ぶ声が聞こえる。
・・・らんさまぁ・・・らんさまぁ・・・
ああ、橙か。
なんでそんな泣きそうな声だしてるのよ。
・・・がんばって・・・らんさま・・・
はいはい。今起きるから。
だからもうそんな泣きそうな声ださないの。
そういえば今日は少し寝すぎちゃったなあ。
紫様に頼まれた仕事もまだ終わってないし、早く起きなくっちゃ。
またどやされるのかな。嫌だなあ。
あの人は式神扱いが荒いんだから・・・。
・
・
・
・
・
「う・・・ん・・・」
「藍さまぁ!」
藍が薄っすらとその目をあけると、橙は藍に勢い良く飛びついた。
「橙?いったいどうしたの?」
藍は困惑しながらも橙を抱きとめてやる。
橙を抱えながら半身を起し、周りを見回して、そこが自分の住処ではないことに気がついた。
ここはいったいどこだろうか。
でもとても暖かなところだし、嫌な感じはまったくしない。
だから藍は気にしないことにした。
「ふぇ~~ん、よかったぁ、らんさまぁ」
橙はもうすっかり藍の胸の中で枯れたと思っていた涙を溢れさせ泣きじゃくっていた。
藍はなんだか良くわからないままふと枕元に目を移すと、そこには氷嚢があった。
ああ、私、寝込んでいたんだった。
薄っすらとその記憶が思い出される。
どうしようもなく身体が熱くてそのまま意識が途絶えたこと。
そこから先の記憶はもうぐっちゃぐちゃだが、橙や紫様が近くにいたような気がする。
「そっか、看病してくれてたのね。ありがとう橙」
まだ自分の胸にしがみ付いている式神に、精一杯の愛情を込めてその頭をなでてやる。
「ううん。私はなにもしてない。なにしていいかわからなくて、おろおろしてただけだったの。それで紫さまに助けてもらって・・・」
言われて自分の足元にもう一つの重みがあることに気がついた。
紫が藍の寝ているベッドに突っ伏して、小さく寝息を立てていた。
「紫様・・・。どうして・・・」
「紫さまがずっと氷を取り替えたり、藍さまの身体を拭いたりしてたの。私がやりますって言ってもあなたは手を握ってはげましてあげなさいって・・・」
その時、藍の足元で寝息を立てていた紫が、その身体を僅かによじらせた。
「う――・・・ん」
紫はむっくりと身体をベッドから起して、目をごしごしこすり、ようやく藍が目覚めていることに気がついた。
「あら・・・。おはよう、藍」
「紫様・・・。ごめんなさい、なんか迷惑かけたみたいで・・・。ありがとうございました」
「なに言ってるのよ。お礼なら橙にいいなさい。私がうとうとしていた間もずっとあなたの手を握って励ましていたんだから」
紫はベッドの脇に置いてある椅子から立ち上がると、枕元にある洗面器のところへ移動した。
「うん・・・。橙、ありがとね。橙の声、ちゃんと聞こえてたよ」
藍はそう言うと、まだその胸にしがみ付いている橙の頭を再度なでてやる。
「ふわぁ~ん、らんさまぁ」
橙はまたも大粒の涙をボロボロこぼして藍にさらに強くしがみ付いた。
この子は藍が倒れてからずっと泣いてばかりだわ。
紫は苦笑しながら洗面器にタオルを浸し固く絞る。
「それにね、藍」
紫は固く絞ったタオルを広げて、藍の枕元へ移動する。
「ごめんなさいって、謝ることじゃないでしょう?あなたは私の式神なんだから」
そう言うと紫は持っていたタオルで藍の顔を優しく拭いてやる。
近くで見る紫の顔には、薄っすらと隈が出来ていた。
無理もなかった。
いつもは1日の半分を寝ているはずが、ほとんど不眠不休で藍の看病に当たっていたのだ。
「紫様ぁっ・・・!」
橙の涙に中てられたのか、堰を切ったように涙を溢れさせて藍は紫に飛びついた。
「あなたまで泣くことないでしょうに」
紫はそう言いながらも優しく藍を抱きとめ包んであげた。
木枯らし吹きすさぶ幻想郷の冬。
寒空の下、暖かな家の中で、藍と橙の2人分の涙を、紫はしっかりと受け止めていた。
そこには暖炉のせいではない優しい暖かさが広がっていた。
****
「まいったな」
一方そのころ家の持ち主はと言うと・・・。
「入るに入れなくなっちまったぜ」
ちょっと用事があって外出してきて戻ってきてみたら、一家水入らずのシーン。
それで入るに入れなくなり、玄関先でどうしたものかと佇んでいた。
普段は他人の家に無断でズカズカ上がりこむ魔理沙だが、さすがに今この時の自分の家には入り込めないらしい。
「仕方ない。博麗神社でも冷やかしに行くとするか」
魔理沙は再び箒にまたがり、帰ってきたばかりの我が家に背を向けて、寒空へと飛び立った。
幻想郷の冬は厳しい。
この寒さじゃ、ひょっとしたら明日にでも雪が降ってくるかもしれないな。
そんなことを思いながらも魔理沙の胸も、優しい温かさで一杯になっていた。
ここは幻想郷のとある境目。
いつもの様に八雲紫は1日の半分を寝て過ごそうとしていた。
「紫さまっ・・・起きてくださいっ・・・」
自分を呼ぶ声で紫は徐々に覚醒を始める。
まったくなんだというのだ。いつもならまだまだ惰眠を貪る時間だというのに。
紫は自分を呼ぶ声を意識しないように努め、再び眠りにつこうとした。
二度寝は彼女の得意技なのだ。
「お願いです・・・起きてくださいっ・・・!」
しかし執拗な自分を呼ぶ声は、得意技であるはずの二度寝を許してはくれなかった。
これは何かあったな。紫はそう直感しつつも3度寝を試みた。
「紫さまっ・・・!紫さまぁ・・・」
「まったく・・・なんなのよ藍。こんな昼間っから・・・」
どうあっても寝かせてはくれないらしい。
寝ぼけ眼をこすりながら紫は自分をたたき起こした式神をジト目で睨みつけようとした。
私をこんな時間からたたき起こすなんて、それ相応の覚悟はできているのかしら。
そんな目一杯の呪詛を含んだ視線の先にいたのは、彼女の式ではなかった。
「藍さまがぁ・・・藍さまがぁ・・・」
そこにいたのは紫の式の式。橙だった。
橙は泣きじゃくりながら紫の着物の裾にしがみ付いていた。
「橙?どうしたの、いったい」
予想外の光景に紫は戸惑った。
まさか自分の式神の式神にたたき起こされて泣き付かれる日が来るとはさすがの紫も想像すらしてなかった出来事だろう。
理由を問いただしても橙は「藍さまが、藍さまが」と繰り返し泣きじゃくるだけで一向に話が見えない。
紫は困惑しながらも橙の頭をなでてやる。
藍ではなく橙が直接自分のところに来るなんてこれはやはりただ事ではない。
橙もそれで落ち着いたのか、ようやく話し始めた。
「藍さまが病気なんです・・・。今日の朝から起きてこなくて、おでこ触ったら凄く熱くて・・・!」
橙は目に一杯涙を溜めて必死にそれだけ伝えるとまたわっと泣き出してしまった。
式神が病気?
紫は今までそんな話を聞いたことがなかった。
だが藍は式神と言ってもその実体は狐が変化した妖狐だ。
そんなこともひょっとしたらあるのかもしれない。
「橙。大丈夫だから泣くのをおやめなさい」
「藍さまが死んじゃう~」
「大丈夫よ。とりあえず藍のところへいきましょう」
とにかく藍の身に何かあったことは間違いないようだ。
なんにせよ自分で藍の様子を見てみないことにはまったく判断がつかない。
紫はまだ泣きじゃくる橙の手を引いて自分の寝床を後にした。
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幻想郷の、また別のとある境目。
そこに八雲藍は横たわっていた。
藍の横には何をしていいかわからずただおろおろとしているその式神と、
普段は滅多に不安を表面に出さない主が、心配そうな面持ちで屈みこんでいた。
「藍、しっかりなさい。藍?」
いつもなら呼べばどこにいても飛んでくる藍がこんな間近にいるというのに返事をしない。
それだけで紫はこの事態の重さを誰よりも感じ取っていた。
そっとおでこに手を当ててみる。
平常時の体温がどのくらいかはわからないが、確かにこの熱さは異常だった。
『藍さまが死んじゃう』
橙がそう言った時なに馬鹿なことをと思ったが、実際に目の当たりにして見るとその言葉が急に現実味を帯びて紫に襲い掛かる。
「藍さまぁ、しっかりしてください~」
橙は藍の手を握りながら必死に藍に話しかけていた。
だが藍は苦しそうに胸を上下させるだけでそれに答えることはなかった。
「藍。あなたは私の式神よ」
ここにいても自分の力だけで何とかなる事態ではない。
そう判断した紫は藍を背負う。
「この八雲紫の式神が病なんかに負けるはず無いわ。そうでしょう?藍」
そうして式神は主に背負われて、寝床を後にする。
最初の目的地は、魔法の森。
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魔法の森にある霧雨邸にたどり着くころには、太陽もかげり始め夕焼けが幻想郷を包みはじめていた。
紫は藍を背負っているせいで両手がふさがっている為、橙がつま先をピンと伸ばして霧雨邸のドアを力強く叩いた。
それからしばらくすると、ドアが開いて家の住人が現れた。
「はいはい・・・。って、うわっ!何事だ、一家揃って」
「藍が大変なの。力を貸して頂戴」
魔理沙は目をきょとんとさせた。
夜にしか活動しない紫が、一家揃って、しかも藍を背負って私の家に訪れてくる。
ただでさえこの状況は異常だ。
さらにその上、私に助けを求めるだって?
それは魔理沙を驚かせるには十分過ぎる要素だった。
どうやらただ事ではないらしい。
そう感じ取った魔理沙はいつものように茶化しはせずに、とりあえず3人を家の中に招きいれ、紅茶を淹れた。
「んで、いったいどうしたんだ?」
藍はソファーの上に寝かせられていた。
魔理沙は紫が座るテーブルに腰を下ろすと状況の説明を求めた。
明らかに異常だった。
普段は迷惑な位元気な橙は泣きはらしたように憔悴し、いつも自信に満ち溢れている紫もその表情には不安が広がっていた。
そして藍。
魔理沙はちらりとソファーで横になっている藍を見た。
苦しそうに胸を上下させ、額には玉のような汗がにじみ出ている。
「今日の朝から藍の様子がおかしいのよ」
「それは見ればわかるが・・・。原因は?呪いとかじゃないのか?」
「呪いとかそういった類なら私の力で解決できるわよ。多分病気だと思うの」
「式神が病気?そんな話聞いたこと無いぜ」
「私も無いわよ。だから困ってるんじゃない。あなたなら色々本とか持ってるし魔法薬の調合とかできるかと思ってきたのだけれど・・・」
なるほど。それで合点がいった。
うーん、と魔理沙は考え込む。
しかしいくら記憶を探ってみても魔理沙の記憶には式神が病気にかかったという記述のある文献は無かった。
もしそんな本があったとしても魔理沙は薬の調合が苦手だった。
「悪い。私にもわからないぜ。パチュリー辺りなら何か知ってるかもしれないが・・・」
「そう・・・。お邪魔したわね。橙、行くわよ」
紫はそう言って紅茶に一口も手をつけることなくテーブルを立ち上がった。
慌ててそれを抑制する魔理沙。
「まてまて。どこへ行く気だ」
「紅魔館」
ふぅー、と魔理沙はため息をついた。
紫らしくない。そうとう動揺しているな。
それとも霊夢の春度が感染してるのか・・・。
どうしてこんなに単純かつ確実な手段が思い浮かばないんだろうか。
「パチュリーのところ行くより、もっと良いところがあるぜ」
「どこ?」
「永琳のところだよ。アイツなら直せない病気は無いはずだぜ」
言われてようやく紫も思い当たった。
医学の天才で、禁断の蓬莱の薬でさえ作り出すほどの人物が幻想郷にいるのだった。
なんで今まで思い当たらなかったのだろうか。
どうやら自分で思ってるほど私はいま冷静ではないらしい。
「お邪魔したわね。橙、行くわよ」
そう言って紫は再び藍を背負って霧雨邸を後にしようとした。
「まてまて。まぁ落ち着け」
「今度はなに?あまりもたもたやってると藍が」
「その藍だよ」
魔理沙は再びため息をつく。
どうやら思ったよりずっと紫は動揺しているらしい。
「まだ雪は降ってないとはいえこの寒空の下、病人を連れまわすのか?ベッド貸してやるからうちに藍はおいていけ」
「いいの?」
「ああ、うちは床暖房つきだし暖かいぜ」
紫は一寸考えるとその魔理沙の親切を受けることにした。
「それじゃお言葉に甘えさせてもらうわ」
藍をそっとベッドに寝かして丁寧に布団をかぶせると、その頭を優しく触る。
「しかし、意外だな」
その光景をじっと見ていた魔理沙が言う。
何が意外か、ということは言わなかったが紫には魔理沙の言わんとするところが理解できた。
「別に。この子が居なくなったら雑務をする式神が居なくなるし。それに橙が悲しむわ」
「へいへい。そういうことにしておきましょう」
魔理沙がわざとらしく頭上で手をひらひらさせる。
いつもならここで売り言葉に買い言葉になるところだが、今日ばかりは事情が違った。
「ありがとう。魔理沙」
「どういたしまして」
****
夜の永遠亭。
幾多もある部屋の一室、畳張りの座敷に蓬莱山輝夜とその従者、八意永琳はいた。
輝夜は長い髪を畳に滑らせ、座布団の上に一枚の日本画の様に納まりお茶を啜っていた。
その横で永琳はなにやら擂粉木を忙しそうに動かし薬の調合に勤しんでいる。
「永琳、なにか騒がしくないかしら」
輝夜は湯飲みを脇に置くと、永琳にそう言った。
言われて永琳は擂粉木を動かすのをやめ、周囲の音に耳を済ませた。
・・・ひえぇえ・・・
・・・どーん・・・
・・・たすけてえええ・・・
と、なにやら物騒な物音が聞こえる。
「そうですね。少々騒がしいみたいです」
それだけ言うと永琳はまた擂粉木に取り組んだ。
侵入者にはウドンゲやてゐ、それにうさぎ団が当たるので動く必要はあるまい。
万が一、その防衛ラインを突破してくるような相手ならば、今ここで動かずとも向こうからやってこよう。
輝夜も同じ考えのようでさほどあわてた様子を見せずに再度お茶を啜った。
「師匠~~~!たすけてください~~~」
その矢先に、月兎であり永琳の弟子でもある鈴仙・優曇華院・イナバことウドンゲが輝夜たちのいる座敷に逃げ込んできた。
どうやら相手は防衛ラインを突破してくるほどの手合いらしい。
「ウドンゲ、いったい何の騒ぎ?」
永琳は再び擂粉木の動きを止めてウドンゲを見据えた。
見れば長く伸びた耳はボロボロで、黒いブレザーもあちこちが破れて、いかにも命からがら逃げ帰ってきました、という風貌だった。
「侵入者です~~、2人組みでめっぽう強くてウサギたちじゃどうしようも・・・」
「誰が侵入者だって?人聞き悪いなあ、玄関から普通にお邪魔したのに先に攻撃してきたのはそっちでしょ」
「橙、ウサギを食べるのは後になさい。今はそこの蓬莱人に用があるのよ」
ウドンゲの後ろにはもう今回の騒ぎの元凶であろう2人組がいた。
永琳にとってそのうちの1人は見覚えがある顔だった。
「あら、お久しぶり。たしか紫さんだったかしら」
「覚えていてくれて光栄ですわ。永琳さん」
「痛い!この猫私の耳に噛み付いた~~~」
橙はどうしてもウドンゲの長くのびてピョコピョコ動いてる耳が気になるらしく、執拗にそれを追いかけていた。
紫と永琳はそれを見ないことにして話を進める。
輝夜は相変わらず落ち着いてお茶を啜っている。
「今度はいったい何の用?別に月をいじってはいないわよ」
「今日は完全にこちらの私用だわ。あなたにお願いがあってきたの」
「や~~め~~て~~~、ただでさえ短い尻尾が無くなっちゃう~~~」
耳に飽きたのか橙はウドンゲの丸くてフワフワの尻尾にちょっかいを出し始めた。
輝夜はお茶を啜っている。
「お願い?蓬莱の薬なら品切れよ」
「そんなものに頼らなくても私は永遠を生きられるわ。ちょっと病人が出て、その診察をしてもらいたいのよ」
「もう怒ったわよ!赤眼催眠(マインドシェイカー)!」
橙はウドンゲの催眠術にかかりあちらこちらとフラフラしている。
我関与せず、輝夜はお茶のおかわりを淹れていた。
「嫌だと言ったら?」
「言わせない。もしあなたが断るのなら今ここで地獄との境界を開いてあなたを地獄に叩き落す。蓬莱人自慢の不死の身体で永遠に地獄の責め苦を味わうことになる。肉体は不死でも精神はいつまで耐えられるのかしら。100年?1000年?それとも本当に永遠に?」
「へっへーん、ざまぁみなさい!」
橙はいまだ催眠術が解けずにあちこちフラフラと歩き回っては壁に激突を繰り返している。
輝夜はまた座布団に納まり2杯目のお茶をゆっくりと味わっている。
「・・・・・・。わかったわ。診てあげる、案内して頂戴」
「ありがとう。輝夜さん、永琳さんを少しお借りいたします」
「はい、どうぞ。何の持成しも出来なくて申し訳ありませんわ」
じっと成り行きを見守っていた輝夜が恭しく頭を下げる。
そのころウドンゲは催眠の解けた橙にまた追い回されていた。
****
「どうなの?藍の様態は」
「ふむ・・・・・・」
藍の寝ているベッドの枕元に永琳は立って診察をしている。
それを心配そうに見つめる橙。
「風邪ね」
その口から出てきた言葉は思いのほか気の抜けるような台詞だった。
「風邪ぇ?そんな風には見えないぜ」
魔理沙は律儀に人数分の紅茶をまた淹れていた。
「風邪と言っても、この式神にとっては死に至る病よ」
「どういうこと?」
紫は睨みつけるように永琳を見詰める。
「この式神は元は狐の妖怪変化でしょう?人型に変化した妖怪は、ごく稀に人間にしか感染しないウイルスに罹ることがあるの」
永琳は永遠亭から持ってきたかばんの中をなにやらごそごそとあさりながら説明を続ける。
「そういう場合、本来人間じゃない変化は、人間にしか罹らないウイルスの免疫をまったく持っていない。どういうことかわかるかしら」
「つまりどんなに軽い病原菌でも、免疫をまったく持たない藍にとっては致死量って訳か」
魔理沙はテーブルに人数分の紅茶を置くと椅子に座り、自分の分の紅茶を啜り始めた。
魔理沙以外誰も紅茶に手をつけないが、一向に気にしたそぶりは見せない。
「極々稀なケースだけどね。まあ、心配しなくても大丈夫よ」
永琳はかばんから注射器を取り出すと布団をまくり、藍の腕に注射をした。
「これでよし、と。一通りの免疫を注射しておいたから、後はこの式神の生命力でなんとかなるでしょう。そのうち目を覚ますわよ」
最後に永琳は藍の脈を図ると、再びかばんに医術道具をしまい始めた。
「・・・助かったわ。本当にありがとう、橙もお礼を言いなさい」
「あ、ありがとうございました。・・・あと、あのウサギにも謝っておいて・・・」
そう言って橙は深々と頭を下げる。
永琳はその様子を見て思わず頬が緩んだ。
「いいのよ。ウドンゲも友達が出来て喜んでるんじゃないかしら。また遊びにきてね」
最後に永琳は魔理沙の淹れた紅茶を一口飲むと、ごちそうさまといって永遠亭に帰っていった。
永琳が霧雨邸を出た後も、その後姿が見えなくなるまで紫と橙は永琳を見送っていた。
****
声が聞こえる。
誰だろう。私を呼ぶ声が聞こえる。
・・・らんさまぁ・・・らんさまぁ・・・
ああ、橙か。
なんでそんな泣きそうな声だしてるのよ。
・・・がんばって・・・らんさま・・・
はいはい。今起きるから。
だからもうそんな泣きそうな声ださないの。
そういえば今日は少し寝すぎちゃったなあ。
紫様に頼まれた仕事もまだ終わってないし、早く起きなくっちゃ。
またどやされるのかな。嫌だなあ。
あの人は式神扱いが荒いんだから・・・。
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「う・・・ん・・・」
「藍さまぁ!」
藍が薄っすらとその目をあけると、橙は藍に勢い良く飛びついた。
「橙?いったいどうしたの?」
藍は困惑しながらも橙を抱きとめてやる。
橙を抱えながら半身を起し、周りを見回して、そこが自分の住処ではないことに気がついた。
ここはいったいどこだろうか。
でもとても暖かなところだし、嫌な感じはまったくしない。
だから藍は気にしないことにした。
「ふぇ~~ん、よかったぁ、らんさまぁ」
橙はもうすっかり藍の胸の中で枯れたと思っていた涙を溢れさせ泣きじゃくっていた。
藍はなんだか良くわからないままふと枕元に目を移すと、そこには氷嚢があった。
ああ、私、寝込んでいたんだった。
薄っすらとその記憶が思い出される。
どうしようもなく身体が熱くてそのまま意識が途絶えたこと。
そこから先の記憶はもうぐっちゃぐちゃだが、橙や紫様が近くにいたような気がする。
「そっか、看病してくれてたのね。ありがとう橙」
まだ自分の胸にしがみ付いている式神に、精一杯の愛情を込めてその頭をなでてやる。
「ううん。私はなにもしてない。なにしていいかわからなくて、おろおろしてただけだったの。それで紫さまに助けてもらって・・・」
言われて自分の足元にもう一つの重みがあることに気がついた。
紫が藍の寝ているベッドに突っ伏して、小さく寝息を立てていた。
「紫様・・・。どうして・・・」
「紫さまがずっと氷を取り替えたり、藍さまの身体を拭いたりしてたの。私がやりますって言ってもあなたは手を握ってはげましてあげなさいって・・・」
その時、藍の足元で寝息を立てていた紫が、その身体を僅かによじらせた。
「う――・・・ん」
紫はむっくりと身体をベッドから起して、目をごしごしこすり、ようやく藍が目覚めていることに気がついた。
「あら・・・。おはよう、藍」
「紫様・・・。ごめんなさい、なんか迷惑かけたみたいで・・・。ありがとうございました」
「なに言ってるのよ。お礼なら橙にいいなさい。私がうとうとしていた間もずっとあなたの手を握って励ましていたんだから」
紫はベッドの脇に置いてある椅子から立ち上がると、枕元にある洗面器のところへ移動した。
「うん・・・。橙、ありがとね。橙の声、ちゃんと聞こえてたよ」
藍はそう言うと、まだその胸にしがみ付いている橙の頭を再度なでてやる。
「ふわぁ~ん、らんさまぁ」
橙はまたも大粒の涙をボロボロこぼして藍にさらに強くしがみ付いた。
この子は藍が倒れてからずっと泣いてばかりだわ。
紫は苦笑しながら洗面器にタオルを浸し固く絞る。
「それにね、藍」
紫は固く絞ったタオルを広げて、藍の枕元へ移動する。
「ごめんなさいって、謝ることじゃないでしょう?あなたは私の式神なんだから」
そう言うと紫は持っていたタオルで藍の顔を優しく拭いてやる。
近くで見る紫の顔には、薄っすらと隈が出来ていた。
無理もなかった。
いつもは1日の半分を寝ているはずが、ほとんど不眠不休で藍の看病に当たっていたのだ。
「紫様ぁっ・・・!」
橙の涙に中てられたのか、堰を切ったように涙を溢れさせて藍は紫に飛びついた。
「あなたまで泣くことないでしょうに」
紫はそう言いながらも優しく藍を抱きとめ包んであげた。
木枯らし吹きすさぶ幻想郷の冬。
寒空の下、暖かな家の中で、藍と橙の2人分の涙を、紫はしっかりと受け止めていた。
そこには暖炉のせいではない優しい暖かさが広がっていた。
****
「まいったな」
一方そのころ家の持ち主はと言うと・・・。
「入るに入れなくなっちまったぜ」
ちょっと用事があって外出してきて戻ってきてみたら、一家水入らずのシーン。
それで入るに入れなくなり、玄関先でどうしたものかと佇んでいた。
普段は他人の家に無断でズカズカ上がりこむ魔理沙だが、さすがに今この時の自分の家には入り込めないらしい。
「仕方ない。博麗神社でも冷やかしに行くとするか」
魔理沙は再び箒にまたがり、帰ってきたばかりの我が家に背を向けて、寒空へと飛び立った。
幻想郷の冬は厳しい。
この寒さじゃ、ひょっとしたら明日にでも雪が降ってくるかもしれないな。
そんなことを思いながらも魔理沙の胸も、優しい温かさで一杯になっていた。
鈴仙・・貴方って・・橙にも負けるんですか・・w
なぜマヨヒガ一門だけ一家と称されるかが良くわかりますね。
>>鈴仙・・貴方って・・橙にも負けるんですか・・w
いやまあその、憑きたてのほやほやだったんですよ、・・・たぶん。
ゆかりんのこういうところは新鮮でよい。
ウドンゲ総受けはもう仕方ないでしょう(ぇ
そして猫に追い回される鈴仙萌え(笑) 個人的には『紫様にボコられる→橙のオモチャ』という構図が自然と浮かびました。きっとてゐはちゃっかり鈴仙に押し付けて逃げてるんだろうなぁ・・・
八雲一家って橙は直接に、紫様は内面で藍にべったりだと思ってます。
「紫様なら病気と健康の境界をいじれるんじゃ?」
などと、無粋極まりない事を考えてしまいましたんで、滝にうたれて来ます・・・
なんだか癒されました(´-`)
八雲一家三人はもちろんのこと、その周りもそれぞれいい味出していてとても面白かったです。
紫の言葉に出さない優しさと、感極まって泣きつく藍に心打たれました。
あと、紫と橙が永遠亭に乗り込むシーンが永夜抄を彷彿とさせてお気に入りです。
ゲーム画面で5・6面を進むこのコンビの姿が思い浮かびましたw
まさに『家族』ですなぁ…
心からありがとうと言いたい。
医者よりも効く家族愛の特効薬。
温かい話でした。
この出来でレートが一桁なあたり、昔は読み手側の基準も高かったんでしょうねー
色々暴走しているのがおもろいw
心温まるわ~。