ザァアアァァァァ・・・・・・・
カァー
カァアーーー
ザザザ・・・・・
ザザザザザ・・・・・・ クァーー
ザザ・・・ザザザ・・・
ガサガサ クケエーーーーーー
ザッ
ザッ
ザッ バサバサバサ・・・・・・・
ザッ
ザッ
ザ・・・・・・。
「・・・・・・。」
風に揺れる葉擦れのおと。
見渡す限り
竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹竹。
ふと仰ぎ見ると
太陽はもう中天に差し掛かり、辺りを埋め尽くす緑の隙間から頼りない耀きを漏らしていた。
陽光のもたらす暖かな恩恵は、緑の結界に阻まれむなしく虚空に散り、この土地にそそり立つ貪欲な円柱の群れに一片あまさず吸い取られているかの様であった。
こんな、緑に閉ざされた神殿に好き好んで入る人間など滅多に在ろう筈もない。礼拝を邪魔され腹を立てた黒鴉共が、
穢れ無き静謐な場を破る乱入者を呪うかのように、啼き声を放ち羽ばたいてゆく。
無様で矮小な生き物の頭上に、悪意ある置き土産を残して。
「・・・・・・・・・。」
情けない顔で頭のてっぺんに手をやり、ベチョリとした感触に顔をしかめる。
朝から今に至るまで、無為に彷徨い続けてきて蓄積された疲労。
加えて黒鴉共の、止めを刺すかのようなこの仕打ち。
頭に手を遣ったまま、僕は
・・・あんまりだと思った。
そう、僕は数多の期待を裏切らず・・・案の定
迷子になっていた
幾多の困難を乗り切り、漸く目的の場所の一歩手前に辿り着いた僕は、普段の自分では到底なしえぬ偉業に慢心し、
ろくすっぽ考えることもなく意気揚々と竹林深くに足を踏み入れた。
結果は・・・・・・みてのとおりだ。
鴉にまで馬鹿にされ、完全に気力の尽きた僕はその場にしゃがみこむ。
疲れているときは何をやっても上手くいかない。
腹が減っているときもまた然り。
なればここは充分に休息をとり、保存食で空腹を癒しつつ再起を計るのが得策だろう。
そう結論した僕は、頭の物体を水筒の水で湿らせた手ぬぐいで拭き取り背負い袋にしまい、食事の支度を開始した。
背負い袋(お父さんの狩猟用のを黙って借りてきた)には、保存に適した食物を数日分入れといた。
中身を漁り目当てのものを取り出した僕は、素朴な色をした干し柿のような保存食を、そっと手に取り
大好きな姉さまとの幸福だった日々を回想した
まだ僕が十にもならなかった頃だ。
そのころの僕は食べ物の好き嫌いが多く、中でも人参は見ただけで嘔吐するほど大嫌いだった。
お母さんや、集落の子供たちに生きる術等を教えてくれてたせんせいたちは、そんな僕に
「我らが集落の唯一の特産品、ご先祖様たちが死ぬ思いで産み出した『蓬莱人参』を喰わぬとは何事か!貴様には祖先を敬う精神が無いのであるか!?よろしい、ならば矯正だ!蓬莱人参10本を完食するまで一切の他の食物の摂取を禁ずる!!」
などと無茶な要求を提示してきた。
友達たちは、顔面を蒼白にして震え上がる僕を面白おかしく囃し立てるのみで、誰も僕を擁護してくれる者などいなかった。人参10本を腹に括り付けられ、背中に「エサを与えないで下さい」という符を貼られた僕は、泣きながら家に帰り、部屋に篭り独り膝を抱えて泣いていた。そんな時、部屋の戸を控えめにコンコン、と叩く音がした。
「・・・ぐすっ、・・・誰・・・?」
「私よ、OOちゃん。入っていいかな?」
「・・・・・・・・・うん・・・」
僕の部屋に入った姉さまは、うずくまる僕を背中から優しく抱きしめてくれた。ふわり、と凄くいい匂いがしたのをいまでも憶えてる。嗚咽交じりに、泣く理由を語り終わった僕に姉さまは
「そう、辛かったわね・・・・・・ねぇ?OOちゃん。先生はそれを『生で』食べろって言ったのかな?」
ううん。とかぶりを振る僕。それを聞きしばらく思案顔をしていた姉さまは、僕に
「ふふふ、ちょっといいものがあるの。前から試作してたんだけどね?たぶんこれならOOちゃんも食べられると思うわ。」
そう言って出て行った姉さまが、しばらくして後ろ手になにかを隠して持ってきた。僕の前で悪戯っぽく笑い、人参を干したっぽいものを取り出し、宣言した。
「じゃ~~ん。『蓬莱人参・即身浄物』よ!」
「・・・・・・なに、それ?」
あっけにとられる僕・・・いつのまにか涙は止まっていた。
姉さまが滔々と説明するに(長すぎるので省略)これは蓬莱人参のへんなクスリっぽい嫌な匂いを、特別な乾燥方法で熟成しこの世のものとは思えない好い香りに反転させることに成功した、姉さまのオリジナルメニュウなのだという。
にこにこ無邪気に笑う姉さまの手前、食さずには居られなかったので、僕は目を瞑りままよ、とばかりに口に放り込んだ。
ぱぁぁあああぁぁ・・・・
目の前に光り輝く人参畑を幻視した。何処からともなく荘厳な曲が聴こえる・・・。
気がつくと僕は、その物体の、余りのウマさに・・・涙していた。
翌日、見事蓬莱人参(?)10本を完食した僕は、晴れて皆の祝福を受けることが出来た。
感涙に咽び、がばっと抱きついてきたせんせいは、とても暑苦しく、人参の悪臭がして、とても嫌な気分になったのを今でも憶えてる。(思い出したら、すこしへこんだ・・・)
・・・・・・在りし日の、懐かしき日々を思い出した僕は
幸せだった・・・いまでは望むべくもない幻想を振り払い、食事に戻ることにした。
「・・・・・・?」
包みから『蓬莱人参・即身浄物改・Ⅱ式』(姉さまの最新バージョン、大幅な芳香UPに成功している)を取り出した僕は、辺りの竹影から僕に向けられる妙な熱視線に気がついた。
こっそり視線を巡らせると、右ななめ前方の竹影(丸見え)からこちらを伺う、ピンクのワンピースを着た可愛らしいうさぎ耳の少女と目が合った。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
気まずい空気が漂う。
永遠のような一瞬の間。視線を逸らし照れたように俯く少女。これは、もしや世に言う・・・一目ぼれ・・・!?
目を開けたまま馬鹿な妄想に浸っていた僕は、そのため少女の動向から気を逸らすという致命的な失策を犯してしまった。
我に返り、竹影にいる筈の少女を目で追う。
・・・あれ?いな・・ぶべらっ!!
わき腹に強い衝撃を受け、僕は奇声をあげる。
視線を下げると、地を這わんばかりに前傾した姿勢で拳を僕のわき腹に叩き込んでいる少女がいた。
グフォッツ・・・たまらず僕は、よろめきふらつく。
次の瞬間、僕の下方に居た筈の少女は音も無く地べたすれすれを疾駆し、背後に回り込もうとしていた。
一瞬交差する視線。
ひたすら怯え戸惑う僕。
ニヤリと口元を歪める少女。
両者の差は歴然。狩られる者と狩る者。妖怪は人間を襲い、人間は妖怪に敵わない。これが人間と妖怪の正しいあり方なのか?
刹那のひどく間延びした、とめどない思考。
そんな僕のことなど、お構い無しに次なる一撃が僕の臀部に炸裂する。
メシャアアアッ!!!!
コンパクトでありながらも、充分にパワーの乗った蛇のようにしなる回し蹴り。威力は・・・推して知るべし。
臀部を着弾で歪ませながら、僕は前に吹っ飛ぶ。
あまりのダメージに痛みはいまだ感じない。おそらく僕のお尻はひどいことになっているのだろう・・・
もっとも、そんな心配はこの場を生き延びられてからの話。その可能性は
間抜けな姿勢で螺旋の回転をし、吹っ飛び続ける僕。
残心した姿勢で足を掲げ、後方に居る筈の少女。
少女の蹴りで滑空を続けながら・・・僕はいまだ状況が飲み込めず、的外れなことを考える。
だから
大地に背中から叩きつけられ・・・ソラを仰いだ僕の目に映る、更なる現実が、信じられなかった。
美しかった。
朦朧とする思考のなか、僕は・・・腕組みしつつ両足を揃え、スカートをはためかせながら僕の顔めがけ落下してくる少女の、
迫り来る足裏をぼんやりと眺め、綺麗だな。と暢気なことを思った。
そして、僕の意識は深い闇へと堕ちていった・・・・・・