私の心臓は、その制御を離れたかのように、後先考えずフル回転していた。
でもそんなことを気にしてはいられない。
逃げなければ。逃げなければ。でもどこへ?
どこでもいい。とにかく安全なところだ。誰も追いかけてこないところだ。
さっき応急手当した傷が開いているような気がする。
でもそんなことを気にしてはいられない。
逃げなければ。
どこへ?
……人間のいないところがいい。
◆
どうやって入り込んだのかはよくわからないけど、とにかくここ、幻想郷に
私は失望せざるをえなかった。
人間がいないというからやってきたのに、なんせしっかりと人間がいたんだから。
紅白の見慣れない衣装をまとっていたけど、人間には違いない。
といって来た道を戻るわけにもいかず、私は彼女に見つからないようその家を後にしたのね。
……その家にしろ、その後見つけた人間の里にしろ、よく見れば、というよりよく見なくても
私の知る人間の町並みとは随分違ったのだけど、なんといっても私は疲れていたから、
このくらいの判断ミスは勘弁して欲しい。
……誰に断ってるのかしら私。
とにかく、私は休みなしで飛び回って疲れてたし、飲まず食わずだったものだから、
とうとう竹林の中で倒れてしまったのね。
私ここで死ぬのかな、って思ったら泣けてきちゃって。
そしたら、竹やぶの中からひょこっ、と耳が出てきた。兎の耳がね。
最初は私の仲間だと思った。だって、地上にも兎がいるなんて知らなかったしね。
その兎に連れられて……私は「永遠亭」にやってきたのよ。
◆
捨てる神あれば拾う神ありね、と目を覚ましたレイセンは最初にそう思った。
もっとも月の兎たる彼女に信仰する神はいないが。
どうやら幻想郷とは、と続けて思考する。
人間と、人間以外が暮らす土地らしい。
それはとても都合がよかった。地球で彼女が暮らすには、その身体的特徴は目立ちすぎる。
例え身を隠そうとも、完全に隠しきることなどできるはずもなく、簡単に見つかってしまうだろう。
しかしここなら、彼女は単なる人外であり、更に都合のいいことに外観が酷似した種族もいるのだ。
さっきまでは己の不運を呪っていた彼女だが、今はその幸運に感謝していた。
あとは、さも昔からこのあたりに住んでいたように見せかけるだけだ。
レイセンは一人ほくそえんだ。
自分を助けてくれた兎の話によると、この屋敷……永遠亭には多くの兎が住み着いているようだった。
ますます都合がいい。
ここに住まわせてもらえないだろうか、と聞いてみると、兎はうーん、と唸ったあと、
いいと思うけど、てゐに聞いてみないと、と言った。
どうやらてゐというのはここの兎たちのまとめ役らしい。
じゃあその人に聞いてみようということで、レイセンは彼女に自分を紹介してもらう事にした。
「困ったわね、留守だなんて」
長い廊下を二人で歩く。
「私なら待ちますけど」
「敬語なんか使わなくていいのに。……あ、そうだ」
彼女はそこで手をぽんと打ち、ひらめいた、とばかりにレイセンに言った。
「てゐに言わなくても、輝夜姫に直接お願いすればいいじゃない」
「輝夜姫?」
問い返すレイセンに、彼女はうんうんとうなずく。
「そうそう、ここの主人、輝夜姫。姫に許可をもらえば問題ないわ」
そう言ってレイセンの手を引っ張りずんずんと進む。主人なのに姫とはどういうことだろう、
いやそれ以前にどこかで聞いたことあるような、などと考えているうちにその輝夜姫のところに到着してしまった。
姫は縁側でくつろいでいた。
「姫様、こちらのレイセンさんがここに住みたいそうです」
「レイセン? ここらでは珍しい名前ね」
驚いたことに輝夜は兎ではなかった。自分もたいがい髪が長いが、輝夜は更に長い。
深い黒と、高級な絹のような質感は、たしかに姫と呼ばれるにふさわしいとレイセンは思った。
あんなに長くて、歩くときに踏んづけたりしないのだろうか。どうでもいいことも気になったが。
「え、えーと両親が西洋かぶれだったもので」
「そうなの? まあ兎が今何人いるかなんて私にもわからないし、いまさら一人増えたところで
なにがどうなるわけでもなし。住みたければ住むといいわ」
内心危惧していた許可はあっさりと出た。名前のことも、特に不審には思われなかったようだ。
これでもう安全だろう。追っ手も無く戦いも無いとなればあとは太平を享受するのみ。
「ありがとうございます!」
なので、本心からお礼を言う。
「お礼を言われるほどのことじゃないわ。ところで」
ずい、と輝夜が身を乗り出す。
「今、館の外はどんな感じなのかしら。私はほとんど外に出ないから、話を聞きたいのだけど」
レイセンは困った。昨日来たばかりだというのに外の様子などわかるはずも無い。
なんとかしてごまかさなくては。
「ええと……春ですね?」
わざと呆けた答えを返す。鈍い奴とでも思ってくれれば成功だ。
案の定、輝夜は笑い出した。
「なにそれ? さすがにそのくらいはここからでもわかるわね。
……そうね、竹林はどうなってるのかしら。竹の子は生えてるかしら?」
話に乗ってくれれば、後は答えるだけでいい。
「ええ、たくさん生えてますよ」
「そう。毎年楽しみなのよね。そしたら、竹も随分伸びているでしょう。貴方、竹細工は出来る?」
「えーと、そういうのはちょっと」
それ以前に、竹を見ること自体が初めてだったりする。どんな知識でも得ておくものだとレイセンは思った。
「そう? 水筒とか籠とか、作ったことは無いの?」
「はい、えーと不器用なもので。両親はよくやってましたけど」
……しかし、この輝夜姫。初めて会うはずなのに、何か懐かしい雰囲気なのは何故だろう。
「そう、それは残念ね。
じゃあ、部屋とかは他のイナバたちに聞いて頂戴。よろしくね」
「はい、それでは失礼します」
そういって立ち去ろうとするレイセンに、輝夜が声をかけた。
「ああそうそう、貴方驚いたんじゃないかしら? こっちにも兎がいて」
「そうですね、びっくり……あ」
しまったと後悔しても遅い。振り返れば先ほどと変わらぬ笑みを浮かべる輝夜がいたが、
しかし漂わせる空気が決定的に違っていた。
「そう、やっぱり貴方は月の兎。月の兎が私に何の用かしら?」
「ど、どうして……」
たずねるレイセンに、輝夜は優しく告げる。
「貴方は上手くごまかしてたつもりかもしれないけど、その瞳の狂気は隠せないわ。
……それにね、この辺の竹は蓬莱竹と言って、竹細工には出来ないのよ。
中が空洞じゃないから。昔からこの辺に住んでいたなら絶対知っているはず」
噴出する魔力。もはや確認するまでも無い。
この輝夜姫なる人物は月の民だ。何故こんなところにいるかは知るよしも無いが。
周囲を見渡すと、共にやってきた兎はとうに消えていた。正しい判断だろう。
「重ねて問うわ。月の兎が何の用かしら?」
輝夜が目を細める。
――死ぬ!
レイセンは本能的な危機を感じ、懐に隠し持っていたものを構えた。
「それは何かしら? 見たところただの鉄の塊のようだけど。そんなものでどうしようというのかしら」
どうやら輝夜姫は銃を知らないらしい。ならば勝ち目はある。
――人間の道具になど頼りたくはないけど、この際助かればいい!
レイセンは引き金を引いた。この距離ならば外すはずもない。
が。
「姫!」
「!」
二度目のミス。割り込む声に手元が狂った。
弾は輝夜の頬をかすめ、壁にむなしく弾痕がうがたれる。
背後からもう一人人間が現れた。
赤と黒、二色に彩られた服に身を包み、白銀の髪に帽子のようなものをつけている。
白銀の少女が輝夜に駆け寄った。
「姫、お怪我は」
「かすり傷よ。……なるほど、その穴から高速の弾を出す武器のようね。
なかなか使えそうだけど、無粋」
輝夜が一歩前に出る。白銀の少女がそこに問いかけた。
「姫、この兎はもしや」
「月の兎のようね。
……永琳、下がっていなさい。私が片をつけるわ」
レイセンは動かない。いや動けない。
人間との戦いですら感じたことの無い恐怖がレイセンの身を縛っていた。
「貴方は弾を撃ってきたから、私も弾で返そうかしら。
ただ、私の弾は少し派手だけれど」
輝夜がつい、と指を動かす。虚空に現れる七色の弾、弾、弾。
「月の兎。私を連れ出す気なら、この弾幕を解いてもらうわ。
五つの難題、七色の弾幕。貴方に果たして解けるかしら?」
――なんだか知らないけど誤解よ!
と叫ぶ間もなく、弾がレイセンに襲い掛かった。
銃を放り投げて一撃目をしのぐ。二撃目は紙一重で空に逃れる。レイセンがはじめてみる攻撃体系だった。
しかし、無限に生まれるかのような弾は正しく彼女を追尾。迫る弾幕。回避が出来ない。
ならば。
「こんなものっ……!」
レイセンの瞳が赤く光る。確かに直撃するはずだった弾は彼女をすり抜け、空へ消えた。
あら、と輝夜が驚く。
「確かに当たったと思ったのだけど。……なるほど、それが貴方の能力というわけね」
輝夜は袖口から一枚の紙を取り出し、宣言した。
「ならばこれでどう? 難題『蓬莱の弾の枝』!」
途端、紙がまばゆい光を放った。同時に、先の数倍の量の弾幕が空間を埋め尽くす。
――冗談じゃない!
もともと本調子には程遠いのだ。加えて狂気の瞳の力を使うにも限界がある。
反撃などする余裕も無く、数十秒しのいだところであっさりと被弾した。
力が抜け、地上にひるるるる、と落下していく途中に、月の民二人の会話が聞こえた。
「ちょっと! せっかく決め台詞まで言ったっていうのにその体たらくは何?
せめて三つくらいは解きなさい!」
「姫、やっぱりいきなり蓬莱の弾の枝はまずかったのでは」
知らないわよ。
投げやりな気分と共に、レイセンは遠のく意識を手放した。
◆
……それで、気が付いた後必死で――冗談抜きで命がかかってたし――弁解して、
なんとか使者でも刺客でもないことは納得してもらったんだけど。
あんなに疲れたのは初めてだったわ。それこそ、人間から逃げてるときよりね。
精根尽き果てて床に突っ伏す私の横で、二人はこんなこと言ってたわ。
「難題の順番変えたほうがいいかしら……にしても、
本物の使者だと思ったら偽者だったなんて。緊張して損したわね」
「本物よりは偽者のほうが良いでしょう」
輝夜様はそうね、とうなずいて、続けてこんな話をした。
「そうそう、こんな話があるわ。私が人間界にいたときのことは前に話したわね」
「はい、何人もの人間に言い寄られて大変だったと」
「特に熱心だった貴族たちには難題を出して……その中に妹紅の父親もいたんだけど、
彼には蓬莱の玉の枝を捜してくるよう、言ったのよ」
師匠がおやまあ、と言うように口を手で覆った。
「それはひどい。絶対に見つかるはずありませんわね、それは。
なにせ」
「なにせ、私が持っているんですものね?」
そう言って二人は顔を見合わせ、ふふふ、と笑った。この世の邪悪を全て詰め込んだような笑いだったわ。
もちろん怖いので言ってない。私にもそのくらいの分別はあるし。
「でもね、その彼がある日、蓬莱の玉の枝を持ってきちゃったのよ。
なんだったかしら、『車持皇子が優曇華の花を持ってまいりました』とかそのようなことを言って」
「優曇華の花というのは蓬莱の玉の枝のことですね」
「そうよ。あの時はさすがにあせったわね。でもあわてて確認したら、ちゃんとあるじゃない。
要するに偽物だったのよ」
「それは、さぞかし彼も恥をかいたでしょうね」
「ええ。偽物を作った職人が、代金を求めて押しかけてきたときの彼の顔は見ものだったわ」
そう言って二人は顔を見合わせ、ふふふ、と笑ったわ。
この世とあの世の邪悪を全て詰め込んだような笑いだった。もちろん言えないけど。
「そう、これも本物だと思ったら偽物だった、そういう話よ」
輝夜様がそういうと、師匠はふむ、と少し考え、こう口にした。
「……では、この兎の名前は優曇華院というのはどうでしょうか」
「優曇華院? なかなかしゃれてるわね。そうしましょう」
突然話が妙な方向に行き始めたので、私はがば、と体を起こ……そうとしたけど疲れて動かなかった。
さらに師匠がこんなことを言うのよ。
「愛称はウドンゲということでひとつ」
更に妙な方向に行こうとしているし。私は抗議の声を上げ……ようとしてこれもできなかった。
「う……うぅ~」
なので代わりにうめいてみたわ。
「あら永琳、このイナバなにか不満そうよ」
「まさか。私たちがここにいることを知った以上、月の兎をここから出すわけにはいきません。
どこから情報が漏れることか。出るときは死体になっているときだけです」
「そうね。死体になることに比べれば、名前が変わることくらい些細なものね」
「うっ……うぅ~」
「あら永琳、このイナバ泣いてるわよ」
「嬉し涙でしょう」
「そうね。自分からここに住みたいって言ってきたのだから、願いがかなえば誰だって嬉しいわね」
春のうららかな日のことだったわ。日差しがまぶしかったけど、あるいは泣いていたからかもしれなかった。
……最近、私は思うのだ。
何かに追われて命が危ないのと、そこはかとない危険と隣り合わせの安全。
鈴仙・優曇華院・因幡にとって、どっちがよりマシだったのだろう、と。
……いや、怖くて言えないけどね。
でもそんなことを気にしてはいられない。
逃げなければ。逃げなければ。でもどこへ?
どこでもいい。とにかく安全なところだ。誰も追いかけてこないところだ。
さっき応急手当した傷が開いているような気がする。
でもそんなことを気にしてはいられない。
逃げなければ。
どこへ?
……人間のいないところがいい。
◆
どうやって入り込んだのかはよくわからないけど、とにかくここ、幻想郷に
私は失望せざるをえなかった。
人間がいないというからやってきたのに、なんせしっかりと人間がいたんだから。
紅白の見慣れない衣装をまとっていたけど、人間には違いない。
といって来た道を戻るわけにもいかず、私は彼女に見つからないようその家を後にしたのね。
……その家にしろ、その後見つけた人間の里にしろ、よく見れば、というよりよく見なくても
私の知る人間の町並みとは随分違ったのだけど、なんといっても私は疲れていたから、
このくらいの判断ミスは勘弁して欲しい。
……誰に断ってるのかしら私。
とにかく、私は休みなしで飛び回って疲れてたし、飲まず食わずだったものだから、
とうとう竹林の中で倒れてしまったのね。
私ここで死ぬのかな、って思ったら泣けてきちゃって。
そしたら、竹やぶの中からひょこっ、と耳が出てきた。兎の耳がね。
最初は私の仲間だと思った。だって、地上にも兎がいるなんて知らなかったしね。
その兎に連れられて……私は「永遠亭」にやってきたのよ。
◆
捨てる神あれば拾う神ありね、と目を覚ましたレイセンは最初にそう思った。
もっとも月の兎たる彼女に信仰する神はいないが。
どうやら幻想郷とは、と続けて思考する。
人間と、人間以外が暮らす土地らしい。
それはとても都合がよかった。地球で彼女が暮らすには、その身体的特徴は目立ちすぎる。
例え身を隠そうとも、完全に隠しきることなどできるはずもなく、簡単に見つかってしまうだろう。
しかしここなら、彼女は単なる人外であり、更に都合のいいことに外観が酷似した種族もいるのだ。
さっきまでは己の不運を呪っていた彼女だが、今はその幸運に感謝していた。
あとは、さも昔からこのあたりに住んでいたように見せかけるだけだ。
レイセンは一人ほくそえんだ。
自分を助けてくれた兎の話によると、この屋敷……永遠亭には多くの兎が住み着いているようだった。
ますます都合がいい。
ここに住まわせてもらえないだろうか、と聞いてみると、兎はうーん、と唸ったあと、
いいと思うけど、てゐに聞いてみないと、と言った。
どうやらてゐというのはここの兎たちのまとめ役らしい。
じゃあその人に聞いてみようということで、レイセンは彼女に自分を紹介してもらう事にした。
「困ったわね、留守だなんて」
長い廊下を二人で歩く。
「私なら待ちますけど」
「敬語なんか使わなくていいのに。……あ、そうだ」
彼女はそこで手をぽんと打ち、ひらめいた、とばかりにレイセンに言った。
「てゐに言わなくても、輝夜姫に直接お願いすればいいじゃない」
「輝夜姫?」
問い返すレイセンに、彼女はうんうんとうなずく。
「そうそう、ここの主人、輝夜姫。姫に許可をもらえば問題ないわ」
そう言ってレイセンの手を引っ張りずんずんと進む。主人なのに姫とはどういうことだろう、
いやそれ以前にどこかで聞いたことあるような、などと考えているうちにその輝夜姫のところに到着してしまった。
姫は縁側でくつろいでいた。
「姫様、こちらのレイセンさんがここに住みたいそうです」
「レイセン? ここらでは珍しい名前ね」
驚いたことに輝夜は兎ではなかった。自分もたいがい髪が長いが、輝夜は更に長い。
深い黒と、高級な絹のような質感は、たしかに姫と呼ばれるにふさわしいとレイセンは思った。
あんなに長くて、歩くときに踏んづけたりしないのだろうか。どうでもいいことも気になったが。
「え、えーと両親が西洋かぶれだったもので」
「そうなの? まあ兎が今何人いるかなんて私にもわからないし、いまさら一人増えたところで
なにがどうなるわけでもなし。住みたければ住むといいわ」
内心危惧していた許可はあっさりと出た。名前のことも、特に不審には思われなかったようだ。
これでもう安全だろう。追っ手も無く戦いも無いとなればあとは太平を享受するのみ。
「ありがとうございます!」
なので、本心からお礼を言う。
「お礼を言われるほどのことじゃないわ。ところで」
ずい、と輝夜が身を乗り出す。
「今、館の外はどんな感じなのかしら。私はほとんど外に出ないから、話を聞きたいのだけど」
レイセンは困った。昨日来たばかりだというのに外の様子などわかるはずも無い。
なんとかしてごまかさなくては。
「ええと……春ですね?」
わざと呆けた答えを返す。鈍い奴とでも思ってくれれば成功だ。
案の定、輝夜は笑い出した。
「なにそれ? さすがにそのくらいはここからでもわかるわね。
……そうね、竹林はどうなってるのかしら。竹の子は生えてるかしら?」
話に乗ってくれれば、後は答えるだけでいい。
「ええ、たくさん生えてますよ」
「そう。毎年楽しみなのよね。そしたら、竹も随分伸びているでしょう。貴方、竹細工は出来る?」
「えーと、そういうのはちょっと」
それ以前に、竹を見ること自体が初めてだったりする。どんな知識でも得ておくものだとレイセンは思った。
「そう? 水筒とか籠とか、作ったことは無いの?」
「はい、えーと不器用なもので。両親はよくやってましたけど」
……しかし、この輝夜姫。初めて会うはずなのに、何か懐かしい雰囲気なのは何故だろう。
「そう、それは残念ね。
じゃあ、部屋とかは他のイナバたちに聞いて頂戴。よろしくね」
「はい、それでは失礼します」
そういって立ち去ろうとするレイセンに、輝夜が声をかけた。
「ああそうそう、貴方驚いたんじゃないかしら? こっちにも兎がいて」
「そうですね、びっくり……あ」
しまったと後悔しても遅い。振り返れば先ほどと変わらぬ笑みを浮かべる輝夜がいたが、
しかし漂わせる空気が決定的に違っていた。
「そう、やっぱり貴方は月の兎。月の兎が私に何の用かしら?」
「ど、どうして……」
たずねるレイセンに、輝夜は優しく告げる。
「貴方は上手くごまかしてたつもりかもしれないけど、その瞳の狂気は隠せないわ。
……それにね、この辺の竹は蓬莱竹と言って、竹細工には出来ないのよ。
中が空洞じゃないから。昔からこの辺に住んでいたなら絶対知っているはず」
噴出する魔力。もはや確認するまでも無い。
この輝夜姫なる人物は月の民だ。何故こんなところにいるかは知るよしも無いが。
周囲を見渡すと、共にやってきた兎はとうに消えていた。正しい判断だろう。
「重ねて問うわ。月の兎が何の用かしら?」
輝夜が目を細める。
――死ぬ!
レイセンは本能的な危機を感じ、懐に隠し持っていたものを構えた。
「それは何かしら? 見たところただの鉄の塊のようだけど。そんなものでどうしようというのかしら」
どうやら輝夜姫は銃を知らないらしい。ならば勝ち目はある。
――人間の道具になど頼りたくはないけど、この際助かればいい!
レイセンは引き金を引いた。この距離ならば外すはずもない。
が。
「姫!」
「!」
二度目のミス。割り込む声に手元が狂った。
弾は輝夜の頬をかすめ、壁にむなしく弾痕がうがたれる。
背後からもう一人人間が現れた。
赤と黒、二色に彩られた服に身を包み、白銀の髪に帽子のようなものをつけている。
白銀の少女が輝夜に駆け寄った。
「姫、お怪我は」
「かすり傷よ。……なるほど、その穴から高速の弾を出す武器のようね。
なかなか使えそうだけど、無粋」
輝夜が一歩前に出る。白銀の少女がそこに問いかけた。
「姫、この兎はもしや」
「月の兎のようね。
……永琳、下がっていなさい。私が片をつけるわ」
レイセンは動かない。いや動けない。
人間との戦いですら感じたことの無い恐怖がレイセンの身を縛っていた。
「貴方は弾を撃ってきたから、私も弾で返そうかしら。
ただ、私の弾は少し派手だけれど」
輝夜がつい、と指を動かす。虚空に現れる七色の弾、弾、弾。
「月の兎。私を連れ出す気なら、この弾幕を解いてもらうわ。
五つの難題、七色の弾幕。貴方に果たして解けるかしら?」
――なんだか知らないけど誤解よ!
と叫ぶ間もなく、弾がレイセンに襲い掛かった。
銃を放り投げて一撃目をしのぐ。二撃目は紙一重で空に逃れる。レイセンがはじめてみる攻撃体系だった。
しかし、無限に生まれるかのような弾は正しく彼女を追尾。迫る弾幕。回避が出来ない。
ならば。
「こんなものっ……!」
レイセンの瞳が赤く光る。確かに直撃するはずだった弾は彼女をすり抜け、空へ消えた。
あら、と輝夜が驚く。
「確かに当たったと思ったのだけど。……なるほど、それが貴方の能力というわけね」
輝夜は袖口から一枚の紙を取り出し、宣言した。
「ならばこれでどう? 難題『蓬莱の弾の枝』!」
途端、紙がまばゆい光を放った。同時に、先の数倍の量の弾幕が空間を埋め尽くす。
――冗談じゃない!
もともと本調子には程遠いのだ。加えて狂気の瞳の力を使うにも限界がある。
反撃などする余裕も無く、数十秒しのいだところであっさりと被弾した。
力が抜け、地上にひるるるる、と落下していく途中に、月の民二人の会話が聞こえた。
「ちょっと! せっかく決め台詞まで言ったっていうのにその体たらくは何?
せめて三つくらいは解きなさい!」
「姫、やっぱりいきなり蓬莱の弾の枝はまずかったのでは」
知らないわよ。
投げやりな気分と共に、レイセンは遠のく意識を手放した。
◆
……それで、気が付いた後必死で――冗談抜きで命がかかってたし――弁解して、
なんとか使者でも刺客でもないことは納得してもらったんだけど。
あんなに疲れたのは初めてだったわ。それこそ、人間から逃げてるときよりね。
精根尽き果てて床に突っ伏す私の横で、二人はこんなこと言ってたわ。
「難題の順番変えたほうがいいかしら……にしても、
本物の使者だと思ったら偽者だったなんて。緊張して損したわね」
「本物よりは偽者のほうが良いでしょう」
輝夜様はそうね、とうなずいて、続けてこんな話をした。
「そうそう、こんな話があるわ。私が人間界にいたときのことは前に話したわね」
「はい、何人もの人間に言い寄られて大変だったと」
「特に熱心だった貴族たちには難題を出して……その中に妹紅の父親もいたんだけど、
彼には蓬莱の玉の枝を捜してくるよう、言ったのよ」
師匠がおやまあ、と言うように口を手で覆った。
「それはひどい。絶対に見つかるはずありませんわね、それは。
なにせ」
「なにせ、私が持っているんですものね?」
そう言って二人は顔を見合わせ、ふふふ、と笑った。この世の邪悪を全て詰め込んだような笑いだったわ。
もちろん怖いので言ってない。私にもそのくらいの分別はあるし。
「でもね、その彼がある日、蓬莱の玉の枝を持ってきちゃったのよ。
なんだったかしら、『車持皇子が優曇華の花を持ってまいりました』とかそのようなことを言って」
「優曇華の花というのは蓬莱の玉の枝のことですね」
「そうよ。あの時はさすがにあせったわね。でもあわてて確認したら、ちゃんとあるじゃない。
要するに偽物だったのよ」
「それは、さぞかし彼も恥をかいたでしょうね」
「ええ。偽物を作った職人が、代金を求めて押しかけてきたときの彼の顔は見ものだったわ」
そう言って二人は顔を見合わせ、ふふふ、と笑ったわ。
この世とあの世の邪悪を全て詰め込んだような笑いだった。もちろん言えないけど。
「そう、これも本物だと思ったら偽物だった、そういう話よ」
輝夜様がそういうと、師匠はふむ、と少し考え、こう口にした。
「……では、この兎の名前は優曇華院というのはどうでしょうか」
「優曇華院? なかなかしゃれてるわね。そうしましょう」
突然話が妙な方向に行き始めたので、私はがば、と体を起こ……そうとしたけど疲れて動かなかった。
さらに師匠がこんなことを言うのよ。
「愛称はウドンゲということでひとつ」
更に妙な方向に行こうとしているし。私は抗議の声を上げ……ようとしてこれもできなかった。
「う……うぅ~」
なので代わりにうめいてみたわ。
「あら永琳、このイナバなにか不満そうよ」
「まさか。私たちがここにいることを知った以上、月の兎をここから出すわけにはいきません。
どこから情報が漏れることか。出るときは死体になっているときだけです」
「そうね。死体になることに比べれば、名前が変わることくらい些細なものね」
「うっ……うぅ~」
「あら永琳、このイナバ泣いてるわよ」
「嬉し涙でしょう」
「そうね。自分からここに住みたいって言ってきたのだから、願いがかなえば誰だって嬉しいわね」
春のうららかな日のことだったわ。日差しがまぶしかったけど、あるいは泣いていたからかもしれなかった。
……最近、私は思うのだ。
何かに追われて命が危ないのと、そこはかとない危険と隣り合わせの安全。
鈴仙・優曇華院・因幡にとって、どっちがよりマシだったのだろう、と。
……いや、怖くて言えないけどね。
優曇華院の由来をなよ竹伝説に絡めてくるとは気に入った!
今度永遠亭に来て優曇華の目を見てでラリっ来ても良いぞ!(ぁ
どうした! ネタを落としたか!? まるでそびえ立つ絵に描いた餅だ!(ぉ
後書きで講釈垂れる前にドジッ娘メイド妖夢を書け!(ぇ
でもって鈴仙なんか可哀相すぎ!そこがまたいいんですけどね。
しかし彼女は銃が似合いますね。
やはり鈴仙は奪取してきた兵器とかを参考に弾幕を?
薬以外にも、実は隠れガンマニアで、奪取してきた兵器とかを参考に
隠れて銃器造ってたりとか?
使わないけど部屋に飾ってニンマリしてたりして・・・
そんな話、どうでしょうか?
前回は話に単純に圧倒されて終わりました。今回、よーやく私は冷静に作者さんの腕を判断しながら読んでいけます(笑)
難題の順番変えた方がいいかしら、とは中々に面白い。ちょっと吹きだしたり。話から感じるびりっとした雰囲気が最高です。作者さんを一言で評すると、雰囲気を描く天才とでも言いますか。
そして輝夜と永琳が話の中でかなり良い味出してます。可愛い黒さと言いますかね。いや、鈴仙にとってはいい迷惑ですが(おもに名前というか愛称ー)
会話が楽しいので、こういう話を書こうとするとついつい会話につられて地の文までスキップしてしまいがちなのですが(私だけ?)良い感じのバランスで押さえられていると思います。アクションシーンは確かにもうちょっと書けそうですけど。ただ、別に軽く流しちゃってもいいかなと思える話の構成になっているので、これでも良いでしょう。
素直に面白いです。そして気がつくと、普通に点数ここまで上がっちゃいました(苦笑)
※妖夢だとシチュエーションそこまで持っていくのに苦労しそうですね。……中国メイド化計画でもやりますか、私なら(帰れ)