Coolier - 新生・東方創想話

太陽と満月と、半月と(後編)

2004/11/08 02:05:40
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慧音の様子がおかしい。
そんな噂が里中に広まるのは、一日とかからなかった。
いろいろな憶測が飛び交ったが、彼女の傍らに柳のような少年がいることが多くなると、人々はおおよその事情を察した。
ほほえましく見守る一同に、彼らはちっとも気付いてはいなかったが。
「そういえば、もうすぐ満月だね」
夕食の支度をしながら、彼は背後の少女に話しかけた。
こういうときは自分が料理をするものなのではないかと内心思うところがあったが、家主の意向には逆らえず、慧音は居間に座っている。
「そうだな。私は満月は好きだが」
お前は嫌いなのだったか?と意地悪く言ってみる。
「別に嫌いって訳じゃないよ」
半月の方が好きだっていうだけで、と彼は慌てたように答えた。
いつぞやの彼の言葉を思い返す。
「しかし完璧を志すことも、悪くはないだろう」
「確かにね。・・・じゃあさ」
良いことを思いついた、と言わんばかりに表情を輝かせ、振り返る。
「僕が満月になるよ。だから慧音には太陽になってほしいな」
彼の突飛な思いつきに、彼女は目を丸くした。
「それは何を意図した意見なんだ」
「二人で完璧になれば、交代で里を守れるじゃないか」
昼と夜みたいにさ、と彼はにこやかに言う。
それに、と彼は少し躊躇って、
「どちらかがいなくなっても、里を守れるようになるし」
「不吉なことを言うな」
慧音は唇をとがらせ抗議する。
「私は死ぬつもりも、お前を死なせるつもりもないぞ」
「もちろん僕もだよ、言ってみただけ」
彼は両手をあげ、苦笑する。
「それに僕はまだまだ・・・」
言いつつちらりと彼女を見る。
その視線に気付き、慧音はかすかに頬を染めた。
互いに顔を伏せる。
くすぐったいような時が流れ、
「うわっ、おい、焦げてる焦げてる!」
「えっ?うわぁ!」
騒動を起こしつつも。
こんな時を過ごせるものだと、二人は信じていた。

慧音は、自らの体の変調を感じ取っていた。
あの、里の外でハクタクを退治して以来、日に日に増していく、はち切れんばかりの魔力。
それが原因だった。
故に彼女も捨て置いた。調子が悪くなるならまだしも、むしろ良いのだから。
そして、満月を迎えた。


里に、多数の妖怪達が襲来した。
満月は妖怪達の妖力を最大限に引き出す。そんな当然のことを、慧音は失念していた。
月見でもしようと、彼を自宅に招いた。彼に貰ったあの服を着て、そわそわと待ちかまえていた矢先のことだった。
里のいたるところから、悲鳴、怒号、断末魔の声があがっている。人のそれと妖怪のそれが入り交じり、もはや知れない。
術を解放すると、慧音は夜空に舞い上がった。
蒼銀の髪が月下に映える。彼女の体には、魔力が満ち満ちていた。
今なら何者にも負ける気がしない。
子鬼の一群に、光弾を打ち込む。その一撃で子鬼達は蒸発した。
次!
「慧音、上!」
聞き慣れた声。
その主を捜さず、彼女は咄嗟に身をよじる。かすめる光弾。
見上げた先には、翼を持つ妖魔の群れ。
それが次々と、小さな少女に襲いかかる。
ふん、と慧音は小さく笑いつつ、赤い光弾を生み出す。
ざあ、と音をたて、向かい来る怪鳥共を次々と打ち落とす。
「っく!」
耳朶を打つ苦鳴に、彼女は思わず視線を地に落とした。
見れば一人、の柳のような少年が、二匹の子鬼と剣を交えている。先ほどの撃ち洩らしらしい。
半ば反射的に、慧音は光の帯を打ち込んだ。地に臥せる二つの影。
安堵の吐息が漏れる。件の少年も同じような表情を浮かべ。
それを引きつらせる。
再び空を見上げる彼女。
残った怪鳥達が三匹がかりで巨大な光球を作り上げていた。
邪悪な笑みを浮かべて、それを投げつける。慧音へ!
舌打ちしつつ、彼女は二枚の呪符を握り潰した。
避けるわけにはいかない。打ち落とす!
だが呪符の魔力を完全に術にするほどの猶予はなかった。それでも光弾を撃ち込むが・・・
威力が足りない。力負けした慧音は地面に叩きつけられる。
それでも両足で着地したことは大したものだったが。
急降下してくる三匹の爪に、彼女は為す術がなかった。
「慧音!」
その叫びに。
世界が震えた。

無為と知りつつも振りかざした腕。
放たれる魔力の渦。
地に落ちる三つの遺骸。
呆然と佇む少女。
緑銀の髪が、月下に映える。
「けい・・・・・・ね?」
柳のような少年の視線は、慧音の頭に向けられていた。
おずおずと、彼女は頭に手を伸ばす。
髪ではあり得ない、硬い手ごたえ。
角が、生えていた。
「なん・・・だ・・・?これは」
声が震える。動悸が速くなる。
なんだなんなんだこれはなにがなんだかわからないわからないわけがわからないいったいどうなっているんだわからない。
「慧音!」
抱きしめられる。
そのぬくもりに我に返り、慧音は少年を見上げた。
「一体何なんだ、どういうことなんだ、なぁ!」
「慧音、落ち着いて」
それでもやはり、尋常ではいられないのだろう。焦ったようにまくしたてる。
何とか気を静めさせようと、彼は抱きしめる腕に力を込めた。
「・・・化け物」
呪詛のような響きに、はっと二人は辺りを見回す。
派手な爆裂に引き寄せられたのだろう、見れば里の者達が、彼らの周りに集まってきていた。
「お前、妖怪だったのかよ!」
「よくも今まで俺達を騙してくれたな!」
「今夜の妖怪共も、お前が手引きしやがったんだろう!」
悪意が、爆発した。
「な、何を言ってるんだみんな!」
硬直し、ものも言えなくなってしまっている彼女に代わって、少年は叫ぶように言った。
「そんなわけが無いじゃないか!慧音は今までずっと里を守ってくれていたんだぞ!」
「妖怪の考える事なんて解るもんか!」
あまりにも無下な一言に、彼の言葉は殺される。
「そもそもそいつは捨て子だったじゃないか!はなっから妖怪だったに決まってる!」
「馬鹿な!本気で言ってるのか?!」
「じゃあ角の生えた人間がいるのかよ?!尾の生えた人間がいるのかよ!」
咄嗟の言葉を、彼は返せなかった。
周囲の殺気が膨れ上がる。
何だ?何かがおかしい。何かが・・・!
「妖怪を殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
弓を構える者。剣を片手ににじり寄る者。
「っ慧音!」
もはや、考える暇は無い。
少女の手を引き、少年は駆けだした。
「逃がすな!」
その声を引き金に、殺意が殺到する。
風の鳴る音。
矢だ!
彼は無我夢中に、未だ呆けて牽かれるままに走る彼女を庇う。
「・・・・・・っ」
痛みと衝撃を堪えながら、彼は腕を振るった。
人の頭ほどの赤い光球が地面をえぐり、爆発する。
慧音に手ほどきされている術だ。まだ三日月ほどの威力もないが。
だがまさか初めての術を、同じ里の者に使うことになるなんて。
歯を食いしばりつつ彼女の手を牽き、彼は里の外、鬱蒼とした森の中へと駆け込んでいった。


柳のような少年の膝が崩れた。そのまま彼は、前のめりに倒れ込む。
牽かれるままだった慧音がようやく我に返った。慌てて彼に取りすがる。
「やあ、慧音・・・大丈夫?」
「莫迦っ!それは私の台詞だ!」
顔を上げ、第一声にそんなことを言う彼に、彼女は声を高くした。
そうかもね、と顔を青ざめさせつつも、少年は笑ってみせる。
背中に刺さった数本の矢。抜くわけにもいかず、慧音はそれらを半ばで折ると、彼に楽な姿勢をとらせた。
そして彼女は口ごもる
「なんで、お前は・・・」
「だって慧音じゃないか」
少年は皆まで言わせない。
「だけど!」
慧音は頭に手をやった。幻かとも思った。でも確かにある、硬い手ごたえ。
これが何よりの答えではないのか?慧音は自分すらも信じられなくなりつつあった。
「慧音、落ち着いて。今までこんな事はなかったじゃないか。何か原因があるんだよ」
諭すように言う彼の言葉に、彼女は何とか再び気を落ち着けた。
「それに、里のみんなも何かおかしい」
「え?」
少年の言葉に、慧音は殺気立つ人々を思い出し、身を震わせた。
「確かに戦いになって、気はたってたんだろうけど・・・あの雰囲気は異常だったよ」
「・・・どういうことだ?」
「多分、あの中に・・・」
「ほぉ、聡い小僧もいたもんだなぁ?」
はっと、声のほうへと振り返る。
里の者だろうか、そこには剣を片手に持った一人の男が立っていた。
だが・・・こんな男を見たことはない。
「妖怪か・・・お前が煽動したんだな、里のみんなに紛れて」
辛そうに上体を起こしつつ、彼は言う。彼の背を、慧音が支える。
「そういうこった。だがな、俺は一言言っただけだぜ?『化け物』ってな。あとはみんなやつらのやったことさ」
ちょろいもんだぜ、と蔑みたっぷりに、それは言った。
「ま、嬢ちゃんのそれは俺のせいだがな」
「何・・・?!」
彼女の視線に殺気がこもる。
怖い怖い、と大仰に肩をすくめつつ、それは続ける。
「あんた、ハクタクを殺しただろう?返り血、たっぷり浴びたよなぁ」
愉快でたまらない、という風に楽しげに。
「高位の妖怪の血には魔力がある。伝染するのさ。かく言う俺も、その類でね」
にゅうと、それの背後から伸びるのは狐の尾。
狐憑きって奴さ、と得意げに言う。
「俺の術でハクタクを狂わせて、けしかける。嬢ちゃんじゃなけりゃ倒せるはずもねぇ。必ず出張ってくる・・・わざわざ外に出てくれたおかげで、手間も省けたがな」
「何で、そんなことを・・・」
息を荒くしつつも、少年はそう尋ねた。
「決まってらぁ。嬢ちゃんさえいなければ、あんなちんけな里、ひとたまりもねぇだろ?」
「まさか・・・!」
少年の声に、にたぁりと、それは不気味に笑んだ。
「今頃、第二陣が殺到してるだろうよ」
「貴様・・・!」
その言葉に、慧音は感情を高ぶらせる。
「おいおいそんな怖い顔すんなよ、慧音」
それは、さも当然のように、彼女の名を呼んだ。
「なれなれしく私の名を呼ぶな!」
「変なことを言うな、俺達、仲間だろ?」
「な・・・・・・っ」
それの言葉に、慧音の声が力を無くす。
「考えて見ろよ。今まで里のために戦ってきたお前を、あいつらは平気で裏切ったんだぞ?なんであいつらのためなんかに必死になる必要がある?なんであいつらなんかのために戦う必要がある?」
男の言葉が脳に染み入る。
何故?なぜ?ナゼ・・・
ぐるぐると、彼女の中で言葉が回る。
「そんな必要、どこにもないだろう?それよりも、復讐だ。お前を裏切ったあいつらを、八つ裂きにしてやろう。喰らって、千切って、飲み干してやろう」
そうだ。裏切り者は殺さなくては。
「さあ、一緒に行こう。みんなが待ってる。みんな、お前の復讐を手伝ってくれる。さあ・・・」
「慧音!」
それの声と、別の声が重なる。
その声に、彼女は我に返った。
「・・・耳を貸しちゃだめだ。妖弧の幻術だ・・・」
「ちっ」
それが舌打つ。
「まあいいさ、あとでゆっくりとこちら側に引き込んでやる。だがその前に・・・」
それの右手が青白く燃え上がる。
「お前は死ね」
振りかざした手から、無数の狐火が少年を狙う。
だが、彼は避けようともしなかった。その目前で、火炎の尽くが撃ち落とされる。
「な・・・」
「貴様の小賢しい策が私にもたらした力・・・」
目を剥くそれに、彼女は冷然と宣告した。
「・・・その身に刻め」
光の、奔流。

力つきたように、細身の少年は地面に横たわる。
「おい?!」
「・・・大丈夫」
慌ててのぞき込む慧音に、彼はうっすらと目を開け、微笑みかけた。
「それよりも、慧音・・・里のみんなを・・・」
「しかし・・・!お前をこのまま・・・」
「大丈夫」
先ほどよりも力強く、少年は言う。
「大丈夫・・・言ったろ、僕はまだまだ言いたいことが・・・したいことがあるんだ・・・だから、大丈夫」
「・・・・・・」
迷いは数瞬。
「・・・わかった」
決意は一瞬。
「行ってくる。・・・だがな、約束だぞ。きちんと起きていろよ・・・すぐに迎えに来るから」
「うん」
安心したように、彼は微笑んだ。
そんな少年を彼女は見。
迷いは、一瞬。
唇を、重ねる。
僅かに、刹那に。
「え・・・?」
呆けたように呟く彼。
それもつかの間。青ざめていた顔色が、さっと朱に染まる。
「けい・・・」
皆まで言わせず、慧音は飛び去った。

里は、正しく地獄絵図だった。
何処にこれほどの妖魔共が潜んでいたのか。
「き」
阿鼻で。
「さ」
叫喚だった。
「ま」
だが彼女は、奇妙なまでに冷静な自分を感じていた。
「ら」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

青い光が、世界を蹂躙した。

月が沈んで。かすかに、日。
彼女の角は、尾は消え失せ、酷使した体は折れそうになる。
残った里の住人達が、遠巻きに彼女を伺う。
そんな彼らに、彼女は弱々しく微笑むと、引きずるように、森の中へと消え入った。
「慧音ー!」
だから。
そんな叫びが届いたかどうかは、わからなかった。


月は。
満月は。
沈んだ。
沈んで、いた。


はは、と。
慧音は力無く笑う。
傍らには、力無い、柳のように、細い、少年。
「莫迦」
彼女は呟いた。
「お前は、約束の一つも守れないのか」
ちゃんと。起きていろと言ったのに。
笑顔を浮かべ、安らかに目を閉じる彼に、彼女は抗議した。
「半分無くなった月は、どうなるんだ」
彼の、頬に触れる。かすかなぬくもりの、残滓。
「月を無くした太陽は、どうすればいいんだ」
彼に、頬を寄せる。
「莫迦」
彼の頬に、光が流れた。
「・・・莫迦」

もう、月は昇らない。
しかしそれでも、日は昇る。


息を切らせ、森を走る少女。
ちらりと、後ろを振り向く。
鉈を振りかざした、奇妙な影が迫っている。
「きゃうっ」
ついに足をもつれさせ、少女が転んだ。
下卑た笑声を上げ、異形は鉈を振りかざす。
青い、光。
それは振り下ろされることなく、微塵に砕け散った。
「大丈夫か?」
倒れた少女に手を差し伸べる。
少女は、その影を見上げた。
濃紺の、一枚布の服を纏い、同じ色の、太陽を模した帽子をのせた、一人の女性。
「お姉ちゃん、誰?」
少女の問いかけに、彼女は微笑み。
「慧音だ。上白沢慧音。・・・里を、守る者だ」



太陽は、月との約束を、未だ守り続けている。
後編です。
慧音はどうして半獣になったんだろう、と疑問を自分なりの形にするのが目的でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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コメント



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9.60てーる削除
慧音がワーハクタクになる展開に無理がないのが良いかと^^
妖怪や魔物に限らず、 血と眼 には特別な力があるというのはよくある話です。何故か幸薄な展開の多い慧音に少しでも幸せが訪れますように・・。
50.90Nop削除
かなり昔の作品だけど、やっぱり変わらない