夜の博麗神社。
まるで朝が来るのが信じられないくらいとっぷりと夜になった幻想郷を眺めながら、
私はいつものようにお茶を啜っていた。
「平和だわ」
あちこちで幻想郷に迷い込んだ人間が妖怪に襲われているのを除けば概ね幻想郷は平和だった。
「あ、そうだ。お茶請けがあったんだった。もってこよっと」
つぶあんがそのまま練りこまれている羊かん。
いつか食べようと楽しみに取ってあったのだ。
物音一つしない夜の神社の長い廊下を歩いて羊かんがしまってある戸棚のある部屋へ向かう。
「魔理沙に勝手に食べられないように結界張っておいて良かったわ」
戸棚の結界を解き、木造の戸をひく。
ガラ。
「こんばんわ。霊夢」
何故か羊かんがあるべきところにはすきま妖怪がいた。
「紫・・・。あんたそこでなにしてるのよ」
「あなたに用事があってきたのよ」
「普通に玄関からきなさい!ていうか羊かんは!」
いくら幻想郷と言えど戸棚の中から訪問してくる非常識な妖怪は紫くらいだろう。
「ちゃんとあるわよ。そんなに興奮しないの」
そう言って紫がするっと戸棚の中から出てくると、戸棚の中は元通りになった。
よかった、ちゃんと羊かんは・・・。
「ってかじられてるー!?」
「あら、藍の仕業かしら・・・」
口元につぶあんをつけたまま式神のせいにする境界を操る大妖怪。
「口元をふいてからバレバレのうそをつきなさい!」
「結局バレバレなのね」
「はぁ・・・。今度からは紫にも破れない結界を張らないとダメだわ・・・」
「博麗大結界以上のものが必要ね」
ま、たとえどんな結界を張ってもこの妖怪の前では無力なんだろうけど・・・。
「それで、用事ってなんなのよ」
とりあえず話を聞くことにした。
紫のほうからこんな夜に訪ねてくるなんてただ事ではないだろう。
尤も紫は夜しか起きてこないんだけれど。
「そうだったわ。話は後よ。とにかく来て頂戴」
そういうと紫は屋内と外の境界をいじって外への直通通路を創り出した。
「あー!また勝手に変なもの作ってー!」
「後でちゃんと直すわよ。さ、いきましょう」
「わ。ちょっとなんなのよー!」
紫は強引に私の手をとり、夜の幻想郷へ飛び出した。
どうやら今夜は永い夜になりそうだ。
****
結局なにがなんだかわからないまま私は夜の幻想郷を紫と2人で飛んでいた。
「いったいなんなのよ!なにもないじゃない」
「夜は始まったばかりよ。そんなに焦らないの」
「焦って私を連れ出しておいて焦らないもなにもないでしょ」
そう。本当に何もない。
普段ならこの辺を意味もなくふわふわ浮いてる下級妖精も、
普段ならそろそろ現れてちょっかいを出してくる下級妖怪も現れない。
「にしても本当に何もないわね。まるで誰か通った後のようだわ」
「報酬は高くつくから覚えておきなさいよ」
「報酬はちゃんと払うわよ。あなたじゃあるまいし」
「具体的には羊かんよ」
「いも羊かんと2本セットであげるわ」
一切れの羊かんがいも羊かんと2本セットになったのでとりあえず今回の事は不問に決定。
となればなんだかわからないけどさっさと終わらせてゆっくりお茶でも飲もう。
「で、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?一体なんなの?」
「月よ」
月?
言われて夜空を見上げた。
そこには不自然なほど見事な満月が幻想郷を照らしていた。
―――まるで、作り物のような、見事な満月だった。
「・・・これじゃあ月見酒もおいしくなさそうね」
「おいしくお酒を飲むためにも羊かんのためにも月を取り戻すのよ」
再び月を見上げた。
心なしかさっきより大きく、さらに歪になっている気がする。
「しかしいったい誰がこんな大それたことしてるのかしら」
「そんなのわからないわ」
「わからないなら手のうちようがないじゃないの」
焦って連れ出しておいて目的地がわからないなんて馬鹿な話あっていいわけがない。
「心配しなくても、誰かわからないけど、場所ならわかるわ」
どうやら考え無しで飛んでる訳では無いらしい。
いつもなら邪魔が入って時間のかかる行路も、不自然なほど何も現れない。
そのおかげでもうかなりの距離を飛んできていた。
「竹は月光を浴びて生長する。こんなにも歪で不自然な月光なのにあの竹林は強く生き生きと輝いている。何故かしら?」
いつの間にか眼前には竹林が広がっていた。
竹のあいだを縫うように私たちは奥へ進む。
なるほど確かに紫の言うとおり竹の1本1本が力強く輝いているように見えた。
「この先に、本物の月がある。そういうこと?」
「さあ、それはどうかしら。少なくともこの竹林に何かあることは間違いなさそうね。ほら」
紫が何かを発見したかのように、飛行速度を落とした。
私もそれに合わせてゆっくりと進む。
その先には、見慣れた黒と青の2つの影があった。
「げっ。霊夢じゃないか」
「魔理沙?それにアリスまで・・・。あんたたちなんでこんなところにいるのよ」
****
まったく、最悪のタイミングだぜ。
ようやく元凶らしき屋敷を発見したと思った矢先に一番このタイミングで会いたくない奴に会っちまうとは・・・。
「ちょっと魔理沙、なんで霊夢たちがいるのよ」
「知らないぜ。おおかた私たちと同じ理由だろうけど」
「信じてくれそうもないわね・・・」
「なにこそこそ喋ってるの!まさかこの月あんたたちがやったんじゃないでしょうね」
やばいぜやばいぜ。
完全に疑ってる顔だぜあれは。
もっとも逆の立場だったらわからないでもないけど。
「まあ落ち着けよ。信じてくれないだろうがこの月は私たちじゃないぜ」
「怪しい竹林にきてみたら魔法使いが2人で何やらコソコソやっている。信じろっていうほうが無理だわ」
「いやまあ、それはアレだ」
「歯切れが悪いわね、魔理沙。いつもみたいに邪魔だ、そこをどけ!って言ったらどうなの」
この都会派魔法使いは無責任なことを言いやがる。
「馬鹿!こいつを怒らせるとまずいぜ」
「私は早く終わらせていも羊かんでお茶を飲みたいのよ。覚悟はいいかしら」
霊夢は符を構えて既に臨戦態勢だった。
あー、もうこうなったらどうにでもなれだ。
「もう諦めたぜ。この歪な月も明けない夜も、全部アリスの仕業だ。さあそこをどきな!」
歪な月も明けない夜も私たちじゃないんだが。
「明けない夜は私が昼と夜の境界をいじってるからなんだけれど」
「あなたの相手はこの私よ。かかってきなさい、すきま妖怪!」
****
まったく、霊夢はああ見えて単純だから困るわ。
どうみてもこの2人も私たちと同じ目的でしょうに。
まあでも、売られたケンカは楽しまないと、どうせ飽きるほど長い人生だし。
少しでも刺激が多いに越したことは無いわね。
「かかってきなさい?あなたに私の相手が務まると思って?」
「私の華麗な人形捌き、存分に味わうがいいわ」
「所詮あなたは人形遣い。その力は式神遣いである私の二割八分六厘にも満たない」
「いやそれ私のセリフだから」
「でてきなさい、藍。出番よ」
私の式神、藍を収納していた境界を開く。
ぬうっと、閉じ込めたときより若干やつれた感じの藍が文字通りはいでてきた。
ちょっと長いあいだ閉じ込めすぎたかしら・・・。
「っぷはぁ!紫様、いくらなんでもこの扱いはひどすぎます・・・」
「文句は後よ。さああの七色人形遣いを懲らしめてやりなさい」
びしっとアリスを指差してみる。
当のアリスはと言うと・・・。
「ふふふ・・・」
「何がおかしいの?この月じゃまだ気が狂うのは早すぎるわよ」
「所詮式神は1匹」
いつの間にかアリスの周りには7体の人形が浮かんでいた。
「その力は私の一割四分三厘にも満たない」
「ああ、それが言いたかったのね」
怪しく光る竹林の空で対峙する人形と式神。
「いつまでその減らず口が叩けるかしら。”霧の倫敦人形”!」
「人形と式神の力が対等だと思って?行きなさい藍!」
藍がアリスの放った人形に向けて飛び出していく。
人形は藍に向けて魔力の塊を打ち出した。
しかしその程度の弾幕じゃ藍には何の効果も無い。
全てワープにも似た動きで藍は弾幕を避ける。
魔法が通用しないと見ると人形は直接体当たりを始めた。
「うわっ、なんだこいつ!」
想定外の動きだったのか藍の腹部に人形の体当たりが決まる。
「いたたた・・・」
だがそれだけだ。致命傷にはなりえない。
「遊んでないでさっさとのしちゃいなさい!」
いや、けして藍は遊んでるわけではない。
その証拠にすでに人形には何回も藍の攻撃がヒットしている。
しかし人形は一向に攻撃の手を休めない。
人形には痛みも恐怖も、存在しないのだ。
「ふふふ。人形はしょせん人の作ったただの無機物でしかない。でもそれが逆にあなたの式神を苦しませる・・・」
いつの間にかアリスの周囲にフワフワと浮いていたはずの残り6体の人形が全て藍の攻撃に加わっていた。
藍はその攻撃を紙一重で避けながら別方向から飛んでくる人形を叩き落す。
いまだ致命傷になるダメージは受けていないが・・・。
「さすがに式神は人形とは比べ物にならないほど良い動きだわ。しかしいつまでその体力が続くかしら」
アリスの言うとおりだった。
今のところ何とか7体の攻撃を避けながら確実にダメージを与えている。
しかし人形には体力という概念が無い。
このままでは藍のほうが先にやられてしまう・・・!
「藍!こっちよ!」
境界をこじ開けて蘭を呼ぶ。
藍がやられたら次にあの人形の標的になるのは私だ。
そんなの冗談じゃないわ。
「この中にいったん逃げ込むのよ!」
「ハァッ・・・ハァッ・・・。あ、ありがとうございます・・・!」
藍は素直に境界に飛び込んで行った。
しかしまだ境界は閉じない。
「あの・・・紫様?」
不安そうな藍の声は黙殺。
そして計算通り、藍を追って人形7体が境界に向けて突進してきた。
よしよし。
7体全て境界に飛び込んだのを確認すると、私は境界を閉じる。
「って、この扱いはひどすぎま――――!」
ピシャリ。
「藍、あなたの犠牲は無駄にはしないわ」
「どうでもいいけど後でちゃんと人形返してね・・・」
****
「なに遊んでるんだか・・・」
魔理沙の動きを結界で封じ込めながら、ちらりと横目で人形遊びをしている2人を盗み見た。
「そろそろ諦めたらどうなの。この結界を破る手段は、あなたには無い」
再度魔理沙を見据える。
1歩でも外に出たら刃と化した霊的エネルギーがその身を引き裂く二重結界。
魔理沙は既に二重結界の中。脱出手段は存在しない。
「破る手段は無い?そいつはどうかな」
「例えマスタースパークを放ったところでこの結界を破ることは決して出来ないわ。諦めなさい!」
「やってみないとわからないぜ?」
不敵ににやりと笑う魔理沙。
はったりか、それとも秘策ありなのか。
「じゃあ一度だけチャンスをあげるわ。いま霊符を一枚でも投げたら終りだけれど、一度だけ魔法を放つ時間をあげる」
「そいつはどうも。んじゃ遠慮なく」
そう言って魔理沙はミニ八卦炉を取り出した。
魔理沙自慢のマジックアイテムだ。
その八卦炉に魔力が収縮していく。いつものマスタースパークの前兆。
「ミニ八卦炉、最大出力・・・!」
さらに八卦炉の魔力収縮が加速する。
ギュンギュンと荒れ狂う八卦炉。
貪欲に、魔理沙だけの魔力ではなく周囲のエネルギー、さらには星々のエネルギーが八卦炉に集まっていく。
その力は既に視覚できるほどの実体エネルギーを帯びてきて、網膜を焼くほどのまばゆい光を放っている。
収縮しては八卦炉の中心でうねり彩光を放ちながら発射のときを待つ、純粋な破壊の光。
ただのマスタースパークじゃ・・・無い!?
「いくぜ。恋符、最終奥義・・・。”ファイナルスパーク”!」
魔理沙が最後の呪文を紡ぐ。
それと同時に八卦炉に収束していた破壊の光が指向性を持ち、一直線へと発射される。
紛れも無くその標的は私だ。
あまりに巨大なエネルギーが大地すらも揺るがしながら、二重結界を簡単に貫き目標を焼き尽くさんと唸り私に迫ってくる。
まずい、やられる―――
荒れ狂う高純度の破壊のエネルギー。
もう避ける時間的余裕は無い。
魔理沙の結界を解き、精神を一つに統一する。
この巨大な指向性エネルギーは同じ質量を持ったエネルギーで弾くしかもう防ぐ方法は無い。
しかし私は魔理沙の魔砲と同等の破壊力を持った技を持たない。
もはや完全に防ぐ方法は残されていなかった。
仕方ない、この際ちょっとでも軌道をずらせればそれでいい。
最悪、少しでもファイナルスパークの威力を殺せれば・・・!
もう目前まで迫っている破壊の光に向けて、最後の符を放つ―――!
「”夢想封印 瞬”!」
符からあふれ出る炸裂・爆発・振動・衝撃!
次の瞬間衝突するエネルギーとエネルギー。
そして、激しい爆発音。
直撃は免れたらしいが、それでも激しい衝撃がこの身を貫く。
薄れ行く意識の中で、最後に見たものは、
私の夢想封印によって八方向に指向性を持ってしまったファイナルスパークが辺り一面を吹き飛ばす地獄絵図。
それと自分が放ったエネルギーに吹っ飛ばされる、黒い魔法使い。
さらにそれの巻き添えを食らって落下する2人の妖怪の姿だった。
****
これはどうしたことだろう。
ここ数百年屋敷に近づいて来た者は誰一人としていないというのに、今日に限って4人も屋敷に近づいて来ている。
それも、何故か全員ボロボロになって気絶して。
「永琳、なんの騒ぎなの?」
普段は滅多に屋敷の外に出てこない姫も、さすがにさっきの爆発音が気になる様子でここまで歩いてきていた。
「わかりません・・・。凄い音がしたから見にきてみれば人間と妖怪が4人倒れてました」
「・・・そう。永琳、その4人を屋敷に運んで手当てして上げなさい」
と、姫はとんでもないことを口にした。
例え術が完成したとはいえ見ず知らずの人妖を今この屋敷に入れるのは危険だ。
「・・・正気ですか?」
「月は人を狂わせるのよ。それにあなた医者でしょう。医の道を行く者が怪我人を前にして素通りしてはいけないわ」
「はぁ・・・。まぁいいですけど。突然暴れだしても知りませんよ。ウドンゲー、こいつら運んでおいてー」
呼べば飛んでくる忠実な弟子ウドンゲとその部下のうさぎ数匹で人間と妖怪を屋敷に運び込む。
「それにね、永琳」
「はい?なんですか?」
4人が運びこまれているのを姫は眺めながら言った。
「あなた、気づいてないでしょうけど、あの4人が気絶してからこの止まっていた夜が動き出したわ」
言われて空を見上げる。
星々は徐々にその姿を消していき、私が創り上げた月は再び朝日に解け始めていた。
「ふふふ、面白い話が聞けそうね。外の人間と話をするのは何百年ぶりかしら」
蓬莱の薬を服用している私たちは決して死ぬことはない。
そう、決して。
それは不死を意味し、決して殺されることは、ない。
私たちには、危険というものが存在しない。
危険というのはつまるところ生命が危ぶまれることだ。
不死の私たちには、危険というものは存在しない。
例えこの術が失敗し、月の使者がやってこようと、それは危険には成りえない。
どちらかというと月の使者がやってこないほうが、今の生活を快適に送れる、そんな下らない理由で今まで隠れ住んできただけだ。
なら、もし。
姫にとって今の生活がより楽しくなる可能性がでたら、どうするのだろうか。
「姫、中へ入りましょう。私もあの者たちの手当てにあたります」
「よろしくね、永琳」
なんて考えるまでもなかった。
間違いなく、姫はそちらを選ぶだろう。
そして今、その可能性が屋敷に運び込まれたのだ。
突如現れた、4人の人妖の手によって。
屋敷に入る前にもう一度空を見上げた。
永い夜が今、明けようとしている。
まるで朝が来るのが信じられないくらいとっぷりと夜になった幻想郷を眺めながら、
私はいつものようにお茶を啜っていた。
「平和だわ」
あちこちで幻想郷に迷い込んだ人間が妖怪に襲われているのを除けば概ね幻想郷は平和だった。
「あ、そうだ。お茶請けがあったんだった。もってこよっと」
つぶあんがそのまま練りこまれている羊かん。
いつか食べようと楽しみに取ってあったのだ。
物音一つしない夜の神社の長い廊下を歩いて羊かんがしまってある戸棚のある部屋へ向かう。
「魔理沙に勝手に食べられないように結界張っておいて良かったわ」
戸棚の結界を解き、木造の戸をひく。
ガラ。
「こんばんわ。霊夢」
何故か羊かんがあるべきところにはすきま妖怪がいた。
「紫・・・。あんたそこでなにしてるのよ」
「あなたに用事があってきたのよ」
「普通に玄関からきなさい!ていうか羊かんは!」
いくら幻想郷と言えど戸棚の中から訪問してくる非常識な妖怪は紫くらいだろう。
「ちゃんとあるわよ。そんなに興奮しないの」
そう言って紫がするっと戸棚の中から出てくると、戸棚の中は元通りになった。
よかった、ちゃんと羊かんは・・・。
「ってかじられてるー!?」
「あら、藍の仕業かしら・・・」
口元につぶあんをつけたまま式神のせいにする境界を操る大妖怪。
「口元をふいてからバレバレのうそをつきなさい!」
「結局バレバレなのね」
「はぁ・・・。今度からは紫にも破れない結界を張らないとダメだわ・・・」
「博麗大結界以上のものが必要ね」
ま、たとえどんな結界を張ってもこの妖怪の前では無力なんだろうけど・・・。
「それで、用事ってなんなのよ」
とりあえず話を聞くことにした。
紫のほうからこんな夜に訪ねてくるなんてただ事ではないだろう。
尤も紫は夜しか起きてこないんだけれど。
「そうだったわ。話は後よ。とにかく来て頂戴」
そういうと紫は屋内と外の境界をいじって外への直通通路を創り出した。
「あー!また勝手に変なもの作ってー!」
「後でちゃんと直すわよ。さ、いきましょう」
「わ。ちょっとなんなのよー!」
紫は強引に私の手をとり、夜の幻想郷へ飛び出した。
どうやら今夜は永い夜になりそうだ。
****
結局なにがなんだかわからないまま私は夜の幻想郷を紫と2人で飛んでいた。
「いったいなんなのよ!なにもないじゃない」
「夜は始まったばかりよ。そんなに焦らないの」
「焦って私を連れ出しておいて焦らないもなにもないでしょ」
そう。本当に何もない。
普段ならこの辺を意味もなくふわふわ浮いてる下級妖精も、
普段ならそろそろ現れてちょっかいを出してくる下級妖怪も現れない。
「にしても本当に何もないわね。まるで誰か通った後のようだわ」
「報酬は高くつくから覚えておきなさいよ」
「報酬はちゃんと払うわよ。あなたじゃあるまいし」
「具体的には羊かんよ」
「いも羊かんと2本セットであげるわ」
一切れの羊かんがいも羊かんと2本セットになったのでとりあえず今回の事は不問に決定。
となればなんだかわからないけどさっさと終わらせてゆっくりお茶でも飲もう。
「で、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?一体なんなの?」
「月よ」
月?
言われて夜空を見上げた。
そこには不自然なほど見事な満月が幻想郷を照らしていた。
―――まるで、作り物のような、見事な満月だった。
「・・・これじゃあ月見酒もおいしくなさそうね」
「おいしくお酒を飲むためにも羊かんのためにも月を取り戻すのよ」
再び月を見上げた。
心なしかさっきより大きく、さらに歪になっている気がする。
「しかしいったい誰がこんな大それたことしてるのかしら」
「そんなのわからないわ」
「わからないなら手のうちようがないじゃないの」
焦って連れ出しておいて目的地がわからないなんて馬鹿な話あっていいわけがない。
「心配しなくても、誰かわからないけど、場所ならわかるわ」
どうやら考え無しで飛んでる訳では無いらしい。
いつもなら邪魔が入って時間のかかる行路も、不自然なほど何も現れない。
そのおかげでもうかなりの距離を飛んできていた。
「竹は月光を浴びて生長する。こんなにも歪で不自然な月光なのにあの竹林は強く生き生きと輝いている。何故かしら?」
いつの間にか眼前には竹林が広がっていた。
竹のあいだを縫うように私たちは奥へ進む。
なるほど確かに紫の言うとおり竹の1本1本が力強く輝いているように見えた。
「この先に、本物の月がある。そういうこと?」
「さあ、それはどうかしら。少なくともこの竹林に何かあることは間違いなさそうね。ほら」
紫が何かを発見したかのように、飛行速度を落とした。
私もそれに合わせてゆっくりと進む。
その先には、見慣れた黒と青の2つの影があった。
「げっ。霊夢じゃないか」
「魔理沙?それにアリスまで・・・。あんたたちなんでこんなところにいるのよ」
****
まったく、最悪のタイミングだぜ。
ようやく元凶らしき屋敷を発見したと思った矢先に一番このタイミングで会いたくない奴に会っちまうとは・・・。
「ちょっと魔理沙、なんで霊夢たちがいるのよ」
「知らないぜ。おおかた私たちと同じ理由だろうけど」
「信じてくれそうもないわね・・・」
「なにこそこそ喋ってるの!まさかこの月あんたたちがやったんじゃないでしょうね」
やばいぜやばいぜ。
完全に疑ってる顔だぜあれは。
もっとも逆の立場だったらわからないでもないけど。
「まあ落ち着けよ。信じてくれないだろうがこの月は私たちじゃないぜ」
「怪しい竹林にきてみたら魔法使いが2人で何やらコソコソやっている。信じろっていうほうが無理だわ」
「いやまあ、それはアレだ」
「歯切れが悪いわね、魔理沙。いつもみたいに邪魔だ、そこをどけ!って言ったらどうなの」
この都会派魔法使いは無責任なことを言いやがる。
「馬鹿!こいつを怒らせるとまずいぜ」
「私は早く終わらせていも羊かんでお茶を飲みたいのよ。覚悟はいいかしら」
霊夢は符を構えて既に臨戦態勢だった。
あー、もうこうなったらどうにでもなれだ。
「もう諦めたぜ。この歪な月も明けない夜も、全部アリスの仕業だ。さあそこをどきな!」
歪な月も明けない夜も私たちじゃないんだが。
「明けない夜は私が昼と夜の境界をいじってるからなんだけれど」
「あなたの相手はこの私よ。かかってきなさい、すきま妖怪!」
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まったく、霊夢はああ見えて単純だから困るわ。
どうみてもこの2人も私たちと同じ目的でしょうに。
まあでも、売られたケンカは楽しまないと、どうせ飽きるほど長い人生だし。
少しでも刺激が多いに越したことは無いわね。
「かかってきなさい?あなたに私の相手が務まると思って?」
「私の華麗な人形捌き、存分に味わうがいいわ」
「所詮あなたは人形遣い。その力は式神遣いである私の二割八分六厘にも満たない」
「いやそれ私のセリフだから」
「でてきなさい、藍。出番よ」
私の式神、藍を収納していた境界を開く。
ぬうっと、閉じ込めたときより若干やつれた感じの藍が文字通りはいでてきた。
ちょっと長いあいだ閉じ込めすぎたかしら・・・。
「っぷはぁ!紫様、いくらなんでもこの扱いはひどすぎます・・・」
「文句は後よ。さああの七色人形遣いを懲らしめてやりなさい」
びしっとアリスを指差してみる。
当のアリスはと言うと・・・。
「ふふふ・・・」
「何がおかしいの?この月じゃまだ気が狂うのは早すぎるわよ」
「所詮式神は1匹」
いつの間にかアリスの周りには7体の人形が浮かんでいた。
「その力は私の一割四分三厘にも満たない」
「ああ、それが言いたかったのね」
怪しく光る竹林の空で対峙する人形と式神。
「いつまでその減らず口が叩けるかしら。”霧の倫敦人形”!」
「人形と式神の力が対等だと思って?行きなさい藍!」
藍がアリスの放った人形に向けて飛び出していく。
人形は藍に向けて魔力の塊を打ち出した。
しかしその程度の弾幕じゃ藍には何の効果も無い。
全てワープにも似た動きで藍は弾幕を避ける。
魔法が通用しないと見ると人形は直接体当たりを始めた。
「うわっ、なんだこいつ!」
想定外の動きだったのか藍の腹部に人形の体当たりが決まる。
「いたたた・・・」
だがそれだけだ。致命傷にはなりえない。
「遊んでないでさっさとのしちゃいなさい!」
いや、けして藍は遊んでるわけではない。
その証拠にすでに人形には何回も藍の攻撃がヒットしている。
しかし人形は一向に攻撃の手を休めない。
人形には痛みも恐怖も、存在しないのだ。
「ふふふ。人形はしょせん人の作ったただの無機物でしかない。でもそれが逆にあなたの式神を苦しませる・・・」
いつの間にかアリスの周囲にフワフワと浮いていたはずの残り6体の人形が全て藍の攻撃に加わっていた。
藍はその攻撃を紙一重で避けながら別方向から飛んでくる人形を叩き落す。
いまだ致命傷になるダメージは受けていないが・・・。
「さすがに式神は人形とは比べ物にならないほど良い動きだわ。しかしいつまでその体力が続くかしら」
アリスの言うとおりだった。
今のところ何とか7体の攻撃を避けながら確実にダメージを与えている。
しかし人形には体力という概念が無い。
このままでは藍のほうが先にやられてしまう・・・!
「藍!こっちよ!」
境界をこじ開けて蘭を呼ぶ。
藍がやられたら次にあの人形の標的になるのは私だ。
そんなの冗談じゃないわ。
「この中にいったん逃げ込むのよ!」
「ハァッ・・・ハァッ・・・。あ、ありがとうございます・・・!」
藍は素直に境界に飛び込んで行った。
しかしまだ境界は閉じない。
「あの・・・紫様?」
不安そうな藍の声は黙殺。
そして計算通り、藍を追って人形7体が境界に向けて突進してきた。
よしよし。
7体全て境界に飛び込んだのを確認すると、私は境界を閉じる。
「って、この扱いはひどすぎま――――!」
ピシャリ。
「藍、あなたの犠牲は無駄にはしないわ」
「どうでもいいけど後でちゃんと人形返してね・・・」
****
「なに遊んでるんだか・・・」
魔理沙の動きを結界で封じ込めながら、ちらりと横目で人形遊びをしている2人を盗み見た。
「そろそろ諦めたらどうなの。この結界を破る手段は、あなたには無い」
再度魔理沙を見据える。
1歩でも外に出たら刃と化した霊的エネルギーがその身を引き裂く二重結界。
魔理沙は既に二重結界の中。脱出手段は存在しない。
「破る手段は無い?そいつはどうかな」
「例えマスタースパークを放ったところでこの結界を破ることは決して出来ないわ。諦めなさい!」
「やってみないとわからないぜ?」
不敵ににやりと笑う魔理沙。
はったりか、それとも秘策ありなのか。
「じゃあ一度だけチャンスをあげるわ。いま霊符を一枚でも投げたら終りだけれど、一度だけ魔法を放つ時間をあげる」
「そいつはどうも。んじゃ遠慮なく」
そう言って魔理沙はミニ八卦炉を取り出した。
魔理沙自慢のマジックアイテムだ。
その八卦炉に魔力が収縮していく。いつものマスタースパークの前兆。
「ミニ八卦炉、最大出力・・・!」
さらに八卦炉の魔力収縮が加速する。
ギュンギュンと荒れ狂う八卦炉。
貪欲に、魔理沙だけの魔力ではなく周囲のエネルギー、さらには星々のエネルギーが八卦炉に集まっていく。
その力は既に視覚できるほどの実体エネルギーを帯びてきて、網膜を焼くほどのまばゆい光を放っている。
収縮しては八卦炉の中心でうねり彩光を放ちながら発射のときを待つ、純粋な破壊の光。
ただのマスタースパークじゃ・・・無い!?
「いくぜ。恋符、最終奥義・・・。”ファイナルスパーク”!」
魔理沙が最後の呪文を紡ぐ。
それと同時に八卦炉に収束していた破壊の光が指向性を持ち、一直線へと発射される。
紛れも無くその標的は私だ。
あまりに巨大なエネルギーが大地すらも揺るがしながら、二重結界を簡単に貫き目標を焼き尽くさんと唸り私に迫ってくる。
まずい、やられる―――
荒れ狂う高純度の破壊のエネルギー。
もう避ける時間的余裕は無い。
魔理沙の結界を解き、精神を一つに統一する。
この巨大な指向性エネルギーは同じ質量を持ったエネルギーで弾くしかもう防ぐ方法は無い。
しかし私は魔理沙の魔砲と同等の破壊力を持った技を持たない。
もはや完全に防ぐ方法は残されていなかった。
仕方ない、この際ちょっとでも軌道をずらせればそれでいい。
最悪、少しでもファイナルスパークの威力を殺せれば・・・!
もう目前まで迫っている破壊の光に向けて、最後の符を放つ―――!
「”夢想封印 瞬”!」
符からあふれ出る炸裂・爆発・振動・衝撃!
次の瞬間衝突するエネルギーとエネルギー。
そして、激しい爆発音。
直撃は免れたらしいが、それでも激しい衝撃がこの身を貫く。
薄れ行く意識の中で、最後に見たものは、
私の夢想封印によって八方向に指向性を持ってしまったファイナルスパークが辺り一面を吹き飛ばす地獄絵図。
それと自分が放ったエネルギーに吹っ飛ばされる、黒い魔法使い。
さらにそれの巻き添えを食らって落下する2人の妖怪の姿だった。
****
これはどうしたことだろう。
ここ数百年屋敷に近づいて来た者は誰一人としていないというのに、今日に限って4人も屋敷に近づいて来ている。
それも、何故か全員ボロボロになって気絶して。
「永琳、なんの騒ぎなの?」
普段は滅多に屋敷の外に出てこない姫も、さすがにさっきの爆発音が気になる様子でここまで歩いてきていた。
「わかりません・・・。凄い音がしたから見にきてみれば人間と妖怪が4人倒れてました」
「・・・そう。永琳、その4人を屋敷に運んで手当てして上げなさい」
と、姫はとんでもないことを口にした。
例え術が完成したとはいえ見ず知らずの人妖を今この屋敷に入れるのは危険だ。
「・・・正気ですか?」
「月は人を狂わせるのよ。それにあなた医者でしょう。医の道を行く者が怪我人を前にして素通りしてはいけないわ」
「はぁ・・・。まぁいいですけど。突然暴れだしても知りませんよ。ウドンゲー、こいつら運んでおいてー」
呼べば飛んでくる忠実な弟子ウドンゲとその部下のうさぎ数匹で人間と妖怪を屋敷に運び込む。
「それにね、永琳」
「はい?なんですか?」
4人が運びこまれているのを姫は眺めながら言った。
「あなた、気づいてないでしょうけど、あの4人が気絶してからこの止まっていた夜が動き出したわ」
言われて空を見上げる。
星々は徐々にその姿を消していき、私が創り上げた月は再び朝日に解け始めていた。
「ふふふ、面白い話が聞けそうね。外の人間と話をするのは何百年ぶりかしら」
蓬莱の薬を服用している私たちは決して死ぬことはない。
そう、決して。
それは不死を意味し、決して殺されることは、ない。
私たちには、危険というものが存在しない。
危険というのはつまるところ生命が危ぶまれることだ。
不死の私たちには、危険というものは存在しない。
例えこの術が失敗し、月の使者がやってこようと、それは危険には成りえない。
どちらかというと月の使者がやってこないほうが、今の生活を快適に送れる、そんな下らない理由で今まで隠れ住んできただけだ。
なら、もし。
姫にとって今の生活がより楽しくなる可能性がでたら、どうするのだろうか。
「姫、中へ入りましょう。私もあの者たちの手当てにあたります」
「よろしくね、永琳」
なんて考えるまでもなかった。
間違いなく、姫はそちらを選ぶだろう。
そして今、その可能性が屋敷に運び込まれたのだ。
突如現れた、4人の人妖の手によって。
屋敷に入る前にもう一度空を見上げた。
永い夜が今、明けようとしている。
本編では鉢合わせと言うより主人公意外が気付いて無いって設定でしたからね。 霊夢VS魔理沙は普通にありえますが、アリスVS紫は確かに面白い
かも。
そうすると向こうでは吸血姫VS@とかの弾幕合戦が展開されてるんですね?
『べつに勘違いしてもらったままでも構わないわ。 最萌えの時の借りを返す良い機会だもの』とかw
確かに鉢合わせすると面白いことになりそうですねえ。
そして藍の扱いに大爆笑させていただきました(笑)
なんか面白いシチュエーションですね。
>鉢合わせ
マジレスすると、単にパラレルワールド的なストーリーだからじゃないでしょうか。
七死さんとかぶりますが。
で、被るとやっぱりこうなりそうですよねw
2チームでこれですし、あの4チーム全てが鉢合わせしたらどうなることやら・・・。
すみません(パスワード入れ忘れ・・・)
1200点台は低すぎるぜってわけでメッセージ付きの採点。
ゆかりの『ドアドア』戦法(だれもわからねーよ)には笑ったねw