Coolier - 新生・東方創想話

泡沫の夢

2004/11/07 22:27:08
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「・・・だけのこして・・・・・・んて・・・ゆるさない・・・あなた・・・・・ずっと・・いっしょ・・・・・・」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・・・・でも・・・もう・・・・・・」

 目の前で泣きながら自分を責めている少女に、謝り続ける。
 少女の顔はすぐ近くにあるのに、その姿は霞に包まれているかのようにぼんやりとして、よく見えない。
 少女に謝り続ける自分の姿を彼女は離れたところから見ている。そんな奇妙な感覚の中、彼女は思った。

“ああ、またこの夢だ”と。

 今までに何度も見、起きる度に忘れる夢。何時からその夢を見るようになったのか彼女も覚えてはいない。ただ分かることは彼女が物心つく頃には既にその夢を見るようになっていた、という事だけだ。
 いつもと同じように夢の中の景色が光に包まれ、夢は終わりを迎えた。

 夢の終わりと同時に彼女は目を覚ました。気づけば、頬を涙が濡らしている。
 そして彼女は、今まで幾度となく見てきた夢の中にいたことを思い出した。だがその夢の内容は既に曖昧になって、彼女がいくら頭を捻っても、もうほとんど思い出すことは出来なかった。
 それはいつもどおりの行動。彼女がその夢を見る度に繰り返している行為だ。しかし、今まで一度も夢の内容を明確に思い出したことは無く、逆に記憶が曖昧になってゆき、結局は夢を見たことさえも忘れてしまうことの繰り返しだったが。
 程なくして彼女の母親が彼女を起こしに来た。母親は既に起床していた娘の頬に涙の後があるのに気づき、やや心配げに尋ねた。

「怖い夢でも見たのかい?」
「何か、とても悲しい夢を見た気がするの」

 母親の問いに対して、彼女は首を振って否定しながら答えた。
 実際そのときの彼女には、その程度の認識しかなくなっていた。やがて、彼女は夢を見ていたことも忘れて彼女の日常へと戻っていった。
 いつもどおりの日常――人間の友達と、妖怪の友達。みんなで一緒に遊ぶ。それは彼女にとっては当たり前の日常であり、幻想郷ではありふれた光景であった。
 もっとも、かつての幻想郷はそうではなかったということを彼女は知っていた。

 彼女が生まれるより遥か昔、幻想郷には人に害を為す様々な妖怪が跋扈していた。当時の人間に妖怪に対抗する力もなく、為すがままになっていた。
 しかし、時の流れと共に人の持つ力は徐々に増してゆき、やがて妖怪たちにも劣らないほどの力を持つようになった。
 力を持った人間は妖怪たちとの共存を試み、一部の種族との共存に成功したが、多数の妖怪たちは反発し、人間と相容れることは無く、人間と妖怪との間で熾烈な戦いが始まった。
 長きにわたる戦いの末、人間は多数の犠牲と引き換えに妖怪たちに勝利した。そうして、幻想郷は人間たちにとって言葉どおりの“幻想郷”になったということを。

 とはいえ、彼女にその話をした彼女の父親も彼の祖父から、その祖父もその父親、或いは祖父から・・・と、そのようなやり取りを幾度となく繰り返して伝えられた話であるからどこまで本当のことなのか眉唾ものではあったが。
 “あるいは・・・・・・”と彼女は思う。
“そんな話は全て嘘で、暗い歴史など無く、幻想郷では昔から人と妖怪が仲良く暮らしていたのではないか”と。 しかし、そう考えながらも彼女は、その話が全て事実であることを何故か確信していた。
 それも彼女にとっては不可解な感覚。夢と同じように時折、思い出したように湧き上がる疑念。・・・そしてもう一つ。彼女が楽しいときを過ごしていても、偶に理由も無く感じる、どうしようもない寂寥感。
 夢、知る筈の無い過去に対する不可解な確信、そして理由の無い寂寥感。その三つが常にという訳ではないが、彼女の中に幾度と無く湧き上がる、まるで小さな棘の様な疑問であった。

 だが時は、そんな彼女の疑問とは関係なく流れる。
 何度も疑問にぶつかり、悩みながらも、少女だった彼女は大人へと成長し、結婚して家庭を築き、幸福な日々を繰り返し過ごしてゆく。
 やがて彼女も年を取り、その命も燃え尽きようとしていた。死に瀕していても、彼女に恐怖は無い。
 未練も、無い。彼女は本当に充実した日々を過ごしてきたのだ。未練など有るはずが無かった。もっとも、それは彼女に限ったことではなく、当時の幻想郷には未練を残して逝く者など皆無であったが。
 只、彼女の場合は生涯抱き続けてきた疑問が解けなかったことが微かに心残りではあったが、それも未練という程のものでもない。
 そして彼女は生涯最後の夢の中へと落ちていった。

 

(やっぱり、この夢・・・・・・)

 彼女の前には、予想通りの光景が広がっていた。今まで幾度となく見てきた夢。何一つ変わる筈の無い・・・だが、

(・・・・・・?)

 微かな違和感を感じる。そしてすぐに、彼女は違和感の正体に気がついた。

(この視点、いつもと違う・・・これは・・・私?)

 今までは、横たわる自分と誰かとの遣り取りを第三者としての視点で眺めていたのだが、その夢の中で彼女の視覚は夢の中の彼女のものと同化していた。
 そのことに気づいた瞬間、彼女の中に凄まじいまでの悲しみが、彼女の中に流れ込んできた。同時に、今まで微かにしか見えていなかった目前の人物の輪郭が整い、その姿を顕わにした。
 淡い桃色の、まるで桜の花のような髪の色をした美しい少女が彼女の目の前で泣いていた。少女の顔を見て胸が締め付けられるような感覚の中、少女が誰なのか思い出そうとする。だが、少女のことを思い出すより早く、彼女の意識は夢の中の彼女の意識へと吸い込まれていった。

        ・
        ・
        ・

 桜の花の舞い散る中、彼女――魂魄 妖夢の寿命も尽きようとしていた。横たわる妖夢の目の前には彼女が長年使えてきた彼女の主、西行寺 幽々子の姿がある。
 幽々子に普段のどこか惚けた感じは無く、涙を流しながら必死で妖夢に話しかけていた。

「私だけ残して、一人で逝くなんて絶対に許さないっ!・・・あなたは、ずっと私と一緒にここで暮らさないといけないんだからっ・・・!」
「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・幽々子さま・・・」

 泣き叫ぶ幽々子に、妖夢は謝ることしか出来なかった。無論、妖夢とて幽々子といられるものなら、共にいたかった。妖夢がいなくなれば、幽々子は本当に一人になってしまう。

 ・・・かつて、幻想郷で起こった人と妖怪との騒乱に伴い白玉楼を満たす程に増加した亡霊たちも、長い時を白玉楼で暮らすことで生前の未練が薄らぎ、幽々子と妖夢を残して、皆、本来の冥界へと旅立っていった。平和となった幻想郷には未練を残して死ぬものなど在る筈も無く、新たに白玉楼へとやって来る者もいなくなった。
 また、幽々子の友にして幻想郷でも屈指の大妖怪であった八雲 紫も、徐々に力を増してきた外の人間たちの干渉を防ぐため、自らの身を引き換えにして結界を強化し、幻想郷と外界との隔絶を永遠のものとした。

 だから、妖夢だけは幽々子の元を離れるわけにはいかなかった。だが、如何に半身が霊体であろうとも、もう片方の半身――肉体は確実に朽ちてゆく。普通の人間から見れば途方もない程の時をかけようとも、朽ちてゆくことに変わりは無いのだ。
 本来ならば、未練を持っている魂なら白玉楼には何時まででも居る事が出来る。元々、白玉楼は幻想郷で未練を残したまま死んだ人間の霊魂に安らぎを与え、未練を無くさせる為に創られた仮の冥界なのだからそれは当然のことだ。
 だが、半人半霊の妖夢にとって、肉体の死が魂に与える衝撃はあまりにも大きかった。・・・たとえどれほど強い思いを残していようとも、仮の冥界ではその魂を繋ぎ止める事が出来ないない程に・・・。
 幽々子とてその事が分からない訳ではない。しかし、それでも溢れ出る感情が彼女を止める事を出来なかった。

「だめっ!いかないでよぉ、妖夢っ!・・・わたしを・・・ひとりにしないでぇーーーっ!!!」
「・・・ごめん・・・なさい・・・・・幽々子・・さま・・・でも・・・わたし・・・もう・・・・・・今まで・・・あり・・がとう・・・ござい・・ました・・・」

 苦しそうに、微笑む妖夢に縋りつき幽々子は更に激しく泣き叫ぶ。

「やだっ!わたしが聞きたいのはそんな言葉じゃないっ!いつもみたいに“お任せください”っていってよ、妖夢ーーーーっ!!」
「・・・わたし・・・・ゆゆこ・・・さまと・・であえて・・・・ほんとう・・に・・・しあわせ・・・・・でし・・・た・・・」

 その言葉を最後に妖夢の瞼が閉じられた。同時に妖夢の傍らに横たわっていた彼女の半身もその姿を消していた。
 そんな妖夢に、幽々子が呆然として語りかける。

「・・・妖・・・夢・・・?・・・ねぇ・・・庭の手入れをして欲しいんだけど・・・・・・」

 妖夢の肩を持ちゆっくりと揺する。

「・・・ねぇ、妖夢。西行妖が咲くところを見たいの・・・また、春を集めてきてくれないかしら?」

 心持ち強く、揺すってみる。が、妖夢は反応しない。微かにも動かない。

「・・・ねぇ、こたえてよ、妖夢・・・・・・・・妖・・・夢・・?・・・・・・よ・・・・う・・・む・・・・・うあぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 動かない妖夢の肩に手を掛けたまま幽々子は妖夢に縋りつき、声にならない慟哭をあげた。彼女の慟哭が重く木霊し、白玉楼を包み込んだ。

 主のその姿を白玉楼の遥か上空から眺めながら妖夢の魂は上昇し続けていた。“例えどれ程の時をかけようとも、必ずあの場所に帰る”という決意をその魂に刻みつけて・・・。

        ・
        ・
        ・

 そして、彼女と夢の中の彼女――妖夢の意識は再び分かれ、彼女は夢から覚めた。
 夢から覚めた彼女の両目から涙が溢れていた。彼女は既に魂だけの存在となっていたが、最早、彼女にとってはどうでもいいことだった。
 ただ一言、

「・・・全部・・・思い出した・・・・・全部・・・・」

とだけ呟くと、後は感情の赴くままに泣き続けた。


 ・・・どれほどの時間そうして泣き続けたのか、彼女はやがて多少の落ち着きを取り戻すと、やや苦笑気味に、

「・・・まさか、死んでから未練が出来るなんてね・・・・・」

と呟いた。そして、眼窩に横たわる自らの亡骸を様々な思いを込めて、しばし見つめてから、ゆっくりと目を閉じた。
 それと同時に、彼女の魂が形を崩し変化を始める。数瞬の後、彼女の魂は銀髪の少女の姿へと変化していた。彼女は目を開けると、彼女の帰るべき場所を真っ直ぐ目指し、その場を飛び去った。

        ・
        ・
        ・

 白玉楼にかつて華やかだった頃の面影は微塵も無く、雑草が生い茂り、手入れをするもののなくなった木々は、好き勝手にその枝を伸ばしていた。
 そんな光景の中、屋敷の縁側に腰を掛けて幽々子は何をするでもなく、荒れ果てた庭を眺めていた。幽々子にとってはそれが今の日常だった。妖夢がいなくなってから、毎日庭を眺めて、そして、眠る。その繰り返しの日々。と、幽々子の背後に人の気配が生じた。だが、幽々子は振り返る事ともなくその人物に声をかける。

「今の幻想郷から、ここに来る者がいるなんて珍しいわね。・・・今はこんな状態だけど、昔は溢れるほどの霊たちがいて賑やかだった事もあるのよ?・・・信じられないでしょうけどね。・・・あなたも早く未練なんか捨てて、成仏した方が良いわよ?あぁ、でもこんな状態じゃ満足なんて出来ないかしら・・・・・・ごめんなさいね。ここの当主が、こんな状態で・・・」

 背後の人物からの返事は無い。
 幽々子が“呆れたのかしら”と思っていると、ゆっくりとその人物が口を開いた。

「・・・そんなことありません。私は、幽々子様さえいれば、それで九分、満足ですよ?」

 聞き慣れた声に思わず振り向く。そこには幽々子の予想通りの人物が立っていた。

「・・・え・・・妖・・夢?・・・・・本当に、妖夢なの?」
「・・・はい・・・・長い間不在にしてしまい、申し訳ありませんでした・・・・・・幽々子様。」

 微笑みながら謝罪する妖夢。その瞳には涙がにじんでいた。対して幽々子は、未だ目の前の現実が信じられないのか、呆然と呟く。

「・・・九分って・・・・・残りの一分は、どうしたのよ・・・・・?」
「・・・庭のあまりの酷さに閉口してたんです・・・・偶には手入れしてくださいよ、幽々子様。・・・・・それに・・・・十分満足なんて・・・出来るわけ、ないじゃないですか・・・・」

 答える妖夢の姿を見て、幽々子の中からようやく実感が湧き出てくる。同時に、押し留めていた感情と涙が幽々子の中から溢れだした。

「・・・・妖・・・夢・・・・・・妖夢ぅ!・・・もう、逢えないと・・二度と、逢えないと思ってた・・・・・・逢いたかった・・・・逢いたかったよぅっ・・・妖夢・・・・・妖夢ーーーっ!!!」

 駆け寄ってくる幽々子を抱きしめる妖夢。途端、妖夢の中からも今まで堪えていた感情が一気に溢れだした。

「・・・・っ・・・幽々子様っ・・・・・・幽々子様ぁ・・・・・っぁあああああ!!!!」

 二人とも互いの名前を呼びながら、それが夢じゃないことを確かめ合うように、長い間泣き続けた。

 そうして長い間泣き続けて、多少落ち着きを取り戻した幽々子が妖夢の顔を見て、尋ねた。

「・・・・・ねぇ、妖夢。今まで何をしていたの?」
「・・・ちょっと、夢を見ていました・・・・・温かくて、それでいて泡沫のように、儚い夢を・・・・」

 雑草の生い茂る白玉楼の中、春の日差しが二人を温かく包み込んでいた。




                                      完 
 前作では高い評価を頂き、ちょっとビビっております。TERです。

 さて、前作とはうって変わった雰囲気の今作ですが、如何だったでしょうか?・・・楽しんで頂けたなら幸いです。

 もともと遅筆な上に、忙しいのでなかなかSSを書く時間がないのですが、ネタだけはあるので、機会があったらそのうち何か書くかもしれません。
 そのときはまた宜しくお願いします。
 
>数字
 ご指摘いただきありがとうございます。早速、修正しました。
 重要なシーンの台詞なのに、指摘してもらうまで気づかなかった・・・確かに、ちょっと雰囲気壊してしまいますね。どうもです。
TER
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コメント



0.5550簡易評価
19.60おやつ削除
直球いい!!こういう創作物に飢えてた時期でした。
31.100名前が無い程度の能力削除
最高です!久々に潤んだ!
34.90SETH削除
なんだよ・・・投稿のボタンが 涙で見えないじゃないか
37.80名前が無い程度の能力削除
あれ・・・目から水が・・・
42.90名前が無い程度の能力削除
久々に泣けた
43.100AG削除
何回読んでも泣ける…!!
45.70名前が無い程度の能力削除
前作のパワー溢れる作風とは打って変わって、読後に鳥肌が立つような美しい話でした。
コメディもシリアスも高いレベルで仕上げられるのはさすがです。

ああしかしゆゆさまかわいいよゆゆさま。(w
取り乱すゆゆさまは私的には珍しく、新鮮でしたね。

それから一つ気になった所を。
>>「・・・9分って・・・・・残りの1分は、どうしたのよ・・・・・?」
ここの数字は、漢数字にした方がいいと思います。
つまらない事で突っ込んですみません。どうしても気になったもので。orz
46.無評価74削除
幽々子に殺された人間だけが白玉楼に来る。
白玉楼に来た霊魂は永遠に成仏出来ない。
人間と妖怪は喰われる者、退治される者という構図を崩してはいけない。

という公式設定がどうしても引っ掛かってしまいました。
48.90名前が無い程度の能力削除
最高です
50.100名前が無い程度の能力削除
やばいよこの作品、やばすぎだよ。あんたは最高だ!
53.無評価無名削除
妖夢は恐らく数十年は白玉楼を留守にしてたと文面から予想できますが、
もしそうであるならば、
>>聞き慣れた声に思わず振り向く。(略
数十年聞いてない声なのに「聞き慣れた」という点にちょっと違和感を感じました、
57.90名前がない程度の能力削除
>それに・・・・十分満足なんて・・・出来るわけ、ないじゃないですか・・・・
これ!この件でぶわっときました・・・まぢで
素晴らしいです。
60.90全くの名無し削除
これは・・本気で良いです。

それにしてもTERさんを含めて、創想話は良作の多いところですね。
65.90名前は忘れた削除
やはり由々子様と妖夢のコンビはいい…
110.100絶対に殺されない程度の能力削除
泣ける
111.100幽霊が見える程度の能力削除
あなたは神か天魔様か
112.100名前が無い程度の能力削除
ああああああああ、だめだ、何にも浮かばない
とにかくとてもよかった
幽々子と妖夢はやっぱり一緒にいるのがいいんだよね