「ではね、藍。 夕方までごきげんよう」
「お休みなさいませ、紫様・・・」
ちなみに、ここで言う夕方とは明後日の夕方である。
日の出のほんの少し前、紫はお気に入りの傘の変わりに火消し纏をさして迷ひ家に帰って来た。
この程度迷ひ家では別段不思議な事ではないので、特に驚くことではない。
そのままろくすっぽ着替えもせず布団に潜り込んだ主を、藍は冷ややかな目をもって夢の世界へと見送った。
幽々子の所に行って来るわ。
逝ってらっしゃいませ。
昨晩文字通りの意味で紫を見送った藍にとっては、こうなる事など百も承知であった。 この調子では恐らく酒蔵3つは潰して来たのだろう。
藍はテキパキと紫ごと布団を丸めてスマキにすると、押入れに放り込んであふれ出す酒気と大イビキを襖と御札で完全に封印してしまった。
「さて今日の朝は何を作ろうかな」
早朝の仕事を終えた藍は、土間におりると井戸の底で冷やしておいた野菜を引き上げて献立を考える。
昨日のうちにシジミでもとって来くれば良かったと思いながら、煮干を湯に放り込んで出汁を作り始めたとき。
「ただいまー!」
と、彼女の式神が元気良く帰って来た。
これまた別段不思議な事ではない。 猫は夜行性である。
「おかえり橙」
「藍さまー藍さまー! お土産拾ってきたー」
「おー偉いなー。 何拾ってきたー?」
「にんげーん!」
明るく元気良く、そして返されるとんでもない答え。
それを受けた藍は左手の上で器用に豆腐を刻みながら。
「おおぅ、でかしたぞ橙! 今夜はご馳走だ!」
と、とんでもない答えを平然と返すのであった。
だがこの会話も別段不思議な事ではない。 彼女達はまごう事なき妖怪変化であり、人間の肉は最高のご馳走なのだ。
「えーっと~。 お肉はなんきょくのスキマにいれて来ればいーんだよねー」
「はっはっは。 良く解ってるなー、偉いぞ橙」
日々めまぐるしく成長していく式神を頼もしく思いながら、藍はどたどたと廊下を走る足音と、ずりずりとひきずられていく冥界の庭師を満面の笑みを浮かべて見送って・・・
「橙! 待った待ったぁ! それは食べちゃ駄目な人間!!」
「え~~? なんで~~?」
「半分腐ってるの!! お腹壊すよっ!!」
いやいや、天狐さん。 物は腐りかけが一番美味しいのよ。
□□□
「なる程な、それで私の力が必要であると・・・」
「はい、このままおめおめと白玉楼には戻る訳にはいきません」
「ふむ・・・。」
ふかぶかと頭を下げる妖夢を見て、藍は難しい顔をして顎をしゃくった。
昨日の筆舌に尽くしがたい咲夜の拷問から、どうやったかは知らないが逃げ出す事に成功した妖夢は、顕界で唯一宛がある妖怪を頼りに結界の隙間に逃げ込んだ。
残念ながら幽々子の古い友、八雲紫は不在と言う事・・・にされていたが、その従者たる八雲藍が、文字通り半死体となっていた妖夢を暖かく迎え入れてくれた。 ・・・・という事にしておこう、今後のためにも。
藍の懸命な救命活動によって、生と死の境界をBOM無し残機無しでようやく乗り越えて来た妖夢は、事の次第を命の恩人に話し、同時に策を無心したのだった。
「藍様! もはや頼れる方があなたしかいないのです!
どうか、どうか私に祟りと言うものを教えて頂きたい!」
妖夢の願いを聞き、それを受けた藍は悩んだ。
確かに妖怪は人間にとっては脅威の対象でなければならず、人間になめられるようでは妖怪としての存在が危うい。
しかしその脅威と言うのは捕食者としてのそれであり、決して彼女の言うところの祟りを指す脅威ではない。
「藍様!」
妖夢の真剣な視線が藍のものと交わる。
その視線に、迷いはない。
その迷いの無さが、かえって藍の心を乱すのであった。
はたして自分は、この少女の真剣な気持ちにこたえる事ができるだろうか?
妖怪として人を喰らって生きる自分が、死者のためにと無心する妖夢の気持ちに答える事ができるのだろうか?
いや待てそんな祟りだ冥界の危機だとかの胡散臭い事よりも、もっと別の大切な事を教えてやる事の方が大事なのでは・・・。
―― あら大丈夫なんじゃない? 私達妖怪も死ねば冥界のお世話になるわけだし、
それになんだか面白そうだから余計な事しないで協力してあげなさいな。
揺れ動く藍の気持ちの隙間を、突然何者かがいじくった。
「妖夢殿好きだーー!! 私ずっと前に白玉楼の階段で出合ったその日から、あなたその綺麗な目を、可愛らしい声を、真っ直ぐすぎる性格をずっと愛していましたー!!」
「なっなっなーっ!? らっららら藍様何をみょんな事をーっ!!」
―― あららら、間違えて理性と本能の境界をいじってしまったわ。
えーと、正直者とバカ正直者の境界はどこだったかしらね~。
意外と藍の頭の中身って複雑なのね。 ここ~はちがったかな~?
「テンッコオォー~ッ!! あぁ~っ!楽しいよ~テンコォー~ッ!!」
「うわ~~っ!?うわ~~っ!? 幽々子様助けて下さい~~~~っ!!」
※大変御見苦しい映像を御見せいたした。
視聴者の皆様には大変ご迷惑をお掛けいたしますが、映像が回復するまでは、即興で作った少女幻葬ボーカルバージョンを聞いてお楽しみ下さい。
♪ 八叉(やまた)の尾を 翻してー 闇を切り裂きー
操るー神 12の将は 荒ぶる力ー
四方の壁 その全てに 敵が待つともー
我は引かぬ 砕けぬ心 究極の仏への道
スッパーテンコー! スッパーテンコー! オーテンコー!
しーきーがーみらーしく 下半身はテンコー(OHテンコー!)
スッパー(ブッ!!)
・・・えーと、こっちもヤバくなってきたので映像を回復させます。
「解ったよ。 妖夢殿」
「藍様! それでは!」
「私も仏門のはしくれ、それゆえ霊としてのあり方を説く妖忌殿の教えは尊く、また幽々子殿の憂いる霊界事情は確かに見過ごせぬ。
妖怪の私には、あなたの求める霊道を説く事は恐らく出来ないだろう。 だが無駄とは言え長く生きてきた分少しは知恵もある。
直接的ではなくとも、なんらかの力になれるだろう」
「有難うございます!」
藍と妖夢はガッシリと手を取り合う。
「ただし、私の修行は厳しいぞ」
「望むところ!」
ああ麗しきは女の友情、それとも共にトンでも御主人に苦しめられる従者の連帯感か。
まあそんな話はさて置いて、さすがは半霊魂魄妖夢、半死半生の状態は慣れっこと言った所か、蓬莱人形の如きねちっこさで瀕死の状態からたちどころに体力を回復させ、本人たっての希望によりその日のうちより藍の厳しい修行が始まった。
「幽霊と妖怪の唯一の接点は化ける事にあり!
化けて出てやるとは良くいったもの! 化ける!消える!光る! は幽霊の3原則だ!
光るは人魂でクリアーしているが、化ける消えるをしっかりと叩き込んでやる!」
「はいコーチ!」
「化けるためには体力必須! まずは軽く腹筋3000回背筋3000回ウサギ飛び10kmタイヤひっぱって42.195km始めー!!」
「はいコーチ!」
連日日の出より始まるトレーニングは過酷を極め。
「うらめしやー」
「下手っぴ! 誰が幽霊の真似をしろと言った! 私は幽霊を演じろと言ったのよ!」
「あうう・・・、私もう駄目かも。 ってこれは紫の薔薇」
「ふふ、頑張ってね」
「ああ、有難う紫の隙間の人」
その内容は多種多様であり。
「いいか妖夢殿。 おそらく幽々子殿が二刀を取り上げられたのは、妖夢殿に刀に頼る以外の戦闘方を見出して欲しかったからだと思う。
敵たる十六夜咲夜は得物たるナイフを使わずとも、時を操り、さらにある程度の魔力をも使いこなすと言う。
これに対するための秘策、妖夢殿が会得する事こそ幽々子殿が望まれる事ではないか!」
しかし藍はどこまでも真剣であり。
「そうか、そういう事だったのですね・・・。
幽々子様。 この魂魄妖夢、新たなる力を身につけ! 必ずや冥界に栄光と春を取り戻して見せます!」
それゆえに妖夢もストップがかからず。
「うああーーーーーーーーーー! 十六夜咲夜ーーーーーーーーーーーー!!」
「怒れ! もっと怒るんだ妖夢殿! プツンとキれるんだーー!!」
全力で。
「今日の修行は、この樽に入って滝つぼにダイブするのよ!」
「これをやり遂げれば、なんだか凄い必殺技が編み出せそうな気がします!」
泥沼に。
「て・・テンコォ~~・・・、あっ・・・恥ずかしいよ~テンコォ~~・・・・」
「駄目だ駄目だ! もっと楽しそうにしろ! 本当の自分を曝け出すんだ!」
ハマっていくのであった。
□□□
湖の青と森の蒼、その美しい色彩の中に極めて異常な紅があり、しかし何故か回りに溶け込んでいる紅がある。
人呼んで紅魔館。 幻想郷に妖魔妖怪数あれど、これ程までに巨大な住処を構える者は他にあらず。 屋敷の外見だけでなく、その実力も幻想郷一と謳われる紅い悪魔、レミリア=スカーレットの居城である。
「何? お館で働きたがってる人間が来た?」
「本人はそう言うんですけどね? 何か人間っぽいようなそうでないような変な感じがするんですよ~。
妖怪っぽい匂いもするんですが、移り香みたいに薄いですし~」
「ふ~ん・・・・」
その紅魔館の一角、十六夜咲夜の私室。
軽く扉が叩かれる音に応じ、瀟洒な扉を開けて見ればそこには赤毛の門番。
曰く紅魔館への就職希望者がやって来たとの事。
数多くの妖魔妖怪が住みこみで働くこの屋敷に、安住の塒と三食の飯を求めてその手の類が集まってくる事は、割りと不思議な事ではない。
しかし、人間が働きたいと言ってこの館を訪ねて来た事等一度たりともない。
なぜなら、人間等はこの妖館にあってただの食料だからである。
ただ一人の例外、今現在この館の実質的な支配者、十六夜咲夜本人を除いては・・・。
「どうします? 冷蔵庫にでもしまっておきますか?」
「いやいや、美鈴。 面白そうだから入れてあげなさい」
それに、多分あなたにどうこう出来る相手じゃないと思うから」
「? 咲夜さん、何か知ってるんですか?」
「さあね」
館に現れた女は、歳の頃なら20代半ばと言った黒髪の女性だった。
その肌は上質な陶磁器のように白く、濃く紅をさした口元はまるで雪の上に血を落としたよう。
瑠璃色の宝石を宿した眼は人形のそれのように透明で美しく、黒い和装につつまれたその姿は、禍々しい程の儚さに彩られていた。
門番から伝えられた通り人間とも妖怪ともつかぬ女を、しかし咲夜はろくに調べもせず館で働く事を認めた。
言葉数少なく、また感情というものをどこかに置いてきたかのような正体不明の女は、最初周囲からは酷く気味悪がられた。
しかし館の清掃、庭の剪定、さらに厨房をまかせても非の打所は無く、真面目に仕事に打ち込むその姿から、次第に紅魔館の住人からも受け入れられて行った。
「咲夜、あの娘は今どこにいるかしら?」
「先程剪定はさみを探しておりましたから、庭園にでもいるのではないでしょうか?」
「ああそうかい」
「その植物はまだ届いていないみたいですね」
「日陰に入ってきたら、桜餅と日本茶を持って私の部屋に来るように言っておいて」
「かしこまりました」
その女が、ついには館の主の私室にまで通される程の信頼を得てから、暫く月日がたった頃。
咲夜が、館の主のために午後の紅茶の準備をしようと厨房にむかっていると、ガシャーンと言う陶磁器の割れる破砕音が厨房から響き渡った。
「どうしたの!?」
何事かと思って咲夜が厨房の中を覗き込むと、その中には例の女が一人、地面に落ちて粉々に砕け散った陶磁器を呆然と見下ろしていた。
「あ・・・、ああ・・・、ごめんなさ・・・ごめんなさい・・・」
血相を変えて飛び込んで来た咲夜を見て、女は初めて顔を恐怖と自責の念に顔を歪ませて、たどたどしい口調で謝った、しかし。
「いいえ許さないわ。 よくもお嬢様のお気に入りのティーカップを割ってくれたわね?
その罪、死をもって償ってもらうわ」
咲夜は、無慈悲にそう言い放つのであった。
女は、咲夜の一存だけで地下室送りの刑に処せられる事となった。
強大な魔物を封じ込めてあると言う紅魔館の地下室に閉じ込められる事は、この世でもっとも確実な死を意味する。
しかし、罪は罪罰は罰とはいえ、咲夜の下したあまりにも無慈悲な決定に対し、紅魔館の使用人達は門番や図書室の司書等を先頭に反発し、今正に無残に死の淵へ追いやられようとしている同胞を救うべく、地下室入り口に集まって抗議活動を始めた。
「咲夜さんあんまりです!酷すぎます!
いくらお嬢様のお気に入りのティーセットを壊したからって、それだけ地下室送りにするなんて人間じゃありません!悪魔ですうきゅ!?」
「そーですよ! 彼女は毎日頑張ってくれてたじゃないですか!
庭掃除は上手いし、こないだなんて白黒のコソドロをおっぱらってくれたんですよ?
いくら紅魔館ナンバーワンメイドの地位が脅かされてるからって、そんな露骨で残酷な方法で排除しなくてもぎゅうーっ!?」
だがしかし、咲夜はそんな従者達の弁護には少しも耳を貸さず、また咲夜に対しもっとも頑強に抵抗しようとした門番や司書等は鉄拳をもって沈黙させられた。
その様を見た他の従者達はそれ以上ものを言う事ができず、女は同胞達の弁護虚しく地下室へと続く扉の中に放り込まれたのである。
「あー、新しいおもちゃだー。 わーいわーい遊ぼー!」
「へ? あなたが封印されてた魔物?」
「そーかも知れないしそーじゃないかも知れないわ。 そんな事どーでもいいから遊ぼーよ」
「え、ええ、何をして遊ぶんです、の?」
「ん? 弾幕ゴッコだよ。 はいコイン一個。 コンティニューは禁止なのさー!」
「え? えぇぇえええ~~!?」
女が閉じ込めらると同時に、恐ろしい魔物の咆哮と身の毛もよだつような悲鳴が地下室から響いて来る。
館の他の従者達は、耳を塞ぎガチガチと振るえながらその恐ろしい処刑を遠く見守るしかなかった。
「いっくよー! 禁忌!レーヴァンテインー!!」
「うわっうわっ!熱い熱いー! こんなの弾幕じゃないー!」
「あ、変身した。 それじゃ私も、禁忌フォーオブアカインド!!」
「うわーうわー! 4人相手なんて無理無理! ここはひとまず藍様が教えてくれた秘儀をもって戦略的撤退!
いりゅーじょんてんこぉぉおおおおー!!!」
「あ、消えちゃった。 それじゃ私も・・・・」
地下室から、もはや何をいっているのか解らない女の断末魔があがり、そして誰もいなくなったかのような沈黙だけが後に残った。
だがしかし、この処刑事件を境に、紅魔館では次々と不思議な事件が頻発し始めたのである。
「咲夜さーん咲夜さーん! 大変です大変なんですー!」
「あら、どうしたの小悪魔?」
「図書館の本が勝手に動くんです!
空を飛び回ってビームとか弾幕とか撃ちだして、しかも全然倒すことができないんですー!」
「・・・・・・・・」
そう常識では考えられないような怪奇現象が、毎日のように報告されるようになったのだ。
「咲夜さん! 咲夜さん! 大変です!大変なんです!」
「・・・美鈴。 始めに警告しておくわ、下らない用件なら言わないほうが身のためよ・・・」
「それが大事件なんです!
魔女です! 空飛ぶ箒に乗って恐ろしい魔女がやってきたんです!
光線だしたりミサイルうったり、あまつさえ波動砲うったりとやりたい放題!
もー私は恐ろしくて恐ろしくて・・・・」
「とっととおっぱらって来なさい仕事でしょうがっー!!」
「アイヤーッ!?」
事件の報告回数は日増しにその数を増していき、やれ喘息が酷くなったとか、やれ掃除がちっとも進まないとか、果ては月が赤くないと騒ぎだすものまで現れ始める始末。
これはあの女の祟りに違いないと使用人達が噂し始め、異常な事件が続く日常にさしもの十六夜咲夜もだんだん疲労の色を隠せなくなっていた。
「そう言えば紅魔館ってお休みないわよね・・・」
そんな折の事・・・・。
咲夜は主のために夜のお茶の準備をしようと厨房へとむかっていた。
と、厨房の方から何者かのすすり泣く声がする。
不審に思った咲夜が、ソロリソロリと足音を忍ばせて厨房の入り口へと近づいて行くと、なんと泣き声にまじって、先日自分が処刑したばかりの女の声が聞えて来たではないか。
「いちま~~~~~~い。 にま~~~~~~~い。 さんま~~~~~~い・・・。
ああ~~・・・・・、春度が足りない~~~~~~・・・・・・」
「台詞を間違ってるわよ」
咲夜は厨房の入り口から、中にうずくまっている人影に向けて声を掛けた。
「だ~~~れ~~~だ~~~~?」
暗い厨房の中に立ち上がる人影に向けて、咲夜はもっていたカンテラを掲げる。
と、淡い光に照らし出されたそれは、あの女でもなければ人間でも無かった。
「み~~~~た~~~~~な~~~~~~~~~?」
不気味なうなり声を上げて立ち上がる黒い影の正体は、その頭からは獣を思わせる2対の耳が飛び出している異形の物
二叉にわかれた尾を鞭のようにしならせ、頭上に振り上げられたその手は不気味に膨れ上がり、その指先からは長く鋭い爪が生えていた。
床まで届く銀の髪を振り乱し、暗闇において爛々と輝きながら咲夜を睨む目玉は皿のよう。
そう、なんと厨房に居たのは、二股の尾を持つ恐ろしい化け猫だったのである。
「おのれナベシマ~~~~~!!
我が主の敵~! この恨み、いまここではらさで置くべきかーーーーーーーーっ!!」
化け猫は地鳴りのするような咆哮をあげると、爪を振り上げて咲夜に飛び掛ってきた。
ズダーンッ!!!!!!!
豪刀一閃。 咲夜の腕から飛び出した出刃包丁が、化け猫の真横を通りすぎて後ろの壁に突き刺さった。
ちなみに包丁が化け猫を通りすぎたのではない、化け猫が包丁を避けたのである。
避けていなければ化け猫の首と胴体は永遠にさようならしただろう。
「このあいだからチョロチョロと煩わしい奴ね。
冥界の犬はなんでこうも躾がなってないのかしら?」
「なっ、今の私は化け猫よっ!? 犬って何よ犬って!!」
髪を振り乱して咲夜に言い寄る化け猫。
問われた咲夜は、ポケットから化粧用の手鏡を取り出すと、ぱかと開いて化け猫に突きつける。
その鏡に映っていたものは・・・・。
「これは私の顔!? しまった、ラーの鏡か!?」
「こらこら、どこの世界の話をしてるのよ。
それにこれはそんな大層なものじゃないわ。 あなたが顔だけ化けるのを失敗してるだけよ」
「くっ、しまった!」
「おまけに、ご自慢の人魂が側にずっと浮いたまんまよ、うちで働いてる時からね」
「・・・・・・・・・っ!?」
「どこで覚えて来たんだか知らないけれど、付け焼刃のトリックじゃ話にならないわね、凄腕新人メイド魂魄妖夢さん」
もう忘れられてるかも知れないが、今幻想郷は初夏と言う設定である。
にもかかわらず、薄ら寒い隙間風が厨房に絶える事なく吹き込んでやむ事がない。
あまつさえ、普段塵一つ落ちてはいないはずの紅魔館厨房に、カサカサと音を立てて木の葉が舞い込んでくる始末。
「・・・バレていたなら仕方無い。 とりあえず今日は帰るわ」
「お帰りはあちらよ?」
「あ、これはご親切にありがとうございます」
妖夢は、咲夜に促された方にそそくさと歩いて行った。
「・・・て、今日は随分物分りが良いのね。 ちょっとは反省したの?」
「・・・と、この私が素直に言うとでも思って?」
言うが早いか、いつの間にか天井から下がってきた紐を咲夜はグイと引っ張った。
パカーンと言う派手な音と共に、化け猫の足元の床が突然消えてなくなる。
突然足場を失った妖夢は・・・。
「・・・悲しいことに幽霊には上も下もないの。 思惑が外れて残念だったね」
突如足元に現れた虚空をなお踏みしめ、地獄の底まで通じているかの如き底の見えない大穴の上に悠然と立っていた。
その光景を目の当たりにした咲夜は、今まで崩さなかった完全で瀟洒なポカーフェイスを始めて崩し、その口元をわずかに引きつらせた。
「? は、ははははっ。 ようやく幽霊の恐ろしさが解ってきたようね!」
咲夜が一歩後ろに下がったのを見た妖夢は、今が攻め時と袖の中に隠し持っていた二本の刺身包丁を構えた。
「十六夜咲夜! 世の理を守らず、死者の国を踏み荒らし、あまつさえ我が主に仇なした罪!
真の恐怖を持って償わせてくれる! 死者の怒りを存分にあじわうぇっ!?」
妖夢は大見得を切ると、いざ反撃開始と咲夜に突進しようとした。
だがしかし、どうしたことか今宙を蹴って踏み出そうとした彼女の右足は、ものすごい力に押さえつけられて動かなかい。
何事かと足元見ると、足元に開いた大穴の、その墨を溶かしたような深淵の中から白くてちいさな手首が伸びてきており、それが妖夢の足をしっかりと握っていた。
「み~~~~つ~~~~~け~~~~~~た~~~~~~~~~~っ!」
何も見えない暗黒空間から、それこそ地獄の底から響いて来たかのような唸り声が、あたりの空気をビリビリと震撼させた。
なんと、その声の正体は・・・。
「こっ、このあいだの魔物ーーーーーーーーーーーっ!?」
「あんたーっ!! このあいだ、わたしを置いて一人で帰っちゃったでしょーっ!?
寂しかったんだからね~~~~~!!」
怒気をはらんだ咆哮が暗闇一杯に広がり、それから突然女の娘の子の手は妖夢の右足を握ったままズブズブと闇の中へ沈み始めた。
それまで平然と宙に浮いていた妖夢の体も、当然にして無明の闇へと沈み始める。
「うわっうわっっ!うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!?」
妖夢はなんとか逃げ出そうと虚空を必死にもがいたが、しかし穴に引きずり込もうとする力は、その細い女の子の手からは想像できない程強大で、暴れる妖夢を意にも介さずズブズブと暗闇に引きずり込んで行く。
「今日はぜったい逃がさないのからね!
24時間無制限カゴメカゴメ耐久レースの始まり始まり!
わたしを捨てた罰として、コンティニューはおろかBOMも残機も0からスタートなのさ~!!」
「ちょっとやめっ! そんなのやだッ!やだッやだぁあ~ッ!!!」
足を掴まれたままでは、天狐の秘術で逃げ出す事もできない。
このあんまりと言えばあんまりな状況に、妖夢は我を忘れて泣き叫んだ。
自分の目の前で、なす術も無く地獄に引きずりこまれていく少女を、無情に見下ろす咲夜の顔はだいたいこんな感じだった。
(*´,_ゝ`)← 引きつっている
恐怖にペタンとなったネコ耳、膨れ上がった尻尾、涙目、必死にもがく手足、ちょうど下から覗き込まれるようなカット、ここちよい悲鳴、あああもうサイk・・・・・っとっと、危ない危ない。
やがて、一度聞いたら二度と忘れられなくなる程の絶叫を、無慈悲な暗闇が完全に飲み込んでしまった後、重い音をたてて穴は姿を消し、そして誰もいなくなった・・・・。
あまりにも運ばれてこない紅茶に腹を立てたレミリアが、血まみれでぶっ倒れていた咲夜を発見して「もったいない」と言ったのは、また次回の話にしよう。
チェンは「燈」ではなく「橙」ですね。
お話の本筋とは全く関係ないのですが、
>>「いやいや、紅星~」
この美鈴の愛称、すごく気に入ってしまいました。
この呼び方、流行らないかなあ……
いい加減、作者様のホラーに対する見解の間違いを言ってあげなくていいのだろうか。
ゴーストバスターズやアダムスファミリーはホラーでは無い、と。
次のお話もお待ちしています。
・・・死ぬ死ぬ、それは死ぬ(汗)
・・・そして中国は所詮中国か・・・(遠い目)