鋭い、無音の、一陣の疾風。
水面―中庭の池―に映った月が揺らめいた。
形が崩れるが、それは刹那。元の形に戻る。
月は、白く、淡い光を放っている…禍々しい『気』と共に。
水面という鏡を介してもこの『気』は一向に衰えを見せない。
むしろ、こちらのほうが、強い。
今夜は満月だから。
今夜も、誰かが狂うのだろう。
それは、遠い昔。
私がまだ、地上の人間とともに暮らしていた頃の話。
思い出すのは、五人の人物。
私に婚姻を申し込んできた五人。
だが、私はその申し出を受けるわけにはいかない。
私は月の民だから。
だから、難題を出した。
始めから人の力では無理な難題を。
皇子の彼には、仏の鉢を。
もう一人の皇子の彼には、蓬莱の玉の枝を。
右大臣の彼には、火鼠の皮衣を
大納言の彼には、竜の頸の玉を。
中納言の彼には、燕の子安貝。
ある者は資産に物を言わせ、またある者は策を巡らせた。
けれど、結果は皆、失敗。最終的には、自分から、立場上から五人は私の元から去って行った。
そして、私は彼らと出会う前の平穏な生活を取り戻すはずだった。…帝が私の噂を耳に入れさえしなければ。
養父である翁の立場から、彼には難題を出すことが出来ない。
仕方なく、私は文通の返事だけはすることにした。あと三年―永遠を手に入れた私にとっては雀の泪ほどの時間―もすれば、迎えが来て、文字通り永遠に別れられるのだから。
そして、その別れの時。
私は彼女と再会した。
彼女―永琳―は私と共に地上で暮らすことを望み、同行してきた使者を裏切った。
しかし、「ここ」に居るわけにはいかない。
私たちは都を後にした。
―すべての元凶である、蓬莱の薬を残して。
道中、いくつかの噂を耳にした。
養父母の翁と嫗は、娘を失った悲しみに気が触れて「自分たちも月へ行く」と言い残し、月の映った湖面に身を投げた。
蓬莱の薬が山に捨てる途中で何者かに盗まれた。
帝が月に戦を仕掛けるつもりである。
数々の噂を聞いても私は何も感じなかった。
もう、終わったことだから。
だから、私は赦さない。
未だ「終わったこと」を引き摺るあの小娘を。
薬を残してきた私にも責任はあるかもしれない。
けれど、もともとはあちらが悪い。
あの薬は捨てられるはずだったのだ。
それをあの小娘は…
「さて、又あいつは生き残るのかしら。でも、今回の刺客は手ごわいわよ。何せ、私を倒したつわもの達だもの」
私―輝夜―は博霊神社で一人、呟いた。
月を眺めながら。
口元に笑みを浮かべて。
水面―中庭の池―に映った月が揺らめいた。
形が崩れるが、それは刹那。元の形に戻る。
月は、白く、淡い光を放っている…禍々しい『気』と共に。
水面という鏡を介してもこの『気』は一向に衰えを見せない。
むしろ、こちらのほうが、強い。
今夜は満月だから。
今夜も、誰かが狂うのだろう。
それは、遠い昔。
私がまだ、地上の人間とともに暮らしていた頃の話。
思い出すのは、五人の人物。
私に婚姻を申し込んできた五人。
だが、私はその申し出を受けるわけにはいかない。
私は月の民だから。
だから、難題を出した。
始めから人の力では無理な難題を。
皇子の彼には、仏の鉢を。
もう一人の皇子の彼には、蓬莱の玉の枝を。
右大臣の彼には、火鼠の皮衣を
大納言の彼には、竜の頸の玉を。
中納言の彼には、燕の子安貝。
ある者は資産に物を言わせ、またある者は策を巡らせた。
けれど、結果は皆、失敗。最終的には、自分から、立場上から五人は私の元から去って行った。
そして、私は彼らと出会う前の平穏な生活を取り戻すはずだった。…帝が私の噂を耳に入れさえしなければ。
養父である翁の立場から、彼には難題を出すことが出来ない。
仕方なく、私は文通の返事だけはすることにした。あと三年―永遠を手に入れた私にとっては雀の泪ほどの時間―もすれば、迎えが来て、文字通り永遠に別れられるのだから。
そして、その別れの時。
私は彼女と再会した。
彼女―永琳―は私と共に地上で暮らすことを望み、同行してきた使者を裏切った。
しかし、「ここ」に居るわけにはいかない。
私たちは都を後にした。
―すべての元凶である、蓬莱の薬を残して。
道中、いくつかの噂を耳にした。
養父母の翁と嫗は、娘を失った悲しみに気が触れて「自分たちも月へ行く」と言い残し、月の映った湖面に身を投げた。
蓬莱の薬が山に捨てる途中で何者かに盗まれた。
帝が月に戦を仕掛けるつもりである。
数々の噂を聞いても私は何も感じなかった。
もう、終わったことだから。
だから、私は赦さない。
未だ「終わったこと」を引き摺るあの小娘を。
薬を残してきた私にも責任はあるかもしれない。
けれど、もともとはあちらが悪い。
あの薬は捨てられるはずだったのだ。
それをあの小娘は…
「さて、又あいつは生き残るのかしら。でも、今回の刺客は手ごわいわよ。何せ、私を倒したつわもの達だもの」
私―輝夜―は博霊神社で一人、呟いた。
月を眺めながら。
口元に笑みを浮かべて。
こういう雰囲気もいいかも。