そこには何も無い
みわたす限りの白
あの女の言葉を信じるならば
ここは、永劫に明けることの無い白夜の世界
夜空は雪と見まごうほどしろく
大地もまた同様
天地の境目など認識できず
太陽も月も星々も
山も川も木も、長年慣れ住んだ竹林も
なにもない
そこには誰も居ない
呆れるほどの静寂
以前、月を隠した時に知り合った彼女たち
紅白のおめでたい巫女、なにものにも縛られないその生き方は・・・私たちには余りにも眩しく、そんな彼女が少し羨ましかった。
白黒のひねくれた魔法使い、いつも巫座戯た言動をする少女だったが・・・その芯のまっすぐさは、嫌いではなかった。
白玉楼の亡霊主従、ふふふ・・・おかしな言動をする彼女たち・・・深い業を背負いながらもそのことに気づかず、天真爛漫なあの娘たちに―――どれだけ私たちが救われたことか。
紅魔館のメイドをしていた彼女、まさか再びあの娘の姿を見ることになるとは・・・思わなかった。全てを忘れ、幸せそうにあの吸血鬼と過ごす彼女をみていると・・・いまさら、彼女をどうこうするのは―――どうでもよくなった。
うどんげ・・・・・・てゐ・・・・・・寂しがり屋のあの子たちにもう逢えないのは、少し心残りだ。けれど、いまさらどうにもならない・・・ごめんね、うどんげ・・・てゐ・・・。
けれど、ここには誰も居ない
永遠亭でのあの喧騒は―――――おそらく、もう・・・・戻るまい。
喚き疲れて永琳の膝で眠る、輝夜の黒髪を やさしく やさしく 梳りながら彼女はこれからのことを思う。
あの女――――八雲 紫の展開した、この永続結界 『白夜 無尽結界』 を内から破ることは・・・輝夜は無論、本気を出した永琳にも叶うまい。
仮に二人の力を合わせ、相乗させたところで・・・無駄だろう。
これはそんなことでどうにか成る程甘いスペルでは無い――――いや、これは普段私たちが使うスペルカードとは、完全にかけ離れた邪技。
抜ける道など、最初から皆無なのね・・・・・・。八雲 紫・・・恐ろしいひと。彼女の本質を見誤った私が愚かだったってことか・・・。
月の頭脳などと呼ばれていても、全然そんなことないじゃない。大切な姫・・・輝夜を救うこともできないなんて・・・!!!!!!
純白の夜
聞くものなど誰一人存在しないその世界で永琳の独白は続く
激昂した永琳の膝の上で、輝夜が寝返りをうつ。
永琳のまなざしに 輝夜の和人形のように美しい顔がとびこむ
「・・・・・・・・・姫。」
いけない。私がしっかりしなくては・・・・・・輝夜は・・・。
この虚無の世界で正気を保つのは、私でも難しい。
もし独りでここに放り出されていたら・・・保たなかっただろう。
でも、ここには姫・・・輝夜がいる。
この娘は私の全て。遥かな昔から続く――――永遠の誓い。
彼女を守るためならば、私は―――――
決断の時は迫っていた。
次に輝夜が目覚めた時、彼女はこの虚無の世界に耐え切れるだろうか?
蓬莱の薬を服用している彼女に、死は在り得ない。
けれど 肉体の死は在り得なくとも、その心は?
心が壊れてしまった輝夜の姿を、この自分は・・・永遠に見続けるのか?
そこまで見越してこの結界を選んだとしたら、なんと恐ろしい存在なのだろう・・・・・・彼女は。
改めて畏怖が永琳の心を襲う
しかし、それにも勝る恐怖が――――彼女を呪縛する。
輝夜の笑顔 輝夜のすねた顔 輝夜の怒った顔 輝夜の泣いた顔
輝夜の微笑み 輝夜の真剣な顔 輝夜の澄まし顔 輝夜の悪巧み顔
輝夜の・・・ 輝夜の・・・ 輝 夜 の―――――!!!!!!
眼を閉じると、いくらでも彼女の表情が浮かぶ。
その輝かしい記憶は、輝夜に”こころ”があってこそ―――得られる、永琳のたからもの。
では・・・・・・それが 永遠に 失われたら・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・。」
永琳は覚悟をきめた。
いつか来るかもしれない、終わりの時まで・・・輝夜の心を―――――護り続けることを。
そのためには――――
もしもの時のために服に仕込んで置いたクスリ。
死を知らぬ自分を、目覚めぬ眠りに誘う禁断のクスリ。
時が到るまで決して開いてはならないという聖櫃の伝承にちなみ
彼女はそれを”アーク”と呼んでいた
クスリの小瓶を取り出し
――――全ては出会った時から始まっていた
“・・・・・・さすがえーりんね!みてよこの薬!上手く出来てると思わない?これで私たち・・・ずうっと一緒だね!”
その蓋を開けた
――――避けられぬ終焉は せめて愛しいその手で
“・・・・・・ごめんね、永琳。嫌な役を押し付けて・・・。でも、せめて 最期は貴方の手で・・・・・・堕ちたいの“
そっと その中身を口に含み
――――遠い日の忘れ物 引き裂かれた傷跡
“・・・・・・ふぅん、貴方・・・永琳っていうの。貴方とは初めて会った気がしないわね。どう?私の従者にならないかしら?”
輝夜の唇に
――――歪む世界螺旋の炎 輪廻を貫いて
“・・・・・・ねぇ、永琳。私・・・ここに居たいの、貴方と一緒に。・・・・・・・・・・・・・・駄目・・・かな?“
くちづけた。
――――凛と蒼く別離の詩を 恋人を撃ち堕とす
“・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・”
唾液とともに流れ込む液体。
輝夜の喉がソレを嚥下する音が虚無の世界に響く
背徳の接吻は――――
――――輝夜の呼吸が止まったかのように、深く緩やかになるまで続いた。
ここは永遠の白き夜の帳が落ちた世界
ここには何も無く
ここには誰も居ない
その虚無の領域には 途切れることのない澄んだ歌声が 物悲しく響いている
眠り続ける姫をあやす 子守唄が
やさしく やさしく
いつまでも いつまでも
そう 永遠に