蒐集家、アリス・マーガトロイド。
彼女の集めた物の中には、曰くつきの物も少なくない。
魔術的な要素があり、尚且つ珍しい物、と言うことで探している部分もあるのでそれも当然と言えば当然ではある。
元々魔法の為に作られたり、使われたりしたモノ。
それ自体が魔法を体現した物。
そして…
ヒトの想いを宿した物。
中でも、執念や怨念といった感情は強く、そして永く物に宿り続ける。
特に、負の感情はさらなる負の感情を引き起こし、より強大な感情となって厚みを増す。
そういった強い情念の篭った物で、ヒトの生よりも長い時間を経たモノ。
表の歴史には出る事の無い、隠された部分で生き続けてきたモノ。
その中でも特殊な物が、初めて彼女の蒐集リストに名が挙がる。
厳しい選別を乗り越えた上で彼女の心を惹き、その手元に置かれている物は様々な意味で一線を画している。
それらの品は、白黒の魔法使いの様に訳も判らず集めているのではなく、彼女なりの判断基準による目的の元で蒐集されており、また森の中の奇妙な古道具屋の主人の様に、埃を被るほどに集めすぎて使われていない物もない。
必要があるから集めるのであって、集める為に集めているのではない。
モノの価値は使ってこそ。
彼女から言わせればそういう事らしい。
もちろん、使用する時には細心の注意を払い、それ以外の時は劣化しないように気をつけて管理する。
その彼女が、もっとも愛用するものの一つに、それがあった。
それを創ったのは、幻想郷の外の人間だった。
その時代において、高名であった彼はひたすらに高みを目指していた。
弟子も取らず、自らの技量を向上させ続けていた。
自分が造っているモノは、仮物でしかない
自分が創りたいのは完全なうつしみなのだ
その想いに囚われていた彼には、周囲など見えていない。
見えている必要すらなかった。
目的を達成する為に必要な事以外には、何の興味も示さなかった。
目的を達成する為に必要な事ならば、どんな事でもした。
初めのうちは彼のその態度も探求者として、製作者として、そして匠としてのこだわりから来る気難しさと捉えられていた。
けれど、彼が造る事に集中してゆくにつれ、周囲から人が遠のいてゆく。
彼の名声が地に落ち、不気味だと囁かれるようになるまでそれほどの時間は必要としなかった。
事実、その頃の彼は最早人間としての常識を失っていた。
寸分違わず模倣し、誰が見ても作り物と感じさせない完全な物。
それを造る為には、まずはおおもとを調べなければならない。
その結論に到った彼は、彼が造ろうとしているモノのモデル、それの研究を始めた。
最初は既に一切の反応を終えたモノを。
それを分解して、組みなおして、それを何回も繰り返す。
一つだけでは完全な物を作る上で不十分だから、何個も同じモノを集めてまた分解し、組み立てる。
それにやや遅れて、より細かい構造を知るために反応のあるモノも、解体して調べていく。
それは摂氏36度の熱を持ち、蛋白質と脂肪と無機質と水分から構成される物質。
化学物質と電気による反応回路を有し、ある一定の成熟を経たものは完全に自立して行動する。
彼が求めた完全は、彼自身と同じモノ。
彼の手によって、その原形を失った物体。
それは、先ほどまでまだわずかに息のあった幼子だった。
彼はそこで、一つの真実にたどり着いた。
彼自身の力では、完璧なうつしみの材料を造る事は出来ない事を理解したのだ。
けれども、彼の目指す物は変わらない。
故に彼は完全なものを造る為の材料から探し始めた。
骨を、肉を、神経を、血管を、腸を、肺を、心臓を、脳を。
彼の求める「完全」に従い、対象の生死に関わらず、ひたすら蒐集し、組み上げる。
墓を暴き、遺骸の骨を拾い上げ
ヒトを解剖し、その肉を切り取り
躯を接ぐ、神経を引き抜き
全身をめぐる、血管を抜き取り
切り開いたばかりの、生暖かい腸を取り出し
まだ吸気を含む、肺を奪い
とくとくと、脈を打ち続ける心臓をえぐり出し
まだ何も知らない、無垢な脳髄を引きずり出す。
何千何万のヒトガタから唯一無二の現身を。
何千何万の人間から唯一無二のウツシミを。
骨と肉と神経を結び、血管と腸と巡らせ、肺を並べ、心臓を埋め込み、脳髄を納める。
彼の生のそのほぼ全てを費やして行ってきたそれは、もうすぐ完成すると思われた。
彼の生の半分以上を、皮膚を切り裂き、その下の肉を抉り、生暖かい人体の内部を分解する事で。
既にモノとなった部品を淡々と繋ぎあわせ、冷たくなった皮膚を縫いあわせて。
熱を失っているものをひたすらに創る事で費やしてきた。
誰が近づいても妖しさを感じるほどの雰囲気を纏った家。
人里離れた森の中にある彼のその家で、一人の男の全てをかけて創られたもの。
しかしそれが彼の目の前で動くことは、無い。
何が原因なのだ?
やはり黒い鴉に持っていかれてしまった蒼い目が重要だったのか?
いや、それの代わりに成り得るモノは見つけた。
アレは原因ではない。
ではなんだ?
何が足りないのだ?
彼の狂気は、最早彼の家だけではなくその周囲の森をも覆っている。
森に立ち入った者の大半は彼の家へ向かい、そしてその半数はそこで彼の手にかかる。
残りの者の多くも、迷い込んだまま物の怪に襲われる。
僅かに森から抜ける人間は皆、口をそろえて言う。
「まるで別の世界に居たようだった」
と。
アリスが森の中の家を見つけた日。
その日も雨が降っていた。
数日前からしとしとと降り続いていた。
その家は思った以上に広く、そして思った以上に見るべき物があった。
膨大な量の資料。
…それは、真理に到達する為の。
膨大な量の人形。
…それは、真理を創製する為の。
彼女のこれからの住処として、なかなかに適している。
何日もこの家の中を調べつづけていた所為か、太陽を見た記憶が無い。
雨はずっと降りつづけている。
アリスが此処を住処とする前に解決するべき問題が一つだけ存在した。
この家に足を踏み入れてから、しきりに話し掛けてくる先住者がいること。
先住者の話によれば、彼女の親は彼女をうみ出した時に死んだらしい。
しかし、その親の血は彼女に流れている。
親もそれで満足なのだろう、と彼女は語る。
他にも彼女は話し続けた。
アリスが聞いていようといまいと構わず話し掛ける。
アリスの気を引く話もその中に少なからずあった。
故に、アリスは提案した。
人の世から離れて久しいこの家を彼女の物とする代わりに。
人の世から離れた為に既に朽ちかけている先住者を、彼女のものとして管理する事を。
稀代の人形師が生み出した、完全な人形もまた、それを望んだ。
人形師の怨念を深く刻む血液を、彼が死ぬ間際に全て移植した現身。
人の血と、人の肉と、人の骨から創られた、仙人の住む地の名を冠した彼女は。
創造主の望み通り、人の生を超えてその姿を保ち動きつづけてきた。
その彼女はかつての主の下を去り、新たな主を受け入れる。
七色の魔法使いの下で、彼女はその名の如く、永遠を生きる。
蓬莱人形。
幻想郷の外の人間が創り出した、完全な自動人形。
アリス・マーガトロイドの一番の僕であり、最初の同居人だった。
彼女の集めた物の中には、曰くつきの物も少なくない。
魔術的な要素があり、尚且つ珍しい物、と言うことで探している部分もあるのでそれも当然と言えば当然ではある。
元々魔法の為に作られたり、使われたりしたモノ。
それ自体が魔法を体現した物。
そして…
ヒトの想いを宿した物。
中でも、執念や怨念といった感情は強く、そして永く物に宿り続ける。
特に、負の感情はさらなる負の感情を引き起こし、より強大な感情となって厚みを増す。
そういった強い情念の篭った物で、ヒトの生よりも長い時間を経たモノ。
表の歴史には出る事の無い、隠された部分で生き続けてきたモノ。
その中でも特殊な物が、初めて彼女の蒐集リストに名が挙がる。
厳しい選別を乗り越えた上で彼女の心を惹き、その手元に置かれている物は様々な意味で一線を画している。
それらの品は、白黒の魔法使いの様に訳も判らず集めているのではなく、彼女なりの判断基準による目的の元で蒐集されており、また森の中の奇妙な古道具屋の主人の様に、埃を被るほどに集めすぎて使われていない物もない。
必要があるから集めるのであって、集める為に集めているのではない。
モノの価値は使ってこそ。
彼女から言わせればそういう事らしい。
もちろん、使用する時には細心の注意を払い、それ以外の時は劣化しないように気をつけて管理する。
その彼女が、もっとも愛用するものの一つに、それがあった。
それを創ったのは、幻想郷の外の人間だった。
その時代において、高名であった彼はひたすらに高みを目指していた。
弟子も取らず、自らの技量を向上させ続けていた。
自分が造っているモノは、仮物でしかない
自分が創りたいのは完全なうつしみなのだ
その想いに囚われていた彼には、周囲など見えていない。
見えている必要すらなかった。
目的を達成する為に必要な事以外には、何の興味も示さなかった。
目的を達成する為に必要な事ならば、どんな事でもした。
初めのうちは彼のその態度も探求者として、製作者として、そして匠としてのこだわりから来る気難しさと捉えられていた。
けれど、彼が造る事に集中してゆくにつれ、周囲から人が遠のいてゆく。
彼の名声が地に落ち、不気味だと囁かれるようになるまでそれほどの時間は必要としなかった。
事実、その頃の彼は最早人間としての常識を失っていた。
寸分違わず模倣し、誰が見ても作り物と感じさせない完全な物。
それを造る為には、まずはおおもとを調べなければならない。
その結論に到った彼は、彼が造ろうとしているモノのモデル、それの研究を始めた。
最初は既に一切の反応を終えたモノを。
それを分解して、組みなおして、それを何回も繰り返す。
一つだけでは完全な物を作る上で不十分だから、何個も同じモノを集めてまた分解し、組み立てる。
それにやや遅れて、より細かい構造を知るために反応のあるモノも、解体して調べていく。
それは摂氏36度の熱を持ち、蛋白質と脂肪と無機質と水分から構成される物質。
化学物質と電気による反応回路を有し、ある一定の成熟を経たものは完全に自立して行動する。
彼が求めた完全は、彼自身と同じモノ。
彼の手によって、その原形を失った物体。
それは、先ほどまでまだわずかに息のあった幼子だった。
彼はそこで、一つの真実にたどり着いた。
彼自身の力では、完璧なうつしみの材料を造る事は出来ない事を理解したのだ。
けれども、彼の目指す物は変わらない。
故に彼は完全なものを造る為の材料から探し始めた。
骨を、肉を、神経を、血管を、腸を、肺を、心臓を、脳を。
彼の求める「完全」に従い、対象の生死に関わらず、ひたすら蒐集し、組み上げる。
墓を暴き、遺骸の骨を拾い上げ
ヒトを解剖し、その肉を切り取り
躯を接ぐ、神経を引き抜き
全身をめぐる、血管を抜き取り
切り開いたばかりの、生暖かい腸を取り出し
まだ吸気を含む、肺を奪い
とくとくと、脈を打ち続ける心臓をえぐり出し
まだ何も知らない、無垢な脳髄を引きずり出す。
何千何万のヒトガタから唯一無二の現身を。
何千何万の人間から唯一無二のウツシミを。
骨と肉と神経を結び、血管と腸と巡らせ、肺を並べ、心臓を埋め込み、脳髄を納める。
彼の生のそのほぼ全てを費やして行ってきたそれは、もうすぐ完成すると思われた。
彼の生の半分以上を、皮膚を切り裂き、その下の肉を抉り、生暖かい人体の内部を分解する事で。
既にモノとなった部品を淡々と繋ぎあわせ、冷たくなった皮膚を縫いあわせて。
熱を失っているものをひたすらに創る事で費やしてきた。
誰が近づいても妖しさを感じるほどの雰囲気を纏った家。
人里離れた森の中にある彼のその家で、一人の男の全てをかけて創られたもの。
しかしそれが彼の目の前で動くことは、無い。
何が原因なのだ?
やはり黒い鴉に持っていかれてしまった蒼い目が重要だったのか?
いや、それの代わりに成り得るモノは見つけた。
アレは原因ではない。
ではなんだ?
何が足りないのだ?
彼の狂気は、最早彼の家だけではなくその周囲の森をも覆っている。
森に立ち入った者の大半は彼の家へ向かい、そしてその半数はそこで彼の手にかかる。
残りの者の多くも、迷い込んだまま物の怪に襲われる。
僅かに森から抜ける人間は皆、口をそろえて言う。
「まるで別の世界に居たようだった」
と。
アリスが森の中の家を見つけた日。
その日も雨が降っていた。
数日前からしとしとと降り続いていた。
その家は思った以上に広く、そして思った以上に見るべき物があった。
膨大な量の資料。
…それは、真理に到達する為の。
膨大な量の人形。
…それは、真理を創製する為の。
彼女のこれからの住処として、なかなかに適している。
何日もこの家の中を調べつづけていた所為か、太陽を見た記憶が無い。
雨はずっと降りつづけている。
アリスが此処を住処とする前に解決するべき問題が一つだけ存在した。
この家に足を踏み入れてから、しきりに話し掛けてくる先住者がいること。
先住者の話によれば、彼女の親は彼女をうみ出した時に死んだらしい。
しかし、その親の血は彼女に流れている。
親もそれで満足なのだろう、と彼女は語る。
他にも彼女は話し続けた。
アリスが聞いていようといまいと構わず話し掛ける。
アリスの気を引く話もその中に少なからずあった。
故に、アリスは提案した。
人の世から離れて久しいこの家を彼女の物とする代わりに。
人の世から離れた為に既に朽ちかけている先住者を、彼女のものとして管理する事を。
稀代の人形師が生み出した、完全な人形もまた、それを望んだ。
人形師の怨念を深く刻む血液を、彼が死ぬ間際に全て移植した現身。
人の血と、人の肉と、人の骨から創られた、仙人の住む地の名を冠した彼女は。
創造主の望み通り、人の生を超えてその姿を保ち動きつづけてきた。
その彼女はかつての主の下を去り、新たな主を受け入れる。
七色の魔法使いの下で、彼女はその名の如く、永遠を生きる。
蓬莱人形。
幻想郷の外の人間が創り出した、完全な自動人形。
アリス・マーガトロイドの一番の僕であり、最初の同居人だった。
狂気を孕んだ伝承もまた、幻想足りえるのだ。
そんなことを頭に浮かべてみたり。
彼女の使う首吊り蓬莱人形、その来歴にぴたりと合うような作品ですね。
Lunaticでの最後のスペルカードとして使われる、首吊り蓬莱人形。これほどの狂気や禍々しさを内包しているからこそ、あの恐ろしい弾幕を生み出す事が出来るのかと、納得のいくお話でした。